眼鏡な後輩と氷の狙撃手   作:キラ

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彼女の名前は朝田詩乃/彼女の名前はシノンさん

「じゃあ、今日初めてALOにダイブしたんだ」

「ええ、さっき登録を済ませたばかり。VRゲーム自体はやっていたんだけど、羽根を使うのは初めてだから……」

「飛べるっていうのはALO独自のシステムだからなあ。最初はみんな要領がつかめなくて戸惑うところなんだ」

 

 ケットシーの少女と話しながら、昔の自分の醜態を思い出す。補助コントローラなしで飛べるようになるまでに、いったい何度体に傷を負っただろう。

 よっぽどセンスがいい人とかは、一瞬のうちにマスターしてしまうらしいけど。

 

「さっきの君のミス、俺も昔やらかしたことがある。しかもめっちゃいかついサラマンダーにぶつかっちゃってさ」

 

 なんだか懐かしくなってきた。

 

「よかったら、コツ教えようか? といっても感覚とかは人それぞれだから、俺のアドバイスが役に立つかはわからないけど」

「……いいの?」

「暇で何しようか考えてたところだったから。ちょうどいいよ」

 

 などと、ノリで軽く提案してしまってから気づく。

 ……ちょっとこれ、ナンパっぽいな。

 暇なんだよねー、とか言いながら馴れ馴れしく男が女に近づこうとするのは、現実でもゲーム上でも胡散臭いものなのだ――というのは、エンジュからの受け売り。

 

「え、えっと! ナンパじゃないからね! ナンパじゃ」

 

 慌てて念押しをしたところ、彼女はきょとんと俺を見つめて……それから、口元にかすかな微笑を浮かべた。

 

「確かに、ナンパするつもりならもっとうまくやるでしょうね」

「……なんか引っかかる言い方だけど、信じてもらえた?」

「あなたは善意で私を手伝ってくれる。そうでしょう?」

 

 結構気が強いというか、堂々としていられるタイプなのだろうか。

 冗談交じりに、彼女は俺の言葉にうなずいた。

 

「お言葉に甘えて、少しご教授いただこうかしら」

「わかった、それじゃ早速始めよう。さっきは補助コントローラ使ってたんだよね」

「ええ。想像以上にスピードが出ちゃったけど」

「ケットシーはもともと俊敏だから、他の種族以上に速度調節には気をつけなくちゃいけないんだ」

 

 素早い。視力がいい。モンスターのテイムが得意。この辺がケットシーの特徴だ。

 

「あなたもケットシー、よね」

「そうだよ」

 

 俺の頭についた猫耳を眺めて尋ねる少女に対して、肯定の返事をする。

 仮想世界での俺の分身であるレイのアバタ―は、黒髪で中肉中背な体格だ。これに黒の猫耳としっぽがくっついている。一般的に男性プレイヤーの猫耳は小さく、俺の耳も少女のそれに比べると控えめなサイズだ。

 

「とりあえず、宙に浮いてみようか」

 

 俺の言葉にうなずき、彼女は左手にスティック状のコントローラを出現させる。

 若干緊張しているようにも見えたが、すぐに慣れるだろう。空を飛ぶのは楽しいだろうから。

 

 

 

 

 

 

「おー、うまいうまい」

 

 途中俺の夕食による中断を挟んで、現在の時刻は午後8時半。

 コントローラを使って飛んでいた彼女は、今やそれなしで空に浮かぶことができるようになっていた。

 

「ふう」

 

 小さく息をついて、草原に足をつける少女。自由に飛び回るにはまだコントローラが必要だろうけど、それでも十分な進歩だ。

 

「飲みこみ早いね。俺よりもずっとセンスあるよ」

「そう? まだまだこれからだから、判断するには早いと思うけど」

 

 素っ気ない返事ではあったけど、褒められてまんざらでもない様子。きっと飛行が上達してうれしいんだろう。

 

「ずいぶん熱中しちゃった。本当はもっと早く切り上げるつもりだったのに」

「あ、ひょっとして俺のせい? だったらごめん」

「ううん、あなたのせいじゃないわ。だから気にしないで」

 

 俺も正直、ちょっと時間を忘れてた。人にものを教えるっていうのはなかなかないことだから、つい力を入れすぎたのかもしれない。

 

「ここまできたら、早めに随意飛行もマスターしたいかな。コントローラ片手だと、ここの世界観にミスマッチだし」

「はは、確かにそれは言えてるかも。そういえば、どうしてこのゲームを始めようと思ったの?」

「ALOをやってる知り合いに誘われて、興味が湧いたから。今日は向こうの都合が合わなかったから、とりあえずひとりで来てみたんだけど」

「なるほど」

 

 俺と同じパターンだ。こうやってオンラインゲームの輪が広がっていくんだなーと再認識。

 

「もう何日か秘密で練習して、ここで初めて会った時には自由に飛べる姿を見せて驚かせるっていうのもありね」

「そっか。なら明日も手伝おうか? 今日ほどがっつり付き合うわけじゃないけどさ」

 

 昔の自分を思い出して、気づけばそんなことを申し出ていた。

 ちょっと図々しいかもしれないが、断られたら素直に引き下がればいい話だ。

 

「かまわないの?」

「忙しいわけでもないしね」

「それなら、お願いしようかな。あなたの説明、わかりやすいし」

 

 俺の不安は杞憂だとばかりに、彼女は快くうなずいてくれた。

 こういう風に積極的に働きかけたことって、ゲーム上じゃあんまりないんだよな。だから拒否されなくて内心ほっとしている。

 

「よろしく。ええと……」

「あ、そういえば名前言ってなかったっけ。俺はレイ。ALOプレイヤーとしてはぼちぼちってところかな」

「レイね。私はシノン。さっき言った通り、初心者(ニュービー)よ」

「シノンか。うん、よろし……く?」

 

 シノン?

 それって……いや待て、偶然同じ名前を使っているだけの可能性がある。

 

「どうかしたの」

「ああ、えっと。シノンってさ、GGOとかやってたりする?」

「GGO? ええ、やってるけど……」

「じゃ、じゃあやっぱり、あのBoBで優勝した!?」

「あー……そうね。同じキャラネーム使ってると、すぐばれるか」

 

 彼女がきまりの悪そうな顔で首を縦に振った瞬間、俺は運命というものを人生で初めて感じたのだった。

 

「俺シノンさんのファンなんです! まさかALOで偶然会えるなんて……よろしくお願いします!」

「は、はあ……というか、どうして急に敬語?」

「だって俺、シノンさんに憧れてるんで。一度だけGGOで会ったことあるんですけど、覚えてないですよね。あの時は名前も言わなかったし、アバターも似てないし」

 

 居住まいを正して向き直る。緊張と興奮でテンションがおかしなことになっているのが自覚できたが、感情のままに口が動くのは止められなかった。

 

「よく見たら、シノンさんのアバターは向こうのと似てますね。髪の色も同じだし」

「そ、そうね。アバターはランダム形成だから、偶然似たみたい」

 

 アバターをいじるには追加で課金をしなければならないので、基本的には最初に与えられた外見で我慢する人が多い。俺もそんな多数派のひとりで、GGOではガチムチマッチョマンの姿のままでいる。あの見てくれで弱いのって恥ずかしいんだよなあ。

 

「憧れるのはいいんだけど、ここではあなたの方が先輩なんだから、ちゃんとした指導を頼むわよ」

「もちろんわかってますよ。役に立てるよう頑張ります」

 

 もともと真面目にやるつもりだったけど、俄然やる気が出てきた。

 幸運にもシノンさんと関係が持てたんだから、しっかりサポートしないとな。

 

 

 

 

 

 

 12月18日。冬の寒さが厳しい中、今日も高校へ続く道をひとり歩く。周囲には同じ学校の生徒もいるが、友人らしい友人もいない詩乃に話しかけてくる者はいない。

 

「ふわあ……」

 

 寝不足な体を引きずっている分、彼女はいつも以上にけだるさを感じていた。

 週末のBoBから一昨日まで、いろいろなことがありすぎた。キリトとの邂逅、≪死銃≫との戦い、新川恭二との別れ――そして、朝田詩乃という人間が守った命との出会い。

 彼女にとって大きな影響を与えた出来事の連続によって、当たり前だが見えない疲れがたまっていたらしい。昨日は昼休みにうたた寝をしてしまい、危うく午後の授業に遅れるところだった。

 そういうわけで、昨夜は早めに眠ろうと考えていたのだが……初めてプレイするゲームに、ついのめりこみ過ぎてしまった。

 

「レイ、か」

 

 成り行きで飛行練習のコーチをしてくれることになった男性プレイヤー。どうやらGGOでのシノンを尊敬しているらしく、途中からえらく熱い視線を向けられた。

 いきなり仲良くし過ぎたかも、と思わなくもない。ただ、強くなることを求めて戦い続けるGGOとは違い、詩乃はALOでは楽しむことを重視してプレイしようと決めていたので、多少の馴れ合いも別にアリだろう。

 できればキリトよりもうまく飛べるようになって、彼の驚く顔でも拝んでみたいものだ。

 まあ、あの変態センスの持ち主を超えるのは早々簡単ではないだろうが。

 

「おはよう」

「えっ?」

 

 突然、背後から男の声が飛んできた。クラスメイトの女子ならともかく、異性からあいさつされることなど予想していなかった詩乃は、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

「あー、ごめん。驚かせちゃった?」

 

 振り向くと、どこかで見た覚えのある男子生徒が申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。

 

「えっと……確か、昨日の」

「そうそう。覚えててくれたか」

 

 予鈴でも目が覚めず、食堂のテーブルに突っ伏したままだった詩乃を起こしてくれた人。あの時は焦っていたのでうろ覚えだが、記憶にある顔と眼前の彼の顔は一致している。

 

「昨日は、ありがとうございました」

「いえいえ。ちゃんと授業には間に合った?」

「はい。ギリギリ、でしたけど」

「ならよかった」

 

 そう言って気さくに笑う男子生徒。

 背が高いし、上級生だろうか……などと考えていると、冷たい風が急に勢いを増して吹きつけてきた。

 

「おー、さぶさぶっ。今日も寒いな」

「あ、はい。そうですね」

 

 ほとんど初対面に近い相手の詩乃に対し、彼は積極的に話しかけてくる。朝から元気な人だな、なんて感想を彼女は抱いた。

 

「冬は布団から出るのが本当に苦痛でさ。君は……そういえば、まだ名前聞いてなかったな」

「………」

 

 胸の奥がきゅっと引き締められる感覚。

 やはり、彼は自分が会話をしている相手が何者かを知らなかったらしい。

 朝田詩乃という名前と、その生徒が過去に何をしたのか。これを知らない人間は学校の中にはいないと言えるくらいだが、外見まで覚えている者となると少し割合が減る。

 

「俺は3年の光原誠。君は?」

 

 今ここで名前を告げたら、どうなってしまうのだろうか。

 奇異の視線や怯える反応にはいい加減慣れていたが、それでも気持ちの良いものではない。

 

「あれ、どうかした?」

「……いえ。私は、1年の朝田です。朝田詩乃」

 

 とはいえ、隠していられる内容でもない。

 嫌われるなら早いうちがいいと考え、詩乃は自分の名前を口にした。

 

「朝田詩乃? もしかして、一時期噂になってた?」

「はい」

「そうなんだ。じゃあ朝田、これからよろしく」

 

 一度うなずいて、彼――光原誠は軽い調子でそう言い放った。

 

「……え。それだけ、ですか」

「それだけって、何が」

「その、気にしないんですか。私の噂」

 

 朝田詩乃は、人殺し。

 遠藤達は、ある程度の証拠とともにこの情報を広めた。だから、その噂を信じない者はほとんどいなかったはず。

 

「昔の話なんだろう? しかも正当防衛だったらしいし。いちいちそんなこと気にして怖がってたら、今の世の中生きていけないよ」

「そ、そうなんですか?」

「少なくとも、俺はそう思ってるけど。だいたい、3年の他の連中もあんまり気にしてないし」

 

 ……なんだか、さらっと衝撃的な発言をされたような気がする。

 

「あの」

「じゃあ俺、こっちだから」

 

 親指で右方向を示す光原。気づけば、詩乃達はすでに校門をくぐって校舎の玄関前まで来ていた。

 

「今日は眠りすぎないようにな。朝田」

「は、はい」

 

 詩乃の返事を聞くと、彼は軽く手を挙げて3年の下駄箱へ歩いて行った。

 結局、大事なことは聞きそびれてしまった。

 

「………」

 

 しばらく立ち止まっていた詩乃だが、やがて自らのクラスの下駄箱へ向けて足を動かし始めた。

 ……『いろいろなこと』は、まだ終わっていないのかもしれない。

 




詩乃が本編で言っていた通り、時系列としてはGGO編直後の話となります。
GGO編までは原作通りストーリーが進行したものとお考えください。

感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。
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