よろしくお願いします。
時は待たない。
すべてを等しく、終わりへと連れて行く。
汝、限りある未来の輝きを守らんとする者よ。
1年間、その与えられた時を往くがいい。
己が心の信ずるまま、穏やかなる日々にも揺るぎなく進め。
人身事故により大幅に遅延していたモノレールの外は真っ暗だった。
ピンク色のイヤホンから流れるテクノサウンドに世界を断絶されていた少女は、漆黒の闇に羽ばたく蝶を見た。
(もうこんな時間)
時計の針は間も無く0時を指す。すっかり目が冴えてしまった少女の世界に、車掌のアナウンスが入り込む。
「間も無く、新橋。新橋。終点です。本日は時間が遅れましてー」
0時丁度。
改札を潜り抜けた瞬間、少女の周りにいる人々は西洋の葬儀で用いられる棺に変貌した。
周囲は深い森のように緑色を呈しており、眩く巨大な月が少女を見下ろしていた。
少女は辺りを見渡した後、少し小首を傾げて何事もなく足を進めた。
煉瓦造りのクラシカルで豪奢な建物。それが少女の目的地だった。
「虹ヶ咲学園 新橋分寮」の表札を視界に入れた少女は、重たい扉を開いた。
高級ホテルを改装したそこは、広々としたラウンジにベルベット生地のソファで囲われたテーブル、小さなモニタが置かれていた。フロア奥にある階段がやけに遠く感じた。
「こんばんはー。」
0時を過ぎた空間に、少女のあどけない声だけが響く。流石に寝てるよね、と独り言ちた瞬間だった。
「こんばんは。」
声の主は少女の背後にいた。7歳前後の幼女が、少女を見て微笑んでいた。深緑色の髪は毛先にしたがって鮮やかさを増しているが、暗いのによく映えていた。
「遅かったね?貴女がくるのを待っていたよ。」
「...誰。」
「怯えなくてもいいのに。」
後退りする少女に対し、幼女はあどけないような、尼僧のようにただ微笑んでいた。
幼女は受付カウンタに目をやると、受付名簿とペンが置かれた箇所を指差した。
「それじゃあ、ここにサインして。」
少女が目にしたそれは、契約書だった。
入寮のそれではなく、抽象的な文言が書かれていた。
『時は待たない。全てを等しく、終わりへと進んでいく。
我、選び取りし如何なる運命に責任を負うことを此処に誓う。』
(選び取りし、如何なる運命...)
少女の運命は客観的に見れば凄惨と言って然るべきものだった。10年前はわからなかったが、親戚やかつてのクラスメイトからシャワーのように浴びせ続ければ自ずとそう考えるようになった。実感はともかくとして。
だから今更何のことだろうかと諦観に似た感情を抱いた少女は、署名欄にペンを運んだ。
『上原 歩夢』
幼女はそれを確認すると、頷いた。
「はい、確認したよ。...時は全ての者に結末を運んでくる。例え耳と目を塞いでいてもね。」
「ねぇ、どういう...」
「誰!?」