俺の名前は
「いよいよだな……」
緊張で滲む手汗をズボンに擦り付け、裏世界特有の生ぬるい空気を吸い込んで息を整える。時計を確認したところ、予定の誘拐時刻まであと10分ほどだ。目線を上げれば裏世界の歪んだ空を背景に一枚の薄い板が浮かんでいる。俺の掲示板だ。物質化してスマホみたいに持ち運んだりと様々なカスタマイズができるが俺はデフォルトから変えたことがない。
掲示板を流れる文字を次々と読み上げる『声』に耳を傾けながら一応持ってきた装備の点検と大まかなシナリオの再確認だけ済ませて思考入力で予定のポイントに到着したことを知らせる。コテハンは纏めマン。正直ダサいので変えたいが一応祝福コテハンなので変えられないのだ。
564:纏めマン
こっちは配置についた
565:名無しの転生者
あと数分か……
566:名無しの転生者
歴史的瞬間になるぜ……
567:名無しの転生者
後世には残らんがな
568:誘拐犯A
こっちも準備完了だ。後は佐護さんが通りかかったところでキャッチだな
569:名無しの転生者
>>568名前がひどい
570:名無しの転生者
でも実際間違ってない
571:レーダーA
佐護さん来てる!もうあと5分くらいで接触する!構えて構えて!あと纏めくんはライブ配信オンにして!
レーダーAの指示に従い、掲示板モノにありがちなライブ配信モードを起動。視界右上にLIVEの文字が表れ、消えるのを見届けて、息を詰める。ここから先の行動が全スレ民に見られていると思うと緊張するどころの話じゃない。
ただそれもギルドに依頼して作ってもらった愛槍を構え、眼前の山と対峙するまでのことだ。強敵と対峙する時特有の足が浮き立つような不思議な感じに包まれて、緊張は程なくして消え去った。もちろんこれは正確には山ではない。まおー直属の部下の一人ショゴスちゃん愛好家作の巨大ショゴスだ。
この後の作戦としては佐護さんが入ってきて、状況把握を終えると同時にデモンストレーションとしてこいつを消しとばす手筈となっている。赤黒い空の下に広がる荒廃した街の真っ只中、その巨大なショゴスとの戦闘は俺の能力の派手さも相まって一際目を引くことだろう。何度も練習したシーンだがやはり一抹の不安が残る。主に
572:名無しの転生者
ま、だ、か、な〜。ま、だ、か、な〜。
573:名無しの転生者
ま〜だ〜な〜の〜か〜
574:名無しの転生者
イッチ、こうしてみると割とイケメンだよな
575:名無しの転生者
顔いじってないんだよね?
576:名無しの転生者
>>575改造院に行った記録ないしたぶんな
577:名無しの転生者
ガンバえー
578:名無しの転生者
ふぁいとー
579:名無しの転生者
気の抜ける応援だなぁ
580:名無しの転生者
イッチ、肩肘張りすぎでない?掲示板見てないでしょコレ?あ、音は聞いてるのか?
581:名無しの転生者
>>580まあまあ、いざという時はサポート()しましょ
582:名無しの転生者
サポート(クソデカ音声)
583:名無しの転生者
>>582いつも目覚まし助かる
584:名無しの転生者
>>583あれ目覚ましにするとか猛者だな
585:誘拐犯A
こっち視認!あと30秒で送る!
掲示板の画面から好き勝手な声が聞こえる中、唐突に飛んでくる真面目な報告にひどい温度差を感じつつ、予定の佐護さん出現ポイントに意識を向ける。大丈夫、最初は練習通りにやるだけ、その後は佐護さんの対応次第だが……なんとかなるはずだ。俺は槍の扱いを教わった師匠との会話を思い返す。ほんの3日前のことだ。
◇◇◇
「お前、そろそろ本番だよな?」
「そうですね、ちょうど3日後に」
その日のリハーサルが終わり、自室で慣れないティータイム──これもなんか優雅にティータイムする系上司の方がかっこいいから練習しとけと出された課題である──に四苦八苦していた時にやってきた師匠は俺にそう問いかけた。
「一つ、アドバイスしとこうかと思ってな、この間お前が困ってた件についてだ」
「おお、ほんとですか!」
この時、特に俺は佐護さんとの会話について悩んでいた。不思議な世界への案内役が質問にたじたじではあまりに格好がつかないからだ。会話のパターンを何十通りも考えては破棄するという初デート前の陰キャかお前は。と言いたくなるようなことまでして真剣に悩んでいたのだ。
「まあなんだ、簡単なことだよ。ありのままのお前でいいんだ。今この世界は本物の現代ファンタジーでお前は間違いなくこの世界で生きている。つまりは本物のファンタジーの住人なんだからさ。自然体でいいんだよ」
頭をトンカチかなんかで思いっきりぶっ叩かれたようなとかなんとかまあともかくそんな感じの気分だった。思えばこの時まで俺はどこか他人事のような気分で日々を過ごしていたのだろう。自分がどこで何をして過ごしているのか全くもって理解していなかった。窓の外に目を向ければどんよりと渦巻く赤黒い空。少し離れたところでは裏世界に用意されたフィールドモブを狩る人の姿が見える。そんな裏世界の一室で和気藹々と紅茶を啜っている自分たちを側から見れば確かに立派な現代ファンタジーの住人だ。
「だからといって自然体じゃ非日常感が出ないんじゃないですか?一般人ですよ俺」
「一般人は能力で紅茶をかき混ぜたりしねえ」
言われて見た自身のティーカップではちょうど砂糖が溶けて消えていくところだった。
◇◇◇
「師匠には感謝しなきゃな……!」
あの後自分の普段の行動を前世の基準で見直したおかげで俺は気がついた。十分に毒されてるから演技とかする必要ないってことにな!だから大丈夫!来世の幸せのため!今日が踏ん張りどころさんだ!
586:名無しの転生者
いよいよや!
587:原作勢1
あ〜ワクワクテカテカ
588:名無しの転生者
どんな反応するかな……?
589:神様
バッチ録画中ですよ〜
590:名無しの転生者
ヒュ〜神様準備いい〜
591:名無しの転生者
例の映画館で上映してくれ!
592:誘拐犯A
あと10秒!
593:誘拐犯A
5!
594:まおー
4!
595:原作勢2
3!
596:原作勢3
2!
597:原作勢1
1!
598:神様
0!
次回
設定まとめ
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いる
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いらん
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1話の前に置く
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募集の話の後に置く