第一話 運命と出会った日
一ノ瀬宝には、ずっと覚えていることがある。
燃え上がる空、火の手が上がり、悲鳴がこだまする街、その中央で吠える黒い影。黒く染まったそれは宝の友達で、大切な仲間の一人だった。
その咆哮が自分を襲う。物心つく前の宝は、それを見て笑った。
しかしその影は、宝を食らう前に消え去った。
影の代わりに現れたのは、青い蝶のような翼をもった誰かと。純白の羽をはやした、桃色の天使だった。
夢の中の存在でしかない彼らのことは、成長して、幼いころの記憶が薄れ始めている今でも、なぜか忘れられなかった。
この身に宿る、幼き頃の友人の背中と共に。
それが十一歳になる、一ノ瀬宝少年の悩みの一つ、であった。
♦
羽田空港の構内。人のごった返すその場を、手提げバッグを持った少年が走っていく。青みがかった黒の髪、ともすれば女性にも見えそうな華奢な体。日本人離れした金色の瞳の目線を下げながら、彼は目的の場所まで向かっている。
通りがかった人々は、彼とすれ違うや不思議そうにそちらを向く。彼はだれかと話すように、小声で何事かをつぶやいているのだった。
『たくっ! なんでワイらがあいつらの出迎えなんてせなならんのや!』
「ガッチャ、声抑えてよ。周りに聞こえちゃう」
話している相手のいるらしい、手提げバッグをコンと叩く。それでも声の主の喋りは止まらない。
『協会も協会や! マジでどの面下げてワイらを呼びつけおったんか……⁉』
「でも、この依頼をこなせば、レベル10ケミーの情報がつかめるかもしれないんだよ? やるしかないじゃない」
『それはそうやがな』
「それにガッチャも、お姉さんたちと会えるのはうれしいんでしょ?」
『いや、まぁ、そうやけど』
「じゃ、文句言わない。それに今回は、協会じゃなくて大師父からの直接の依頼だよ。お爺ちゃんにはお世話になってるじゃん?」
『ほんならまあ……』
言いくるめはしたが、それでもガッチャは不満そうだ。魔術協会のことを嫌いというのは宝も知っているのだが、こういうときくらい割り切ってくれないかなぁなんて思う。
そんなことを考えていると、目的の人たちが目についた。赤い服が似合いそうな黒い髪の日本人の少女と、それとは逆に青い服が似合いそうな、金髪の外国人の少女。少女といっても宝より六つも年上の高校生なのだが、その二人はいい年してがっぷりと組みあい大喧嘩を繰り広げ、周囲から白い眼を食らっていた。
どっちも目立つ容姿で、ともすればそれが余計に厄介な二人が、知り合いである。
『お前あれ見てどう思う?』
「帰ろっか」
『おん、あれと関わったらワイらの正気が疑われるわ』
クルリ回って背を向けて、今日のご飯はハンバーグ。
匂いかぎつけ、鬼がこっちを振り向いた。
「あ、宝! 手伝いなさい! この馬鹿を簀巻きにして飛行機に括り付けるのよ!」
「何をおっしゃい! 宝! ドラム缶を持ってきなさい! この女をコンクリート詰めにして海に沈めるのですわ!」
うわー、やくざだあれ。
そう思っても声に出さない。あとついでに振り向かない、口を利かない。これぞ彼女たちと相対する際に必要な「こーふく」の三原則である。というわけで全力疾走、その場から逃げ出す。
「あ、待ちなさい!」
「逃がしませんわよ!」
あれ、追いかけてくる。これじゃ自分まで変人の仲間じゃないか!
「来ないでください来ないでください! 関わりたくなーい!」
こいつは前途多難だな。かわいそうな宝。と、いつの間にか黙っていたガッチャは思うのだった。
ちなみにこの後すぐつかまって、ついでに警備員にもこっぴどく叱られた。
♦
「何もあんなに怒らなくていいと思うんだよ……」
『保護者に連絡いかんかっただけましや』
空港から離れリムジンの中。こっぴどく叱られたことを根に持っているらしい宝はそんことをガッチャにつぶやいた。手の中に納まったオレンジ色の大きなベルトは、そのセリフにテキトーに答えるのみ。
ちなみにこのリムジンは金髪ドリル少女の私物である。彼女は見た目通りというか、すさまじいお金持ちなのだ。その中では、宝が二人から離れて座り、ソファの間を二本のステッキがふわふわ飛んでいた。
宝のつぶやきに、黒髪の少女、遠坂凛が応える。
「そもそも逃げたのが悪いのよ。逃げなければあんなことで時間を食うことも」
「そうですわ、おとなしくこの女を抹殺する手伝いをしていればこんなことには!」
金髪ドリルのほう、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトも答える。宝はそれを聞き流し、代わりにガッチャが声を発した。
『いやどう考えてもお前ら二人がけんかしてたせいやからな!』
『いやぁ、わがマスターながら羞恥心のかけらもない立ち回りに目を覆いたくなりましたね』
『マスターは恥知らずと称します』
ふわふわ浮かぶ赤と青のステッキからもひどいことを言われている。
その二つは、アニメの中の魔法少女が使いそうな可愛らしい姿をしていた。出てくる言葉が辛辣なのでギャップがすごい。
先にしゃべった赤いはっちゃけたほうはマジカルルビー、青い礼儀正しいほうはマジカルサファイアと言った。
言われた二人は目をそらした。まあそりゃ思うところあるよね、さすがに。
「羞恥心がないわけじゃないもんね……」
『振る舞いに出てないけどな。で、迎えに来たのはいいんやが、何しに来たんや』
「え、ガッチャ聞いてなかったの?」
『おん。寝てたわ』
こつんと叩いてやった。
『いった!』
「くないでしょ。むぅ、仕方ないなぁ」
宝は小さく溜息を吐き、ルヴィアと凛のほうを見た。
「じゃ、今回の来訪の理由、おさらいしますね」
「ん、お願いね」
「では」
さらりとまとめて、宝は彼女たちが訪れた経緯を説明するのだった。
曰く、時計塔の魔術師たちの間で、ある事件が話題になっている、という。
日本は冬木市、そこの龍脈上に、強大な魔力を持つものが現れた。カードの形をとるそれは、それぞれに宿る情報から人型の影を形作り、特殊な空間を形成、龍脈の魔力を貪り食っているのだとか。
つい先日まで、英国の時計塔で魔術師としての修練を積んでいた凛とルヴィアは、時計塔の中でも特に偉い魔法使い、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグに、その何かを回収するよう指示を出されたという。
これは異例の事態だった。何せ、本来は執行者が担当するような事態に、実力はあるとはいえまだ未熟な、二人の魔術師に指令が下されたのだから。
二人に下された命令は単純。
見つかったカード七枚のうち、三枚目に、魔術を無効化するほどの大麻力が備わっていることが分かったのだ。
その対処のために、魔術によらない攻撃を用いた戦闘が行えるようになる二本のステッキ、カレイドステッキが必要になった。そしてそのカレイドステッキたちと幼少期から触れ合い、信頼関係を気付いている凛とルヴィアにお株が回ったのである。
そして、それらカレイドステッキの仲間、弟分ともいえるガッチャードライバーと、それを有する一ノ瀬宝にも話が言ったというわけだった。
「__てこと。わかった?」
『そんなことなってたんか……協会に協力するのはしゃくやが、町のためなら仕方ないなぁ』
「ね。がんばろ」
朗らかに笑う宝に、「せやな」と応じるガッチャ。
そこで「そういえば」と、宝は思い出して言った。
「その“カード”……お二人が持ってるんですよね。どういうものなんです?」
「ああ、これね。かなり高度な魔術礼装みたいよ。それこそ、機密性ならケミーカードも凌駕するんじゃないかしら」
「へぇ」
「時計塔でも、このカードが何なのか完全にはわからなかったの。ただ、高度な魔術理論を用いて生み出されたらしいこと、このカードを介して魔術礼装を行使すれば、そのカードの中の英霊の力が使えること。わかるのはそれくらいだったみたいね」
「英霊の力が使えるカード、ですか……」
『なんやそれ、レベル10並みの危険物やないか』
「そう。だからあんたや、この馬鹿ステッキにお呼びがかかったってわけよ」
『凛様にバカなどと言われたくはありません』
『心外ですねー』
「サファイアには言ってないわよ!」
マジカルサファイアは「そうですか」とたんぱくな返し。
宝はそんなやり取りをよそに、それぞれのカードがどのようなものかを、回想する。カードの種類は聞いたところによれば、槍を操る「ランサー」と、飛び道具に精通する「アーチャー」の二種。
聞けばランサーからは赤い槍が、アーチャーからは黒い弓が出たという。
この二枚、凛さんとルヴィアさんの、どっちが使うんだろう。
聞いてみた。
「どっちが使うんですか、その二枚」
「私」
「わたくしですわ」
二人が顔を見合わせた。
やばい。
「あんたじゃ使いこなせないわよ。私がどっちもうまく使ってあげるわ。だからランサーをよこしなさい」
「いやですわ、野蛮人は武器の扱い方なんて知らないでしょう? 大人しくわたくしにアーチャーをお渡しなさい」
「あのーお二人?」
「誰が野蛮人よそういうあんたは弓の使い方なんて知らないでしょうが! お嬢様に弓が打てるとは思えないわね」
「あらあら、淑女はあらゆるものをたしなんでいますのよ、弓を打つだなんてお茶の子さいさいですわ。いえ、むしろ弓しか実体化できなかったあなたよりましに戦えますわ!
「そう、ならどっちがうまく使えるか、いや……どっちが二枚とも使うか決めましょうか!」
「それはいいですわね。ついでにこの世からおさらばさせてあげますわぁ!」
そういうや、凛がルビーを、ルヴィアがサファイアを呼んだ。しかし二人とも応じず。
「使うなら別の魔術礼装でも事足りるでしょう」とは、サファイアの言。
『また喧嘩の香りがしますしねぇ。よそでやってくださいよ』
『もう凛様の家につきましたので。あとは人目のないところで存分にやってください』
「人目のないとこかぁ。音もうるさいし、いっそ空でやってくれないかなぁ」
この宝の発言がいけなかった。「それはいいわね」と凛が反応したのだ。
凛たちはルビーたちをつかんだ。
『うーわ……』
心底いやそうな声がルビーから聞こえる。やってしまった感がすさまじいが宝は目をそらした。
『恨みますよ宝様』
サファイアの恨み節。さすがに宝も謝る。
「ごめん……でもほら、いざって時は契約破棄しちゃえばいいんだから」
冗談でそんなことを言ってみる。まじめなサファイアは怒るかな、なんて思ったら、件の彼女は『そうですね』とつぶやいた。
『わかりました、参考にします』
「え?」
『では行ってきますね、宝様』
そんなこと言って素直にルヴィアのもとに行った。なんかやな予感がするが……まぁサファイアなら大丈夫だろう。
「今日こそ息の根を止めてやるわ!」
「それはこちらのセリフですわぁ!」
言い回しがやくざなんだよなぁ。
なんて思ってると、二人は恐るべき速度で空中に飛んで行った。あれに付き合わされるルビーとサファイアも災難だろうになぁ。
『……カード回収の日程とか、調整するんちゃうかったか?』
「そのはずなんだけどねぇ。帰ろ、ガッチャ。多分動くのは明日からだよ」
『……まぁあれに付き合うのはめんどくさいしなぁ』
宝は「でしょ?」と小首をかしげて可愛く言った。それから、カバンから取り出した手甲型の装備に、カードを一枚装填する。7という数字が描かれたそれには、一緒に金色のバイクが描かれていた。
「ゴルドダッシュ、乗せてって!」
カードから絵柄が消えて、代わりに大きな金色のバイクは現れた。そのバイクはくねくね動いて宝のほうを向き、分かったというように「ダーッシュ」と叫ぶ。
この不思議な生き物はケミー。金色のバイクのビークルケミーレベル7、ゴルドダッシュだった。
宝は彼にまたがり、ハンドルを握った。
『無免許運転』
「いいじゃん。動くのはゴルドダッシュだよ!」
『そやがなぁ……ま、いいか』
本当はまあいいかですませていいことではないのだが突っ込み役はいなかった。
リムジンの運転手、ルヴィアの執事の老人に手を振って。それから、宝を乗せたゴルドダッシュはそのまま遠坂邸を離れて、自分たちの家へと向かうのだった。
この時、宝もガッチャも、喧嘩している二人とステッキも、知る由はなかった。
この、カードの事件が……いったいどこに向かうのか、なんて。
♦
少女は、浴槽の中で、はふ~とため息を漏らしていた。
やはりお風呂は良いものだと、心の底から思う。
白い長髪を湯船の中に浮かべながら、少女はブクブクと泡を立てた。
「……魔法少女かー」
さっきまで見ていたアニメのことを思い出しながらつぶやく。
少女、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、窓の外の月を__空を見た。
1クール分を一気見したせいで、すっかり月が高くなっている。そんな月夜を、あの魔法少女のように飛べたら気持ちがいいだろうなとか、そんなことを思った。
それと、もう一つ。
「魔法が使えたら、いろんなことができるんだろーけど……」
夢物語だけど、文字通り夢のある話だ。
それこそ、夢みたいな……好きな人と、両想いになれる魔法、とか……
そういうのが、あったらいいな、なんて。
「あはは、ないない」
そう言って手を振る。
……すると、突然空に、赤い光が弾けた。次いで青い光も弾け、それらが幾重にも重なっていく。
「あれ、なんだろ?」
イリヤは湯船から身を乗り出して、その光を覗く。しかし風呂場の明かりが邪魔で見えない。
電気を消して、窓から身を乗り出して、改めて見た。
「なんだろ、花火?」
♦
その光を確認したのは、イリヤだけではなかった。宝少年や、それ以外にも、たくさんの人々がその輝きを見ていた。
飛行機か、花火か、はたまたユーフォーかと口々に声が上がるが、そのどれもが違う。
それは、魔法少女の戦いの火花だった。
「オーッホッホッホッホ!」
高笑いが響く。青いドレスに猫耳と猫しっぽを生やした、瀟洒と俗っぽさが混ぜ込まれたよくわからないいでたちの少女が、同じく猫耳を生やした赤ドレスの魔法少女に、魔力の弾丸を打ち込んでいる。
青いほうの金髪はドリルになっていた。つまりルヴィアさんだった。
ということは、赤いほうは凛さんなのであった。
「ちょっ、こいつマジ弾ばっかりうちやがってー⁉」
『大人げないですね~あの人』
ルビーが魔力弾の軌道に障壁を張り、攻撃を相殺。
一部は威力を跳ね返し、衝撃波としてルヴィアに浴びせかける。だがルヴィアは素早く下方にそれて衝撃を避け、それどころかフルパワーの魔力砲を放って、凛を狙い打った。
「うげ⁉」
「さあ堕ちなさい、遠坂凛!」
槍のごとき魔力砲を、なんとか障壁でガードする凛。だが、ダメージの一部は消せず、服が焼け焦げた。ついでにルビーもちょっと焦げた。
「いったいんだけどー⁉」
『やー、あれほどの魔力砲はちょっと防ぎきれないというか、私はサファイアちゃんより供給量弱いですし~』
「ほぼ誤差でしょうが!」
なおちゃんとルビーが障壁を張れば、攻撃は守れていた。凛がダメージを受けたのはルビーが防御をさぼったためである。
「オホホホ! ステッキに裏切られるとは、やはりその胸同様人望もないのですわねぇ?」
『……今回だけで株が落ち切っているルヴィア様が言えたことでしょうか』
「だまりなさいサファイア!」
図星だからってその返しはどうなんだろう。
「フフフ、ともかくトドメですわ!」
言うや、ドレスのポケットからカードを取り出すルヴィア。それに描かれているのは、帽子をかぶった槍使い。クラスカード「ランサー」だ。
「っ! マジに使う気か……だったら!」
凛もまた、カードを取り出す。描かれているのは弓兵、クラスカード「アーチャー」。
「クラスカード・ランサー!」
「クラスカード・アーチャー!」
「「
二枚のカードが、二つのステッキにかざされる。放たれる二つの、起動の言霊。
そして、まばゆい光と共に、ステッキが宝具に……変わらなかった。
「……あら?」
「……ねえルビー、限定展開よ?」
『いやしたくないんですけど』
はあ? と凛が声を上げる。
「ちょっ、どういうことよ!」
『……正直、お二方には愛想が尽きました。少しそのけんかっ早い頭を、冷やしたほうがいいと思います』
サファイアが冷静にそう告げ。
それから二つのステッキは、見つめあってうなづいて。
『と、いうわけで~』
『少々の間』
『『お暇をいただきます!』』
ステッキたちはそう言った途端、二人の手のひらから抜けて飛んで行った。
驚いた二人は、ステッキたちを取り戻そうと虚空をつかむが、するりするりと彼女たちは逃れていく。
「ま、待ちなさいサファイア!」
「どこ行く気よあんたたち⁉」
『まあどこへでも行こうかと~。ところでお二方』
「何よ⁉」
『もうすでに転身は解いています。着陸の体制をとったほうがよろしいかと』
サファイアの言葉に、凛とルヴィアは自分の服を見る。
転身前の普段着に戻っていた。
カレイドライナーではない生身の人間になったわけである。
ちなみに今二人がいるのは、冬木上空の雲の上くらいなのだが、ここから生身で落ちると軽くミンチになれる。
新たなファフロツキーズ現象の一例になれるわけだ。
「いや、ちょ、うわああああああ⁉」
「覚えてなさいサファイアァァァァ⁉」
そんな断末魔を残しながら、二人は落ちていった。
なお下は川なので、たぶん大丈夫だろうとサファイアとルビーは考えていた。さすがに死なれるとまずいのである。
『じゃ、サファイアちゃん。仮マスターさんを探しに行きましょ~』
『……本当に大丈夫かしら』
『大丈夫ですよ、今更不安になっちゃダメです! お二方は殺しても死なないような方なので大丈夫ですって』
『そうね……じゃあ、私もマスターを探してくる。あとでね、姉さん』
『はーい、ではでは!』
ルビーもサファイアも。それぞれの方向に、飛んでいくのだった。
♦
「あれ、消えちゃった」
空の輝きが消えたのを見て、イリヤは何だったんだろうと思いながら、湯船に戻る。
その時、ガラリと風呂場の扉が開いた。
バッとそちらを振り向くと、兄の士郎が立っていた。
腰にはタオルを巻いているが、ほぼ全裸で。イリヤも士郎も、お互いを見て固まった。
「あー、えー……っと」
「え、あ、え、や……」
「ふ、風呂場の電気が消えてたから、もう上がったのかと、思って」
「や、いや……いやああああああ⁉⁉」
恥ずかしさといろんな感情がまぜこぜになって、イリヤは叫んでしまった。
すぐに士郎は目を背けて、何事かを言っていたのだが、さてもイリヤには聞こえていなくて。すぐに体を隠して、うずくまって。
その途端、頭の上を何かがとびぬけていった。
「え、えええ⁉」
その何かが、士郎の顔面をぶち抜いた。士郎は悲鳴を上げて思いっきり倒れる。原作主人公驚きの退場である。
何かは「チッ」と舌打ちをした。
『……気絶させてマスター認証をしようと思ったのですが、仕方ありません』
そう呟くや、ソレはイリヤのほうを向いた。月明かりに照らされて、彼女が一体何なのかがようやく見えた。
それは星をかたどった宝石が美しい、一本のステッキだった。赤と桃の色が眩しい、魔法少女が使うようなそのステッキは、イリヤに対してぺこりとお辞儀をする。同時に柄の部分がいい感じにしなった。
『どーもどーも! 私はマジカルルビー! いたいけな少女を求めるマスコット的魔法のステッキです!』
ステッキはかわいらしい声と口調で続ける。
『あなたは私のマスターに選ばれました! さあ、私を手に取って、魔法少女として(私にとっての)悪と戦うのです!』
「へ、は、へ……は、はあ……?」
なんなんだろ、このステッキ。女の子の声でしゃべって、魔法少女になれと言ってくる。
お風呂に入る前に見ていた、マジカルブシドームサシの始まりとおんなじだ。お風呂場で、魔法少女の力をくれるマスコットと出会うところまで、同じだ。あっちはネズミだったけど。
唐突に現れたルビーを見て、そんなことを考えながら。イリヤはルビーをじっと見て、こうも思った。
直感で、とてもうさんくさいと。
『む、今うさんくさいって思いましたね? 心外ですね~、こんなにもプリティでラブリーなステッキの言うことを信じられないんですか~?』
「じ、自分で言う?」
わりとずうずうしいねこの子……
『で、どうです? 魔法少女やりませんか?』
「やらない! 知らない人に誘われたら必ず断れーって、セラにいつも言われてるもん」
『え~、硬いお母さまですね。それに、私は人じゃありませんよ?』
「人じゃなくても! そりゃあ、ちょっとは気になるけど」
『ほう、気になると? それならプレゼンしないわけにはいきませんね~?』
とか言いながら、ルビーはイリヤの周囲を飛び回る。
『いいですよ、魔法少女! 空を飛んだりビームを撃って敵をやっつけたり! 恋の魔法で、意中の殿方とラブラブになったり!』
「ら、ラブラブ……?」
イリヤは思わずつぶやいて、それから倒れたままの士郎を見た。
その視線を、ルビーは見逃さない。
『おやぁ! 誰か好きな方がいらっしゃるので? そうですよね~見た感じ小学生くらいですしそういうこともありますよね~! で、誰が好きなんです?』
「え、や、いないけど⁉ ていうかいても言わないし!」
『いいじゃないですか減るものじゃありませんし! ガールズトークの定番ですよ!』
「あ、そうだねあなたもガールだもんね」
『え、女の子だって思われてなかったんですか私……あ、いえともかく! 誰が好きなんですか!』
「だから言わないって!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人。窓が開けっ放しなので、ご近所から苦情が来そうだ。
『ふふふ……それほど否定するとはやはりいるんですね?』
「いや、いないってば……」
『ずばり、あなたの意中の相手は……同級生の男の子、とか?』
「む……ち、違うよ!」
『ほほうかすりましたか。次は当てましょう! あなたの意中の相手は……そこに倒れているお兄さんですね⁉』
「むぐ⁉」
ルビーはさも、あてっずぽうで当てたかのように演出しつつ、士郎を指さす。
それに対するイリヤの反応は予想外のもので。
「ち、ちが、違うもん! お兄ちゃんはそんなんじゃ!」
『うふふふふ、隠さなくてもいいんですよ~? 私は誰にも言いません、いえ言えませんから。マスターの秘密だけは厳守するようにできてますからね~』
まあ秘密ではないとルビーが認識すれば、いくらでも人に言えるのだけど。
『しかしお兄さんがお好きとは、これは薄い本が厚くなっちゃいますね~! いいこと聞きました~!』
「む、むうう……この、意地悪ステッキめぇ!」
イリヤは思わず、ルビーにつかみかかった。そのまま風呂場の外に投げ捨てようとして……
「あ、あれ?」
腕が動かない。
ふよふよ浮かんでいるルビーに、固定されたかのように動かない。
『ふーっふっふ……秘密の共有、そしてマスターからの接触! 二つの認証を突破させていただきました!』
「え、な、なに⁉」
実はルビーが今までやっていたのは、イリヤを自分のマスターにするための演技だったのだ。
イリヤの秘密を暴き、彼女からの接触を得たことで、ルビーのマスター認証は滞りなく、最終認証を迎えたのである。
『もう離しませんよ~。サファイアちゃん風に言うなら、今日からあなたを魔法少女です!』
「うえ、わ、離れてよ⁉」
『い~やで~す! さあ最後にお名前を! それで認証は完了しますから~!』
「う、うぐぐ……」
……まんまとはめられた。イリヤは涙目になりながらも……ルビーの言葉に、従うのだった。
「わ、私は……イリヤスフィール・フォン・アインツベルン!」
『はーいはい……ん?』
イリヤの名前を聞いて喜んだルビー……だったが、一瞬声が止まった。
あれ、この名前と声、どこかで聞いたような……
『……? あれー……まあいいでしょう。ともかく、ロリッ子ゲットですよー!』
非常に俗な言葉を吐きながら。
ルビーはイリヤに構えられながら、手際よく自身の機能を開放していく。
『このまま変身まで行っちゃいましょ! ではでは、
その言葉とともに、イリヤの背から翼が生まれた。無数の文字列と紋様が、白い羽のすべてに描かれたその翼からは、無数の桃色の輝きが伸びて、イリヤを覆いつくしていく。
ああもう、やけくそだ。イリヤはもう無理やり楽しくやってやろうと、手を伸ばしポーズをとった。光によって裸体が隠された全身に、光が形をとって宿っていく。
薄桃色の長手袋に、赤のブーツ、太ももに現れたカード入れ。鳥のようなピンクのドレスに、白い羽のようなフリルと、アクセントの黄色いネクタイ。そして最後に、白い髪に咲くように生える、羽リボン。
イリヤは風呂場の床にトンと降り立ち、それからかわいくポーズをとった。
『これぞー! 新生カレイドライナー・プリズマ☆イリヤでーす! ひゃっほい、思った通りかわいい仕上がりですー!』
「う、うわー……これ私?」
桃色の魔法少女服を着た自分が、鏡に映っている。
案外というか、かなりかわいいというか、すごい、想像した通りの魔法少女っていう感じで……
「す、すごいね、ルビー」
『いやあ、私の機能でイリヤさんの頭の中を読んで、それを基に再現しましたので~』
「へえ~、すっごい……ん?」
頭の中を読んでって言った?
「ねえつまりさっきのも」
『おーっとっと! ふふふ、しかし思った以上に良い仕上がりです! あんな年増魔法少女とは、可愛さに天地の差がありますね~!』
「誰のこと年増って……」
さっきからルビー、結構知らない人の名前出してるけど……とか思ってたら。
「誰が年増ですって……?」
「へ? ちょっ、きゃあ⁉」
突然ルビーが引っ張られて、彼女ごと風呂場の外に出てしまった。
誰かに引っ張られたけど……庭に落ちたままきょろきょろとあたりを見ると、とんでもない形相でルビーをにらんでいる女の人が目についた。
「うわ」
「さあさあどう落とし前付けてくれようか知らねえこのクソステッキ……」
『あ、あはは……り、凛さ~ん、暴力は反対ですよう』
あんなにひょうひょうとしていたルビーがここまでたじろぐとは、いったい何者……⁉
まさか、魔法少女物でありがちな敵側の女幹部とか『い、いえ違います。どっちかといえばサポーターというか先代というか……』
「先代? てことは、前のプリズマ☆イリヤ?」
うわ、この名前自分で言うの恥ずかしいな。そう思いながら口にすると、ルビーはそうですと言った。ついでに小声で『まあ悪党みたいな人なのはそうですけど』といらんことを言った。
言った瞬間、壁にたたきつけられて、ルビーの形の穴が開いた。人の家に何てことしてくれてるんですかね。
『おごふう……る、ルビーちゃんは暴力には屈しませんよ……』
「じゃあ屈するまで暴力をふるい続けてやるわ」
こっわ。
「で、そっちの子は誰? 見たことない服着てるけど……もしかして趣味?」
「違いますけど⁉ そっちのステッキが勝手に着せてきて!」
『うぐぐ……そ、そうです! 追いかけてきてもらったところ悪いですが、私には既に新しいマスターがいるのです!』
ルビーはイリヤの周りでくるくる回って。
『このイリヤさんこそ私の新しいマスター! もう年増ツインテールはお呼びじゃないんですよー!』
「なっ……」
また年増って言った。見た感じ、お兄ちゃんと同じくらいに見えるけどなー、とか、イリヤは思った。
「あんたねぇ! 年増年増言うけど、初めて会ったときはめっちゃくちゃ喜んでたじゃないの! 何よ、少し成長したくらいで見限る気⁉ 少しはサファイアを見習いなさいよ!」
『少し成長~? 身長が二倍くらい違うんですけど~? まあどこかは成長していないようですが~? そもそも魔法少女の年齢制限を、凛さんは軽~く越してるんですよう! もう私の管轄外です!』
「何が年齢制限よ、そんなの知ったこっちゃないわ⁉」
「はあ……なんていうか、仲いいんだね」
なんというか、そんな感想しか出ない。
ルビーと凛はほぼ同時に「『違う!』」とか言ってたけど、軽く無視して。
「それで、その。先代さん?」
「先代……いやまあ、あってるか」
「えっと、私何がどうなってるかわからないっていうか……」
「……ルビー、あんた説明しなかったの?」
『説明せずに魔法少女にしちゃいましたから』
「……はあ、じゃあ説明してあげる。……ま、その前に」
凛は自分があけた穴と、窓から見える風呂場の惨状を見た。
「これの説明、親によろしく」
私がするんだ……
イリヤはなんというか、先行き不安になりながら……
しかし突然始まった非日常に、小さな胸を躍らせていた。
♦
サファイアは、公園に降り立った。
時間は深夜に近く、あたりには誰もいない。ルビー姉さんは、パートナーを見つけただろうか。
自分も見つけたいところだが、どうにもいい人が見当たらない。あまり、一般人を巻き込みたくないと思ってしまう。
この分だと、やっぱりルヴィアのもとに戻ることになるだろうか。
……今から言い訳の言葉でも考えておくかと、サファイアは考えていた。
『……ん?』
その時だった。
公園の茂みのほうから、ガサリ、と音が鳴って。
そこから人の足が出て。
それから、転げるように少女が現れた。
彼女は茂みから現れたとたんに地面に倒れてしまう。
『っ⁉ だ、大丈夫ですか⁉』
サファイアは魔術の原則も忘れて、その少女に飛んで行って声をかけた。少女はぐっと腕に力を入れて、立ち上がろうとするが、また倒れてしまう。見れば体中生傷だらけで、疲弊しきっている様子だった。
着ている服も、彼女の身の丈には合わないサイズ。誰か、兄のものでも着ているのだろうか。
サファイアはひとまず、彼女の腕に柄を巻き付け、自身の機能を起動した。
基本機能の
だが、彼女に足りない栄養などは、サファイアでは供給できない。
『た、立てますか?』
おそるおそる問いかける。小さな声で「うん」と返答があった。
次いで少女は、今度こそ立ち上がって見せる。サファイアはホッとしたが、安心はできない。
『そちらに、水飲み場があります。水分だけでも、補給しましょう』
「うん……」
水飲み場に連れて行って、水を飲ませて。
すると、フラフラとしていた少女は、ようやく自分の足で歩けるくらいの、体力を取り戻した。
「ありがとう」
『いえ、どういたしまして……っと』
そういえば、自分の姿をまともにさらしてしまった。後で忘れてもらわなければ……
そう思っていると、少女は興味深そうに、サファイアを見て、言った。
「あなたは……? 杖?」
『あ……申し遅れました。私は、マジカルサファイア。いわゆる、そうですね……魔法少女のステッキです』
それが伝わりやすいと思って、そう言ってみる。しかし少女は「魔法少女?」と首を傾げる。
『魔法少女を知らないのですか?』
「……わからない。それを知ってるのは、普通なの?」
不思議な問いだ、と思った。
『そう、ですね。あなたのような年のお子さんは、知っていることが多いのですが……』
この子は、なんなんだろう。不思議と、惹かれて、サファイアは問いかける。
『あなたの名前を、教えていただけませんか? それと、なぜこんな服装でいらっしゃるのか……』
「……それ、は」
少女はステッキに、自分の名前を語った。そして自分の生い立ちを。
ステッキは、コクン、コクンとうなづき、聞き終えて。そして、言った。
『では、美遊様』
「……うん」
『どこにも行くところがないのなら……私のマスターに、なってくださいませんか?』
「マスター?」
『はい。私は、元のマスターと喧嘩して、逃げてきたんです。そのう、少しの間に、なるかもしれません。ですが、マスター登録をしていただければ、元マスターの下で働く、という形で、居場所ができるかと』
サファイアは精一杯、そう提案する。美遊は驚いたように目を丸くし、それから__笑顔を浮かべた。
「優しいね、サファイアは……なら、お願い」
少女は少し、サファイアから離れて。
月に照らされながら、告げる。
「私に、衣服を。食べ物を。生きる場所を。……そして、居場所を、ください。お願い、サファイア」
『……承知いたしました。美遊様』
雪は降らず、日差しは夜の闇に溶ける。
黒い髪の、赤い目の少女は、ただこい願い、杖はその願いを聞き届けた。
それは家族のいない少女に、最初のパートナーができた瞬間だった。
少女の名前は、美遊。姓は、今は胸に秘めたままで。
そして、三人がそろった。
一人はすでに、カレイドライナーだったもの。
一人は今、カレイドライナーを受け継いだもの。
最後は、カレイドライナーとなる運命を、得たもの。
三者が交わるのはまだ先だが……運命はこの日、こうして生まれたのだった。