Fate/Gotcha liner   作:アカハナさん

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第十一話 三者三様、一時停車

 大けがしたので本日はお休みです。

 

「だから今日一日安静にしていなさい。いいわね」

 

 そういったのは宝の姉、一ノ瀬千秋だった。「はーい」と気のない返事をして、宝はベッドに横になる。とても豪奢なベッドは、その見た目のせいで寝づらくて、あんまり病人向きじゃないよなぁなんて思う。ついさっきまでメイド服を着た千秋にいろいろ世話をしてもらってたのも、なんとなく落ち着かないのだった。

 昔、母の実家が太かったのもあってか、一ノ瀬家の邸宅は広い敷地を保ち、家も非常に広いのだ。ルヴィアの家ほどではないのであるが。といっても、元はここもエーデルフェルト家の持ち物だし、ある意味でこっちが先輩で、向こうの家は後輩だったりするのだが、でも家に先輩後輩なんて意味ないよなーなんて思「ほぱ……」

 

「むう、何その目」

『そりゃ唐突に変なこと言い始めたらそういう目になるやろ』

 

 見事な白い目を向けてくるホッパー1は、「ほぱほぱ」とうなづいた。

 そういうもんかなぁ。なんて思いつつ、横になったまま宝はホッパー1とじゃれる。彼の相棒のスチームライナーは療養中。それ以外にもホークスターや、ライデンジが多大なダメージを受けていた。彼らのことは、ルビーとサファイアを持つ、イリヤと美遊に任せてある。

 ケミーと触れ合ってもらえたら、彼らのことをよく知ってもらえるだろうとも思ってのことだった。

 まあそれは、結果論なのだが。

 

「強かったね、あの英霊」

『そらまあなぁ。あの聖剣エクスカリバー、腐っとーともそいつをぶん回してこっちをぼこぼこ。まさに最強の騎士王や……あの、アーサー王はな』

 

 先の戦いで総力を挙げて戦い、その果てに宝が撃破したクラスカード「セイバー」の英霊。その正体はブリテンの聖騎士王、誰もが知る最強の存在の一つ、「アーサー王」だった。

 ここまで戦った英霊のうち、ランサーとライダーもその真名がわかっている。ランサーはケルト神話の大英霊、半神半人の「クーフーリン」

 そしてライダーは、翼をもつ神馬、ペガサスを駆るギリシャの大英雄。その真名を「ペルセウス」……と、目されている。

 ライダーに関しては不明点もあるので、まだ(仮)なのだが。というかたぶん違うのではないか。ペルセウスが髪を蛇のように伸ばすわけがないし。

 判明している中でも、アーサー王は、彼ら英霊たちの中でも、特に強力なことは間違いなかった。その手に持つ聖剣エクスカリバーは、この星によって編まれた最強にして究極の幻想とも呼ばれるもの。文字通り腐っていても、すさまじい大出力で空間さえ焼き切れる力がある。

 あれに勝てたのは、奇跡に等しかった。それこそ、十年前のあの日、自分が”マルガム”になっていなければ……きっとあの場で、全員死んでいたことだろう。

 

『しかし、まさかエックスレックスの因子がワイを乗っ取るとは……マルガムみたく動くガッチャードになっとったらしいなぁ』

「言うなればマルガムガッチャードか。……恐ろしいね、二度となりたくない」

 

 傷ついた自分の体を一瞥し、ふうと一息。

 昨日に変身した白いガッチャード。おそらく、かつてのマルガム化の後遺症によるものか。

 

 マルガム、とは。その名をアマルガムに由来する、ケミーと人間の混合生物である。

 ケミーにはなべて、同じ特徴が存在する。まずそのすべてに何らかの錬金術、または魔術が埋め込まれていること。続いてこの世の万物をもとに、複数の存在の特徴を混合した生命であること。そして、非常に純粋かつ好奇心が旺盛、故に人に興味を示し、その隣にあろうとすること。

 

 これら特徴のうち、最後のものには、高い感受性があるということも付け加えられる。この感受性は特に、人の望みに対して反応しやすい。例えば、もっと勉強ができるようになりたいとか、こんな道具が欲しいとか。そういう望みを、ケミーは感応するとともに叶えようと動くのだ。

 

 しかしこの能力、特性が裏目に出る場合がある。それは感応した人間が何らかの悪意、または強い欲望、はたまた、生存への渇望などの野性的欲望を得ていた場合のこと。

 ケミーたちはその多大な欲望を持つものに取り込まれ、怪物と化す。この際、周囲から様々な方法をもって銀を抽出、足りない部位を周囲の草木や血肉を吸って補い、誕生するもの。

 

 それが、マルガムだ。

 

 一ノ瀬宝は生まれたばかりのころ、マルガムになった。十年前、冬木市で起こった災害に巻き込まれたとき、生まれたばかりの彼は強い生存本能を、無意識化のうちに発していた。その波動に呼応し、共にマルガムとなったのが。

 

 レベル10エンシェントケミー、エックスレックス。

 

 宝の、最初の友達だったケミーだ。

 

「……」

『宝。あの白いのは、結局イリヤちゃんたちも傷つけてーへん。大丈夫や。お前は、やっぱりあの子を傷つけたりせーへんよ。だって、友達やしな』

「……そう。そうだよね」

『それともなんやー。戦えへんくなったとか、そういうのか? またあーなるっておもっとんのか?』

「そりゃあ。そう、でしょ。だって怖いもの。目の前に、わかりやすいくらい膨大な、魔力の塊があったから、そっちに食いついてくれてよかったけど。もし次戦って、あれに変身したら、今度は誰を襲うかわからないし」

『……そのクールぶっとーのやめーや。つまり怖いから変身したくない戦いたくないやろ』

「…………そうだよ、悪い?」

『そんなこと言っとらん。ふてくされんな』

 

 宝は「ふてくされてなんてないけど……」と言いつつも、頬を膨らませてうつむいている。

 

『たく。ホントは、宝が戦う必要なんてなかったんやで。わかっとるやろ。千秋とヴァルに任せときゃあ、それでよかったんや。爺ちゃん「大師父でしょ」あんな偏屈は爺ちゃんでもまだましなほうや、ワイは頑固爺って呼びたいんやさかい。……で。千秋が戦わへんでも、凛とルヴィアがおる。あいつらのあの大出力と、悪知恵があればな、あのアーサー王だって時間かけて倒せたはずや。それ以外の苦戦したやつも、もっと早く倒せてたかも知らん……だから、お前が戦わんでも、よかったんや』

「……でも」

『わかっとーで。お前は、エックスレックスたちのことが気になっとーんやろ。爺ちゃんはその情報を持っとる、けどワイらには渡してくれん。だから、このカードの話を依頼として受けて、達成することで、正式に情報をもらう。ということ……を千秋が言ってた』

「は? 姉さん話したの?」

『そやで。ぜーんぶ話してくれた』

 

 本当の事情を知る一ノ瀬千秋は、どうやらガッチャに全部話してしまってたらしい。

 あんのメイド姉ぇ……

 

「言わないでって言ったのにさぁ……」

『姉が弟の言うことを聞くとは限らんもんや。抜かったなぁ。そんでまぁ、だから協会からワイらに連絡が来た……という体で爺からの呼びつけがあった。そんでお前はカード回収に協力するという体裁を整えた。そうして、お前は自分の意志で死地に飛び込んだ。しかしそこで誤算があったよなぁ。まさか』

「イリヤちゃんたちに、ルビーたちがくっつくなんて、思わなかったよ」

 

 宝は内心、ルビーたちのことを恨みつつも。サファイアの行動にも、少し思いをはせていた。

 

『カード回収は五人でやることになった……そこに、あのとんでもない奴が出て、ついでにおまえもとんでもないのになっちまった。よりにもよって、普通の友達の前で。その子に危害を加えるかもしれない、白い姿……そら怖くもなる。でもな、宝。じゃああの姿を恐れて、イリヤちゃんたちだけにカードを回収させるんか? それは「違うよね。わかってる」うん、ならよし』

 

 ガッチャは続ける。

 

『前までなら逃げてもよかった。お前に責任が行くだけや。でも、今はイリヤちゃん達がいる。あの子らを残して逃げるのは、無理よな』

「僕が戦わないといけない。でも……」

『傷つけてしまうかもしれへん。……やけぇなぁ。そん時は、ワイがお前のことを制御しちゃる!』

 

 そこでガッチャは胸を張って(ないけれど)言った。

 

『昨日はワイも意識を吹っ飛ばされとったけど、今度ばかりはそーはいかへんで! お前が危ないときは、しっかり助けちゃる! なんせ兄弟なんやからな。助け合わなきゃあならん! だから、安心しい。わいがおる、大丈夫や』

「そう……うん、ありがと、ガッチャ」

 

 そう言ってくれて。なんだか回りくどいけど。

 いつのまにか寝ていたホッパー1の背を撫でつつ、そう思う。部屋の扉のほうを見る。そちらから、ドッキリマジーンとスケボーズが、おかゆを運んできてくれていた。受け取って、撫でてやりつつ。ようやく軽くなった心のままに、言った。

 

「……でも心配だなぁ。また寝ちゃうんじゃないの?」

『なんやぁ! 寝たりせえへんがな! 大丈夫や!』

「ガッチャはうっかりだしなぁ。……までも、落ち込むより前に進むのが一番だよね。だから、作ろう」

『ん?』

「父さんが遺したアレ。僕の中の因子を制御するには、アレを完成させるしかないでしょ?」

『アレって、ガッチャリバーのことか? いやしかし、アレはなぁ……』

 

 ガッチャリバーは、宝と千秋の父が作り上げた、ガッチャを強化するための魔術礼装だ。が、生前の父でも完成には至らず、未だに研究室に残されたままとなっている。

 

「何とかして完成させないと。なにか、起動させるカギがあるはずだよ」

『ほんとかぁ? ……そもそも親父じゃ、爺の考案したもんを作るとか無理だったんじゃ』

「そんなことないよ。ガッチャだって、元はといえば父さんが一から作った礼装じゃん。ヴァルだってそうだよ。だから、ガッチャリバーにも、ほんとは完成してたっておかしくないでしょ」

『このファザコン女装坊ちゃんめが……』「女装は姉さんの趣味じゃん……僕だって着たくて着てるわけじゃないし!」

 

 そういう宝の服装は、桃色の女の子のドレスだった。ご丁寧にカチューシャまである。病人が着るものではないと思うのだが、千秋に無理やり着せられたのだった。

 千秋曰く「その恰好じゃないと看病できないから」とのこと。絶対嘘だ。

 

「こんなの友達に見られたら自殺ものだよ」

『そういうわりにはまっとるしなぁ。千秋もいなくなったんだから着替えりゃいいのに』

「……そーする」

 

 確かになんでそうしてなかったんだろ。宝は立ち上がって、棚から服を取り出した。

 その時体はあまり痛まなくて、もう傷が全部引いてるんだなと、実感した。

 

 

 

 

 

 今日は宝と、美遊がお休みだった。そんなわけで、昨日の話をなかなかできず、イリヤはみんなと別れてから、一人で家へと帰っていた。

 

「昨日のあれ、なんだったのかな」

 

 周囲に人がいないことを確認してから、イリヤはそうルビーに問いかける。髪の中からぴょいと飛び出たルビーは、『なかなか答えるのが難しい疑問ですね~』と言って。

 

『ケミーにレベルがあるのは知ってますよね。それと種族があるのも』

「うん。なんとなくわかるよ。9が最強なんだっけ」

『いえ、実は違うんですよ。9のケミーは確かに普通のケミーの中では最強格なのですがね。それ以上がいるんです』

「それ以上?」

『はい、レベル10、俗にレベルナンバーズ10と呼ばれる子たちですね。この子たちは一体一体が、十あるケミーの種族それぞれの最強格。最強の神秘を保有しています』

「神秘?」

『神秘というのは、魔術を扱う上で重要なもの……と、今は覚えておいてください。神秘があるからこそ魔術は成り立つのです。レベルナンバーズ10の持つ神秘は、通常のケミーや魔術とは比べ物になりません。私たちや、それこそ魔法と同レベルかもしれませんね』

「魔法は、魔術と違うの?」

『ぜーんぜん違います。でも説明めんどいので凛さんあたりに聞いてくださーい。それで、そのレベルナンバーズ10の力を、昨日宝さんは使ったんですね』

「え? そんなすごいものを使ってたの?」

『まあ、ちょっと語弊ありますけど。どっちかといえば使われていたんですよね。暴走したとかで』

「うん、そうだよ」

『それに、獣のような戦い方をしていた、と。ふーむ、それなら二つですか。でもリクシオンは今は南米にいるそうですしねぇ。ならやっぱり、エックスレックスですね』

「エックスレックス……なんか恐竜みたいな名前」

『その通り、昔の動物の力を宿す、エンシェントケミーの最上位種です。多分宝さんの中には、エックスレックスの因子が宿ってたんでしょうね』

「因子が、宿るって……まさか、昔合体したとかそんな感じ……?」

『おお、するどい。そうなんですよ、もう十年も前なんですがね~』

 

 ルビーはケミーたちの特性と、それによるマルガム化。そして十年前、宝がエックスレックスと融合し、マルガムと化したことを説明した。

 

『仮にそのマルガムをレックスマルガムと呼称します。レックスマルガムは生きるために魔力を食らうという性質があります。これは魔術だろうが魔法だろうが魔力を持つものなら全部吸収しちゃうんですね。エックスレックスの獣性が強く出た結果です。この変身の後遺症が、昨日出たのでしょうね』

「……そんなことがあったんだ。でも、宝君今まで、そんなこと話してくれなかったけど」

『魔術は一般人には秘匿するという原則があります。神秘を神秘のままにするためですね。一般の人が魔術とかの神秘を科学的に理解してしまったら、魔術師は破滅してしまう。なので、宝さんもイリヤさんたちには何も言わなかった。そうでなくても自分の悲しい過去を知ってほしいとまで思っていなかったのかもしれません。それは悲しい過去を忘れたいとかの感情と、イリヤさんや、学校のお友達のような優しい人たちとの関係性を壊したくないからとか。そういう感情があるんでしょうね』

「……」

 

 そういえば、一ノ瀬宝というのは変な少年で。よく笑って、クールぶって、そのくせ友達にはよく引っ張りまわされる。そういう、子だった。凛やルヴィアを見ても、それこそルビーやサファイアを見ても、魔術世界というのは不思議なものがある私たちと同じ世界としか認識できなかった。

 でも、そうではないのだ。宝は災害によって怪物と化し、その後遺症に苦しんでいる、凛さんたちも、ルビーを渡されたとはいえ死地に放り込まれていて、平然としていた。魔術の世界は、きっと”そういうところ”なのだ。幼子のころから、常人では理解しえない神秘を操り、そのために常人としてのすべてを犠牲にする。

 そういう生き方が、向こうでいう普通の、常識。イリヤはそこで思った。自分はすでに、その世界に足を踏み入れているのだ。ルビーに無理やり連れられて。ルビーは、そのことを理解してい『してます。あのですね、伊達に宝さんのお姉さんやってないんですよ?』

 

 そういうルビーは、珍しくちょっと怒っているようだった。

 

『私がイリヤさんを見繕ったのは偶然ではあります。ですが、私はあなたと少しお話して思ったんですよ』

「な、なにを?」

『こんな私好みの子がいるなんて! これは絶対にゲットだぜっ! と。今の声真似似てました?』

「ルビーをちょっとでも信頼した私がばかだったよ……」

 

 松本梨香の声真似するくらいならもうちょっと真面目モード継続してほしかったなぁ……

 

『まそれは半分冗談として』

「半分ほんとなんだ……」

『あなたは私と出会うべくして出会ったんだなぁ、と。そう思ったんです。運命を感じちゃったんです。なんといいますか、存在意義を全うできるといいますか』

「運命の次は存在意義?」

『はい。私たちの趣味は、私たちの存在意義に由来するんです。私たちは所有者、つまりマスターと友達になる。そのためにこうして意思があるんです』

「友達……かぁ。作った人、魔術師なんでしょ? そんなふわふわしたもの、作るように思えないけどなぁ」

『そりゃまぁ片手間に作られましたし。でも創造主は、割としっかり私たちを作っちゃったわけで。平行世界からいろいろ情報を集めて、人と友達になるにはどんなものがいいのかと試行錯誤を繰り返したそうです。普段はイリヤさんの言う通りの偏屈爺さんなんですがね~?』

「お友達、かぁ。そっか、ルビーとわたし、友達だもんね。ちょっと変だけど、仲良くしやすいし。そういえばサファイアも、クールだけど世話焼きで……」

『美遊さんにはぴったりな子です。大師父は、私たちがこうしてマスターと巡り合えることを察知していたのでしょうかねー。そう思えるぐらい、なんだかすごくしっくりくる組み合わせで。居心地が良いんですよねぇ……』

 

 だからルビーは、イリヤの元にいたいと思って。だから彼女の障害となるもの、とりわけカードなんかは、全部倒そうと力を貸してくれるのだ。

 ルビーは魔術礼装だが、心をしっかり持っている。そして、危険なことからは遠ざかるより飛び込んで、踏破するのがお好みなのだった。この任務にイリヤが飛び込むのは危険だと、何より理解していて、そして同時に自分と彼女なら乗り越えられる、という不思議な確信を持っている。

 魔術師の常識だって、乗り越えていける。

 

「ルビーってさ」『はい?』

「案外ちゃんと考えてるんだね。なんか、安心しちゃった」

『い、いえいえ……あのですね、私ほんとはこんなキャラではないんですよ? 空気に流されてここまで語ってしまいましたが、こんなシリアスな雰囲気はいやなんですからね⁉」

「ご、ごめんごめん。でも、シリアスが嫌なら……わたしたちで、全部ハッピーエンドにしよ? そしたら、ルビーも心の底からいたずらし放題だよね!」

『そうですねぇ! カードは残り二枚、それさえ集めきれば、夢にまで見た悪戯ライフが!「私は巻き込まないでね」え、筆頭悪戯候補なのに……』

 

 ルビーのことがわかったら、ちょっと気分が軽くなった気がした。

 早く家に戻って、みんなと合流して、宝の家にお見舞いに行こうか。

 そう思って、駆け出すのだ。するとルビーも後を追ってきた『なんでいきなり走るんですかー!』

 

 その声が面白くて、彼女から逃げようと本気で走ってみることにした。

 

 

 

 ♦

 

 

 

 エーデルフェルト邸。執事のオーギュストから休憩を言い渡され、ちょうど休憩中の美遊。

 きれいなメイド服をまとった彼女は、ふうと息をつき、サファイアの持ってきてくれたお茶を口に含んでいた。

 このメイド服は美遊に支給された給仕用の服だ。出会った当初、ルヴィアに仕事をくださいと頼んだ彼女は、ルヴィアの妹という戸籍と、給仕用メイドの職務を得た。職務そのものは、ルヴィアから「お仕事までしなくてもいいのですわよ?」と諭されたが、それでもと押し通した。

 ルヴィアもサファイアも、それで彼女に何かがあるのがわかったのだろう。それ以上は何も言ってこなかった。目的のためにも、願いのためにも、それでいいと思った。

 今、イリヤスフィールは宝の見舞いに行っているのだろうか。自分も行くべきなのだろうか。迷って、行かないと言って、それでもまだ、迷っていた。

 

『美遊様』

「どうしたの?」

 

 声をかけてきたサファイアに声を返す。

 彼女は何かを渋るように、一瞬言葉に詰まって。

 

『お仕事、お疲れ様です。昨日のこと、なのですが』

「……彼のこと?」

『はい。これからも、何か不確定な要素になる可能性がありますので。できる限りのことをお伝えしておこうかと思いまして。お時間は』

「うん、いいよ。話して」

『……わかりました』

 

 サファイアは美遊にすべてを伝えた。

 一ノ瀬の過去、最強のケミー、エックスレックスのことを、

 できる限り手短に伝え、話し終えると、美遊はお茶を一口飲んで。

 

「サファイアは、一ノ瀬が暴走する可能性を知ってたの?」

『いえ。我々も昨日初めて見たのです。ですが、推測はできました』

「そう……それじゃあ、一つ聞きたい」

『なんでしょう?』

「一ノ瀬は、なんでケミーと一緒にいるの? ケミーたちが特別なのはわかる。魔術師だから一人一匹とか、そういうことではないことも。そのエックスレックスは、とても強いケミーで、そしてかなり特別なのもわかる。じゃあ、なんで一ノ瀬はエックスレックスと融合したの?」

『……それは、ですね』

 

 サファイアは知っていることを。いや、覚えていることを伝えた。

 あの日自分の目で見たことを。

 

『エックスレックスは、もう一体のレベル10、ユーフォーエックスとともに、宝様のお父様の元にいたのです。彼らはお父様の、一ノ瀬玉木の友人でした。彼に救われた恩を返すために、研究の手伝いをしていたのです』

「研究?」

『レベル10ケミーとの多重混合錬成。通常、レベル1からレベル9までのケミーとしか融合はできないものです。ですが、玉木様はレベル10ケミーの力を借りる方法を模索していました。そしてそのカギとなる剣を作り上げた。十年前のことです』

「……うん」

『その当時、冬木市では不可解な事件が多く起こっていました。児童の失踪事件、多発する爆発事故。その事件は、その後に起こった地下大爆発の布石にすぎませんでした。冬木市地底にたまったガスがなんらかのきっかけで引火、大爆発を引き起こしました。その事件で、玉木様とその奥様も大けがを負ってしまいます。しかし彼ら以上に負傷したのが、宝様でした』

「一ノ瀬が?」

『はい。宝様の傷は、私でも死亡までには治癒できないほどの怪我でした。そこで、エックスレックスが彼と融合し、一時的にマルガムと化したのです』

「命を救うために?」

『ええ。私も驚きました。ですが、不思議なことはありませんでした。エックスレックスは凶暴な獣性と、人の追い求める神秘を踏みにじる能力のほかに。他者と心を通わせる力を持っていました。その力で、宝様の生きたいという願いを感じ取って、一体化したのでしょう。そしてその時の思いとともに因子が残り、結果宝様の暴走につながったわけですが』

「……サファイアは見てたんだ。その時のこと」

『はい。少しの間ですが、玉木様の家で、ガッチャを作るための研究資料になっていたのです』

「その時から、一ノ瀬とは仲がいいわけ?」

『ええ。今とは全く違って、すごくやんちゃな子だったんですよ、小さいころの彼は。玉木様と奥様が早くに亡くなって、翁の元に彼と千秋様が連れられてきたときは、長く一緒にいましたから』

 

 そう話す彼女は、やっぱりどこか楽しそうだった。懐かしい思い出を話すようで。

 

「サファイアも、そういうところあるんだ」

『? そういうところとは?』

「人みたいな。ううん、人らしい思い出を語れるんだなって。ちょっとうらやましいかも、しれない」

『美遊様……』

 

 サファイアは美遊と出会った時のことを思い出した。

 ぼろぼろの服に、痩せた風貌。でも、自分をまっすぐ見つめる。そしてルヴィアの元へと連れたとき、「居場所をください」と告げた、切なげな声。

 自分の、知らないタイプの女の子だった。何かがあって、とても不幸で、帰る場所もない。きっとサファイアがいなければ、どこかで……

 その少女と出会って、こうして導く立場になったサファイアは、思った。この子を助けるために、この子のそばにいるために、今自分はここにいるんじゃないかと。

 だから、そんな切ない笑顔よりも。もっと心の底から笑った顔が見たい。

 

『じゃあ、作りませんか?』

「え?」

『思い出を。私とでも、ルヴィア様やオーギュスト様とでも……イリヤ様達とでも。たくさんの思い出を作りませんか?』

「……」

『戦いが終わって、ようやく落ち着けたなら。そこでたくさん思い出を作りましょう。その思い出を、後から見返して、こんなことがあったなぁって笑うんです。そうできるように、しませんか?』

「いいの?」

『……もちろん。私はそもそもマスターの、魔術礼装です。マスターが望めばそれをかなえるために尽力する。それが私の機能であり、私自身の願いですから』

「……そう。そっか。じゃあ、いつかお願いしていい?」

『ええ、何なりと』

「……ありがと、サファイア」

 

 そう言って笑った彼女は、さっきの寂しげなものではなくて。とてもうれしそうに、心の底から笑っているという笑顔だった。

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