後日、再び揃い、鏡面界の中に侵入した。
場所は冬木の森の中。格子状の空に見守られながら、周囲を少し探索して。
「なんにもいなくない?」
と、宝が言った。そこまで広くもない空間に、カードも敵もいないのだった。
いったん全員で一塊になり、情報……というよりそれぞれの所感を聞く。
「もしかして間違えたとかじゃ?」
とはイリヤの弁。しかしそれには凛が「ありえない」と答えた。
「鏡面界は、ミラーワールドという世界の鏡面に生まれた、特別な空間なの。ここを作れるのはあのカードくらいのものだし……なら、必ずこの世界のどこかに、カードがあるはずよ」
「じゃあ、もっとちゃんと探せばどこかにいるのかなぁ」
「宝、見た感じはどう?」
凛が宝に連絡する。宝のみメンバーに集まらず、とある形態に変身して周囲の探索を行っていた。ゲル状のワイルドモードが特徴の、レベル6ジョブケミーのサスケマル、レベル4アーティファクトケミーのエナジールの力を借りた忍者形態。
その名前を「エナジーマル」というこの姿で、周囲に体を分散させ、探索を継続していたのだ。ちなみに通信はガッチャがルビーとサファイアを通して行っている。
「拙者のほうはまだ何も見つけていないでござるな」
「なにそのキャラ……」
「イリヤ殿、これは例によって特殊な薬剤の投与によるものでござる。お気になさらぬよう」
「あっはい」
宝の言った通り、エナジーマルはエナジールの持つエナジードリンクとしての効能に、忍耐力の上昇や体機能の強化などの能力が付与された薬剤で装甲を形成している。薬剤としての副作用はこれらにはないのだが、その代わりに口調がおかしくなるというおまけがついてくるのだ。
それでもニードルホークほどひどいものではないので、宝は割とこの形態を多用しているらしい。
それはいいんだけど接しにくいなぁとイリヤは思っていた。
『しかしエナジーマルの探知能力に引っかからないとは。地面にでも浸み込んじゃったんですかねぇ?』
「どうなんだろ……なんだか今回は空間が狭い気もするし、それも関係してるのかな?」
「それはカードを回収するごとに、歪みが減っている証拠ですわ。最初のころは数キロ四方もあったようですわね」
「うへぇ……すごい広さ。今回がそんなんじゃなくてよかった」
ともかく、話しているだけでは進まない。
「手分けしてもう一度探しましょう」
『えぇ~? すっごく地味ではないですか』
「じゃあ何か案があるのです? ルビー」
『それはもちろん! やはり魔法少女ですからね、ド派手に魔力砲ぶっ放して、一面焦土に変えるくらいのリリカルマジカルな解決法を「それじゃ探索じゃなくてただの破壊だよ……」えー』
「バカステッキに聞いたのが間違いだったわ」
『今こそ必殺のリリカルラジカルジェノサイドの使い時では』
「なにそれ……」
てぽてぽと周囲を見回して歩きつつ、そんな会話に花を咲かせる。
イリヤはふと、木の間に目をやった。
「あれ?」
気のせいだろうか? 何か、布のこすれるような音が聞こえた。
いや、宝が探索をしているから、それの音だろうか。
しかしそれにしては、今のは……
「どうしたのイリヤ」
「えと、気のせいかもしれません、けど。今、何かが動いたような……⁉」
ズッ
「っ、イリヤ!」
「美遊! 宝!」
ルヴィアの叫びに二人が動く。ルヴィアのそばから現れた黄緑色のスライムに大量の粘液が集まり、ガッチャードとなって。
「曲者!」
「
美遊と彼は同時に攻撃を放った。が、ガッチャージガンと魔力砲の射線にはなにもいない。
逃げられたようだ。いや、それよりも今は「イリヤ殿!」
「っ、大丈夫?」
『なんとか物理保護が間に合いました。薄皮一枚というところですが……』
イリヤの首筋には赤い斑点が浮かび、血が足らりと垂れていた。
美遊は先ほど、彼女の首筋をとらえた鎖を見ていた。闇に隠れ、暗器のみを飛ばしてその命を確実に奪い去る。まさしくそのありようは、暗殺者のようで。
「っ、方陣を組むわよ! 全方位を警戒して!」
「不意打ちとは、ずいぶん舐めた真似をしてくれますわね……!」
皆はそれぞれを背に円を組み、攻撃に警戒する。
先ほどのような攻撃にはあまり効果はないだろうが、それでもないよりはましという判断だった。
しかし、宝がくまなく空間を把握したうえで隠れ切った気配遮断能力。あれは厄介だ。たった一体とはいえ、その神出鬼没性によって一人ずつでもやられてしまえば……
「気を付けて。気を抜けば即死よ」
「……即死」
その言葉がイリヤの心中で反響する。死を自覚するのはこれで二度目。
なれない、怖い。もし一回でも判断を間違えれば、自分は……
『大丈夫ですよ……少なくとも、この状態なら死角はありません。ですから、落ち着いて敵の動きを待ってください』
ルビーは彼女の状態を感じ取って、そう告げる。イリヤはこくんと何度もうなづいた。
そう、確かに密集体系による全方位警戒。死角をなくしあらゆる角度からの攻撃に対処しうる陣形。これは、対個人においては強い効力を確かに発揮する。
しかし、敵が複数であった場合。それも、こちらの数を上回る軍勢であった場合。それはひと塊となった、狩りやすい標的としかならない。
そして宝が、木陰に動く二つの影を視認した。そのことを伝えるよりも早く、影が動き、風が震える。無数の黒い影が、視界を覆った。
これはつまり、敵は一体ではなく。
こちらの十倍を優に超す、軍勢であったことを指していた。
『敵総数五〇以上! 完全に包囲されています!』
「そんな……軍勢だったなんて⁉」
「くそ、とんでもないインチキね……!」
現れたそれらが暗器を構え、一部の者はそれを投合。宝は素早くワイルドモードに変じるや、ゲル状の肉体をドーム状に形成、暗器をすべてその身で受けて「あぐっ⁉」
悲鳴とともにワイルドモードからライダーモードへと戻ってしまう。
『宝、どうし……なんや、魔力循環がうまくいかへん⁉』
「っ、やばい、これ全部毒入りか……!」
うかつだった。変身が途切れかける。だがそれより早く、伝えなければ。
「一点突破を! 包囲から抜けてくだされ!」
「っ、わかったわ!」
凛が宝石を取り、敵の一部に突貫。ルヴィアと美遊も続く。
「火力を集中させて! イリヤ、美遊!」
「はいっ!」
イリヤは答えなかった。
「イリヤっ⁉」
イリヤは動けていなかった。おじけづいたのでも、恐怖で身がすくんでいるのでもなかった。
毒で、体がしびれてしまっていたのだ。
『ま、まずいです! 物理保護の維持も全くできません!』
「イリヤちゃん!」
変身が解除されながらも、彼女の盾になろうと宝は動く。しかしまったく、体が言うことを聞かない。凛たちも彼女を助けようと走る。しかし間に合わない。
すでに、王手はかけられていた。
♦
ああ。王手をかけられた駒みたいだなーとか、思った。
リンさんの判断は冷静そのもので、ルビーの言ってたことも嘘じゃなかった。でも、ほんの少しでもミスをしたら、こんな風に死んじゃうんだ。
敵は前のと比べても、きっと全然強くないはずなのに。たった一回後手に回っただけで、世界のすべてが裏返る。
たったそれだけのことで、死んじゃう。
そっか、しんじゃうんだ……どうすれば、よかったのかなぁ。
あ、そうだ。ルビーが言ってたっけ。
うん、それなら、簡単だ。
♦
そして、光があふれた。
すべてを飲み込む白い極光は、あらゆるすべてを飲み込んだ。
美遊は凛たちを守るように障壁を張り、宝もまた、何とか動いたサスケマルによってその身を救われた。
暗殺者たちはその全てが、光に飲み込まれて消滅して。そして一枚の、カードとなった。
大きな大きなクレーターの中央で、少女は恐れを口にする。
「なに、これ……」
今のは、なに? あれは、魔力? でもなんで? あんなの知らない。
そうだ、きっとルビーが、ルビーが……
「るび、ー?」
『あいたた……イリヤさん、いまのは、いったい……?』
ルビーの体に亀裂が入っていて。ハッとしてみんなを見ると、服が破けて、傷ができていた。そうだ、あれはたぶん、さっきの自分の、何かで……
「た、タカラ君は……」
周りを見ると、忍者のケミーに助けられた宝がいた。服は焼けていて、傷もおっていて、そして何より、こちらを見る、目が。おとといの、白いガッチャードと同じ「OHGA……あ、がああああああ!!!!!!??」
「っ、タカラ君⁉」
『あかん!』
宝の体が白い装甲に包まれて、再びマルガムガッチャードに変わった。青い瞳が、イリヤを捉える。そして、地面をえぐって、飛び掛かった。
『この馬鹿、とまれ! サスケマル、みんな!』
凛とルヴィアが素早く、宝石を投げつける。瞬間発動形式の捕縛陣、マルガムガッチャードは捕らえられるが、それでも餌を得ようと、獣は牙を鳴らす。
ガッチャは捕縛陣の中で何とか宝を抑えながら、叫んだ。
『にげぇ! 逃げるんや!』
「あっ、う……!」
言われるがままに走り出して、瞬間的にルビーが離界陣を使い、鏡面界を脱出。
訳も分からぬままに、イリヤは走った。
さっきのはなに。なんで自分にあんな力が? なんでタカラ君がまた⁉
わかんない、わかんないわかんないわかんないっ!
『落ち着いて、落ち着いてくださいイリヤさん!』「もういや! 帰る、帰るの!」
普通の人間のはずなのに。ステッキと一緒に、ほんの少し魔法少女をやっただけなのに……
そのはず、なのに。まるで私が、私じゃなくなって……
「帰らなきゃ、帰らなきゃ、帰らなきゃ……私の、私の」
ワタシの、イエに。
『な……上空⁉ まさか、転移を……』
「見つけた……」
♦
衛宮邸。二階の寝室で本を読んでいた、お手伝いのセラは、玄関から音がしたのを聞いた。
いったい誰だろうか。もう深夜の〇時を回っているというのに。
「いったい誰ですか、こんな時間に……⁉」
玄関を見て、セラは言葉を失う。なにせそこには、すでに眠っているはずの、イリヤが倒れていたのだから。その彼女は高熱を発していて、気を失っていた。
いったい何が起きたのか……セラはその考えをいったん隅に置き、イリヤを寝室に運ぶのだった。