これでよかったのだと、宝は思った。
本当は、戦わせたくなかったのだから。
ルビーのわがままがあって、だから仕方なく一緒に戦っていただけで。
不思議なことに喜んで飛び込んで、でも殺し合いを怖いと思う。それが普通なのだ。
……いつか誰かが、ともに戦う仲間を、弱き心ゆえに求めてしまった、と嘆いた。
自分もそうだったのだろうかと、考える。
何故、こんなにも胸が痛むのだろうかと、考え続けるのだ。
♦
『メカニッカニ! ゴルドダーッシュ! ガッチャーンコ!』
『ゴルドメカニッカー!』
剛力無双、パワー砲撃全振りの黄金形態、ゴルドメカニッカーへと変身したガッチャード。
その巨体が、漆黒の体躯を押さえつける。そのまま、至近距離で砲撃。
そのまま敵の体を吹き飛ばす、ことはできずに、逆に体を離され、攻撃を受けてしまう。
「がっ⁉」
「宝、どいて!」
美遊が叫ぶ。宝がいったん体を下げると、その肩を足場に美遊が飛び出し、砲射を放ち攻撃する。しかし、それも通じない。
巨漢の英霊は、剛腕を振り下ろし地面をえぐる。岩石が飛び散り、衝撃波が皆を襲う。吹き飛ばされた美遊を何とか受け止めつつ、ガッチャードはうめいた。
「硬い、上に腕力もでたらめ……」
『二人とも気を付けえ! あんなもんまともに食らったら物理保護も間に合わんで!』
「避けろってこと……でも、こんな状況じゃ」
美遊は周囲を見渡す。鏡面界の格子模様がすぐそばに見える。今二人のいる鏡面界はすでに非常に狭く、その広さはこの廃ビル内と屋上の上空少しだけ。
入り組んだ地形の上に飛行では逃げられない。この状況で、あの単純な超暴力は何者よりも脅威だ。
「サファイア、せめてそいつを足止めできないの⁉」
凛が問う。
『無理です! 魔力砲が聞いている様子がありません……おそらく対魔力ではない、もっと高度な守り。そう、それこそ……』「宝具って、こと?」
その言葉にサファイアは「間違いないでしょう」と返した。
『おそらく、一定ランク以下の攻撃を無効化する、といった宝具を……どうしましょう、これでは』
『やったら、宝!』
「……うん。わかった」
ガッチャの声にこたえ、宝は別のケミーカードをベルトに装填した。
『スケボーズ! アッパレブシドー! ガッチャーンコ!』
『アッパレスケボー!』
宝はアッパレスケボーへと変身、その手に、純白の剣を取る。
「完成したの? その剣……」
美遊が問いかける。その剣こそ、宝の父の生み出した特別魔術礼装ガッチャリバーであった。
宝はその言葉にこくりとうなづき。
「一応、戦闘で使うための機能は解放した。セイバーのカードのおかげだよ」
その白い剣には、膨大とは言えずとも、ある程度の魔力が宿っているのが分かった。
宝はカマンティスのカードをガッチャリバーに装填。そのままトリガーを引き、魔術陣を発動し、威力を高めて攻撃を繰り出す!
『カマンティス・ストラッシュ』
いつものガッチャードの武器とは異なる無機質な音声。
放たれる斬撃は地を穿ちながら敵の肌を打ち抜いた。初めて、黒鉄の巨人から血がほとばしる。
「いける!」
「ミユ、凛さん、ルヴィアさん! 煙幕お願い! 僕らがあいつをしとめる!」
「いっくでー!」
アッパレブシドーは剣術に特化、そして地上走行能力はどの形態よりも素早く、なめらかだ。
宝は文字通り滑るように地面を駆け、ガッチャリバーを振るう。
カマンティスストラッシュは巨人の肌を穿ち、再び、傷をつけた。
♦
「ん~……ふぁ……やっぱりお風呂は落ち着くねぇ」
『なんだかじじむさいですよ~イリヤさん』
あったかいお湯につかりながら、至福のため息をついたイリヤに、ルビーがそんなことをいう。
「なによぅ、お風呂は日本人の生んだ至高の文化よ。お風呂に入ってる時とジャパニメーション見てる時が、日本人に生まれてよかったーって実感する瞬間なんだよ」
『いやイリヤさんハーフじゃないですか。その二つが同列っていうのも微妙というか、なんというか』
そうして少しだけ言葉を重ねて。
それ以上は続かなかった。二人とも、あんまり話す気がわかなかったからだったのかもしれない。なので当たり障りのないことを。
「夜だねぇ」『夜ですねぇ』
被った。
「……」
『……』
「ま、まあ今夜からはこーしてゆっくりお風呂を楽しんで、ね」
その時だった。どたどたと音が響き、誰かがこっちにやってくる。セラの静止の声も聞こえてくるが、足音の主はそれをガン無視して、お風呂に突っ込んできた。
「いやっほー! イリヤちゃーんお・ひ・さー!」「ま、ママー⁉」
「うん! ただいま、イリヤ!」
そういうや服を脱ぎ捨てて風呂場に乱入してくるママ、ことアイリスフィール・フォン・アインツベルン。
イリヤとよく似た容姿、イリヤをそのまま大人にしたかのような姿の彼女こそが、イリヤの母親であった。まあ性格はあんまり似てないんだけどそこんところはどうでもいい。
ついでによくわかんないお土産でリビングを溢れさせて、イリヤの兄とお手伝い二人を困らせている(うち一人は別に困ってないんだけど一応カウント)
そのお母さんは風呂桶で行水中だったルビーを見て「お風呂の中でおもちゃで遊ぶなんてイリヤもまだまだ子供ね~」なんて言うや彼女をぽいと放り出した。『苦手ですあの人……』
「はー、やっぱりお風呂は落ち着くわねー」
「あー…………ずいぶん早い帰宅だね、ママ」
アイリスフィールは夫である衛宮切嗣とともに海外で仕事をしている。
なのでイリヤも、今度の帰りはあともう二か月は帰ってこないと聞いていて、そのつもりでいたのだが。
「仕事がようやくひと段落下から私だけ戻ってきたの。切嗣は向こうで仕事中だし、すぐに合流するつもりなんだけどね」
「そうなんだ」
「だから今はこうしてスキンシップを……」
そういいながら胸をもむのはスキンシップにしては少々過剰じゃないかなぁ?
「いやぁ、でも驚いたわねー。すっごい豪邸がおうちの前に建ってて、こっちの通りで会ってるのかって一瞬迷っちゃった」
「あはは、すごいよね、あの豪邸」
「セラから聞いたけど、クラスメイトの子が住んでるんでしょう? なんていう子なの?」
「えと、ミ、ミユ……さん。ミユ・エーデルフェルトっていうんだって」
「あら、すごい珍しい名前」
「だよね、でも普通の子なんだよ。そう、うん……きっと、すごく普通の子」
♦
「お、ご……⁉」
ガッチャードの体が吹き飛んだ。地面を転がる彼の体から光が抜け、変身が解ける。
「っ、確実に、首を取った、のに……」
「宝!」
凛が駆け寄り、その間にルヴィアと美遊が煙幕を張って防衛の体制を取る。
ひび割れたガッチャードライバーは、呻きを吐いた。
『あだだ……あいつ、まさか蘇生能力でももっとるんか……⁉」
「っ、なら!」
「あ、ミユ、だめだ!」
宝が叫ぶよりも早く、美遊が飛び出す。すでに撤退を選び取ろうとしていた状況下で、彼女は託された六枚のカードのうち、一枚を構える。
「ランサー」カード、限定展開。
『ダメです! 美遊様!』
サファイアが叫ぶ。それよりも早く、彼女の華奢な体を剛腕が薙いだ。
吹き飛んだ彼女の体。宝はそれを見るや駆けだして、その体を受け止める。
「あぐ……」
「カハッ……っ、宝! なんで……」
宝は答えない。既に変身が解け、彼女の体を受け止めることさえダメージになるほど、弱っているのだ。
再び敵の攻撃が迫る。美遊は障壁を張ろうとするが、間に合わない__!
「Anfang__」
敵と、美遊の間に、赤い光が瞬いたのはその時だった。
「爆炎弾、七連ッ!」
七つの宝石が、その身に宿した魔術を爆裂させる。赤い炎が、狂戦士の体を包み込む。
美遊はその炎のさなか、宝の体をつかみ上げ、咄嗟に離脱した。
「チィ……高い煙幕になったわね」
虚空を切り裂く敵を見ながら、凛はこちらに戻ってきた二人を迎えた。
「危なかったわね、二人とも」
「ありがとうございます、凛さん……」
息を切らしながら、そう告げる美遊。宝のほうは、気絶しているのか何も言わない。
すでに主戦力の二人は戦えない。凛は再び撤退を選択した。
床に亀裂を開け、そこに飛び込むよう皆に催促した。
「ビル内まで空間が続いていて助かりましたわね……」
内部の廊下を走りながら、ルヴィアが呟く。背に背負った宝の息がか細いのを気にしながら、彼女は何度か、背後を顧みた。
そんな彼女に、凛は言葉を投げかける。
「あの図体なら、たぶんここには入ってこれないはずよ」
言いつつ、エレベーター前の広い空間を発見。
凛はその場に降りて、サファイアたちを見た。
「……よし。ガッチャ、サファイア。お願い」
『っ、了解や……』『ガッチャ、大丈夫ですか?』
『心配しいひんでええ、そんなことよりミユちゃんの怪我の心配や』
ともかく。まずは脱出して、体制を整えなければ。
『限定次元反射炉形成!』
『境界回廊一部反転!』
『『
その言葉を告げる、瞬間だった。
杖を床に立てていた美遊が、離界の瞬間に離れたのだった。
「ミ……」
宝が声を上げるより早く、彼らの前から美遊は消えてしまう。
『みゆ、様……な、なにを⁉』
なぜ、なぜ一人で死地に残るような真似を⁉
叫ぶサファイアに、美遊は言った。
「……これでいいの。ようやく一人になれた」
『美遊様、いったい何を⁉』
言葉を無視し、託された六枚のカードのうち、一枚を手に取る。
足元へとかざし、そして「告げる」
「汝の身は我が元に。我が命運は汝の剣に」
『……! その、詠唱、は……?』
ルヴィアは教えていないもの。
いや、この世界のだれも……少なくとも、あの儀式を知らない魔術師ならば、知らないもの。
『美遊様、なぜそれを』
「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うのならば……応えよ!」
そう告げた途端。
獣が地をこじ開け、現れた。
『っ、美遊様!』「誓いをここに!」
しかし美遊は、構わず詠唱を続ける。
「我は常世総ての善と成る者! 我は、常世全ての悪を敷く者!」
獣は得物を振り上げて、獲物を摺りつぶさんと迫る。杖代わりにされたサファイアには、ただその光景を見ていることしかできない。もはや、声も上げられず、迫りくる剣を見る。
しかして、美遊の声は、言葉は__剣よりも早く、響き渡る。
「汝三大の言葉を纏う七天! 抑止の輪より我が身に振りたれ……」
「天秤の守り手____
♦
牙が舞った。それは白と黒の剣であった。
干将・莫邪。
それなるはかつての中国の刀工干将が作り上げた、彼の妻、莫邪と共に由来する夫婦剣である。
自らが悪と為すものを切り裂き。そして自らの善を成すため。かの弓兵が愛用した双剣だ。
「撤退は、しない……」
その夫婦剣を手に。一つの大弓を背に。
彼女は、瞳に決意をたたえる。
その姿を、きっと彼女の友は知らない。
カードのその力をという意味でも、その「アーチャー」の英霊を、という意味でも。
これは、彼女が。
美遊・エーデルフェルトが最も信頼する、最強の英霊である、という意味でも。
故にこそこの力をもって。
「今日、ここで……全部終わらせるッ!」