一ノ瀬宝少年は穂群原学園初等部の五年生である。今年で十一歳なのだが、まだ誕生日は来ていない。ので、まだ十歳だ。
友達は人並みにいて、その可愛らしい容姿から女の子の友達も多い。というか、彼女らからは女友達のような扱いを受けている節がある。それでいいのかなーなんて、子供心に今の自分に疑問を抱きつつ、なんだかんだ普通に暮らしているのが彼だった。
さて、眠い。昨日帰るのが遅かったせいですさまじく眠い。大体凛たちの喧嘩のせいだった。
夢の中で二人に恨み節を吐いてたら「パシン!」
「いたぁ!」
「いだぁ⁉」
まとめてパシンと、教科書ではたかれた。どうやら左向かいの席の子も寝ていたらしい。その子は桃色がかった銀髪のロシア系っぽい女の子だった。赤い眼が、日本人離れした印象をより強く抱かせる。
その銀の髪の女の子と一緒に宝は頭を抑えた。
「宝くん、イリヤちゃん! 授業中に寝ない!」
「は~い」
答えたのはイリヤと呼ばれた女の子のほうだった。宝もそれに続くようにはいと答えておく。
むぅ、災難だ。そう思っていると、自分の前に座っていた女の子がこっそり、二人に話しかけた。宝に近い髪形の、ザ・日本人的なふつーの女の子だ。
「珍しいね、イリヤちゃんと宝くん。昨日夜遅かったの?」
「うん、ちょっと親戚といざこざで……」
バッグの中のガッチャが「親戚やないやろ」とぼやく。まあそうなんだけど。
「イリヤちゃんは?」
宝が尋ねると、彼女はう~んとうなって。
「お風呂に石が投げ込まれて……」
「医師? お医者さんも災難だなぁ、突然投げられるなんて」
「そっちじゃなぁい! 石! ストーンだよあだぁ⁉」
「さわがない!」
再び教師藤村大河の教科書剣がイリヤを襲った。イリヤは後ろを向いて宝をにらむ。
「むぅぅ……」
「あはは、ごめんごめん。それで、石かぁ。災難だったね……怪我はなかった?」
「うん。どってことない。まあ他にもいろいろあって、ちょっと考え事してたんだけど」
「いろいろ?」
「んー……まあそこは、事実はアニメよりも奇なりってとこかなぁ……」
なんでか突然遠い眼をした彼女は、そんなことをつぶやいた。
なんかすごい気になる。
「それはそうと、二人ともしっかり授業聞かないと。また大河先生に叱られちゃうからね」
「はーい、わかったよミミ」
そういったイリヤと、彼女につられた宝は授業に戻った。
それから時間がたち、下校時間。下駄箱に向かった宝は、そこに立って何かを読むイリヤの姿を見つけた。
「あ、イリヤちゃ『ちょっとまちぃ』な、なに?」
『ほれ、あれみい。あの手紙!』
「手紙? ああ、今時古典的だよね、普通メールだと思うけど」
『そやないやろが! 古今東西下駄箱の手紙は相手へのラブレターや!』
「ああラブレター……ええ⁉ ラブレター⁉」
『やっと気づいたな。そや、やから邪魔しちゃあかんで』
端からこっそり見るのはいいのかというのはなしにしておいて。宝はそのラブレター(仮)の行く末を見守る。ちょっとうれしそう……というかだいぶ舞い上がってる感じのイリヤが、それをゆっくり開いていく。
「ねえ止めちゃダメ?」
『お前も男やろあきらめい』
「いくらなんでも好きな子のああいう姿見るのはだいぶ心に来るんだよ」
『その男子がこっそり見てるっていうのはだいぶあれな絵面やけどな』
「ごもっともですっ!」
そうだね君の言ってることは正しいよ!
「むぐぐ……いったいどこの誰なんだ……」
『まぁイリヤちゃん大分モテるしなぁ。まあどこの誰かはわからんよなぁ』
「ぬぐ……ってあれ?」
『ん、どした?』
「いやなんかさ、イリヤちゃん変な顔してない? なんていうか、能面みたいな」
『何言うとるんやあんな美少女がそんな顔うわーしとるー』
なんだろう、もしかしてあの手紙が別にラブレターじゃなかったとかだろうか。
結局イリヤはそれ以上その手紙に反応することなく、家へ帰ってしまった。
結局何だったんだろう。そう思いつつ、宝は自分の靴箱を開ける。
「あれ、これ」
手紙が入っていた。
『わーお。お前に出すやつもおるんやなぁ……』
「うれしいけど、うーん……」
『ここだけならまあまあ一途なやつなんやが』
先ほどの覗きまがいで少々株が落ちているのでどっこいどっこいかもしれない。
「うるさいな……で、これ誰からだろ。名前書いてないよ」
手紙が入っているらしい封筒には表にも裏にも、何も書かれていない。
『じゃあ読んでみたらいいやんか』
「……ちょっと怖いんだけど。まいいか、ええと、何々……」
封筒を開けてみて、その中の紙をパラパラと広げる。
そこに書いてあった内容は以下の通り。
”今夜零時、高等部の校庭まで来るべし。来なかったら 殺す 帰ります”
大きなため息が漏れ出た。ちなみに宝とガッチャ両方からだ。
完全な脅迫文である。二人にはこんなものを送ってくる相手に、遺憾ながら心当たりがあった。
「相談ってさ、必要だと思うんだよね」
『おん、そやな……まあ凛になんかあったんやろ、あいつに限って相談なしとは思えんし……』
「それにしたってさぁ」
文末の斜線部分は見ないようにしつつ。ともかく、今日からカード回収を始めるらしいことを、この手紙の主は伝えたいのだろう。
この穂群原学園に、三枚目のカードが存在しているのは宝も先日聞かされた。独断専行しないようにと釘を刺されていたので、今日に至るまで行動を起こしてはいなかった。
「じゃあさっさと帰って用意しようか。誰持っていこうかなぁ」
『ホッパー1とスチームライナーはマストやなぁ。あとは……』
二人は、今日の夜のことを考えつつ、帰路に就いた。
♦
深夜の零時よりちょっと前。
その少女とステッキは、高等部の校庭を訪れていた。理由は、今日の放課後に届いた手紙。
”今夜零時、高等部の校庭まで来るべし。来なかったら帰ります”
物騒なことが書かれたその手紙を拾った彼女は、逃げられもせずにここまでやってきたわけだった。
「ね、眠い……」
瞼をこする銀髪少女。ついでに小さくあくびもする。そんな彼女に、お気楽そうな声音でステッキが『大丈夫ですか~』と訪ねた。少女はこくんとうなづいて答える。
「ちょっと眠いけど、うん。なんとかなるよ」
『まあぶっ続けで練習しましたからねー。それによい子の小学生はもうみんなお休みされている時間ですから。明日も平日ですし』
「そーだね。っと、早く寝るために頑張らないと!」
そうしてしゃべりながら、校庭の向こうに人影を見つけた。
凛さんだ、もうついているらしい。少女、イリヤはマジカルルビーを手に小走りでそちらに駆け寄った。
「あら、時間ぴったりね」
イリヤを見つけた凛が、彼女にそんな声をかける。優しい声音だが、彼女はちょっと釣り目なので、そう言ってても怒ってるように見えて怖いなぁ、なんてイリヤは思っていた。
「そりゃあんな脅迫文出されたら……」
「……みんな言うのね、それ。そんなに怖いかしらあれ」
『いや殺すとか書かれてたらびびるやろ普通』
ん? 聞いたことない声が聞こえた。誰かいるのか?
凛はその声に、「そうかしら」と首をかしげて聞いている。凛のすぐそばまで来ると、そこにもう一人誰かいるのが分かった。遠くからでは暗がりに隠れてわからなかったのだ。
背が小さい。被っている帽子の端からたらりと長い黒髪がはみ出ている。自分と同い年くらいの子だかな、とイリヤは思った。
その子がさっきの関西弁の主だろうか。イリヤは思い切って子をかけようとした。
「い、イリヤちゃん?」
イリヤが何か言うよりも早く、帽子の子が声を上げた。目深に下げた帽子をとって、彼はイリヤを見やる。
そこにいたのは、自分の席の
「へ? ……タカラくん?」
なんでここにいるの? 凛さんがサーヴァントにしたのは私だけじゃなかったってこと?
「あら知り合い?」
凛が知らなかったかのように、宝にそう聞いてくる。いや、事実知らなかったのだろう。しかし今の言葉で、少なくとも宝は凛と知り合いであるのが分かった。
そう、イリヤが思考を巡らせると、それを見てにやにやと笑っていた(例によって表情はないが)ルビーが口をはさんだ。
『そういえばイリヤさんには伝えていませんでしたね~。ご紹介しましょう、私たちの協力者の一人、一ノ瀬宝君です! ああ、それとガッチャもいますね』
『姉さん、ワイの説明だけおざなりやないか?』
宝の腰に巻かれたベルトがそう声を上げた。問われたルビーは「そんなことありませんよ~」と、ひらひら舞って否定する。
イリヤはなんとなく、彼の正体がわかった気がした。
「えと、私と同じで、これからカードを回収する仲間、ってこと?」
「そ、そう。よろしく、ね」
緊張しているようだが、努めて笑っているらしい。宝はぺこりと頭を下げた。
「しかし知り合いか、世の中は狭いわね……ところであんた、なんでもう転身してるのよ」
その問いにはルビーが、ある程度いろいろできるように練習しておいたことを二人とベルトに伝えた。
その言葉に対する二人の反応は、少々芳しくないもの。何せルビーが「タイミングとハートとかでどーにかするしか」とか投げやりなセリフを吐いたのだ。凛も「なんともたのもしい言葉ね……」と、小学生でもわかるような皮肉を吐いた。
そりゃそうだとイリヤは思った。
「イリヤちゃん、大丈夫?」
「う、多分……正直すっごく不安だけど」
「でも今は、あんたたちに頼るしかないの。二人とも、準備はいい?」
「はい!」
「う……うん!」
そう声を張り、虚勢ながら頑張りを見せる二人にほのかに笑みを向けて。「さて」と前置きし、凛は校庭のほうを一瞥する。
「カードの位置は特定済みよ。宝は知ってるわよね……でも、イリヤもいるからもう一度説明するわ」
校庭を彼女は指で示す。
「校庭のほぼ中央。そこを中心に、空間的な歪みが確認されているわ」
「中心、って何もないですよ?」
イリヤの言葉は当然の疑問だった。今さっき、彼女は校庭を横断して凛たちのところに来たのだから。その時には何も感じていないし、何もいなかった。
その疑問に、宝が答える。
「こっちの世界にはないんだ。カードがいるのはちょっと特殊なとこで……よし、ガッチャ。ルビーも!」
『はいな!』
『はいはーい! それじゃいきますよー』
ルビーが言う。その瞬間、三人の立つ地面が輝いた。思わずイリヤが下を見ると、そこには巨大な魔方陣が。その魔方陣が輝きながら、回転し、その回転につれて周囲の世界がねじれていく。
『『半径2メートルで反射路形成! 境界回廊一部反転!』』
「な、なにをするの⁉」
「カードがある世界に飛ぶのよ」
飛ぶ……?
「科学において並行世界と呼ばれるいくつもの世界を鏡としてみて」
「その鏡に映った像の一つにこの世界があるとしたら、ここはその鏡面、そのものの世界」
世界が反転し、そして一瞬の輝きとともに、その世界に入り込んだ。
周囲を見回し、その異変に気付いた。
空に網目模様が走り、あたりに奇妙な雰囲気が漂っている。言いようのない、その雰囲気に、イリヤは声を失う。
「ここは鏡面界。そう、呼ばれてるんだ」
「よそ見してる暇はないわよ。もうお出ましみたい」
「へ?」
凛が指さした方向を見る。校庭の真ん中、百メートル走のためのトラック。そこに黒い霧のようなものが渦巻いていた。中心に、揺らめく影が見える。目を凝らしてよく見ると、それは女性の姿をしているように見えた。
「あれが、敵?」
『そうです。カードが引き起こす英霊の現象。どうやらあれは女性の英霊のようですねぇ』
「英霊?」
『説明はおいおい……お、来ますよ』
「え?」
素っ頓狂な声の瞬間に、イリヤの腕に何かが絡みついた。鎖だ。
その事実に気づいた途端に、彼女の体が音を切って飛んで行った。
「うひゃあああああああ⁉」
「ちょっ、何油断してんの!」
凛が叫ぶ。その間にも、イリヤの体は敵に引き寄せられる。
「っ、スケボーズ! グレイトンボ!」
手の中のケミーライザーを構え、素早く二枚のカードを装填。そして”彼ら”の名前を叫ぶ。
瞬間、ライザーから赤色のスケボーと巨大なトンボが発射された。二体は鎖よりも素早く動き、イリヤに追いつく。トンボが翼で鎖を切断し、スケボーが彼女の体を拾って、宝たちの位置まで運んだ。
「うわ、わ、わ」
『危なかったですねぇイリヤさん』
戻ってきたイリヤに暢気につぶやくルビー。を、押しのけて凛が金切り声を上げた。
「あんた! あれだけ気をつけなさいって言ったのに! すぐ油断して!」
「ご、ごめんんさい!」
「たく、ルビー。あと任せるわよ。宝、ガッチャ、あんたたちは早く変身!」
『指図は受けたくないんですがねぇ』
『しゃあないなぁ、宝』
ガッチャが宝を呼ぶ。ケミーライザーでトンボとスケボーをカードに戻していた彼は、それにうなづいて応じた。先ほどの二枚、グレイトンボとスケボーズはしまい、代わりに取り出したるは別の二枚。いざ、と攻撃しようとしていたイリヤが、その姿を見て驚く。
「な、何をするの……⁉」
その声を聴きながら、彼はカードを、ガッチャの両脇のスロットにセット。
まずは、ホッパー1。
『そいじゃ……”ホッパー1”!』
「ホパ!」
『続いて、”スチームライナー”!』
「スチィム!」
二体のケミーを、ケミーカードを通してガッチャードライバーが読み込み、認証。軽快な音声と共に、宝の身を守るように巨大なフラスコ、続いてその周りに実験器具が現れる。更にその周囲を縦横に飛び回る、ホッパー1とスチームライナー。
「よし……変身!」
レバー式錬金術発動装置アルトヴォークを引きカードを合わせる。二つのカードの間に、仮面の勇士の姿が宿る。その姿を、トリニティアルケミキサが彩り、一つの姿を形作る。
宝の体が、その瞬間に黒い粒子へと代わり、ひとつの人型に再構成。そして、周囲を漂っていたホッパー1、スチームライナーも粒子となって合体、その肉体を再錬成され、青い鋼鉄のバッタへと変わり。
鋼鉄のバッタが、宝のボディの装甲となる。
『ガッチャーンコ!』
そこにいたのは、既に宝ではなかった。
黒いボディに青い装甲、黒いレンズのゴーグルと、その奥に見える矢印の瞳。
胸のパッションアタノールが火を噴き上げる。頭のパンクライダゴーグルを宝が上げる。矢印上の複眼が、黄金色に輝いた。
全身からみなぎる力が、煙となって周囲を舞う。ありえないほどに湧き上がる力が、これが目の前の敵と戦うための力だと教えてくれ、そこから生まれる高揚感に打ち震えた。その力をこぶしを握り、全身に据えて。まっすぐと前を見る。
それこそは古来の錬金術によって生み出された、もうひとつのカレイドライナー。
『スチィィィム! ホッパー!』
カレイドライナーガッチャード。夏空のような輝きを持つ、仮面の戦士がそこにいた。