ことの発端はつい先ほど。
美遊は昨日、飛べないと言ったことがもとで、ルヴィアから「ならば飛ぶための訓練を受けてもらいますわ!」と宣言を受けた。
それから今日になって、サファイアとともに突然ヘリに乗せられたかと思いきや、連れてこられたのは冬木のはるか上空。地面がかろうじて見えるかという高みであった。
そこでルヴィアから言い渡されたのは。
「ここから飛び降り、体が浮くという感覚を身をもって知るのですわ!」
ルヴィアは恩人である。いい人だとも思っている。だが今回ばかりはバカなんじゃないかと思った。これは人が飛ぶとか飛べないとか以前の話である。
……そういえば、バカと煙は高いところに上るという言葉があったが、これってやっぱり真実なんだろうか『美遊様現実逃避はおやめください』
で。「いえどう考えても無理です」と言った美遊は、結局ルヴィアによって無理やり空中に放り出された。
悲鳴を上げながら彼女は落ちていった。
そして、偶然イリヤたちが特訓をしていた林に、流星となって落下したわけである。
獅子は千尋の谷に子を突き落とす。しかしその言葉に、殺すという文字はないのである。美遊は初めて、ルヴィアを恨んだ。
美遊は落下中に気絶、サファイアがかろうじてその身を守った。
気絶している彼女を見て、宝とイリヤは彼女を、近くの一ノ瀬家まで運んだ。
ここは一ノ瀬家の居間、魔法使いの家っぽい内装の部屋だ。西洋風の家具が所狭しと立ち並ぶも、その中に現代科学の産物が入り込み、風情というものをぶち壊している、そんな家だった。
家の中は、ケミーたちが飛び回っている。お茶を運んできてくれたシルクハットお化けとパーカーお化けをはじめ、幽霊のような見た目のケミーが多く、イリヤは最初、かなりおびえていた。とはいえすぐ、持ち直したのであるが。
「そ、そういうわけだったんだ……そりゃあ気も失うよね……」
『はい……すみません、宝様。家を貸していただいてしまって』
イリヤに事情を話していたサファイアが、今度は宝を向いてぺこりと頭を下げる。
「いいよいいよ。気にしないでー」
『……ありがとうございます』
「でもルヴィアさんも、だいぶ無茶させるね……お金持ちの発想ってやつなのかなぁ」
宝は美遊のスカイダイビングを聞いて、嫌な思い出を思い出していた。
二年ほど前、ルビーたちと空を飛ぶ訓練をしていた時(当時ニードルホークにまだ慣れていないこともあって、ルビーに転身させてもらっていた)先ほどの自由落下による飛行特訓法をルヴィアが思いついたのである。これを一日三セットさせられた。なお全く飛行はうまくならなかった。
もとから下手なのもあったんだろうけど、絶対あれのせいで飛ぶのが遅くなったよなぁ、なんて今でも思ってる。それくらいにはトラウマだ。
まさかその第二の被害者が出ようとは……ものすごく、同情した。
「……んぅ? ここは……」
「お、お姫様が起きた」
「……宝君ってミユさんおちょくるの好きだよね……おはよ、ミユさん」
目覚めたばかりの彼女に、二人は声をかける。まだぼうっとしている様子の彼女は、周囲をきょろきょろと見まわして、それからハッと気づいた。
「あれ、私、さっきまで……」
動揺する彼女に、二人とステッキとついでにベルトは、かくかくしかじかと説明する。
納得した様子の彼女は、二人を見て一応礼を言った。
ここらへんはなんとなく、サファイアと似ている。ステッキが自主的に選んだから、キャラが似るんだろうか。
『ところで、美遊様』
「……なに、サファイア」
『先ほど運んでいただいたとき、宝様もイリヤ様も、ごく自然に飛行されておられました。ルヴィア様は……その、あまりあてにはなりません、天才肌ですので。ですが、お二人になら……』
「……」
美遊は二人を見る。昨日の今日で、ちょっと折り合いがつかないのだ。でも、飛行方法を形にしなければ、戦うことはできないし……だったら。
「その……」
「な、なんでしょ?」
「飛び方がわからないと戦えない。だから……教えてほしい」
「飛び方かぁ……そう言われても……」
イリヤはちらりと宝を見る。聞いた感じ、彼は特訓して飛行方法をマスターしたようだ。なら、と思ったのだが。
「僕のはお勧めしない……」
『さっきのスカイダイビングを一日三回したら飛べるようにはなるで』『う~ん、論外ですね☆』
それ以外にもいろいろ地獄の特訓をしたんだヨ。
お勧めはほんとにしない。
『……いえ、確か結局飛べるようになったのは、イメージの問題でした。イリヤ様』
「う、うん」
『イリヤ様は、魔法少女は飛ぶもの、とおっしゃっていました。そのイメージのもとになった何かがあるのでは?』
「元ネタ……あー、それなら……」
イリヤは何やら思いついたらしい。
いったん家に戻ると、何やら袋に箱を入れて持ってきた。入っていたのはDVDのボックスだ。
表紙には「魔法少女マジカル☆ブシドームサシ」とある。そのDVDを一ノ瀬家のプレイヤーの中に突っ込み、再生。そしてお行儀よく、みんなで作品を鑑賞した。
そして、ムサシちゃんの活躍を三話ほど見た後、美遊さんは言った。
「こ……航空力学はおろか、重力も慣性も作用反作用すらも無視したでたらめな動き……こんなことをできる人間がいるの……⁉」
「いやぁそこはアニメだから……」
「……フィクションのイメージであそこまで華麗に空飛べるんだからすごいよね……」
『宝様の時とは全く異なりますね。……宝様も、一応資料を見たりしてはいましたが。しかし、このアニメをすべて見れば、美遊様も飛行が可能になるのでしょうか?』
「ううん、たぶん無理」
少しうれしそうなサファイアの声音に反して、美遊の答えは消極的なものだった。
「じゃあ……一応、僕の参考にした資料も、見る?」
「一ノ瀬が参考にした資料?」
「うん。ちょっと待っててね」
再び待たされ今度は五分。宝はボックスではなくファイルを持ってきた。DVDを収めておくためのファイルだ。その中から一枚取り出して、プレーヤーに入れて再生。記録用の映像らしい。先にタイトルが表示された。
「”仮面ライダー”……?」
肝心のシーンまで映像を飛ばす。古い映像の中で、画面中央にいる青年(カメラが遠いのでよく見えない)が、なにやらポーズを取っていた。そして「スカイ……変身!」
青年は緑色の、昆虫を思わせる姿へと変態。赤い目のその怪人は、ガッチャードとどこか似ているように思える。
怪人はベルト横の装置を操作すると「セイリングジャンプ!」その掛け声とともに空へと飛んで行った。
「飛んだ……」
「ええ……え、これも魔術、使って飛んでるの?」
「ううん。まっとうな科学で、空を飛んでるんだ。セイリングジャンプって言ったっけ」
以下は宝の説明。
映像の中の”仮面ライダー”は、空を飛ぶ力を宿した戦士であるという。腰に据えた「重力低減装置」により、一時的に飛行が可能になるという。
この力で、仮面ライダーは空を自在に飛び回ったのだという。
「……科学の力で、身一つで?」
『以前私も見せていただきましたが、驚きました。魔術よりも自由に、ここまでの飛行を可能としているとは』
「でも、この映像だけだと、何をやって飛んでるのかは、わかりづらいよね」
それはそうだった。そもそも宝がこの映像を参考にできたのは、やろうと思えば飛行することができたからで。今の美遊には大前提としての飛行が不可能。
じゃあ参考にはできないだろう。この映像は宝の父が、仮面ライダーという存在の研究のために集めていた一資料に過ぎない。件の飛行の要”重力低減装置”については、ここには資料もない。
『しかし、宝さんはこれを見て、飛んで見せたわけですからね』
「でもわからない。こっちを見ても、どうやって重力を軽減してるのかとか、その軽減下でどうやってあれほどの推進力を得ているのかがわか『ルビーデコピーン!』ハフッ⁉」
頭が熱を上げ始めた美遊に、デコピンが炸裂した。これまたカレイド式活殺術の一つであった。
『姉さん?』
『はぁー。美遊さんは基本スペックは素晴らしいですが、頭がこちこちのコチちゃんですね~。そんなことでは、魔法少女は務まりません! イリヤさんを見てください!』
すい! とイリヤを指さすルビー。
『理屈工程くそくらえ! 結果だけがすべてです! そのくらいほわーっとした能天気思考のほうが、魔法少女には向いてるんですよ』「なんかさっきからひどい言われようなんだけど⁉ これでも学校の成績はいいほうなんだよ⁉」
『いえいえとんでもない。むしろべた褒めしてるんですよ? ……まあでも、これだけではわかりにくいでしょうし……そうですね、美遊さんにこの言葉をお送りしましょう』
おほん! と一息。
それから、ルビーは言った。
『人が空想できることすべては起こりうる魔法事象。我が造物主たる魔法使いの言葉です』
「……科学事象、じゃないの?」
美遊は問う。科学文明の世界にも、ルビーの言葉とよく似たものがあることから出た問いだった。
それに対してルビーは『そちらもありです』と言った。
『結局同じことなんですよ。例えば、現代では実現できないことがありますよね。それらは未来では、すべて当たり前に行えていることかもしれません』
「例えばタイムマシン、例えばどこでもドア。そして例えば……タケコプター、とか?」
『はい、宝さんのあげたようなものは、未来では実在するのかもしれませんね。それが科学と呼ばれるか、それとも魔法と呼ばれるのか……それだけの違いなのです』
「えと、つまりあれでしょ? 考えるな、空想しろ! って、いう……わーすごく納得いかないって顔を」
みんなの話を聞いていた美遊の顔は神妙なもので、考えすぎて吹っ飛びそうになっていた。しかし彼女は小さくため息を吐き、伏せていた眼を上げて、一言。「…………そう」
「正直あまり参考にはならなかったけど、少しは考え方が分かった気がする」
「あら、帰るの? もう大丈夫そう?」
宝が問いかけると、彼女はうなづいて答えた。
「それならよかった」
「……さっきはありがとう。また、今夜」
二人に向けてそう言って、美遊は一ノ瀬家を後にした。サファイアも、二人にお辞儀をしてから、パタパタと外へ出ていく。
「行っちゃったね」
「うん……戦わなくていいって言われた昨日よりかは、一歩前進?」
『あとは三人でどんだけ連携とれるかやな』
まあ、そこらへんは……ぶっつけ本番で行くしか道はなさそうだ。
そしてその本番、リターンマッチのチャンスはすぐにやってきた。