FGO ~ Loopback Against the Order ~ 作:アルタナ
「……い」
声が聞こえる。
ぼんやりと、目を開ける。
「ん…」
部屋の明かりが目に入り、強制的に覚醒を促してくる。
どうやらいつのまにか眠っていたのか。
部屋の机に、自らの腕を枕に突っ伏していた。
顔を上げ、覚醒しきらない頭のままで振り返ると。
「…ますたぁ…?」
よく見知った、顔。
私なんかと契約を交わした、物好きな私のマスター。
その顔には、あからさまな呆れの表情。
「疲れているのならベッドで寝ろ…全く」
痕がついたらどうする。
それでも、本気で怒っているようには見えない。
「…いいでしょう、別に」
「全く…」
何を言っても無駄だと思われたのか、それ以上は言ってこない。
まぁ、改めるつもりはないのだけれど。
「……仕事かしら?」
「いや…今のところは何もないらしい」
どうやら今日はオフのようだ。
なら、もう少しだらけていてもいいかもしれない。
もう一度突っ伏す。
「…そこではなくベッドで寝ろと言っているだろう」
「む…」
面倒。
とはいえ、マスターちゃんのお小言を聞くのもそれはそれで面倒。
「…なら、マスターちゃんが一緒に寝てくれるなら動きましょうか」
どうします?
そう、言ってみる。
「……」
別に移動するのが嫌というわけではない。
それに、私達は、今更この程度で恥ずかしがって狼狽えるほどに浅い関係ではない。
「…わかった。じっとしていろ」
「ん」
マスターの言葉に私は目を閉じる。
体が持ち上げられる感覚に、私は身を委ねる。
そこまで筋肉質には見えないマスターだが、私一人は抱きかかえられるらしい。
「…」
とはいえ、歩く以上は全くの振動なしにはいかないようで、彼が一歩歩くたびに、僅かに体が揺られる。
けれど、その揺れはどこか心地よく、彼の体温の温かさも相まって、余計に眠くなる。
我ながら、何故ここまで眠いのかは分からないが。
「……着いたぞ」
部屋の中で、そこまで広い部屋でもなければ、ベッドまでの距離はそう長くもなく、あっという間に着いてしまう。
私の体は、少し硬めのベッドの上に降ろされる。
彼の手が、温もりが離れる。
「っ……」
無意識に、私は。
「ジャンヌ?」
彼の手を、掴んでいた。
彼の温もりを、手放したくなくて。
―あの時、闇の中に消えたマスターを、夢だと思いたくて。
――温もりを失った彼の体を、夢だと信じたくて。
「……行かないで」
「…」
「ここにいて」
サーヴァントである以上。
まして、自らと契約するマスターに対して、何かを頼むなど、烏滸がましいにも程がある。
その後ろめたさと、自らの女々しさからくる恥ずかしさで、顔が熱い。
宝具の熱さといい勝負じゃなかろうか。
今の自分の顔はとても見せられたものじゃないと思う。
「…一緒に寝るなら、なんて言ったのは自分だろう」
呆れるような声。
マスターは今、どんな表情をしているだろう。
どんな表情で、私を見てくれているのだろう。
すごく見たいが、顔を見られたくない。
「これでいいか?」
私が伸ばした手を、彼の両手が包むように握ってくる。
それだけでも、温かさは感じる。
彼の体が冷たいなんて、まるで夢であるかのように。
けれど。
「…足りないから、もっと…来て。強く、抱きしめてほしい」
なんとまぁ、我ながら女々しいとは思う。
けれど、私を遺して、マスターがいなくなったのが夢であってほしくて。
この温もりが、現実であると信じたくて、私は懇願する。
「…お願い」
「……」
私の懇願に、彼は黙ってしまう。
愛想をつかされてしまったのだろうか。
「…やれやれ」
そんな風に言いながら、僅かにベッドが振動して、次に感じたのは。
「ん…」
彼の温もり。
全身に感じるそれは、彼がここにいるのだと、感じさせてくれる。
それだけで、幸福だと感じるあたり、私も大分、変わってしまったのかもしれない。
彼に縋るように、彼を抱きしめる。
「…ねぇ、マスターちゃん」
問いかける。
「もし、私が消えるってなったら……どうする?」
「…いきなりどうした」
いきなりではない。
彼はマスターで、私はサーヴァント。
いずれ別れの時が来るのは、避けようのない宿命。
まして、私は復讐の念にとらわれた復讐者。
このままでいられないときは、いずれ来る。
「だが……そうだな」
突然の質問に、彼はまじめに考えてくれる。
「もしそうなれば、ジャンヌが消えずに済む方法を探すとは思うが」
「……もしそれが仮に、マスターちゃんが消えることになっても?」
「そうだな。俺が消えても、マスターはいる。だが…お前の代わりはいない」
思った通りの返答。
私が見ていた夢/現実の中の彼と同じ。
だけど。
「……私のマスターは貴方だけ。マスターちゃんの代わりはいない」
私が愛したのも、貴方だけ。
なんて言わないけれど。
「何故そんな事を考えたのかは知らないが」
彼は少し間を置いて。
「…事情はどうあれ、愛した女を守りたいと思うのが、そんなに不思議か?」
ずるい。
そんな事を宣う彼が。
そんなことを言われたら、心が震える。
揺らいでしまう。
戦わなければならないのに。
彼が進むべき道を切り拓いて、指し示さなければならないのに。
――ずっと、共にいたいと、揺らいでしまう。
「ずるい」
一言だけの抗議。
そんな私の言葉を軽く流し、彼の指が、私の髪を梳く。
「…許せ」
「嫌」
「令呪で命じてもか?」
「やってみなさいよ。そんな事で使えるなら」
馬鹿みたいな会話。
それですら、一つ一つが私の心を満たす。
これは、駄目だ。
私が、彼から離れられなくなってしまう。
「…約束なさい、マスターちゃん」
「何をだ」
「たとえ離れ離れになる運命があったとしても…この手を。私を……離さないで」
――傍に、いさせて。
「…ジャンヌ?」
名前を呼ばれるが、答えられない。
夢/現実の通りになってしまうのが、怖かった。
「……そもそも、地獄の底まで付き合ってもらうとかなんとか、言ってただろう」
「…えぇ、言ったわね。大分前だけど」
「だったら…地獄の底までの道案内は、任せた」
俺は地獄の場所なぞ、知らないからな。
そう、笑いながら言う彼に、私も少しだけ可笑しくなって笑う。
「えぇ。地獄の底で、共に炎で焼かれましょう」
「……ヤンデレみたいだな」
「でも、それならずっと一緒だし、いいんじゃないかしら」
そうだろうか、なんて彼は宣うけれど、今更だ。
ここまで竜の魔女たる私を堕としたのだから、当然の報いだろう。
「…観念なさい。絶対に離さないから」
そう決意すると、少しだけ心が軽くなった。
彼の温もりも合わさり、徐々に微睡んでいく。
「ん……」
――そうして私は、現実/夢に帰り。
――抱きしめる彼の冷たさに。
「っ……う……ぅ…」
――暗い部屋の中で一人、静かに声を漏らした。
夢と現実が逆だったらいいなってことあるよね。