FGO ~ Loopback Against the Order ~ 作:アルタナ
頭痛が、治まる。
けれど、何かを思い出すことは、ない。
自分の、名前すらも。
「…すまない、俺は…」
「あー、あんまし無理しなさんな。無理しすぎると痛いよ?」
「助かる……」
名前を呼ぼうとして、詰まる。
それを察してか。
「…あー、アテシの名前。んー……ジェーン・ドゥで」
「ジェーン…ドゥ」
「そ、まぁ……とりあえず、暫くの間だけど、よろしくにゃー」
ノリについていけずに固まる。
ジェーン・ドゥといえば、英語での女性版名無しの権兵衛みたいなものだったはず。
とはいえ、名前がそうだというなら信じるしかないのだが。
そんなことを考えていると、ジェーンは振り返り、こちらに背を向ける。
「んじゃ、行こっか」
「…?」
「行くんでしょ?…この先」
あぁ、そうだった。
突然のことで一瞬混乱したが、それが目的だった。
「…助かる」
「いいっていいって。アテシのマスターの望みだもん、叶えるのがサーヴァントってもんでしょ」
言いながら、歩き出す。
マスター。
サーヴァント。
知らないはずのその言葉が、少しだけ懐かしく感じながら。
「…ただ、忘れないで、マスター。聞こえてくる声を聞き逃さないで」
「声?」
「そ。きっとマスターは…どこからともなく声を聴く。その声は、マスターを呼ぶ声だから」
何を言っているのかはわからないが。
「…分かった」
意図は理解できずとも、気を付けることはできる。
聞こえてきた声は、俺を■へと誘うものかもしれない。
あるいは、そんな声を、聴くことはないかもしれない。
だから、とりあえずは気にしながら。
「…先導を頼む」
「あいあーい」
少し軽い調子のジェーンと、歩みを進める。
………
……
…
そこからの歩みは、そこまで苦労もなかった。
道案内があったから、だろうか。
ジェーンは、この場所のことを知っているのだろうか。
「……」
まぁ、聞く必要もないだろう。
そう思いながら、歩みを進めるジェーンに続く。
「そろそろ、声…聞こえた?」
「…いや、特には」
「そ」
単純な会話。
さっきのような危険な怪物が現れるでもなく、ただ歩くだけ。
ちなみに、この会話はさっきから何度かしている。
何回目かは忘れたが、徐々に頻度が高くなってきている。
「…所詮、その程度か」
苛立つような、あるいは呆れたような声で呟くジェーンに、何かを返すことはできない。
呟く声が何なのか、尋ね返す前に。
「あ、別に何でもないよ。アテシの独り言だからお気になさらず」
「……」
声については聞こえない。
更に言えば、この先に行かなければならないという義務感を感じてはいる。
しかし、僅かに何かに引っかかっている。
ここに来る前には、大切な誰かが、いたような気がする。
家族、友人。
もちろん大切だ。
……しかし、違う。
しかし、それが誰なのか、思い出せない。
「…やっぱ、マスターはさ」
「?」
「この先に行くべきじゃないよ」
フードに覆われ、視線は見えない。
暗がりの中、青い灯によって僅かに口元が見える程度で、体格すら見えない。
「…マスターはさ、この先が何かは知らないんだよね」
「あぁ」
ジェーンの問いに肯定で返す。
確かにこの先に何があるかは知らない。
ただ、何故かこの先に行かなければならないという義務感だけ。
「この先にはね…何もないんだよ」
「何も?」
「そう…何も。ただ一面に広がる闇…そこには何もない、生と死の区別すらない、虚無」
辿り着いてしまえば、もう二度と戻れない。
今感じている、思い出せない事を思い出そうとする意志すら、なくなる。
「…マスターという存在は、虚無に押し潰されて、マスターという存在がなくなる。それでも本当に…この先に行きたい?」
ジェーンの問いに、一瞬詰まる。
それは、ジェーンが言うことに対する恐怖、だろうか。
あるいは、引っ掛かりを覚えている何か、に対してか。
いずれにせよ、即答ができなかった。
「だから行くべきじゃないんだよ、マスター」
そして、それを見透かすようにジェーンは言う。
「…マスターにはまだ、戻らなきゃいけない理由がある。だから…この先には行くべきじゃない。ううん…行かせない」
アテシが、マスターが行こうとする道を阻むよ。
そう、ジェーンは言い切る。
それを聞いて。
「…そうか」
頭の中の記憶の
「…引き返すのは、来た道を戻ればいいのか?」
「っ!」
抗ってみるのもいい。
俺の言葉に、少しばかりジェーンは驚いたようだが。
「うーん、まぁ確かに来た道を戻ればいいっちゃいいんだけどねー」
少し明るい調子で。
「ここってさ、行きはよいよいってやつでね」
ジェーンが俺の脇を通過し、来た道を戻ろうとすると。
先程ジェーンが始末した怪物が、先程よりも多く現れる。
まるで、戻らせない、という意志を感じるかのようだったが。
「…ま、こんなの、アテシにとっては吹けば飛ぶ埃みたいなもんだけどね」
ジェーンの力で吹き荒ぶ嵐のような風にあっさりと吹き飛ばされる。
あまりにあっさりと敵を薙ぐその姿が。
「……あぁ」
頼もしくもある、その後姿が。
記憶の
…そうだ。
――……スター!戻って来て……!
どうして、忘れていたのだろう。
そんなことを考えていると。
「…声、聞こえたみたいね」
「あぁ…お陰様で、な」
「だったら…もう、道は見えたでしょ?」
今までとは違う通り道が、見える。
その先には、僅かな、けれど確かな、光がある。
「…あぁ」
俺はジェーンの後ろを歩くのをやめ、そちらに歩き出す。
「んじゃ、アテシはここまで。もうこんなところ、来ちゃだめだよ?」
背中から、声がかかる。
俺はそれに振り返らず。
「……あぁ」
一言の返事とともに。
光に包まれながら。
「……世話になったな」
「どいたまー」
「?」
彼女の返事がよく分からなかったが。
「……ありがとう、リリス」
一言の礼とともに、彼女の名を呼んだ。
光の中の一言が届いたかは分からないが。
それでももう、振り返らずに。
「……」
ただ、前を向いて。
己が行くべき場所に、向かわなければならない。
リリス「最後にそれは…ずるいっしょ」