Sストレンジジャーニー   作:dwwyakata@2024

102 / 126
戦う事では無く、対話を選んだアレックス。

ついに。

様々な謎が、全て明らかになります。

それは余りにも残酷すぎる話でした。

それは十代の子供が背負ってはいけないものの話でした。


1、凄惨な未来の話

時々休憩を挟みながら、アレックスと話をする。

 

トイレなどの使用も許可する。アレックスは船内設備を興味深そうに見ていたが。人間に対しては常に警戒し、誰にも自分を触らせようとはしなかった。

 

圧倒的に強くても、それは強者の行動では無い。逃げ疲れ、もはや何も信用できなくなった弱者の行動だった。

 

今の唯野仁成には、それが分かる。

 

女性クルーが見張る案もあったが、それだと危険だと言う事で、アーサーが見張る。食事やトイレなどの小休止を挟みながら、互いに情報交換をしていく。多分アレックスは、今暴れてもどうにもならないと悟っているのだろう。抵抗する様子は無かった。ただ、体にさわらせることも、デモニカを脱ぐことも絶対にしなかったが。排泄物は、デモニカを脱がず処理出来るらしい。

 

「なるほど、アントリア、ボーティーズ、カリーナ、デルファイナス、エリダヌス、フォルナクス、グルース、それにホロロジウム。 それらの八つの領域と、嘆きの胎を攻略した記録が未来に残っていたのか。 確かにアーサーが、次の空間にはホロロジウムと名付けると言っていた。 話は一致する」

 

「ええ。 戦闘要員はほぼ唯野仁成とヒメネスだけでね。 技術者としてはアーヴィンとチェンが殆ど全てを担っていたようだわ。 どの領域でも多くの人員が命を落とし、最終的に戻って来たクルーは私の知るどの世界線でも二十人に達しなかったそうよ」

 

「それは凄惨な話だ」

 

「だが、唯野仁成が強力な悪魔に何度も可能性の子と呼ばれているのを俺は聞いている」

 

ストーム1が、途中で軽く補足する。唯野仁成もそれに頷く。

 

確かに可能性の塊的な話をされた。そしてこの話を聞く限り、英雄達の分も唯野仁成が経験を収束して強くなり、各世界の支配者悪魔を倒していたのだろう。

 

しかしながら、その代償は当然小さくは無かった。

 

結果として、多くのクルーがばたばたと倒れていったのだろう。

 

無理矢理にメムアレフという大母を倒し。その先はブラックボックスになっていて分からないそうだが。ともかくどうにかシュバルツバースを消滅せしめた。

 

そして、英雄達が生還してからしばらくして、アレックスの知る時代が来たそうだ。

 

幼いアレックスでも分かる程に、其所は文字通りの地獄だったそうだが。

 

真田さんが身を乗り出し、話を聞く。

 

「君の世界で、一体何があった」

 

「唯野仁成はシュバルツバースから帰還すると、即座に圧倒的な力を振るって世界に君臨したわ。 召喚した悪魔達の戦闘能力は圧倒的で、各国の軍を力尽くで黙らせるのに一週間と掛からなかったそうよ。 それだけじゃない。 唯野仁成は、自分に逆らう人間を片っ端から殺し、粛正の鉈を振るって世界の人口を十億にまで減らしたわ」

 

「……それは酷い話だな」

 

「おばあさまはそんな唯野仁成に唯一諌言できる立場だった。 何故だと思う?」

 

真田さんは、ずばりと即答した。

 

アレックスが、唯野仁成の妹の孫だからだろう、と。

 

黙り込むアレックス。それが図星を指されたからだと言うことは、一目で分かった。

 

そうか。今まで指摘されたことがあったが、唯野仁成はアレックスの大叔父だったというわけか。

 

それならば納得がいく事も多い。近親者にこそ、人間は強い怒りを抱くものだからである。

 

近親者で固めた王朝等が凄惨な殺し合いで潰れるのもその辺りが理由で。

 

実際問題、人間の家族で絆によって結ばれているものなど、殆ど無い。

 

それは唯野仁成が良く知っている。事実唯野仁成の産まれた家は崩壊家庭だったのだ。

 

「遺伝子でも調べたのかしら」

 

「君は何度我々と戦ったと思っている。 髪の毛くらいは残留していたんだよ」

 

「……そう。 その通りよ。 私のおばあさまは、暴虐を尽くす唯野仁成に対して何度も諌言した。 でも、唯野仁成はその諌言を一度だって聞く事はなかった。 唯野仁成はこういったわ。 このままだと、何度でもシュバルツバースが出る。 だから、人間という生物の文明圏は縮小するしかない、と。 私からも説得したけれど、話にならなかった」

 

なるほど。今なら何となく分かる。過酷な戦いの中で、唯野仁成はそんな結論に至ってしまったのか。

 

確かに孤独な戦いを続けて、シュバルツバースの中で人間の業を見せつけられれば、そんな風に壊れてしまう可能性は決して低くは無い。そしてその結論は、確かにシュバルツバースが人間に対しての地球の怒りだと考えると、納得も行く。

 

要するに究極のエコテロリストになってしまった訳だ。

 

現在でもエコテロリストの活動はある。世界中で様々な問題を引き起こしてもいる。

 

だがそれらを加味しても、その未来の唯野仁成の行動は、問題を先送りにしているに過ぎない。

 

「おばあさまが平行世界に逃れるための装置を作ったのは晩年の事よ。 だけれども、その研究が唯野仁成にばれた。 唯野仁成は、何の躊躇もなくおばあさまを殺したわ」

 

「にわかには信じがたい話だが……」

 

「AIである私が正しいと証言する」

 

「そうか、ならばそうなのだろう」

 

ストーム1も、AIが嘘をつくとは思わない様子だ。

 

ただ、唯野仁成に同情の視線も向ける。確かに誰もスペシャルが乗り込まず、船員の大半を失った次世代揚陸艦での戦闘がどれだけ厳しいものになるか。それが如何に精神を蝕んだかは想像に難くはないからだろう。

 

唯野仁成だって、そんな状況におかれて正気を保てる自信はあまりない。

 

「私の両親はとっくに殺されていて、私の家族はジョージだけだった。 おばあさまの協力者達が必死に私を平行世界に逃がしてくれたけれど、その装置は私を逃がすと同時に爆破する仕組みにされていた。 その世界がどうなったかは、今はもう分からないわ。 ただいずれシュバルツバースがまた発生したのは確定でしょうね」

 

「……続けてほしい」

 

「続いて私が辿りついたのは、天使が全てを支配している世界だったわ」

 

何となく分かる。それは恐らくだが。ゼレーニンが、マンセマットの言葉のまま、歌唱機とやらになってしまった世界の結末なのだろう。

 

アレックスの話によると、その世界では「天使の声」が聞こえる人間とそうでない人間が選別され。

 

天使の声が聞こえる人間は洗脳されて機械のように全てが決められ。そうでない人間は皆殺しにされていた、と言う事だった。

 

流石に絶句する。其所まであのペ天使は邪悪な計画を立てていたのか。

 

そんな世界だったが、アレックスの祖母は平行世界でもレジスタンスを続けていたという。

 

地下に研究所を作り、そこで何とか強奪して来たデモニカに研究を加えに加えていたという。

 

天使の声なんて聞こえなかったアレックスが、そこにたどり着けたのは本当に偶然も偶然。何しろその頃、平行世界に転移したアレックスはまだ十代前半で、戦闘訓練も何も受けた事がなかったそうだから。

 

だが、平行世界でもアレックスの祖母は。アレックスの話を聞いてくれ。

 

そして、理解もしてくれたのだという。

 

アレックスは決して涙を見せない。唯野仁成の前では、絶対に泣かないと決めているのだろう。

 

「そのデモニカが、君が着ているものか」

 

「……ええ。 今貴方たちが着ているものよりも、二世代先のものよ」

 

「恐らくだが、真田技術長官が改良を加える前のデモニカの、二世代後のものだろう」

 

「まって。 もとのデモニカとそれほどに違うの?」

 

唯野仁成は頷き、幾つかの機能を上げる。

 

特に戦闘経験の並列化については、アレックスは愕然としたようだった。

 

基礎的な能力は元々あったものだ。経験によって自己を強化していく能力などは、元々のデモニカに備わっていた。

 

だが相互リンクした経験を全員に還元し、総員を加速度的に強くするシステムについては流石に想定外だったらしい。

 

なおこのシステムは、ブラックボックス化しており。真田技術長官は悪用を怖れて、シュバルツバースに乗り込む前に一旦ブロックを掛けてきたという。

 

「それで一人で経験を独占しなくても、ほぼ変わらないほどに強かった訳ね……」

 

「確かにアレックス一人ではかなわなかったのもやむを得ない話だ」

 

「いや、皆の経験もあるが、スペシャル達の超越的な戦闘力を事前にデモニカが経験蓄積していたのが大きい。 故に最初にアントリアで不時着したときも、戦死者は出なかった」

 

「……おほん。 まだ先があるのだろう。 続けてほしい」

 

真田技術長官に促されて、アレックスはしばし躊躇った後話す。

 

天使達が支配する世界で、何とかデモニカを手に入れたアレックスは。ジョージをデモニカに組み込んで貰うと、天使相手に戦いはじめた。いわゆるレジスタンスと言う奴である。

 

そこで、アレックスは見たと言う。

 

真っ白に染まった目を持つ、もはや神の傀儡と化した狂信者唯野仁成を。

 

人間を半ば止めてしまった、ゼレーニンの姿も。

 

多数の天使を屠ってきたアレックスも、とてもかなうものではなかった。唯野仁成は、やはりその世界でもメムアレフを実力でねじ伏せてきていたのだ。地球の意思を、である。

 

更に知ったのだが、その世界はそもそもシュバルツバースによって根本から改良されてしまっており。

 

天使の声が聞こえる人間を選別するというルールが、地球の理の一つとして根付いてしまっている場所だったという。だからシュバルツバースの再発生の畏れは、皮肉な話だがなくなっていたそうだ。

 

故に、どれだけ頑張ってもアレックスに勝ち目は無かった。

 

やがて追い詰められたアレックスに。祖母はくみ上げた平行世界への移動システムをデモニカに組み込み。

 

アレックスのために作った光の剣と銃をくれたという。

 

プラズマを空中に固定化して、何もかもを切り裂く必殺の剣と。

 

あらゆる悪魔を撃ち抜く、弾丸を自動生成する拳銃を。そして悪魔召喚プログラムも、である。

 

アレックスを平行世界に逃がす祖母が、天使に虐殺されるのが。その天使の世界を離れるアレックスが見た最後の光景だったという。

 

言葉も無い。確かに、あの時ペ天使の言葉に乗ってしまったら。ゼレーニンはそんな風に変貌していてもおかしくない。ついでに唯野仁成も、そもそも壊れてしまう状況にあったのだ。ゼレーニン同様、壊れてしまったのだろう。

 

そして、その先の話は、更に過酷だった。

 

「平行世界に跳んだ私が見たのは、地獄よ」

 

それは何の誇張もない事実だったという。

 

そこは、唯野仁成が。瀕死になったバガブーと融合することで、圧倒的な力を得たヒメネスと一緒に戻って来た世界だったという。

 

記録にはあった。シュバルツバース攻略中、ライトニングとの諍いで、ヒメネスは瀕死に。バガブーも非道な実験の犠牲になり瀕死に。心を許していたバガブーを死なせたくない、自分も死にたくないと思ったヒメネスは。唯野仁成に、無理矢理バガブーとの合体を望み。文字通りの悪魔人間となってしまったのだそうである。

 

今までの二つの世界では、悪魔人間「大地人」ヒメネスはシュバルツバースで唯野仁成と最終的に戦いになり、討ち取られていたそうだが。

 

その世界では、唯野仁成はヒメネスと友情を他の世界よりはぐくんでいたのだろう。

 

いや、混沌の理に飲み込まれ。昔のヒメネスのような、弱者を鑑みない思考に染まってしまっていたのかも知れない。

 

いずれにしても、そんな唯野仁成は、シュバルツバースによって。頭の悪い連中が崇拝するような単純極まりない弱肉強食「だけ」の世界を作ってしまったそうである。

 

シュバルツバースは世界を初期化するシステムだとアレックスは言う。

 

恐らく、天使の世界になった時もそうだが。メムアレフを屈服させたり、或いは話をつける事に成功すれば。シュバルツバースによって、地球の理を上書きすることができるらしいのである。

 

結果として、始まったのは殺しあいだ。

 

あらゆる全てが殺し合いをはじめた。地球上の微生物やウィルスは勿論、草食動物も人間も、悪魔も天使も神も何もかもが全て徹底的に殺し合ったという。

 

流石に唖然とした。

 

デモニカを着て、天使との戦闘経験があったアレックスは、何もかもが襲いかかって来る中、必死に生き抜いたという。

 

なお問題を引き起こしたヒメネスはとっくに死んでおり。

 

生き延びるうちに神も悪魔も何もかもが滅び。

 

唯野仁成は殺し合いの中心にいるうちに疲弊していて、アレックスに撃ち倒されたのだそうだ。

 

ただ、既に瀕死の状態だったのを刺しただけだったので。勝ったとはとてもいえなかったそうだが。

 

文明も何もかもが存在しなくなり。

 

生物自体がいなくなった、環境だけが綺麗な世界が其所に残っていたという。

 

もはやそんな場所に、いる意味はない。

 

アレックスは、また平行世界に転移したそうである。

 

だが、何度転移しても、この三つの世界のどれかに出る。十三回ほど転移を試した後。成長したデモニカをジョージと相談して機能追加。

 

過去の。つまり唯野仁成を倒せる可能性があるシュバルツバースに直接乗り込むことに決めたのだそうだ。

 

そしてシュバルツバースでも、変わらぬ現実を見る事になった。

 

圧倒的に強い全盛期の唯野仁成には、まるで勝てなかった。素性を知っていながら、平然と殺そうと掛かってくる事も多かった。

 

いずれにしても、分かっているのはヒメネスとゼレーニンと唯野仁成を殺した後、メムアレフも倒さなければならないと言うこと。

 

今までとは文字通りレベルが違う悪魔達を相手に必死に研鑽を重ね。

 

戦いに戦いを続けて。最終的に最初の世界を離れてから三年が経過して、肉体年齢は十七になっていた。

 

デモニカは伸縮性がしっかりあって肉体年齢にあわせて形を変えてくれたが。何もできなかった三年だった。

 

話し終えるアレックス。

 

唯野仁成の口から、大きな溜息が零れた。

 

スペシャル達がいなければ。このレインボウノアでシュバルツバースに乗り込んでいなければ。

 

恐らく、アレックスが言う怪物に、唯野仁成は確定でなっていたのだろう。

 

何度も可能性の子、可能性の塊と唯野仁成は呼ばれて来た。

 

だけれども、その可能性を、飽くなき殺し合いの勝利に全て使ってしまった結果。唯野仁成は、怪物になってしまったのだ。

 

それが、アレックスが見て来た現実と言う事だろう。

 

頭を振るストーム1。流石のストーム1も、呆然とするしかないという訳だ。

 

真田さんは、それでもかなり冷静だった。

 

「分かった。 ジョージ、君の持っているシュバルツバースのデータを渡してくれないだろうか」

 

「そうしてしまえば貴方たちがアレックスに危害を加える可能性がある。 故にそれはできない」

 

「今の唯野仁成が、君達の知る唯野仁成とは違うという事を理解したからこの方舟に来たのだろう。 もう君達二人を敵だとは思っていない。 これからは……共にこの詰んだ世界を開く方法を模索するべきではないのかね」

 

真田さんは、聞いた事もない話を始める。

 

多分、国際再建機構の誰も……いや殆どが知らない話だ。

 

「これはトップシークレットだが、まあ君達だけになら話しても良いだろう。 正太郎長官しか知らない事だが、私も未来から来た人間だ。 ただしシュバルツバースが発生しなかった22世紀から23世紀に掛けてだがね」

 

「!」

 

「その時代では、地球は強大な星間国家に無謀な戦いを挑む愚かで身の程知らずな文明と化していた。 私は二度の自殺的な戦いに挑み、一度は勝利して帰還したが。 二度目の戦いで、あまりにも圧倒的な敵の本拠地に乗り込み。 そこの動力炉を爆破してから、記憶がない。 その時の衝撃で、この平行世界に飛ばされたのだろう。 その後は偶然正太郎長官とであって、どうにか今の位置にいる」

 

そうか、それでだったのか。真田さんが「かねてから開発していた」が出来たのは。

 

真田さんは何度か咳払いする。

 

ちなみに、元々それら自殺的な旅でも、真田さんが大体のものは「かねてから開発していた」をしていたそうである。

 

流石に2世紀文明が戻った状況では、かなり四苦八苦したのだそうだが。

 

「私は、同じ過ちを繰り返させないために、正太郎長官と共に地球を変えようと苦労を重ねてきた。 シュバルツバースの出現はあまりにも想定外だったが、未来から来て過去を変えようとしているという点では、君達と同じだよ。 アレックス、ジョージ」

 

「……嘘をついている可能性0パーセント」

 

「ジョージが言うならそうなのでしょう。 それにしても、私以外の平行世界の住人で時間遡航者だなんて。 2世紀も先から来たのなら、この船の異常な装備の数々も納得だわ」

 

「わかったかね。 それでは、情報を渡してくれるか」

 

それでもアレックスはしばし躊躇ったが。

 

アレックスは、自分から決断をした様子だ。何となく、見ていて分かる。

 

もう一度だけ、人間を信じてみようと。

 

いや、正確には違う。人間という種族は信頼に値しない。だが、この方舟に乗った英傑達なら、信頼出来るかも知れないと思ったのだろう。

 

光栄なことに、唯野仁成も含めて。本当に、自分の蛮行について聞かされた後だと、有り難い話だった。

 

「ジョージ、あのデータを渡して」

 

「良いんだな、アレックス」

 

「ええ。 此処まで話してくれたのなら、信用するしかないわ」

 

「OKバディ。 ……それでは、活用してほしい」

 

デモニカを部屋にあった端末に接続。情報を流し始めるアレックス。

 

凄まじいデータ量のようで、真田さんも驚いていた。

 

しばし掛かって、真田さんが、データの受け取りを完了。ざっと目を通した後、話をする。

 

「このシュバルツバースでも35回も転移していたのか」

 

「最初の内の十回ほどはもう唯野仁成が手に負えない状況で、情報を仕入れるのが精一杯だったわ。 それから試行錯誤して色々試してみたのだけれど、最初に次世代揚陸艦が全滅した世界に出たり、上手く行かなくて。 ようやく理想的に思える世界に来る事が出来たのが今回だったのよ」

 

「そうか。 苦労したな」

 

「……」

 

恐らくだが。今の話を聞く限り、真田さんにはその言葉をいう資格がある。

 

ジョージが不意にその場で提案する。風呂を貸してほしいと。

 

流石にアレックスは、顔色を変えていた。危険すぎるとの判断だろう。

 

「ジョージ!」

 

「デモニカには衛生面を完全にクリア出来る洗浄機能があるが、それでもアレックスは三年近く風呂に入っていない。 勿論ベッドで眠ったこともない。 君達に命を預けると決めた身だ。 せめて、アレックスには三年ぶりの休息を与えてほしい」

 

「分かった。 ただし、サクナヒメに見張りに立って貰う。 共に戦うとは決めたが、君達の戦闘力を侮ってはいないし、心変わりする可能性が1%でもある限り、危険を排除しなければならない立場だ。 もう少しは多少窮屈な思いをして貰う」

 

「それでかまわない。 アレックス、風呂に入れるぞ。 それにゆっくり眠る事だって出来る」

 

拳を固め、俯いているアレックス。そうか、洗浄機能がついているとはいえ、三年近くロクに体も洗えずまともに眠る事も出来なかったのか。

 

ジョージはずっと進んだ世界から来たAIだから、その辺りの心配りをする事が出来るのだろう。

 

女性クルーが見張れないなら適任は一人しかいない。サクナヒメが呼ばれて来て、アレックスを連れていく。

 

アレックスがいなくなった後、一旦プラズマバリアで防御が固められ。スペシャル達と方舟の首脳部が集められて、情報の共有が行われた。

 

真田さんの話もなされる。ただ、流石に他言無用と念を押されたが。

 

「最初からアレックスからは強い怒りと、それ以上の哀しみを感じていた……」

 

ケンシロウがもそりもそりと語る。

 

ケンシロウの話によると、北斗神拳は哀しみと共にある拳だという。歴代の継承者は例外なく過酷な人生を辿り、継承も非人道的な方法によって行われたという。それだけ破壊力が圧倒的であり、故に危険だったからだ。

 

だから、分かると言うことだ。

 

ヒメネスはため息をつく。実の所、悪魔の力には憧れていたという。それを素直に白状するのは、立派である。そして、冷静な状態なら、ヒメネスは反省も出来る。

 

「だが、悪魔と合体した俺は文字通りの化け物になっちまうんだな。 それはきっとバガブーにとっても不幸な話な筈だぜ」

 

「アレックスの話によるとそうだ。 人格も更に攻撃的で、弱者を平気で手に掛けるようにもなるらしい」

 

「私もヒメネスのことは言えないわ。 冷静でいられない世界だったら、マンセマットの誘いに乗って……天使の代行者を騙る怪物になってしまうのね」

 

ゼレーニンは何度か目を擦った。

 

どれだけ凄惨な世界を作ってしまったのか、想像が出来るからだろう。

 

唯野仁成も人の事を言えない。

 

それら悪夢のような世界の根元となってしまったのは、唯野仁成なのだから。

 

正太郎長官は周囲を見回してから、ゆっくりとした声で言う。

 

「儂は戦後の一番酷い時代から、多くの業を見てきた。 今回の旅で、儂はその業を見る旅を終えようと思っていた。 だが、それでもこの様子ではまだ死ねないな。 国際再建機構に戻った後、やる事がまだ幾つかある。 真田君、サイボーグ化による延命について今から準備をしていてくれ」

 

「正太郎長官、その年齢でですか?」

 

「何、まだ気合いを入れれば十年くらいは生きられる体力はあるから手術には耐えられるとも。 それに、すぐに死ぬわけにはいかなくなったからな」

 

ほろ苦い笑みを正太郎長官が浮かべる。それはそうだろう。これほどの事を知ったのだから。

 

なお、ずっと眠らせていた鉄人28号についても、改良型の後継機を今後は出すつもりだとも話した。確かに象徴としての存在は必要になるだろう。

 

過剰武力だった鉄人28号も、今後は必要になってくるのかも知れない。

 

「俺もヒメネスに後継を任せて、隠居するつもりだったのだがな。 そうもいかなくなったらしい。 場合によってはサイボーグ化を頼むか……」

 

「おいおい、ストーム1の旦那……」

 

「ヒメネス、お前のポストは俺が保証する。 ただ、ロートルの俺も楽隠居とはいかなくなった。 悪人ある所にはストーム1来ると思わせなければならん。 そういう事だ」

 

「残念だが、俺はシュバルツバースの攻略までしか協力は出来ないだろう」

 

ライドウ氏は残念そうに言う。多分だが、姫様もそれは同じの筈だ。

 

ライドウ氏は世界の危機に呼ばれる、と聞いている。そして姫様も、そんな地球の危機に際して、ライドウ氏が支援をして呼ばれた存在だという話である。呼ばれた以上、使命が終わればヤナトという異世界に帰らなければならない。

 

本来、ヤナトの武神であるサクナヒメは、手を貸してくれているだけなのだから。

 

春香は申し訳なさそうに言う。彼女は武力を有していないからだ。

 

「私は……」

 

「春香君。 君は語り継いでほしい。 偏見なく、客観的に。 この世界で起きた恐ろしい事と、これからどうするべきかを。 この世界で何を見たかをも。 我等に問題があったのなら、それを語っても良い。 君の目でみたものを偽りなく後世に残してくれ」

 

正太郎長官が即答。春香はしばらく黙った後、頷いていた。

 

世界最高のアイドルである彼女が語り継ぐ話には、圧倒的な影響力があるだろう。求心力もしかり。ともかく、彼女にしか出来ない事をやって貰うだけだ。

 

いずれにしても、まだまだやる事はある。此処で立ち止まってはいられない。

 

これから赴く大母メムアレフの空間の攻略。それに、六層にいる看守悪魔の排除だ。

 

通信装置を通じて話を聞いていたらしいサクナヒメが、連絡を入れてくる。

 

「アレックスは眠ったぞ。 風呂に入るだけで落ちそうになっていたし、本当に酷い戦いの中に身を置いていたのだろう。 張っていた気が緩んだ瞬間、人としての限界が来たのだ。 三年も無理をし続けていたのだから、仕方があるまい」

 

「ゾイに軽く検査させてほしいのですが。 無理がたたって、バイタルに異常が出ている可能性がありますからな」

 

「ああ、それならもうゾイがやっておる。 やはり相当に無理がたたっている様子で、デモニカを脱いだ途端にぐったりしておったわ。 それで、この娘はどうする。 閉じ込めるのか。 それとも話した通りともに戦うか。 もうわしは、信頼しても良いと思っているがな」

 

そうだ。アレックスはどうする。

 

これから牢に閉じ込めるのか。それとも、一緒に戦うのか。

 

少し考え込んだ後に、正太郎長官が皆を見回した。

 

「嘘をつくべきでは無い。 やはり一緒に戦うべきだと儂は思う」

 

「……」

 

「彼女の過酷な半生は嘘ではあるまい。 儂も戦後の混乱期に、あまりにも酷い人生を送ってうち捨てられていく人間を大勢見て来た。 彼女は立ち向かう覚悟を持っているし、その力もある。 ならば、背中を預けるに値すると判断する」

 

「そうだなあ……別の世界の俺がやらかした分くらいは、色々やってやらないとな、と思いやすわ」

 

ヒメネスが言う。多少冗談めかしていたが、嘘を言っている気配はない。

 

ゼレーニンも、静かに覚悟を決めた様子で言う。

 

「私も同感です。 マンセマットをあのような邪悪に貶めてしまったのが人間だったとしたら、人間として償わなければなりません。 それに別世界の私がマンセマットにたぶらかされて世界をおかしくしてしまうのだとしたら、せめてこの私は異議を唱えないと」

 

「俺も同意します。 大叔父だからではない。 彼女に哀しみを与えてきた分は、せめて俺は償う義務がある」

 

他のスペシャル達も、皆が同意してくれた。ゴア隊長は少し考え込んだ後、問題ないだろうと許可してくれた。

 

ならば、後はアレックスが起きだしてから、話をして出立することになるだろう。

 

アレックスはスペシャル達には及ばないにしても、唯野仁成とヒメネスに次ぐほどの戦闘力を持っている。

 

それならば、これからは心強い味方だ。

 

サクナヒメが、通信装置の向こうから話をしてくる。

 

「アレックスはこの様子では一日は目覚めないだろう。 わしが見張っているから、その間に六層の掃除を進めておいてくれ。 六層の看守悪魔も囚人悪魔も、どうせ弱くはあるまい。 少しでも今から手間を減らしたい」

 

「分かりました。 アレックスを頼みます」

 

「ああ、任せよ。 堕天使ルシファーだろうが絶対神だろうが、指一本触れさせぬわ」

 

流石の武神の言葉である。説得力があまりにもある。

 

すぐにその場から解散。

 

サクナヒメを船内に残し、一線級のクルーを集めて六層の掃除を開始する。真田さんは研究室に缶詰だ。ゼレーニンは悩んだ末に、ガブリエルを活用して守る方が役に立てるし、調査班として前線に立ちたいとも思ったのだろう。前線に出てくれた。

 

六層に降りる。やはり、今までとは桁外れの看守悪魔の実力を感じる。

 

だが一斉に掛かってくるような事はなく、それぞれが孤立している様子だ。今の皆なら、各個撃破していけば勝ち目は存分にある。

 

一番厄介なのが以前少しだけ見かけたヘカトンケイレスだ。

 

そして、早い段階でゼウスを作っておきたい。

 

アレックスの件があったので、先送りにしていたが。一旦の掃討戦が終わったら、作成に着手した方が良いだろう。

 

凄まじい雄叫びを上げながら、無数の人間の頭が連なったような球体が転がってくる。ロクな神格ではないだろう。

 

そのまま、迎撃に掛かる。

 

名前も知らないそのよく分からない存在は、猛烈な砲火をかいくぐってきたが。至近距離でストーム1のライサンダーZの直撃を喰らって派手に爆ぜ割れ、更に其所をヒメネスが斬り伏せてとどめを刺した。

 

情報集積体のかなり大きいのが出てくる。看守悪魔でこれか。今のはかなり弱い方だったと見て良い。

 

周囲を見回すケンシロウ。かなり雰囲気が怖い。

 

「……デメテルがいない」

 

「そういえば気配があると姫様が言っていましたね」

 

「嘆きの胎から離れた様子だ。 何を目論んでいる……」

 

「気を付けなければいけませんね」

 

二体目の看守悪魔が現れる。

 

巨大な目から、大量の触手が生えている、何とも言えない不気味な姿をした存在である。正体も分からないが、とにかく敵意だけは旺盛にあるのが分かる。

 

それにしても、六層には本当にたくさんの木の実がある。勿論それを食べるとまずい。サクナヒメにも言われた事だ。いわば冥界の果実にも等しいのだろうから。

 

看守悪魔達も、その木の実を傷つける事は一切しない。

 

植物で構成されている嘆きの胎だが。

 

其所にたくさんある木の実は、アンタッチャブルになっているように、唯野仁成には思えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。