Sストレンジジャーニー   作:dwwyakata@2024

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2、最後の囚人

激しい戦いを一旦切り上げて戻る。丁度アレックスが起きてくる頃だろうと判断した事もある。

 

アリスはへとへと。唯野仁成の手持ち悪魔達は皆疲弊していた。最前線で敵に火力投射を行い、或いは魔術で防ぎ。最終的に多くの看守悪魔も、六層の野良悪魔も倒して来たのだ。

 

故に疲弊が酷いのも当然とは言える。

 

幸い、六層の悪魔は膨大なマッカを倒す度に落とした。

 

これは、それだけ強大な力を持っているという事も意味するが。トータルでは充分に黒字になる。

 

それだけで、まあ可とするべきなのだろう。

 

戻った後は、一旦休憩を取る。

 

話によると、まだアレックスは起きて来ていないらしい。姫様が見張っていると言う事だから、万が一もないと思うが。それでも念のために、プラズマバリアを寝室に展開しているそうだ。

 

シュバルツバースに乗り込んだときにはこんな器用な機能はなかったが。

 

内部でいつの間にか真田さんが開発していたらしい。

 

まあ、内部に侵入されたときのことを考えると、当然とも言えるか。

 

一眠りしてから、食事にして。風呂にも入っておく。

 

それから、様子を見に行く。

 

姫様は寝室の前で胡座を掻いて壁に背中を預けていた。別にアレックスを直接見なくても、気配はこれだけ近ければ間違えようがないのだろう。

 

しっと、指を口に当てるサクナヒメ。この様子だと、まだ起きていないのだろう。

 

一日は寝ている、と言う見立てだったが。疲れ果てているのだとすると、仕方が無い話ではある。

 

一度休憩室に行くと、アリス達にマッカを食わせて。更にアイスや飲み物が欲しく無いか聞いておく。

 

いらないそうである。

 

やはり、アイスも散々食べて飽きてきたのか。それとも、強力な悪魔と立て続けに戦って疲れているのか。

 

唯野仁成は、咳払いすると、ゼウスを悪魔合体で作り出せるか試す。

 

流石にゼウスとなると、オリンポスの最高神格。生半可な力量では作れないだろうと覚悟していたが。

 

それでも、この間のマーヤーとの会戦で、クルー全員が経験を蓄積し。

 

先ほど六層の看守悪魔を十数体仕留めて戻って来たのだ。

 

恐らくだが、これで何とかなるのでは無いかと予測して、イアペトスとアレスを軸に、合体を組んでみる。

 

しばらく組み合わせを試していると。データにあるオリンポス神族を幾つか組み合わせて、ゼウスができる事が分かった。

 

実力的にはギリギリか。

 

だが、そもそも五層で戦ったゼウスは、本気を出していなかったという話もされている。

 

恐らくだが、戯れで力を貸してくれるにすぎないのだろう。

 

だから、唯野仁成でも扱う事が出来る。

 

そういうことだろうなと、判断していた。

 

唯野仁成は、そのまま合体に必要な情報を集めていき。イアペトスとアレスに話をしておく。

 

二柱とも、同意はしてくれた。

 

これで、何とかなるだろう。問題はゼウスを作り出すために必要なマッカがとんでも無い事だが。

 

これについては、艦橋に連絡を入れて。備蓄の中から分けて貰えないか、相談をする。

 

ゴア隊長は、あのゼウスを作る事が出来、制御出来るのならと許可をくれた。

 

いずれにしても、これで恐らく最終戦力の完成だろう。

 

悪魔合体を開始する。

 

デモニカのバッテリーだけでは無理なので、休憩室の電源で方舟の動力炉に接続をする。

 

そうしないととてもではないが、ゼウスを作るためのパワーが確保出来ない。

 

そのまま悪魔合体をこなす。

 

この悪魔召喚プログラムに現在は当然のように搭載されている機能に、どれだけ助けられたか分からない。

 

未来のあり得る可能性の自分の一つが、これで作った凶悪極まりない悪魔の軍団によって、世界の先進諸国の軍を一週間で沈黙させたそうだが。

 

確かに、もしも地球の意思を無理矢理倒してしまうほどに成長してしまった状態で、作り出す悪魔達なら。

 

それも可能なのだろう。

 

凄まじい電力が吸い上げられていき、悪魔合体が行われる。談笑していたクルー達が、強力な悪魔を作っている事を察して離れる。デモニカがスパークして、何度も雷光が走った。

 

今まで以上に凄まじい合体だ。

 

作り出しているのがあのゼウスだと考えれば、まあ当然の話ではあるのだけれども。それでも凄まじい。

 

しばし様子を見る。やがて最高潮に達した悪魔合体のエネルギー消耗は、デモニカを着ていて暑いとすら感じる程だった。

 

アレックスが、最初の内は手に負えない唯野仁成がいる世界に出てしまっていたという話していたが。

 

確かに、ゼウスを作り出すような状態に全ての経験を蓄積した唯野仁成はなっていたはずであり。

 

その状態では、アレックスではどうにもならなかっただろう。

 

悪魔合体が終わる。

 

もの凄く疲弊した。唯野仁成は、汗を拭うと、物資搬入口から外に出る。外では、ゼレーニンがプラントをチェックしていた。

 

渡された行動ログから、生産された食糧を幾らか盗られていたらしい。それを確認していたそうだ。

 

それによると、盗られた食糧はささいな量で。特に気にすることはなかったのだとか。

 

ゼウスを呼び出すので立ち会ってほしいと言うと、ゼレーニンも流石に眉をひそめた。

 

「あのゼウスを作ったの!?」

 

「もう少し力をつければ、気が向いたら仲魔になるとゼウスは言っていた。 恐らく戯れに力を貸してくれているだけだろうから、本来ほどの強さでは無いだろう」

 

「……そうでしょうね。 分かったわ、立ち会う」

 

「俺もいいか?」

 

いつの間にかヒメネスが来る。

 

外で二線級のクルーを鍛えていた帰りだという。二線級と言っても、既に相当な実力まで仕上がっているが。単に嘆きの胎の深層や、これから赴くだろうホロロジウムと名付けるらしい世界では通用しないと言うだけの話で。もう少し鍛えれば、一線級になれるクルーも多いとか。

 

とりあえず、この三人で見届けるのも良いだろう。

 

召喚プログラムを走らせ、ゼウスを呼び出す。

 

召喚されたゼウスは、以前戦った時に比べて半分くらいの背丈に縮んでいた。やはり戯れというのは本当なのだろう。

 

ただ、威圧感と、不敵な雰囲気は変わっていない。

 

「ほう、もう俺を呼び出したか。 想像以上のようだな」

 

「呼び出しに応じたと言う事は、力を貸してくれると言う事だな」

 

「ああ。 あくまで俺の気分の範囲内で、だがな。 それに俺の叔父やアレスめが、お前には極めて好意的だ。 その辺りとても興味深い」

 

からからと笑うと、ゼウスは引っ込む。

 

イアペトスとアレスは、随分助けになってくれた。ゼウスはその力を引き継いでいる。

 

あの凶悪なケラウノスには、恐らくアレスの力も付与されたはずだ。これで、戯れであっても、かなりその力の減少は抑えられたはず。

 

頼もしい話である。

 

「相変わらず猛々しいオッサンだな」

 

「一番有名なゼウスのイメージとは随分と違うわね。 このシュバルツバースで召喚されたから、かしら」

 

「いずれにしても、今後ケラウノスとアダマスの鎌で武装したゼウスが一緒に戦ってくれるのは心強い」

 

「そうだな。 俺も何かしら作っておくよ。 今の手持ちは充分強いが、バロールとモラクスが、そろそろ更に強い悪魔になりたいって言っていてな。 今の俺なら、それに答えられると思う」

 

ヒメネスに頷く。

 

そして、手元に通信が入った。サクナヒメからである。

 

姫様によると、アレックスが起きたそうである。すぐにトイレに向かったそうだが。

 

食事も済ませて貰ってから、正太郎長官が正式に説得し。ゴア隊長が許可をして、一緒に戦う事になるという。

 

ただ部隊長のような扱いでは無く、遊撃をして貰うつもりだとか。

 

恐らくその方が、本人としてもやりやすいだろうから、というのが理由らしい。

 

一緒に食事をするか、と思ったが、流石に止めておく。

 

アレックスもやっと決断してくれたのだし。何よりも狂気に蝕まれた唯野仁成に、ずっと苦しめられてきたのだ。

 

いきなりなれなれしく接しても、反感を買うだけだろう。

 

此処はまだ距離を置いておいた方が良い。そう、唯野仁成は判断していた。

 

見張りはサクナヒメがしてくれると言う事なので、そのままゴア隊長に看守悪魔を退治しに行きたい旨を伝える。

 

丁度ケンシロウが休憩を終えたそうなので、一緒に二十名ほどのクルーと共に六層へ降りる。

 

六層にいる悪魔は相当に強い者ばかりだが。やはり今の面子なら倒せる。

 

更にゼウスに出て貰う。ゼウスは不敵に周囲を見やると、早速ケラウノスの大火力をぶっ放していた。

 

収束も拡散も出来るようだが。収束した場合、あのテューポーンすら耐えきれないほどの火力を出す。

 

六層の看守悪魔達も、流石にひとたまりもないと言いたいところだが。

 

流石に最深層の看守悪魔。ケラウノスを耐え抜いて、更に突貫してくる奴がザラにいる。

 

それをみて、ゼウスはからからと笑う。

 

「これはこれは。 大母どのも流石に此処に配置した悪魔共は選りすぐっているようだな」

 

「接近されたらアダマスの鎌を頼む」

 

「ああ、分かっておる」

 

まあ、接近はさせないが。

 

クルー達で、アサルトを一斉射して足を止め。更に、ライサンダーを何度もぶち込んでいく。

 

足が止まったところに、アリスとアナーヒターが他のクルーの悪魔達と連携して、大火力の魔術を叩き込み。

 

更に、ケンシロウとイシュタルが近接戦を挑む。

 

イシュタルの拳が直撃して吹っ飛んだ看守悪魔を、空中でケンシロウが一瞬にしてバラバラに切り裂いていた。

 

情報集積体とマッカがどっと周囲に散らばる。

 

すぐに周囲の警戒体勢を取り。連れてきている調査班のクルーに、マッカの回収を頼んだ。

 

ゼウスはずっとおかしそうに笑っていた。

 

「やはり近付かせないでよかったのう。 それはパンクラチオンとは系統が違う武術か、異国の猛き英雄よ」

 

「北斗神拳……インドにて産まれ、大月氏を経て中華に渡り、其所で完成した拳法だ」

 

「おお、完全に系統違いだな。 もしも接近されていたら今のように切り裂かれたか、それとも……」

 

「爆発四散させていた」

 

やはり笑うゼウス。

 

何がおかしいのか分からないが、まあ現在の人間の英雄の強さが、兎に角刺激的なのかも知れない。

 

まあケンシロウの所は家族全員がこんな感じで強いらしいので。それを見たら、ゼウスは更に笑いそうだが。

 

それはとりあえずいい。

 

少し気になる。六層の看守悪魔が、あまりにもバラバラに配置されすぎているという事が、である。

 

ゴア隊長に連絡を入れる。六層は単純極まりない階層で、周囲は開けていて空間の裂け目も殆ど無い。

 

ただ、多数いる看守悪魔があまりにも危険なので。残しておく訳にはいかない。

 

広い空間を回って、看守悪魔を潰して行くしかないが。それにしても、この各個撃破してくださいとでも言わんばかりの状況はどうだ。

 

罠の臭いがプンプンする。

 

それとも、看守悪魔を倒す事を強いられている事自体が罠なのかも知れない。

 

マッカの回収が終わったと、調査班が連絡を入れてくる。

 

調査班は、調査のために役に立つ悪魔を従えていて。金を集めたり揃えたりするのが得意な悪魔を従えていたりする。

 

そういう悪魔は得てして戦闘力があまり高くは無いのだが。

 

ただ、自分は戦いには出ない事を承知しているのか、文句一つなく働いていた。働けばマッカも貰えるのだし。

 

ゴア隊長は、しばしして連絡を返してくる。

 

「今、アレックスと話をしている。 一緒に戦う事は向こうとしても異存はないらしい」

 

「それは有り難い話です」

 

「ただ、予想通りやはり遊撃のポジションを希望してきた。 いきなり全面的に信頼するわけにも行かないし、唯野仁成隊員や、ヒメネス隊員、ゼレーニン隊員とは一緒に行動しない方が良いだろう。 サクナヒメが、しばらくは共に戦ってくれるそうだ」

 

「それで本人が良いのなら」

 

元々高い戦闘力を駆使して、最前線でバリバリ肉弾戦を挑むという点では、サクナヒメとアレックスは似ている。

 

確かに、姫様が側で見張るのが一番良いだろう。

 

「それはそうと、一度戻って来て欲しい」

 

「分かりました。 ……何か起きたんですか?」

 

「ドローンを展開して、六層の悪魔の分布を確認し終えたが、ヘカトンケイレスがいる」

 

その名前を聞いて、箸が転がるのを見ても笑っていたゼウスが黙る。

 

それはそうだろう。

 

ティタノマキアと言われるゼウスらオリンポス神族とクロノス率いるタイタン神族との戦いは、年単位で長期化した。それだけ力が拮抗していたからだ。

 

それをひっくり返したのがヘカトンケイレスである。

 

圧倒的な力を持つ百の手を持つ巨人。それが三体。弱い訳がない。

 

「更には、そのヘカトンケイレスが守っている辺りに、強力な悪魔の反応がある。 ただ、妙でな。 力そのものはあるのだが……」

 

「いずれにしても戻って対策を練った方が良さそうですね」

 

「そうなる。 頼むぞ」

 

「イエッサ」

 

すぐに撤退に取りかかる。

 

看守悪魔達は、己の持ち場に貼り付いているだけで、近付かなければ襲ってくる気配もないが。

 

かといって、囚人に近付けば一斉に来る可能性がある。今のうちに、全て潰しておかなければならないだろう。

 

だが、それもヘカトンケイレスが面倒な位置にいるなら対処の必要がある。

 

一度方舟に戻ると、既にスペシャル達は集まっていた。

 

アレックスも、デモニカを着直している。光の剣と拳銃も返されたようだ。真田技術長官は、もう解析を終えたのだろう。

 

そしてアレックスの側にはサクナヒメがついているが。

 

これは安全という観点から仕方が無い。

 

アレックスも、受け入れているようだった。ただ、唯野仁成とは、あまり視線を合わせてくれなかったが。

 

艦橋で、軽くミーティングをする。六層の地図が既に出来ている。まだ、四十を超える看守悪魔が残っている様子だ。

 

「恐らく一番手強いヘカトンケイレスが、此処、此処、それに此処」

 

真田さんが、立体映像の地図にそれぞれポインタを当てる。

 

それを見て、ストーム1が応じた。

 

「なるほど、相互連携可能な厄介な位置にいる」

 

「その様子では、三体同時に相手にせざるを得なさそうであるな」

 

「はい。 というわけで、まずは他の看守悪魔を全て片付けます。 時間は掛かりますが、その間に此方でも可能な限り装備の強化を進めておきます」

 

サクナヒメに、真田さんは丁寧に応じる。

 

頷くと、サクナヒメは進軍路を示してほしいと言い。すぐにそれがポインタで示された。

 

何チームかに別れて、六層の看守悪魔を駆除して行く。いずれも手強い相手ばかりだから、端から順番に崩す。

 

だが、進軍路を見て、ヒメネスが異議を唱えた。

 

「待った、真田の旦那。 それだと、ヘカトンケイレスが反応する可能性が……」

 

「その通りだ。 仮に反応した場合は、こう動いてほしい」

 

進軍路をすぐに切り替えたものが地図に映し出される。ヘカトンケイレスが釣られた場合には、それぞれが一気に合流して、総力を挙げて叩くと言うわけだ。

 

なる程。ただこれだと、一回や二回の遠征では敵を倒しきれないだろう。

 

まあ、それでも別に良い。

 

真田さんとしては、時間もほしいのだろうから。

 

「アレックス君。 君は姫様と共同で六層の看守悪魔を倒して回ってほしい」

 

「別にかまわないけれど。 六層の囚人に対策はしないのかしら」

 

「勿論最大限の対策はする。 ただ強力な看守悪魔達を倒しておかないと、情報を集めるどころではなさそうだからな」

 

「そう……」

 

興味が無さそうにアレックスは返事をすると、立ち上がった。行くならさっさと行くべきだと態度で示している、と言う訳だ。

 

すぐに六つの機動班が出る。

 

相手は凶悪極まりない六層の看守悪魔達だ。基本的に二班合同で、三路から進撃する。そしてヘカトンケイレスが反応した場合には、全ての班が集結して対応する。その間、方舟はプラズマバリアを張って待機と行きたい所だが。現在浅層から五層まではガチガチに縦深陣地を展開して固めていて、簡単に方舟に近付かれることはないし。仮に敵が方舟を狙ってきても、それほど迎撃は難しく無い。

 

そこで、正太郎長官がドローンに空輸させるライサンダーZFを使って支援をしてくれるという。

 

ゴア隊長も万が一に備えて、装甲車に乗って出てくれるという。

 

クルー達も野戦陣地に展開して、最悪の事態が起きた場合の救援に備えてくれるそうだ。

 

まあ、これくらい慎重に戦わないと厳しい相手だ。判断は正しいと思う。

 

サクナヒメがケンシロウと共に先に行く。そういえばアレックスにはシャイターンが纏わり付いていたはずだが。

 

姿が見かけられない。

 

少し悩んだ後、話を聞くと。意外な話が聞けた。

 

「シャイターンなら、契約を受け入れて私の手持ちになったわ」

 

「無理な契約を持ちかけられなかったか?」

 

「いいえ。 惚れた相手の側にいたいそうよ。 私としてはどうでもいいけれど」

 

「そうか」

 

アレックスはすぐに通信を切る。

 

まあ、恐らくだが、シャイターンも態度を改めて。双方で落としどころを見つけたのだろう。

 

アレックス自身も、流石に悪魔とつがいになる気はなくとも、側にいる事くらいは別に気にならないのだとしたら。

 

それはそれで、良い結末なのかも知れない。

 

唯野仁成はライドウ氏と。ヒメネスはストーム1と組む。

 

予定通り、三路から進撃を開始。ドローンの支援を受けながら、一体ずつ確実に看守悪魔を仕留めていく。

 

どうにもこのとっちらかって、多数で襲いかかってこない配置に悪意を感じるのだが。

 

それについては、兎も角看守悪魔を全て片付けてしまう他無い。

 

何度か、絶対に木の実を口にしないようにライドウ氏が周囲に厳命する。

 

悪魔にも食べさせないように、と厳しい指示が飛んでいた。

 

まあ当然の判断だろう。

 

さて、看守悪魔が見えてきた。今度もまた、よく分からないのが出て来た。子供くらいの背丈だが、頭が十くらいは生えていて、手は昆虫の節くれたそれににている。すぐに此方に反応して、襲いかかってくる。

 

勿論近付かせない。

 

どんな能力を持っているか、知れたものではないのだから。

 

 

 

丸二日を掛けて、何度も出撃をして。どうにかヘカトンケイレス以外の看守悪魔の処理を完了する。

 

そうすると、ヘカトンケイレス達は囚人の前に三体とも集結。どうも、最初からこう動く事を予定していたとしか思えない。

 

いずれにしても、三体同時のヘカトンケイレスと戦わなければならないのは確定のようである。

 

一度戻り、対策を練る。下手をするとだが。ゼウスの時と同じように、囚人は既に戒めを自力で突破出来る状態なのかも知れない。

 

そして看守悪魔は、どいつもこいつも会話が成立する状態ではなく。

 

六層の囚人が何なのかは、まったく分かりそうになかった。

 

一応、野良の悪魔に話は聞いたのだが。秩序属性の高位の神格らしいと言う話だけしか分からない。

 

その情報では、ないのと同じである。

 

恐らくだが、存在そのものが秘匿されていて。野良の悪魔程度では、分からないのではあるまいか。

 

方舟で、対策会議を行う。

 

ヘカトンケイレス三体が相手になると、合計の戦力はゼウスより上と判断するべきだろう。

 

拮抗していたティタノマキアをひっくり返した怪物だ。本来は悲劇的な生まれの可哀想な神格ではあるのだが。今は同情をしている余地はない。

 

なおアレックスの戦いぶりは、充分に満足出来るとサクナヒメが太鼓判を押していた。

 

少なくとも足を引っ張る事はないだろう。

 

ただ、気になる事がある。

 

どうやってアレックスの実力で、メムアレフを倒すつもりだったのか、ということだ。

 

真田さんは恐らくだが、情報提供を受けて知っている筈だが。

 

何か、まだ更に切り札があるのかも知れない。

 

図が表示される。

 

「これで六層の看守悪魔は、ヘカトンケイレス三体のみになった。 気になるのは、囚人がいるだろう巨大な木のうろの真ん前に陣取っていることだ。 或いは囚人と連携して動く可能性がある。」

 

「囚人は一体何の悪魔だろうか」

 

「ゼウスも知らないと言う話です」

 

唯野仁成が、情報を捕捉しておく。五層の囚人悪魔が知らないとなると、本当に何がいるのやら、という感じではあるが。

 

意外なところから、情報が飛んでくる。

 

ゼレーニンが挙手。ガブリエルが、戦いをしたくないと言っているというのである。

 

「ガブリエルが?」

 

「はい。 今回の囚人悪魔との戦闘は行わないと言っています。 恐らくですが、一神教関係者ではないかと……」

 

「神の子はあり得ないか。 そうなると……」

 

ライドウ氏が考え込む。

 

ライドウ氏が言った神の子とは、恐らくイエスキリストの事だろう。絶対神はグルースに封じられている可能性が高いと言う事だ。だとすると、何だ。

 

「高位の大天使の可能性はあるだろうか」

 

「いえ、ガブリエルの反応からして、恐らくは上位の存在に対するものだと思います」

 

「ガブリエルより明確な上位存在……そうなると天使ではないのか?」

 

小首をかしげているライドウ氏。

 

いずれにしても、ライドウ氏が思い当たらないのなら、仕方が無い。ぶっつけ本番でいくしかない。

 

全戦力を投入する。既に嘆きの胎には、危険な看守悪魔は最後のヘカトンケイレスだけになった。

 

もう二線級のクルー達でさえ、引率がいればそれほど危険な状態ではなくなっているのである。

 

それならば、何とかなる可能性はあるが。それでも、一応最大級の警戒をするべきだろう。

 

方舟からは、ライサンダーZFでの支援をしてくれるらしい。この他、装甲車を出してくれるという。

 

ゴア隊長は装甲車で六層まで来てくれる。この装甲車には、それぞれライサンダーZFが搭載され。更に小型のプラズマバリアも搭載されている。一発くらいの攻撃なら、対応は可能だと言う事だ。

 

勿論接近戦は危険すぎる。基本的に遠距離から、機動戦を仕掛けていき。ダメージが限界となったら引き上げると言うことだろう。

 

すぐに編成がアーサーによって行われ、六層にクルー達が降りる。

 

明確に空気が変わったのに、唯野仁成が気付く。スペシャル達も、即座に気付いたようだった。

 

「ようこそ勇者達。 此方にいらしてください」

 

威厳のある女性の声だ。

 

最初に踏み出したのはサクナヒメである。皆、陣形を保ったまま、慎重に敵への距離を詰める。

 

ヘカトンケイレス達は、うろの前に文字通り門番のように立ち尽くしていた。

 

顔が五十、手が百という文字通りの怪物だが。その異形を嫌われ、地獄の門番へと追いやられた経緯を思うと複雑な存在だ。

 

ヘカトンケイレス達に戦意はないようで、小首をかしげる。既に此方はやる気なのだが。敵にはさっぱり敵意がない。

 

それどころか、六班が揃い、装甲車が戦闘態勢を整えるのを見届けると。ヘカトンケイレス達が、巨木のうろを引き裂き始めた。

 

どういうことだ。看守悪魔では無いのか。

 

すぐにうろが引き裂かれる。そして、中からはとんでもない量の光があふれ出していた。

 

其所には、女性が座っていた。

 

ベールを被り、全身に白い衣服を纏った女性である。秩序陣営の重鎮。それを前提として考察しうるこの姿は恐らくだが。

 

「聖母、マリア……!?」

 

「恥ずかしくもそう呼ばれています」

 

六層の囚人悪魔は、唯野仁成の問いに静かに微笑む。何だか悲しげな微笑みだと思った。

 

いずれにしても、確かにそれならガブリエルが戦闘を拒否するのも納得である。相手が聖母マリアとなると。

 

ただ、聖母マリアが神格なのかはちょっとばかり分からない。困惑してライドウ氏を見ると、ライドウ氏はなるほどと一人で理解していた。

 

「キリスト教におけるマリア信仰の顕現か……」

 

「そういうことです、おそらく世界最高であろう悪魔払いの勇者。 私は此処に囚人として閉じ込められていましたが、既にこの通り嘆きの胎は大母メムアレフの支配下にはありません。 そしてメムアレフの影響を与える看守悪魔達は、既に貴方たちが倒してしまいました」

 

まあ、その通りではあるのだが。

 

困惑する此方に、聖母マリアは言う。

 

「私は戦うすべを持ちません。 何よりも、この状況を作り出したある存在に対して同情と同時に危惧を抱いています。 実りは譲渡しましょう」

 

「……おいおい、いいのか?」

 

「かまいません。 本来はヘカトンケイレス達も、戦いばかりを好む好戦的な存在ではありません」

 

それについては、何となく分かる。

 

ギリシャ神話の支配者神格達に翻弄された哀れな神々。それがヘカトンケイレスだ。それに対する怒りや恨みをぶつけてくることも想定されたが。少なくとも、今の時点でそのつもりは無い様子だった。

 

「ただ、実りを譲渡するにあたって、一つ条件があります」

 

「条件を聞かせてもらおう、異国の女神よ」

 

サクナヒメが応じるが。サクナヒメに対しても、マリアはそれほど嫌悪を示す様子はない。

 

やはり理想的なキリスト教で考えられる、全てを許す慈愛の聖母という信仰によってこの存在は作られているのだと見た。

 

「メムアレフと交渉次第では、地球の全てを造り替えることが出来ます。 しかし、それを行えば、現在の人間は全て異質のものに変じてしまうでしょう。 かといって、今のままの人類では地球に未来はありません。 またメムアレフを倒すだけでも、何も解決しないでしょう」

 

「要はメムアレフとやらと話をつけた上で、人類もしっかり管理し直せと」

 

「そういう事です。 私の戦いは、それが出来る人材が此処にいるか見極める事。 どうやら貴方たちなら、未来を託すことが出来そうです。 私の息子の隣人愛の思想を、原罪と復讐と絶対服従の思想にねじ曲げた者達も、しっかり躾け直してください」

 

苦虫を噛み潰している様子のサクナヒメ。

 

話を変わってほしいと、正太郎長官が通信装置で呼びかける。サクナヒメも、すぐにそれに応じた。

 

「話は分かりました、聖母マリア。 貴方が戦うつもりもない中立の立場であるという事は。 ただ、絶対は世の中にはありません。 シュバルツバースの内部で見て来た人間の業は我々でも許しがたいものだった。 故に対応は勿論します。 しかしながら、絶対はあり得ない……。 それだけは、ご承知おきいただけるか」

 

「もしも上手く行かなければ、また貴方方が言うシュバルツバースが湧くだけです。 大母メムアレフは地球の意思。 もしも無理矢理力でねじ伏せる事が出来たとしても、すぐに再生し状況次第ではまたシュバルツバースを発生させるでしょう」

 

やはりそうか。

 

しばし考え込んだ後、正太郎長官は言う。

 

「分かりました。 此方としても、現状の地球に未来はないと考えています。 ただ何度も言うように、世界に絶対はありません」

 

「苦しい立場である事は承知しております」

 

「……」

 

「この階層の強大な看守悪魔達を倒す事が出来た貴方たちなら、未来を信じて実りを渡しましょう。 ただこの実りは、もはやメムアレフの手を離れたこの嘆きの胎の力を全て凝縮したものです」

 

同じ規模の力を持つものが四つ、シュバルツバースの最深部にまだ存在していると言う。

 

それぞれがメムアレフの領域にあり、それら全てを使えば。或いは、別の道を模索できるかも知れない、と言う事だった。

 

サクナヒメが鞘に掛けていた手を離す。

 

そして、唯野仁成に顎をしゃくった。

 

唯野仁成は頷くと、マリアの側に。聖母としてキリスト教にて崇められ続けた、偶像崇拝否定との矛盾に位置する存在、マリア。その実在の人生よりも、神秘性を強調された。過去に、実際に生きていた人。

 

恐らく、もとの人の人格などは残ってなどいないだろう。

 

それでも、此処にいるマリアは、人間の事を憂い未来を案じることが出来る神格だ。信用しても良いとおもう。

 

跪き、実りを受け取る。

 

マリアは頷くと、唯野仁成に言う。

 

「頼みましたよ、可能性の子。 貴方が暴力で全てを解決する力の化身になってしまっていたら、私は死力を尽くして反撃しなければならなかったでしょう。 しかし可能性の子である貴方は、今はそうではなく人としてきちんとあるべき形にある。 それでいながら、人を恐らく超えられる。 期待しています」

 

「ありがとうございます、偉大なる聖母よ」

 

「それでは行きなさい。 もはや危険がないこの土地からは、全ての物資を回収していった方が良いでしょう。 そして二度と来てはいけません。 次に人がここに来ることがあったら、私はもう人を信じる事はないでしょう」

 

頷く。

 

いずれにしても、本物がどうだったかはともかく。此処に存在した聖母マリアは、尊敬に値する神格だった。

 

そう、唯一神教と呼ばれるのに。キリスト教で明確に神格として崇拝されているマリアは。

 

本来なら、とても難しい存在だっただろう。

 

だが、幸いにも此処では、光の集合体のような存在になる事が出来ていた。有り難い話である。

 

実りを回収すると、撤収を開始。

 

方舟の首脳部は、本当に全てを回収するべきか悩んでいる様子だったが。いずれにしても今回は戦闘も起きず、此処に物資を残していく理由がない。

 

戦闘は金と手間と物資が掛かるのだ。

 

戦闘が避けられたというのなら、それは良い事なのだろう。

 

最後尾にサクナヒメが残り、皆が方舟に乗るのを守る。インフラ班と調査班が共同して、縦深陣の回収をしていった。

 

ヘカトンケイレス三兄弟は、多分マリアを守ってあの場所にあるのだろう。

 

それが一番幸せかも知れない。

 

ここはもう地獄では無いのだから。

 

ただ、やはり気になる事がある。デメテルは、何を目論んでいる。さきもアレックスを見張るように気配があった様子だ。多分、この嘆きの胎で何かろくでもない事を目論んでいたのだろう。

 

不安要素はまだある。

 

逃げ延びたマンセマットが、いつ仕掛けてくるか分からない。

 

それも懸念事項としてある。

 

ただ、進まなければならない。如何に時間の流れが違うと言っても、外では何が起きているのか分からないのだから。

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