最後の深淵の世界に方舟が突入しようとしています。
深淵の中の深淵。
最奥に。
セクターエリダヌスにスキップドライブ。全ての物資を回収した後、方舟はエリダヌスへ、問題なく戻って来た。
天使と鬼神達は相変わらず激しく争っているようで、火線が飛び交っているのが船内からも確認できる。
勿論介入する事はしない。そんな事をしても意味がないから、である。
まず第一にするのは。国際再建機構本部への、進捗の報告だった。勿論情報としては逐一重力子通信で送ってはいるのだが。
やはり映像での通信を行う事によって、メリハリが出るのである。
スペシャル達と幹部達が艦橋に集まったところで、通信を始める。アレックスにもいてもらうことにした。
映像が出る。
米国の大統領は冷や汗を流していた。まあそれはそうだろう。シュバルツバースの拡大は続いているのだから。
「おお、ゴア隊長。 無事であったかね」
「はい。 無事にセクターグルースを攻略いたしました。 これより更に先の領域に進みます」
「それはまた素晴らしい報告だ。 ただ、あまり良くない報告を其方にしなければならない」
良くない報告とは、とゴア隊長が言うと。
米国大統領は、やはり何度もハンカチで冷や汗を拭っていた。
「恐らくだが、此方の時間で十日ほどで、南極はシュバルツバースに完全に飲み込まれることになる」
「!」
「シュバルツバース内の時間の流れは此方と違っている事は分かっている。 だが、次の空間で時間の流れがどうなっているかは分からない。 とにかく、攻略を急いで欲しいのだが」
「分かりました。 最善を尽くします」
南極が全てシュバルツバースに沈んだら、もう情報統制も難しくなるだろう。南米やアフリカにシュバルツバースが到達した頃には、悪魔の大軍が米軍を中心とした各国の軍隊と、更には国際再建機構の軍との戦闘を開始しているはず。
中には魔王や邪神も存在しているだろう。
そんなのを相手にして、近代兵器は通じる事は通じるが。それでも何処まで通じるか、被害を抑えられるか。分からない。
何より、核を使う事を想定に入れる国家も当然出てくる筈だ。
そうなったら、記録的な被害が出る。絶対に、食い止めなければならない。
「シュバルツバースを消滅させる方法は見つかりそうかね」
「現在真田技術長官が解析中です。 ですが、そろそろ情報が揃う頃かと思います」
「核での攻撃は無意味であると分かっている。 其方が頼りだ。 人類が滅ぶ前に、頼むぞ」
通信がきれた。
ため息をつく声が聞こえた。情けないというのだろう。まあ、分かるには分かる。
世界最強の米軍が出て来ても、多分どうにもならない。アレックスの言う最悪の未来では、地球の軍隊は唯野仁成の手によって一週間で潰されたという話である。恐らくは、送っている情報で向こうも分かっているのだろう。
シュバルツバースにいる悪魔の戦闘力が、既存の人間相手を想定した兵器でどうにかなるものではなく。
それこそライサンダーなどの超越的な兵器を持ち出さないと、とても対応出来ないことは。
核ですらシュバルツバースは破壊出来ないのである。デモニカを着て悪魔召喚プログラムを使ったから、対応出来ていただけであって。魔王や邪神になってくると、通常兵器ではどれだけ犠牲を出しても倒す事は難しい。今更装備の変更なども根本的にしている時間はない。国際再建機構だって、真田さんが用意した兵器をフル活用したって、南米とアフリカに上陸してくるだろう悪魔を抑えきるのは不可能だ。
要するに、もはや打つ手などは無い。
米国大統領は、本当にすがるしかないのだ。今此処にいる、方舟のクルー達に。アフリカ、南米が落ちれば。連鎖的にユーラシアと北米にも戦禍が波及する。それにシュバルツバース自体の拡大も進むから、一度陥落した土地はもうどうにもならない。
しらけた目で様子を見ていたアレックスに、ゴア隊長が咳払いする。
「そういえば、実りはどうしたのだ」
「あるわよ。 ただこれは、引き渡す事は出来ないわ」
「何か問題でもあるのか」
「これは最後の切り札よ。 もう其方でも知っているかも知れないけれども、宇宙を産み出すほどの力を秘めたものなの。 これを使えば、最悪体が自壊するのと引き替えに、メムアレフを倒す事が出来る」
つまり、それだけの覚悟を決めていたと言う事だ。
唯野仁成は、それを少し不自然に感じた。
いや、アレックスの覚悟が、ではない。デメテルの行動が、である。
彼奴の事だ。マリアがどう動くか位は読んでいたのでは無いのだろうか。つまり、実りが此方の手に渡るのは想定済。
むしろ、実りを作り出すのがデメテルの目的であったのなら。少しばかり、まずいかも知れない。
あの腹黒そうなデメテルだ。どうせ最終的な目的はろくなものではないだろう。実りを利用するのが目的ではないのだとしたら、一体何だ。
ともかく、二日ほどの休憩を貰う。
装備の調整や、六層での看守悪魔との連戦で消耗した物資などの補給を行う必要があるからだ。
一度エリダヌスの下層に移動して、其所でプラントから物資を回収する。嘆きの胎にあった物資も全て回収したが、まだやっておきたい事があるのだ。
皆が動いている様子を見て、アレックスは呆れたように言う。
「本当にこの世界は勝手が違うのね。 他の世界では、レッドスプライトだけ生き残ったシュバルツバースに乗り込んだ人間達は、プラントなんか展開する余裕も維持する力もなかったわ」
「そうなると、悪魔から物資も何もかも回収していたと言う事だろうか」
「そうよ」
アレックスの言葉に、ゴア隊長は肝が冷えたようだった。
ましてや、突入時にゴア隊長が死んだという話も聞かされていれば。その後どうなったかは、容易に想像がついただろうから。
他にも色々と気になる事は多いとアレックスは言う。
「貴方たちの攻略は少しばかり速すぎるわ。 本来だったら、ホロロジウムに突入する頃にはとっくに南米とアフリカに悪魔があふれかえっていたのよ」
「そうか、唯野仁成隊員とヒメネス隊員だけが戦闘要員に等しい状態では、それも無理がなかったのかも知れないな」
「ええ。 記録によるとその時だけで十億人が命を落としたらしいわ」
「既に十億か……ホロロジウムの攻略にもたつけば、結果は同じになるだろうな」
アレックスは頷く。
さっさとすすめというのだろうか。だが、ゴア隊長は、真田さんが改良している武器などの説明をする。
ストーム1が使っているライサンダーZの更に小型化携行化が可能という話を聞いて。流石のアレックスも顔色を変えた。
ライサンダーについては、アレックスもその身で威力を味わっているのである。
特にストーム1が使っているライサンダーの火力が次元違いであることは、彼女も分かっている。
「他にも皆の装備の改良を行い、生存率を上げる。 全員の経験が並行蓄積されるから、その方が効率が良くなると試算が出ている」
「此方でも試算した。 確かにそのシステムなら、全員に高レベルな装備を配布した方が都合が良い」
「なるほど、もたついているように見せて、それでいながら攻略が速いわけだわ」
「君も協力してくれるという事で、更に心強い。 いずれにしても、ホロロジウムのデータは殆ど無いと言うことで、此方も今まで同様の苦戦が予想される。 手札は一つでも多い方が良い。 勿論私も手札の一つだ」
ゴア隊長に握手を求められ、少し困惑した後。アレックスは握手に応じていた。
唯野仁成の方には、まだ警戒が強い様子で、余り話してはくれない。
それは仕方が無い。
時間が掛かるのは分かっているのだから。
ヒメネスに呼ばれたので、其方に行く。どうやら実力が足りたらしい。モラクスとバロール、それにラーヴァナが合体に同意。更に素材の悪魔のデータも揃ったので、ロキとアバドンを残し、新しい魔王を作るそうだ。
休憩室に出向く。何を作るのかと聞いたところ、インドラジットだという。
まあ、インドラジットなら確かに充分過ぎる程の実力者だ。ゼウスとやり合えるほどかは分からないが、ライドウ氏が連れている悪魔にも早々劣らない実力と言い切ってしまってかまわないだろう。
「モラクスも、敵として遭遇したときはどうしようもねえカスだったが、仲魔としては心強かったな。 バロールもそうだ。 魔王といっても、あくまで敵対者としての悪魔と言う事だ。 俺たちがしっかり扱えば、抑止力になるし、道を開くための仲魔としても見る事が出来るんだな」
「ああ。 お前はずっと力だけを求めて悪魔を作っていたから、少しばかり心配だったが……」
「いや、別にその心配は的外れじゃあない。 アレックスの話を聞いて、力に溺れた俺がどうなったかはよく分かった。 そんな俺はクソくらえだ。 弟を面白がって殺して何の社会的制裁も受けなかったあのマフィアのクソ野郎と同じだ。 そんな存在になるくらいなら、俺は死んだ方がまだマシだね」
情報を出し合って、インドラジットの合成が可能である事を確認。また、マッカは充分にある。
周囲でも、デモニカを動力炉の電源に直通して、悪魔の刷新をしている。
中には看守悪魔を作っている者も目立つ。
メイビーも更に回復の魔術が使える悪魔を揃えている様子だ。
皆、心強い話である。
外に出て、インドラジットを召喚する。
ラーマーヤナに登場する、最強の羅刹。武力なら、恐らく羅刹王ラーヴァナをも超える文字通りの最強。
その最期は修行の失敗で自爆するという哀れなものではあったが。
完全とも言えるステルス能力といい、圧倒的な制圧能力といい。従える事が出来れば文字通りの最強である。
だが、ヒメネスは更に上を目指すという。
「丁度北欧系のロキがいるからな。 スルトを作りたい」
「確か前は実力が足りなくて、悪魔召喚プログラムに弾かれていたな」
「ああ。 だが、今なら出来る筈だ」
召喚されたインドラジットは、多数の頭と腕を持つ、インド神話の神格らしい姿をしていた。
羅刹と夜叉、それにアスラ神族がインド神話における悪役だが。
その中でも羅刹最強を誇るインドラジットは、別に敗れた事に対する恨み事を口にするような事もなかった。
「ふむ、余を召喚するか。 余は羅刹の王子メーガナーダ。 通称インドラジット。 神々の王すらも下す余を従えた事を誇るが良い、強き戦士よ」
「あんたにそう言って貰えると光栄だ。 こっからはすげえ敵ばかりらしいからな。 頼りにしているぜインドラに勝利したもの」
「ああ、頼りにしてくれ。 いかなる敵とて斬り伏せ打ち破らん」
さて、次はスルトだ。
また船内に戻り、悪魔合体を始める。唯野仁成の方はどうするのかと聞かれたので、このまま行くと告げる。
アリスをはじめとする魔術による火力は充分。
近接戦はゼウスとイシュタルがいる。
いずれも劣らぬ凄まじい面子ばかりであり、更に皆の連携は充分に取れている状況である。
それだったら、もはや悪魔の刷新は必要ない。
これで充分。後は、悪魔達と一緒に、唯野仁成が強くなるだけである。
そうかと答えると、ヒメネスは続けてスルトの作成に取りかかる。
北欧神話を文字通り終わらせる終焉の魔王スルト。ムスペルという炎の巨人族の長としてしられている。
ムスペルヘイムと呼ばれる土地から来るその魔王スルトは、多くの神話と違って、世界を蹂躙することを成功させてしまう。そして全てを焼き払った後、何処ともなく消えていくのである。
そんな神格だから、実力も充分。特に火焔系の魔術に関しては、恐らく究極とも言えるものを撃てるはずだ。
此方も、悪魔合体につきあう。
実力は、充分と言う事で。ヒメネスはにやりと笑った。唯野仁成も、苦笑してその笑みを受け止める。
ただ、マッカが膨大にいるので。艦橋に連絡して、補完しているマッカを分けて貰う必要が生じた。
スルトを従えられるのなら、それで充分とも言える。
程なく、許可は下りた。
ロキとアバドンを使い。他にも多数の神格を合体させることで、スルトを作り出すが。やはり電力の消耗はとんでも無く、文字通り動力炉から根こそぎ電力を吸い上げかねない勢いだった。
他のクルーも今せっせと最終決戦に備えて悪魔を合成しているから、ブレーカーが落ちるのではないかと心配したが。
其所は真田さんが作った動力炉だ。
そんな無様を晒すことも無く、ちゃんと個別に電力を分けて、時間を掛けても悪魔合体を成功させるようにしてくれていた。
凄まじい電力を食い、周囲が光るほどのスパークが放たれる中。スルトが完成する。
外で呼び出すと。
スルトは、荒々しい衣服に身を包んだ、四角い顔の巨人として出現した。
手には巨大な炎の剣を持っている。
これこそ、かの有名なレーヴァテインだろう。
北欧神話でもっとも人気がある神の一柱であるフレイは、絶対勝利する剣というインチキ武器を持っていたのだが。ある理由から手放してしまった。そのため、北欧神話の最後の時ラグナロクでは、スルトと何故か鹿の角で戦う事になり。勿論手も足も出ずに叩き殺される事になる。
スルトは、燃え上がる剣を振るって、周囲を睥睨すると。
鼻を鳴らしていた。
「何とも軟弱な者達よな。 だが、余を呼び出したからには従うのが道理というものか」
「頼むぜ、世界の終焉をもたらせるほどのムスペルヘイムの王さんよ」
「……不遜だが面白い。 良いだろう。 この終焉の力を持って、そなたの剣となってやろうぞ。 余はスルト、ムスペルの王である。 心してその炎が全てを焼き払う様を見届けるが良い」
わははははと笑いながら、半裸の四角い顔の巨人はPCに消えていく。
周囲でも、かなり強力な悪魔が皆によって作り上げられている。
一方で、一緒に戦ってきた悪魔達と、最後まで行く覚悟を決めたクルーもいるようである。
アリスにずばり正論を指摘されていたアンソニーもその一人。
アンソニーは、ゴモリーという強力な堕天使を召喚することに成功していたが。
そのゴモリーから有り難い話を散々聞かされたらしく。色々な女性悪魔に目移りするのではなく。皆に丁寧に接するようになった結果。相手側からの対応も露骨に変わったと言うことだった。
ブレアはケルベロスとツイツイミトルを連れて最終決戦まで出向く様子だ。
驚いたことに、メイビーがマリアの召喚に成功していた。恐らくだが、実りの中にマリアのデータがあったのだろう。
寡黙に一礼だけするマリアと。凄いのを召喚してしまったと呆然としているメイビーの様子が対比的である。
メイビーはどうしようと視線で訴えかけていたが。
まあ、一神教徒に自慢しなければ良いだろうという話をすると。困惑しながらもそれで納得した様子だった。
いずれにしても、唯野仁成の用事は終わる。
二日ほどの休暇だ。休むタイミングは各自に任されている。
唯野仁成は、ベッドで寝る事にした。
出来れば、これから最も過酷な世界に挑む前に、疲れは全て取っておきたかった。
アレックスは、まだ当然唯野仁成を警戒しているだろう。一応監視はついてはいるが、既にアレックス自身は此方の味方として活動してくれるようだが。当然、すぐに素直になれるはずもない。
だったら、素直になってくれるまで待つ。
それが、唯野仁成がするべき事だ。
一眠りした後、状況を確認。物資の積み込みは完了。必要なものは、もうこれ以上は存在しないという。
寝ている間に、ライトニングを此方に運んできていた、ともいう。
ライトニングの残骸を、このシュバルツバースに置き去りにするのもまずいだろうという判断からだそうだ。
工場などは全て撤去。
そして、ライトニングを牽引してこのエリダヌスに到着。どうせ脱出の際にはバニシングポイントを使うのである。
中身がすっからかんの鉄船には、今総力で殺し合いをしている天使と鬼神達ではかまっている余裕もあるまい。
バニシングポイントの前に置いて、それっきりだという。
それで良いと思う。
世界でもっとも強欲で愚かな者達の墓標としては、それでかまわないだろう。どうせ動力炉も外されているし、もう何もできないのだから。
最後に、ノリスの様子を見に行く。
医療室は、もう仕事も一段落している様子で、カプセルで休んでいるクルーが散見されるくらいだった。
ノリスは奥で眠っている。
やはり、シュバルツバースから出る前に目覚めるのは無理だろうか。
ゾイが来たので、話を聞いておく。
ゾイは頷く。一応眠っている状況で、トラウマの除去を試みているらしいが、数年は掛かるだろうと答えがあった。
勿論それらの費用は国際再建機構で出す事になる。
まあ当たり前の話だ。戦闘での名誉の負傷なのである。唯野仁成が知る国際再建機構は、そういう組織だ。
必ず、この世界をどうにかして外に戻り。
貴方が目覚めるまでには、外の世界で二度とシュバルツバースが出現しないように処置をする。
そう誓うと、唯野仁成は呼ばれている事に気付いて、通信を受ける。
正太郎長官だった。
艦橋では無い。個室の一つである。
何だろうと思って、個室に出向く。営倉などに使う事を想定したらしい部屋だが、セキュリティも最高レベルである。
正太郎長官はもう高齢なのに、背筋も伸びていて、最終決戦に出向く勇者達の後見人としては申し分ない威厳だ。
座るように言われたので、そうする。向かい合って座ると。正太郎長官は言う。
「先に話をしておく。 国際再建機構は、次代のリーダーを探していた。 勿論分かっていると思うが、次のリーダーはゴア隊長に頼むつもりだ。 彼なら必ずや国際再建機構の理念を保ったまま、今後真田君が策定する計画に沿って、地球人類を宇宙に進出させてくれるだろう」
「はい。 俺もそう思います」
「うむ。 そしてゴア隊長の次のリーダーは、君に内定した」
「!」
正太郎長官は破顔する。
これは、既に国際再建機構の本部とも話をして、随分前から決めている事だという。
ヒメネスはトップには向かない。
彼には今後も、最前線での仕事をストーム1やケンシロウと一緒にして貰う。
今の時代悪人がのさばっているのは、悪人を裁く法システムが未完成の上に上手く行っていないからだ。
アルカポネの時代から、推定無罪の原理は理想論に過ぎず、悪人の良いように使われるものでしかなかった。
現在でもそれは変わっていない。だが、テロリストや麻薬密売組織に対しては、現在ストーム1が圧倒的抑止力として君臨しているのも事実。
それによって途上国での犯罪組織は、著しく数を減らしている。
「残念ながら、人間は法で制御出来る生物では現状ではないし、今後も当面は厳しいだろう。 そこで君をトップに、前線で悪を倒すための存在が必要になってくる。 古くはヒーローと呼ばれた概念でもあるが……」
「分かりました。 俺は必ずや、アレックスが来た未来の俺にはならないと誓います」
「……頼むぞ」
それだけで、話は終わった。
淡々と、だが確実に皆の司令官を務めてくれたゴア隊長。それは次世代の長がゴア隊長になるのは当然だ。
その後は、唯野仁成の時代か。
ただ、正太郎長官も、真田さんも当面は引退できまい。
シュバルツバースを出た後、すぐにその人事が発行されるというわけでは無さそうだ。
外に出ると、アレックスにばったり出会う。アレックスはサクナヒメと歩いていたが、むっとした様子で足を止めた。
正太郎長官も出ていったのを見ただろう。
何をしていたのかと、刺すような視線が告げている。
正直に内容を話すが。アレックスは、あまりいい顔はしなかった。
「アレックスよ。 この唯野仁成は、そなたが知っている悪鬼とは違う。 忘れるでないぞ」
「分かっているわよ武神サクナヒメ」
「姫様とよべ」
「……」
やりづらそうである。まあ、サクナヒメは今やクルー達には姫様と呼ばれている。一神教徒も、サクナヒメを武神と呼ぶのは流石に色々やりづらいというのもあるのだろう。だが、姫様と呼ぶのであれば、一神教の教義に外れる事もない。
偶像崇拝の概念を否定しているのに、偶像崇拝の権化となった神の子やマリアを例に出すまでも無い。
基本的に宗教というものは、わかり安い方が正義だ。
それを考えると、姫様と呼んで武神である事を誤魔化す事は、それはそれとしてありなのだろう。
まさかデーモン呼ばわりする訳にもいかないのだから。
「ホロロジウムについてはほぼブラックボックス化されていて分からない事だらけらしいのだが、それでも一部、気温や気圧などについてのデータだけはアレックスが提供してくれたデータにあったそうだ。 今、真田がそれに沿ってデモニカを最終調整してくれておる。 ホロロジウムで戦う時は、スムーズにやれるだろうよ」
「有難うアレックス」
「……ええ」
ついと視線を背けると、アレックスは先に行く。サクナヒメは視線だけ送ると、頷いてついていった。
唯野仁成は気付いていた。
アレックスの動作の細かい所が、妹そっくりであることを。
血統主義は唾棄すべき愚論だが。こう言う細かい所に遺伝は出る。
そして、大叔父である以上。
これ以上、アレックスに血涙を流させるわけにもいかない。唯野仁成は、そう決意を固めていた。