そこは世界の始まりを摸した場所でした。
もう恐らくだが、このホロロジウムには信仰が失われてしまったような、古代の神格しか存在しないのだろう。
或いは、外から迷い込んだ悪魔達か。
元からいる悪魔は、嘆きの胎の深層にいた古代の悪魔を思わせる、意味不明な姿をしていたし。
外から迷い込んだ連中は、冷や汗を流して潜んでいる場合が多かった。
シュバルツバースに外から来た悪魔の大半は、恐らくだがエリダヌスで、秩序と混沌の決戦に参加しているのだろう。
それも、今はどうでもいい。
崖のような地形が拡がっている。その先があるかどうか、ドローンが見にいっている状況だ。
その間にベースキャンプを構築すべく、周囲の悪魔を駆逐する。
大きな人型の溶岩のような悪魔だ。見ると、地霊ムスペルとある。なるほど、あれがスルトの配下達か。
サクナヒメが一瞬で間合いを詰めると、斬り伏せるが。
流石に世界を滅ぼす巨人の眷属。それでも死なない。
だが、気迫と共にアリスとアナーヒターがぶっ放した冷気の魔術が、ムスペルの足を氷漬けにして、打ち砕き。
倒れたところを、アレックスが突貫。
首を刎ね飛ばしていた。
だが、ムスペルが次々に来る。この溶岩の世界、ムスペルにとってはとても都合が良いのかも知れない。
世界の終末について記載している神話は幾つもある。有名なのは北欧神話だが、キリスト教でもそうだ。
特に北欧神話の場合、悪魔的存在によって主神オーディンをはじめとする大半の神々が殺され。スルトは世界を焼き尽くしてしまう。生き残ったわずかな神々と人間が新しい世界を作る為にまた歩き出すが。いずれにしてもスルトとムスペルは神々を倒し、世界を焼き払ってしまうのである。
インド神話にも、神を屈服させた悪魔は多数出てくるが。
文字通り滅ぼしてしまう存在は、インド神話には存在しない。他の神話にもあまり例がないようだ。
だからか、ムスペルは兎に角強い。
唯野仁成が、十体目のムスペルに、至近距離からライサンダーZを叩き込む。顔面に神をも殺す光の槍の一撃を叩き込まれたムスペルは、流石に蹈鞴を踏んで下がるが。そこに、一気に距離を詰めたゼウスがアダマスの鎌を叩き込む。
唐竹になったムスペルが消えていく。
呼吸を整えながら、周囲の膨大なマッカを後から来た調査班に任せる。サクナヒメは、単独で六体のムスペルを倒していた。唯野仁成とアレックス、他の機動班が合計して十体。流石である。
「私と最初に戦った時は、本当に力が戻っていなかったのね」
「何しろ異国のことだからな。 信仰も受けていなければ、体も馴染んでおらぬで仕方がない」
「……ジョージ、周囲の分析を」
「バディ、現時点では敵対的勢力の姿はない。 探索を進めるべきだろう」
アレックスのデモニカの性能は、大半の部分で今唯野仁成が使っているものよりも上だが。
真田さんが組み込んだ機能に関しては、アレックスのデモニカは共有できていない。
ただ、戦闘経験値の並列蓄積の機能については、真田さんが組み込んでくれた。
だからアレックスは、加速度的に自分が強くなっているのを確認している様子だ。
「此方ヒメネス。 俺の方は崖に出ちまった。 一旦戻るぜ」
「了解。 ストーム1はどうしている?」
「すげーぜライサンダーZF。 殆どの悪魔を一撃確殺してる。 俺もいずれ持ちたいぜ」
「そうだな」
通信を入れてきたヒメネスに応じると。アーサーが指示してきた方に向かう。
どうやらドローンの探査によると、細い道の先にまだいける空間があるらしい。ただ、安定して移動するためには工事をした方が良いだろうと言う結論にも至った。
まずサクナヒメがぽんと狭い通路の先に跳ぶ。
唯野仁成は、それに続くと。仲魔達を展開して、中間の空中で敵の攻撃に備えさせる。そしてアレックスは、インドラを召喚。戦車に他の機動班クルーを乗せ、此方へと渡って来た。
周囲には、また悪魔の気配がある。
アーサーが、これからヒメネスの班を護衛にして、調査班を派遣してくれる。調査班が装甲車で牽引してくれる物資を使って、橋を架けるためだ。その橋が架かるまでに、この辺りの悪魔を駆逐してしまう。
また、ムスペルがわらわらと現れる。さっきは合計十六体だったが、退路がない場所に来たことを察知したのか、一転して攻勢に出る気になった様子だ。
まあどうでもいい。片っ端から叩き潰すだけだ。
アレックスも仲魔を召喚する。
パラスアテナ、ダゴン、インドラ、ランダ。それにシャイターンとアモン。アモンはフクロウの頭と巨大な蛇体を持つ悪魔で、エジプト神話の最高神を務めたこともある大物だ。今の姿は、一神教で悪魔として貶められた姿の要素も含んでいるようだが。
すぐに総力でムスペルの群れを迎撃にかかる。
アリスが叫んだ。
「ヒトナリおじさん! 上、上!」
「!」
「何だ、大きな鳥だな」
「妖鳥フレスベルグ……これまた北欧神話の終焉に逸話がある巨鳥のようですね」
そのフレスベルグが数十体。
まあいい。兎も角、片端から蹴散らしていくだけだ。
ゼウスが高笑いしながら前に出て、ケラウノスをフルパワーでぶっ放す。一瞬で黒焦げになるフレスベルグもいるが、流石に此処にいる悪魔達は簡単には倒れない。ムスペルは大半が耐え抜いて見せた。
突貫するサクナヒメを囲もうとするムスペルを、機動班のクルーが片っ端から射すくめ。アレックスもサクナヒメに続いて突貫する。
良い動きだ。
唯野仁成も負けてはいられない。ライサンダーZで支援し、サクナヒメが弱らせたムスペルを仕留めながら、仲魔に指示をして暴れ回らせる。
苛烈な戦いが続くが、程なくして信じられない距離からの支援狙撃が来て。丁度唯野仁成の至近に迫っていたムスペルの頭が消し飛んでいた。
恐らくはストーム1による超々遠距離からの狙撃だ。揺れるヘリから4キロ以上先のテロリスト達を片っ端から射すくめ、一発も外さずに全滅させたというとんでもない記録を持つ人だ。走りながら狙撃を成功させることくらい朝飯前なのだろう。
唯野仁成も剣を抜くと、今の一体の影からぬっと現れたムスペルの首を、一薙ぎに斬り飛ばす。
喉から大量の鮮血を噴き出しながら、ムスペルが横倒しになる。
アレックスが、フレスベルグの爪に掛かりそうになっていたが。シャイターンがフレスベルグの顔面に雷撃の魔術を叩き込み、一瞬の注意をそらす。
フレスベルグの翼を唯野仁成が撃ち抜くのと、アレックスがフレスベルグの両足を光の剣で両断したのはほぼ同時。
ふんと、鼻を鳴らして乱戦に戻るアレックス。
別にそれで良い。敵意を持たれているのは当然。自主的に唯野仁成と同じチームに加わってくれただけで充分だ。
ストーム1からの支援狙撃。また一発でヘッドショットを決める。
戦闘中のクルーから感嘆の声が上がる。
「相変わらず化け物としか思えない狙撃だな」
「ああ、相手が怪物級の悪魔ばかりでも、これなら勝てるぞ!」
戦意が高揚する中、敵の数が減っていく。敵は逃げようというそぶりもない。ただその場で人間を殺し尽くす事だけが目的のように、ひたすら殺しに来る。
やがてヒメネスのものらしい狙撃も届くようになると、戦況は決した。
最後のムスペルを姫様の剣が一刀両断にし。続けて躍りかかってきたフレスベルグを羽衣で拘束。
逃れようとするところを、アレックスが大上段から叩き斬った。
クルーには負傷者が出ているが。最前線を預かるこのチームにはメイビーが加わっている。すぐに回復魔術を得意とする悪魔達を召喚し、皆の治療を開始。更にポリマーによるデモニカの応急処置も始めた。
メイビー自身も、渡されているライサンダーFを使えるようになってきている。アサルトの集弾率も高い。
戦闘中、キルスコアも稼いでいた。もう、アントリアで悪魔にさらわれて、震え上がっていた頃の姿はない。
既にメイビーは、戦士としても充分にやっていける。戦える医者だ。
程なくして、ストーム1とヒメネスのチームが、調査班と装甲車を連れて到着。架橋工事を開始する。
工事はしばらく掛かる。その間に、確保した安全圏をドローンが調査して、周囲を調べていく。
この辺りはアーサーの指示が的確で、信用できる。
「この世界では、空間の歪みはほぼ存在しない様子です。 ただひたすらに、深部へと降る地形が続いているようですね」
「? どういうことだ?」
「簡単だ……メムアレフには身を守るつもりがない。 正確にはその必要がない」
アーサーの言葉に疑問を呈したクルーに、ケンシロウが答える。
ケンシロウは単独行動で彼方此方をふらつきながら悪魔を屠っている様子だが。この世界でも、その圧倒的な戦力は充分に通用している様子だ。
そして、そんなケンシロウの言葉である。
意図を理解したクルーは、絶句し、震え上がったようだった。
「アレックスよ、わしについてこい。 周囲にまだ少しいる悪魔を狩る」
「分かったわ」
姫様に促されて、アレックスが立ち上がる。
或いは何か思うところがあるのか、サクナヒメは積極的にアレックスに声を掛けている。
唯野仁成は居残りで、狭い通路が安心して通れる橋に変わっていくのを見ていく。豪快な架橋工事で、あと二時間も掛からず終わるだろう。その間に、此処を守りきれば、一気に先が楽になる。
アレックスは、デモニカの通信網には参加してくれてはいるが。基本的に会話には加わろうとしない。
この辺りは、やはりまだまだ時間が掛かるだろう。
「危ないぞ! 少し距離を取ってくれ!」
「よし。 これくらいでいいか!」
「問題ない!」
装甲車のアタッチメントを使って、豪快に架橋工事を行っている向こう岸のチーム。程なく、橋が架かった。
調査班がすぐに来て、橋頭堡となる野戦陣地と休憩地点を作り始める。丁度戻って来たサクナヒメとアレックスと合流。
機動班クルーを入れ替え、更に深部を目指す。
まだまだ先に行く。
この地点を一旦のランドマークポイントとして、周囲に探索の手を伸ばすようだ。ライサンダーZは弾の補給がいらないので、継戦力も伸ばせる。また、唯野仁成の手持ち悪魔は、まだまだ戦闘出来る。
唯野仁成の体力自体も問題ない。今のうちに、距離を稼いでおかなければならない。
ホロロジウムを進みながら悟るのは、アーサーが言った事は概ね間違っていない、と言う事だ。
此処は太古の地球のような光景が広がっているが、構造そのものはそれほど無茶苦茶では無く、空間もほぼ歪んでいない。
ケンシロウが指摘したとおり、最後の大母メムアレフは、そもそも身を守る必要などないのだろう。
だからこんな開けっぴろげな空間で、手下達を侍らして寝ている。
そういう事だ。
サクナヒメが崖下を覗き込んでいる。片膝を突いて、じっと見ている。恐らくドローンの望遠レンズより先まで見る事が出来るのだろう。唯野仁成は、側でライサンダーを構えて護衛。
不安そうなクルー達は、むしろ側で周囲を見回しているアレックスに警戒している様子だが。
それはどちらも責められない。
「ふむ。 この崖下は外れよな。 この下は本物の奈落と見て良さそうだ」
「途中には何も無いと」
「このホロロジウムという世界の果てであろうよ。 そうなると、途中の分岐が正解と見て良さそうだ」
サクナヒメが戻るぞと声を掛けると、皆すぐに背筋を伸ばすので面白い。
激しい戦いを続けているが、サクナヒメとアレックス、唯野仁成はまだまだ余裕がある。
各地で戦闘が行われていて。ケンシロウとライドウ氏は支援で彼方此方に走り回っている様子だ。
最初はふらふらしていたケンシロウだが、今回はその余裕も無い様子であり。如何に此処に強い悪魔が多いかの証明になっている。
二つ目の拠点が出来たところだが、まだ休む事は出来なさそうだ。
黙々と戻りながら、周囲の調査を開始する。何だかよく分からない姿の巨人が姿を見せる。
そして、雄叫びを上げて吠え猛った。
格好からして、アフリカの古代信仰に出てくる神格か。いずれにしても、とんでもなく獰猛なのは一目で分かる。
此奴を仕留めたら戻るか。
そう思いながら、唯野仁成は、突貫する姫様をライサンダーZの射撃で支援する。このライサンダーZ、悪魔が使う魔術を研究し尽くしているらしく、狙撃武器を反射する悪魔も普通に貫く。
カリーナの頃から、射撃を無効化されるケースがあることを調査で知った真田さんが、魔術を研究して貫通する技術を編み出してくれたのだ。
流石に目を貫かれると、浅黒い肌の巨人は呻きながら一瞬動きを止め、更に袈裟懸けにサクナヒメに斬り伏せられる。
だが、それでも倒れる事はなく、太く強靭な腕を振るってサクナヒメを弾きに掛かるが。その打撃は羽衣で受け止められた。まさか受け止められるとは思っていなかったのだろう。巨人は呆然とする。挙げ句羽衣と連携しての投げ技を食らい、ぐるんと一回りして、地面に倒れた。
巨人の脳天にアレックスが光の剣を突き立て、更に背中から尻に掛けて走りながら切り裂く。
サクナヒメと息を合わせて、左右に跳躍。
クルー達が熱狂的に射撃を浴びせ、悪魔達が魔術を叩きこんで巨人の動きを拘束している中。
左右から巨人の首に剣を突き立て。サクナヒメは右に、唯野仁成は左に。剣を抉り抜いていた。
巨人の首が。恐らく衝撃波によってだろう。一回転したあとすっ飛んで外れる。
無念そうにぱくぱくと口を開閉していた巨人だが。やがて膨大なマッカになって消滅していった。
呼吸をアレックスが整えているのが見える。
同時に、ヒメネスとストーム1が到着。それを見ると、サクナヒメはアレックスに声を掛けていた。
「戻るぞ、アレックス」
「まだいけるわ!」
「わしの戦歴はそなたの比では無い。 そろそろ他のクルー達の消耗も溜まっておるし、ここらが一旦の引き時じゃ」
「そうだぜアレックス。 後は任せな。 この辺りの悪魔は、俺とストーム1の旦那が全部潰しておくぜ」
ヒメネスの言葉が心強い。
頷くと、唯野仁成はヒメネスとハイタッチをして、この場を任せる。ちょっと茶目っ気のある行動だったか。
先の巨人は何だったのか、戻りながら調べる。
アフリカのある民族の神話に登場する存在で。その民族は人食い巨人との戦いに敗れて、殆どが食われてしまったという神話を持っているという。
多分さっきの巨人は、その人食いなのだろう。
アフリカでは、凄惨な人肉食の歴史がある。カニバリズムについては東南アジアや中華圏、更にはロシアなどでも記録が残っているが、アフリカもしかり。
人間の闇の歴史として人肉食はどうしても記録に残る。
あの巨人は、恐らくだが。そんなおぞましきカニバリズムが神話化しただろう存在であることは、容易に想像が出来る。
だが、仕留めた。そして勿論後世に残してはならない。
「随分と余裕があるのね唯野仁成。 仲間への信頼が篤いようで何よりだわ」
「そうだな。 事実この世界では俺は最強でも何でも無い。 俺より強いスペシャル達がいて、やっと此処まで来る事が出来た状態だ。 君の来た未来では、俺は全てを一人でこなしていたのかも知れないが、此処では違う。 だから、逆に精神的な余裕もあるのだろう」
素直にそう認めるのを聞いて、アレックスは無言になる。
そしてもういいだろうと思ったのか、インドラを召喚。戦車に乗るように、他のクルー達にも促した。
この戦車は実に便利だ。インドラジットに奪われたという話があるが、そのインドラジットも愛用していて、ラーマーヤナでは何度も破壊されたという話がある。空を高速で駆け回るチャリオット。確かに便利極まりない。
開拓した道は、途中にセントリーガンなどの自動防衛装置を調査班が設置しているので、問題は無い。
この空間で最後という事もあり、今までプラントで生産した物資を出し惜しみなく使っているのだろう。
それでいいと思う。
まあ、メムアレフを倒した後、時間があれば回収するくらいに考えておけばいい。
方舟に到着。アーサーが通信で迎えてくれた。
「先発隊としての活動お疲れ様です。 各自指示に従い、休憩してください」
「アーサーよ。 わしはおにぎりを食べたいが、かまわぬな」
「姫様は自分では解析しきれませんので、どうぞご自由に」
「うむ、では好きにさせて貰う」
呆れたようにすたすた田んぼのあるビオトープに向かうサクナヒメの背中を見ていたアレックスだが。
ただ、サクナヒメの作る米天穂と、それからつくったおにぎりが絶品であり。殆ど加工食品しか食べられないこの深淵の土地で食べられる天然物の食糧だともう知っているのだろう。
丸一日以上眠った後、サクナヒメにおにぎりを貰っただろう事は容易に想像が出来るから。あまり反感を持てないだろう不満そうな目が見て取れた。
「アイスでも食べるか?」
「いいえ。 「疲れている」から寝るわ」
「唯野仁成、気を遣ってくれて助かる。 少ない休憩時間だ。 もしも睡眠に余裕があるようなら、娯楽にも時間を使う」
「そうか。 ジョージ、アレックスを誰よりも気遣ってくれて有難う」
心からの言葉だ。
まだ子供もいない身だが、殆ど孫みたいな相手が可愛くない筈も無い。アレックスは答えてはくれなかったが。いずれ答えてくれれば良い。
自室で軽く仮眠を取った後、休憩室に出向く。
真田さんが作ったのか、チェンとアーヴィンが作ったのかは分からないが、新しいものが出ていた。
キャンディを作る装置だ。
飴は糖分補給には重要な食べ物だから、必要だと判断したのかも知れない。
いわゆるポップキャンディも選ぶ事が出来るが。まあ丸い普通の飴が無難だろう。なお包み紙はそばのゴミ箱に捨てるように書かれている。当然再利用するのだろう。
味は二十種類以上もあって、サイダー味を選ぶ。
昔はこの謎の味の食べ物がたくさんあった。子供の頃は、少ない小遣いをやりくりして、妹に苺味の飴を買ってやっていたっけ。崩壊家庭の出だったが、幸い近所の住民から児相に相談が行ったらしく。
あまり裕福では無かったが、唯野仁成も妹にお小遣いを割いてお菓子を買ってやるくらいの精神的余裕はあった。
アリスがぽんと出てくる。
「何それ、美味しいの?」
「見た事がないのか?」
「飴と言う事は分かるんだけれど、ソフトキャンディ?」
「ああ、ソフトキャンディも作れるな。 ほしいか?」
こくこく頷くアリス。やはり昔の妹と接するのと同じだ。
ソフトキャンディは偉大な発明だと思う。飴とガムのいいとこ取りである。更に美味しい。歯にはあまり優しくないし、ちょっとコストが嵩むが。
勿論この装置はソフトキャンディも作れる。事前に試してみるが、味はやはり本物と遜色なかった。
すぐに試して渡す。
アリスは笑顔で食べている。ここのところ、厳しい戦いばかりだったから、笑顔を浮かべているのは見ていて嬉しい。
この子は人間の理屈では動いていないし、お気に入りの相手にしか従わない。残酷だし、倫理観念なんてない。
だけれども、こういう所だけはきちんと人間と同じで。それは、唯野仁成も嬉しかった。
やがて、休憩時間が終了する。
既に体調の回復は終わっている。物資搬入口に。アレックスは風呂まで済ませてきた様子で、充分にさっぱりしていた。
やっぱり風呂は体力回復にいいものだ。それにアレックスはこの間の風呂が三年ぶりだったという話だ。
それは、風呂には入れるのなら、入っておきたいだろう。
サクナヒメが最後に来た。それと同時に、アーサーがどう行けば良いのか、指示を出してくる。
やはり先の崖は行き止まりで、周囲を調べたところ、横穴から更に深部に進む事が出来るらしい。
現在、調査班がまた装甲車のアタッチメントを使って、ショートカットのエレベーターを作る事を計画しているようだが。さて上手く行くかどうか。
すぐに出撃する。アーサーの指定した地点まで、インドラの戦車でひとっ飛びでいけるのが嬉しい所だ。
ヒメネス達が交代で戻り、代わりにライドウ氏が来る。
サクナヒメと唯野仁成の混成班が、ライドウ氏に中間拠点を任せて、先に指定があった横穴から深部へ。
多数の悪魔の気配がある。
そして、その先に。
そうか、そうなったのか。ならば、ゼレーニンを呼ぶ必要があるだろう。決着を、つけさせてやらねばなるまい。
すぐに通信して、ゼレーニンに連絡を入れる。ゼレーニンは話を聞くと、すぐに行くと言ってくれた。
「アレックス、嫌かも知れないが、ゼレーニンを連れて往復して貰えるか。 此処の見張りは俺と姫様でやっておく」
「ゼレーニンを? どうして」
「この先にマンセマットがいる。 ゼレーニンは、あのペ天使に騙されて幾つかの未来では破壊者になった。 この世界では皆に支えられて、ペ天使の誘惑をはねのけることが出来たが、今も心にやんでいる。 だから、決着をつけさせてやりたい」
「……分かったわ」
アレックスが行く。信用して良いのかと、他のクルーが困惑して言うが。唯野仁成は無言で頷いていた。
信用して良いのだと。
もうアレックスは、唯野仁成を信用しきれていないとしても、殺すべき相手だとは思っていない。
ヒメネスもゼレーニンも同じだ。
ならば、此方からどんどん信用していくべきである。そうしなければいけない。それに、元々あの子が彼処まで酷い状態になったのは未来の別世界の唯野仁成が原因なのだ。なじめるように、切っ掛けだって作らなければならない。
「大丈夫。 あの子はもう身内だ。 誰一人欠けず。 勿論あの子も欠けず。 シュバルツバースを踏破するぞ」
「……圧倒的な実績があるお前だから信じるさ。 しかし、皮肉な話だな」
そのクルーは何度かアレックスとの戦闘に巻き込まれかけて、死ぬ思いをしたとぼやいていた。
ならば、その気持ちだって分かる。
だから、唯野仁成がフォローを入れなければならない。
それくらいは、安いことだった。