溶岩を、文字通り凍らせる。アナーヒターが中心となった悪魔達が、邪魔な溶岩を強引にそうやって処理した。
其所へ、装甲車にアタッチメントをつけた車両が進み出て、工事を進めていく。
それほど構造は複雑では無いが、地形が兎に角厄介だ。溶岩の滝や河。それに切り立ったような崖。
何よりも迎え撃ってくる大量の悪魔の軍勢。
十日で本当に此処を突破出来るのか。それは不安だったが、アーサーによる通信が入る。
重力子による通信によって確認した所、恐らく此処では外の三倍ほどの速度で時間が流れている。
つまり猶予は一月。
まだ、恐らくは大丈夫と言う事だ。
こんな場所で焦ったら、それこそ致命傷程度では済まない。とにかく注意をしながら、先へと進む。
不意に、洞窟に出た。マーヤーのいたグルースほど無茶苦茶では無いが、時々空間の歪みがある。
此処は事前に調査していたドローンが確認済みの空間の歪み。中に入ると、広い広い空間が存在していて。
丁度おあつらえ向きに、巨大な悪魔が暴れられそうな空間になっていた。
周囲に生えているのは光コケか。
いや、そんなもの、この環境下で生じるはずがない。多分だが、あくまでそれっぽいものに過ぎないだろう、
面白い話だが、デルファイナスでゴミ山に接したとき。環境が酷すぎて、ゴミには細菌もついていなかったという話だ。
何でも世の中には、数百℃に耐える古細菌が存在しているらしいが。そういうものは、わざわざシュバルツバースに住まないだろう。
サクナヒメが目を細める。
何かいる、と言う事だ。増援を呼んだ方が良いかも知れないが、現時点ではすぐに来られる遊撃戦力はない。
というよりも、アーサーの指示でこの広い空間を皆必死に走り回っている状況だ。すぐに支援を得るのは難しいだろう。
「唯野仁成よ。 分かっておるな」
「はい。 いますね」
「総員、戦に備えよ!」
「イエッサ!」
機動班達が、サクナヒメの号令に悪魔達を展開する。唯野仁成も、悪魔達を一斉に出した。
さて、どこから来る。少なくとも周囲に姿は見受けられないが。間違いなく存在していると判断して良いだろう。
それは、洞窟の奥から、静かに現れた。
白馬に乗った、インド神話の神格らしい半裸の青年だ。若々しいが、全身は筋肉質で、当然肌は浅黒い。強さがびりびりと伝わってくる。これは、正直な話、相当な実力者だと見て良いだろう。
他の機動班クルーも、腰が引けているのが分かる。
そんな中、サクナヒメが前に出る。やはり、姫様は、やるべき事を全て理解している。少なくとも戦場では、だ。
古い時代、日本では戦場で名乗りを上げる文化があった。世界的にはあまり類を見ないものだが。
あれはひょっとすると、戦闘状態に自分を切り替えるための、一種の儀式であったのかも知れない。
「我が名はサクナヒメ。 ヤナトの武神にして豊穣神である。 名のある神と見受けたが、名乗れ」
「名乗られたのであれば、名乗り返さねば不作法であろうな。 俺の名はカルキ。 維持神ヴィシュヌの化身にして、世界の終焉にて全てを浄化するもの」
すぐに調べる。そしてすぐに結果が出た。
インド神話における三大神の一角、維持神ヴィシュヌの化身の一つ。ヒンドゥー教ではもっとも人気があるヴィシュヌだが、その人気の理由は快刀乱麻に様々な化身を使って世界の問題を解決していく事にある。
その中には、以前交戦したマハーバリを倒した逸話もあり。とにかく全体的にインチキに対してとんちで対抗するような戦い方を得意とするのがヴィシュヌという神格の特徴である。
だが、その中で異彩を放っているのがカルキだ。
カルキは維持神であるヴィシュヌの中では、珍しい破壊神としての神格。世界の終焉にて、全てを焼き滅ぼすシヴァのような存在だ。
カルキが右手を挙げると、大量の何かが出現する。
猿に似ているが、何だろう。少なくとも、武器や鎧を身につけているようだし。何よりも知性が感じられるが。
ただ、人間よりかなり小柄に感じる。
「彼らはヴァナラ。 勇敢にて好奇心旺盛な、神々の友だ。 熊や猿に似ているとも言われるが、まあそういう存在だ」
「恐らくインドに過去に存在した部族を神格化したものか」
唯野仁成が聞き返すと、カルキは嫌がる様子も無く答える。
カルキは破壊神ではあるが、意外にも話そのものは通じる様子だ。
「人間という存在の観点からすればそうなるのだろうな。 いずれにしても彼らヴァナラは、偉大なる猿王ハヌマーンを輩出し、俺と同じヴィシュヌの化身ラーマーに仕えた忠実なる戦士だ。 手強いぞ」
「そのようだな。 残念ながら手加減をする余裕は無さそうだ。 皆、気を抜くで無いぞ!」
サクナヒメが気合いを入れる。
同時に、カルキが手を前に突き出す。ヴァナラと呼ばれた小柄な戦士達が、一斉に躍りかかってきた。
悪魔を総出に迎え撃つ。
だが、はっきりいって強い。強い上に、数が多い。ぶつかり合った精鋭悪魔達と、ヴァナラは互角に戦っている。ただ、それには次から次へと現れると言う事が大きい。
そういえば、思い出した。
あのインドラジットの逸話に、猿軍と戦ったというものがある。
右に左にヴァナラを蹴散らしながら、その逸話を思い出す。
インドラジットは幾つもの戦いで恐ろしい戦果を上げたが。透明になって膨大な矢を射掛けるという攻撃で、67億にも達する猿軍を討ち取ったという伝承が残っているのだとか。
まあいくら何でも誇張が過ぎると思うが、ともかく。インドラジットを相手にも、逃げ出すこと無く戦う勇敢な種族である事は間違いない。
とにかく圧倒的な数と、決して低くない質で攻めてくる相手か。
これは少しばかり厄介だが。サクナヒメが、一瞬にして戦況を変える。
地面を擦りながら切り上げると。さながら無数の水滴が踊るようにして、大量の斬撃が空中を文字通り蹂躙して回る。
ヴァナラの群れが、文字通り消し飛んでいた。
勿論増援が次から次へと現れるが、その時サクナヒメは既にカルキに打ち込んでいる。カルキは激しい剣撃を受け止めているが、勿論。当然のように、サクナヒメが押し込んで行っている。
「ほう、流石に名乗りまで上げる事はある! 俺があった中でも、化身の主であるヴィシュヌを超えるかも知れない使い手だ!」
「褒め言葉は良いが、余裕はあるのかな?」
羽衣を使って空中起動すると、カルキを白馬からけり跳ばすサクナヒメ。
壁に叩き付けられて、クレーターを作るカルキ。
だが、ヴァナラが一斉に襲いかかり、サクナヒメも流石に飛び下がる。恐らくだが、カルキを倒さない限りヴァナラは幾らでも出てくるだろう。或いは最終的には打ち止めがあるかもしれないが。
もしも神話の伝承がある程度忠実に再現されるとなると、数百億という数がいてもおかしくないのである。
そんな増援、捌ききれる筈が無い。
ならば、やる事は一つだ。面制圧して、サクナヒメがカルキを討ち取りやすいようにお膳立てをするしかない。
アリスを下がらせて、面制圧の準備に掛からせようとするが、穴を即座にヴァナラが埋めてくる。
恐ろしい程戦い慣れている連中だ。恐らくラーマーヤナにおける描写が反映されているのだろう。
殆どスクラム状態になっていて、前線はもみくちゃ。悪魔の群れが突破されれば、当然機動班クルーもこの乱戦に巻き込まれる。死者も出るだろう。出来るだけ急がなければならない。
ゼウスもケラウノスをぶっ放す余裕が無く、アダマスの鎌で寄ってくるヴァナラを斬り伏せるしかない状態だ。アナーヒターもイシュタルも状況は殆ど同じ。他の機動班クルーの悪魔にも、余裕があるものはいない。
だったら。唯野仁成自身が、道を開くしか無い。
戦闘経験を蓄積しているこのデモニカだ。今なら出来ると信じる。
瞬歩。
ヴァナラ達のど真ん中に出る。そして、気迫と共に、周囲のヴァナラを、手刀でまとめて切り裂いていた。
南斗水鳥拳と言ったか。ケンシロウの使っている、手刀で敵をスパスパ切り裂く技だ。
元々南斗聖拳という北斗神拳とは違う拳法の一派による技らしいのだが。ケンシロウは見た技をコピーできるらしく。なおかつ親友の技だと言う事で、この技を使って敵を切り裂く事が多い。
ケンシロウも勿論デモニカを使っているので。北斗神拳や瞬歩についで使う事が多いこの技は、デモニカの支援を使って唯野仁成も覚える事が出来た。現時点で北斗神拳は難しすぎて無理だが、南斗水鳥拳を低い熟練度で使う事は出来るようになっている。
だが実戦で、しかもこんな乱戦での使用は初めてだし、しかもケンシロウには及ぶべくもない練度だ。
ただ、ヴァナラの度肝さえ抜ければ良い。
一瞬の隙を突いて、瞬歩でまた戻る。
その隙を上手に使ったゼウスが、ケラウノスで広場にいるヴァナラをカルキの白馬もろとも一掃。勿論即座に増援が湧いてくるが、更に時間差でアリスが火焔の極大魔術をぶっ放し、連続でヴァナラを薙ぎ払う。
その隙をサクナヒメは見逃さない。
剣を鞘に収める。
カルキは立ち上がると、馬を指笛で呼ぶ。ケラウノスで消し飛ばされた白馬だったが、何度でも呼び直せるのだろう。その馬が、竿立ちになって腰を落とし剣を鞘に納め低い体勢になったサクナヒメを踏みつぶそうとしたが。
流石に東洋の剣術に知識がないことが、徒になった。
それでも、反応をしたのは流石と言うべきか。
サクナヒメがかき消える。白馬の蹄の破壊力は、地面を抉るほどだったが。勿論抉ったのは残像だ。ヴァナラの群れごと、まとめて移動しつつの超高速居合いがカルキを切り裂く。
横一文字に切り裂かれたカルキは流石に絶句して数歩下がったが。今の一撃を、手にした剣である程度緩和していた。
それは凄いが、其所止まりだ。初見で反応できるのは流石だが、それ以上は無理である。
居合いの本命は、二太刀目なのだ。
カルキが振り返るところに、跳躍したサクナヒメが。数多の敵を打ち破ってきた光の剣をもう大上段に振りかぶっていた。
勿論防ぎに掛かるカルキだが、その剣による守りごと、サクナヒメはカルキをたたき割っていた。
見事。そう呟きながら、カルキは消えていく。ヴァナラもそれを見届けると。礼をしながら、光になって消えていった。
恐らくは、ヴァナラ達はカルキの能力に寄って産み出されていたのだろう。このホロロジウムに軍勢として存在していた訳ではなさそうだ。
呼吸を整えながら、皆の様子を確認。
やはり相当に手傷を受けている者が多い。悪魔の消耗も悲惨だ。この状態で戦うのはこのましくない。
「唯野仁成よ」
「分かっています」
部屋の奥。また、あの空中に浮かんだ卵が存在している。宇宙卵とやらで間違いはないだろう。
これで、二つ目だ。
回収して、パックに入れる。本来ならゼレーニンなどの調査班が扱うのが好ましいのだろうが。今回は遭遇戦で超大物に当たって、その結果として宇宙卵を手に入れた事になる。やむを得ないだろう。
また、カルキの情報集積体も見つけたので、回収しておく。これもきっと役に立つはずだ。
撤収を指示して、その場から戻る。少し戻れば、味方が駐屯している拠点に出る。
アーサーの指示に従って、進む。殿軍はサクナヒメが守ってくれたので、唯野仁成は先頭に出た。
周囲を警戒する。皆疲れきっているが、それでもどうにかしなければならない。
しばし緊張しながら歩き、そして見た。拠点だ。丁度、ライドウ氏が増援として来た所だった。
説明をした後、一度戻る事を告げる。拠点にはジープがあったので、有り難く使わせて貰う事にする。
この空間は、グルースほど無茶苦茶では無いので、今の時点では装甲車やジープが活躍している。移動方法を確立した地点までは、ジープや装甲車で一気に行けるのが良い所である。アレックスが班にいるときは、インドラの馬車を使う手もある。
「そうか、カルキと戦ったのですか。 奴は手強かったでしょう、姫様」
「奴よりもヴァナラの群れが厄介であったな。 奴だけなら、わしだけで瞬時に斬り伏せていた」
「ふむ……」
「いずれにしても宇宙卵とやらを真田に届けなければならぬ。 この先の空間、そなたなら流石に不覚はとるまい。 マッカやらの回収を頼むぞ」
サクナヒメも疲れきっているのか、ジープに後は無言で乗った。疲弊が少ない機動班が帰りの護衛に加わり、三両のジープに分乗して戻る。
方舟に到着。カルキとの激戦はゴア隊長も見ていた様子で、すぐに指示を受けたらしいゼレーニンが来る。宇宙卵を引き渡すと、受け取って戻っていった。かなり忙しいらしく、礼もそこそこだ。
恐らく真田さんも、相当に全力で研究を続けているのだろう。装備品などの改良もあるだろうし、殆ど眠れていないのかも知れない。
ゴア隊長から、続けて指示を受けた。
「八時間ほどの休憩をしてくれ。 一眠りして、風呂にも入ると良い」
「イエッサ!」
「ゴアよ。 新米をムッチーノに握らせておにぎりにしてくれるか。 そろそろ皆が疲れている頃だ。 皆に振る舞ってやってほしい」
「分かりました姫様。 貴方もお休みを」
米への感謝は、サクナヒメの力へと直結する。
流石にすぐに寝に行く者、風呂に向かうものに別れたが。唯野仁成は、サクナヒメと共に食堂に。
アレックスもいた。丁度、遊撃の任務から戻っていたというタイミングらしい。
バツが悪そうに視線を背けたが、気にしない。
満面の笑顔で、ムッチーノがにぎりめしを持ってきたのは直後だった。
「おお来たか。 良いできであったからな。 具はどうした?」
「ええと、此方が塩むすびで、此方が鮭、此方がツナマヨで、此方が……」
勿論具の殆どは合成だろうが、本物に遜色ない味があるはずだ。
すぐにおにぎりをいただく。日本人のソウルフードと言えば、ラーメンと並んでこれだ。そして天穂はおいしい。文句のつけようがない。勿論唯野仁成も、おにぎりは嫌いではない。
色々な具の名前を聞いて不安そうにしていたアレックスだが、おにぎり自体はもう食べている筈で。それほど躊躇せず、普通に手にとる。口に入れてみて普通においしいと判断したのだろう。すぐに無言でその場にある分を食べ始める。
ムッチーノは美味しい食べ物の出し方を知り尽くしている。今、此処にいる人数の分しか作らない。
冷めたおにぎりも充分食べられるが、きちんと温かい方が美味しいのだ。
「うむ、これならわしの力も間もなく全て戻るだろう」
「悪くは無いわね」
「バディ、美味しいものを出されたら礼を言うべきだ」
「わ……分かってるわよ」
ありがとうと真顔で言われて、ムッチーノも少し困惑したようだが。いずれにしても、おいしいと認識してくれたことは嬉しかった様子だ。
食事を終えた後は風呂に入って、その後寝るかと思ったが。アレックスが話しかけてくる。
「気になった事があるのだけれど、いいかしら」
「ああ、何でも聞いてほしい」
「あの宇宙卵、実りによく似ているわね。 ひょっとしたら同じものなのではないのかしら」
「アレックスが言っているのは、あくまで情報の性質が、と言う事だ」
ジョージが補足してくれる。すぐに唯野仁成は、真田さんに連絡を入れた。
真田さんも、それについては分かっていると言った。
「実りのデータだけはアレックスくんからいただいている。 それによると、どうも実りは人工的に作り出した宇宙卵の可能性が高い」
「人工的に……?」
「うむ。 いずれにしても、しばらくは手元に持っていてほしい。 どうにも嫌な予感がする。 勿論勘だけの話ではない。 手元にある情報を総合しての話だ」
真田さんの声が少し鈍いような気がする。
周囲に言われて、休む事にした様子だ。休眠カプセルで数時間程度眠るのだろう。そうやって無理矢理体を動かせる状態にして、また働くというわけだ。
真田さんも、アレックスに似た無茶なやり方を、ずっと続けているのかも知れない。
そうなると、国際再建機構の守護神である真田さんも。そう呼ばれる一方で、心身をすり切らせてきたのかも知れないし。
すり切らせてきたのだとしたら、今笑って何でも受け入れて、作業をしてくれているのは奇蹟に等しいのかも知れなかった。
通信を終えると、唯野仁成はアレックスに向き直る。
「その実りの欠片、真田さんに正式に預けてしまった方が良いのではないのだろうか」
「……」
「唯野仁成。 君が信用できる存在だと言う事はわかっている。 だが、この実りはいざという時に切り札になりうるものなのだ。 もしもの時の護身用に、アレックスは持っておきたいと考えている」
「なるほど、心理は理解出来る。 分かった。 完全に信用できると判断したら、手渡してほしい」
最悪、また唯野仁成が悪鬼の如き存在になろうとしたら。実りの欠片を使って己を超強化し、差し違えてでも唯野仁成を殺すというわけだ。
それもまた仕方が無い。
そして、それだけの壮絶な覚悟をさせるだけの事を、未来の平行世界で唯野仁成はしている。
人間は変わることが出来るとか。
人間には無限の可能性があるとか。
文字通り無責任な言葉だ。
唯野仁成が変わる事が出来たとしたら、それは周囲のおかげだ。ヒメネスやゼレーニンもそうである。
恐らくこの世界でも。スペシャル達がいなければ、唯野仁成はアレックスが良く知る悪鬼のままだっただろう。
人間の可能性というのは。
所詮その程度のもの。
可能性の星とまで高位悪魔達に言われていた唯野仁成でさえ、その可能性には限度があって、容量もある。
使い果たすのだ可能性は。だから、アレックスの判断は間違っていないと言えた。
アレックスが休憩をするべく部屋を離れる。
サクナヒメは珍しく無邪気な顔でおにぎりを大人顔負けにほおばっていたが。やがて、一言だけ言ってその場を離れる。
「あまり思い詰めるで無いぞ唯野仁成」
「有難うございます姫様。 大丈夫。 皆が支えてくれている分、俺の残った可能性は人間性……いや違う。 良心の維持に使えているはずです」
「分かっているのなら良い」
サクナヒメが、休憩のために戻っていく。
唯野仁成は、風呂に入ってから眠る事にする。出撃するときのコンディションは、万全に保ちたかったからだ。
調査班が何カ所かにエレベーターを作り。
プラントで生成しているドローンを片っ端から動員して彼方此方に飛ばしている結果、色々な事が分かってきた。
移動しながら、唯野仁成はムッチーノによる通信を聞く。
「現在、このホロロジウムの中間部分に、巨大な空間がある事が分かってきたよ。 もう少し地図の完成度を上げたら、方舟を一度其所へ移動させる予定だ。 其所から先、どのくらいメムアレフまで距離があるか分からないからね」
なるほど、それは確かに正しい判断だろう。
いい加減ジープなどを使っても、中間拠点まで移動するのが面倒になって来ていた頃である。
今回はストーム1と組んで、衝立のような崖をエレベーターで降りている。
建築作業員が使うような剥き出しの無骨なエレベーターで、周囲に空を飛べる悪魔を展開して、奇襲に備えて貰う。
当然エレベーターの上には拠点があり、常時機動班クルーが野戦陣地と一緒に守りについていた。自動迎撃機能がついている野戦陣地は、今や生半可な悪魔を寄せ付けず、強力な悪魔が相手でもスペシャルが着くまでもつくらいの時間稼ぎはしてくれる。
数回往復して、エレベーターで人員を運び終える。
ストーム1が、大胆に前に踏み出す。魔術的なトラップなどがあるのではないかと少し不安になったが。恐らくストーム1は、歴戦で培った勘で、それすらも読んでいると見て良いだろう。
横穴はかなり深く、途中から下り坂になっていたが。
やがて、周囲にはヒカリゴケが無数に生え始めた。まあ、それを模した何かなのだろうが。
悪魔の気配はないが、地形が極めて複雑だ。ドローンを正確に通すのは難しいだろう。
「此方第四前線基地! 悪魔襲来!」
「此方ヒメネス班。 今姫様と救援に向かう!」
「出来るだけ急いでくれ! ムスペルが六体以上いる!」
「わーってる。 そのくらいなら何とか持ち堪えろ!」
通信が入ってきている。どうしても兎に角広いから、探索の余地がある地点には前線基地を作らざるを得ず。増えてきている一線級の機動班クルーを分散して守りに当たらせなければならない。
かなり危険ではあるが。そもそも残り時間が少ないのだ。
アレックスの言っていた様に、シュバルツバースが南米アフリカに到達したら、それこそ記録的な被害が出る。
アレックスが知らない国際再建機構が加勢するとしても、それでも記録的な被害が出ることそのものは変えられないだろう。
ゴア隊長が冷静に指示をして人員を回しつつ、探索を進めさせてくれているけれども。
それでも此処の悪魔はそもそもとして人間と会話するつもりがないらしく、新しく仲間を増やす事がほぼ出来ていない。
マッカだけは潤沢にあるが。今ではそれぞれの手持ちに強力な悪魔がいる。
マッカはどれだけあっても足りない。今は足りていても、いざという時に常に備えなければならなかった。
程なくして、横穴が終わって、広間に出る。
空が見える。真っ黒で、雷が縦横無尽に走り回っている黒い空だが。
通信も入る。
「此方ヒメネス。 姫様と連携して、第四前線基地を救援完了。 負傷者を後送する」
「了解しましたヒメネス隊員。 此方から増援を手配します」
「ああ、頼む」
今応じたのは春香だ。ムッチーノだけではなく、春香も通信に時々出てくれている。それが機動班クルーの士気を挙げているのもまた事実。
周囲を確認するが、此処はまた四方に伸びるだけの広間か。映像を解析したアーサーが、戻るように指示。
恐らくだが、もう来た場所だったのだろう。
なおエレベーターは更に下へと進む事が出来る。次が本命であると良いのだが、まあそうもいかないだろう。
空間の歪みも存在しているのだ。
何より最後の世界だとすれば。此処がグルース以上に広くても仕方が無いのである。
エレベーターが止まる。今度は横穴ではなく、奈落の底がすぐ近くにある、広くもない広間に出た。
細い道が。まるで蜘蛛の巣のように奈落の上に張り巡らされている。
大型の悪魔が飛び交っている事もある。迂闊に進むわけにもいかないだろう。
機動班クルーが揃うのを待ってから、ストーム1が狙撃を開始。飛んでいる大型の悪魔を叩き落としていく。
観測手を一緒に来ていたブレアが務める。歴戦のブレアが観測手を務めることで、ストーム1の神がかった狙撃も更に精度を増す。
時々変な方向に撃っているが、それは恐らくだが唯野仁成の視界の外にいる敵を落としているか。
もしくは、敵が動くように仕向けている陽動の狙撃なのかも知れない。
ストーム1が狙撃に集中している間、他のクルー達と共に周囲の警戒に当たる。
エレベーターに攻撃を仕掛けてくる相手はいないが。
別のものは見つけた。
アンソニーが、声を上げる。この班に一緒についてきていたのだ。
「唯野仁成、あれ……」
「ストーム1、少しお待ちを」
「ああ。 どうかしたか?」
壁際の一角。何かが埋まっている。
見ると、前にたまに見かけた数万年前の物質と似たようなものらしい。すぐにイシュタルを召喚。壁を削り取って貰う。
掘り出したそれは、装置かさえも分からないが。
いずれにしても、何かの文明の産物である事は確定だった。
「数万年前に滅ぼされた文明の連中、こんな所まで来ていたんだな」
「いや、それはどうかは分からない。 いずれにしても、真田さんに解析を仰ぐしかないだろう」
「……真田さん、過労死しないかな」
「信じろ。 あの人は、無理をして今倒れるような事はしないさ」
装置か何かよく分からないものは、調査班に回収するように連絡をする。その後は、また黙々と狙撃を続行する。
アレックスが、インドラの馬車に数人を乗せ。不意に来た。戦車が後ろに停まったので流石に唯野仁成もびっくりする。
ゴア隊長の指示で、遊撃をこなしてくれているのは分かったが。
案外使い走りのようなことでも嫌がらないのだなと、感心した。
すぐに調査班が動き出す中、光の剣を抜いて周囲を警戒するアレックス。警戒するための人員は多い方が良い。
やがて、ストーム1が駆除完了、と呟く。
流石にあんな位置が悪いところにいる悪魔達であるから、マッカは回収出来ないものの。それでもあの細い通路を行くための準備は、これにて整った。
ドローンが飛んできて、先に飛んで行く。
頷いて、ドローンが行くのを見送る。
しばし待った後、地図が送られてくるが、ストーム1が舌打ち。ドローンは様々な方向から調査をしているはずで、ミスは考えにくい。
大股に崖に歩いて行くと、ストーム1はアサルトの先端で何も無い空中をしばし叩く。かつんかつんと音がする。
逆に、通路があるように見える場所では。逆の事が起きた
岩にアサルトの先端がめり込んでいた。
「見た目のままに踏み出すと、奈落の底に真っ逆さまという訳か」
「かなり危険ですね。 空を飛べる悪魔に行って貰いますか?」
「いや、どの道通路は切り開かなければならない。 唯野仁成、ついてこい。 他の皆はこの場を死守」
「イエッサ!」
ストーム1がクーフーリンを召喚。最初に会った頃よりも、何倍も、いや十倍以上は強くなっていることが分かる。
クーフーリンが指示のまま、その魔法の槍で地面を探りながら、先を歩き始める。
クーフーリンについて調べたが、あの魔法の槍はゲイボルグ。分裂して多数の敵を貫く使い方をいつもしているが。必中の槍として使う事も出来ると言う。
ゲイボルグのような必中武器は神話には多く、例としてあげると北欧神話では最高神オーディンの槍グングニルや。雷神トールの持つ投げハンマーミヨルニルが似たような能力を持っている。
ただ、そんな凄い槍を、まさか地面があるかないかで使う事になるとは思わなかったのだろう。
流石のクーフーリンも憮然としながら、先を歩いていた。
少しずつ、二人で視界をカバーしながら、先に行く。
念のため、唯野仁成もイシュタルを召喚しておく。イシュタルは風を操るために空を飛ぶことも出来る。最悪の場合は、引き上げて貰うつもりだ。
「ドローンの調査によると、この先に少し大きめの装置が存在している様子です。 この空間の謎解明のためにも持ち帰ってください」
「それは分かったが、ドローンで空輸できない大きさなのか」
「残念ながら。 位置を特定出来次第、ケッテンクラートを使って運び出す予定です」
「……」
悪魔に空輸させるわけにはいかないか。
アレックスは彼方此方を飛び回っていて、此処にさっき来たのも偶然だ。こうやって道を開拓するのが機動班の仕事だし、まあやむを得ないだろう。
全く見た目が宛てにならない空中を歩き続け。
ほどなくして、その装置とやらが見えてきた。
最後まで、クーフーリンが周囲を槍で確認しながら進んで、到着。空中に浮かんだ小さな島のような岩の上に、それは鎮座していた。
確かに文明の産物である事は分かるのだが、それ以上は何も分からない。
やがて、アーサーが手配したらしいケッテンクラートを引いた調査班のクルーが来たので、輸送の護衛をする。
ケッテンクラートを遠隔操作で動かしているらしく、危なげはないが。それでも通信がいきなり切れたり攪乱されたりする可能性はある。
護衛は必要と言う事だ。
生きた心地がしないまるで宛てにならない足場を渡りきり、調査班の護衛を終える。ケッテンクラートで大きな装置を運ぶ調査班と共に、エレベーターで上に。
念のため、方舟まで護衛する。
他の機動班は、上手く行っているといいのだけれどもと。思わず唯野仁成はぼやいてしまっていた。
やがて、また通信が来る。
「レインボウノアが停泊しうる大型の空間が発見されたようです。 ただし、周辺の安全を確保する必要があります」
「露払いしろ、というわけだな」
「既にヒメネス班、サクナヒメ班を現地に向かわせています。 手前で合流して、敵性勢力の掃討をお願いいたします」
ストーム1が舌打ち。
アーサーにこき使われる事が気にくわないのか。まあ、この人が時々激しい気性を見せる事は、唯野仁成も知っている。普段は寡黙な分、時に気性を抑えきれなくなるのかも知れない。
機動班クルーを再編成して、そのまま移動開始。
ゼレーニンがついてきている。ケッテンクラートに、幾つか測量装置を乗せている様子だった。
「ゼレーニン、お前が来ると言う事は」
「はい。 レインボウノアが着地できるほど地盤が安定しているか、現地で調査します」
「ガブリエルはいざとなったら躊躇なく使え」
「はい。 ありがとうストーム1」
すぐに移動開始。
一秒が惜しい状況だ。アーサーのナビ通りに移動していくが、意外にも想定したよりもだいぶ距離が短い。
空間の歪みやら、見つかりにくい通路やら、理由は色々あるのだろう。
二十分ほど移動したところで、姫様とヒメネスを発見。合流して、情報を交換する。先に来ていただけあって、姫様は既に神の力か何かだろうかで、解析をある程度してくれていた。
「この先に強いのがおるが……宇宙卵とやらの気配は感じぬのう」
「他のスペシャルやアレックスは?」
「現在前線基地にいる人員の撤収支援と方舟への護衛を行っている、そうだ」
「まあしゃあないわな」
昔のヒメネスだったら、自力で戻らせろとか言っただろうが。まあそれも今はない。
ぽんと、ヒメネスのPCからバガブーが出てくる。
この弱々しい悪魔は、兎に角勘が鋭い。勘だけなら、ストーム1以上では無いかと思える程だ。
だから、ヒメネスも即座に警戒態勢を整えた。
「どうしたブラザー」
「ヒメネス! 奥にいるやつ、こっちに気付いてる! 何かしてくる!」
「任せよ」
姫様がかき消える。ストーム1が、即座に狙撃の体勢を取り、即座にライサンダーZFをぶっ放していた。
この先の巨大な空間に、降り立ったそれは、巨大なタコと人を足したような姿をしていた。
ライサンダーで支援しながら、機動班を指揮して走る。データベースを確認すると、妖獣ルスカとある。
神話の存在かと思ったが、UMAのようだ。
ブルーホールと呼ばれる、比較的浅い海で落とし穴のように開いている巨大な穴に住んでいる超巨大なタコで。
なんと直径六十メートルに達するという。
この手のUMAは特に大きさに関しては、極めて大げさに言われる事が多い。
だがそもそもとして、UMAでまだ発見されておらず。実際にいるとは限らない生物である。
このシュバルツバースに存在するルスカは、そもそもこの極限状況で生きているのであるのだから。
生物とは違うだろう。
それに、ミズダコと呼ばれる日本の近海にも住んでいる大型のタコは。足の長さが十メートルを超える記録の者がいる。
勿論足だけが異常に長いのであって、単独で船を撃沈したり鯨を襲って食ったりする力はないが。
それでももしも人間に襲いかかってきたら極めて危険であることは間違いないだろう。
既に姫様は戦闘を開始。振るわれるルスカの腕をスパスパ切り裂いているが、その度に再生されている。
ストーム1の狙撃がルスカの頭部に食い込むが。
ライサンダーZFでも致命傷になっていない。ムスペル以上の強度と言う事だ。中々強い。
それにしても、なんでタコのUMAが此処に。
空を見上げて納得だ。正円形の穴の底なのである此処は。なるほど、ルスカがいるブルーホールっぽいと、唯野仁成は納得していた。
いずれにしても、この面子で勝てない相手では無い。
全力を叩き込んで、ルスカを駆除するまでそう時間は掛からない。
ルスカは倒れ。
やはり他の悪魔のように、大量のマッカと情報集積体を残していった。