緒戦で多くの負傷者を出し、切り込み隊長のサクナヒメも力を温存するために後退した状況。
決して自体は楽観できるものではありません。
序、燃えさかる焦土
ストーム1が持ち帰った情報を元に、慎重にアントリア地下の様子を機動班が確認。物資などを持ち帰って戻って来た。
映像が艦橋のモニタに映し出される。
真田は腕組みし。
艦橋クルーの一人、カトーが呻く。
「これは確か、ドローンで撮影された光景……本当だったのか」
「どうやらそのようだ」
「はっ。 悪夢でも見てるのかもな」
「今の戦場はこれに似ておるのか」
ヒメネスの背後から、にぎりめしを手にサクナヒメが現れる。
彼女はにぎりめしをむしゃむしゃと食べながら、光景を見やっていた。
「……武神だからこんな地獄みたいな光景には何も感じないのかよ」
「たわけ。 これは地獄でもなければ戦場でもない」
サクナヒメは、反発するカトーを一蹴。
視線も其方に向けなかった。
「良く見よ。 誰も死んでおらず、建物が燃えているだけ。 彼方此方に攻撃の跡は残されておるが、それだけよ。 これは戦場ではなく、単にそれを模しただけの悪趣味な張りぼてであろうな」
「OK姫様。 それで一応あんたも分類としては悪魔になるんだろう。 どうしてこんな張りぼてを悪魔が作ったのかはわからねえのか?」
「ヒメネス!」
「良い」
流石に挑発的な言動に青ざめたクルーが制止したが、ヒメネスは相手が怒らないギリギリのツボを心得てはいる。事実サクナヒメも気分を悪くした様子は無い。
真田が見た所、ヒメネスは興味が無い相手に労力を割く気が無いだけで。
認めた相手の言う事は素直に聞くし。
相手が怒らないようにも務めている節がある。
スラムでの過酷な体験が、そういう性格に彼をさせたのだろう。
「残念ながらヒメネスよ、わしにはあのような趣味はないでな。 分からん。 ……むしろ神よりも人間がやる事に思えるが」
「そうだな。 軍事訓練をさせている様子もあったし、あれは演習場なのかもしれないな」
「皆、少し静かにしてほしい」
ゴア隊長が口を開くと。
皆黙り込む。
幾つか、重要な事が分かってきた。
それを説明する必要があるから、である。
春香に原稿を渡す。
それを見て、皆姿勢を正した。
全体への報告は、余裕がある場合は春香が行う。
それは既に暗黙の了解。
そして春香が行うと言うことは。
何かしらの重大な話がある、という事も意味しているのだから。
「まず第一に、この世界について分かった事です。 悪魔達の話を聞く限り、この世界にはまず妖精達が住み着いていて。 その妖精達を、後から来た魔王と堕天使達が追い立てて、従えたことが分かっています。 氷の洞窟は、元は妖精達の世界だったようです」
「魔王だと!」
「魔王の名前はモラクス。 古くに存在したモロクという生け贄を求める神が悪魔に貶められた存在で、ソロモン王が従える72柱の一柱です」
モロクは、ユダヤ教の敵となった信仰の神で。バアルなどと共に邪神として認識された神格である。
そのモロクを貶めたのが堕天使モラクス。まあこの場合は魔王と言う事になるのだろう。
真田は神話が専門では無いので、この辺りはデータベースで調べたのだが。
ユダヤ教を母胎とする一神教が信仰として現在まで残っていなければ、モロクは邪神にされることは無かったのかも知れない。
ただ人身御供を要求し、生け贄の儀式を行っていたようなので(勿論ユダヤ教徒による情報のねつ造や歪曲の可能性もある)。原始的な神であったのは事実なのだろう。
いずれにしても現時点では魔王。
ただ、そうなるとますます分からない。
真田がライドウさんから聞いた話によると、魔王は混沌勢力の極北。
人間なんぞの真似などするとは思えないからである。
「魔王何て倒せるのか!?」
「し、しかし堕天使を既に倒しているんだぞ……」
困惑しているのは一神教関係者だろうか。
天使や悪魔は、一神教の熱心な信者にとっては「ある」存在だと、真田は聞いた事がある。
真田が宇宙で見た本物の神とはまた別の問題で。
長年にわたって染みついた信仰は、やはりどうにもならない影を心に落とすものなのだろう。
問題はそれよりも前に。
そもそもなんで魔王が、人間の真似をしているか、と言う事だ。
それに問題はまだある。
「それともう一つ。 サクナヒメ……姫様が撃破した堕天使オリアス。 それにストーム1が倒してくれた堕天使ベレス。 これらの亡骸から、外では本来存在し得ない物質が見つかり、調査しました。 その結果、分かってきた事があります」
「……」
「方舟は、一度「この世界によって」不時着を余儀なくされました。 その時のデータを精査する限り、どうやらこの世界を文字通りの意味で支配している存在が快く思わないものは、空間の穴を通って別のシュバルツバース内世界にたどり着けない可能性があります」
「何だと……!」
真田の解析ではこうだ。
レインボウノアが一瞬止まって、状況を確認した瞬間。猛烈な反発があった。
あれは空間のトンネルに存在する異物が、思わぬ行動をしようとした事に対する反作用だったと。
それを証明してくれたのが、オリアスとベレス。どちらもモラクスの重臣だっただろう悪魔の体内から取る事が出来た物質だ。
この高密度情報物質を解析した結果。
この空間で起きている、「量子のゆらぎ」と一致している事が判明したのである。
要するにモラクスほどではないにしても、どちらの堕天使も空間に干渉する事が可能であり。
特にモラクスは、量子のゆらぎを恐らく任意に操作し、気にくわないものを排除できる可能性が高い。そういう事だ。
「アントリアを脱出するには、モラクスを撃ち倒し、同じように体内物質を回収。 量子のゆらぎを解析し、それにあわせてプラズマバリアのパラメータを設定し直す必要があります」
「どういうことだ」
「観測をした結果、アントリアの空間と同じ状態で、レインボウノアが入り込んだ空間の穴の量子のゆらぎが発生していることが分かっています。 要するにその空間トンネルまでが、アントリアなのです。 モラクスがある程度この世界からの出入りを制御出来ると言う事は、モラクスさえどうにかしてしまえば、沈黙したタイミングで量子のゆらぎはそれ以降変化しなくなります。 其所でモラクスの体内から摂取した情報物質に沿って、データを書き換えれば。 以降はトンネルを好きに通る事が出来るようになるでしょう」
ヒメネスの疑問に、春香の代わりにアーサーがすらすらと答える。
要するに、この宇宙の出入り口を好き勝手に出来ているモラクスさえどうにか出来れば。奴の死骸から出入り口の鍵も手に入れる事が出来るし。
何よりも、この世界から出ることも自由になる、という事である。
いずれにしてもある程度分かりやすい解説だったからか、ヒメネスも理解は出来た様子だ。
他のクルー達も、それほど困惑している様子は無い。
何よりも分かりやすい。
真田としては、小さいとは言え宇宙をある程度自由にするほどの情報生命体と交戦する事に不安はあるが。
残念ながら、空間のつながりが極めて不安定なため、このレインボウノアをアントリアの地下。
モラクスの本拠に持っていくわけにもいかないだろう。
アントリアの地下は焼けただれた世界と悪魔達が呼んでいるらしいが。
空爆を受けた紛争地帯のような状態だ。
もしもまともに軍を繰り出せば、どれだけの機動班の戦士を失うか、分かったものではない。
対策が必要になる。
ましてや相手は、軍事調練を受けているのだ。
付け焼き刃だとしても、である。
「もう一つ懸念があるんだが、良いだろうか」
挙手したのはストーム1である。
勿論アーサーは質問に答える。
「何でしょう、ストーム1」
「最初の襲撃を受けたとき、どうにも最初から悪魔共はこの方舟に潜んでいたように俺には思えた。 物資搬入口から入ってきたにしては、内部への浸透が早すぎたからだ」
「その可能性は大いにあります」
「現時点ではケンシロウやライドウ氏が内部を徹底調査して安全を確認はしてくれているが、プラズマバリアを解除している時間も増えてきている。 悪魔の侵入を防ぐ方法を考えた方が良いのではないのか」
真田が挙手。
それには応えておく。
「ストーム1の懸念ももっともだ。 実際、最初の襲撃では船から拉致されるものまで出し、その経路も分かっていない。 未知の技術を悪魔が使っている可能性が高い」
「……」
「現時点で、私は幾つかの対策をした。 まず最初の襲撃以降、開発を進めていたプログラムを、皆のデモニカに導入した」
立体映像で分かりやすく皆に見せる。
このプログラムは、各自の位置とパラメータを示すもので。
何かしらの異常があった場合は、すぐに分かるようになっている。
デモニカスーツは、電波中継装置を使って各自のいる場所がわかるようになっている。
いわゆる相互連携システムが導入されているが、それを更に発展させたものだと言えるだろう。
このプログラムによって、不可思議な力に捕らわれたり。
或いは攻撃を受けた場合には、即時にアーサーが把握できるようにしている。
勿論電波が途切れると意味を成さないので、中継装置は必要になるが。
大本のレインボウノアにある電波中継装置さえ無事なら。更にそれを接ぎ木する中継装置に関しては、別にそれほど貴重な物資を使うわけでも無い。
アントリアに作り上げたプラントで、充分生産可能だ。
またデモニカは各自が電波中継装置を兼ねており。
大本さえ無事ならば、デモニカ同士でネットワークを作成することが出来る。
つまり、余程一人が突出しない限りは、誰が何処にいるかはすぐに分かるようになった、という事である。
実際に、その状態を真田が立体映像で見せると。
おおと声が上がった。
十数名停止しているが。
トイレや仮眠中などで休憩中の面子である。
すべてが船内にいるので、少しだけ安心の声が上がった。
「勿論これは対処療法だが、高位の悪魔が持っている物質化した高密度情報を手に入れれば手に入れるほど、敵の手の内も知れてくるはずだ」
「要するに空間を支配している悪魔をブッ殺してくれば良いんですかね、真田さん」
「……入手の手段は任せる」
ヒメネスの言葉は非常に好戦的だ。
話をする相手には、ある程度フレンドリーだし。認めた相手とは口も利くヒメネスではある。
そういう意味では真田も認められているらしい。
サクナヒメとも最近は話しているようで。サクナヒメが作った米をうまいうまいと並んで一緒に満面の笑顔で食べている様子も目撃されていた。
だが、ヒメネスは逆に言うと、自分の価値観を絶対視する傾向があり。
認めている相手には確かに友好的だが。
話す価値無しと判断した相手とは文字通り口も利かないどころか、相手の生死すらどうでもいいと考えているようだ。
それでは混沌勢力の悪魔に性質が近い。
懸念している者は他にもいるようで。ストーム1が、この間見張ると自主的に言ってくれた。
成長を促しもするとも言っているが。やはり不安にはなっているのだろう。ヒメネスは優秀な素質の持ち主だが、とても危うい。真田もゼレーニンを同じように感じているが。恐らくは同じ方向で懸念している、と見て良い。
ゴア隊長が咳払い。
「うむ、それではまとめよう。 アーサー、これよりどうすればいいか、プランを示してくれるか」
「プランそのものは簡単です。 この世界の支配者になっているモラクスを撃破するなり従えるなりしてください。 以上です」
「……簡単に言ってくれるな。 手下でもあんなに強いんだぞ」
ヒメネスがぼやくし、真田も同感だ。
相手は魔王。神の実在を知っている真田としては。とても簡単に攻略できる相手などとは思えなかった。
唯野仁成が挙手する。
「アーサー。 実は、興味深いものを見ている」
「情報を精査します」
「む、これはなんだ?」
周囲がざわつく。
唯野仁成は、ヒメネスとストーム1と一緒に、地下のモラクスの本拠地を偵察して来ている。
その時幾つかの映像を撮ってきたのだが。
その中の一つが、気になるという。
空に向けて、飛んでいる悪魔。しかも、かなり高度が高い。
空を飛ぶことが出来る悪魔は珍しくも無い様子だが。あまりにも取っている高度が高すぎるのだ。
「これはひょっとして、他の空間に向かっているのではないのだろうか」
「解析は進めておきます。 いずれにしても、機動班はこれよりモラクスの攻略作戦を開始してください」
「やれやれ。 いずれにしても付け焼き刃とは言え敵は近代化された軍隊だ。 俺が出るしかなかろうな」
ストーム1が立ち上がる。
ケンシロウはこう言う場所は、戦えはするが全力を発揮するには至らないだろう。後はライドウさんにも出向いて貰う事になる。
サクナヒメは現在力を蓄え中。
堕天使オリアスとの戦いで消耗した分くらいの力はとっくに戻っている様子だが。
今後の事を考え、オリアスとの戦いの時点では二割くらいしか無かった力を、四割くらいまで戻す予定だそうだ。
彼女の凄まじい戦いぶりは既に船内に流しているから。既に畏敬は集めている。
的確に人質にされた人員を救出された様子も、である。
だから、神にとってもっとも重要な「信仰」は、畏敬という形であつまり。
元々サクナヒメが力を蓄えるのに必要とする田で、更に力を相乗効果で増す事が出来るだろう。
元々彼女の世界では、現状トップの武神だったと聞いている。
フルパワーになれば、どれほどの力が発揮できるか分からない。
現時点では、期待したい所だ。
ゴア隊長が部隊を編成。
まずゴア隊長が指揮を執り、焼け焦げた国の入り口付近に指揮所を作成。そこを拠点とし、簡易陣地を作成する。
物資については、船から多少出せるし、プラントで生成しているから問題ない。
鉛玉などの消耗品に至っては、突入時より既に備蓄が多いほどだ。
其所からモラクスの居場所を探し。
少しずつ、制圧作戦を実施する事になる。
戦闘を担当する機動班だけでは人数が足りない。
ライドウさんの手引きで仲魔にした悪魔達にも、活躍を期待したい所である。
会議が終わって、ぞろぞろと皆が出ていく。
会議が終わった頃を見計らって、医療班のゾイから連絡があった。
「現時点で戦闘に復帰出来そうなクルーは35名。 残りはまだ戦闘には出さない方が良いでしょう」
「軽傷者はプラントの護衛から始めさせてくれ」
「分かりました」
さて、真田の仕事は此処からだ。
自分の研究室に戻ると、部下達と一緒に、レインボウノアの状態を万全にするべく、作業を開始する。
春香の歌がスピーカーから流れているが。
これが大変助かる。
聞いていて嫌悪感を一切感じない歌というのは、実は珍しい。
ある程度特殊な声質が原因なのかも知れないが。
船員から、この歌に関して不満の声は一切聞かれない。
出陣する機動班の面々も、顔を上げて歌を聴いている様子が、船内を監視しているモニタに映っていた。
真田は自席に着くと、早速まだ破損している船内の細かいパーツの修復を開始する。
船を動かすことそのものは問題が無いが。
船内にはまだまだ、多数の破損箇所がある。
この巨大質量が不時着したのである。
それもまあ、仕方が無い事ではあるのだろう。
前に星の海を旅したときも、たびたび船は中破以上の損害を受け。
その度に真田は、前線で生き生きと修復作業をしたっけ。
くすりと思い出しながら、修復作業をしていく。
現在、残り二割という所だ。
プラントで貴重な物資が回収出来ていることもあり。予想よりもかなり早く進められている。
アーサーにある程度任せられるのも大きい。
そのせいで、アーサーの負担が大きいのも事実だが。
「真田技術長官」
「何だね」
ゼレーニンが作業をしながら声を掛けて来る。
真田も、手を動かしながら応える。
ゼレーニンが悪魔に嫌悪感を示しているのは、既にこの研究室内では周知の事実となっていた。
他のメンバーも、一瞬手を止めたりして、ゼレーニンを見ているものもいた。
「人質が救出される一連の状況を見ました。 なんと悪魔とは残虐な事かと、身震いしました」
「そうだろかな」
「真田技術長官?」
「あの程度の事は人間もやっている。 いや、人間の方が更に残虐な行為を戦場で行うものだ」
幼い子供を使った自爆テロなどは、悪辣なテロリストが常套手段にしているし。
地雷などは相手を傷つけて、相手陣営の負担を大きくするために行われている。
むしろオリアスが行ったのは、人間がいつもやっているような人質作戦に過ぎないのである。
単に悪魔と言う恐ろしげな存在がやった、というだけで。
やっていることそのものは人間と変わらないと真田は判断した。
むしろ、生兵法ですらある。
人間は更に残虐だ。
「それで、君はどう思うのかね」
「……私は調査班として出ようと思います」
「む?」
「私なりに知りたいのです。 悪魔と言う存在が、本当はどういうものなのか。 やはりカメラ越しに見ているだけでは分かりません。 勿論怖いですが、実際に接触してみないと」
許可はする。
だが、この時。
真田はとても嫌な予感を覚えていた。