マンセマットを打ち破った先に待ち構えていたのは世界の終焉を司る神格ばかりでした。
序、険道
方舟が降りてくる。移動を開始したとは聞いていたが、殆ど時間が掛かっていない。唯野仁成達は距離を取って、周囲を確認。
ゼレーニンが既に周囲の測量を済ませている。それに、あの方舟が今更擱座することもないだろう。
着地した方舟。これで、更に深い拠点から探索を開始できる。物資搬入口が開いたので、唯野仁成も中に。
一旦休憩するようにと言われたので、指示に従って休む事にした。
正直この方舟が降りた場所のガーディアンは大した相手では無かった。実際問題、メムアレフにとってもどうでもいい場所だったのだろう。
ただ。肝心のメムアレフの居場所自体が分かっていない。
まだ楽観は出来ない状態だ。
姫様やケンシロウにも、まだ場所が分からないらしい。
少し休憩した後、幹部が集められてミーティングが始まる。ゴア隊長が、今まで解析したホロロジウムの地図を背中に、話をしてくれる。
「恐らくあと二つある宇宙卵から考えて、折り返し地点まで来たと見て良い。 此処からも方針は同じく行く。 方舟の周囲には野戦陣地を作らず、プラントだけを設置。 途中の拠点に野戦陣地の機能を置く」
「それで、メムアレフの居場所は分からないんすか?」
「ヒメネス、君も知っての通りだ。 残念だが、現状ではゼウスやマリアにすら分からない」
「ただ、この階層の構造について調べた所、面白い事が判明しました」
ゴア隊長が振り向く。アーサーによる言葉だ。
アーサーは真田さんとは別方向から調査を続けていたらしい。
どうやらこのホロロジウムは、巨大な火山に近い構造をしているらしい。
そして明けの明星に見せられた映像を可能な限り分析した結果。メムアレフが存在しうる場所については、幾つか候補が挙がってきたという。
「火山は空洞ができる事があるのですが、溶岩が満ちたあまりにも深い場所ではあのような地形は出来ません。 恐らくですが、既に六割ほどの地点にまで来ていると想定されます」
「楽観ではないだろうな、アーサー」
「最も悲観視した場合のデータです」
「そうか」
ゴア隊長も安心した様子だ。
国際再建機構でも教える事だが、楽観は思考の放棄だ。特に戦場での楽観は非常に厳しい。
故に、ゴア隊長も厳しい発言をしたのだろう。
いずれにしてももう六割来ていると言うのは大きい。あと少しで、最深部にまでたどり着けると見て良いだろう。
だが、今後もどんな罠があるか分からない。
「浅い階層については、ドローンを中心に調べて貰うが、遊撃の部隊に出て貰うかも知れない。 姫様、申し訳ないのですが、しばらくはまだ最前線での切り込み役をお願いいたします」
「任せておけ。 このような場所だ。 それに……」
「何かあるのですか?」
「わしもな、それこそ世界を破綻させかねない偉大なる水の大神と戦ったことがあるのだが、それもこういう火山の深部だった。 あの時を思い出す」
そうか。
最高の武神という程だ。最高の武勲を上げて、最高の力を手に入れているのだろうとは思っていたが。
何ともまた、因縁めいた事だ。
頷くと、ゴア隊長は行動は今までと同じようにする事を伝え、そのまま解散とした。
すぐに唯野仁成はサクナヒメと共に出る。機動班の一線級クルーの消耗が少し大きめだが、休憩は入れているはずだ。まだ大丈夫だろう。
マッカの補充については問題は無い。
ただ、悪魔を強くしようと思えば思う程、膨大なマッカが必要になってくるのも事実である。
そして今になって思えば。この状況でマッカを独占していたであろう別世界の唯野仁成の悪魔は、一体どれほど強くなっていたのか。
それは、世界の軍が一週間で沈黙するのも納得だと言える。
アレックスは、インドラの戦車に調査班を乗せて、浅層に行くようだ。浅層の拠点からは人がいなくなったが、自動迎撃装置はついたままである。調査だけなら、アレックスが護衛につくだけで充分だろう。
アレックス自身も、自分の立場が厳しい事は理解している様子である。勿論アレックスに責任は無い。
だがアレックスなりに、ジョージにアドバイスを受けて馴染もうとしているのだろう。だから、その行動は止めない。馴染むための機会を作ってくれているゴア隊長にも感謝する。
すぐに指定された方に進む。
この辺りからは、また未踏地域だらけだ。
大量のドローンが周囲に展開されている。あれのどれだけが戻ってこられるやら。
「唯野仁成よ、集中力が落ちておるぞ」
「すみません姫様」
「良い。 それよりも、これは……」
顎をしゃくる姫様。
洞窟だ。内部には、轟々と何か音がしている。水が渦巻いているのか。それとも。
火山性のガスは本来受けると致命的だが。今のデモニカだったら別に大した問題にはならない。
真田さんが散々改良を加えてくれたのだ。話によると、あの地獄の環境でしられる金星でも活動できるそうである。
「虎穴には入らざれば虎児を得ず。 行くしかあるまいが、備えはしておく方が良さそうだな」
「ま、まずはドローンを」
「それはもちろんだ」
クルーの一人が怖じ気づいた声を出したので、サクナヒメもそれに同意する。だが、それだけでは足りないというのだろう。
ドローンが来るまで、他の地点を調査しつつ。その間に、唯野仁成に話しかけてくる。
「気配を感じた。 恐らくあの奥に宇宙卵とやらがあると判断して良い」
「そうなると、当然強大な悪魔も」
「間違いなかろうな」
ムスペルの大軍勢。カルキとヴァナラの大軍。いずれも手強い相手だった。
共通しているのは世界の終焉に現れると言う事。
次は何が現れる事やら。
ともかく、まずは洞窟の中は後回し。周囲を探索しながら、アーサーの指示に従って地図を埋めていく。悪魔は出てくるが、今の時点では其所まで強力なのはいない。
周囲の安全を確保。
入り口を塞がれて、挟み撃ちにされる可能性はなくなった。
ドローンは内部で多数通信途絶。
やはり何かいると判断して良いだろう。
地図が送られてくるが、特に複雑な洞窟というわけでもない。分岐も幾つかあるが、それらには悪魔の反応もなく、ドローンはつきあたりで引き返したようだ。それよりも問題は、洞窟で一番太い通路の奥である。
そこに入ったドローンは、一つも生還していない。
余程攻撃的で勘が鋭いのがいると判断して良いだろう。
他チームを呼ぶか少し悩んだが。今、丁度方舟の位置を移したばかりだ。他の方向に味方が展開していた方が。もしも周囲から一斉攻撃を浴びた場合、方舟やプラントを守る事が出来るだろう。
姫様と軽く話をした後、入る事にする。
さて、今度は何が待ち伏せていることやら。
洞窟に入ると、温度が上昇した事が告げられる。またムスペルか。そう思ったが、どうやら違う。
内部に潜って行くと、密林にあるような木に見えるものが多数見受けられるようになった。
それだけ巨大な空間がある洞窟、ということである。
つまり此処はそういう環境にて信仰された悪魔の住処、と言う事か。
しばらく無言で周囲を探る。勿論悪魔も展開しているが、それはそれでしっかり見張った方が良いだろう。
ほどなくして、最深部に到達。
そこには、猫背の巨大な姿があった。ゆっくり此方を振り向くそれは、ジャガーのように見えたが。人間のようにも思えた。
喉を鳴らして威嚇してくる。
散らばっているのは、ドローンの残骸だ。此奴にやられたと見て良いだろう。
力も相当なものを感じる。
サクナヒメが前に出ていた。
「我が名は……」
名乗りもそこそこに、其奴はいきなり大きな石を投げつけてくる。サクナヒメは羽衣で受け止めると、横に弾いた。
見かけだけ大木に見えるナニカがへし折られて砕け散る。
サクナヒメが、静かにキレるのが分かった。
「どうやら名乗る価値もない相手のようだな」
「……姫様、調べました。 あれは邪神テスカトリポカです!」
それだけではない。更に奥から、ぬっと何者かが現れる。
今度は真っ黒な塊で、文字通り人型をしたなにかとしか言えなかった。
データベースにアクセスして調べた所、邪神テスカトリポカは南米の神話に出てくる神の敵対者である。
一方で世界の創造にも関わっている複雑な神格でもある。
テスカトリポカは元々南米に侵略したいわゆるコンキスタドール。邪悪な侵略を行い、文化から資源、更には人命まで何から何まで根絶やしにした欧州人によって悪魔扱いされた神格であるのだが。
世界の創造に関わると同時に、世界を滅ぼすことにも関わってきた不思議な神格で。様々な恩恵を与えると同時に、凶悪な滅びに対する属性も持っている。
その力を怖れた南米の人々はテスカトリポカに生け贄を捧げていた。そういう意味では、邪神とも言えるが。
ただ、言われる程簡単な邪神では無いし、ましてや悪魔でもない。
不思議な神格、と言う事だ。
それだけではない。
隣にいる真っ黒な影は何だ。こっちの方が危険な気がする。サクナヒメも、視線を送ってくる。
黒い方はサクナヒメが対応する、と。
テスカトリポカは、ぬっと立ち上がると、唯野仁成の方を敵と見なしたのだろう。ゼウスが眉をひそめるほど邪悪な笑みを浮かべる。ジャガーに雰囲気が似ているだけあって、口が耳まで裂けている。体の一部が蛇になったり、人間になったりもしている事から。可変性も高そうである。
サクナヒメは無言で光の剣を抜く。
闇の塊は、すっと何かの構えをとったが。
それが武術なのか、何なのかさえも分からない。
サクナヒメが仕掛ける。闇の塊が、即座にそれを受ける。秒間恐らく二百を超える攻撃の応酬が始まる中。
テスカトリポカは、なれなれしく話しかけて来た。
話せるのではないか。若干それで苛立ちを感じた。
「随分と高位の神格を従えているな。 上の方であのすかしたカルキの野郎の気配が消えたが、お前らの仕業か」
「そうだ。 貴方はテスカトリポカで間違いないな」
「……ふん、それがどうかしたか」
「世界の終焉に関わる黒い神。 この世界には、世界の終焉に関わる神格ばかりが集められているな」
テスカトリポカは肩をすくめる。
この様子だと、自覚はないのかも知れない。
いずれにしても、サクナヒメが猛然と攻勢を仕掛けていながら、戦力が拮抗している隣の方が気になる。
一応増援は手配した。ただ、テスカトリポカは、唯野仁成が仕留める。
他のクルー達に合図をすると同時に。
一斉に、ライサンダーで射撃を浴びせる。
同時に、周囲の森から、多数の猛獣が姿を見せ。全てがテスカトリポカの盾になって爆ぜ割れた。
けたけた笑いながら、テスカトリポカが中空に浮かぶ。
その全身から、無数の毛が散り。それが全て猛獣となる。どれもこれもが、象のような大きさだ。
流石に守護者の悪魔がどんどん強くなって行くのは想定していたが、少し予想よりも速いかも知れない。
だが、引くわけにも行かない。
アサルトで叩き伏せながら、アリスに指示。
更に、ゼウスが前線に出てくると、突貫してきたジャガーをアダマスの鎌で切り伏せ。躍りかかってきた蛇の首を刎ね。
そして猿のように飛び退いて木の上に登ったテスカトリポカに、雷撃を叩き込んでいた。
テスカトリポカは高笑いしながら、ケラウノスの一撃を手を不可思議に動かしつつ、周囲に散らしてしまう。
なるほど、流石は大邪神。様子見に放った程度のケラウノスでは通用しないか。
「ゼウス、本気でいかないと危ないぞ」
「言われずとも分かっている。 どうやら相当な格を持つ神のようだな」
「世界の滅亡に関わるほどの神格だ」
「なんと。 そうなるとテューポーンと同格か。 ふふ、血がたぎるわ」
ゼウスがやる気になってくれたのは結構だが。問題はもう一体の何者か。サクナヒメは猛然と戦っていて、此方にかまう様子も支援する余裕も無さそうだ。
それならば、テスカトリポカは、此方で処理しなければならない。それも、可能な限り迅速に、である。
方舟のこんなに近くに、これほど危険な神格が居座るのを見逃すわけにはいかない。まだ方舟は戦闘態勢を整え切れていないのだ。
群がる猛獣を唯野仁成も斬り伏せながら、ライサンダーの一撃をテスカトリポカに叩き込むが。
ぐにゃりと曲がった木が、一撃を受け止めてしまう。
大概の魔術は易々と貫通するほどのライサンダーの一撃なのに。
木も砕け散ったが。熱帯雨林の植物さながらに、一瞬でまた生えてくる。
にやにやと耳まで裂けた口で笑っているテスカトリポカ。木から叩き落とさないと無理だろうなこれは。
しかし、テスカトリポカをはじめとする南米の神々は、太陽に生け贄を捧げることが常態化していたように。基本的に全てが太陽と関わりが深い。
何よりとにかく暑い地域の神々だ。
熱は効果が薄そうである。
そこで、アリスには、大威力の冷気魔術を準備して貰っていて。
今、ぶっ放させた。
猛烈な冷気が、視界を漂白する。更に其所に、同レベルの冷気魔術をアナーヒターが叩き込む。
それをみて、流石にまずいと判断したか、ひょいひょいと飛んでテスカトリポカが逃げるけれども。
上空に上がった所を、機動班クルーが一斉にライサンダーFで射撃を浴びせる。
それをぐねぐねとうねるような動きで回避するテスカトリポカだが。
そこへ、ゼウスが今度こそ全力のケラウノスを、収束して叩き込んでいた。
流石にこれは、余裕を持って対応出来なかったらしく直撃。悲鳴を上げてテスカトリポカが墜ちてくる。
其所に、更に皆で一斉射を加え続けるが。先に増す勢いで無数の猛獣が攻めこんでくる。それにしても、南米にいないはずの象までいるのはどういうことか。それは正直よく分からない。
跳ね起きたテスカトリポカ。
どうやら本気になったらしい。
全身が真っ黒なジャガーに変わっていく。同時に、その尻尾が巨大な蛇に。
おぞましい声とともに襲いかかってくるその威圧感は凄まじいが、この程度の相手なら何度も戦って来たのだ。
イシュタルが業風を叩き起こして、テスカトリポカの視界を塞ぐ。
瞬歩で猛獣たちの合間をかいくぐった唯野仁成が。至近距離に出、顎の下からライサンダーZでゼロ距離射撃を叩き込む。
文字通り脳天を貫かれただろうテスカトリポカだが、動きを止めずそのまま跳躍。
ゼウスが出て、アダマスの鎌を振るって顔をたたき割るが。それでもゼウスに組み付き、食い千切ろうとする。
そのテスカトリポカの顔が一瞬で蛇に変化した。
文字通り変幻自在だな。
そう思いながら、唯野仁成は背中を見せているテスカトリポカに、連続してライサンダーZで射撃を浴びせる。ほかのクルーは猛獣の対応で精一杯だ。ともかく、此奴を一刻も早く片付けないと。
ゼウスともみ合っているテスカトリポカの背中に躍り上がる。
恐らく本能で危険を察知したらしいテスカトリポカは、首をぐるんと回して唯野仁成に襲いかかる。
一瞬で丸呑みにされるかと思ったが。その首を、巨大なつららが一瞬で貫通して、胴体に串刺しにしていた。
アリスによる一撃だった。
動きが一瞬とは言えとまる。
そこにゼウスが再び収束ケラウノスを叩き込む。今度は至近。防ぎようもない。感電を心配するところだが、ケラウノスは神の雷。敵だけを灼く事が出来る事は唯野仁成も知っていた。唯野仁成が、強化されきった剣をテスカトリポカの背中に突き刺し。背中から一気に走り挙がりながら、首を叩き落としていた。
周囲の猛獣が消えていく。
テスカトリポカが、首を叩き落とされたにもかかわらず飛び退いたが。往生際が悪いとばかりにゼウスがアダマスの鎌を投げつけ。それが深々と体を抉っていた。
げらげら。げらげら。
耳障りな笑い声と共に、テスカトリポカが消えていく。
世界の終焉にも関わるほどの神格だ。
そのトリックスターに近い性格からいっても。世界一有名なトリックスター神格であるロキににているかも知れない。
だが、文化的にはつながりがない存在だ。
ある意味だが、これもまた。
人間の中にある、アーキタイプなのかも知れなかった。