Sストレンジジャーニー   作:dwwyakata@2024

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3、シュバルツバースの形

目を覚ますと、デモニカを受け取る。すぐにデモニカを着込んで、ゾイから伝言を受けた。

 

予想より回復が早く、一日少しで回復しきったそうである。恐らくだが、聖母マリアの超強力な回復魔術による回復促進効果があったのだろう。

 

そう告げると、ゾイは複雑な顔をした。

 

「其所まで強力な回復魔術だと、命の前借りをしている可能性が高いわ。 メイビーには気を付けるように言っておかないと」

 

「この場合はやむを得ない。 今は一秒が惜しい」

 

「そうね……」

 

ゾイの表情はほろ苦い。

 

世界中で今激務が蔓延している。ブラック企業という言葉は昔は日本だけのものだったが、今は世界中が当たり前のようにそれに蝕まれている。

 

それらは命を前借りで奪っていく。

 

働き盛りの人間がばたばたと倒れていく。それでも、社会の富を独占している連中は、ブラック企業を止めない。

 

自分さえよければいいからだ。

 

ゾイも見て来たのだろう。そんな無理がある社会に擦り潰された人間を。たくさん、とてもたくさん。

 

デモニカは修理が済んでいて、すぐに艦橋に呼ばれた。

 

多分だが、唯野仁成が一番ダメージが大きかったのだろう。まああのトランペッターとまともにやりあったのだから当然だ。姫様はもう全盛期の力を取り戻しているようだし、回復魔術や米を食べること、更にはクルーの信仰でどうにかなるが。人間である唯野仁成はそうもいかない。

 

腹は減っているが、食事は後回し。

 

それくらい、急務と言う事だろう。まあ点滴は受けていたようだし、会議に出るくらいはなんとでもなる。

 

それに方舟では、今まで唯野仁成は一度も時間を無駄にするような会議を見た事がない。

 

ゴア隊長と後見人役の正太郎長官が有能だからである。

 

艦橋に着くと、幹部格は皆集まっていた。

 

真田さんが、図を展開。艦橋のスクリーンに、巨大な図が表示される。

 

何だかよく分からないが、蟻地獄の巣のように見えた。

 

「真田くん、これは?」

 

「解析が完了しました。 今まで集めたロゼッタ、それにアレックスくんからの提供データ、情報集積体から全てのデータを集約した結果、完成したのがこの図です。 これこそ、シュバルツバースとなります」

 

おおと、声が上がる。

 

砂地獄の表面部分に、多数の球体がある。

 

これらが、アントリア、ボーティーズ、カリーナ、デルファイナスなどだという。

 

こんな表面部分にあったのか。

 

とはいっても、大母達の戦闘力や。ここホロロジウムにいる悪魔の実力を考えると、確かにこれは仕方が無いかも知れない。

 

「これら表層部分には、およそ1万の空間が存在すると思われます。 我々が通って来たのは、それらの中のたった四つです」

 

「一万!」

 

「それらの世界に、空間の支配者がそれぞれ存在し、南米やアフリカにシュバルツバースが接触した瞬間悪魔が解き放たれるわけです。 その空間支配者全てがモラクスやミトラス、オーカスやアスラと同格の存在と考えて良いでしょう。 万に達する魔王と、その数千倍の悪魔が出現するのです。 確かに短時間で十億に達する人命が失われたというのも納得出来ます」

 

「続けてほしい」

 

正太郎長官が、皆の動揺を抑えるべくか言う。

 

真田さんは頷き、続けてくれた。

 

「此方が深層階層です。 深層階層は本来の出口である、このすり鉢状構造の真ん中から、下に伸びたこれらの線の先にある球体です」

 

「これらは四つだけか?」

 

「はい姫様。 上から順番に、エリダヌス、フォルナクス、グルース、そして今いるホロロジウムとなります」

 

サクナヒメの言葉の通り、蟻地獄状の構造の下部。四つの球体が存在していて。それぞれが恐らく出口であろう蟻地獄中央部に干渉できるように線が延びている。

 

そしてその中央部は、一番真下まで線が延びている。

 

この線が、今までスキップドライブに使ったり。或いはシュバルツバースに突入する際に使った場所なのだろう。

 

更に言えば、この小さな線に悪魔が突入し。外に出て行くというわけだ。

 

「真田よ。 少し気になるのだが、このホロロジウムの下部にもまだ小さな空間が存在しないか?」

 

「はい。 良く気付かれましたね。 このホロロジウムの下部にも、まだ何か空間があるらしい事が情報を集積した結果分かりました。 ただその正体はよく分かりません」

 

「更に強大な神格がいる可能性は」

 

「いえ、それはあり得ませんね。 ホロロジウムの構造を解析する限り、間違いなく此処がシュバルツバースの中心です」

 

なるほどと、サクナヒメが頷く。

 

一番科学が分からないサクナヒメが率先して聞いてくれることで、皆が分かりやすくなるのは助かる。

 

勿論サクナヒメは、それを理解した上でやっているのだろう。

 

真田さんは咳払い。

 

春香が頷くと、恐らくクルーにも聞こえるように話し始めた。

 

「さて、ここからが本題になります。 先に終焉の四騎士とトランペッターを機動班が倒してくれた事で、最後の宇宙卵が手に入りました。 この宇宙卵は、宇宙を産み出すほどのエネルギーを有している物質と言いたいところですが……実際には、地球の内部熱量と同じ程度のエネルギーを有している物質です。 それだけでも驚異的ではあります」

 

確かにその通りである。

 

ブラックホールなどに存在する、重力によって極限圧縮された物質は、そのくらいの密度を持つ事があると聞いているが。

 

それらは重力どころか近くにいるだけで時間も歪めるという話である。

 

ならば、それらとは違う原理で存在している高密度物質なのだろう。

 

或いはシュバルツバースでしか存在し得ない物なのかも知れない。

 

「この宇宙卵は、シュバルツバース内に凝縮されたエネルギーの結晶体である事が分かっています。 シュバルツバースは拡大すると同時に外から人間の思念を集め、グルースではそれらを元に大母マーヤーが悪さをしていたことは記憶に新しいかと思います。 ここ最深部であるホロロジウムでは、更に高密度の思念体が集まり、結果終焉の悪魔達が現出していました。 その終焉の悪魔が形を変えたのが、これら宇宙卵になります」

 

春香の話を遮る者は今の時点ではいない。

 

それはそうだろう。

 

此処からどうするかが大事だからだ。春香が話をし始めたと言う事は、重大な発表だと言う事でもある。

 

クルーのストレスを減らすために危険承知で方舟に来てくれた世界最高のアイドルは。とにかく、クルーの精神に負担を掛けないように話を進めて行く。多分原稿は全て頭に入っている。

 

「解析できたシュバルツバースの構造によると、そもそもこの宇宙卵が存在していた位置には意味があります。 これらが存在していたのは、人間の負の思念の集約地点。 これらを逆用することによって、現時点では圧倒的最強を誇る大母メムアレフに集約しているシュバルツバースの力を、逆に拡散させてシュバルツバース全域に広げる事が出来ます」

 

「シュバルツバース全域に拡大……?」

 

「勿論、その場合シュバルツバースの悪魔達は一斉に活性化することになります。 一方で、試算によるとメムアレフの力は、最悪の場合でも十分の一にまで弱体化します」

 

なるほど。

 

要するに周囲の悪魔達は強くなるが、そのかわりメムアレフは一気に弱体化する、というわけだ。

 

現在、シュバルツバースからはまだ悪魔が外に出ていない。これは重力子通信で確認済みだという。

 

ただしシュバルツバースは既に南極を完全に飲み込み、アフリカと南米を目指して確実に拡大を続けてもいると言う。

 

もしも宇宙卵を使った後、速攻でメムアレフを倒せなかった場合は。或いはシュバルツバースの拡大を止められなかった場合は。

 

超強化された悪魔が世界中に解き放たれるわけで。

 

状況は更に悪くなる可能性が高い。ひやりとした。唯野仁成も、それは手に負えるとは思えない。

 

だが、これ以外に方法は無いのだろう。

 

唯野仁成が、何も知らないままシュバルツバースを攻略していたら、どうなっていたのだろう。

 

宇宙卵を使ってシュバルツバースを破壊する事を考えたのではあるまいか。

 

それは多分不可能事ではないはずだ。

 

構造の解析を完璧にすることは出来なくとも、恐らくホロロジウムを粉砕すればシュバルツバースは物理干渉能力を得られなくなる。なぜなら地球の意思が実体化させているものだからで、メムアレフを殺して更に中枢であるホロロジウムを砕いてしまえばひとたまりもあるまい。

 

思考を忙しく巡らせる唯野仁成だが。

 

春香は、驚くべき事を言った。

 

「此処で、弱体化したメムアレフに具体的なプランを提示しようと此方では考えています」

 

「……」

 

「宇宙卵を使った事によって、メムアレフを倒す事は可能になると思われます。 しかしながらそれでは地球の意思を無理矢理ねじ伏せるのと同じ。 シュバルツバースは何度でも再出現するでしょう。 それも、恐らく遠くない未来にです。 そこで、具体的なプランを意思疎通な地球の意思に提示することで、交渉にもちこみます」

 

「ぐ、具体的なプラン?」

 

困惑しているヒメネス。

 

まあ無理もない話だ。唯野仁成も、最初にアーサーにメムアレフを説得できるなら説得してほしいと言われたが。

 

実際問題、現在地球上で派手に資源を食い荒らしている人類が。今後そう遠くない未来に資源を食い尽くすのは目に見えている。

 

環境破壊云々よりも先に、必須となる物資がなくなることで人類は滅びるのだ。

 

その事実を突きつけられた場合、どうやって説得すれば良いのか、唯野仁成には思いつかなかった。

 

感情論や精神論は全く無意味である。ましてや人間の可能性が有限であることは唯野仁成は嫌と言うほど思い知っている。

 

現実的にどうすればいいのかとなると、なおさら科学者では無い唯野仁成には思いつかない。

 

だから未来の唯野仁成は、人類を鏖殺することで、資源の浪費を抑える決断をしたのだろう。

 

宇宙進出は現時点では無理だ。軌道エレベーターも実現していない現状、とてもではないができる事では無い。

 

一人宇宙に人を打ち上げるだけで、かかるコストが異次元過ぎるからである。

 

「方法はあります。 この方舟のテクノロジーです」

 

あっと、誰かが声を上げた。

 

そして、唯野仁成も気付いた。

 

そうだ、この方舟にあるテクノロジーを活用すればどうにかなる。

 

まずスキップドライブの技術だ。現時点で、この方舟は核融合炉を用いて、宇宙まで極めて超ローコストで飛ぶ事が出来る。そればかりか、スキップドライブを使えば多分月まで行くのも難しく無い。

 

そしてデモニカである。

 

極限環境で活動可能なこのデモニカは、金星ですら活動が可能であると聞いている。従来の宇宙服とは文字通り次元違いの性能だ。

 

戦闘経験の並行蓄積は流石に一般提供するのは危険すぎるので、ブラックボックス化し封印するとしても。

 

それ以外の機能をフル活用すれば、宇宙開発はそれこそ数段階一気に進む事になるのだ。

 

問題は、地球にいる人間をどう減らすか、だが。

 

「現時点での計画は、10年計画で行います。 最初の1年で、まずは地球の衛星軌道上にあるスペースデブリを、方舟の同型艦で全て処分します。 同時に月に前線基地を設置しつつ、彗星や小惑星をキャプチャして資源化する計画を進めます。 2年目以降は、火星と金星に方舟の同型艦を派遣。 コロニー作成を開始します。 これらはこの方舟レインボウノアとデモニカの能力があれば不可能ではありません」

 

なるほど、確かにその通りだ。更に順番に計画が説明されていく。

 

テラフォーミングは現時点ではかなり難しい。火星や金星には、主にコロニーを作って、その内部で生活する事になるだろうという話だ。コロニー作成の作業にはデモニカが大活躍する。

 

そして地球の周回軌道状には、方舟の技術を利用して、五年以内に一万人以上が住むことが可能なスペースコロニーを作成する。

 

更には十年以内には、一千万人を金星と火星に移住させることが可能だという。

 

これら宇宙に出る人間には、経済的優先を設けて、積極的な移住を促す。同時に既得権益を持っている人間は国際再建機構で押さえ込む。

 

そのままでは、既得権益を持った人間が宇宙での利権を好きかってする事が目に見えているからである。そうなれば戦場が宇宙になるだけ。それは絶対に阻止しなければならない。

 

国際再建機構の能力ならば。財団を潰すことが容易だったように。既得権益を持った人間を充分に押さえ込む事が可能だ。

 

更にもう一つの案があるという。

 

「人間の最大の欠点は、過剰すぎる繁殖能力です。 現在先進国では人口が減り始めていますが、それでも増える時は爆発的に増えます。 これを抑えるためには幾つか案がありますが、一番簡単なのは遺伝子データの登録制度の開始です。 同時に、結婚制度をこの世から終わらせます」

 

「結婚制度は崩壊しつつある。 実際問題ありかも知れないな。 そうなると、子供を育てるためのシステムが必要になってくるが……」

 

「それについても問題はありません。 技術提供がありましたから」

 

アレックスを真田さんが見る。

 

ああ、なるほど。確かにジョージ並みのAIがあれば、子育ては難しく無い。

 

人間という生物は、ある程度群れると同調圧力を強め碌な事をしない。いっそのこと、この際政治システムをAIに任せるのもありか。

 

実際問題、この方舟に搭載されているアーサーは、非常に優秀でこれからどうすればいいかの筋道を示してくれたし。

 

更にそれより進んでいるジョージは、アレックスを気遣い、明らかにそれ以上の性能を示していた。

 

なるほど、一つずつ丁寧に考えて行けば問題は解決できるという訳か。

 

皮肉な話だ。シュバルツバースに入る前は全てが無理だっただろう。

 

だけれども、スペシャル達とシュバルツバースに入り。そして全ての問題の解決の糸口が見えた今。

 

世界は変わるかもしれない。

 

後は、これをどうメムアレフにネゴシエーションするか、だが。

 

ああなるほど、理解した。

 

それ故の弱体化か。

 

メムアレフを弱体化させれば、それで充分に交渉のテーブルに着かせることが可能になる。基本的に交渉というのは、相手と圧倒的な力の差がある場合は成立しない。

 

宇宙卵を使ってメムアレフを弱体化させれば、その時点で交渉が可能になる、と言う事だ。

 

面白い。唯野仁成は、流石は真田さんだと思った。

 

これだけの事を考えていたのだとすると、本当に凄い人だ。

 

後は外宇宙文明とかが接触してきた場合だが、それについてはおいおい考えて行けば良い。流石に今それを考えても仕方が無いし、何もできることは無い。

 

国際再建機構が舵取りをしていけば、真田さんが具体的に挙げた改革は上手く行く。

 

どうしても住んでいる土地から離れたがらない人もいるかも知れないが。いずれにしても、今の話を聞く限り、資源採取は今後は宇宙からがメインになる。電力もこの方舟に積んでいる核融合炉の同型を有効活用すれば、今までに比べて資源の浪費は極端に抑えられるようになるだろう。

 

「何か、対案はありますか?」

 

最後に春香が言うが。

 

誰も、反論する者はいなかった。

 

確かにそれがベストだと言えるだろう。唯野仁成にも、それらに対する案は無い。

 

それでも、しばらく真田さんは待った。

 

春香も、まだ原稿を残している。反論があった場合の、再反論のためだろう。

 

実際問題、この件が極めて難しい事は、この旅に参加した方舟のクルーならば全員知っている。

 

一瞬で命が奪われる場所だと言う事も。

 

地球がそもそも人類を敵と見なしてしまっていることも。

 

人間の業が、鏡としてシュバルツバースで拡大展示されている事も。

 

或いは、方舟に乗る前には人間を賛美していたクルーもいたかもしれない。

 

だけれども、その全員が、既に考えが変わっているはずだ。

 

人間を滅ぼさなければならないとか、整理しなければならないとか。管理しなければならないとか。そういう考えにまで至ってしまうと、恐らく平行世界の未来の唯野仁成や、ヒメネスやゼレーニンと同じなのだろう。或いはあのペ天使マンセマットと。

 

しかしながら、そうではない、現実的な道を真田さんは示してくれた。これに対して、感情的に反論する事は、唯野仁成にはあまり考えられなかった。

 

勿論人間はたくさんいる。特に今の時代は様々な考えがある。

 

だから反論もあるのでは無いかと、一瞬思ったが。

 

データで殴られたからか。

 

或いは真田さんの「かねてから開発していた」に何度救われたか分からないからだろうか。

 

反論する人間はいなかった。

 

たっぷり十分ほど待って、反論が出ないことを確認すると、真田さんは咳払い。

 

春香は頷くと、原稿を一瞥して、更に話を続ける。

 

「大母メムアレフの居場所も概ね特定出来ました。 恐らく至近に方舟を運ぶ事も出来るかと思います」

 

「おお……」

 

「その前に、宇宙卵の準備を行い。 更には、メムアレフの弱体化装置を設置しなければなりません」

 

「そういうことだ。 機動班クルーの皆、最後まで頼む。 私も最大限支援をしよう」

 

ゴア隊長が言い、皆が頷いたのが分かった。

 

一旦一時間ほどの休憩が与えられる。クルーはおのおの好きなところに出向く。頭を冷やす時間が必要だと、アーサーもゴア隊長も真田さんも、それに正太郎長官も考えたのだろう。

 

このプランは、練り込まれている。

 

多分真田さんが、正太郎長官と相談して作り上げたことは間違いない。

 

更に言えば、である。

 

地球の意思であるメムアレフが、話が通じないようなら。この場合であれば、殴り倒してしまえばいいという良点もある。

 

放置すればまたシュバルツバースは出現するだろうが、遠からず地球から人類は離れるのである。

 

人類が地球から激減し、環境も再生に向かえば、シュバルツバースも黙らざるを得ないのである。

 

要するに二段構えの作戦であり、これ以上もないほど現実的と言える。

 

問題は数年でシュバルツバースがまた出てしまった場合だが。その場合は、またライドウ氏と姫様に来て貰い。数年分老いたクルーでまた挑むしかないだろう。ただシュバルツバースのノウハウは分かっているから、今回よりもずっと楽に潰せる筈で。更に技術力も上がっているだろうから、厳しい場面は減るはずだ。

 

休憩室に出向く。

 

ヒメネスが来ていて、コーヒーを飲んでいた。

 

手元には、ソフトキャンディが積まれている。

 

「ヒメネスもソフトキャンディが好きなのか」

 

「ああ、これが流行った時は驚いたぜ。 ガムみたいに捨てなくて良いし、何より美味いからな。 ただ歯には良く無さそうだが。 頭を使うときには、外ではたまに口にしていたんだ」

 

「そうか」

 

「たくさん作ったから遠慮するな。 ヒトナリも食えよ」

 

頷くと、相伴に預かる。

 

コーヒーも淹れてくれたので、有り難く飲むとする。

 

しばらくぼんやりしていると、ヒメネスの方からさっきの話について振ってきた。

 

「最後の戦いははっきりいって、生きて帰れないことを覚悟していた。 ルシファーの野郎が見せてきたあの光景、休憩しているときに悪夢に見るほどだったからな。 だが流石は真田さんだぜ。 あんだけ現実的な案を出してくるとは思わなかった」

 

「伊達に国際再建機構の守護神じゃあないな」

 

「ああ……。 帰れるかも知れないんだな」

 

「まだ気を抜くなよ。 あの四騎士やトランペッター並みの実力者がまだ先にいるかも知れない」

 

分かっているとヒメネスは頷く。

 

バガブーは大人しくしている。最近はヒメネスの補助をすることが仕事だと考えている様子で、危険な時や、必要な時以外には出てこない。ただ、バガブーに対しての信頼はもうヒメネスの中で揺るがない様子だ。

 

別の平行世界で、無理矢理悪魔合体して、悪魔人間となり。世界を破滅に導いたという話を聞かされてもそれは変わらない。

 

多分絆というのはこういうのを言うのだろう。

 

勿論こんなもの、誰にも生じるものではない。血がつながっていようがそれは同じ事だ。

 

ヒメネスの場合は、たまたまそれが生じる相手がいた。

 

そういう幸運な話だ。

 

「帰ったら宇宙進出か。 既得権益を好き勝手にしてる連中は俺たちが押さえ込んで、人口爆発も抑えて。 それで十年後には、火星や金星にいるかも知れないんだな俺たち」

 

「火星は仮にテラフォーミングしてもアフリカ大陸程度の住居空間しか確保出来ないという話だ。 金星が恐らく移住の主体先になるだろう。 事故が怖いが、代わりに手つかずの資源が眠っているし、何よりデモニカがある。 きっと何とかなるはずだ」

 

「デモニカは、本当に世話になった。 これが取りあげられるだろうなと思うと憂鬱だったんだが、そんな事もなさそうだな」

 

「ああ……」

 

同時に楽隠居もなくなったのだが。

 

ヒメネスは、それを嫌そうにはしていなかった。ストーム1もまだまだ当分現役でいるつもりのようだし。

 

既得権益を独占している無能な連中は、戦々恐々とすることになるだろう。

 

まあその第一人者である財団が潰されてしまっているので、今は外でも混乱があるのかも知れないが。そんなものは自業自得だ。知った事では無い。

 

時間が来た。

 

すぐにアーサーから連絡が来て、唯野仁成は出る事になる。病み上がりなんだから気を付けろとヒメネスに言われて、分かっていると返す。

 

物資搬入口にヒメネスと一緒に行くと、戦闘に参加するスペシャル達が全員揃っていた。

 

これから、更に深部に潜る。

 

もっと強い悪魔が出る可能性がある。

 

それを考慮すると、当然だろう。

 

ゴア隊長も来ている。装甲車も、出る予定のようだった。

 

「調査班は入り口付近に配置した野戦陣地やプラントの引き上げを開始してほしい。 此処からは危険が更に大きくなるから、二線級の機動班クルーはその護衛に注力。 姫様、いつも申し訳ありませんが最前衛で道を切り開くのをお願いいたします」

 

「ああ、分かっておる。 もう少し、なのだな」

 

「はい。 メムアレフに間もなくたどり着けるはずです。 気配を近くに感じないのには、何か理由があるのかも知れません」

 

「……分かった。 唯野仁成、それにアレックス。 ついてこい。 わしらで道を切り開くぞ」

 

敬礼。アレックスは、少し戸惑った後、はいと素直に答えていた。

 

アレックスはサクナヒメにあまり良い印象が最初は無かったようだが。既に敵意は失われ、敬意に変わり始めている様子だ。

 

常に最前線で戦い、誰も死なせない事を有言実行しているからだろう。

 

後はいつもと同じだ。ストーム1とヒメネスがその支援。ライドウ氏とケンシロウは遊撃である。

 

更に、装甲車が出て、機動班と行動を共にする。装甲車には調査班とゼレーニンが乗り込み、周囲の状況をつぶさに調べてすぐに拠点を作れるように準備もする。

 

今回はかなりゴア隊長も本気だなと、唯野仁成も思った。まあ大詰めなのだから、当然とは言える。

 

この他にありったけのケッテンクラートやジープも出る。今まで来た道に配置してきた拠点や野戦陣地の物資回収などのためだ。

 

クルーの大半が一気に動く。

 

残された時間が恐らく半分を切っている事もあって、かなりの大詰めである。そしてメムアレフの前に出たときに、クルー全員のコンディションが万全でなければ意味がない。故に、此処で一気に状況を進めておく、と言う事だろう。

 

さっそくサクナヒメと共に外に出る。

 

アレックスも文句一つ言わずついてくる。最近は、サクナヒメ以外とも話をするようになってきていた。

 

他のクルーとも話はするようだ。酷い目にあったという共通点もあるからか、メイビーとは時々話をするらしい。

 

アレックスの場合、その酷いが次元違いすぎる。17の子が辿ってきていい人生では無い。

 

だから、医者であるメイビーも、色々と思うところがあるのかも知れない。

 

唯野仁成とも、ある程度話してくれるようにはなった。

 

今も、移動しながら軽く話す。

 

「一点物の最高のデモニカを身につけている筈なのに、力が以前は正直伸び悩んでいる気がしていたの。 私の力はこれが限界なのでは無いかと何回か思ったわ」

 

「今は違うのか」

 

「ええ。 真田というあの技術者、本物ね。 この経験の並行蓄積機能、殆ど宇宙文明レベルの技術だわ。 未来から来たと言うのも納得ね」

 

周囲に聞かれるとまずいので個別回線で話をしているが。まあアレックスもそう思うほどの圧倒的性能と言う事なのだろう。

 

無言で移動し、四騎士がいた場所の近くにまで来る。

 

アーサーの指示で、一番ここから先に通じている可能性が高い道へ進む。分岐は豊富だが、悪魔が出る以外に邪魔は殆ど入らない。また途中に出る悪魔は例外なく敵意を示して襲いかかってくるので。逆に言うと、今まで通った場所の強い悪魔は殆どいなくなっている。調査班が襲われても、遊撃のケンシロウやライドウ氏が辿りつくまで、機動班がいればまず間違いなく持ち堪えられる。

 

また、長い坂だ。何処までも続くような、曲がりながら地面の下に向かうような坂。

 

周囲には溶岩の滝が幾つも見える。

 

原初の地球は、灼熱の生命の元となるプールが存在していて。その中で生命が誕生したという話だ。

 

地球が出来たのは46億年ほど前だと聞いているが、一説によると38億年前には生命は既に存在し、更に古いという説もあるという。

 

そうなってくると、生命とウィルスの中間くらいの存在であるプリオンは更に古くから存在していた可能性もあるし。

 

こういう過酷な環境でも、生命は誕生しうるのかも知れない。

 

だとすると、宇宙には人間が想像するよりももっとたくさんの生命が存在しているのかも知れなかった。

 

気配がある。悪魔だ。

 

何だかもう分からない悪魔が、坂の下から群れてやってくる。

 

真っ黒い人型だが。動きはおぞましく、まるでゾンビ映画だ。サクナヒメが問答無用で突貫すると、スパスパと斬り伏せていくが。坂の下から、凄まじい数が湧いてくる。

 

一体一体はあまり強くないように見えるが、何か嫌な予感がする。

 

悪魔を展開して、周囲に警戒しつつ、アサルトで姫様を支援。機動班クルーには後方側面を警戒して貰い。アレックスを念のために残して唯野仁成も前進。姫様と共に敵の排除に回る。

 

「唯野仁成よ。 この者達少し弱すぎるな」

 

「そうですね。 こんな深部にいるにはやたらと弱い。 おかしいかと」

 

「わしは下がる。 そなただけで蹴散らせ」

 

「イエッサ」

 

やはりサクナヒメもおかしいと感じたか。ひょいと飛び退く。まずは唯野仁成が蹴散らして回るが、はっきりいってそれで充分だ。

 

ゼウスがアダマスの鎌を面倒そうに振るう。

 

こんな雑魚に使う武器では無い、というのだろう。

 

黒い影は無数に湧いて出てくるが、嫌な予感が的中したのは。前面にいた黒い影を、ゼウスがケラウノスであらかた消し飛ばした直後だった。

 

まるで坂の下から湧いて出てくるようにして。とんでもない大巨人が姿を見せたのである。

 

今までで、一番巨大な悪魔かも知れない。それは毛皮に身を包んだ、知性も無さそうな巨大な姿で。ぼりぼりと肌を掻きながら。唸り声を上げていた。

 

どうも此奴の体から剥落したのがあの黒い人型らしい。

 

なるほど、そういうことか。あいつを産み出していたのがこの巨大な悪魔か。

 

勿論襲いかかってくる。

 

多分、こんなのがこれからはワラワラ湧いて来るというわけだ。だが、もう負ける気はしない。

 

早速姫様が突貫。巨人の顔面に、彗星の如くぶつかると、弾き飛ばす。巨体が冗談のように傾いていた。

 

機動班クルーも、もはや怖れない。というか、アレックスが召喚したインドラの戦車に皆飛び乗ると、其所から移動しつつ機動射撃を仕掛ける。高速で飛び回りながら大火力の攻撃をしてくる相手に、動きが鈍そうな巨人は体を高速再生しつつも巨大な手を振り回して攻撃してくるが。

 

インドラが鼻で笑ってその手を回避する。

 

擦っただけで即死だろうが、動きが大ぶりすぎて当たらない。

 

唯野仁成は、ライサンダーZを立て続けに撃ち、巨人の両目を潰す。すぐに再生してくるが。

 

その時には、巨人の頸動脈を姫様がばっくり切り伏せていた。

 

更に後頭部を、アモンの放った火球が爆砕。続けて其所に、機動班クルー達の悪魔が一斉に攻撃を浴びせて頭を半ば吹き飛ばす。

 

巨人は頭を半ば失うも、呻きながら手を振り回すが。その左手を、気合いと共に唯野仁成は一閃。親指以外の指が全部吹っ飛ぶ。

 

更にゼウスも突貫。

 

「これならば良し! 斬るに値する!」

 

アダマスの鎌で、巨人の右腕をリストカット。

 

鮮血が噴き出す中、巨人の再生が追いつかないほどの攻撃を浴びせ続ける。

 

更に、アリスのトリスアギオンと。アナーヒターの極大冷気魔術が連続して着弾したことで、巨人の頭部が完全に吹き飛ぶと。

 

流石にとんでもなく巨大な大巨人も、姿を消していった。

 

「被害確認!」

 

「悪魔が何体かやられたが、すぐにマッカで蘇生できる!」

 

「よし。 回復したらすぐに先に進むぞ」

 

唯野仁成が積極的に声を掛ける。膨大なマッカの回収は、連絡を入れて後から来る調査班に任せる。ただ、情報集積体だけは回収しておくことにする。

 

サクナヒメがじっと消えていった巨人のいた跡を見る。

 

「あれはティアマトの同類だな。 気配が近かった」

 

「原初の巨人、と言う事ですか」

 

「恐らくはな。 ……やはりティアマトはメムアレフの使い走りに過ぎなかったと言う事がこれで証明されたわ」

 

「いずれにしても、宇宙卵は既に手に入れています。 心配せずに進みましょう」

 

サクナヒメは黙り込んでいる。

 

何か不安があるのかと聞くと。姫様は頷いていた。

 

「真田の計画は完璧だとわしも思う。 文句のつけようがない。 だが、何か嫌な予感がしてならぬ」

 

「俺に懸念事項があるとすればデメテルですが、もしも此処から仕掛けてくるとしたら……」

 

「それに、スキップドライブを邪魔してきた輩がいたであろう」

 

「確かに」

 

姫様は歴戦の猛者だ。ストーム1のように、勘を完全に己のスキルに変えている訳ではないが。それでもその発言には重みがある。

 

皆の体勢が整ったので、そのまま進む。勿論最大限の警戒をしながら、である。

 

このぐるぐる地下に向かっている坂を下りきったら、多分そこはもうメムアレフの目と鼻の先ではないのかと唯野仁成は思う。

 

この辺りの空間は、方舟が飛ぶのに充分な広さがある。

 

仮に戦いになった場合は、方舟が充分活躍出来る状態を作れるだろう。それに、生半可な横やりなんて入れさせない。

 

「一応、皆に注意喚起はしておきます」

 

「ああ、そうしてくれ。 デメテルめが、嘆きの胎六層以降姿を見せぬのも気になるところでな。 あのマリアという者もだんまりであるしな……」

 

「聖母マリアは良く此方を助けてくれています」

 

「ああ。 だがデメテルの邪魔をするつもりもないように思えるな。 ひょっとするとあの明けの明星とやらと同じく、傍観を決め込んでいるのやもしれんな」

 

再び、悪魔の気配だ。

 

今度はムカデか。それも、とんでもなく巨大な奴が、坂の下からお行儀良く坂に沿って登ってくる。

 

古い古い日本の伝承では、巨大なムカデがいうならば最強の妖怪の立場にいたという説があるらしい。八岐大蛇退治の後根の国に移動した素戔嗚尊なども百足などの毒虫を行使して嫁取りに来た大国主命に嫌がらせをした話があるし。更には日本最古の妖怪キラー、俵藤太こと藤原秀郷が退治した大妖怪も大百足だった。

 

いずれにしても、あれは生物ではありえない。ルスカと同じだ。

 

迎撃開始。百足はちょっとやそっとでは死なないことを告げる。ましてやデモニカを脱げない今、弱点らしい唾を飛ばすわけにもいかない。人間の唾ならともかく、神である姫様の唾は多分通用しないだろう。

 

一斉射で百足を迎え撃つ。多分複数が来るだろうから、油断はしない。姫様の一撃を、百足が弾き返す。本来百足の装甲は其所まで強力ではないのだが、まあ悪魔だからなのだろう。

 

存在が不浄だから、神性の極みである姫様の攻撃と反発するのかも知れない。

 

唯野仁成も前進しながら、百足の口の中にライサンダーZの狙撃を叩き込んでやる。突貫したアレックスが、光の剣で百足の触角を切りおとし、更に姫様が頭に剣を突き刺していた。

 

暴れ回る百足。

 

ゼウスが離れろと叫ぶと、最大火力でケラウノスを叩き込む。

 

全身を焼き焦がされながらも、百足は全然元気で暴れ回っている。暴れ回っているが、倒せる。

 

こんな所で退くわけにはいかない。死ぬわけにも行かない。

 

もう少しで、メムアレフに。

 

手が届くのだから。

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