ただしその視線は傍観者のものではありません。
獲物を狙う猛禽のものです。
始まったな。
そう思いながら、シェキナーと人間の戦いをデメテルは傍観していた。
現時点での実力は、人間が7対3で有利。シェキナーは消滅の声以外に色々な手札を持っているが。
それでも地力がそこまで大きくない。
メムアレフから流出した力を取り込んだ分をあわせても、あの大母マーヤーを二割ほど上回る程度だ。理由としては、そもそもあの明けの明星が、散々力を削り取ったからである。
明けの明星は巧妙に結界を配置すると、戦闘しても勝てないと判断したシェキナーの力を、時間を掛けて削り取り拡散していった。
メムアレフから多少力が漏出してそれを吸収したとしても、シェキナーでははっきりいってあの英雄部隊には勝てない。
だが、それでかまわない。デメテルはしばし距離を取り、様子を見る。勿論油断もしない。
此処で明けの明星に不意でも打たれたら面白くないからだ。
だが彼奴は、どうもデメテルがこの十天への至に潜んでいることを承知の上で、英雄部隊にシェキナーの居場所を教えた節がある。
可能性を見たい。
それがためには、敢えて問題点があってもそれを指摘しない。
クリアするのを見たいからだ。
そういう奴だ、あいつは。
唯一絶対を気取る四文字の神から離反したが故に。自分以外の可能性を否定する四文字の神の真逆を行く。
それは決して良い事ばかりではないはずだ。
実際問題、奴が不幸な人間を助けて回っているのは。単なる気まぐれ。本当に同情している訳ではない。
その場その場では、気の毒だなとか思っていたりするのかも知れないが。
結局やりたいのは、四文字たる神の全知公平性の否定。
要するに、逆張りである。
そも明けの明星というもの自体が、後に勘違いから生じた堕天使に過ぎず。その歴史は決して深くはない。
ならば、「闇のカリスマ」とでも言うべき存在になろうと必死になってイキリ散らかして見せるのも、当然なのかも知れない。
だが、やらぬ善よりやる偽善という言葉もある。
善すらやろうとしない四文字の神に比べたら。まだ偽善であるとは分かっていても、実際に救って回っているあの堕天使長の方が、マシなのかも知れないなと。性格が悪いことをデメテルは思っていた。
さて、人間とそれに荷担する武神はそろそろ気付く筈だ。
より上品に高所にある柱に座ってデメテルは戦況を見つめる。
何度目かも分からない消滅の声で、物理も魔術もまとめて消し飛ばすシェキナー。だが、その直後。
シェキナーのいる巨大神殿の柱の一つが、爆砕されていた。
やはり気付いたな。
あの人間達は、歴戦とかそういう次元では無い。そろそろ気付くと思っていた。勿論デメテルが介入する事も気付いている可能性が高い。
だから、少し距離を取っておく。
流れ弾を装った狙撃を喰らうかも知れないし。
気配を消して接近してきた相手に、不意打ちを食らうかも知れないからである。
実際。周囲に雑魚とは言えない悪魔が多数展開し、不意打ちを警戒しているのだ。ドローンとか言う機械の鳥もたくさん。
勿論、仕掛けるときはその時はその時。
だが、今はその時では無いのだから、距離を取って見ておく。
消滅の声を更に拡げるシェキナー。
接近戦組は距離を取りつつ、悪魔達に攻撃させ、更に火力を絞り。声による消滅の範囲を測っている様子だ。
同時に、声がやむタイミングを見計らい、神殿の柱を壊して行っている。
やはりだ。
シェキナーとは、「神殿に神がいる」事を意味する言葉。
要するにあの無駄にばかでかい神殿を破壊されたら、シェキナーの力は更に拡散し。弱体化してしまう。
シェキナーが消滅の声を再び展開しつつ、身を震わせる。
全身から散った羽毛から、無数の天使が出現するが。
それは人型の美しい翼を持つ者では無く。
原初の天使。
多数の目と、多数の翼を持つ。人とはかけ離れた姿。
後世のキリスト教では、神の近くにいる天使は、人の目に触れる必要がないから人からかけ離れている姿をしている、という苦しい説明をしていたが。
その割りには神の寵愛篤い天使達はいずれもが美しい人型として人間に描かれている。
要するに原初の一神教では、あれが天使の姿であったのだ。
雑魚を大量展開して、神殿への被弾を防ごうという行動が見え見えである。やはりあまりにも神格としての格が強すぎた弊害が出ている。
力が強すぎるから、直接挑んでくる者が滅多にいない。
それは戦闘経験が浅い事を意味する。
あれではモロばれだ。
バアルが前に出ると、ゼウスと息を合わせてそれこそ空を焦がすような雷撃を叩き込む。
消滅の声の範囲内にいない天使は、文字通り全てが木っ端みじんに消し飛んでいた。
ムキになって消滅の声を展開するシェキナーだが、ストーム1というあの現在の英雄が移動を開始する。単独で、である。無数の天使が群がるが、それらはクーフーリンとジャンヌダルクが、当たるを幸いに薙ぎ払う。
あれは、消滅の声の範囲を見きったな。
予想は当たる。
ストーム1の狙撃が、次々に柱を撃ち抜き始める。更に、ケンシロウという男も、いつの間にか同じように単独で移動を開始。いや、あの赤黒も一緒にいる。
柱を素手で粉砕するケンシロウを見て、赤黒が流石に真顔になるが。
赤黒もプラズマ剣で、言われた柱を切り裂き、壊し始める。
シェキナーが、見苦しく叫ぶ。
「おのれ! 我々の神殿を破壊するとは、野蛮かつ傲慢! 許しがたい冒涜であるぞ!」
「貴方がそれをいう資格は無い! 一神教の信者がどれほど他の信仰のシンボルや神殿を破壊してきたか、知らないわけではあるまい!」
「我々は他の神などと同格では無い! 我々は常に絶対であり、常に正しい! 故に如何なる行為も許される! あらゆる災害は我々の信仰を受け入れないが故の自業自得であり、あらゆる変事は我々に逆らったが故の事だ!」
「どこまで傲慢になれば気が済む! 貴方は傲慢の名を持つ七つの大罪の長よりも、更に傲慢ではないかっ!」
おや。あの可能性の子が、珍しく本気で怒っている。
その狙撃が、やはり時々やむ消滅の声をぬって、柱を打ち砕いている。
神殿が、傾き始めた。
ヒメネスはもう言う事もないというばかりに、群がってくる天使を近づけさせない。
ガブリエルも流石に神の最悪の部分にまでは従えないからか、それを悲しい目で見つめつつ、防壁を張っていた。
ついに、神殿の一角が崩落し、天井がシェキナーに降りかかる。
悲鳴を上げるシェキナーに、方舟からの斉射が突き刺さる。
展開している英雄達が、一斉攻撃を開始。消滅の声を放って周囲を薙ぎ払う前に、ケンシロウが凄まじい手刀での斬撃を多数たたき込み。その斬撃は、巨大なシェキナーの向こう側にまで達した。
そして今まで距離を取って斬撃を飛ばすのに終始していたサクナヒメが接近。
大上段から、あの光の剣を叩き込んで真っ二つにする。
更にストーム1だ。
シェキナーの口の中に、完璧なタイミングでグレネードと言ったか。爆発する弾丸を叩き込む。
シェキナーが声を出せない時間が更に伸び。熱狂的な攻撃が更に浴びせられる。
方舟が主砲を展開。
全員が一斉に離れる中。
文字通り、光の奔流が、シェキナーを直撃。残骸と化しかねない程に傷ついていたシェキナーを更に溶かし粉砕する。
流石に一旦エネルギー充填に入った方舟だが。
その火力は、以前何度か観察したものより更に上がっていて。時間さえ掛ければまだ何発でも撃てそうだった。
シェキナーの残骸が超高速で再生しようとしているが。確実にダメージは受けている。
無数の天使をばらまきながら再生しようとするシェキナーの口には、確実にストーム1がグレネードを叩き込み。
サクナヒメとライドウ、ケンシロウが接近して相手を切り伏せ続ける。
恐らく、決定的な形勢不利を悟ったのだろう。
シェキナーが、切り札を切るつもりになったようだった。
さて、ここからが本番だ。
まだ、デメテルの出番は先である。
シェキナーにもコアがある筈だ。唯野仁成は、ライサンダーで狙撃を続けながら、冷静にそれを探る。
ゼウスには火力投射を。
イシュタルとアリスは火力を温存。
アナーヒターは、いざという時には守りを固めてほしい。
方針は既に伝えている。
というのも、いくら何でもシェキナーが脆すぎるからだ。
メムアレフが押さえ込んでいたにしては、今の時点では消滅の声と、天使を産み出す力しか使ってきていない。
確かに初見殺しである消滅の声だが、あんなものは今までの大母でも似たような力は使ってきた。
メムアレフが押さえ込むほどの相手では無い。
四文字たる神の本体と戦うのなら兎も角、その残りカスが相手だ。
だから、この程度なのだという考えも出来るが。それにしても、相手も動きがおかしいと判断していた。
再生しつつ破壊されるを繰り返しているシェキナーを横目に、唯野仁成は神殿を徹底的に狙撃して破壊し尽くす。口が出現する度に接近戦組が潰しているが。機動班クルーは兎も角、スペシャル達は皆分かっている様子だ。
相手はまだ本気を出していない。油断するには、早すぎると。それが分かっているなら、対策は出来る。
唯野仁成が、瓦礫と化した神殿を更に消し飛ばすと同時に、ストーム1が面制圧攻撃に入る。
それを見て、接近戦組が飛び退いていた。
大量のグレネードを同時投射して、周囲を更地と化す個人携帯用面制圧兵器、スタンピード。恐らくはその最終完成型。
ぶっ放されたグレネードは無数。それが。それぞれ巡航ミサイル並みの火力で爆発し、神殿の瓦礫を根こそぎ消し飛ばしていた。
「これからまだ形を変えるはずだ! 油断するでないぞ!」
誰かがやったかとか被害を出しかねない言葉を言う前に、サクナヒメが周囲に活を飛ばす。
距離を取りつつ、煙の中に狙撃を続ける。
やはり、何かが出現しつつある。高速再生ではなく、何かが其所に現れようとしているのだ。
出オチは流石に厳しいだろう。
マーヤーですら、大量のC70爆弾の飽和攻撃に耐えたのである。
メムアレフが使い走りと呼んでいた、大母の一角ですらそうだ。
メムアレフ自身が押さえ込んだこの四文字たる神の一部が、それよりも弱いはずがない。
煙の中に、やがて立ち上がった人型が姿を見せる。
大きさは数十メートルほど。大母達と同じくらいだろうか。
違っているのは、体中に顔があり、羽根が生え。無数の目があるということだろうか。
ぞっとして、下がる様子の機動班クルー。
シェキナーは、怒りを込めた声を震わせた。それに対してライドウ氏は冷静だ。
「この姿を出させたか人間達よ……」
「ユダヤ教に登場する原初の大天使はあのような姿だ。 怖れる事はない」
「神に従う聖なる霊こそ天使である。 故に我々は天使の姿を取る事によって、現世に姿を見せることもある。 これこそが、我々の時代の天使の姿。 そして我々の力を引き出すのに丁度良い媒体よ!」
「慈しむべきしもべ達すらも、媒体呼ばわりか」
唯野仁成は流石に頭に来る。もはや怒りを通り越して、哀れみすら感じる言動だ。これが本当に神の心の一部か。一部なのだろう。だとしても度し難いにも程がある。
実際問題、特定宗教が絶対のルールになっている場所では、此奴のような言動をする人間こそが正義であり。他の思考が許されないケースさえある。
人間の影響を神が強く受ける以上。
こう言う思考を持つ部分が出て来ても、おかしくは無いのだ。
「お前達の映し鏡こそ、今の我々の姿だ! 我々を貶めるほど、人間という生き物の本性をえぐり出すことだと知れ!」
詠唱無し。
周囲に、同時に数十の魔術が爆裂する。
ガブリエルのシールドと、とっさに張ったアナーヒターのシールドが、一瞬で負荷に軋むほどだった。
間髪入れず、次が来そうになるが。
此方だって、負けてはいない。
即座に反撃開始。爆炎の中、大量の悪魔達が魔術を叩き込み返す。ゼウスがケラウノスを叩き込み。バアルがこの程度は軽いと言わんばかりに最前衛に出ると、更に凶悪な雷を打ち込む。
オーディンの槍がシェキナーの口に突き刺さる。深々と抉る。
シェキナーは即座に全身を再生させるが、先の様子を見る限り、多分あの位置から引きはがさないと駄目だ。
シェキナーとは、神殿に神がいる状態を意味している。
彼処は破壊されたとはいえ神殿。
だったら。
だが、それを嘲笑うように、シェキナーが苛烈な攻撃で頭部(顔は体中にあるので喋れる)を吹き飛ばされつつも言う。
「この十天への至は全てが我が神殿! その中枢が先にお前達が壊した神殿よ! だからこの世界から追い出しでもしない限り、我々は不滅! せいぜい無限の再生をする我々の力に押し潰されるがいい!」
「無限で等あるものか!」
「何……」
「どんな可能性だって有限なのがこの世の中だ。 ましてや貴方のような、邪心そのものである存在に、無限の可能性などあってたまるか!」
「おのれ、この神聖の究極点たる我々を、たびたび邪呼ばわりしおって……!」
ゼレーニンに目配せ。
今ので、完全にシェキナーは、怒りの矛先を唯野仁成に向けた。
勿論攻撃をモロに全弾喰らったら、唯野仁成だって死ぬ。
故に、である。
シェキナーが、今まで以上の凄まじい火力を展開して来る。ゴア隊長に通信。ガブリエルが、必死にシールドを展開する中、それにアナーヒターも加わる。それだけではない。他にも、機動班クルーの悪魔のうち、守りが得意なもの。それにバアルもが、唯野仁成を守るべく立ちふさがり。秒間数十飛んでくる極大魔術を防ぎ続ける。
完全に発狂状態の攻撃を繰り出してくるシェキナーだが。頭に血が上って気付けていない。
どうして、他は一斉に攻撃を止めた。
守りに徹しているとでも思ったのか。
恐らく千を超える極大魔術を詠唱も無しにぶっ放したシェキナーは、人型のまま身を逸らせて勝ち誇った声を上げた。
煙越しに、此方の傷ついた様子が見えるからだろう。
だが、漸く気付く。
全身に、羽衣が巻き付いていると言う事に。
そして、巨体が。
文字通りぶん投げられていた。
空中に放り投げられた巨体は、外れたのだ。神殿の中心から。此処は確かに全てがシェキナーの神殿なのかも知れない。
だが、それが最大のパフォーマンスを発揮するのは。さきの神殿があった場所なのである。
だから其所を重点的に明けの明星の精鋭が結界で封じていた。
其所から外されれば、どうなるか。
一神教の神殿とも言える教会でも、どこに神のシンボルをおくか等は相当に気を遣うのである。
これはどんな信仰の神殿でも同じである。
ぶん投げられたシェキナーは、巨大な翼を新たに展開するが。上空には、既に拳を固めたケンシロウがいた。
アレックスのインドラの戦車で、其所まで運んで貰っていたのだ。
ケンシロウの事は何処かで知っていたのだろう。
シェキナーが、慌てて防御を取ろうとするが、もう遅い。
「ほあたあっ!」
ケンシロウの一撃が、シェキナーの顔面に突き刺さる。更に、ケンシロウが裂帛の気合いと共に、数百の拳をシェキナーの全身に叩き込んでいく。
「あたたたたたたたたたたたたっ、あたたたたたたたたたたたたたたたあっ!」
「ぶげ、びげば、がぼ、ぎゃぶ、ふぐぶっ!」
ケンシロウを、インドラの戦車が拾う。アレックスも駄賃とばかりに、特別製の拳銃で銃弾を叩き込んで離れる。更に、空中を併走していたアモンが超火力の火球を叩き込んでいた。
悲鳴を上げながらもがくシェキナーの全身が膨れあがる。再生どころではない。全身が、派手に爆裂し始める。
「北斗百烈拳!」
「お、ああ、ごぎゃあああああああっ!」
全身が派手に吹き飛び、骨が露出するほどのダメージを受けるシェキナー。しかも、ケンシロウが経絡秘孔だかを突いたから、だろう。再生が露骨に遅れている。
其所に。方舟から速射砲が見舞いされる。
アリスが詠唱を開始。
全力のトリスアギオンを叩き込むつもりだ。
他の悪魔達も、それにならう。
方舟も、フュージョンブラスターの二射目を準備し始めた。ストーム1は、相手の脊髄を、ライサンダーZで打ち砕いている。
サクナヒメは、地面で力をため込んでいるようだが、何か意図があるのか。兎も角今は、着地までに可能な限りのダメージを与える。
地面に墜落する寸前。
機動班クルー達の悪魔による魔術の一斉攻撃。
更に、方舟からの第二射主砲斉射。フュージョンブラスターの二射目も含む一撃が叩き込まれ。
更にアリスの全力トリスアギオンと、ゼウスのケラウノス。更にはテューポーンの全火力が籠もったらしい風の斬撃と。同じくイシュタルの風の一撃。更には。オーディーンのグングニルや、クーフーリンのゲイボルグまでもが叩き込まれていた。
文字通り、戦術核が爆発したような光が其所を包む。
ガブリエルがシールドで皆を守ってくれた。また、方舟も爆発を予期していたようで、プラズマバリアを展開。その影に、多くのクルーを庇ってくれた。
しばし、爆発の余波は続く。
だが、煙が吹き飛ぶ。
倒れているシェキナーは、全身がまだ膨れあがりながら爆発を続けていて。彼方此方骨が露出している凄惨な姿だが。まだ焦げながらも、全身が形を残していた。
「お、おのれ、げぶっ……!」
頭部が存在しないが、彼方此方にある顔で喋ろうとするシェキナー。だがその顔もどれも傷ついていて、一つが今吐血した。
サクナヒメが待て、と言う。
同時に、全員が距離を取った。何かがあると、それだけで察したと言う事だ。
シェキナーが、立ち上がろうと必死になるが、出来ずにいる。今が好機ではないのかと思ったが。嫌な予感がびりびり来た。
ストーム1も、即座に装備の点検を始めたようだ。
形態を変化させて、更なる力を展開するのか。
いや、何か違う気がする。
何が違う。何が間違っている。いや。そういう問題では無く。
ふと気付いて、顔を上げた。異質が割り込んだのを察知したからだ。
其所には、デメテルの姿があった。
手に持っているのは何だ。前は花を手にしている事が多かった。だが、あれは、まるで実りのようだ。宇宙卵にも似ている。
最初に激高した声をデメテルにぶつけたのは、無様に地面にへたばっているシェキナーだった。
「デメテル、貴様……何をしている……!」
「致命傷が入りましたわね」
「何だと……! だったら何をそんなところで高みの見物をしている! 実りを手にしているのなら、それを使え! 貴様の全ての力を使って、我々を回復させよ!」
「そんな事をすれば私は死んでしまいますわ。 それでもやれと?」
デメテルの声が冷ややかなことに、シェキナーは気付いているだろうか。いや、この様子だと気付けていない。
ケンシロウの北斗百烈拳が、モロに入ったのだ。
如何に強大な再生能力があったとしても、恐らく全身が再生する端から爆散しているのだろう。
そんな状態では、ただでさえ邪心の塊のようなあの神が。
冷静な判断など、不可能だろう。
それに先から見ていると、彼奴は力を使って押し潰す戦術を多用していた。消滅の声も、形態が変わってから使っていない。
素の力はとんでもなく大きくても、戦闘慣れしていない証拠だ。強すぎるから、戦闘経験を積む余裕が無かったのだろうし。誰かにものを教わると言う事もなかったのだろう。
「今攻撃はするな。 まずい」
サクナヒメが、デメテルを撃とうとしたクルーを止める。
唯野仁成も嫌な予感しかしない。
彼奴は、どうしてこのタイミングで出て来た。それに瀕死で、このまま放って置いても死ぬシェキナーの所に、どうして出て来た。
メイビーが、マリアを召喚。
回復魔術を展開する。
恐らくメイビーも、戦闘経験を蓄積したから気付いたのだ。何かが、非常にまずいと。だから、今のうちに此方も仕切り直しをすべきだと。
それにしても、どうして彼奴が実りを持っている。
ケンシロウと共に降りて来たアレックスが、困惑した声を掛けて来ていた。
「どういうこと! あの実りは! 何故攻撃しないの!」
「デメテルは、実りの実体は最初から持っていたのかも知れない」
「!?」
「世界でも最も名が知られた豊穣神だ。 そしてあの嘆きの胎。 ひょっとしてだが……最初からデメテルの支配下にあったのではないのか。 看守悪魔達の異常な言動、思い当たる節がないか?」
ふっと、ゼウスが鼻を鳴らす。
恐らく正解、という意味だろう。
ゼウスとしては、相手が姉だ。姉を裏切るつもりにはなれなかったのかも知れない。何しろ、姉には散々不義理を働いたのだから。
マリアはどうなのだのだろう。何か理由があるのだろうか。
「どうした、早くせよ! 貴様如きデーモンを、栄光ある大天使に迎えてやろうというのだぞ!」
「結構ですわ」
「は……?」
ぽいと、実りを放り捨てるデメテル。その捨てられた実りが、シェキナーに吸い込まれていく。
シェキナーの中に入り込んだ実りが、爆発的な閃光を放ったのは次の瞬間だった。サクナヒメが守れ、と叫ぶ。また、ガブリエルのシールドと、方舟のプラズマバリアが展開される。サクナヒメも最前列に出ると、羽衣を展開して皆を守った。
唯野仁成も、必死に腕で顔を庇いながら。それでも見る。無様にうめき声を上げながら、全身が拉げていくシェキナーの姿を。
それを、冷徹に見下ろしているデメテルの姿も。
今までは子供らしい可愛らしい声だったデメテルなのに。その声は、不意にドスが利いたいにしえの豊穣神に相応しいものになっていた。
「何が大天使か新興宗教の神格風情が。 貴様の他に価値観は無く、貴様の他に可能性はない。 貴様の他に正しくはなく、貴様の全てが肯定される。 そんな思考に、誰がついていくか。 別にオリンポスの神々が正しいなどとはいわない。 だが貴様のような、一神教の独善主義を煮詰めた煮こごりに従うフリをするだけで、今までずっと反吐が出るかと思ったわ」
「お、おのれ、う、裏切った、裏切ったな……っ!」
「いつから私が貴様の配下になった。 貴様は秩序陣営の最大顔役だったというだけで、別にオリンポス神族で秩序属性よりの私の上司でも何でも無い!」
絶叫するシェキナー。
やがて、その形は完全に消滅。
そして、地面に降り立ったデメテルが。その全てのエネルギーを吸収していたようだった。
そういう、事か。
デメテルは、ずっとこの機会を狙っていたのだ。
納得がいく。今の力、シェキナーよりも確実に大きい。それは当然だろう。シェキナーを封じるために展開されていただろう明けの明星の結界も通用しないのだから。なぜなら、そこにいるのはデメテルであって、シェキナーではないのだから。
サクナヒメが前に出る。
そのままでは、誰も動けないと判断したのだろう。正しい判断だ。唯野仁成でさえ、声を出すのが厳しいほどだ。
「貴様が裏切り行為を働いたとは思わぬ。 その力で何をするつもりだ」
「貴方方の行動は見ていましたわ」
デメテルの言葉遣いが、元に戻る。それが逆に不気味極まりない。
いずれにしてもはっきりしているのは、あの大きさで威圧感は明けの明星以上と言うことである。
仮に結界を展開した、明けの明星麾下の精鋭がこの地にまだ残っていたとしても。まとめて束になってもかなうまい。
それほどの凄まじい力を感じる。
「メムアレフに対して、要求を呑ませた。 極めて現実的な提案だった。 それでシュバルツバースは二度と出現しなくなる。 結構結構、大いに結構でしょう。 まさにハーヴェストですわ」
ぽんぽんと拍手をするデメテル。
隣で、ゼウスが冷や汗を掻いているのが分かる。それほど危険な力を感じるという事である。
「それが気にくわないと?」
「いいえ、どんどんやってくださいまし」
「何だと」
「私はメムアレフと事を構える気はありませんわ。 正確にはもうあんなもの、苦も無く殺せると言うだけですけれども。 このシュバルツバースは地球の意思が産み出した、再生のためのシステム。 その中枢の一部に食い込む。 それだけが私の目的ですのよ」
ああ、なるほど。理解した。そういうことか。
サクナヒメの隣に進み出る。デメテルは、まがりなりにも一度は命を助けてくれたのだ。
だから、唯野仁成も話さなければならない。
サクナヒメは、唯野仁成が喋る事が出来る様に、お膳立てもしてくれた。率先してサクナヒメが動いてくれなければ。皆が気圧されている今、誰も動けなかっただろう。
一応、アレックスには戦闘前に伝えた。
あの手にしている実は絶対に使うな、と。アレックスがこの戦いで死んでは意味がないのだから。
しかし、これからどうするべきか、判断は任せるとも。
「このシュバルツバースに満ちている力は、現時点での人間の思念に起因している。 つまり秩序属性はどうしても最大派閥の一神教のものが強くなる。 混沌属性は、人間の剥き出しの邪悪が前に出る。 だが、それを覆したかった……そういう事か」
「そういう事ですわ。 もしもこのシュバルツバースを、何度も何度も、いや何十度も転移している赤黒がいなければ、私はあの新興宗教の独善頭の思考制御から逃れられなかったでしょう。 でも、私はあの赤黒が転移を繰り返したおかげで、私が辿りうる末路を見たのですわ」
アレックスが、思わず顔を引きつらせるのが分かった。
デメテルは、残忍に笑う。
子供の姿だから。余計にその笑みは純真などではなく残忍だった。
人間が一番残忍なのは、幼いとき。一番残虐な大人は、精神が子供のままの大人。
そういうものだ。
「シェキナーの指示に従い、命を賭けてシェキナーを復活させる世界があった、と言う事だな」
「そういうこと。 まあその世界でも、結局シェキナーは倒され、なおかつ貴方たちの未来は閉ざされていたようですけれども」
「……そうか」
「私に戦う気はありませんわ。 メムアレフと明けの明星は単純に鏖殺します。 これからこのシュバルツバースは私のもの。 地球の意思は、私の意思で上書きしますのよ」
デメテルの言葉は、歌うように。あまりにも簡単に抹殺を宣言していた。
更に、デメテルは続ける。
「貴方方はそのまま帰ると良いでしょう。 メムアレフに公約した件については私も賛成しますわ。 貴方方が宇宙に移住するのをじっと見守って差し上げます。 そして元に戻った地球の豊穣は、私が一人でハーヴェストいたしますので」
「人間がいなくなれば、信仰も存在しなくなる。 地球の意思を乗っ取っておけば、この星全てがあなたのもの。 そういうことか」
「ええ、そういうこと。 利害の一致、おわかりで」
「ゴア隊長、正太郎長官」
勿論二人に確認する。
当然の話だが、これは即座に唯野仁成が独断でイエスだノーだと言える話では無い。メムアレフは確かに危険な存在だが、あれは嘘をつくような存在には見えなかった。
明けの明星も同じく。所詮は四文字たる神のカウンター存在とはいえ、偽善をきちんとこなして多くの人を救ってきたのである。
ヒメネスの所のバガブーだって救われた一人だ。
やらない善よりやる偽善を実行している存在である。利害が一致したのなら、これ以上対立することは無い。
だが、恐らくデメテルは違うだろう。
方舟のスピーカーから、声が聞こえる。正太郎長官のものだ。
「女神、いや豊穣神と呼ぶべきか。 デメテル。 残念ながら、貴方の言葉を信じるわけにはいかない」
「あらどうしてですの」
「貴方の目的はこの星を掌握する事では無い」
ずばりと、指摘が入る。ゼウスが寂しそうな笑みを浮かべているのが分かった。
そうか、そういうことか。
正太郎長官ほどの存在になると、それが分かってしまうと言うことか。
唯野仁成も、いま気付くことが出来た。
デメテルの目的は、この星を乗っ取る事では無い。
この星から信仰が存在しなくなる事が主体だ。
嘘つきは、本当に嘘を織り交ぜる。デメテルの神話的な意味を考えれば、すぐに分かった事だ。
「デメテル、貴方はオリンポス神族の中でのごたごたに巻き込まれ、愛娘まで取りあげられた神格だ。 貴方が求めるのはこの星なんて俗物的なものではない。 もっと感情的なもの……例えばこの星からにっくき神々を全て自分以外消し去る事。 そういう事ではないのかね?」
「……」
「貴方の言う事を聞いて、シュバルツバースを貴方に渡したとしよう。 そうすれば、恐らく貴方は地球の意思を乗っ取った状態で、地球から人類を消し去るだろう。 それが一番早いからだ。 何しろ、何十年だか待たずに済む。 また我々が乗り込んでくる可能性もない」
「……ふっ」
デメテルが笑う。全てを暴かれたものの笑みだった。
やがて小さかった笑い声は、大きくなっていき。その周囲に、多数の人影が現れ始める。
もはや信仰が失われた、いにしえの神々達。恐らく嘆きの胎でかき集めていた、手駒達だろう。
「流石は年の功。 大正解ですわ。 ただ一つ付け加えるなら、ちょっとだけ間違っています。 貴方たちが宇宙に出るまで、十五年だけは待とうと思っていましたのよ」
「十五年では、この星から自立しきるのは不可能だ」
「人間は数が増えすぎるし、既得権益の押さえ込みだって大変でしょう。 それを私が全部シュバルツバースで押し流してあげようというのです。 適度に減った人間を適切に管理する。 それならば貴方たちが支配者になるのは容易ですわよ」
「あいにくだが、儂は政治権力の醜さを嫌と言うほど見てきている身でね。 自分で世界の支配者になろうなどとは思わんのだよ。 既得権益の押さえ込みは大変だろうし、その過程で血だって流れるだろう。 だがそれは、我々が自分でやらなければならない事なのだ」
流石だ。
戦後の混乱期、あらゆる人災や人の醜さを正太郎長官は見てきた筈だ。人殺し以外の事は何でもやったというような発言を平然とする老人は今でもいると聞いている。文字通り、日本が一番酷かった時代に、最悪の数々を見て来た上で。
なおも放たれる正太郎長官の台詞。
その先も、国際再建機構を設立する過程で、どれだけ醜い人間の本性を見て来たか分からない人だ。
その言葉の重みは知れなかった。
ため息をつき、肩をすくめるデメテル。その目が、赤く輝いていた。
「では、始めましょうか。 シェキナーの力を取り込み、地球史上最強の豊穣神となったデメテルと。 いにしえの闇に忘却されていった神々がお相手いたしますわ。 まだ時間もありますし、死の舞踊につきあって貰いますわよ」
全員が一度跳び離れる。
第二ラウンド開始だ。そして、これが恐らく正真正銘このシュバルツバースでの最後の戦いになる。
「では行くぞデメテル。 同じ豊穣神どうし、頂点を決めるとしようか!」
「お相手いたしますわ! 今の貴方でも、私には及びませんけれどね!」
真っ先に躍りかかったサクナヒメの一撃を、デメテルが手刀で弾き返す。
それを切っ掛けに、最後の総力戦が開始された。