ゼレーニンが目を覚ますと、どうやら牢屋の中にいるようだった。
思い出す。
たしか、いきなり締め上げられて。体が浮き上がって。それ以降は、一切覚えていない。何があったのかは分からない。
そもそも締め上げられて、デモニカ越しに意識を失う程である。
相手が側にいた兵士の誰かだったとは思えない。
側で呻いているのは、機動班のクルーだろう。
ノリスと、IDが表示されている。
確か護衛についていた手練れの一人である。
揺すって起こす。
バイタルがかなり乱れている。相当に痛めつけられたのは、間違いないと見て良いだろう。
「ゼレーニン技術士官どの、無事か……」
「貴方こそ、どうして」
「悪魔どもが、あんたを乱暴しようとして、それから守ろうとして」
「……」
恐怖を覚えると同時に。
それ以上に、自分を守ってくれたノリスというこの機動班の男性に、申し訳ないと思ってしまう。
更に、だ。
もし今デモニカに悪魔を入れていたなら、回復出来たかも知れないのに。
それさえできないという事実を思い出して、哀しみが溢れる。
暴力が支配する場所に来ている。
それは分かりきっているのに。
どうして、悪魔を行使することを拒んだ。
それは恐怖からもある。薄いとは言え、神の使徒と思っている自分が、悪魔を使うわけにはいかないという思いもある。
幼気な姿をしているサクナヒメさえ、デーモンの一種だと思ってしまう自分がいるのである。
ましてや堕天使などの更に穢れた悪魔を平然と使っているクルーに対して、反発だって感じていた。
その結末がこれだ。
周囲を見回す。
何とか脱出しないと。
姿を隠して奇襲してくる悪魔の存在が、アントリアの時点で分かっていた。きっとそういうのにやられたのだ。
だから、とにかくデモニカの機能をフル活用して、逃げる筋道を探さなければならない。半死半生のノリスを放置も出来ない。
しばし思考を忙しく走らせた後。
ゼレーニンは、今は体力を回復するのが優先だと判断した。
不意に、数体のガタイが良い悪魔が牢屋に入ってくる。
神に祈るゼレーニンだが。その祈りは届くこと無く、悪魔達は乱暴にノリスを抱え上げ。ゼレーニンの腕も引いた。腰をそのまま掴みかねないほどの巨大な手だ。ゼレーニンの柔い腕が、軋むのを感じた。
「ミトラス様がお呼びだ! 来い!」
「離して! 汚らわしい悪魔達、きっと天罰を受けるわ!」
「ハッ! シュバルツバースとお前達が呼ぶこの世界が今どうなっているか、本当に知らないんだな」
ゲラゲラ笑い出す悪魔達。
どれも、人間のようでいて、人間ではない姿をしていた。
翼が生えていたり、下半身が動物だったり、角があったり、顔にたくさん目があったり。
どれもこれもがおぞましいモノばかりである。
「今我等混沌の地の底に押し込まれたものこそが、この世界の支配者なんだよ。 神とお前が呼ぶものとその一派は、牢に閉じ込められ外に干渉すら出来ぬわ」
「何ですって……」
「手間を掛けさせるな! それとも一回か二回マワしてやれば静かになるか!?」
ぞっとするゼレーニン。
この凶悪で倫理なんてかけらも無い連中が、それを実施するのは確定だったからだ。
それにだが。
調査していて、悪魔は嘘をつくことはあるが。力が相手より勝っている場合、本当の事しか話さないこともゼレーニンは見抜いていた。
悪魔は人間よりも優れている。
そう思うが故の驕りだろうと分析していたが。恐らく、それは間違ってはいない。
ノリスが呻く。
これ以上口答えしたら、自分のために半殺しにされたノリスがどんな目に会うか、分かったものじゃない。
大人しく従う事にする。神に何度も心の中で謝罪した。情けなくて、涙が溢れそうだった。
ロシアからアメリカに移住した理由はよく覚えている。
ソ連崩壊後、故国のモラルは完全に消滅した。
犯罪に巻き込まれるのは、隙がある方が悪い。そんな理屈がまかり通るようになり、暴力が秩序の別名になった。
敬虔なロシア正教の信徒であった両親は、幼いうちから美しさの片鱗を持っていたゼレーニンを心配もしたのだろう。こんな国にはおいておけないと。
幸いロシアからアメリカに移住することは難しく無くなっていたし。
いっそのことと、アメリカに移住を決めたのだ。
だが、アメリカも腐敗していた。
民主主義やエリート教育の総本山という言葉は大嘘だと言う事は、飛び級を重ねていくうちにすぐに分かった。
明らかにおかしいのが混じっているからだ。
やがて財閥系の子息が、裏口入学や金を積んで飛び級をしていることをゼレーニンは知り。また、各地で人権屋と呼ばれる人権を金に換えているカルト同然の連中が暗躍していることも分かってきた。
此処も腐りきっていたかと、本当に心底から失望した。
若くして博士号を取ったゼレーニンは、敬虔な一神教信者である両親が早くに亡くなった事もあり。
自分で未来を好きに決めるべきだと悟った。
そうして選んだのが。組織としてクリーンな、国際再建機構だった。
其所で文字通り水を得た魚として、自分の研究を生かし。若くして、あの真田さんの右腕とみて貰えるようになったが。
その頃になって悟った。
敬虔な一神教徒ではないと思っていたのに。
異教に対して、強い嫌悪感を持っている自分に、である。
今も考えている。
これは神罰なのだと。
多分、神に対する信仰が足りていなかったからなのだと。故にノリスまで巻き込んでしまったのだと。
やがて乱暴に地面に投げ出される。
其所には。
傲慢極まりない目つきで此方を見下ろしている、巨大でおぞましい存在がいた。
姿はローマ時代の戦士のようである。ただし、芸術作品で表現されるそれ、だが。
兜を被り、上半身は裸。手には勇ましく槍を持っており、あまりにも美を追究しすぎている筋肉。理想的な逞しい男性の体型をしている。
それでいながら下半身は存在しない。
マーブル模様がついた石になっているのである。
この不可思議さこそが、悪魔なのだろう。
悪魔は背丈十メートルほどもある。モラクスに劣らない力の持ち主のようだ。
ノリスを守るようにして、必死に少しだけ前に出るゼレーニンに。凶悪な威圧感が降りかかる。
それが声だと気付くのに、少し時間が掛かった。
「ようやくサンプルを捕まえたわね。 貴方たち、無能すぎるのよ」
「ははっ! 申し訳ございませんミトラス様!」
「まあ今日のアタシは機嫌が良いから許してあげる。 さて、サンプルとは言ってもたったの二匹。 迂闊に使うとすぐに壊れて無くなってしまうわねえ」
「悪魔め、地獄に落ちなさい!」
ようやく、それだけしかゼレーニンは言えなかった。
それを聞くと、やはりオカマ口調で喋るミトラスという悪魔は、大笑いするのだった。
「配下から聞いていなかったかしら。 アタシ達が今いる此処こそが地獄なのよ」
「……っ!」
「貴重なサンプルだし、壊してしまってはもったいないわ。 貴方たち、細胞を採取して、コピーを作りなさい。 やり方に関しては、既に外を調査したときに確認できているはずよ」
「ははっ!」
そのまま、牢に引き戻される。
ゼレーニンは何度も神に祈ったが。
神が救いに来ることはなかった。
それから文字通りの地獄が始まった。
血液を注射針で採取され。そして、あっと言う間にゼレーニンとノリスの似姿が出来た。
現在の地上のテクノロジーでも、クローンはまだ実現できていない。そしてどうやら、此処もそれは同じようだ。
それなのにどうして。科学者としての頭脳を生かして分析する。悪魔共は、クローンの技術を応用して、ゼレーニンとノリスのコピーを作っているらしい。
それも、下級の悪魔を敢えて壊して。其所にゼレーニンやノリスの情報を注入し。人間の形を無理矢理作り上げていた。
情報生命体だから出来る事なのだろう。
どうやら此処を直接ミトラスは見ているらしい。興奮し陶酔しているミトラスの声が聞こえる。
「素晴らしいわ。 それでは早速予定通りに実験を始めなさい」
「分かりました」
悪魔達は、嬉々として「実験」を始める。
ゼレーニンとノリスは、動けない程消耗している事もあり。拘束さえされていないが。牢の隅で震えながら、その様子を見ているしか無かった。
頭を砕かれるコピー。
脳みそが飛び散って、コピーは動かなくなる。
それを悪魔は大まじめにメモしていた。
「人間は頭を砕くと動かなくなる」
「素晴らしい実験結果だわ! 次の実験を行いなさい!」
「ははっ!」
コピーはたちまち用意される。
下級の悪魔を使い捨てにしながら、無理矢理人間っぽいものを作っているのである。こんな狂った行為は人間しか行わないと思っていたが、違った。悪魔は人間を真似して、こういうことをするようになったのだ。
更に下級の悪魔は、ミトラスにとってはもはやゴミも同然なのだと分かった。
要するにミトラスは、生活保護や貧民の救済を否定する、傲慢な人間の金持ちと似たような思考回路の持ち主だと言う事だ。
また、コピーが殺される。
今度は腹を割かれて、内臓を引っ張り出された。
微妙に違うとは言え、全裸の自分がそうやって殺されているのを見ると、本当に気が狂いそうだ。
しかもコピーは言葉を発する事さえ出来ず。
人間の出来損ないという言葉しか形容できない代物なのである。
目の焦点があっていないコピーが、悪魔に良いように蹂躙される。
その光景は、地獄以外の、なにものでもない。
「人間は腹の中身を引っ張り出しすぎると死ぬ」
「素敵よ! 続けなさい!」
興奮したミトラスの声が、がんがんと頭に響く。
ふと気付いて、ノリスの肩を揺らす。
ノリスは、目の焦点があっていない。
恐怖で、もはや正常に目の前の光景が理解出来ていないのだと、ゼレーニンは察し。無力な自分に怒りさえ感じた。
目の前では、狂気の宴が続いている。
「人間は血が出すぎると死ぬ」
「何て素晴らしい実験なの! 続けて!」
狂喜するミトラスの声が、頭に何度も響く。
これは、本当に玩具の手足を引きちぎって遊んでいる子供そのものだ。ミトラスは魔王と言う事だが、こんなものが魔王なのか。
そして壊れたコピーは、下級の悪魔が囓って食べている。
人間の要素が混じっているからか、悪魔の時と違って消えてしまうような事は無い。目の前で、自分やノリスの似姿が貪り喰われている様子を見せつけられるのだ。ゼレーニンは、いつまで正気を保てるか、あまり自信が無かった。
悪魔がゼレーニンのコピーに何か薬を注射し始める。
同時に、コピーが爆ぜ割れてしまった。
「人間に悪魔の酒を飲ませると死ぬ」
「ファンタスティック! もっともっと、実験の様子をアタシに見せなさい!」
ぐちゃぐちゃ。
びちゃびちゃ。
顔中を真っ赤にしながら、コピーの残骸を貪り喰っていた下級悪魔。だが、連れて行かれる。あれも、コピーの素材にされてしまうのだろう。
人間どころか、悪魔さえもが実験材料。
文字通りの邪悪の権化に、ゼレーニンは震え、神に祈るしか出来なかった。
城の至近にまで接近したストーム1は、目を細めていた。
内部にいる敵の数がかなり多い。
大きな城だからと言うのもあるが、それ以上にまず第一に。気配を完全に消して接近して来る相手をどうにかしなければならない。
唯野仁成が、アントリアで存在を感知できるようにはしてくれたが。
更に相手は隠密能力を強化してきたようなのだ。
そうなってくると、此方も更に対応を進めなければならないだろう。
電波中継機を撒く。
即座にゼレーニンとノリスが殺されたかは分からない。
いずれにしても、救出の可能性があるならそうするし。
何よりも、ミトラスは屠る必要がある。
世界を遡っていかなければ、このシュバルツバースを抜ける事は出来ないし。
構造などの情報も足りていない。
ミトラスはほぼ100パーセントの確率で、モラクス同様のロゼッタを体内に隠し持っている筈。
いずれにしても、生存者の安否確認。
更には救出作戦。
それが終わった後の、ミトラスの討伐。
これらは全て分けて考えなければならなかった。
通信を入れる。
「電波中継器、配布完了。 一旦城より離れる」
「了解。 例の女戦士の気配は」
「今のところ近場には感じない」
「それでは戻ってほしい」
ラージャと呟くと。ストーム1はその場を離れる。そして、足を止めていた。
即座に横っ飛びに離れると、アサルトを撃ち放つ。
その場を何か網のようなものが包んでいたようだが。それは完全に空をきり。
ストーム1用に設計されたアサルト、AS100Fの暴風のような火力が敵を引き裂く。
弾丸の乱打を浴び、瞬時に絶命した悪魔。
どうやら、更に捕虜を欲しがっているらしいなと、ストーム1は呟く。状況からして、それは明らかだ。
まだ周囲にいる可能性がある。事実ゼレーニンとノリスがさらわれたときは、一分隊が護衛についていたのに、さらわれたのである。
背後。動くのは、ストーム1の方が遙かに早い。
振り向き様に、ライサンダーをぶっ放す。
悲鳴を上げながら、全く見えない其奴は吹っ飛び、そして張りぼての歓楽街に突っ込むと。姿も見せずに消えていった。
舌打ちしてしまう。
気配をストーム1でも感じ取れないなら、多分ケンシロウでも連れてこないと無理だ。あいつはインファイトの達人というだけではなく、気配に関しては専門家だと思うからである。
いずれにしても、まだいる。
勘だが、これはストーム1が培ってきた戦場における第六感である。これに助けられた事は一度や二度では無い。
過酷な任務をこなしていく内に覚醒していった能力で。
少なくとも、二十代の頃には使えるようになっていたし。
今ではすっかり自分のものとして、自在に扱えるようになっている。
また同じ手か。
振り向き様に弾丸を浴びせる。直撃を受けた気配を遮断した悪魔は、呻きながら消えていく。
これで気配はなくなった。
アサルトの弾丸をリロードすると、ストーム1は大きく嘆息する。サンプルを得られなかった。
今、ケンシロウも出て探索をしているが。
あいつは機械音痴なので、きちんとデモニカの機能を使いこなせているのか不安である。
桁外れに強いケンシロウだが、出来ない事は本当に出来ないので、それは周囲で補う必要がある。
ストーム1も実はその辺りは同じ。
戦場に出ているときはあらゆる感覚を研ぎ澄ませているが。
自宅ではサボテンを枯らすほどずぼらだったりする。勿論、弱みになるから周囲には見せないが。ケンシロウはそういった一面を知っている。
誰しも、そういうものだ。
「此方ストーム1」
「戦闘の履歴があるが何かあったのだろうか」
「例の気配遮断悪魔だ。 三体を少なくとも屠った。 だが、どうやって気配を消しているのかは分からなかった」
「此方で解析する。 即刻戻られたし」
頷くと、すぐに方舟に戻る。
少しずつ電波中継器が増えているから、この街そのものは此方の手に落ちつつある筈である。
問題は、最低でもスペシャルとして来ているものが二人以上で対応しなければいけないあの女戦士の存在。
気配は近場には感じないが。
現状の強さに満足する事無く、更にデモニカの機能で力を上げないとまずいなと、ストーム1は感じていた。
方舟に戻る。
丁度、ケンシロウも戻っていた所だった。
プラズマバリアを展開している内側にある野戦陣地は、ぴりついていたが。流石にストーム1達が戻ると、敬礼して迎えてくれる。
そのまま艦橋に。途中でケンシロウと話す。
「姫様が手酷くやられたそうだが、どう見る」
「相手は俺の兄貴より強いと見て良い。 ただ、本人の能力よりも、デモニカの力の方が大きいように思えた」
「……デモニカは環境に応じて自己強化する戦闘服だ。 俺たちがもっと前線で頑張れば、じきに追いつけるはずだ」
「そうだといいのだが」
ケンシロウの兄貴か。三人いるうちの長兄は、剛の拳。次兄は柔の拳の使い手で。どちらもケンシロウが自分より強いと認めているそうだ。
昔は次兄とは仲が良かったものの、長兄は非常に荒れていたそうだが。
この世界にむなしさを覚えたのか戻って来た後は。
すっかりケンシロウと和解していた三兄ともよりを戻し。
四人で関係を修復して、仲良くやっているそうだ。
現在、最前線でもっとも戦闘経験を積んでいるケンシロウが一番強いのではないのだろうかとストーム1は思ったが。
それは敢えて口にしないでおく。
環境に出向くと、真田技術長官が待っていた。
満面の笑みだ。
何か掴んだらしい。
「よくやってくれた、ストーム1」
「あの戦闘では、俺は何も探知出来なかった」
「いや、既に撒いていた電波中継器があっただろう。 あれが役に立ってくれた」
真田技術長官が、モニタに映し出す。
それは、とても視認できないほど小さな点だったが。
拡大していくと、見えてくる。確かに、何かぼんやりとしたものがある。
「どんな強力なステルス戦闘機でも、電波全てから逃れられる訳では無い。 それと同じ事だ。 君の感覚で、超微細な敵の気配を捕らえる事には成功していたのだ」
「……確かに居場所は何となく分かりましたが」
「うむ。 これを見て欲しい」
更に真田技術長官が操作を行う。
やがて、其所には。何だかよく分からない、巨大な影が映り込んでいた。
前に唯野仁成が発見し、対策できるようになった夜魔フォーモリアよりも更に一回り大きい。
得体が知れない相手だ。
「これに対しては、存在の察知を出来るように、これよりデモニカを更新する」
「……俺以外でも探知出来ると」
「そうなるな。 不意を打たれなければ、分隊単位の戦力で対応出来る筈だ」
「それは……良かった」
ケンシロウが呟くように言う。
相変わらず、この大柄な男は。
苦笑すると、ストーム1はケンシロウと共に、一度戻る。
捕らわれている人質は当然心配だが、城の周囲には既に電波中継器を撒いてきている状況である。
城に潜入し。
人質を救出するのは、これから真田技術長官や、正太郎長官。それにゴア隊長が考える事だ。
部屋に戻ると、ヘルメットを取る。
ため息をつくと、ケンシロウに言う。
「俺はたまたま第六感が働いたから良かったが、今後は更に敵が訳が分からないものを繰り出してくる可能性が高い。 そして今回のこのボーティーズでは、第三勢力まで登場した」
「不安か」
「ああ。 相手の戦力や、周囲の戦力図を把握しない状況で、勝てると断言できる程俺は楽天家ではない」
「大いに分かる」
軽く食事にする。
流石に方舟の中では、レーションでは無くてちゃんとしたものが出てくる。ただ殆どは、合成食品だが。
ただ、米だけは別だ。本物である。サクナヒメがたくさん事前に作っていたらしい米。それが食べられるのは有り難い。
無表情でほかほかの白米を食べているケンシロウだが。
この白米は美味い。
天穂というブランドだそうだが。実の所、サクナヒメは本来ならもっと美味しく出来ると言っている。
ビオトープ化した田で今も作っているこの米。
更に美味しくなるとしたら、楽しみでならない。
「これはうまい。 本当に助かる」
「ああ……。 兄貴達にも、食べさせてやりたい」
「そうか」
ぶきっちょなしゃべり方をするケンシロウに。ストーム1は破顔していた。
滅多に、他の人間には見せない笑顔だった。
ケンシロウが食事を終えて、ふらふらと何処かに行ってしまうのを見送ると。
ストーム1も横になって、少し休む事にする。
しばらくして、通信が入った。
「例のアレックスという人物だが、気配が消えた様子だ。 恐らくは潜伏して、状況の整理に入ったのか、或いは体を休めているか。 もしくは、奇襲の機会を伺っていると見て良いだろう」
「俺たちはどうすれば良い」
「城に人質を奪回するべく潜入作戦を開始する。 潜入作戦には、ケンシロウに出て貰う事になる」
それが最も適任だろう。
ケンシロウが使う北斗神拳は元々暗殺拳だと聞いている。確かに派手に相手を爆発させ殺す事も出来るが。
無音で相手を黙らせることも同じくらいに得意の様子だ。
「ケンシロウと唯野仁成を救出部隊として選出した」
「唯野仁成はかなり負傷が激しいようだが、大丈夫か」
「本人はもう回復している。 あのデメテルという悪魔が使った回復の魔法が、相当に凄まじい性能だったのだろう」
「……」
そうなると、だ。
ストーム1の方でも、高位の悪魔を育てておけば。いざという時に、対応出来る可能性が増える。
じっと手を見る。
殺す事しか出来ない手だ。だから、回復を得意とする悪魔を中心とすれば。戦略の幅が増えてくる。
事実、最高位レベルだろう回復の使い手は、死に瀕した唯野仁成を事実上救ったのである。
同じ事が、同レベル帯の悪魔なら出来る筈である。
「ストーム1、君はヒメネス、更にはサクナヒメと組んで、アレックスの注意を引いてほしい」
「確定で罠を仕込んで出迎えてくるぞ」
「分かっている。 だからこそ、君に出て貰うのだ。 君以外に、近代戦の知識もあるだろうアレックスを抑える事は出来ないだろう」
「分かった。 厳しいだろうが、やってみよう」
人質は、文字通り一刻を争う状況だ。
モラクスはただのアホだったが、ミトラスが同じとは限らないし。
何よりも、悪魔の残虐性は、シュバルツバースで既に理解している。
彼らは狡猾で非常に癖が強い。
中庸の妖精達ですら、相当に癖が強く、足下を見せるとそれこそ際限なくつけ込んでくる。
ダークサイドの堕天使などになると、デモニカが頻繁に交渉時にサポートを入れてくるほどで。
正直な話、油断は一切出来ない。
今、ゼレーニンがどんな目に会っているか分からない。殺されていなければ、めっけものと思うくらいでいなければならないだろう。
すぐに出撃する。ケンシロウと物資搬入口で落ち合ったので、頷きあう。
唯野仁成は話通り無事。肺を貫かれたのに、傷一つ残っていないと言う事で、驚かされる。
更にサクナヒメもほぼ回復している。
相当にアレックスにやられたらしいが、戦意が衰えている様子は無い。ヒメネスは不安そうだが。
今後、単独で遭遇したときも、生き延びるくらいに力は増していてほしい。
今回の作戦への参加は必須だった。
物資搬入口にゴア隊長が来る。
皆で敬礼した後、話を聞く。
「今回、開けた場所での作戦になる。 方舟からの支援砲撃はいつでも出来るようにしておく」
「イエッサ!」
敬礼をかわし、すぐに出陣する。
先手を取られっぱなしだったが、此処からは反撃の時間だ。いつまでも、好き勝手にはさせない。
街に出ると、城の方が騒がしい。どうも、此方の動きに勘付いたらしい。それなりにまとまった数の兵を出してくるつもりか。
そう思ったが、どうも違うようだ。
双眼鏡で向こうを確認すると、かなりの数の悪魔が、わいわいと騒いでいる。
そして、戦闘跡。
我々では無い。と言う事は、アレックスが仕掛けたか。
気配を消していたのに、動きがどうして速い。ただ、アレックス自身の気配は、もう感じ取れない。
「城に仕掛けたのかあの女……」
「いや、本気で仕掛けたようには見えないな。 姫様はどう思う」
「あの城にいる全戦力をぶつけて、ようやくアレックスとやらと戦えるか戦えないか、というところじゃろうよ。 内部にいるミトラスとやらも含めてな。 だとすると、アレックスとやらは……」
方舟の方にはライドウが残っている。
ライドウが展開する悪魔は相当な強者揃いで、アレックスでも簡単に攻略する事は不可能な筈だ。
では、何を目論んでいる。
「そういえばあの女、真っ先にヒトナリを殺しに来たんだ」
「その通りだ。 わしやヒメネスには目もくれなかった」
「……どういうことだ?」
唯野仁成は出来る奴だが、別に国際的テロリストに警戒されているわけでもないし。邪悪な麻薬密売組織に手配書が出回っている訳でも無い。
ストーム1などは、確か1億ドルとかの懸賞金が掛かっているらしいが。
懸賞金を掛けてくる組織を片っ端から潰して行っているので。有名無実化してしまっている。
むしろ懸賞金を掛けた組織が一ヶ月もつかとかいう不謹慎な賭が行われているらしく。
その現場を見たストーム1は、呆れてしまった事がある。
仮にアレックスが、懸賞金目当てだったとしたら。
唯野仁成なんて、狙う理由がない。
「それにだ。 どうやら俺も狙っていたようなんだよな……」
「ああ。 ストーム1、どう見る」
「情報が足りない」
ともかく、アレックスとやらと一度話がしたいが。
それどころでは無くなった様子だ。
サクナヒメが、瞬時に戦闘態勢にはいる。ストーム1も同じく。
凄まじい勢いで突貫してきたアレックスを、サクナヒメが迎撃。初撃でヒメネスを狙ってきたが、剣撃を弾き返す。
ストーム1が即座にアサルトで追撃に掛かるが。
もの凄い動きを見せて、全弾を回避する。
なるほど、サクナヒメが苦戦するわけだ。
着地したアレックスは、報告通り赤黒い謎のデモニカを着ていた。仮面が顔を覆うのが見えた。
目配せ。サクナヒメに少し時間を稼いで貰う。その間に通信を入れる。
「此方ストーム1」
「交戦に入ったのを確認した。 支援砲撃をこれより……」
「いや、砲撃の目標は」
飛び退きながら通信をする。
アレックスが早撃ちしてきた弾丸を、軌道を読んで避ける。
自分が狙われなくなったと判断したヒメネスが、即座にアサルトを引き抜き、射撃に掛かるが。
アレックスは、サクナヒメとヒメネスの攻撃を同時に受けても対応出来ている。
通信を終えると、ストーム1は戦闘に参加。
ダメージだけでも、与えておきたい。