ミトラスは、ずっと苛立っていた。少し前に、アスラの所から使いが来たのだ。
アスラは腐り果てた国とか腐りただれた国とか呼ばれる、この世界と似たような空間を支配している魔王の一柱。実力はミトラスと大して変わらない。
いずれにしても地上侵攻を控えている悪魔の一柱で、その中の重鎮とも言える存在である。
そのアスラが、明らかに煽るような連絡を入れてきていた。
随分苦戦しているようだな。
足下に突如現れた人間に引っかき回され。モラクスを屠った人間共に好き勝手に叩きふせられ。
ロクに実験とやらは進まず。
やっと回収出来たサンプルは、早速奪回されたそうではないか。
此方からしてやれることは少ないが、精々頑張ると良い。「応援している」ぞ。
要するに、援軍の類は送らないと言う事だ。
皮肉まみれの書状を、ミトラスは思わず引き裂きながら、きいっと叫び声を上げていた。
何が頭に来ると言えば。この書状が随分前に届いていたのに。ミトラスの所まで上がって来なかった、という事である。
なんといつのまにか城に侵入した、鉄船の連中より先にこの快楽にふける国に入り込んでいた人間が。幹部数名を惨殺。
その中には、雑事を任せていた堕天使ウコバクや、戦闘面でのナンバーツーである事を期待していた邪鬼ウェンディゴが含まれており。更に複数の幹部が殺傷されたことで、部下共が右往左往し、何もできない状態になっていたのである。
ようやく適当な部下を召喚して、部隊を整え。
やっとこの書状の到着が分かったのだ。
それは、ミトラスでなくとも怒りたくなるだろう。客観的にもそう思える。
その上、ウコバクに任せていた実験は中途半端。
何とも言えないいい加減な悪魔ばかり出来ていた。
思わず癇癪を起こしたミトラスは、部下にその出来損ないを拷問するように指示。
困惑しながら、部下はその指示に従って。奥の間に行った。
その矢先である。
城が揺れる。
ミトラスは、思わず吠えていた。
「誰か! 早く来なさい!」
「は、はいいっ!」
すっ飛んできた新しい幹部。
何だかよく分からないが、それなりの実力者らしい。堕天使らしいのだが、素性はよく分からない。
其奴が這いつくばる間も。ミトラス自慢の、背徳の城は揺れ続けていた。
「何が起きているのか、アタシに詳しく説明なさい!」
「そ、それが! 何だか攻撃されているようなんですぅ! あの恐ろしい鉄船から、「たいほう」とか「みさいる」が飛んできていて!」
「また攻撃ですって! あんな攻撃でこの城は……」
がくんと、ミトラスの玉座が揺れた。
そういえば、不埒にも奴らの尖兵をしている女神だか地母神だかの悪魔が、城に一撃を入れていった。
まさか。これが狙いか。
城が傾いている。
どうやら地盤の一部をやられたらしい。つまり、砲撃でこの城を傾けさせる事を、敵は最初から想定し。
嫌がらせとも言える一撃を、先に撃ち込んでいたと言うことだ。
激高したミトラスは吠える。
「あんた、名前は何だったかしら!」
「は、はい! さいふぁーと申しますう!」
ぐるぐる眼鏡を掛けた金髪の堕天使は、童顔で、まるで子供の様な体型だ。その上メイドのような格好で背中に小さな翼。何とも巫山戯た格好である。はて。さいふぁー何て堕天使いたっけか。ミトラスはそこそこ博識な自信があるが、どうにも思い出せない。
だが、怒りがミトラスの思考をまとめさせてはくれなかった。
「すぐに全軍を率いて、あの五月蠅い砲撃を止めさせなさい! ああもう、ウェンディゴが生きていたらやらせたのに!」
「は、はいい! 分かりましたあ!」
ぽてぽてと小走りにいこうとして、更に揺れと同時にこける堕天使。
何だアレ。流石のミトラスも真顔になってしまう。
本当にあんなの召喚したっけか。
しかもあんなのを幹部に据えたか。どう見ても幹部にするようなのではないのだが。
困惑してしまうミトラスだが、確かに何だか妙に強い力を感じるのも事実なのである。故に放っておくことにする。
玉座がそうしているうちにも右に左に揺れる。
他の幹部がやっと玉座の間に来たので、ミトラスは癇癪を起こしていた。
「何をやっていたのアンタ達!」
「そ、それが! 城の悪魔の殆どが、この攻撃で外に出て行ったようでして!」
「それは攻撃を命じたアタシがやらせたのよ!」
「え……」
困惑した様子の悪魔達。連中は、揃って顔を見合わせている。明らかにイレギュラーが起きている。
不可解だ。
流石にミトラスも冷静になりかけるが、その瞬間頭上にあったシャンデリアが落下。ミトラスの頭を直撃していた。
ひいっと悲鳴を上げる幹部達。
ブチ切れたミトラスが、自分達を実験材料にしかねないと思ったのだろう。残念ながら、そんな段階はとっくに超越している。
ミトラスは、怒りの度が過ぎて、逆に冷静になっていた。
指を弾く。
シャンデリアが瞬時に燃え消えた。伊達に魔王を名乗っていない。この程度の事は児戯である。
「今の話、詳しくしなさい」
「は、それが……配下の小物達が、殆ど出ていって、荒野の方に……」
「鉄船を攻撃しに行ったのではないの!?」
「いえ、鉄船とは真逆の方向です。 それに、逃げ出した悪魔は、この空間に元からいた夜魔達ばかりです」
すっと、思考が静かになった。
そういえば、あのさいふぁーとかいう奴、どうにも妙だった。アレは、ひょっとして、何か別の勢力からの派遣者だったのではあるまいか。
それにしてもおかしい。
仮にも魔王であり、この空間を支配するミトラスが、そんなイレギュラーの存在に気付けない筈も無い。どういうことなのだろうか。
いつの間にか、攻撃は止んでいた。
敵が、雑魚が大半逃げ出したのを見て。攻撃の効果ありと判断したのだろう。
冷静さが戻って来たからか、頭も働く。そうなれば、敵が打ってくる手も読める。
「味方の残存戦力をすぐにかき集めなさい。 全ての部隊を六階より上に集中配備するのよ」
「しかし、それでは敵に入り込まれますが」
「好きにさせると良いわ。 このアタシ、魔王ミトラスが直々に決着をつけてやる」
困惑した様子で散る幹部達。
すぐに堕天使を中心とした部下達が集められるが、その数は二百にも足りなかった。
ただし、この二百は有象無象の雑魚共とは違う。
今ので此方が怖れおののいているように見せかけ。
のこのこ出てきた所を、一気に叩き伏せてやる。
ミトラスの中の、戦士の部分が燃え上がり始めていた。
これほどの屈辱を与えてくれたのだ。
本来の姿であったのなら。そもそも城に近づけさえしなかった。それが、このように貶められ、弱体化された。
許すまじ。
必ずや復讐してやる。
怒りのままに、ミトラスは却って落ち着いた心で、玉座につきなおした。
下半身は球体だが。
それがぴったり当てはまる玉座についているのである。
色々なイレギュラーが介入してきたことは、ミトラスも既に承知している。
だが、立て直しは幾らでもきく。
まずは調子に乗った人間共を屠り。その後、戦力を立て直し。
そして、人間を実験したことで得られたデータで、地上に攻め入り。人間を皆殺しにする。
何ら最初の計画は変わらない。
ふんと、ミトラスは笑った。いずれにしても魔王ミトラスそのものは小揺るぎもしていないのだ。
何を怖れる事があろうか。
「はいはーい、みなさん、こちらですよー」
何とも頼りないメイド姿の小柄な堕天使に導かれて、悪魔の群れが逃げる。中には途中で転んだりする者もいたが。
不思議と悪魔達は、皆で助け合っていた。
それはそうだろう。
皆、此処に元からいた悪魔達。本来この土地で静かに暮らしていた夜魔の一族だからだ。
夜の闇に紛れる悪魔を総称して夜魔というのだが。別にその全てが邪悪と言うわけでもない。
夜魔の代表格と言えば吸血鬼だ。だが吸血鬼が近年やたらと強力に描写されるようになったのは、人間の作り出した文学の影響である。
そもそも夜の闇を人間が怖れるのは、今も昔も同じ。今も夜の闇は、都市伝説という怪異を産み出しているのだから。
強いていうならば、根源的な夜への恐怖が「悪魔」になっていったのであって。今も昔もその仕組みに代わりは無い。
その中での、夜の闇になおも潜まなければならなかった残りカスが、夜魔の一族だとも言える。
ミトラスに従っていたのも、此処に侵攻してきたミトラスがあまりにも圧倒的だったが故。
誰も好きこのんで、あんなサディストの鬼畜外道に従いたいわけではない。
だから、どういうわけか不思議なこの頼りないぐるぐる眼鏡に導かれて。夜魔の一族は滅びようとしているミトラスの城から逃げ延びていた。
勿論、かなり数は目減りしてしまっている。ミトラスの非道な実験で殺されたり。街に現れたあの圧倒的に強い人間に切り刻まれたりしたからである。
それでも、まだ千を超える数がいる夜魔の一族は、どうにか全てが城から脱走を成功させていた。
ぱんぱんと手を叩くぐるぐる眼鏡の堕天使。
そういえば、此奴は誰なのだろうと、夜魔達は皆小首をかしげる。不思議と言葉に従ってはしまうが。
此奴が誰なのか、この場にいる誰も知らない。
「はいはーい、この辺で良いでしょう。 ……ミトラスは近々負けるでしょう。 皆さんは、好きにすると良いのですよ」
「あんた、ミトラスが地獄の深部から呼び出した幹部なんだろう。 何者なんだ」
「私は堕天使の一人ですよ、ふふ。 これから鉄船の人間がここに来ると思いますが、抵抗しなければ攻撃はされないと思います。 従いたいなら従うのも良いでしょう。 ミトラスよりは良い扱いをしてくれると思いますよ」
顔を見合わせる夜魔達。本当に此奴は何者なのか。
そして、ぐるぐる眼鏡堕天使は。いつの間にか、その場にいなくなっていた。
夜魔達はぽかんとしたが。やがて、威圧的な音と共に、鉄船が飛んで来る。混乱に落ちそうになる夜魔達だが、長老格の数名が落ち着け、と叫ぶ。
そうすると、ミトラスに従えられて恐怖の中にいた頃と違い。
不思議な統率感が生じて、皆落ち着いた。
抗わなければ、殺されない。酷い事もされない。
それに、ミトラスには力の差故従ったが。奴は暴君以外の何者でも無く、そもそも恩義どころか、恨みしかない。
この場にいる夜魔全員が、その恨みを共有していた。
大体街にあった物資を根こそぎ奪って、あの城に変えたのもミトラスだ。
本来はもっと静かで穏やかだった街だったのに。
それを全て取り壊されて。悪趣味な張りぼてを作らされた。
人間の快楽を研究するため、とかいう理由である。どう考えても許される話では無い。
夜魔の一族にとっては、相手の力が上だから悪魔らしく従っているが。その支配体制が崩れれば、もう従う理由などない。
鉄船が降りて来て、人間が来る。人間にしたがっている悪魔達も、である。
その先頭に立っているのは、やたらと強い悪魔を複数従えた、腰に剣を帯びた人間だった。勝ち目が無いのは明白。勿論退路もない。
「俺は葛葉ライドウという。 お前達は、ミトラスの城から逃げ出してきたのか」
「ああ、人間さんよ、その通りだ。 我等はあんた達と戦えるほど強くない。 見逃してくれんか。 或いは契約次第では従う。 だから殺さないでほしい。 非道もしたが、ミトラスの指示だったのだ」
長老格の数名が前に出て、土下座をする。
強そうなライドウとかいうのの後ろで銃を構えている人間達は、困惑しているようだった。
「何があったんだこれ……」
「さあ……」
実は夜魔達も、何があったのか分からない。
ただ、平伏する長老達を見て、ライドウというのは剣を収めてくれた。ほっとする夜魔達。
別の人間が出てくる。
もっと厳ついが、ライドウという奴ほど強そうではなかった。ただ、指揮官らしい威厳は感じる。
「私はこの船の隊長をしているゴアという。 君達が我々に攻撃をしないというのなら、我々も手出しはしない。 ただ、情報の交換などをしたいのだが、よろしいだろうか」
「な、何でも話す。 我々もミトラスにはずっと苦しめられていたんだ……」
「アントリアと同じか。 彼方でも妖精達がモラクスに苦しめられていたようだが」
「何でもする。 だから、同胞達には危害を加えないでほしい」
長老達に続いて、他の夜魔達も頭を下げる。
もう、選択肢は他に存在しない。
人間達は、指定の位置から移動しないなら攻撃しないこと、部下になりたいものは申し出るように言ってきた。受ける以外に、選択肢は存在しなかった。
突入作戦の予定が変わるざるを得なかった。
突如としてミトラスの城からあふれ出た悪魔。
臨戦態勢を取った唯野仁成だったが。ほどなくして、悪魔達がレインボウノアから逃れるようにして。
更にはミトラスの城から逃げ出していることも分かった。
ゴア隊長が即応。
作戦を変更し、アーサーに再度のプラン作成を決定させる。
そのまま、方舟は人員を全て乗せて移動開始。
敵の一大軍勢。
千を超える悪魔の群れが、街を出て荒野に入ったところで、方舟ごと敵の前に出た。
こうすれば、敵は方舟の威力を知っているから、行動が限られてくる。
もしも戦うつもりなら総力戦を挑んでくる。
その場合はプラズマバリアで押し潰し。
更には総力を挙げて叩き潰す。それだけだったのだが。
引率していた悪魔の姿はいつの間にか無くなり。
群れているのがボーティーズ在来種の悪魔「夜魔」であること。
ミトラスから逃げ出したこと等が判明すると。
これ以上の攻撃を無意味とゴア隊長が判断。アーサーも、正太郎長官もそれに同意したと言う事だった。
夜魔達には、城からかなり離れた荒野に移って貰う。
其所から移動しない限り、攻撃はしない。
その契約を結び。
更に、配下になりたい者も募る。
結果として、400程の夜魔が挙手した。
皆、ミトラスに家族や仲間を殺された恨みがあるという事で。力が全ての悪魔の世界であってさえ、ミトラスが相当に無茶をしていて恨みを買っていたという事が分かった。
また、強い力を持つ夜魔は殆どいない。
これは、話を聞いているとミトラスに殆ど殺されたと言うことで。
如何にミトラスが無茶苦茶をやっていたのか、それが更によく分かった。
ヒメネスは平然としている。
弱者がふみにじられる光景は、幾らでも見て来たから、だろう。
方舟は移動を開始し、プラントなどがある最初の位置に戻る。
夜魔達はずっと遠くに固まっている。
最悪の場合も、方舟の攻撃で十分に対処できる。
それに夜魔達は殆どが年老いた者や、弱い者ばかりだった。
悪魔の世界では、人間世界の理屈は通用しない。しかし、それにも限度がある。
ゼレーニンやノリスの見た地獄の光景は、唯野仁成も共有しているが。
ミトラスとかいう悪魔は、悪魔だからと言う理屈で許される範囲を軽く逸脱した行為をしている。
叩き潰さなければいけなかった。
突入部隊が編成される。
唯野仁成はヒメネスと組む。
どうやら唯野仁成は、扱いが難しいヒメネスと上手にやっていけると言うことで。腕は良いが集団行動を決定的に苦手としているヒメネスを任される事が多くなってきていた。アーサーに一度聞いたのだが、ヒメネスの力を引き出すにはそれが良いという話をされたので、若干げんなりした記憶がある。
ただヒメネスのことは嫌いでは無い。
ヒメネスの抱えている鬱屈は理解出来るし。
何よりも、ちょっと距離感が近いものの、ヒメネスは認めた相手に対しては相応に友好的だからだ。
今回は露払いのスペシャル達と一緒に唯野仁成ら精鋭が突入する。
唯野仁成とヒメネスは、サクナヒメと一緒に威力偵察を行い。
城の構造を確認する。
逃げ出してきた悪魔は殆どが夜魔、わずかに鬼女と呼ばれる夜魔と形質が近しく、女性の荒々しさを示す悪魔がほぼ全てで。
魔王の麾下として圧政を振るっていた堕天使などの混沌勢はほぼいなかった。
つまり、こんな状況でもミトラスの側近は逃げずに城に残っていると見て良い。
正確には、もう逃げ場なんて無いのだろうけれども。
突入チームにゼレーニンがいるのを見て、ヒメネスが悪態をついた。
「学者様が、また捕まりにでも行くのか」
「大天使様が貸してくださった天使達がいるから平気よヒメネス。 試してみたけれど、天界の兵士としての実力は伊達では無いわ」
「そうかよ。 まあいざとなったらあの大天使サマに助けを請うんだな」
「相手の手口が分かっている以上、油断なんてしないわ。 それにケンシロウさんからも迂闊に離れないもの」
ゼレーニンも、ヒメネスが自分を嫌っているのは理解しているのだろう。
二人の間に露骨過ぎる火花が散る。
ただ、ヒメネスはそもそも相手を認めなければ、口を利くどころか感情すら向けないので。
ある程度ヒメネスは、ゼレーニンを認めている事になる。
この他ブレアや、この間の作戦行動で充分な力を見せたメイビー。更に複数の隊員が、威力偵察に参加する。
居残りとしてはライドウ氏。
ケンシロウとストーム1は、それぞれ手練れを率いて別方向から城を調べるつもりのようだ。
ゼレーニンはケンシロウの側につく。
方舟内で最強のインファイターの護衛である。
調査班としても、城の中に色々と調査のために入りたい様子なので。今回は好機というわけだ。
まあ、ともかく一兵卒に作戦に介入する権限は無いし。
何よりも、罠がある事は分かりきっている。
戦いになるのは確実だが。
それは願ったりである。
作戦開始。
ジープに分乗して、現地に向かう。ジープの運転手は突入班を降ろすと、そのまま回れ右。
帰りはランデブーポイントにて出迎えの部隊と待ち合わせ。
無理そうなら、方舟で最悪無理矢理横付けして助けに来る、と言う事だった。
ジープを運転しているのはブレアである。
サクナヒメは若干不満そうだ。
メイビーほど運転が丁寧では無いからである。
唯野仁成は、最初からジープというのはこういうものだと知っているので、特に何とも思わない。
一方ヒメネスは、露骨に機嫌が良さそうだった。やはり荒々しい運転の方が好きなのだろう。
文字通り、完璧に空っぽになった街に降り経つと。敬礼したブレアが、ジープを駆って戻っていく。
数名の機動班、調査班。それにスペシャル達と共に。
城に突入を開始。
魔法の障壁は張られていない。
ぶち抜かれてから、復旧出来ていない様子だ。
仮に張られても、サクナヒメがその気になれば力尽くでブチ抜けると言っていたし、気にすることも無いだろう。
城の中に入ると、荒れ方が凄まじい。
前は淫靡な雰囲気さえあったのに。
金目のものはあらかた持ち出され。更に雰囲気作りをしていた絵画などは、殆ど滅茶苦茶になっていた。
戦闘跡もそのままにされている。
唯野仁成は、サクナヒメと共に裏口に相当しそうな場所から潜入した。正面から侵入したのはケンシロウである。
ゼレーニンが展開するパワーが、それなりに強いと言うのは確認済みで。
悪魔嫌いのゼレーニンは、常時数体のパワーを周囲に展開している。
それならば、ケンシロウが守りにつけば大丈夫、という判断なのだろう。
更に、激しい戦闘が行われた辺りからストーム1も侵入する。
ゴア隊長から、通信が来た。
「電波中継器を撒きながら移動してほしい」
「ラージャ。 城内を丸裸にします」
「うむ。 頼む」
サクナヒメが、強酸やアルカリが無節操にぶちまけられている床を見て流石に嫌そうにしたが。
今回は唯野仁成も対策してきている。
切り札としてはオルトロスを用意したが。それとは別に、悪魔を作ってきているのである。
呼び出した悪魔は、ナイトドレスを纏った美しい女性の悪魔だ。髪の毛が非常に長く、とても色っぽい。
分類は鬼女、リャナンシーと言う種族の悪魔だ。
悲恋の権化のような悪魔で、人に才能を与える代わりに相手の寿命を削り取って行く。このため、愛した人間を殺してしまうのだ。
人に対する愛に飢えている悪魔でもあり。色々と悲しい存在である。
一応今回は従えている事もあって、唯野仁成の寿命を削るようなことは無いけれども。
どこか寂しそうにしている横顔は、確かに男なら半分くらいはすれ違った時に振り向く美貌ではある。
ヒメネスはまるで興味が無さそうだったが。
悪魔合体では、魔法の技術を引き継ぐ事も出来。
このリャナンシーは、強力な氷の魔法を継承させている。
前に、ケンシロウが召喚したローレライが、床を凍らせて汚染物質を無害化しているのを見た。
だから、同じ事が出来るようにしておきたいと考えたのである。
リャナンシーが凍らせたことで、床は安全になる。
頷くと、サクナヒメはずんずん進んでいく。時々剣を振るう。罠がやはりあるのだろう。
トラップらしい石が落ちてきたり、ナイフを弾き返したり。トラップを悉く力尽くで破っている様子は、サクナヒメらしいといえばらしい。
落とし穴に至っては、壁を蹴り崩してそのまま埋めてしまう程である。
その度にドカン、ドカンと大きな音がするので。
唯野仁成は、威力偵察にしては派手だなと思った。
「相変わらずだな姫様。 そうじゃなけりゃ張り合いが無いぜ」
「うむ。 それより今は何階じゃ」
「四階です」
「そうか。 それでは別班とそろそろ歩調を合わせるとしようかのう」
顎をしゃくられたので、頷く。
ストーム1のチームと、ケンシロウのチームと連絡を取る。どちらもまだ三階だったので、四階に来るまで待つ。
なおケンシロウのチームは、連絡に出たのがゼレーニンで。
その声を聞いたヒメネスが露骨に舌打ちした。多分、相手にも聞こえていたはずである。
これ、ひょっとして此奴ら仲が良いのではないのだろうかと唯野仁成はげんなりしながら思ってしまう。
息がぴったりであるからだ。
「もうすぐ四階に上がるけれど、嫌な思い出しかない場所だわ」
「ああ、それはすまない。 だが、調査班の事前調査が必要だ」
「分かっているわよ」
通信が切られる。
それにしても敵が一切出てこない。
上の方の階。六階より上だと思われる場所には、熱源反応が多数ある。つまり、敵は待ち伏せていると言う事だが。
戦闘をして、ミトラスの首を取ってくるようにとは言われていない。今回は、あくまで威力偵察なのだ。
全員が四階に到着。見て回る。
最悪の場所と言う他無い。
色々なデータが、無造作に放置されている。
見ていたから分かるが、此処で行われていたのは完全に遊びだ。快楽にふける国とは良く言ったものである。
最低の外道であるミトラスの快楽を満たすための国。
それが此処だと言うことなのだろう。
だが、何か示唆的でもある。
ミトラスが楽しんでいた快楽は、人間の中でも最低の外道共が喜ぶようなものだった。
ひょっとして、ミトラスも。
モラクス同様、人間を真似しているのではないのだろうか。
いや、考えすぎか。
兎も角、周囲を調べて回る。
PCを発見。真田さんに報告すると、狂喜した。
「すぐに調査班を回す。 絶対に壊さないように見張ってくれ」
「分かりました」
「真田の旦那、嬉しそうだな」
「あ奴は知識に対して基本的に何の抵抗もなく、あるがままの知識をそのまま受け入れるからな。 根っからの学者よ」
サクナヒメは、PCを一瞥だけしたが。それだけ。
罠が無いだろう事だけを見て。以降は興味を失ったようだった。
「姫様の側にも、学者がいたのですか?」
「ああ。 図体が大きいが、とにかく不器用な男でな。 最初はとんだでくの坊だと思ったものよ。 だがな、接しているうちに、非常に柔軟な知恵を持ち、新しい情報に偏見無く接する事が出来る整理された知恵の持ち主だと言う事がわかってきた。 わしが阿呆だった頃、追放された島ではそ奴がわしの右腕でな。 最後の方は、そ奴は常に現実的な提案と判断でわしを支えてくれたし、最終的には神になってヤナトでわしの側近をしておる」
「なるほど、真田さんのような人との接触経験は初ではないのですね」
「うむ。 本来学者とはああいうものであろう」
「……」
実際には、学者でも思想が理論に出る事はいくらでもある。
学者は確かに頭が良いかも知れないが。
かといって、頭が良い相手を引っかける詐欺師は実際に幾らでも存在しているのである。
更に言えば、学者の中には専門外の事は殆ど何も分からない人物も多く。
そういう人間はカルトに絡め取られ。
いつの間にか洗脳され、カルトの広告塔にされてしまったりもする。
学者といえど人間。
何でもかんでも出来る程、人間は万能ではないのだ。
調査班の人間がストーム1と一緒に来る。PCをその場で触るのかと思ったら、電源周りを確認し、落ちているのを見てから、外に丸ごと持ち出していた。力仕事は悪魔にやらせていたが。丁寧にやるように、細かく指示していた。
構造についても一目で把握したようで。
流石は調査班である。
方舟に乗っているのはスペシャリストばかりなのだ。
ストーム1と目礼だけする。一旦ストーム1は、調査班の人間と一緒に戻るようだ。
その間に、ケンシロウのチームと分担して、四階を調べて回る。
六階に敵がいるとすれば、五階の調査はハイリスクだ。
戦力が揃ってから行いたい。
周囲を調査していくと、サクナヒメが足を止めた。
また酸とかアルカリとかかと思って、リャナンシーを出そうとするが、床は汚いものの別に汚染されてはいない。
周囲を見回しているサクナヒメが、指で此方を招いてきた。
デモニカが音を拾う。
鞭の音。
悲鳴だ。
「敵に捕まっている船員はおらぬな?」
「はい。 あのアレックスという女は既に此処を離れている筈ですし、妙ですね」
「ともかく情報が拾えるかも知れねえ。 助けてはおこうぜ」
「ああ、それはもちろんだ」
サクナヒメがドアを蹴り破る。内部では、グチャグチャになった手術台みたいなものがあって。
その影で、誰かが鞭を振るっている。
悲鳴を上げている者もいる。拷問が行われているのは、確実と見て良いだろう。そういう特殊性癖で遊んでいる訳ではあるまい。
向こうが気付いた。
ヒメネスと頷きあうと、突入する。同時にオルトロスを召喚。双頭の獅子は躍りかかると、空中で火焔の息を敵に吹き付けた。
相手が魔法のシールドでその息を防ぐが、その間に真横に回り込んだヒメネスがアサルトをぶっ放す。
どうやら相手は堕天使らしく、銃弾の乱打を浴びても踏みとどまるが。
その隙にバリアをたたき割ったオルトロスが、堕天使の頭に強烈な一撃を入れていた。
首が文字通り吹っ飛んだ堕天使が、その場で消えていく。
舌打ちするヒメネス。
やはり、指摘されているとおりアサルトの火力が足りない。
小物相手なら大丈夫だが、大物が敵になってくるとアサルトでは厳しい。
サクナヒメの指摘通りだ。
更に、背後に隠れていた悪魔がいたが、それを唯野仁成が指摘するまでも無く振り返り即座に撃ち抜くヒメネス。
流石である。
今度はそんなに強い悪魔では無かったらしく、撃ち抜かれて即死し、消えていった。
「へっ。 俺たちに掛かればこんなもんだぜ」
「スイキを出すまでも無かったな」
「ああ。 それで、誰だ捕まっていた間抜けは」
瓦礫の影を覗き込む。
其所には、頭を抱えて震えている、赤黒い影がいた。
人間とは思えない。背中に翼、小さな尻尾。顔には戯画化したような仮面を被っているが、間抜けな印象しか受けない。
「バガ、ブー! ブー!」
「此奴、拷問されていたのか? なんでだ?」
敵意は感じない。
ただ、怯えている様子が痛々しい。
唯野仁成が、悪魔召喚プログラムを起動しようとしたが。ヒメネスが前に出る。
「OKブラザー。 怪我はねえか」
「ブー! ブーブー!」
「俺はヒメネス。 お前は」
「バ、バガブー! ブー!」
ある程度意思疎通は出来ている様子だが。悪魔召喚プログラムを見ても、言葉が翻訳されている様子が無い。
極めて知能が低い悪魔なのだろう。
舌なめずりしているオルトロスをPCに戻す。サクナヒメは、部屋の様子を一瞥だけすると、外に出ていった。
好きにしろというのだろう。
「よしバガブーだな。 じゃあ、これからお前は俺の仲魔だ」
「ブー! バガブー!」
助けてくれた事には気付いているらしい。バガブーは尻尾を犬のように振って、大喜びでヒメネスの言葉を受け入れた。
それにしても、不可思議だ。
ヒメネスは徹底的に弱者を軽蔑する傾向がある。それなのに、今度はどうしてなのだろう。
聞かない方が良さそうだな。
唯野仁成は、そう思った。
※謎のメイドさんについて
まあ正体はバレバレですが。
近年は女装に凝っている閣下です。この方は元々はただの逆張りマンだったのですが、色々あって「唯一絶対」は正しいのかという思考にいきつき。数多の可能性について見てみたいと言う欲求を持つようになりました。
その結果、世界と運命から見捨てられた人間を助け。その代わりに、死後にその姿を使って良いという契約を結ぶようになっています(魂をとったりはしていない)。
色々な姿で出てくるのは、それらで体(正確には容姿と性格)を借りた人です。本作で使っている姿のぐるぐる眼鏡のメイドさんにも、本作中で語っているとおり、神に見捨てられ悪魔に救われた過去があったのです。