原作でも屈指の外道に墜ち果てたミトラス。
お仕置きの時間です。
序、決戦ミトラス
魔王ミトラスは知っている。
己が貶められた事を。
一神教は広まる過程で、敵対する宗教を徹底的に貶めてきた。場合によっては殺す事さえ行ってきた。
どこでもそれは行われてきたらしいと言う事は知っている。
例えば「腐り果てた国」で支配者をしているアスラだが。あの神格は、中東から印度、印度から中華と移動する度に神格が変わって行っているという。
強力な民族が出現すると。
屈服させた民族の宗教を取り込み、貶める。
一神教を信仰する民族は兎に角戦闘的で強欲で、世界中でその暴力を展開し、支配を拡げてきた。
その結果、多くの神々が殺され、或いは悪魔へと貶められていったのだ。
ミトラスもその一柱。
そう、昔は神だったのである。
本来の力だったら。あんな鉄船に遅れは取らない。自ら出陣して、粉々に粉砕してやるものを。
ギリギリと爪を噛むミトラス。
恐怖に這いつくばっている部下達。
人間共がミトラスを討ち取るつもりで、兵を出そうとしていることくらいは分かっている。
これでもミトラスも、相当な修羅場をくぐってきているのだ。
戦場の空気くらいは読める。
だが、解せないことが幾つもある。
人間に遅れを取るつもりは無いし。
一度もし負けたとしても、次に何倍にもして復讐してやるつもりだが。
ともかく、分からない事が多すぎる。
何もかも、あの赤黒の強すぎる人間が現れてからおかしくなった。それまでは、楽しく快楽にふける人間を研究していれば良かったのに。
それも、壊されてしまった。
ぶつりと音がする。どうやら爪を噛み切ってしまったらしい。すぐに回復の魔法で治すが。
腹立たしい事この上なかった。
少し前も、人間が城に攻めてきて。
敢えて開けておいた五階から下を、根こそぎ漁って行った。
あれは確実に勝つための調査だと判断して良いだろう。
まあいい。
それだけは許せる。
獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすものだ。ミトラスも獅子として、相手が全てを尽くして向かってくるなら受け止めてやりたいとも思う。
散々貶められ零落した今でも。
それは確かに、戦士としての本能として存在していた。
顔を上げる。
どうやら敵が動き出したらしい。
部下達に、指示を出しておく。
「どうやら来るようよ。 迎撃しなさい」
「そ、その……逃げた方が」
生意気な提案をした部下の頭が消し飛んだ。
ミトラスは手にしている槍を待ての姿勢に戻すと。死体が消えていく様子を見守る。
舌なめずり。
やはり殺しは楽しい。
「まさかこの後に及んで臆病風に吹かれる愚か者はいないわよね?」
「も、勿論にございます!」
「ならば結構。 それぞれ持ち場につき、敵を迎撃しなさい。 アンタ達の仕事は、アタシの所に来るまでに敵を可能な限り消耗させる事よ! 分かったらさっさと捨て駒としての役割を果たしなさい!」
進むも地獄、引くも地獄か。
そういえば捕まえた人間に、此処こそが地獄だと返して笑ってやったっけ。
それも何だか懐かしい。
気にくわないのは、城の中に天使が入り込んだ形跡がある事。
それもまあ、今はいい。
攻めこんでくる人間は、久々に楽しませてくれそうだ。それだけで、満足する事にする。
ミトラスにとって、人間はあくまで玩具である。
人間にとって、自分より弱い人間がそうであるように。
人間の世界を調べた。
スクールカーストなどと言うものを作って、弱者を虐待する事を正当化しているような生物であることはすぐに分かった。
都合が良いときばかり人間は動物だからと悪徳を肯定し。一方で人間は万物の霊長だとか自称する。
自分に都合が良い快楽を求め、立場が弱い相手を虐待して楽しむ。そのためには、自分に都合が良いルールを常に作り続ける。
それが人間の本質だ。
人間は快楽の生物であり。
それこそが、欠陥だらけの猿が他の生物を圧倒的できた秘訣だとミトラスは考えた。
だから研究したのだ。人間が異常にこだわる快楽を。
そう、弱者への虐待を、である。
戦闘が始まった様子だ。
多少は削る事が出来るだろう。
それだけで充分。
此処に辿りついた奴は、魔王ミトラスの恐ろしさを思い知ることになる。
今まで散々コケにしてくれた礼。
返さなくてはならないだろう。
ミトラスは誰もいない部屋で、くつくつと笑い続けていた。
唯野仁成はアサルトを乱射しながら、敵の頑強さに舌を巻いていた。
精鋭を募って突入したが、今まで相手にしていたボーティーズの悪魔とはまるで別物だ。
展開していた悪魔がやられたので、PCに戻す。データを修復すれば、また戦えるようになる。
至近、迫り来る鎌。
鎌を降り下ろそうとした悪魔に、即応したオルトロスがかぶりつく。
そして、バリバリとそのまま食べてしまった。
「オレサマオマエマルカジリ」
「……」
オルトロスが血だらけの口で呟く。神話においては、オリンポス神族に対抗して作られた魔獣だ。口くらいは利けるのだろう。ロクな内容ではないが。
次々と押し出してくる敵。
ヒメネスと一緒に、迎撃を続ける。
他の機動班も、どんどん力を増している。城の三箇所から同時に攻め上がっているそれぞれの戦線で、皆戦っている筈だ。
今の時点では、苦戦は兎も角戦死の報告は上がっていない。
特に力をつけているメンバーを中心に、スペシャル達と攻め上がっているからだろう。また負傷者は無理をさせずにすぐに後退もさせている。
敵は決して弱くは無いが。
此方だって、それは同じ。
シュバルツバースに急激に適応しつつある味方は。
皆戦えるようになりつつあるのだ。
「此方ウルフ。 一名負傷。 後退させる」
「了解。 交代要員を送る」
通信が入って、すぐに切れた。
ヒメネスがアサルトの弾丸を敵に叩き込みながら、ぼやく。
「残りも少ないだろうに、逃げもしないで敵さんは元気だねえ」
「恐らく逃げる場所もないんだろう。 気を付けろ。 窮鼠猫を噛むという奴だ」
「分かっているさ。 逃げ場を無くすとろくな訓練を受けてもいないゲリラが、必死に抵抗してきたりするからな」
「俺も経験がある」
以降は無言になった。
ミトラスが狂っているのは、今まで捕まえた悪魔の聴取で知っている。
口を揃えて、彼奴の下から逃げ出せて良かったと証言していた。
それくらい人望が無い、と言う事だ。
モラクスは負けるまで、部下が自主的に戦っていた。
施した戦闘訓練は中途半端だったし。
本人はあまり頭が良くはなかったが、それでも相応に部下には慕われていたと言う事なのだろう。
だが、ミトラスは明確に違っている。
魔王といっても色々いるんだな。
そう思いながら、また突出してきた相手に、配下の悪魔達に集中砲火させる。
サクナヒメは腕組みして、壁際で様子を見ていた。
たまに味方機動班や展開している悪魔の攻撃をかいくぐってきた敵を、叩き潰してはくれるが。
一応万が一を考え。
ミトラス戦での力を温存しているのだろう。
入り組んだ通路に出た。
六階を制圧した直後である。
階段から上がったら、七階の周囲が迷路のようになっていた。此処は、いっそケンシロウのように、天井をぶちぬくのが正解かも知れない。
他の突入班と連絡を取る。
「此方αチーム。 七階に到着した。 周囲は入り組んでいて迷路のようだ」
「βチーム、了解」
「γチーム、了解した」
射撃音はまだ周囲に響いていない。
同士討ちを防ぐためにも、連絡は緊密にする必要がある。
すぐにサクナヒメに戻れと言われたので、階段に引っ込む。案の定、周囲からわっと悪魔が押し寄せてきた。
数はそれほど多くは無いが。それぞれの質が高い。
数体がオルトロスに組み付いてくる。ヒメネスのスイキにも、何体かが組み付いた様子である。
アサルトのマガジンを変えながら、下がりつつ射撃。
後方の安全は、他の機動班クルーが確保してくれているが。
周囲に隠れていた敵が、一気に奇襲を掛けてくる可能性は捨てきれない。
ただ、周囲に電波中継器をばらまき、既にこの建物の全ての構造は立体的にデモニカに記録されている。
それぞれ担当範囲のクリアリングはしているので。
恐らく、戦記物に出てくるような後方からの奇襲はないとは思う。
また、七階を迂回して敵が来る事も想定し、使わない道は簡易バリケードや悪魔による魔法の氷などでふさいでいる。
もしも敵に背後に迂回する策があっても。
簡単には実施させはしない。
「補給班来ました!」
「助かる! 補給だ!」
使い終わったマガジンを引き渡し、新しいマガジンを受け取る。
補給班もそこそこの悪魔を引き連れて護衛にしている。
戦闘経験が並列蓄積されるデモニカだ。
皆、それなりに力をつけているという事である。
ただ、誰もまだ魔王モラクスの召喚には成功していないらしい。
魔王と言うのはそれだけ段違いの相手、と言う事なのだろう。
補給を受けながら、まだ密度が高い攻撃を仕掛けてくる敵を払いのけ続ける。敵の数は多くても二百と言う事で、そのうちの既に五十以上は倒しているはずだが。それでも敵は旺盛に仕掛けてくる。
やはり、後がないのだ。
ミトラスがゼレーニンやノリスに対して行った非道を考える限り、部下に優しかったとはとても思えない。
オルトロスが、傷だらけになりながら大きく息をついている。敵は振り払ったが、彼方此方噛まれたらしい。
すぐにハトホルが回復の魔法を掛ける。
ありがとうと礼を言うと。ハトホルは静かに微笑んでPCに戻る。
ヒメネスは、そういう事はわざわざ口にしない。
悪魔を呼び出すと、回復しろとだけ指示。
ヒメネスのドライな性格は悪魔も知っているらしく。回復を淡々と行って、すぐにPCに戻る。
冷や汗を掻いたが、七階に入ってすぐの攻撃はどうにか退けたようだった。
サクナヒメが一度だけ介入したが。
飛びかかってきた相手を裏拳一発で赤い霧にしただけ。
殆ど唯野仁成達だけでこの数を撃退したと思うと、少しだけ力がついた気がして嬉しかった。
補給した物資を確認しながら、他班と連絡を取る。
やはり七階に入ったところで、猛烈な迎撃を受けている様子だ。
ストーム1の所が特に激しいらしく。ストーム1は参戦できそうにないと言うことだった。
アーサーから連絡が来る。
「敵の残りの大半がストーム1のγチームに集中しています。 αチーム、βチームはこの隙にミトラスへ接近してください」
「親玉を討てと言うことか」
「そういう事ですサクナヒメ。 貴方の活躍に期待しています」
「βチーム、敵を掃討! ただし機動班クルー、負傷して後退する!」
βチームはケンシロウの所だ。
そうなると、βチームはケンシロウだけか。
αチームも、負傷していないのは唯野仁成とヒメネスだけである。
そうなると、四人でミトラスの所に行くことになりそうだ。
敵の残りを蹴散らしながら、突入を開始。
後から来た機動班が、後方は抑える。
ストーム1が相当に苛烈な戦闘をしているようで、城がまだぐわんぐわん揺れている。ただでさえ、方舟からの攻撃で大きなダメージを受けているのである。中でストーム1が暴れたら、倒壊の可能性も低くないだろう。
突然、目の前に唸り声を上げながら歩く死体のような悪魔が躍り出てきた。
とっさに対物ライフルを叩き込むが、それでもまだ動いてくる。
「ホラーゲームのゾンビかよ! おらあっ!」
アサルトをヒメネスと二人がかりで叩き込む。
かなりしぶとかったが、それでもやがて動きを止める。
其所にオルトロスが、太い前足を叩き込んで、地面の染みにする。
しまったという顔を双頭の獅子はした。食べたかったのかも知れない。
デモニカには、幽鬼グールと表示がされていた。グールと言えば、唯野仁成も何となく聞いた事があるくらい有名な妖怪と言うかそういうのだ。これが現物か。ちょっと複雑な気分になった。
スイキは無言で、周囲の警戒に戻る。
スイキは一度しゃべり出すと、何だか一昔前の若者言葉のようなのをベラベラ使い出すのだが。
戦闘時は極めて寡黙だ。
色々切り替えているのだろう。
呼吸を整えながら、味方悪魔の消耗を確認。
まだギリギリいけるが。
それでも、第三勢力が介入している現在、余裕という言葉は何処にも存在していない。
しかもその第三勢力が、恐らくどいつもこいつもミトラスより強いのである。作戦は出来るだけ迅速にこなさなければならない。
クリアリングをしながら、ヒメネスと話す。
サクナヒメは、すたすたと後ろからついてくる。
露払いを任せてくれている、と分かっているから。ヒメネスも何もそれについては文句を言うことは無い。
「其方の状況は」
「回復の魔法が使える悪魔はそろそろガス欠だ」
「此方もだ。 ミトラスを攻略した後、後方から来た味方にある程度期待するしかないかも知れない」
「他人任せってのは、ぞっとしねえなあ」
クリアリング完了。
マッピングが表示されていて。戦闘が想定される区域は赤くなっているが。それがどんどん減っている。
八階への階段を発見。
同時に、ぬっと長身の男性が姿を見せる。
ケンシロウだった。
「おう、流石だなケンシロウの旦那」
「ああ……」
「なんだ、相変わらずじゃのう」
「すまない」
サクナヒメ相手にも、普段はこんな調子だそうである。
いずれにしても、連絡を取る。ストーム1のチームが、まだ敵の残存戦力を蹴散らしている最中。
合流したαβのこのチームに対応しうる敵の残存兵力は恐らく存在しない。
ならば、片をつけて終わりだ。
八階へ突入する。その途中、サクナヒメがひょいと前に出ると、剣で何かを斬った。
凄まじい炎が、周囲を焼き払おうとしたが。
ケンシロウの拳が、炎を消し飛ばしていた。
今のはトラップだったのだろう。危ない所だった。
それにしてもケンシロウの拳は凄い。本当に人間だろうかと一瞬思ってしまったが。
ケンシロウの神秘の力北斗神拳は、今まで何度も目にしている。今更驚いていても仕方が無い。
八階へ突入。
デモニカが、忘れていたように警告してくる。
「強力な悪魔の存在を検知。 注意してください」
「今更だ、阿呆っ!」
ヒメネスがデモニカのAIに吐き捨てる。
アレックスというあの女と話していた、ジョージというAIは人間と遜色ない言動を見せていたが。
アーサーでさえまだ機械的な印象を受けるのである。
流石に各自のデモニカに搭載されているAIがそれより劣るのは、仕方が無いとは言えた。
八階に入る。
ぞわりと、全身を冷気が包んだ。
いや、これは武者震いだ。
間違いなく、モラクスと同等か、それ以上の悪魔がいる。
ミトラスの姿は、ゼレーニンに送って貰っている。上半身はローマ時代の戦士のようで、下半身は丸い岩になっているという。
何だか生活が不便そうだが、悪魔の中には変な姿をしているものがたくさんいる。
今更驚くこともない。
八階は狭く、すぐに大きな扉があった。何十メートルというサイズである。
サクナヒメとケンシロウが頷きあう。
サクナヒメが、唯野仁成に声を掛けて来る。
「この向こうにおるぞ。 ついでにトラップつきよ」
「対応はどうします、姫様」
「そなた達の悪魔で戸を開けよ。 罠はわしとケンシロウでどうにかする」
「OK姫様。 スイキ、やれ」
頷くと、スイキが扉に手を掛ける。オルトロスも、がっと扉に食いついて開け始める。
念のため、すぐに回復出来るようにハトホルを展開しておく。
リャナンシーも出しておくか。
ヒメネスも危険を懸念したらしく、今の手持ちでスイキに次ぐナーガを展開して備える。
やがて、扉が、大きな音と共に開きはじめていた。
さて、此処からだ。
扉を開ききると同時に、サクナヒメが飛び出す。
無数の槍が飛んできたが、その全てを剣で弾き飛ばし、撃ち返す。
更に強烈な炎が吹き込んでくるが。
それも羽衣で防ぎ切った。
着地したサクナヒメ。ケンシロウがゆっくり前に出る。
唯野仁成とヒメネスが肩を並べて大広間に入ると。寒気は更に強くなった。
いた。間違いない。
ミトラスだ。