スキップドライブが終わる。
先の嘆きの胎とはまるで別の空間だと言う事が、肌でわかった。しばらくして、通信が入る。
マクリアリーからだった。
「此方観測班。 外の状態をモニタに表示します」
「……ショッピングモール?」
誰かがぼやく。
同時に、やはり此処もあったのかという声も聞こえた。
確かにそれは、巨大なショッピングモールに思えた。周囲には複数の工場が作られていて、其所から見境無くコンテナがショッピングモールに吸い込まれている。
周囲は荒野で、ショッピングモールと、それに併設する大型工場だけという極めてシュールな光景である。
まだ城と歓楽街だったボーティーズの方が、まともな空間に思える程だった。
「相変わらずクレイジーな世界だぜ。 それで俺たちはどんどん深みに填まっているのか、それとも出口に近付いているのか」
ヒメネスが毒舌を口にするが、今は誰もそれに反応しない。
まずはロゼッタを入手することだ。それには、まずは情報収集が必須になるだろう。
買いあさる国、というのはそれにしてもどういうことなのだろう。あの巨大ショッピングモールも、また何か意味があって作られているのだろうか。
兎も角着地。少しショッピングモールから距離を置くことにする。
まあそれが賢明だ。
一旦着地した後、周囲の環境を改めて調査。
それによると、やはり異常な環境である事が分かってきた。
「周辺環境、気温ー120℃、40気圧。 大気成分は二酸化炭素が89パーセントで、残りは窒素です」
「酸素無しか」
二酸化炭素の星か。
確か金星がそうだったはずだ。金星は大気の大半が二酸化炭素で、殆ど日光が届かないにもかかわらず灼熱の星になっている。原因は二酸化炭素が引き起こす猛烈な温室効果である。
その結果、金星の地表付近は400℃、90気圧という凄まじい環境になっており。更に酸の雨が其所に降り注いでいる。
文字通りこの世の地獄だ。
だが、この空間は二酸化炭素しか無い世界にもかかわらず、温室効果は起きていないのか。全くよく分からない話ではある。
「この空間を、アルファベットのCにちなんでカリーナと名付けます。 まず第一の目標として、カリーナのロゼッタを入手することとします」
アーサーがミッションを発動。
まあ、それが妥当だろう。
方舟が着陸しても、悪魔が仕掛けてくる様子は無い。そうなってくると、此方が出向くしか無い、と言う事か。
機動班が三班編制される。ライドウ氏は居残り。ケンシロウ組、サクナヒメ組、ストーム1組にそれぞれ別れる。
唯野仁成はサクナヒメと行く。他に数名、力がついてきた機動班クルーがこれに同行する。
嘆きの胎の戦闘の様子を見たのだろう。皆、速くあれくらいの悪魔と戦えるようにならないと危ないとは、肌で感じているようだった。
ヒメネスはストーム1と共に行く。ストーム1は、ヒメネスだけを連れていくという話をした。
これは恐らくだが、ヒメネスが周囲と連携する気があまりないから、なのだろう。それに、ストーム1はヒメネスに自分の将来の後継者となってほしい様子である。この辺りで、バディを一度組んでみて、戦闘経験をどれだけ積んだのか確認したいのかも知れない。
ケンシロウはゼレーニンと同行する。
勿論これは調査班なので、まずは露払いをしたサクナヒメ班、ストーム1班の後から出立する。
プラズマバリアを展開した後、プラントをまず作成開始。
此処でも地面がまるまる重要な物資の集まりの様子だ。同時に、猛烈な毒物も含んでいるらしい。
真田さんはプラントを殆どオートで組み立てるシステムを作り出したらしく、数時間でプラントが出来ていた。
方舟は臨戦態勢。
あのショッピングモールの中がどうなっているかまったく分からないからだ。工場から攻める手もあるかも知れないが。工場はどうやら全部オートマティックで動いているようで、悪魔の気配は感じられないと言う事だった。
つまりこの世界では、現時点で悪魔の皆さんは皆ショッピングモールに缶詰、という事である。
一体どういうことか分からないが、まずそれを調査するのが機動班の仕事だ。
他の機動班が、ゴア隊長の指揮下で前線陣地を構築するのを横目に、サクナヒメと共に出る。他にはメイビーやブレアがこの班にいる。あのアンソニーもいるので、ちょっとげんなりした。ただ、アンソニーは少し前に、リャナンシーを出して話をさせてやったら、こっぴどくふられて。それ以降、リャナンシーには固執しなくなったが。
サクナヒメはサクナヒメで、戦闘力が上がりそうな隊員には目をつけているらしく。今後の事を考えて動いてはくれている。
随分と勤勉な神様だ。
人間にきちんと接して、人間の事を考えてくれる神様ばかりだったら。少しはこのシュバルツバースも、地獄みたいにはならなかったのかなと、唯野仁成は思ったが。それも、望み得ない事だ。仕方が無い。
周囲を警戒しながら移動。
メイビーが、話を振ってくる。
「ヒトナリ、あのショッピングモール、何だか嫌な予感がするわ」
「そうだな。 あれは罠だと書いて看板を出しているようなものだ」
「何だヒトナリ。 お前でも怖いのか」
「当たり前だ」
アンソニーがからかうように言うので、当然の事を答える。そもそも戦場が怖くなかった事など一度もない。兵士としての最低条件は、恐怖のコントロールだと唯野仁成は考えている。
恐怖というのは危険を察知するための感情であり、あるのが正常なものだ。
それが失われていると言うことは、それだけ精神が異常な状態にある事を意味している。
だから、恐怖とつきあうように唯野仁成はしている。それでいいのだとも、割り切っている。
ショッピングモールの入り口に到着。サクナヒメは目を細めて足を止める。
周囲を警戒する皆の中で、唯野仁成だけがサクナヒメに話しかけていた。
「姫様、大きな気配が中に?」
「ああ、いるぞ。 まず地下に大きい、今までのミトラスやモラクスとは比較にならないほど強いのがいる。 それと比較的近くにあのペ天使がいるようだな」
「!」
早速お出ましか。
ケンシロウと一緒に出向くゼレーニンが少し心配だが。兎も角、露払いの仕事をこなすしかない。ゼレーニンには少し心を強く持ってほしい。あのペ天使は、明らかにゼレーニンを利用する気満々なのだから。
サクナヒメが、ストーム1の到着を待ってから、戸に踏み込む。
何と自動ドアだ。自動ドアが悪魔の世界のショッピングモールに導入されているとは。しかしながら、踏み込んだら真っ二つなんて罠もあるかも知れない。色々調べてから、内部に。
そういうタチの悪い罠は、仕掛けられてはいなかった。
中に入ると、気温などの条件が変わったようだ。メイビーが電波探知機を撒いているが、かなり気温が上がった様子だ。周囲を警戒する中。青白い肌の女悪魔が歩いて来る。無意味に薄着で、羽衣を羽織っていた。
「当店にいらっしゃいませ。 地上ではこういう風に言うんでしたっけ? うふふ」
「あんたは?」
「私は天女アプサラス。 本来は秩序陣営の悪魔だけれども、単にかなわないから此処で仕事をしているだけよ。 ここのお店の受けつけみたいなものね」
天女か。
悪魔の分類としては、天界の下働きをする美しい女性を主にこれに分類しているようである。
アプサラスはインド神話系の天女で、役割は様々。
ライドウ氏の話によると、インド神話はヒンズー教に統合していくうちに様々な神々を無理矢理一つにまとめていった形跡があり、いわゆる三大神。破壊神シヴァ、維持神ヴィシュヌ、創造神ブラフマーをはじめとして。多くの神々にその形跡が見られるという。
ざっと見た感じでは、アプサラスもそうだ。
逸話を見る限り、色々な役割を無秩序に与えられている。まあそういう、雑多な神話に登場する神格らしい天女というわけだ。
名乗り返した後、此処の事を聞く。
いきなり襲いかかってくる訳では無いのだから、情報収集をする。今まで二つの世界でそうだったように。
基本的に、悪魔はしたたかではあるが必ずしも好戦的ではない。
アプサラスも例外ではないようだった。
「人間世界のお店の仕組みは良く知らないけれど、マッカを支払って品物を買うんでしたっけ?」
「基本はそうなる。 使うのはマッカではなくて人間世界の通貨だが」
「あらそう、まあそれは良いとして。 此処には地霊族が作った品物がありあまっているから、「運ばれて行く」前なら好き勝手に持っていってかまわないわよ。 どうせすぐに持って行かれるんだし、多少無くなっても誰も気にもしないわ。 主のオーカス様さえね」
「? どういうことだ」
肩をすくめるアプサラス。本人にも分からないと言うことなのだろう。
いずれにしても、まずは内部を確認して見るべきだろう。サクナヒメはオーカスと、マンセマットらしい気配に集中している。ストーム1とも既に連絡を取り、注意喚起をしたようだった。唯野仁成が話をしている間に、メイビーが機械を操作したようだ。
内部に踏み込む。自動ドア二つを抜けた先は、それこそ天井までずらっと品物が並んだ、もはやショッピングモールとさえ言えないような場所になっていた。しかも天井までの高さが尋常では無い。三十メートルはあるだろう。一階がこんなに高いショッピングモールは初めて見た気がする。
しかもエスカレーターがきちんと配備されている。意外にシュバルツバース内部もハイテクである。エレベーターがミトラスの城にはあったようだし、まあ不思議な話ではないか。
せっせと働いている多数の悪魔達。
あれが地霊族だろうか。
地霊というのは、大地に根ざした悪魔の事を総合的にいうらしく。強い者はそれこそ神々となんら変わらないが。弱い者はその辺りの土地にいる妖怪と大差ないらしい。
今働いているのは、童話に出て来そうな屈強な小人達だ。
それらが、ひたすら棚にあるものを無作為に運び出しては、何処かに輸送している。基本的に働くだけで、襲いかかっては来ないが。
在庫をチェックしている小柄な老人を見つけたので、話しかける。
地霊ドワーフと出ている。
唯野仁成でも知っている、有名な存在だ。源流は北欧神話にあるらしく、多くの神々の武器や装飾品を作った鍛冶の権化であるドヴェルグが元になっているとデータベースにはある。
話しかけると、嫌そうにはしない。
「持って行く分にはかまわんよ。 どうせ誰も気にもしていないからのう。 オーカス様さえな」
「此処は、何なんだ」
「此処は買いあさる国。 わしら地霊族が治めていたんだが、オーカス様が支配者として君臨した場所だ。 元々わしらは働くのが好きで、オーカス様は貪欲だが別にわしらを食うでも無く、人間世界を真似してたくさんものを売っている場所を作り、食糧を供給するなら何もしないと約束してくれた。 そして今の時点で、約束をしっかり守ってくれている。 働くのが好きなわしらと、食べるのが好きなオーカス様で、利害が一致しているんだよ」
「なるほど……」
仕掛けてくる悪魔はいない。
アンソニーはさっきのアプサラスをデレデレした目で見ていたが、ブレアに小突かれて周囲の警戒に戻る。
周囲をもう一度確認。
それにしても、何というカオスなラインナップだ。
棚には普通の店に売っていそうな商品はなんでもある。シリアルから缶詰、それに生肉の類。
通信が入る。
春香からだ。
直接春香から通信が入るのは、唯野仁成としても初めての経験かも知れない。
「唯野仁成隊員」
「感度良好。 何か」
「其所にある品物を、無作為に持ち帰ってください。 此方で分析します」
「ラージャ」
頷くと、皆で手分けして確保する。
無茶な品物も結構含まれている。
これは自動車だろうか。流石に持ち出せない。豚の頭が丸ごと陳列されている。中華料理屋などで使うと聞いたことがあるが、流石にあまりにもストレートすぎる。更に別の棚には、ワニがそのまんま直接突っ込まれていた。
面白そうなのは全部引っ張り出す事にする。まずは普通のショッピングモールにありそうなものから引っ張り出した。
ドワーフは何も言わず、その様子を見ていた。
「よし、このくらいで良いだろう。 マッカは本当に払わなくて良いんだな」
「かまわんよ」
「ありがとう。 またもらいに来るかも知れないが」
「それもかまわんよ。 オーカス様は貪欲だが、食事の邪魔さえされなければ何もしないからのう」
ワニを丸ごと引っ張り出す。完全に凍っているし、何よりも本物のワニだとはとても思えない。
シリアルを取りだしたアンソニーが、うえっとぼやく。
中身を確認したら、どうやら汚物としか思えない代物が詰まっていたようなのである。メイビーが口を押さえて視線を背ける。
相変わらず線が細い。
だが、それを責めるつもりは、唯野仁成にはなかった。
通信を方舟に入れる。出たのはムッチーニだった。
「入り口付近の確認完了。 電波中継器を撒いて一度戻る」
「了解。 敵は仕掛けてこないみたいだね」
「今だけかもしれない。 この巨大なショッピングモール、数階建てになっているようだし、上にいけば敵が防衛線を敷いている可能性は否定出来ない」
「そうだな。 とりあえず戻ってくれ。 情報を少しずつ集めたいとアーサーも仰ってるからな」
皮肉混じりのムッチーニの言葉にああと応じると。
サクナヒメを促して、皆で戻る。
サクナヒメは鋭い目つきで、下の方を見ていた。
「楽勝という雰囲気の所悪いがな」
「姫様?」
「下の方にいるオーカスとやら、かなり危険な雰囲気じゃのう。 恐らくだが、食べるだけ強くなっているのではあるまいか?」
「だとすると早めの処置が必要かも知れないな」
ブレアの言葉に、サクナヒメが頷く。
兎も角、持ち込んでいる荷車を引いて一度撤退。
ヒメネス達は、もう少し内部まで調査する、と言う事だった。
地下にオーカスがいるらしいという話はして、別の方向を先に調べるようにした方が良いとアドバイス。
ストーム1はそれを了解してくれたが。
ヒメネスは不満そうだ。
「ストーム1がいるんだ。 一気にオーカスをぶっ潰しちまえば良いだろうが」
「ヒメネス。 情報が足りない相手だ。 嘆きの胎での悪魔の強さをお前も見ただろう」
「確かにそうだが……」
「モラクスとミトラスがそれほど大した相手では無かったのは事実だが、オーカスもそうだとは限らない。 まずは可能な限り情報を集める。 全てはそれからだ」
ストーム1の言う事は、ヒメネスもきちんと聞く。
いずれにしても、方舟に撤退。
キット式のプラントは、既に展開していて。周囲の地面を掘り返して、貴重な物資を回収している様子だ。
真田さんがどんどん皆の装備を刷新するべく物資を使っているので。
何もかもが足りないのだろう。
一度、方舟に戻る。ヒメネスのチームの後ろに、ケンシロウと調査班がついていったが。それを護衛する必要がある。
ショッピングモールで回収した物資を引き渡す。
受け取りに出て来た真田さんの部下は、汚物入りのシリアルと聞いても、嫌がる様子は無かった。
「これは貴重な研究材料だよ。 此方で調べておくから、そっちもオーカスの調査を引き続きよろしく」
「ああ、分かっている」
すぐに、同じチームで現地に戻る。
アプサラスはくすくすと笑った。何を急いでいるのかという雰囲気だが。
地上では、今この瞬間もシュバルツバースが拡大しているのだ。今がどんな状況か分からないから、全く持って油断することが出来ない。
店内に入る。
階段やエスカレーターを先に調べる。やはりエレベーターもある。だが、階段は上がり下がりしても殆どが扉が閉じていて。悪魔も仕掛けてこない。
やはり此処は、人間の作る店を雑に再現した場所らしい。
快楽をミトラスが研究していたとすれば。
オーカスは消費を研究しているのか、それとも自分で味わっているのか。
その辺りはよく分からない。
ヒメネスから連絡が入った。
「例のペ天使の気配の場所を特定した。 姫様もヒトナリも来てくれないか?」
「ヒメネス、そんな言い方は失礼よ。 私とノリスを助けてくれたのは事実なのよ」
「ああ、利益があるからそうしたんだろうさ」
通信に入ってくるゼレーニン。
うんざりした様子でそれを見ているケンシロウが、ありありと予想できた。
いずれにしても、アレックスと同格以上の相手となれば。デモニカが常に強化されていると言っても、サクナヒメとストーム1、ケンシロウが揃っていて初めてまともに話が出来るか、という所だろう。
それに、恐らく襲いかかってくる可能性が高いオーカスよりは。
まずは先に来ていて、更には腹の探り合いの段階をしているマンセマットと接するのを優先した方が良い。
考えを述べると、サクナヒメは頷いてくれた。
「ああ、それでええじゃろう。 足下をしっかり固めてから戦うのは基本中の基本よ」
「俺も同意だ。 まずは此処で何が起きていて、オーカスの情報をマンセマットが持っているなら、得た方がいい」
「……」
ケンシロウは何も言わない。
単純に戦う事にしか興味が無いからだろう。まあ、戦いが理不尽に強いのだから、それで充分だ。
勿論このやりとりはアーサーやゴア隊長、真田さんや正太郎長官も見ている筈。
何も横やりが入らないという事は、現場に任せると言うことだろう。
指定の地点に合流する。
一階の奥の方だ。ヒメネス達は既にいて。少し遅れて、ゼレーニンが来る。
今や機動班は、悪魔を展開しているのが当たり前だ。その様子を見て、パワーを数体展開して身を守っているゼレーニンは眉をひそめたが。もう流石に文句を言ってくる様子はなかった。
サクナヒメが手を叩く。
「わしがこの中では最年長だから言っておくが、油断はするな。 戦闘状態に入るようならば、全力で逃げよ。 わしらで殿軍は引き受ける」
「イエッサ!」
機動班の皆が思った以上に真面目に応じたからか。サクナヒメは頭をやりづらそうに掻いた。
ともかく、大きな倉庫らしい中に入る。
巨大な空間だ。
このショッピングモール、空間が彼方此方極めて不安定になっているらしい。見ていると、こういう変に巨大な空間がたくさんある。
複数の天使が周囲に侍り。その真ん中にマンセマットがいた。相変わらず、胡散臭い様子である。
「来ましたね、ゼレーニン、唯野仁成。 そしてヒメネス、ですね。 話は聞いています」
「そうかい、光栄だぜ信仰の押しつけ野郎」
「ふふ、跳ねっ返りが強い。 それと其方の方々は、サクナヒメにストーム1、ケンシロウですな。 貴方が異教の神とは言え、今は非常事態。 戦わず、手を取り合いたいものですねサクナヒメ」
「……ああ、そうじゃな」
サクナヒメはあまり機嫌が良く無さそうだが。まあ、それも仕方が無いだろう。
前にサクナヒメは言っていた。
マンセマットからは、野心と渇望の臭いがぷんぷんすると。
唯野仁成も調べてみた。
マンセマットは、悪魔とされることも多い天使の一人で。悪魔を従える事を許されている天使だそうである。
ダーティーワークで何度も名前が挙がっており、多くの汚れ仕事を引き受けている存在でもある様子だ。
そんな天使なら、堕天使に思想が近いのも納得は出来る。
「情報交換と行きましょう。 かまいませんか?」
「あー、此方正太郎」
「長官!?」
「おや、其方の船の指導者ですか?」
会話に入り込んで来たのは正太郎長官だ。咳払いした後、今ゴア隊長が出払っていて、代わりに話をしたいと言うことだった。
勿論かまわない。通信機をマンセマットに向けて、会話を代わりにして貰う。
「声だけで分かります。 百戦を生き抜いてきた強い霊の持ち主のようですね。 英雄達が乗る船の長に相応しい。 よろしく正太郎。 私は大天使マンセマット。 以後お見知りおきを」
「ああ、よろしくマンセマット。 私が金田正太郎だ。 もっともこの船の今の隊長はゴアで、私は後見人に過ぎないがな」
「ふふ。 謙虚な方だ。 それで私に話とは」
「現場を介して話をするのでは二度手間になる。 私が直接話のやりとりをしたいが、かまわないな」
なるほど、そういうことか。
アーサーも指摘していたが、ゼレーニンはマンセマットにすっかり心をやられてしまっている。
正太郎長官が話をする事で、悪影響を少しでも緩和するつもりなのだろう。
老獪な手ではある。ゼレーニンはマンセマットと話せない事を残念そうにしていたが、これでいいといずれ気付いてくれるはずだ。
「なるほど、オーカスが大量の食物を得て無秩序に強くなっていることは、其方でも把握していると」
「ええ。 私が少し様子を見に行きましたが、あれは正直手に負える相手ではないでしょうね。 近付けばこの地に来て力が落ちている私も、貴方方も殺されるだけです」
「何か対策に心当たりは」
「簡単ですよ。 貪欲で醜い悪魔には、その取り込んだ栄養を全て吐き出させてしまえばいいのです。 元々悪魔とは情報生命体。 情報を全て引っ張り出してしまえば、無害化するのは自明の理です。 オーカスは魔界にいた頃の姿も知っていますが、今はそれよりも更に醜悪で貪欲になっている。 此処は、協力して当たりましょう」
少し考え込む正太郎長官。
ゼレーニンが口出ししようとしたが、ケンシロウが肩に手を置く。
大きな手だ。ゼレーニンは元々ケンシロウが助けてくれた事も知っているので、嫌がる事もなく。
話に無理に割り込みはしなかった。
「此方から何か用意するものはあるかね」
「そうですね、吸収の能力を逆転させる魔法を此方で用意できます。 代わりにといっては何ですが、貴方方が持っている秩序属性の悪魔の情報を多少いただけませんか。 交換条件としては悪くないと思いますが」
「……分かった、それで良いだろう」
「オーカスを討つべきなのは我々天の軍勢にとっても同じです。 取引成立ですね」
正太郎長官から、唯野仁成のデモニカに直接通話が入る。
予想はしていたが、正太郎長官はマンセマットを信用していないようだった。
「既に仲間にしている下位の悪魔の情報を三十種類ほど用意した。 それを引き渡して、魔法の情報とやらと交換できるか君で交渉してくれるか、唯野仁成隊員。 相手は狡猾な存在だ。 くれぐれも油断しないように」
「分かりました」
すぐに情報を引き渡す。マンセマットは、手をかざして。悪魔召喚プログラムに入っているデータを吸い上げたようだった。
データは幾らでも複製できる。
それに、機動班の隊員の中には、下位の天使。エンジェルやアークエンジェル、プリンシパティなどを作って周囲に展開している者もいる。今更、それらの情報を引き渡しても害にはならない。
マンセマットは気前よく、ロゼッタに似た情報集積体を渡してくれる。
ゼレーニンが急いで回収して、メイビーがブレアの護衛を伴ってすぐに方舟に戻っていく。
ゼレーニンが一礼。マンセマットは、感じの良い、いかにも裏のある笑顔で答えていたが。まあどうでもいい。
「なるほど、既にかなりの数の光の世界の住人の情報を集めていますね。 これらは此方でも有用です。 活用させていただきますよ」
「満足していただけたのなら何よりだ。 先の物質は?」
「そうですね、人の子の発音でいえばシボレテとでもいうものです。 オーカスの吸収能力を逆転させる魔法の力を詰め込んでおきました。 貴方方の機械であれば、オーカスにこれで近付くことが出来る筈です」
「分かった、試してみる。 ありがとう、マンセマット」
にこりと微笑むと、マンセマットは空に消えていく。配下の天使達も、一緒にである。
ゼレーニンが、恋する乙女のように言う。
「はあ。 マンセマット、少ない見返りで大きな利益をくれたわ」
「まだあのシボレテだか絞るぞだかが使えるか分からねえだろうが。 それにあの野郎、恐らく手駒の戦力を削らずにオーカスと俺たちをぶつからせて潰させるつもりだぜ」
「そんな! 少し悪く考えすぎではないのかしら」
「いや、俺も同意見だ」
ストーム1の言葉に、流石にゼレーニンも黙る。ゼレーニンも、この船に乗り込んでいるスペシャル達には敬意を払っているのだ。サクナヒメには畏怖を感じているようだが。
「唯野仁成、それに他の者達も一度戻るぞ。 真田なら、あのシボレテだかからオーカスに対応出来る装備を作り出せるだろう。 それに無駄に此処にいると危険が増える。 調査班もだ。 ケンシロウでも守りきれるか分からんくらい今の地下のオーカスの力は強い」
「姫様とケンシロウは戻りか。 ではヒメネス、ついてこい。 俺たちはこれから威力偵察だ。 地下にいるオーカスとやらに、可能な限り近付いて実態を確認する」
「OKストーム1」
ため息をつくゼレーニン。
だが、ケンシロウに促されたので、周囲を調査してから戻る事にすることにした様子だ。
ふと、マンセマットが落としていったらしい羽根を見つけたので拾っておく。
ゼレーニンに渡そうかと思ったが、止めた。まだ通信をつないでいたらしい正太郎長官が、声を掛けて来る。
「良い判断だ。 そのまま持ち帰って、真田くんに引き渡してくれ」
「了解です」
ゼレーニンには悪いが、この場にゼレーニン以外マンセマットを信用している者は誰一人いない。最善でも、利害が一致しているだけの潜在的な敵だ。
一度、方舟に戻る。
敵との大規模戦闘はないかも知れないが。此処は、意外に苦労しそうだと、唯野仁成は感じていた。
エレベーターガール。
既に絶滅危惧種ですね……(何)