そこに、意外な所から助けの手が入ります。
これも可能性のためなのです。
オーカスはぼろぼろになった体を引きずって、迷宮の最深部に辿りついていた。また、吐き戻す。
どんどん自分が弱体化しているのが分かった。
こんな手を使われるなんて。
悪魔が情報生命体である事なんて、オーカスにも分かっている。だからこそに、情報を無作為に食らう事にした。
特に人間が無秩序に生産している情報を、手当たり次第に食えば絶対に強くなれる。それは確かだった。
実際問題、呼び出した悪魔はどれもこれもオーカスの敵にさえならなかった。片っ端から喰らってやった。
だが、それでも。まさかあんな手一つで逆転されるなんて。
ありえない。どういうことなんだ。
玉座につく。また、盛大に吐き戻していた。
「ブ、ブオーノ……おのれ……」
オーカスは、どんどん弱体化している。
またあの無敵の肉体を取り戻すには、同じ以上には食べなければならないだろう。だけれども、打ち込まれた弾丸のせいでどうにも体調が良くない。特に体内に取り込んでしまった弾丸は、分解できそうにもない。
こんな姿に、貶められていなければ。
ぎりぎりと歯を噛む。最近は、使ってもいなかった歯を。
また、体自体も縮んでいた。今では、体長は最大になっていた頃の十分の一ほどしかなかった。体重で言うと千分の一くらいしかないだろう。
吐き戻した情報の一部は悪魔に雑に変換して、迷宮に放った。
追撃してきている人間を迎撃させるためだ。ある程度の足止めにはなる。どうにか、戦える状態にならないと。
ミトラスの世界で大暴れしていた人間が、オーカスのこの世界にも入り込んで来ているのは、既に確認している。
鉄船の人間共より、そいつ一体の方が厄介だ。
この世界には、オーカスも力を張り巡らせている。だからあいつが、ギリシャ十二神の一角を従えている事や。それに匹敵かそれ以上の力を持つ悪魔を相手に押し気味に戦っていたのも把握している。
はっきりいって、この状態ではやりあって勝てるとは思えなかった。
深呼吸をして何とか体調を整えようとするが、また吐き戻してしまう。
笑い声。誰かは分かっている。
「はっはっは。 オーカスよ、自慢の無敵の肉体はどうした」
「ブオーノ……アスラか……」
「どうやら次はお前が人間達に殺されるようだな。 母達の手を患わせることになるかも知れないなあ?」
「黙れ……お前だって、あの人間どもに仕掛けをしているからって、余裕をいつまでもぶっこいていられるとは思うなよ……」
また吐き戻すのを見て、アスラは大笑い。
怒りに体が焼けそうだが、耐えるしかない。更に言えば、アスラとは既に色々と情報をやりとりしている。
貸し借りならともかく。一方的な借りを作るのは、好ましくない相手だった。
「それでどうする? お前自慢の無敵の肉体は失われ、要塞には既に入り込まれているようだが」
「人間は何故か争っている、ブオーノ。 それを上手に利用するしかない」
「そう簡単にいくとは思えないな。 どうもあの人間は、数名のターゲット以外には興味が無い様子だ。 それに牢獄にも侵入し、暴れていると報告がある。 恐らく己を鍛え上げ確実にターゲットを殺すためだろう。 牢獄で「実り」を探してもいると報告があった」
「実り……?」
オーカスは聞き覚えが無い言葉に首をかしげたが。アスラも分からないそうだ。
実りというのが何をさすのかは分からないが。いずれにしても、牢獄で暴れられると困る。
間違って秩序陣営の大物でも解放されようものなら、一気にこの世界のバランスが崩れてしまう。
そうなると、オーカスの玉座は。大母によって足下から揺るがされるかも知れないのである。
人間共の愚かしい行動が、この世界を混沌に傾けた。だが、もしも牢獄が全て開放されでもしたら。
その時は、またバランスが崩れてしまうかも知れない。もしもそうなれば、今は混沌に思考が傾いている大母をはじめとする母達も、思考が変わる可能性がある。
その場合、オーカス達のやり方が認められるか分からない。最悪の場合、排除される可能性さえある。
無敵の肉体を得たと誇っていたオーカスだが。流石に母達に勝てるほどの自信はない。
「どうするオーカス、手を貸そうか?」
「いやアスラよ、それは止めておこう。 お前の切り札を此処で使ってしまうと、一気に母のいる空間に攻めこまれる可能性がある」
「切り札を破られた程度で、私が負けると思うか?」
「思うね、ブオーノ。 あの赤黒の人間は確実にお前より強いし、鉄船に乗っている人間共もしかり。 正直手を抜ける相手じゃあ無い」
そういうと、怒るどころかアスラは笑うのだった。
それは楽しみだと。
アスラが戦闘にのみ興味を示す奴だと言う事はオーカスも知っている。オーカスはそんな事はどうでもいい。確実に勝つために、最強の肉体を作り上げたのに。それも、全て台無しだ。
アスラの使い魔がいなくなる。
この世界には、天使共も入り込んでいる。奴らもどう動くか分からない。
ただ、入り込んでいる天使共の実力も相当だ。オーカスは、もはやこの牢獄に閉じこもるしか無い。
呼吸を整えながら、対策を必死に考えていると。
いつの間にか、目の前にメイド姿の小柄な女がいた。堕天使だろうとは思うが、見た事がない奴だ。
「誰だお前は……ブオーノ」
「随分と弱っていますね、オーカス」
「お前のようなちんちくりんにいわれたくないわっ! う、うげぶえっ!」
叫んだのが悪かった。また、盛大に吐き戻してしまう。
だけれども、大量に吐き戻した情報は、メイド姿の堕天使の前から、いつの間にか消滅していた。
「あわわわ、ばっちいですぅ」
「お前、何者だ……」
「ちょっと取引をしようと思ってきました。 このままだと、恐らくそのまま貴方もアスラも人間に敗れてしまうので。 私としては、もっと色々な可能性を見てみたいんですよ」
くつくつと笑う瓶底眼鏡。
その様子に、どこかぞくりとしたオーカスは。精々虚勢を張りながら、言って見ろと促す。弱り切った今、オーカスは出来るだけ戦闘を避けたいのだ。
咳払いすると、ちんちくりんの堕天使は言う。
「この世界に入り込んでいる天使達は、私がしばらく抑えておきます。 その間に、貴方は打ち込まれたものをどうにか処理しなさい」
「処理って、どうすれば」
「あらあら。 悪魔としての存在が長すぎて、生き物としての本来のあり方を忘れましたかぁ?」
嘲るような声。
オーカスは苛立つが、言いたいことは分かってきた。そもそも、体をこんな風に保っているから駄目なのだ。
一度成功した。その成功体験に、全てを包まれてしまっていた。だったら、やる事は一つである。
母の手を借りなくとも。一旦、情報生命体としてのあり方を作り直すことは出来る。
勿論無理をする事になるから、一時的に力は落ちる。だが、戦う事は出来る。そして、今回の戦いは捨て石だ。次に本番を持っていく。それでいい。
オーカスの声に、力が戻った。魔王としての威厳も、である。
「どうやら貴様はただ者ではないようだな。 ブオーノ。 いいだろう、ワシは自分で自分の体をどうにかする。 天使共の抑えは頼むぞ」
「まあ精々頑張ってください。 私は基本的に、あらゆる可能性を見てみたいだけなんですよぉ」
「ふん、混沌に引っかき回して遊んでいるように見えるがな」
「それが私の、さいふぁーのあり方なのです」
スカートを摘むと、いつの間にかちんちくりんの堕天使はいなくなっていた。オーカスは鼻で笑うと。
己の体を無理矢理引き裂き、再構築を開始していた。
これほどの屈辱、絶対にあがなわせてやる。今回負けるとしても、情報は絶対に集める。そして、次に勝てば良い。
どうせ、この世界は。簡単には壊れないのだ。
アレックスは一度ショッピングモールから撤退すると、荒野の隅に作ったビバークポイントに戻っていた。
傷は殆ど受けていない。
だが、嘆きの胎にて力を蓄えたにもかかわらず、力の差は明らかに縮まっていた。それどころか、唯野仁成に至っては、魔人アリス等という強力な悪魔を従えていた。
あれは自分の好き勝手に動く、一番厄介なタイプの悪魔だ。
情報だけは知っている。
アリスの機嫌を損ねて、消し飛ばされた街が一つや二つではなかったという。アレックスの知る世界の一つでの話だが。それにしても、おぞましい相手だ。あんなのを従えているとは。
土の中に作った休憩所で、ジョージにデモニカのメンテナンスをさせる。
敵の分析をさせるが、やはり情報は出てこないという。
「唯野仁成も、本来カリーナにいた時と能力に遜色が無い様子だ。 このままだと、いずれ追いつかれるぞ」
「……以前の世界で仕掛けたときのように勝てなくなるというのね」
「ああ。 膨大な経験を積むことで、唯野仁成は際限なく強くなる。 それはヒメネスやゼレーニンも同じだ。 いっそ、ターゲットを一旦変えるか?」
「それも手ね。 どちらもいずれあの船の中核メンバーになる人員よ」
ジョージは更に助言をしてくる。
もっと手持ちの悪魔を増やすべきだと。
「女神パラスアテナは強力な悪魔だが、現状のあの敵を仕留めるには少し力不足に感じた」
「分かっているわ。 同格の悪魔をもう何体かほしい所ね」
「そういうことだバディ」
「私も、更に力を増さないといけないか……」
デモニカの能力上昇は加速度的だ。戦闘経験を積めば積むほど強くなって行く。しかし、アレックスが知るどのデモニカよりも、今唯野仁成達が使っているデモニカは強力に思えるのだ。
何よりあの船。次世代揚陸艦。
普段だったらレッドスプライトを旗艦とする四隻がシュバルツバースには来るのに、あの巨大な一隻だけしか確認できない。その結果生じているバタフライ効果は計り知れない。
オーカスは却って強くなっている有様だし。逆にミトラスはいとも簡単に攻略された様子でもある。
どうしていいか分からない。
ギリギリの戦いを続けて来たアレックスは、こう言うときに自分の心が弱い事を思い知らされてしまう。
「アレックス、提案がある」
「何かしら」
「相手を見極めるべく行動しよう。 どうもこの世界の唯野仁成、ヒメネス、ゼレーニンは、我等が今まで見てきた三人とは違うように思う」
「……」
人間は育った環境で幾らでも変わる。アレックスに対して、ジョージはそんな事を言う。
それは分かっている。三つの世界を見て来たからだ。極悪人だった人物が、善人になっている場合もあった。
実例を見て来ているアレックスだから、その言葉は聞き入れることが出来た。
「見極めを終えた後は、我等だけでシュバルツバースの破壊を目指すのも良いだろう」
「根本的な解決にならないわ」
「分かっている。 だから、嘆きの胎を利用する」
ジョージの案は確かに現実的ではある。ただ、嘆きの胎にいる強大な看守達と。何よりも秩序属性の大物達を力尽くで従えなければならないが。
特に五層の魔神ゼウスはデータに残っているだけでもとんでもない戦闘能力の持ち主である。
今のアレックスが、全戦力を投じたとしても、勝てるかは分からない。
もしも、やるのであれば。
後数手、ほしい所だった。
(続)
様々な思惑とともに動く複数の勢力。
気の毒にも座薬をぶち込まれてしまったオーカスさんもこのままでは終わりません。
英雄達がいてもなおも厳しい旅路が続きます。