しかしまたしてもアレックスが姿を見せます。
苛烈な三つどもえになるのは、ほぼ確定な状況。
オーカスが弱体化したとは言え、まったく予断を許さない状況です。
序、豚王の迷宮
アレックスの存在が極めて不安定な要素になっている。それは誰もが分かっている。
スペシャルが全力を挙げないと対処不可能。オーカスとの戦いでも割って入られるかも知れない。
ボーティーズでも不確定要素として最悪の存在になったアレックスだが。
今回も、それは同じ。しかも、カリーナから脱出するスキップドライブが検知されていないと言う事は。いる、ということだ。
勿論方舟への強襲も警戒しなければならない。
一人はスペシャルが方舟に残らなければならない、と言う事だ。
ゴア隊長が結論を下す。
まず先に、アレックスをどうにかする。
その後で、精鋭を募って、一気にオーカスを倒す。
その説明を聞いて、判断は間違っていないと唯野仁成は思った。
だが問題は。アレックスを実際問題どうするか、である。
アレックスが着ているデモニカは、今方舟のクルー達が着ているデモニカよりも、性能が明らかに上だ。
一世代以上上のデモニカを着ていること。
悪魔召喚プログラムも使いこなすこと。
これらからは、アレックスが何処かしらの得体が知れない組織からでも技術提供を受けているのか。
或いは、もっと他の理由から、凄まじいテクノロジーを持っているのか。
どちらも分からないが。はっきりしているのは、そのデモニカの性能を引き出しきっている事だ。
アレックスなんて国際手配犯罪者は唯野仁成も聞いた事がない。
彼処までの実力なら、国際再建機構でもマークされそうなものなのに。
問題は軍人として、唯野仁成は現実的にアレックスに対処しなければならない、という事である。
更にアレックスは、どうもヒメネスやゼレーニンも狙っているらしい。
これらを利用するしか無いだろう。
ゴア隊長が、作戦を練る。そして、皆に放送で伝えてきた。
「オーカスの波動は、現在かなり弱体化している。 オーカスバスターはいつまでも効く、と信じたいが。 相手は魔王とも呼ばれる最高位悪魔だ。 それは楽観として、効いている間に仕留めたい」
その通りだ。
調べて見た所、オーカスというのはどうにも存在が曖昧で、一説によるとギリシャ神話の憎悪の神であるエリスの息子の一柱であるという。エリスは憎悪の女神として名高く、その息子であるオーカスも正義に対する存在として知られている、そうだが。
どうにも正確な資料が乏しい。
そもそもどうやら後世に有名になった存在らしく、本来はもっと別の神格。
ローマ神話のオルクスと呼ばれる冥界の神が貶められたものであるという説が強いようなのだが。
だとするとあの豚の姿は何なのだろう。
いずれにしても、更に強化される可能性は決して否定出来ない。
今のうちに倒すしか無い。
それについては、唯野仁成も同意である。
「姫様」
「おう」
「姫様がアレックスと最も豊富に戦闘経験を積んでいる。 アレックスの食い止め役を任せられるだろうか」
「気持ちは分かるが、わしだけでは無理だな」
アレックスはこの間、高位の女神であるパラスアテナを召喚して見せた。悪魔召喚プログラムでも、この方舟にいるスペシャル達を凌駕している、と言う事だ。
勿論それに対しても、ゴア隊長は対策している。
「ケンシロウ」
「……」
「貴方にも協力してほしい。 ヒメネス、君はこの二人と連携して、アレックスの足止めをする作戦に参加してほしいのだが、頼めるか」
「確かにアレックスを止めるには、なんでか奴が狙っているらしい人員を出すしかねえでしょうね。 だが、それで何とかできるんですかい?」
ヒメネスの不遜なものいいだが。
確かにその通りだ。そもそもどうやってアレックスを誘引するか、というのもある。
これに対して、ゴア隊長は作戦を提示した。
「まずサクナヒメとケンシロウの班はそれぞれ分かれて、機動班クルーとともにオーカスの迷宮に突入。 オーカスの迷宮は、現在判明している部分に電波中継器を撒いたことで、大まかな地図が出来ている」
「なんだこれ……」
誰かがぼやく。
あまりにも立体的で、ぐちゃぐちゃで、訳が分からなかったからである。
それもまあ無理はないだろう。水平に移動している筈が、二階にいたのが三階にいたり。逆のパターンもあったりしている。
電波そのものは届くようだが。中継器の範囲から外れると、もはや其所が何処か分からないのである。
「アレックスは相当な戦闘巧者と見て良い。 不自然な動きをすれば、即座に対応してくると見て良いだろう。 其所でサクナヒメ、君はヒメネスと共にこの地点に出向いてほしい」
「……この辺りに何かあるのか」
「この辺りは未探査地点だ。 此処を探査するフリをする。 アレックスは恐らくそれに気付く筈だ。 其所を釣る」
ヒメネスを確実に殺すために、アレックスは前回以上の戦力を出してくる可能性が高い、とゴア隊長は言う。
この辺りは、スペシャル達と話して出した結論なのだろう。
頷くヒメネス。流石に豪放なヒメネスも青ざめているように見えた。
「アレックスが釣れ次第、迷宮内部に潜んでいたケンシロウ班が移動開始。 アレックスを姫様と一緒に押さえ込んでほしい。 倒す必要はない。 傷を与え、撤退に追い込めればそれでかまわない」
「分かった……」
「そしてストーム1。 アレックス出現と同時に、唯野仁成と他精鋭機動班と出陣。 オーカスを仕留めてくれるか」
「任せてほしいと言いたいところだが、まだ奴までのルートが確保出来ていない」
その通りである。
ヒメネスが釣りとして出向く地点の先に、オーカスがいるかも知れない。
それについては、ゴア隊長が指示を出すという。ともかく、移動地点に電波中継器を撒いて、マップを常に刷新し。交戦地点を変えて行くしか無いと言う事だった。
アリスが案内をしてくれるが、彼女は気まぐれだ。
しかも、まだ入り口付近しか迷宮を探索できていない状態である。
唯野仁成は、アリスを呼び出す。
それを見て、ゼレーニンが眉をひそめた。船内で悪魔を呼び出すのは不要不急の事態以外では禁止、だからだ。ましてや奔放で残忍な所もあるアリスは、ゼレーニンには良く思えない相手だろう。
「アリス、合図を出し次第、オーカスへの直通路を案内できるか」
「直通路なんてないよ。 あの豚ってすんごく用心深いから、迷宮ぐっねぐね。 何度も出入り口を通って、どうにかたどり着ける感じ」
「……それでも案内は出来るだろうか」
「お、豚丸焼きにするの!?」
アリスが目を輝かせる。
当然ゴア隊長も、デモニカを通じてやりとりを聞いている。
「出来れば、今度の戦いでけりをつけたい」
「いいよ、俄然やる気出て来た! おじさん、ぬいぐるみも直してお洗濯もしてくれたもんね!」
「ああ」
アリスがショッピングモールから持ち帰ってきた兎のぬいぐるみ。
唯野仁成が繕い。インフラ班に頭を下げて洗濯もして貰った。勿論洗濯だって無制限に出来るわけじゃ無い。そんな中、強力なアリスという悪魔の機嫌を取るために、敢えてぬいぐるみの洗濯をして貰ったのだ。
結果、新品同様に綺麗になったぬいぐるみが出来。
アリスはすっかり唯野仁成に心を許してくれている。ただし、アリスの残虐性や気まぐれさは何も変わっていない。
多少制御しやすくなった、程度である。要するに、機嫌を損ねれば何をするか分からない危険な悪魔であることに代わりは無い。
ゴア隊長が咳払いをする。
「アリス、話を聞いても良いだろうか」
「うん、いいよー」
「具体的な敵までの直線距離、移動まで掛かる時間は分かるだろうか」
「ええとね。 貴方たちの使ってる単位だと四㎞って所かな」
四㎞、か。
ゆっくり歩くと一時間という所だろうか。そして迷宮内部では戦闘も当然想定されるのである。
オーカスが放ったと思われる、悪魔の残骸が山ほど待ち構えているのだから。
オーカスは軍勢を持たないという点で、今まで戦ったモラクスやミトラスとは違っているけれども。
決してオーカスそのものが弱い訳では無い。
一旦ゴア隊長が通信を切る。恐らくアーサーに、突破所要時間や戦力を計算させているのだろう。
程なくして、また通信を入れてくる。
「本来の倍の規模の隊を編成する。 四㎞の距離を突破するには、それくらいの戦力が必要と判断した。 今まで戦闘に出て貰った機動班の内、嘆きの胎に降りた経験がある隊員は全員出て貰うつもりでいて欲しい」
「イエッサ!」
ゴア隊長は此処で総指揮を執る。
プラントは、まだわずかに残っているオーカスの吐瀉物をどんどん物資に変えているが。
その上で、真田さんに注意もされている。もうオーカスバスターは効かない可能性が高い、と。
オーカスバスターを引き渡されたときに説明を受けたが、情報を吐ききったらもうオーカスにあの武器は通用しないと言われた。
ただ、その代わりオーカスには無敵の肉体はもうない。充分戦いが出来る筈だ。
更に、ストーム1が背負っているライサンダーに改良が加えられているのが分かった。
最近の戦闘で力不足を感じたから、だろう。
ストーム1は何も言わなかったが。真田さんが黙々と改良していたらしい。
今後ライサンダー2、F、Z、ZFと段階を踏んで改良をしていくそうだ。
いずれにしても、今までのような銃弾を弾き返す悪魔に対する対策をした弾丸を入れていくそうで。
此方としては頼りにしたい所だ。
「それでは、出撃。 作戦の成功を祈る!」
ゴア隊長の指示の元、サクナヒメ班とケンシロウ班が出る。
どちらも分隊規模だが。
迷宮を利用して、アレックスとの戦闘に晒されるメンバーは最小限にする予定である。
ヒメネスは悪魔合体を駆使して、また強力な悪魔を作り出していた。
アリスの戦闘をデモニカ越しで見て、強いのがほしくなったのかも知れない。
いずれにしても、なかなかの悪魔のようだ。
二チームが出た後、ストーム1が隊員達を呼ぶ。
隊員の中にはメイビーがいる。メイビーを名指しで呼んだので、彼女はちょっと驚いたようだった。
「今度の戦闘は長期戦になる。 悪魔の回復魔法だけでは恐らく足りなくなるだろう」
「はい。 私の仕事があるかも知れない、と言う事ですね」
「そうなる。 それと例の装置をもっと撒いてほしいと真田技術長官からの連絡があったから、それも頼む」
「分かりました」
一個小隊ほどでは無いが、それでも十二名。外での正式一個分隊よりも少し多いメンバーだ。
この全員が嘆きの胎で戦闘を経験し、生還している。
つまるところ、一線級の戦力を全部集めたと言う事だ。
ゴア隊長の本気度がよく分かる。
そして作戦を失敗するわけにはいかない。
今、オーカスの波動は極めて弱体化しているが。それにしても、この世界に降臨した時に連れていた悪魔を。用済みになるやみな喰らってしまうような奴だ。
何をしでかすか分かったものではない。
絶対に見つけ次第殺す。
唯野仁成は、珍しく本気で頭に来ていた。
別に唯野仁成は仲間意識が強いわけではない。ただ、自衛隊の第一空挺団にいた頃から、単独行動をすることと、仲間と連携して戦う事は別だと考えていたし。仲間と連携して戦うには、自身の行動が重要だと考えていた。
他人に自身の考えを押しつけるつもりは無い。
だが、自分は絶対に他人を裏切らないくらいの覚悟でいるつもりだ。
例え此処が人外の土地であっても、である。
それくらいの強い心を持たなければ、こんな場所から生還することだって。このシュバルツバースを解析し、破壊する事だってとうてい出来やしないのである。
だったら信念を崩さない。心を強く持つ。それだけだ。
ほどなくして、サクナヒメ班、ケンシロウ班がショッピングモールに入る。
アレックスはどういうセキュリティを敷いているのか分からないが、全く探知出来ない。少なくとも電波関連でステルスを敷いているのは間違いないだろう。
まずサクナヒメが、ヒメネスと少数の精鋭とともに出立。入り口はケンシロウ班が固める。
ケンシロウはぼーっとしている様子だが。
いざとなったら、それこそ車もびっくりの速度で走り出す。
周囲は冷や冷やしているようだった。
そのまま、しばし待つ。サクナヒメ班は、迷宮で軽く戦闘し崩れた悪魔を蹴散らしながら、指定の地点に到達。周囲を探索しているように振る舞いはじめる。
さて、アレックスは食いつくか。
「此方ヒメネス! 来やがったぞ赤黒が!」
来た。殆ど何のタイムラグもなかった。
同時にケンシロウ班が動く。実はサクナヒメ班が向かった地点は、もう一つ入り口が確認されている場所。
若干迷宮を迂回しなければならないが。アレックスの背後を取る事が出来るのである。
そしてアレックスは、どうやら迷宮に入る能力を持っていない。
相当に優れたデモニカを着ているが。それでも、その機能だけは此方が上と言う事である。
「よし、ストーム1! あの不遜な大食いの魔王に、引導を渡してくれ!」
「イエッサ! よし、一人も欠けずに帰還するぞ! 負傷は恥じるな! だが、死ぬ事は絶対に避けろ!」
「イエッサ!」
ストーム1はゴア隊長に。
皆はストーム1に。
それぞれ敬礼を返した。
ショッピングモールの入り口に殺到する。既にPCから出ているアリスは、先頭をすーっと飛びながら、まっすぐ迷宮の入り口を目指している。
かなり飛ぶのは速い。
「君の実力で、良く俺に従ってくれたな」
「え、私の実力半分も出てないよ。 豚に食べられて、だいぶ吸われちゃったから」
「半分も出ていなくてあれか」
「んー、でもね、豚が私の能力を使いこなす事は出来ないと思う。 だって私の能力って、あの豚より上位にいるおじさんたちが作ったものだから。 あー、ひょっとすると……」
アリスが言いよどむ。
スチーム1が、今度は聞き返した。
「ひょっとしたら、何かあるのか。 作戦の成功率は1%でも上げたい」
「えっとだけれど……あの崩れた悪魔達、ひょっとすると私の力が豚に食べられた悪魔に混ざったものかも」
「そうなると、あの凄い魔法を使ってくる奴がいるかも知れないって事!?」
「いや、それは無理だと思う。 多分自壊しちゃう」
そうか。いずれにしても、オーカスの非道についてはよく分かった。アリスは戦闘経験でどんどん強くなると言う事だし、戦って貰う分には悪くない。ただアリスはマッカをどか食いする。
しばらく新しい悪魔を作れそうに無い事を、唯野仁成は覚悟していた。
あの崩れた悪魔が落とすマッカはそれほど多く無いのだ。調査班が回収してきて、既に判明している。
今方舟で所有しているマッカの総量は、嘆きの胎で稼いだとはいえ。皆も新しい悪魔を作ったりしているから、有限だ。
唯野仁成が、アリスのためだけにと、マッカを大量要求するわけにもいかないのである。
厳しいのは、皆同じなのだから。機動班は特に、強い悪魔を幾らでも必要とする。無駄に出来るマッカなんてない。
迷宮の中に入ると、数こそ減っているが、まだまだあの崩れた悪魔がお出迎えをしてくる。
先にサクナヒメ班とケンシロウ班が通ったはずなのに、まだまだ安全確保はで来ていないということか。
アリスは迷いなく進んでいく。一応、行く先にサクナヒメとアレックス、更にケンシロウが戦闘している地点が無い事は確認済みだ。
どん、どん、と凄い音がしているのが聞こえる。
もうどうやら、人外の戦場は出現しているらしい。サクナヒメは更に畏怖を集めて力を増しているが。それでもアレックスに単独では及ばないだろう。
それに唯野仁成には、あれきり姿を見せないデメテルや、それに天使達の事が気になる。
彼奴らが変な所で横やりを入れてこなければいいのだけれども。
「うわー、邪魔ー」
幾つか目の迷宮に入ったところで、また大量の崩れた悪魔が出てくる。
皆がアサルトライフルで弾幕を作るが、ストーム1が下がるように指示。携行している大型グレネードを取りだした。
まずい。あれは見た事がある。
「リャナンシー、壁を!」
「私もー」
アリスも壁を展開してくれる。そんなの張れるなら、パラスアテナの攻撃を受けた時に展開してくれれば良かったのに。
ストーム1が使ったのは、単独で面制圧をと言うコンセプトで開発された、大量のグレネードを一気に投射する大火力兵器。スタンピードである。
文字通り悪魔の群れが、通路の中で反響する爆発もあって消し飛ぶ。
後は大量のマッカが残るのみだった。
「あまりこの武器は残弾がないんだがな」
ストーム1はぼやくが。それでも、此処での時間ロスをかなり減らせたのは大きい。
アリスに導かれて、不思議な迷宮を行く。
勿論、不思議の国のアリスのような、ロマンチックな体験では無く。おぞましい地獄絵図を通っての事だったが。