Sストレンジジャーニー   作:dwwyakata@2024

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3、帰路と

前線で戦った機動班の休日が終わり、クルーの全員が方舟に戻る。

 

次の空間に行くのだろうと誰もが予測したのだが。その前に大事な事があると、真田さんが放送で告げた。

 

春香が放送を代わる。要するに、皆のショックを緩和するためである。

 

長期間の旅のストレスを緩和するために危険を承知できてくれた、場の空気を緩和するスペシャリスト。世界最高のアイドル天海春香。

 

その声は、相変わらず落ち着いていて。聞いていて不安になる者はいない。

 

どんな報道官よりも有能だろうという声があるが。それについては唯野仁成も同意である。

 

「このセクターを出る前に、二つほどやっておくべき事があります」

 

「二つ……?」

 

「まず一つは、外との通信をする準備が整いました」

 

「!」

 

皆の顔が唯野仁成から見ても、明らかに明るくなる。

 

それはそうだろう。確かにその話はあったが、ついに完成した、と言う事か。

 

春香が説明をしていく。原稿を作るくらいのヒマはあった、と言う事なのだろう。

 

何でも、そもそもシュバルツバースと外の世界を関係無く透過できる粒子が存在していれば、通信は可能であるという結論は前から出ていたのだという。

 

それは確かにその通りだが。少し考えて、合点がいく。あのオーカスが作り出した滅茶苦茶になっている空間を使って、実験をしていたのか。

 

そして、どうやら重力子がその透過できる粒子に該当すると結論が出たらしい。

 

重力子については、既に10年ほど前に国際再建機構が支援している大学で発見されている。

 

重力子を用いた通信機については、最新鋭の技術で、限られた場所にしかない筈だが。

 

当然の事ながら、国際再建機構の本部にはある筈だ。

 

早速通信を始めるという。

 

春香が言ったもう一つの事は少し気になるが、ともかく通信は最優先であろう。興奮に湧く艦内。皆、デモニカの通信機能を入れたり、或いはモニタの前に殺到している。

 

「それでは、通信を始めます。 3、2、1……」

 

砂嵐が、モニタに映るが。やがて、それが徐々に形を帯びていく。

 

おおと、声が上がる。どうやら、各国の要人と。それに国際再建機構の居残り組がいるようだった。

 

「画像込みの通信成功です!」

 

「ゴア隊長! 正太郎長官! 無事かね!」

 

最初に声を掛けて来たのは、恐らく米国大統領だ。この人数が集まっている様子からして、実際には既に試運転は済ませ。人は集めていたのだろう。

 

今回はデモンストレーションとしてのお披露目というわけだ。

 

こればかりは、ゴア隊長が答えなければならない。春香からマイクを受け継ぐと、米国大統領と話し始める。

 

「はい無事です。 クルーに戦死者も出していません。 シュバルツバースの調査も順調に進んでおります」

 

「おお。 それは……何とも素晴らしい朗報だ!」

 

「通信はつながりましたが、まずは其方との情報交換が必要かと」

 

「うむ。 まず君達がシュバルツバースに突入し消息を絶ってから、三週間が経過している」

 

皆顔を見合わせる。やはりこの空間は、外とでは時間の流れが違うという事か。

 

更に、表示される南極の状況。やはりシュバルツバースは更に拡大しているようだ。突入時よりも更にえげつなく、南極を覆うように存在感を示していた。

 

「現時点では、報道規制は出来ているが……其方の状況を教えてほしい」

 

「現在此方では三つの空間を攻略。 内部にて、状況の調査を進めています。 データは其方に送ります」

 

「うむ、有り難い。 此方から対応するためのデータが見つかるかもしれん」

 

「其方では目立った動きはありませんか」

 

米国大統領は少しだけ悩んだ後、周囲を見回す。ロシアの大統領は不満げだし、他の国の首脳部もあまり口は軽く無さそうだが。

 

それでも、何しろ世界の危機なのだ。話しておくべきだと考えたのだろう。

 

「幾つかの財団が、おかしな動きをしている」

 

「おかしな動き?」

 

「うむ。 南米の最貧国幾つかと話をつけて、何か大きなものを移動させているようなのだ。 南極に向けてな」

 

この時期に、南極に向けて。

 

財団の名前までは米国大統領は口にしなかったが、データは送ってくれるという。また、米軍が衛星画像から取得した、運んでいるものの画像もくれるそうである。

 

ムッチーノが告げてくる。

 

「画像ありの通信には大きな負荷が通信装置に掛かります。 そろそろ切り上げてください」

 

「との事です。 それでは、互いに最低限の情報だけを以降はやりとりしましょう」

 

「分かった。 君達に対する支援は欠かさないつもりだ。 出来る範囲で、だがね」

 

「ありがとうございます」

 

通信が切れる。実時間にして十分ほど。ただ、データそのもののやりとりは、今後も行うようだ。

 

通信が終わると、春香がまたマイクを代わったようだった。

 

「今回、直接話はしませんでしたが、交換した情報の中にはシュバルツバース内での位置座表についてのものがあります。 これを利用すれば、シュバルツバースに入った後通った地点の確認や、何より突入地点の確認が出来ます。 この地点はバニシングポイントと名付ける予定ですが、そのバニシングポイントを割り出すこともいずれは可能でしょう」

 

「ヒャッホウ! てことは、帰れるんだな!」

 

「落ち着いてヒメネス。 今帰っても、何の解決にもならないわ。 シュバルツバースは今も広がり続けていて、このままだと地球全土が壊れてしまうのよ」

 

ヒメネスをたしなめるゼレーニン。やっぱり仲が良いじゃないか。そう唯野仁成は思う。ただ、勿論本人達にそれを指摘するつもりはない。

 

春香はなおも続ける。この辺り、どうなるか真田さんには全て分かっていたのだろう。

 

「バニシングポイントの調査と同時に、シュバルツバースをどうにかする方法についても調査を続行します。 ただ、今回の件で、大きく調査が進展したことは事実です」

 

皆の歓声が艦内に拡がる。

 

だが、それが一瞬で凍り付いていた。

 

「続いての情報です。 皆さん、ちょっと体調を崩すかも知れません。 移動などは控えてください」

 

「? どういうことだ」

 

「3、2、1……」

 

春香のカウントが終わる。

 

同時に、唯野仁成は、世界がひっくり返るような感触を覚えていた。

 

一瞬、意識を失っていたかも知れない。目が覚めると、周囲は死屍累々。ヒメネスが立ち上がろうとして、四苦八苦していたので。先にどうにか立ち上がった唯野仁成が、手を貸していた。

 

何だ、今のは。何が起きた。

 

春香が通信を入れて来たという事は。方舟の首脳部は分かっていてこれをやったということになる。

 

デモニカを通じて状況を調べる。プラズマバリアは無事だ。ならば、船内に異常が起きているとは考えにくいが。

 

しばしして、春香の声がまた通信に乗る。あまり、彼女も無事そうには思えなかったが。それでもしっかり、皆を元気づけるべく。声を整えているのが分かった。

 

「周囲のクルーの状況を確認してください。 倒れている人も珍しくはないと思いますから、無事を確認し次第連絡をしてください。 医療班は動けるように成り次第、負傷者の手当をお願いします」

 

「何が起きた……」

 

「予想以上に状況が深刻なようじゃな」

 

サクナヒメの声が通信に割り込む。

 

春香も相当に参っていたのだろう。サクナヒメが通信を代わるようだった。

 

彼女はあんまりこういうのが得意そうには思えないのだが。逆に言うと、サクナヒメだけが艦橋でまともに動けるのかも知れない。

 

「あーあー、不意打ちですまなかったな。 だが、これは必要な事だった。 皆、そういうものだと思ってほしい。 簡単にいうとな、シュバルツバースに突入した時点で、悪魔がこの船に入り込んでいたのじゃ」

 

「!」

 

そういえば。シュバルツバースに突入し、アントリアに不時着した直後。どうやってかも分からない方法で、クルーが誘拐された。

 

その時の事は、不安には思っていたが。真田さんが、ずっと解析を続けてくれていて。そしてさっきのガツンで、何とかしてくれたと言う事か。

 

「入り込んでいた悪魔は人間の精神に入り込む厄介な奴でのう。 なおかつ一体化すると、実体を無実体に一定時間出来るようであった。 今までの空間を渡り歩きながら、真田は研究を続けていたが、ついに対策が出来た、ということよ」

 

なるほど、それで急にがつんと来た訳だ。

 

だがそうなると、悪魔が辺りにいるのではないのか。

 

唯野仁成は不安になったが、悪魔の存在を示す警告などは無い。通信も、うめき声や苦痛は聞こえるが、それくらいだ。

 

「恐らくだが、別の空間の悪魔の仕業だろう。 悪魔はそれぞれに交易のようなことをしていたと聞く。 降伏してきた悪魔の口から、恐らく下手人だろう悪魔の名前も出て来ておる。 魔王アスラ。 それが、このくだらぬ仕掛けをした輩の名よ」

 

サクナヒメの声が、まだちょっと頭に響く。

 

だが、もう周囲を確認するのは問題ない。

 

ハトホルを出して、辛そうにしているクルーの回復を進めて貰う。ヒメネスは回復を断った。意地を張っているのか、それとも。何か思うところがあるのか。

 

他のクルーも、比較的無事な者と、症状が重い者に二分されているようだが。

 

いずれにしても、船内に潜んでいた脅威は、これで事前に排除できた、と言う事だ。

 

サクナヒメは締めた。

 

「この様子では今日は皆つかいものにならんじゃろう。 恐らく出立は明日。 また、嘆きの胎に出向く事になる。 皆、準備はしておくようにの。 あー、たくさん喋ると疲れたわい。 春香よ、そなたはようこんなことをいつもやれておるな」

 

 

 

頭の中に悪魔が入り込んでいた。

 

ぞっとしない話だが。いずれにしても、それは全て消し去る事が出来たらしい。

 

真田さんの話だ。とりあえず信じられる。

 

サクナヒメが言った通り、一日は全クルーに休みが出た。というよりも、ストーム1やケンシロウはそれでも平然としていたらしいが。大半のクルーが使い物にならなくなっていたので。当然の処置だったと言えるだろう。

 

ともかく、一日休憩して、死者も出ず。負傷者も最小限にする事ができた。もしも魔王アスラとやらの支配する空間にこの状態で行っていたらどうなったか、想像するのも恐ろしい話である。

 

一度、嘆きの胎にスキップドライブする。三度目のスキップドライブだ。今更驚きも何も無い。

 

更に言えば、既に物資は充分。

 

それだったら、一線級で戦える機動班クルーの人数を少しでも増やしておきたい。

 

既に浅層は完全に構造の解析が終わっている。故に浅層から地下に潜る事が出来るらしい階段。以前の探索で発見しておいた階段の側に、方舟は着地。

 

今回は、ライドウ氏がもう少しで一線級になれそうなクルーを連れて浅層を周り。

 

ケンシロウとサクナヒメがそれぞれ精鋭を率いて、一層に潜る。

 

ストーム1は今回はお留守番。

 

何でも、この間のオーカス戦でお披露目したライサンダー2の調整があるのだとか。

 

あの火力で、命中精度で、まだ少し不満があるらしい。

 

ストーム1ほどの使い手だ。常人には理解出来ないレベルの些細な不具合がすぐに分かるのかも知れないし。言う事は何も無い。

 

まずはサクナヒメ班が先行して、安全圏を拡げる。

 

その後、調査班を含めた数人を連れたケンシロウ班が続き。電波中継器などを撒いていくことになる。

 

いつもと方針は殆ど変わらない。

 

ただ、階段を下りた瞬間。唯野仁成は、全身に悪寒を感じた。一緒に来ているヒメネスも、口を露骨に閉じる。

 

ヤバイ。

 

幾つも死線をくぐり抜けてきた唯野仁成だ。だから分かる。此処は、尋常では無く危険だ。残虐非道なマフィアに支配されている街や。自爆テロを子供に共用するような凶暴なカルトが支配している国なんか、此処に比べれば天国も同然。

 

周囲から、びりびりと殺気がある。

 

アレックスが、少し前にスキップドライブして嘆きの胎に消えたことは分かっている。

 

あの娘は、もっと下にいると見て良いだろう。

 

顔を叩く。気負けしていたら、勝てる相手にも勝てなくなる。看守に遭遇したら、腹をくくるしかない。

 

幸いと言うべきか、周囲の構造はそれほど今までとは変わっていない。サクナヒメ班のメンバーは、唯野仁成、ヒメネス、ブレア、メイビーの四人である。メイビーはこの間、的確にオーカスに対して足を止めたことが評価された。どんどん実戦経験を積んでいて、スペシャル達からの評判も良い。更に医療知識もあるので頼もしい。

 

やはり経験や身体能力ではブレアやヒメネスに劣ってしまうし、使える悪魔も少し弱いけれども。

 

医療知識のあるクルーが、ある程度自衛能力を持っているのは本当に大きいと言えるだろう。

 

黙々と潜る。

 

不意に、姿を見せる青い肌の女。無言で剣を構えるサクナヒメ。女の周囲には輪が浮かんでおり。頭には角が生えていた。女は全裸で、体には白い模様が入っている。ただ、目には狂気が浮かび、とても会話が出来そうには無かった。

 

「アハハハハハ、見つけた見つけた! 侵入者みーつけたぁ!」

 

「どうやら深層の看守のようだのう。 しばらくアレックスがいなかったから、此処まで出て来たと言う事か」

 

「ズタズタに切り刻んで食べてあーゲルぅ」

 

殆ど一瞬で、凄まじい炎が襲いかかってくる。

 

サクナヒメが剣を振るって吹っ飛ばすが、周囲の植物が一瞬にして真っ黒焦げになるほどだ。

 

この嘆きの胎の植物は、尋常では無く頑強なのに。それほどの怪物か。

 

すうと息を吸い込む女悪魔だが、サクナヒメが切り込んで、それを止める。接近戦を挑み、連続で打撃を叩き込んで魔法を徹底的に封じに掛かる。

 

鬱陶しそうに、女悪魔は体の周りに浮いている輪を回転させ始め。それを使って、サクナヒメの攻撃を悉く弾き返す。火花が凄まじい。

 

「あれ地母神キュベレだね。 でもあんなにいかれてたかなあ……」

 

アリスがぼやく。今はどんな悪魔か調べている余裕は無い。

 

更にバージョンアップした結果、ついに今までストーム1が使っていたライサンダーに匹敵する能力になった廉価版、いや通常版ライサンダーを構え、腰が引けている皆に叱責する。

 

「行くぞ! 姫様を援護する!」

 

「ふっ、頼もしくなったな! 任せろ!」

 

「俺が最初に当ててやるよっ! モラクス! 出番だぞ!」

 

ヒメネスがモラクスを召喚。

 

牛頭の魔王を見て、機動班クルーは流石に驚きの声を上げたが。一瞬、キュベレが此方を見たのも事実。隙が出来たのだ。

 

サクナヒメが、頭に直撃弾を入れる。

 

殆ど同時に、ライサンダーの弾三発が、キュベレの全身に吸い込まれ。回転していた刃物が凄まじい勢いで乱れ、互いにぶつかり合った。

 

吹っ飛んだキュベレだが、頭を抑えると立ち上がり、爪を伸ばしてサクナヒメの追撃を防いで見せる。

 

其所にモラクスが、火球を叩き込むが。それをアリスがとっさに放った氷の魔法が相殺していた。

 

「何しやがる!」

 

「あいつに炎は効かないよ」

 

「何だと……」

 

「最上位の悪魔になってくると、特定の種類の攻撃が全く効かない相手がいるの。 あいつもそう。 覚えがあるんじゃない? あいつには炎を浴びせると元気になるだけだよ」

 

そういえば。

 

パラスアテナに銃撃を浴びせても効いている様子が無かった。ライサンダーの弾でさえ、である。

 

ヒメネスはそれを聞いてなるほどと頷く。ヒメネスは強いと認めた相手の言う事はきちんと聞く。アリスが子供であっても、ヒメネスは強いと認めているのだろう。

 

更に、ライサンダーで射撃を続ける。

 

キュベレは残像を作って動き回りながら狙撃をかわすが、サクナヒメに足をいちいち止められる。

 

モラクスも炎が効かないという話は聞いていたのだろう。

 

違う魔法を用意し始める。それを見て、アリスも詠唱を開始。大きいのをぶっ放すつもりだろう。

 

唯野仁成は、とっさに剣を抜く。

 

キュベレが飛ばしてきた回転刃が、至近に来ていたからだ。

 

一瞬遅れて反応したヒメネスが、刃をライサンダーで撃つ。如何に神の刃といえど、相手は艦砲並みの火力を誇るライサンダーの弾だ。刃に弾が直撃。勢いが弱った所を、デモニカの支援を受けた剣術で斬り下げて、刃を地面に叩き込む。

 

恐ろしい事に刃は、地面でもしばらく回転を続けていた。もしこれの直撃を喰らったらどうなるか、ぞっとしなかった。

 

キュベレは即座に回転刃をまた一つ体の周りに増やす。

 

これが深層の看守の実力。こんなのと、アレックスは常に戦っているのか。

 

「あーもう面倒だなァ! ちっこいのもまとめて、全部バラバラにしてやる!」

 

「そう言いながら、わしに一発も当てられておらんだろうが」

 

「生意気なガキが! このワタシを愚弄するかあああっ!」

 

「あいにく恐らくだがわしはそなたより年上だ」

 

言葉のつばぜり合いの合間に、サクナヒメが徐々に押し込み始める。力が増しているサクナヒメだが、それはこの間のアレックス戦で、パラスアテナを実力で屠ったことからも確かである。

 

此方にまた刃を飛ばそうとするキュベレ。

 

其所に、唯野仁成が声を掛けて、皆で一斉射。何と、メイビーもライサンダーでの効力射に成功。

 

四発同時のライサンダー弾の直撃を喰らったキュベレは、絶叫。そこに、更にサクナヒメの追撃。振りかぶった槌が、モロに角をへし折りながら、キュベレの横っ面を張り倒していた。

 

首がすっ飛ぶような一撃をもらって、焦げた植物に突っ込み。

 

更に、それを倒壊させ。崩落に巻き込まれるキュベレ。

 

とっさに前に出たモラクスが、炭クズを吹っ飛ばしながら全域にキュベレが展開してきた獄炎地獄を体で防ぐ。

 

恐らくモラクスも、熱には極端に強い悪魔だったのだろうが。それでも片膝を突き、うめき声を上げる。

 

即座にヒメネスがモラクスの背後に隠れるように、皆に促したから良かったが。

 

避け損ねていたら、多分即座に全滅だっただろう。

 

サクナヒメでさえ、今のは羽衣を展開して全力防御に徹していたほどだ。

 

残っていた炭クズをどかしながら出現したキュベレは、片角になった頭をこきこきとならしながら、全身から炎を噴き上げる。

 

文字通りの鬼相だ。

 

完全にブチ切れた事が、遠目にも分かった。

 

だがその瞬間、アリスとモラクスが、同時に詠唱準備していた極大火力の雷撃魔法を叩き込む。モラクスよりもアリスの方が更に魔力が勝るようだが、それはともかく二発同時に特大の雷撃が直撃。

 

絶叫するキュベレ。サクナヒメが、大上段に構えた。

 

「四秒、稼げ」

 

「分かった姫様。 四秒だな」

 

突貫。唯野仁成が、オルトロスとユルングを召喚し、前面に出る。負けじと、ヒメネスも。

 

ブレアが無言で狙撃。メイビーも、一瞬遅れてそれに習う。

 

二発のライサンダーの弾が、キュベレに直撃。それぞれ心臓、肺のある辺りに直撃している筈なのに、それでも致命打になっていない。人間大の悪魔なのに、なんという耐久力か。

 

オルトロスに跨がる唯野仁成。音波砲でユルングが支援。

 

ヒメネスが雄叫びを上げながら、アサルトの弾丸を乱射。五月蠅そうに、手をかざして壁を作るキュベレ。

 

其所に踊り込んだオルトロス。オルトロスごと斬り伏せようと、円盤刃を飛ばしてくるキュベレだが。

 

オルトロスをPCに引っ込めた唯野仁成は、キュベレの背後をとっていた。

 

上空に躍り上がった時点で、更に唯野仁成はデモニカの支援を得て跳んでいたのである。

 

そして、剣で至近から斬りかかる。

 

振り返ったキュベレは、凄まじい牙を剥きだして、無数の回転する恐ろしい刃を叩き込んで来ようとするが。

 

その瞬間、動きが止まる。

 

四秒、稼いだ。その時点で、キュベレの負けは確定していたのである。

 

サクナヒメが、既に至近に。その手には、普段使っている古代日本の古墳から出てくるような剣ではなく。

 

青白く輝く剣が握られていた。

 

思わず目を奪われる。あれは、恐らく神の力。本当のサクナヒメの、武神としての神髄。此処まで力を取り戻したから、使えるようになった、本当の奥義。

 

キュベレが全力で逃げようとするが。悪いがさせない。唯野仁成が、無言でその背中に剣を突き立てる。

 

ライサンダーの弾があたっていた場所だ。剣は、滑り込むようにキュベレの体に入り込んでいた。

 

絶叫するキュベレの首を両断するサクナヒメの青い神剣。更に神剣は、大上段に振りかぶられ。

 

唯野仁成が剣を抜くと同時に、キュベレを唐竹に、身に纏っている回転刃ごと斬り伏せていた。首だけになってすっ飛びながら、まだキュベレは呻いていた。

 

「うが、げ、ぎゃ……ぎぎ……!」

 

「おじさん、サクナちゃん、離れて!」

 

「!」

 

アリスがキュベレの周囲に壁を展開したのを見てサクナヒメは全力で横っ飛び。唯野仁成を、再召喚したオルトロスがくわえて、飛び退く。

 

直後、キュベレは爆散していた。爆発の規模は凄まじく、一層の天井を焼き、貫通しかねないほどだった。アリスが壁を作って爆発の火力を上に逃さなければ、多分死んでいただろう。

 

呼吸を整える。前に浅層で戦った看守とは、完全に次元違いの怪物だった。サクナヒメも冷や汗を拭っている。もしも一対一だったら、勝ち目は無かっただろう。

 

すぐにメイビーが回復の魔法を得意とする悪魔を複数呼び出して、皆の回復を始める。ゴア隊長へ通信をブレアが入れていた。ヒメネスは、キュベレが落としたらしい情報集積体を要領よく拾っている。

 

「深層から出現したと思われる看守と交戦、撃破。 今確認した所によると、地母神キュベレと判明」

 

「損害は」

 

「死者はないが、継戦は不可能だ。 即座に後退する」

 

「了解した。 浅層にいるライドウ班に支援させる」

 

手をさしのべて来たのはヒメネスだ。ヒメネスはこの力しか信じない男らしくもない、人なつっこい笑みを浮かべていた。

 

強きものは素直に認める。ヒメネスは、そういう素直な所も確かに持っている男だ。その良い部分が、今出ているのだろう。

 

「あのバケモノ女に接近戦を挑むとは、やるなヒトナリ。 更に強くなってるじゃねえか」

 

「何、姫様が四秒稼いでくれと言った通りにしただけの事だ。 もしも本気で打ち合っていたら、とてもあいつには勝てなかったよ」

 

「良いから診察と回復を受けてください」

 

メイビーが、立ち上がった唯野仁成とヒメネスの状態を確認。モラクスをPCに戻すヒメネスだが。うげと呻いていた。

 

モラクスのダメージが、相当な状態だったらしい。モラクスも、人間の最悪の面を学習してしまわなければ。或いは誇り高い魔王だったのかも知れない。そう考えると、色々忸怩たるものがある。

 

程なくして、ライドウ班が来たので、合流して戻る。ライドウ氏は強大な悪魔を複数引き連れていて。演習していた機動班の面々は、周囲にびくつくばかりだった。とんでもない戦闘が行われたのは、一目で分かったのだろうから。

 

また、調査班を連れて一層入り口付近を調べていたケンシロウ班とも合流。そのまま、方舟に戻った。

 

そこで、医療室に行って、本格的に診察を受ける。

 

メイビーによる応急処置は完璧だったらしく。医療班のチーフであるゾイは、少し休めば大丈夫だと太鼓判を押してくれた。

 

ただブレアとメイビーの連れていた悪魔の消耗が大きいらしい。またヒメネスのモラクスも、消耗が酷いという話だった。

 

「一層がこれほど危険な場所だとはね……」

 

ゾイがぼやく。国際再建機構にスカウトされた彼女は、確か国際的な医師団体に昔は所属していて。各地の紛争地帯などで散々修羅場をくぐっていると聞いている。

 

そんな彼女がぼやくほどだ。

 

唯野仁成は、半日休憩をしっかり取るように念押しされて、医療室を出る。一瞬だけ、奥で寝かされている人影を見る。あれは、ボーティーズで壊されてしまったクルーの一人、ノリスだろう。

 

視線に気付いたか、ゾイは眉を伏せた。

 

「彼はまだ正気を取り戻していないわ。 時々ゼレーニン隊員が見に来るのよ。 自分を守るために、心を壊されてしまったのだからね」

 

「回復の見込みはあるだろうか」

 

「年単位での治療が必要になるでしょうね。 それでも回復出来るとは断言できないわ」

 

「そうか。 彼は勇敢に戦った。 それが報われると良いのだが」

 

頷くゾイ。

 

自室に戻ると、唯野仁成は横になる。サクナヒメも、奥義を出さなければならないほど深層から上がってくる看守は強い。そして恐らくそれらと、日常的にアレックスはやりあっている。

 

まだだ。全然力が足りない。

 

だが、あのような存在が持っている力は、何処かが狂っているとしか思えない自分もまたいる。

 

アリスにPCごしに呼びかけてみる。彼女は直撃弾を受けていないので、マッカを食わせれば放っておいても回復する。だからアリスは、普通に会話に答えてくれた。

 

「アリス、キュベレについて詳しかったが、知っているのか?」

 

「混沌勢力に協力的な地母神の中でも大物だからね。 私を作ったおじさん達と一緒にいる時とか、時々顔を合わせたりしたよ」

 

「地母神というのは何だ?」

 

「うーん、簡単に言うと大地そのものの神様かな。 殆どの場合女性の人格を取る事が多くて、古い古い神様の形態だね。 古い神様だから生け贄とか普通に欲しがるし、人間が邪教とか呼ぶようなのと殆ど変わらない荒々しい信仰を好むことが多いの。 最初サクナちゃん見た時には、地母神かと思ったんだけれど。 サクナちゃんは生け贄とか欲しがりそうもないし、古い神格だけれど女神よりだと思う」

 

そういうものなのか。

 

地母神というのは分かった。デモニカを軽く操作して調べて見るが、だいたいアリスの言う通りだ。荒々しい古い神々のうち、大地そのものの力を持つ神か。

 

ベッドで横になりながら、アリスの話を聞く。

 

「でもおかしいなあ。 キュベレは確かに古い神だけれど、あんなに頭おかしくなかったと思うんだよね。 何だか凶暴化してる雰囲気だった」

 

「生け贄を求めるような神だ。 元々凶暴では無いのか?」

 

「うーん、今の人達にはぴんと来ないのかなあ。 昔は神様にお願い事をする時は、神様に捧げ物をするのが当たり前だったんだって。 私を作ったおじさん達の受け売りだけれど。 古い時代は、作物が色々な理由で採れなかったりすると、それだけで大勢人が死んだでしょ。 だから大地の神様には、一番大事なものが捧げられたんだよ。 つまり綺麗な女の人とか、未来を担う子供とか」

 

そうか。だが、それは悪しき因習で、終わらせなければならないことだ。どのような理由があっても、現在は肯定してはならないだろう。

 

ただ、言わんとする事も分かる。人間は自分を取り巻く環境というものに対する敬意を忘れすぎたのかも知れない。あまりにも地球上で増えすぎて、他の生物に対する絶対優位を得て。

 

更には自分を万物の霊長と妄想するようになって、それは加速してしまったのだろう。

 

勿論生け贄に人間を捧げるなどと言うのは論外だが。しかしながら、大地への敬意は忘れる訳にはいかないだろう。それについては、唯野仁成は同意できる。

 

「ありがとうアリス。 色々分かった」

 

「どういたしましてー。 それにしても、良くもあのキュベレに接近戦を挑もうと思えたね」

 

「姫様には本当に世話になっているし、有言実行を見ているからな」

 

「そっか」

 

我が儘で残忍だけれど、戦闘では頼りになるアリスとの会話を閉じる。

 

休むように言われていたのだ。休む事にする。

 

それから、ベッドで溶けるように眠り。起きてからはシャワーと食事を済ませて。いつでも戦える体勢を取った。

 

呼び出しがあったので、出向く。

 

物資搬入口で、ヒメネスが待っていた。サクナヒメも、存分に回復したようだ。今度はウルフとミアがいる。

 

他に、ケンシロウ班と、ライドウ班が既に整列していた。

 

ゴア隊長が来る。敬礼をする。ゴア隊長が即時撤退を決断し、ライドウ班を廻してくれなければかなり危なかっただろう。やはりこの人は指揮官としてとても有能だ。

 

「皆、危険な戦いを良くくぐり抜けてくれた。 一層の奥に、先の戦いの影響で恐らく反応しただろう、強力な悪魔の気配がある。 看守という言葉からも想像がつくように、「囚人」の可能性がある。 シュバルツバースの秘密を解き明かすためにも、接触は必要だ」

 

「看守よりも強いんじゃないんですかね、そいつ」

 

「いや、感じ取ることが出来る気配は、看守よりも弱いようだ。 既にアーサーが分析を終えているが、実力は撃破時のオーカスより少し上、と言う所らしい」

 

「ならば楽勝だな……」

 

舌なめずりするヒメネス。確かにモラクスがいる事もある。前よりは戦況は良いとは思うが。

 

ただ、其処まで上手く行くかどうか。

 

挙手して、意見を述べる。

 

「また深層から看守が来る可能性もあります。 その場合は撤退しますか」

 

「一層に昨日、危険を押して電波中継器を撒いてきたのが功を奏して、マップは殆ど出来上がっている。 現時点では逃走経路なども提示できる状態だ。 今の機会を逃す手はない」

 

頷く。確かにゴア隊長の言う通りだ。

 

ライドウ氏の班、ケンシロウ班は、今回は支援チームとして動く。ケンシロウ班には調査班としては一人だけゼレーニンが参加する。これは危険な戦闘の中で、天使に守られているゼレーニンだけがまともに動けそうだから、である。可能な限りこの嘆きの胎の情報も集めておきたいのだ。

 

「一秒が惜しい。 すぐに出撃してほしい」

 

「イエッサ!」

 

外に出る。恐らく、看守悪魔が上がって来たときの備えだろう。なけなしの装甲車、レールガンも全て出て、野戦陣地も作られている。突貫でやってくれたのだろう。

 

ゴア隊長は、最善を尽くしてくれている。それならば、それに答えるのが一軍人としての使命だ。

 

サクナヒメが頷く。全員が頷き返すと、猛禽のように一層奥にある強力な気配へと突貫する。

 

場所が分かっているのなら、なんとでもなる。途中、悪魔がぽつぽつと姿を見せるが。強いには強いが、昨日姿を見せた深層の看守に比べれば全然。モラクスを見るだけで、引く者もいた。

 

やがて、最深部へ到達する。

 

此処が、檻か。

 

サクナヒメが、封印らしいのを斬り捨てる。頷くと、奥へ入り込む。

 

其所には、巨大な女が眠っていた。全身を水のようなものが覆っており。そして蠢いている。髪の毛も水だ。水なのに、炎が揺らめいているようである。

 

何だ此奴は。強力な悪魔のようだが。

 

サクナヒメが目を細める。

 

「これが、囚人か?」

 

「囚人? ふあーあ……」

 

目を覚ます悪魔。封印が斬られたことで、意識が覚醒したのだろう。みるみる人間大に縮んでいく。

 

背伸びをしていた女は、殆ど全裸だ。正確には、常に周囲を蠢いている水がその衣服になっているようだ。調べて見ると天女アナーヒターと表示が出る。天女という分類は前にもアプサラスで見た。

 

調べて見ると、ゾロアスター教信仰における重要な女神であるとある。見ていると、黄金の首飾りが出現し。太陽を思わせる赤い美しいマントを身につける。また、出現したベルトは思った以上に力強い。だが、はだけた胸や蠱惑的な肉体は、水の服で隠すだけ。目のやりどころに困る。

 

植物に着地するアナーヒタは、サクナヒメを見る。

 

「貴方が、封印を斬ったのかしら。 見た事がない神格のようだけれど」

 

「わしはヤナト随一の武神にて豊穣神サクナヒメ。 話によると、此処とは違う世界の神格であるそうだ」

 

「そう、それならば見た事がないのも納得ね。 私はアナーヒター。 此処に収監されていた囚人の一人よ」

 

アナーヒターは、周囲を見回した後。ふっと笑う。

 

そして、唯野仁成に小さな欠片を放って寄越した。

 

「貴方の魂が一番面白そう。 私が此処に封印されていると言う事は、敗れた後に混沌の勢力がこの土地を支配したのでしょうね」

 

「これは?」

 

「実りというものよ。 まあ、分割された欠片の一つだけれど。 ……ついでに私の情報も籠もっている。 調べて見れば、私を呼び出すことも可能になるでしょう。 力がついてきてから、試してみなさい。 もう少し力がつけば、私を呼び出せるでしょう」

 

くつくつと笑うアナーヒタ。

 

そして、その姿は、蜃気楼のように消えてしまった。

 

警告が入る。ゴア隊長からの通信である。

 

「看守悪魔の気配だ。 急いでその場を離れろ。 此方は全力で迎撃の態勢に入る」

 

「了解した。 即座に撤退する」

 

また、キュベレ並みのが来たら勝てるかは分からない。即座にこの場を離れた方が良いだろう。

 

牢は今、破られた。

 

看守がいるのなら、激怒するのも当然だろうから。

 

しんがりはサクナヒメに任せて、全力で方舟に。一層入り口では、ライドウ氏が手持ち最強らしい悪魔達を展開して、防衛線を展開してくれていた。その隣には、拳を鳴らしているケンシロウもいる。

 

すぐに方舟に逃げ込む。看守悪魔も、ライドウ氏とケンシロウ、更にそれに加勢したサクナヒメを見て二の足を踏んだらしく、追撃を諦めた様子だ。ゴア隊長はそれを見て、即座に総員の撤収を指示。

 

方舟に戻り、上空へと退避する。

 

看守悪魔は上空までは追ってこない。数体の、キュベレと同格の悪魔が来ていたようだが。見上げているだけだ。

 

冷や汗を拭っているウルフ。彼もオーカスと一緒に戦った一線級の機動班クルーなのに。恐ろしさは嫌と言うほど分かったのだろう。

 

此処は、魔郷だ。

 

そしてその魔郷を一つ、今日は踏破することに成功したのだ。

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