しかしその文明が現在に影響を与えているかというと、可能性は少ないでしょうね。
……原作では、恐らくシュバルツバースに押し流されてしまったのでしょうね。
野戦陣地の真ん中で三日ほど調査を続けていた真田さんが、船内に戻ってきた。それから半日ほど休憩を取る。
真田さんも人間だ。
流石に休憩を時々取らないと死んでしまう。ちょっとの休憩で、「ここはかねてから開発していた」が炸裂してくれるのなら、安いものである。
実際問題、地上への通信や。出口に近付くための情報など、様々な成果を真田さんは上げてきてくれている。
有能な技術者は方舟にたくさん乗っている。アーヴィンもチェンもそうだが。その技術の前段階の設計をして、確実に役に立つものを作れる下地を用意してくれているのは真田さんである。
唯野仁成は、丁度真田さんが船に戻るのと入れ違いに外に調査に出て。
朱雀が強烈な炎と回復の魔法でサポートしてくれる大変強い悪魔だと言う事を実地で検証して知り。
山の各地に調査用に電波中継器を撒いて。
そして戻って来て、真田さんが何か発表するという話を聞かされた所であった。
少し疲れは溜まっているが、発表については聞いておきたい。
なお、発表そのものは春香が行う。
つまり、何か衝撃的な話である、と言う事だ。
「ゴミ山で無造作に捨てられていたものの正体が分かりました。 二万年ほど前に作り上げられたもののようです」
「二万年か……」
これについては、誰も驚かない。
そもそもセクターアントリアで、数万年単位で凍っているような氷などが発見されているのである。
シュバルツバースというのは三次元空間とは関係がない。それについては、もうクルー全員が知っている事だ。
だが、問題はその後だった。
「問題は、この生体装置が、明らかに文明の手によって作られた物だと言う事です。 真田技術長官の仮説によると、数万年前。 時間の流れがシュバルツバースと外では違うので、推定して五万年ほど前に、此処を何かしらの文明が訪れたと言う事で間違いないそうです」
「五万前の文明!?」
「確か最古で発見されている遺跡が、一万年ほど前のものだと聞いているが……」
「みな、落ち着いてください」
春香の声に雑談が止む。
唯野仁成が調べて見た所、現在発見されているもっとも古い文明の遺跡が、紀元前7500年ほどのものであるらしい。
今から約一万年ほど前のものだ。
いわゆるオーパーツなどを例に出して、古代には現在以上の文明が栄えていたという説は根強い。
これはいわゆるクロマニヨン人から現在の人間に対して、どうにもつながりが確認できないから、というのも理由がある。
ネアンデルタール人やクロマニヨン人は、現在の人類の直系先祖ではない。
それは古くから言われている話で。現在でも諸説賛否があると言う。
だが、五万年前に実際にこのシュバルツバースに入り込んでいた文明があるというのは。流石にちょっと現実離れしすぎているようにも、唯野仁成には思えた。
咳払いする春香。
「これが仮に前時代の文明の産物だとすると、ひょっとすると五万年前にもシュバルツバースが出現し、それに対応するべく、当時の文明の所有者……人間であるかは分かりませんが、何者かがシュバルツバースに入り込んだのかも知れません。 ただ、それが実を結んだかというと……」
まあ、あのようにうち捨てられていた状態からしても、かなり厳しいだろう。
様々な神話によると、古代には人間以外の種族が栄えていたと記しているものもあるという。
例えばギリシャ神話では、現人類の前に金銀青銅英雄と呼ばれる種族が存在していて。これらが古くには人間だったとしている。現状の人間は鉄の種族だそうだ。
ギリシャ神話に関しては、デメテルの介入を何度か受けてから調べたのだ。
これらが荒唐無稽な話なら良いのだが。
何かしらの文明が古代にあって。それが神話によって伝わっていると考えている学者も少なくは無いと言う。
更には、もしもシュバルツバースに古代の文明が滅ぼされたのなら。
クロマニヨン人と現在の人間の間に横たわる溝や。
古代文明の痕跡が発見されないことに関しても、説明がつくというものである。
「学問は、一次資料。 つまり証拠が発見されれば、それを基準に理論を組み替えていくものです。 今回発見されたこの五万年前の文明の遺産は、今後更に用途を調査していきますが。 此処の支配者が作り上げたものとも考えにくく、このシュバルツバースの存在を更に深く知るために必須になると思われます」
そう、春香は言って通信を切った。
クルーは雑談を始める。ヒメネスが、さっそく来て話しかけて来た。
「どう思うよヒトナリ」
「仮に五万年前にも文明が存在していて、その文明もシュバルツバースが出現したとすると……」
「何なんだろうな、一体」
「今まで倒して来た魔王達は、人間の愚かしさをひたすらに罵っていただろう」
ヒメネスはそうだなと、気がなさげにぼやく。
だが、ヒメネスはもっとも人間の愚かしさを間近に見ながら育って来た人間の筈だ。興味が無い訳がない。
「現在、地球の環境は危機的状況にある。 モラクスやミトラス、オーカスが罵ったように、人間のせいでな。 際限なく地球を破滅に向かわせる存在が出現したとき、シュバルツバースが出現するのかも知れないな」
「おいおい、それは飛躍しすぎじゃないのか」
「……飛躍しすぎだと良いんだが」
恐らくだが、唯野仁成と同じ事を考えた者は他にもいるはずだ。
それに、である。
もしもこの仮定が正しいとなると、恐ろしい推察も出来てしまう。
仮にこの地球が、致命的汚染に対してシュバルツバースを出現させているのだとすると。それは地球の免疫機構という事になる。
だとすれば、シュバルツバースからの脱出は何ら意味がないし。
仮に破壊に成功したとしても、どうせすぐに新しいシュバルツバースが出現する事になるだろう。
もしもシュバルツバースが出現しなくなったら、それは地球が死んだ事を意味する。
どの道、詰みだ。
あまり考えたくは無いが。このままシュバルツバースを脱出するのも論外。破壊するのも論外となると。
シュバルツバースが出現した後、何もかもが崩壊した世界を受け入れるのか。
或いは、定期的にシュバルツバースに入って、強大な悪魔達と戦いながら破壊しなければならないのか。
どちらかを選ばなければならないのかも知れない。
どちらにしても、先は地獄だ。
大きくため息をつくと、ヒメネスは何だらしくないなという。唯野仁成は鉄の心を持っている訳じゃあない。
いずれにしても、今後の動きはよく考えなければならないのではないのか。
そして、唯野仁成が思いつく程度の事だ。
真田さんが気がついていない筈が無い。
とんでもない代物を見つけてしまったなと、唯野仁成は思ったが。今更である。どうせいつかは見つけていただろう。
数万年前に、地球を滅ぼしかねない文明があって。
シュバルツバースに侵入することが可能なほどだったのなら。
いずれにしても、いつかはその遺跡が見つかっていたのだろうから。
ゼレーニンが来る。
意外にも、話しかけたのはヒメネスだった。
「何だ寝ていなくて良いのか。 散々精神攻撃やられたんだろ」
「もう大丈夫よ。 それよりも、調査をしなければならない事が幾つか出て来たわ。 機動班クルーで動ける人間はあまり多く無い。 出来れば護衛を頼みたいのだけれど」
「まあドンパチの後だしな。 あれだけ派手にやって死人が出なかっただけで御の字だぜ」
「……」
前だったら即座に責めていただろうけれど。今はそんな事もなく、ゼレーニンは悲しそうにヒメネスを見つめた。
どうしてそんなに乱暴なことばかり言うのだろう。
そういう視線だ。
もっとも、ヒメネスは何処吹く風だが。
「既に他に出る奴は決まってるのか?」
「ええ、プリンセスが出てくれるそうよ」
「問題はアレックスだが……」
「それなら平気。 アレックスは、既にスキップドライブした痕跡が発見されたわ。 嘆きの胎に向かった様子よ」
そうか。また、鍛え直しに行ったのか。それとも手持ちの悪魔を増やしに行ったのか、
いずれにしても、アレックスが最大懸念事項だったのだ。特に最近は、攻撃が極めて苛烈だった。
此処のボスである悪魔も、軍勢を見境無く召喚してけしかけてくるような真似をしたが。あんな大がかりな召喚、何度も出来はしないだろう。
だったら、今は調査の好機である。
方舟から出る。既にサクナヒメとライドウ氏が話し込んで待っていた。これから、ライドウ氏は真田さんの護衛にあたり。サクナヒメが来てくれるという。
ゼレーニンを見て少しだけ心配そうにしたサクナヒメだが。
ゼレーニンの方から、サクナヒメに話しかけていた。
「プリンセス、調査の護衛をお願いします」
「おう、真田より聞いておる。 任せておけ。 アレックスめの奇襲を許して肩身が狭い所じゃ。 ここらで挽回せぬとな」
「姫様はそんな失点問題にならないくらい俺たち助けてくれてるじゃねえか」
「一度の失敗で人は簡単に死ぬ。 そう簡単に割り切れんよ」
サクナヒメはヒラヒラと手を振ると。
ついてくるように促す。
真田さんは、機密化された研究室で、一心不乱にあの生体装置を調べている様子だ。
少しは休まないのだろうかと、ちょっとだけ唯野仁成も心配になっていた。
山に昇り始めてからしばしして、ゼレーニンが地図を皆と共有する。
あの繭が埋まっている場所。それに、通る事が出来る場所などの地図である。
また、ゼレーニンは掃除機のような道具を持ってきていた。
「何だそれ。 それで情報集積体を回収するのか?」
「いいえ。 危険な物質が沼になっている場所があるでしょう。 それをこれで無力化させてしまうのよ」
「真田さんの発明か」
「発明と言うよりも、既存品の改良ね。 汚染物質の組成さえ分かってしまえば、無力化はそれほど難しくは無いの」
ゼレーニンが言いながら、コロコロのついた掃除機もどきを引っ張っている。本当に育ちが良いのだなと、ちょっと眉をひそめてしまう。
天使に力を借りてはどうかと提案したが、ゼレーニンは首を横に振る。天の御使いにそんな事はさせられないと。
呆れたようにサクナヒメが、周囲を警戒しながら言う。
「其奴らは一種の使い魔のようなものであろう。 大事にするのは結構だが、戦闘力にも限界がある。 そなたは調査班の人間で、いざという時に頭がつかえなければどうしようもあるまい。 得意分野を分担せよ」
「その通りだと俺も思うが」
「神の御使いに雑用などさせられないわ……」
今までと違い、悲しそうな声での反発。
やりにくそうにヒメネスが視線を背ける。サクナヒメはその様子をしらけた目で見ていたが。もうしばらく時間をおくべきだと思ったのだろう。さきに身軽にぽんぽんと飛んで行く。
程なく、さっきの沼に出た。ゼレーニンが掃除機もどきを使うと、一瞬で沼が凝固する。
ゼレーニンが自身で沼に踏み込んでみせる。確かにもう、少なくともデモニカ越しなら安全なようだ。
皆で沼を渡る。そうやって、危険地帯を幾つも無力化していく。山を彼方此方見て回るが、デモニカは強力な悪魔に反応しない。
負の思念を吸い込むことで強力になるとか言うあの繭を、やはり全部潰すしかないのではあるまいか。
そう思うが、黙っておく。
一兵卒だ。意見を出すにしても、状況を調べきってから。ゴア隊長は、今頃正太郎長官や、真田さんと緊密に情報をやりとりしながら、状況の確認をし続けているはずで。唯野仁成が勝手な事をして良い状況では無い。
電波中継器をゼレーニンが撒くのを見ながら、ヒメネスがため息をつく。不意に、PCから出て来たバガブー。
人なつっこい性格で、よくヒメネスに懐いているのは知っているが。
かなり好き勝手にさせているのだなと、改めて確認する。
「ヒメネス! ヒメネス!」
「どうしたブラザー」
「なんかいる! なんかいる!」
「!」
サクナヒメが即座に跳躍して、上空から周囲を見回す。唯野仁成もアリス他悪魔達を展開して、周囲を確認させた。
バガブーはログを見る限り、かなり勘が鋭い様子で何度もヒメネスを助けている。
力が弱くても、そういう所で助けられる事はある。それは、唯野仁成もログを見て確認済みだ。
「愚かな人間共よ。 ああ、それに与する異教の神もか。 からくりを使い、我が領地を我が物顔に踏み荒らして、覚悟は出来ているのだろうな」
周囲から轟く声。
ゼレーニンも、慌てて作業を中断し、嫌そうにしながらも展開された悪魔達の円陣の内側に入る。
サクナヒメが、名乗りを上げた。
「我が名はヤナトの武神にて豊穣神サクナヒメ。 名のある武神と見受ける。 何者か」
「ほう、貴殿ほどの力の持ち主が慇懃に名乗るか。 では此方も礼を失するわけにもいくまいな。 我が名は魔王アスラ。 この世界を統べるものだ。 ヤナトという国は知らぬが、そなたの力は本物だ。 幾多の世界を見て来た我が保証しよう」
大当たりか。此処の支配者は恐らくアスラだろうと既に見当はついていたが、ついに相手が直接名乗ったことになる。
問題は、この声がどこから響いているか分からない、と言う事だ。
何処にいるのか分からなければ、倒す事など出来ない。
デモニカを調べるが、どうやら音波のようだが。周囲全土が喋っている。山全域から、音がしているようだ。
音が大きいので、彼方此方でゴミが崩落もしている。
「武神として勝負を申し込みたい。 さっさと出てくるが良い」
「そうしたいのは山々だが、今の我には大母を守る役割がある。 残念ながら、その申し出は受けられぬ」
「使い走りにされて満足か」
「満足では無いが、我等が悲願を達成するためには必要な事だ。 そのためには、誇りの一つや二つ、喜んで捨てよう」
これは、手強い相手だ。
そもそも此奴は、戦争の仕方を知っている。その上で、遅滞戦術を敢えてしている事を今認めた。
更に、手段を選ばないとも言っている。
既に分かっているとおり、スキップドライブで更に先の空間に行くには、量子のゆらぎを固定化し、更にそのゆらぎのパターンを空間の支配者から取得できるロゼッタより解析しなければならない。
どの道、魔王アスラとは雌雄を決さなければならないのだ。
「唯野仁成隊員」
通信が入る。どうやら真田さんからのようだ。
サクナヒメとアスラが問答をしている間に通信を入れて来たという事は。作戦指示という事である。
「アスラという存在を解析したい。 サクナヒメとの会話が止んだら、君が話しかけてみてほしい」
「分かりました」
サクナヒメの方を見る。サクナヒメは、何度かアスラを挑発したが、相手は涼しい顔である。
要するに戦うつもりは無いと言う事だ。
唯野仁成は、どういうわけか上級悪魔に気に入られる傾向にある。
アリスに目配せ。
アリスも、意図を察して頷いてくれた。
ハトホルの後継として入ってくれた朱雀が今はいる事もある。回復は任せられる。少し強気に出ても良いだろう。
サクナヒメが腕組みして、むすっとする。どうにも暖簾に腕押しで、面白くないらしい。
サクナヒメに呼びかけて、話を代わりたいと言うと。うんざりしていたのか、あっさり代わってくれた。
「魔王アスラ。 聞きたいことがある」
「ほう、面白い魂の輝きを持つ人間だな。 そこにいる乾いた魂、純潔の魂とはまた違う美しさよ。 強いていうなら可能性の魂か」
乾いた魂とは恐らくヒメネス、純潔の魂とはゼレーニンのことか。
だとすると此奴は、ゼレーニンを純潔と見なしていながら汚そうとしたことになる。極めて不愉快だ。不快感が腹までせり上がってくるが、我慢する。
「そもこの世界は何だ。 今まで倒して来た魔王達は、いずれも人間を学習し、滅ぼす事を口にしていた。 貴方は一体人間の何を学習した」
「我が学習したのは人間が際限なく排泄し、世界を汚す存在だと言う事だ。 丁度このゴミの山のようにな」
なるほど、此処は排泄か。
真田さんは今頃解析を進めてくれているだろう。彼方此方に撒いた電波中継器も役に立ってくれる筈だ。
「そこで我は最初、そなた達の頭に我が分身を送り込み、思い出させてやろうとしたのだ」
「……」
「原初の戦い。 その美しき有様をな。 そうすれば、少しは己がやっている無駄な排泄の醜さを思い出すだろうと思ったのだが。 お前達はその芽を先に摘んでしまった。 もったいなき事よ」
「そうか、やはり貴方もか」
情けない話だと、唯野仁成は思う。
シュバルツバースの空間は、四つ目。嘆きの胎はちょっと毛色が違うので除外するとして、いずれにしても四つ目の空間で、四体目の支配者に遭遇し。そして話を聞いてみて、分かった事は。
どいつもこいつも人間を学習して。
その最悪の部分ばかりを取り込んでしまっている、と言う事だ。
色々言いたそうにしているヒメネスを視線で牽制。ゼレーニンは、この声に聞き覚えがあるのだろう。真っ青なまま立ち尽くして、何も言わない。
「人間の最悪の部分ばかり学んでしまうのは何故だ。 貴方がアスラだとすれば、善神でもあり悪魔でもあり、武神でもある懐の広い存在だろう。 人間の営みを見て来て、信仰を得てきた貴方が、どうしてそうも今更になって、そんな思考に捕らわれた」
「笑止。 人間の信仰は今と昔では違う。 昔は対価の代わりに実利を得るごく素朴なものだった。 それに対して今世界でもっとも拡がっている信仰はどうだ。 唯一絶対の四文字の信仰を確認するものであって、それ以外は全て悪魔と貶めるものであろうが」
「一神教のことか。 確かにそういう思想の持ち主もいるだろうが」
「比較的穏健な者もいると? 違うな。 そのゼレーニンとやらの思考を我はずっと覗いてきた」
びくりと、ゼレーニンが身を震わせる。
頭の中に悪魔が入っていたのだ。その思考が、アスラに筒抜けだったのもそれは当然だろう。
セクハラなんてレベルではないが。いずれにしても、アスラは知っている。
ずっとゼレーニンがサクナヒメに苦手意識を持っていて。何処かでその存在を拒んでいたことを。
唯野仁成が見ても分かる程のことだ。
頭を覗いていた奴が、分からない筈が無い。
「唯一絶対以外は全て悪魔! 武神サクナヒメよ、そなたをこの者はデーモンと内心で呼んでいたのだぞ。 そんなものを助けるのか!」
「はあ。 くだらぬ」
サクナヒメが一蹴。
頭を抱えて蹲り、震えているゼレーニンの肩に手を置きながら、アスラに言い返す。
「人の思考は様々。 外道に落ちる事もあれば、光を持つ事もある。 わしは武神として、ただ人を守り、その過ちをただす。 過ちを犯したからと言って、全てを壊していては、それはまさに悪魔の所業であろう。 そなたが毛嫌いしている四文字の神が犯しているようにな」
「な……」
「そなたは最も嫌っている四文字の神とやらの、負の側面を今そのまま体現しようとしておる。 誇りある武神であるというのなら、どうして同じにならぬと宣言できぬのか」
「だ、だだ、だ……」
どうやら逆鱗に触れたな。
勿論サクナヒメは意図的にやっているのだろうが。これは大きい。
ずっと余裕を持って話をしていたアスラの声から、既に余裕が完全に消し飛んでいるのが分かった。
それだけでも、真田さんは恐らくガッツポーズを取っているはずである。
「黙れ黙れ黙れ! おのれ、貴様……!」
「わしも同じように一神教とやらのある世界から来ておる。 だが別に、一神教とやらを滅ぼそうとも、その首魁たる唯一神とやらと戦おうとも思わぬ。 なぜならば、人間は様々な考え方を持って、ようやく人間たり得るからだ。 外道に落ちようとしているならば手をさしのべ助ける。 それが神のあるべき路では無いのか。 少なくとも気に入らぬ思考を持つ者を焼こうというのであれば、それはもはや神の取る行動ではない。 まあわしも、泥を引っかけられたら怒るが、それはそれだ」
「誇りはどうした!」
「わしはヤナト最強の武神にて豊穣神サクナヒメ! 我が誇りは、守護たる存在である事そのものにある! そなたこそ、偉大なる古代神格としての誇りは何処に捨てた! 今の貴様は、気に入らぬものを焼き尽くすだけのただの災厄だ!」
ヒメネスが拍手。
皮肉混じりに笑顔を浮かべているが、多分良く言ってくれたと心から思っているのだろう。
実際、唯野仁成も、今のサクナヒメだったら神と信じたいと思う。信仰とは無縁の生活をずっと送ってきたが。此処まで言ってくれる神様だったら、いてくれれば嬉しい。
「何たる侮辱……! この屈辱、忘れぬぞ……! こ、後悔せよ……!」
「ふん、そなたなどに恨まれても怖くも何ともないわ。 精々この腐った山で震えておれ」
戻るぞ、と言われて。
唯野仁成は頷き、戻る事にする。
天使達は思うところがあったのか、ゼレーニンに肩を貸して、歩く手助けをする。またゼレーニンの持ち込んだ機械を、もう一体が手にし運んでいた。
ヒメネスが、狂乱のまま怒りの声を上げるアスラを尻目に言う。
「姫様、良く言ってくれた。 本当にすかっとしたぜ。 あの手の勘違いヤローはマジで頭に来るからな」
「自分の正しさを担保してくれるという事が、唯一神信仰とやらの強みであろう。 だがな、それは排他性を産む。 その排他性が行き着く先は、ああいう犠牲者だ」
サクナヒメの声は低い。多分嫌と言うほどみてきたのだろう。
唯野仁成も、紛争地帯で狂信的カルト信者の凶行を嫌と言うほどみてきたが、納得出来る。
確かに己の正義を担保してくれる神には、すがってしまいたくなるのかも知れない。
だがその先にあるのは、際限のない思想の暴走と凶暴化なのだ。
アスラは最初は被害者だったかも知れない。
だが今や、その思想を完全に狂わせた、ただの災厄に過ぎない存在に果てていた。
山を下りると、背後から凶悪な気配がする。
恐らく、極限レベルの侮辱を受けたアスラが、何かしらの作戦を始めたと見て良いだろう。
ゼレーニンに促して、方舟へ急ぐ。
もう一度くらい、会戦があるかも知れない。その時、戦えないゼレーニンは邪魔になってくる。
調査班は調査班で重要な存在だ。戦いで調査班が活躍する必要はない。
あくまで戦闘は、唯野仁成達が行えば良いことだった。