悲しき武神との決戦です。
高台に上がったマンセマットは、巨大化したアスラの凄まじい威容を見て、素直に感心していた。
この土地の特性の使いようによっては、あのような力を得られるわけだ。
このシュバルツバース、魅力的な土地である。
無言で控えている天使共は、どうでもいい。
此奴らにはもはや何も期待していない。所詮はデクだ。その上、ゼレーニンに貸し出したパワーどもは既に論外。
彼奴らは、明らかにゼレーニンの周囲にいるものどもの影響を受け始めている。
ゼレーニンを護衛する以外の事はしなくて良い。
そうマンセマットは事前に教えたはずなのに。勝手にゼレーニンを助けて行動し始めた。もはやあれらは天使では無い。堕天使である。いずれ時間を見て、処分してしまうとしよう。
そのアスラがすっころびかけ。
その足下に、滑り込むように唯野仁成ら三人が乗るジープが潜り込む。
お手並み拝見と行きたいところだが。
隣に賓客が降り立ったので、其方の対応をしなければならなくなった。
「おお女神デメテル。 ようやくおつきですかな」
「今、手を打ってきた所ですのよ。 アレックスというあの赤黒が、せいぜい苦しむようにね」
「ふふ、中々性格が悪い」
「これからもっとも重要になる収穫の場、嘆きの胎。 そこを、可能性の苗である唯野仁成でもないのに土足で踏みにじろうとするのが悪いのですわよ」
デメテルはご立腹の様子だ。笑顔は崩していないが、マンセマットには分かる。此奴は相当な食わせ物である。
まあそれはそうだろう。オリンポス十二神と言えば、骨肉の争いの果てに生き残った最高位の神々達。
ギリシャ神話の醜い身内の争いの詳細は、マンセマットですら苦笑するほどの代物である。
それは、デメテルだって性格も悪くはなるだろう。
「それであの醜い巨人がアスラの正体だと?」
「どちらかといえば戦闘形態と言うべきでしょう。 それも不本意にとった姿のようですね。 元々アスラは、この世界で実体すら持たずに人間を持久戦で翻弄し、消耗させるだけ消耗させるつもりだったようですからねえ」
「上を行かれたわけですわね」
「そうなりますね。 あの鉄船に乗っている人間の技術者、其方にいるヘパイストス神にも劣らぬのでは」
露骨に嫌そうな顔をするデメテル。
ヘパイストスが相当なぶ男である事はマンセマットも知っている。デメテルの美的感覚には合わず、性格もあわないのかも知れない。
まあそれはいい。
接近した人間の一人が、巨大な悪魔を召喚したのだ。それは、無数の足を持つ、巨大な口を持つ長い体の竜。見覚えがある。北欧神話の邪竜、ニーズヘッグだ。北欧神話の中心地であり、世界を支える世界樹の根を囓り続け。世界の終わりにはその世界樹を囓り倒してしまう巨大な竜。白い体を持ち、蛇に無数の足を生やし、口には剥き出しの歯がたくさん生えているような醜い姿。
体格的には、アスラにも及ぶそれが、全身を巻き付ける。
「まるでテューポーンとゼウスの戦いですわね……」
「彼方の男、その両方を召喚しかねませんな。 動き次第では我等の脅威となりましょう」
デメテルはその言葉を無視。まあいい。マンセマットとデメテルは、単に利害が一致しているから協力しているだけだ。
一緒にされたら頭に来る、という心理も分からないでもない。
それにしても、オリンポス十二神などと言う信仰も失った神格から、一神教の重鎮にしてやろうという交渉をしているのに。
頭の硬い古代神は困ったものだ。
そう思って、アスラの様子を見る。
アスラは絡みついたニーズヘッグを四本の腕で剥ぎ取ろうとするが、その全身にジープに乗っていた唯野仁成が何かを打ち込む。
ほう、と思わず呟いていた。
打ち込んだものが何か、分かったからだ。
すぐにジープが離れる。
横転しながら、地面にニーズヘッグの頭を叩き付け、拘束を解くアスラ。立ち上がろうとするが、恐らくその瞬間異変に気付いたのだろう。
絶叫するアスラの顔は、三つとも酷く恐怖に歪んでいた。
「手の内を晒しすぎるからそうなる……」
酷く残忍な笑みを、マンセマットは浮かべていたかも知れない。
いずれにしても、混沌の悪魔がどうなろうと知った事ではない。まだ秩序陣営で協力が見込めるデメテルについては心も動くが。
混沌に身をやつした神など、それこそ滅びれば良いだけの存在だ。
悲鳴を上げながらもがくアスラ。全身がどんどん黒ずんでいく。
あれは、アスラの分身体を打ち込まれたのだ。
今まで方舟のクルーに寄生させていたアスラの分身体。それらは人間が。この世界に来る時に駆除してしまったようだが。同時にサンプルも採っていたのだろう。
そしてそのサンプルに細工をしたのだ。
元がアスラの分身体である。体に打ち込まれれば、それは元の体と一つになろうとする。そもそも、遠隔でコントロールするくらいしか出来ない簡易の分身である。複雑な命令をこなせるような高尚なものではない。
それが、体内で無作為に。アスラにとって、有害な思考なり思想なり。或いは現在アスラが捕らわれている思考なりと反するものを含んでいたらどうなるか。
最初の砲撃は、この本命の切り札を更に良く効くようにしむける薬か何かだったのだろう。
「おおぉおおのれええええっ! 何をした人間! 何をしたあああっ!」
聞き苦しい絶叫が轟く中。少し前までアスラの同僚だったモラクスが出現。アスラをニーズヘッグの代わりに押さえつける。今のアスラの膝までしかモラクスは背丈がないが、それでも狂乱し恐怖している相手なら充分だ。
そして、アリスが大きめの魔術詠唱を始める。
あの忌々しい邪悪の娘が唱える魔術。おぞましいと感じて、口元を抑えるマンセマット。どうやらデメテルも不愉快らしく、目を細めていた。
まあデメテルが不愉快なのは恐らく違う理由からだろう。
デメテルは冬を嫌っている。
大事な娘を奪い去られた記憶を、思い出してしまうからだろうからだ。
モラクスが消えると同時に、アスラを無数の氷の杭が貫いていた。絶叫するアスラが、それでも立ち上がろうとするが。
接近していたサクナヒメが、横っ面をフルパワーで張り倒す。
冗談のように巨体が揺れる。
流石だ。異教の神とは言え、なかなかの力では無いか。
更に其所へ、跳躍したもう一人が、アスラへと無数のラッシュを叩き込む。アスラはそのうち半数ほどを避ける。
あれはケンシロウとか言う拳法の達人だが。
アスラは、血を吐きながらも、嘲笑ってみせる。
「拳法は、我が最も信仰された印度で生まれたもの! カラリパヤットこそが起源であり、避けるは容易いわ!」
「お前が知っているカラリパヤットは、いにしえに産み出されたそのままのものだろう」
男の言葉は痛烈だ。
事実、どうやらかわせた攻撃は、全てフェイントだったらしい。
アスラの半身から、大量の鮮血が噴き出し始める。
絶叫するアスラの顔が一つ吹っ飛ぶ。
「印度より大月氏、中華を経て完成した北斗神拳! 磨き抜かれた後世のカラリパヤットなら兎も角、お前のカビが生えたカラリパヤットなど、もはや敵ではない!」
「ふ、ふざけ、人間如きが……!」
頭を一つ失いながらも、アスラは体勢を立て直し。
そして大きく息を吸い込み始める。
あれは、ちょっと危ないかも知れないな。そう思って、マンセマットはシールドを展開する。
デメテルも、同じようにシールドを展開していた。
何かを、アスラがぶっ放そうとする。
恐らくだが、召喚した悪魔を凶暴化させ、互いに殺し合わせる技を極限まで凝縮、指向性を持たせてぶつける技だろう。
如何に対策をしているとは言え、出力が違いすぎる。
これは喰らったら危ないかな。そう思いながら見ていたが。アスラの肺が、次の瞬間爆発していた。
鮮血が、胸から噴き出している。
方舟からの狙撃によるものだ。あのストーム1とかいう戦士による、神域の狙撃が。今のケンシロウとやらの技を受けて弱体化していたアスラの胸を貫いたのである。
後ろに一歩、二歩と下がるアスラ。
その下半身に、また召喚されたモラクスが組み付く。
更に、機動班クルーの全員が展開した悪魔が、一斉攻撃を放ち、魔法を無数に叩き込みまくる。
それでも踏ん張るアスラだが。
上空では、既ににんまり笑ったアリスが、極大の魔法を用意し。更に青く輝く剣を、サクナヒメが構えていた。
ああ、終わったな。
あのサクナヒメの剣、多分まともに喰らったらデメテルやマンセマットでも危ない文字通り武神の奥義だ。アスラは、必死に逃れようとするが、間に合うはずがない。
膝を突かなかった事だけが、最後の意地だったかも知れない。
アリスがぶっ放した巨大な氷塊が、三つある頭の一つを容赦なく打ち砕く。頭がメロンのように爆ぜ割れて、周囲に大量の鮮血と肉塊が降り注ぐ。
更にそこに、サクナヒメが渾身の、大上段からの一撃を叩き込む。
アスラの上半身が、残った最後の頭ごと、真っ二つに割られたのはその時だった。
「お、おのれ、おのれ……!」
なおもアスラが呻き続ける。
全身を分割して逃げる事も出来まい。さっき叩き込まれた、汚染された分身が致命的だったのだ。
アレに対抗するだけの時間が、アスラには与えられなかった。
本来だったら物理的な実体を失っても、逃げる術はあっただろう。だが、それすらもなかった。
とうとう力尽き、膝を突くアスラ。
モラクスは離れると、哀れみを持ってアスラを見る。やはりアレは、この世界で軍を組織しようとしていたモラクスとは違うな。そうマンセマットは思う。まあデータを貰って解析済みなので、知っている事だが。
「に、人間がいにしえの理を忘れ、大地を汚し尽くし、やがて自滅する存在であるという事実に代わりは無い……! そして我は、一度敗れた程度で屈するほど弱くもない……!」
ケンシロウが、アスラの胸に一撃を叩き込んだ。
アスラは言葉を失うと。だが、苦痛に歪めていた顔を、少しずつ和らげていくようだった。
「本来であればお前は誇り高き神だったはずだ。 最後の慈悲をやる」
「……慈悲か。 その慈悲、高くつくと心得……」
アスラが、安らいだ表情のまま爆散する。
ケンシロウは着地すると、静かに技の名前を言った。
「北斗有情破顔拳」
同時に、この空間に満ちていた。純粋な殺し合いをもたらす気が消えていく。
アスラは死んだ。
少なくとも、この空間では。
くつくつとマンセマットは笑う。
少なくとも、マンセマットの目的は、この空間では達成出来た。如何に周囲が支えているとは言え、ゼレーニンの心には大きなくさびが打ち込まれたのだ。
もっとも秩序に対する強い可能性を持つ魂。それをゼレーニンが持っているのは既に確認済み。
やがてゼレーニンは、必ずマンセマットの手に落ちる。それが確信できただけで、充分である。
周囲を確認。
天使達はかなり数も質も増している。これならば、ちょっとやそっとの相手に敗れることはないだろう。
更に、である。
アスラが死んだ事で、大母とやらが目覚めたようだ。奴らの空間は、最初かなりややこしいものだったのだが。これで簡単に侵入できる。
更に言えば、もっと大きな力も行使できるだろう。
此処にいるでくの坊ではなく、大天使も呼び出せるかも知れない。
とはいっても、現在天界にいる連中ではないが。まあそれはどうでもいい。
「それでは私は行きますよ豊穣神デメテル。 貴方はまだしばらく此処に残りますか?」
「私は収穫のために嘆きの胎に少しばかり用がありますの。 どうせ人間達も其方に来ますし、其所で少しばかりあの赤黒に仕置きをしておきますわ」
「ふふ、追撃を容赦なく徹底的に行うのですね」
「古き神を怒らせることが何を意味するのか、あの赤黒にはせいぜい思い知らせて差し上げませんと」
元々ただの利害の一致だ。
デメテルが消えるのを見届けると、マンセマットはこの空間を離れる。
もはやこの汚らしい空間になど用は無い。
このシュバルツバースと人間が呼ぶ世界を利用し。
マンセマットの願いを叶えるまで、もう少しだ。
アスラの亡骸から採取されたロゼッタは、すぐに真田の研究室に運び込まれていた。
アスラとの戦いは予想通り激戦だった。サクナヒメによる挑発で、アスラが本気でやりあうつもりにならなかったら、恐らくもっと長引いていただろう。
或いはもっと此方の戦力が充実していなかったら、アスラは調子に乗って姿を見せたかも知れないが。
残念ながら、アスラは今までの世界での戦いを見て、方舟の戦力を警戒していた。
冷静さを崩さなければ、千日手をずっと維持しようとした筈で。
その時には、此方には為す術は無かった。
同じ武神の属性を利用して、サクナヒメが相手に叩き込んだ否定という呪いは。アスラという神格を完全に戦闘へと傾けた。
言葉は呪いになる。
それを真田は、充分に思い知らされた。
戦いで手段を選ばない事をアスラは表明した。それを、まんまサクナヒメは相手に返したのだ。
結果として、呪詛返しの通り。アスラは自滅に近い末路を遂げることになった。因果応報と言えばそれまでだが。色々と考えさせられる。
さて、気分を変えてロゼッタを解析するが、様子がおかしい。小首を捻っている内に、アーサーが連絡を入れてきた。
「真田技術長官。 貴方にしては時間が掛かっていますね」
「このロゼッタを解析したが、このままスキップドライブするとアントリアに戻ってしまうな」
「つまり空間が輪のようにつながっていると言う事ですか」
「そうなる。 ただ、そもそも我々はこの空間の他に、もう一つ別の空間を通ってシュバルツバースに不時着している。 それについて、少しばかり解析させてほしい」
アーサーはクルーに伝達すると言うと、通信を切った。
アーサーのAIの出来は仕方が無い。この時代では、真田が共に宇宙を旅したアナライザーほどの性能を持つAIは作りようがない。まだまだ人間の技術力は、其所に辿りつくには未熟すぎるのだ。
問題は別の所にある。
相手の自滅もあったとはいえ、クルーの死闘の末に何とか仕留めたアスラだ。このロゼッタは、必ずや的確に解析しなければならない。
しばらく考えたり、データを分析したりするが。
そもそもロゼッタとは、最高効率の情報集積体である。其所に格納されている情報は、あまりにも巨大だ。
解きほぐすようにして、膨大なデータを調べていく。
また、今までのロゼッタのデータも全て引っ張り出し、確認していく。
空間のデータも調査。
量子のゆらぎもしらべていくが。其所で、幾つかおかしな点を見つけた。
観測班に連絡を入れて、周囲を調査し、調べて貰う。
現在、アスラ戦で消耗した弾薬を回復するために、再びプラントをフル活動させている状態だが。
勿論機動班も観測班も出している。
重力子測定による現在地の確認。
更に、今までの航路の確認。
そして何よりも、バニシングポイントとみなされる地点の確認などを念入りに調べていくと。
どうやら、それらしきものが分かってきた。
シミュレートを何回かしてみる。
そもそも重力子による測定によると、現在はかなりシュバルツバースの深部にいることになる。
深部だから敵が強いかというとそうでもない。
実際問題、嘆きの胎は座標的にいうと此処よりずっと地上に近いのである。
むしろ、侵入者を最深部まで叩き落としに掛かった、と言うのが正しいのだろう。
こういうのは面白い。色々調べていく。
幾つかの空間のデータを再度確認していくと、今まで量子が揺らいでいて、通行不可能だった量子トンネルが存在している。
勿論それらの世界にも、電波中継器は撒いてきてあるし、未だに通信することも出来る。
既に量子トンネルは安定しているから、である。
データをかき集めて、世界の変化を確認していく。
そして、同時にロゼッタも、動力炉のフルパワーを費やして解析を実施。
しばらく解析を続けて、やがて結論が出た。
バニシングポイントは、今までとは同じやり方では辿り着く事が出来ない。
今までは、隣り合う空間同士が量子トンネルでつながっていたのだが。この量子トンネルはあくまで水平方向にしか展開していなかった。
此処で、いわゆる上位次元にスキップドライブする必要が生じてくる。
しかしながら、それはどうすれば出来る。
量子のゆらぎそのものは収まっているので、それらしき量子トンネルに突入することは出来そうだが。
遡って、そのままバニシングポイントにたどり着けるかというと、また別の問題である。
先に小型のドローンを複数飛ばして、データを収拾する方が良いだろう。
現在はまだ時間がある。時間があるのだから、それを有効活用する。
物資が充分に集まったという報告が入る。だとすれば、何も此処でぼんやりしている事も無いだろう。
一度、報告に出向く。
艦橋に出ると、ゴア隊長と正太郎長官が話し合いをしていた。
「クルーの一部が浮き足立っています。 何とかこの辺りで引き締めを行わないと、危ないですな」
「君に一任したいのだが、相談してきたと言う事は何かあるのかね」
「はい。 どうにも一旦此処を脱出したいと考えているクルーが、少なからずいるようでして」
「ヒメネス君に感化されているのだろうな。 気持ちは分からないでもないが、シュバルツバースは恐らく実時間で二年もかからず世界全てを飲み込む。 脱出した所で次の機会などない」
頷くゴア隊長。
春香が心配そうにやりとりを見ているが。真田が咳払いすると、皆此方を見た。
「お忙しいところ失礼します、正太郎長官」
「うむ、真田君。 苦戦しているようだな」
「ええ。 それで幾つか提案が」
まずドローンの件。
これについては、すぐに了承が貰えた。同時に、時間を無駄にしてもいられないので、嘆きの胎についても提案する。
「アスラの実力はオーカス以上だったと判断します。 更にアスラの言動を見る限り、更に上がいると見て良さそうです。 バニシングポイントに至っては、桁外れの悪魔がいてもおかしくないでしょう。 そこで嘆きの胎で、皆の戦闘訓練を積んでおくべきだと提案します」
「うむ……。 ゴア隊長、どう思う」
「アスラ戦での傷は皆もう癒えています。 更に嘆きの胎の浅層、第一層はどうにか解明しました。 まだ五層残っている事を考えると、このシュバルツバースを攻略するためには必要な調査でしょう」
「そうだな。 では、すぐに両方に取りかかってほしい」
正太郎長官は流石だ。
物わかりが良い。判断も速い。
これで年齢が無ければ、他の英雄達と一緒に戦うことも出来ただろう。流石に今の年齢の正太郎長官は、年齢を考慮すると後見役以外は難しい。たまに方舟を神がかった操作してくれることもあるが。それも長時間続けるのは厳しいだろう。
まずはドローンを展開。
これは自立式で、量子トンネルを調査もしてくれる。
更に、ドローンが量子トンネルを調査し始めたのを横目に、嘆きの胎にスキップドライブすることを全クルーに通知。
この空間、デルファイナスからの撤退を急がせる。
デルファイナスには、在来の悪魔はいたのだろうか。
いずれにしても、アスラのあの様子では、同士討ちで皆殺しの憂き目にあってしまったのだろう。
悲惨な話だ。
アスラはサクナヒメに論破されていたように。一神教の神を傲慢で許しがたいと憤慨していたが。
結局その一神教の神がノアの方舟のエピソードで人間を皆殺しにしたように。残忍な行動でジェノサイドを行っていた。
図星を指すと、人間はもっとも激高するものだが。
アスラも神で有りながら、それは同じであったらしい。
だが、それについては少しばかり疑問が生じている。何度かライドウ氏と話をし、幾つかのデータを集めているのだが。
まだもう少し、結論が出るには時間が掛かりそうだ。
クルーの回収完了。
点呼も完了。
すぐに嘆きの胎にスキップドライブする。
ライドウ氏には、いつもの通り二線級の機動班を率いて、浅層で演習をして貰う。浅層と言っても、はっきりいってデルファイナスよりも強い悪魔が出る。ライドウ氏に演習して貰うには丁度良い。
サクナヒメとケンシロウには、そのままそれぞれ小隊を率いて、潜って貰う。まずは一層の安全確保からだ。以前も、一層では強力な看守悪魔に遭遇し、大幅に戦力を削られた。
なお、一層に捕らわれていた天女アナーヒターは、まだ唯野仁成も作る事が出来ない状態だという。
それだけ強大な神格と言う事だ。
本当に此処は、一体何の場所なのか。
ストーム1も出ると言ってくれたので、任せる事にする。浅層にライドウ氏がいるので、方舟の守りそのものは大丈夫だろう。それぞれ、一線級に育った機動班を連れて、一層に潜る。
看守悪魔との遭遇については、今のところ報告がない。
ただ、散発的に戦闘は起きている様子で。
調査班を護衛しているケンシロウ班から、ストーム1班とサクナヒメ班は離れられない様子だった。
真田自身は研究室に戻ると、ドローンなどから回収されるデータ。何よりロゼッタから回収されるデータを調査していく。
七割ほど分かってきたが。まだちょっと足りないかも知れない。
腕組みして、少し考え込んだ後。ゼレーニンに意見を求める。
今回彼女は、嘆きの胎に出向いていない。別の研究所クルーに出て貰っている。
「ゼレーニン君、どう思う」
「このデータを見る限りだと、量子トンネル内で更にスキップドライブする必要があるのではないでしょうか」
「ふむ……」
同じ見解だ。
量子トンネル。どれでもいい。ともかく量子トンネル内に、量子のゆらぎが安定した部分が生じている。
スキップドライブ中に、其所に向けて更にスキップドライブする。
だが、それはかなり危険な賭だ。
真田も、二度の旅で。ワープ航法を用いてマゼランに出向いたが。その時も、最初ワープするときは相当に危険な賭けだった。
技術的には出来るとは分かっていても、上手く行かなかったら大変な事になるのが確定だったからだ。
ともかく、ゼレーニンにプログラムを組ませる。
アスラに色々言われて、相当参っているだろう。今は単純に仕事をさせた方が良いと判断する。
不意にパワーがゼレーニンのPCから出現すると、紅茶を淹れ始める。
驚いた。絶対に船内では悪魔を使わなかったのに。パワーが自主的にゼレーニンを支えるようになって来ている。ゼレーニンも、それを受け入れている。
マンセマットの出したデク兼監視役と思っていたのだが。
「ゼレーニン様、紅茶を淹れました」
「ありがとう。 他の研究メンバーにも配ってくれるかしら」
「了解しました」
鎧姿のパワーだが、機械を使うことに抵抗もないようで、紅茶を淹れてくれる。真田も紅茶を淹れて貰って、疑いは無く飲んだ。
此処の紅茶は省力化を考えて機械式だが、プロのやり方を研究して、充分に美味しいものが飲めるように真田が機械を設計している。つまりインスタントでも充分に美味しい。パワーは気を利かせて、クリームと砂糖もつけてくれたので、有り難く利用する。頭を使うときは、砂糖がほしくなるものだ。
しばし無言でデータの解析を続ける。
用事が済むと、パワーはゼレーニンのPCに戻っていった。
「ゼレーニン君」
「はい」
「天使達が望むようなら、更に上位の天使に悪魔合体をさせてみては」
「……」
悪魔としてのグレードを上げる合体は、既に存在が確認されている。
最近ライドウ氏が周知してくれたのだが、精霊合体と呼ばれるものだ。
世界の要素を構成する、根本的な悪魔。精霊というのだが。それを素材に合体させると、ものによっては上位の悪魔になってくれる。
勿論その場合、上位の悪魔になる事で自我などは色々失われたりするのだろうが。
悪魔は強くなることを望む精神生命体だ。だから、ゼレーニンのPCにいるパワーも、それは同じなのではないのだろうか。
「まだ抵抗はあるかね」
「はい。 人道的にどうかとも思いますし、何よりも悪魔を使うと言うことが怖いのです」
「人道が適応されるのは人間に対してだ。 悪魔は悪魔の論理で動いている。 天使もそれは同じだろう」
「はい、分かっては……います」
まだ少し考えさせてほしいと言うので、好きなようにさせる。
いずれにしても、ゼレーニンの守護天使は少しばかり力が足りないと思う。今後の事を考えると、より強力な守りが必要になってくる筈だ。
特にマンセマットが全く信頼出来ない状況を考えると。
それに、アレックスによる暗殺が後一歩で成功しかけたことも考えると。
少なくとも、誰かが助けに行くまでに天使がゼレーニンを守れるくらいでなければ、話にならないだろう。
唯野仁成とヒメネスは、そろそろその状態になりつつある。
連れている悪魔が、スペシャル達の使っている悪魔と同格くらいにまで成長しつつあるからだ。
ゼレーニンも、調査班として、更に独立して動けるように。
そうあってほしかった。
やがて、ドローンからデータが届く。
間違いない。ゼレーニンの提唱したとおり、スキップドライブを重ねることで、恐らくはバニシングポイントに到達することが出来ると判断して良いだろう。
ゼレーニンにデータを見せて、プログラムの微調整をして貰う。
真田も、他の研究室メンバーに声を掛けて、デバッグをして貰った。
真田自身は、全部のデータを俯瞰的に確認する。
「かねてから開発していた」と真田がいうと、皆が興奮する。必ず事態が解決するからだ。
だが、その「かねてから開発」には、このような苦労が伴っているのである。
勿論苦労をひけらかすつもりはない。
真田はむしろ神格化されていた方が、クルーの士気が上がると判断していたし。実際国際再建機構でも、暗黙の了解でその神格化を認めている。その方が、敵の士気を挫けるし。味方の士気も上がるからだ。
程なくプログラムが出来る。
後は、デバッグを徹底的に行うだけだ。アーサーにも、デバッグには協力して貰う事にしよう。
艦橋に出向く。
一度戻って来たサクナヒメ班が、物資搬入口でミーティングをしているのが見えた。
一層には看守悪魔は来ていないものの、二層の入り口らしき場所が、かなり強い力で封じられているらしい。
サクナヒメのあの光る神剣ならブチ抜けそうだという事だが。
あれはどう見ても、使った後にしばらく行動不能になる必殺剣だ。
ほいほいと使うわけにも行かないだろう。
そうなってくると。
そろそろ、唯野仁成ら、スペシャルにぐんぐん成長して迫っている面子の力が頼りになってくる。
その唯野仁成が、ストーム1と一緒に戻って来たので、真田は通信を入れた。
「戦闘経験を積む事が出来たかね」
「はい、真田技術長官」
「それでは、アナーヒターを作れるか試してほしい」
「分かりました、すぐに」
恐らくだが、分かりやすい強い防御。一層の囚人であるアナーヒターが解放された事によって展開されたものだろう。
だったら、アナーヒターであれば、突破は可能であるかも知れない。
しばしして、唯野仁成がかなりの量のマッカを要求してくる。
アナーヒターを作る為には、幾つかのデータベースにいる悪魔をマッカをつぎ込んで呼び出さなければならず。
大食らいのアリスを抱えている状況でマッカが貯められない唯野仁成は、現状の手持ちでは作れない、というのだ。
少し相談した後、マッカを回す。
先行投資である。
どうせアスラを倒した後、デルファイナスでうなるほどマッカは入手できている。別に問題はないだろう。
ほどなくして、唯野仁成が悪魔合体を始める。
アーサーが警告してきた。
「今までに無い強力なエネルギーが方舟に満ちています。 流石に今回ばかりは船外で悪魔合体をするべきかと思います」
「いや、いい。 今後どんなトラブルがあるかわからん。 強力な悪魔を方舟内で作ったくらいでどうにかなるようでは、乗り越えられないだろう」
「……分かりました。 真田技術長官がそういうのであれば」
とはいえ、本当に方舟が揺れている。
アナーヒターというのは、それほど強力な悪魔だ、ということだ。
ゾロアスター教の重要な女神だと言う事だが。確かに見てみると、かなり重要なポジションにあるらしい。
そもそもゾロアスター教は天使の概念を作り上げた宗教。
バアル信仰などの更に古い中東の信仰に比べると新しいものの。
それでも相当に古い信仰だ。
やがて、船内での揺れがピークに達し。そして収まっていた。
物資搬入口のカメラを確認。
唯野仁成の前に。以前見た、マントを羽織り、首飾りをつけ、ベルトをしているほぼ全裸の女悪魔の姿があった。
炎のように全身が揺らめいているが、それは水だ。
とても、とても強い水の力を持つ悪魔と言う事である。
「あら、ようやくかしら。 待ちくたびれたわ。 他の英雄方に呼んで貰っても良かったのよ?」
「今後の成長も考え、俺が呼ぶのが好ましいという判断だそうだ」
「ふふ、兵卒は大変ねえ。 いずれにしても、そこのお嬢さんと同じくらいは活躍してみせるわよ」
PCに引っ込む強大なる女悪魔。艦橋のメンバーには、冷や汗を掻いているものも多いようだった。
真田は一旦研究室に戻る。
既に話は何度かしたのだが、今回の探索で、嘆きの胎は二層まで探索を終える予定らしい。
アスラ戦での思いの他の苦戦もある。
更に一線級で戦える機動班クルーを増やし。
搦め手や、精神攻撃を使ってくる悪魔に対して、対抗するためという判断だそうだ。
正しいと真田は思う。
故に、それを止めるつもりは一切無かった。