船が海に出ても、何ら変わりはない。
ヒメネスは無言で、黙々とトレーニングに励んでいた。
いけ好かない野郎だとストーム1の事を最初思っていた。何がワンマンアーミーだとも思っていた。
実際問題、大手柄を立てて帰る事だけを考えていたヒメネスだ。世界平和なんかそれこそどうでもいい。
スラムで泥水を啜りながら生き。
幼い頃から隣人同士で殺し合いを続けるのを見て来たヒメネスにとって、世界平和なんて絵空事でしかない。
この組織に入ったのも、金払いが良いからだ。
実際問題、腕利きであるヒメネスには、テロリストや後ろ暗い組織からも声が掛かっていた。
それらを蹴ったのはただ一つ。金のためである。
豊かな生活をしたい。
それだけが、ヒメネスの思想の全てだった。
しかしながら、あのストーム1に会って。まだ上には上がいる事を思い知った。
そして正論をぶつけられて、その通りだと素直に思った。
まだ鍛錬が足りていない。
それに、何だろう。
あの男には、自分の中にある乾きが見えていたように思える。
筋トレの後は、射撃の訓練だ。
ずば抜けて身体能力が高いヒメネスだが、身体能力に頼るだけでは無く、科学的な訓練をすることで更に実力を上げられることを知っている。
黙々と基礎をこなして行く。
更に強くなれる。
あの言葉は、本当だと思った。
だから今も鍛えている。
デモニカスーツとやらを着れば、極地だろうが宇宙空間だろうが、関係無く容易に動けるようになるそうだが。
最後にものをいうのは経験と、積み重ねてきたものだ。
勿論運や基礎的な才覚もある。
だが、それらでも足りない物にぶつかったときには。
訓練を一通り終えると、汗を拭い、スポーツドリンクを口にする。
今、ヒメネスが目をつけているライバルは何人かいるが。
その一人が、声を掛けて来た。
寡黙な日本人の青年である。
名前は唯野仁成。
ヒメネスも認める、歴戦の戦士だ。
日本はヒメネスが産まれたスラムとは比べものにならない程平和な国だと聞いているが。一方でこういう出来る奴も時々出てくる。
出来る奴には敬意を払う。
それがヒメネスのスタンスだ。
ストーム1に対する評価を改めたのも、まるで本気を出していないストーム1が、ヒメネスが瞬時に勝てないと判断する妙技を見せたから。
この寡黙な青年も、同じようにヒメネスに卓越した戦闘技術を見せた。故にヒメネスは、ライバルとして警戒しつつ。同時に敬意も払っていた。
「ヒメネス、頑張るな。 まだ技量を上げるつもりか」
「ああ。 お前も俺についてこられるか?」
「そうだな。 努力してみる」
「……」
会話は英語で行っているが。
デモニカスーツを装着すると、数百の言語を即時翻訳してくれるらしい。
元々ヒメネスも唯野仁成も英語はあまり得意じゃない。
意思がちゃんと伝わっているか、少し心配だ。
軽く一緒にトレーニングをする。
組み手をするとつぶし合いになるのが目に見えているので、それはやらない。
射撃のスコアを競う。
盆暗はヒメネスの目には入らない。
出来る奴だけが、ヒメネスの興味を惹く。
昔からそうだった。
「お前の方が才能がありそうだなヒトナリ。 俺より練習量が少ないのに、殆どスコアが同じだ」
「そんなことはないさ。 俺もお前が見ていないところで努力をしている」
「そうなのか」
「ああ」
まあ、そういうものか。
休憩がてらに軽く話す。
あのサクナヒメというのが本当に神なのかどうかと思うか、ヒメネスは聞いてみる。確かにあのM1エイブラムスを超えるサイズの巨岩を一瞬で真っ二つにする力、人間とはとても思えない。
ケンシロウとかいったか。
あのコンテナを人間の体で支えたバケモノじみた奴以上のパワーと判断して良さそうである。
「興味が無い。 俺はこの任務をきちんと終えられれば、それでいい」
「なんだ、世界平和とやらがお前はいいのか」
「当たり前だ」
「即答されると返答に困るな。 俺は金だけあればいい。 金さえあれば、どんな場所でもやっていけるからな」
ヒメネスがひひひと俗物的に笑うと。
唯野仁成は苦笑しつつ、筋肉をほぐす。
そのまま、また訓練をする。他の兵士に頼んでサンドバックを支えて貰い、拳を叩き込む。
多少唯野仁成の方がヒメネスよりパンチが重いようだ。俊敏さでは勝っている自信はあるが。
ただ、それも僅差。
中々に差がつけられない。
艦内放送が流れた。
「南極到着まで一日を切った。 各自トレーニングなどは最低限にし、可能な限り休むように」
「へいへい、と。 まあゴアのおっさんの言う事は素直に聞ける。 休んでおくことにしようや」
「そうだな」
「時にお前、国に家族とかいるのか」
ヒメネスは天涯孤独の身だ。
スラムのストリートチルドレンだったのだから当然である。
物心ついた頃にはかっぱらいと喧嘩と。スリと。あらゆる悪事をやってきた。
ともかく、家族なんていなかった。
実は、読み書きが出来るようになったのも数年前である。
自分が強い事に気付いて、武力で稼げるようになってから、稼ぎの幅を増やすために勉強したのだ。
おかげで今では、共通語として使われる英語は多少怪しいながらも読み書きは出来るし。
母国語はマスターした。
家族というものには、若干の興味がある。
ただ、自分が認めた唯野仁成や、他の強者の家族だけには、だが。
「いる。 両親は既に死んだが、妹が米国人と結婚して、今国際再建機構に勤めている」
「何だ、妹と同じ職場で働いているのか」
「妹は戦闘部隊では無いし今回は留守居組だ。 この船に乗ることを希望したのだが、妊娠が発覚してな。 長期勤務である事を理由に外された。 まだ子供の性別も分からないが、一応祝いの品は贈っておいた。 ただ妹からも、弁護士をしている義理の弟からも、俺が生きて帰る事が何よりの祝いだと言われた。 そうするつもりだ」
「おめでたいことだな」
今の時代、急速に結婚制度が崩壊している。
唯野仁成の言う事は、ヒメネスには遠い世界の事に思えた。
性欲を発散することはあるが。
いわゆる「愛」とやらを感じたことは、ヒメネスにはない。唯野仁成の妹とやらは、どうだったのだろう。
ゴアが来て、起立敬礼する。
休むようにと言われたので、他の兵士達ともども、与えられているそれぞれの専用ベッドで休む事にする。パーソナルスペースは、この船でもちゃんと用意されている。下っ端にもだ。
どうせやる事もない。
寝るだけだ。
必ず手柄を立てて。国際再建機構の重役になって。高給取りになって、楽な生活をしてやる。
ヒメネスはそう考えていたが。
どこか、心の奥が乾ききっていることも自覚はしていた。
(続)
数多の英雄を乗せた現在のアルゴー号の出港です。
虹色の方舟は世界を救えるのでしょうか。
なお本作のヒメネスは、この時点ではスペシャリストが原作以上に多い事もあり、腕利きの一隊員くらいの扱いです。原作だと特務の精鋭的な立ち位置でしたが。
その分、多少気楽な立場です。
ただ原作同様、とても乾いた男であるのも事実ではありますが。