Sストレンジジャーニー   作:dwwyakata@2024

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1、金星の土地

もの凄い雄叫びを上げながら、四足獣の悪魔が躍りかかってくる。知っている悪魔だ。当然である。従えていたのだから。

 

オルトロスである。それも、数頭。

 

苛烈な砲火で迎え撃つ。サクナヒメは、戦闘で剣を杖に様子を見ているだけ。

 

この程度の相手に、力を使うつもりは無いのだろう。

 

唯野仁成は、改良を更に重ねているアサルトで敵の足を止めながら、アリスに指示。アリスは、ちょいと冷気の魔法をぶっ放し。数頭のオルトロスを一網打尽にしていた。

 

一匹、アリスの氷から逃れたのが、死角から襲いかかってくるが。

 

今回チームを一緒に編成しているメイビーが、召喚した悪魔。

 

以前ケンシロウが従えたことでデータに残っている妖精セイレーンが、竪琴を鳴らすことで、魔術を発動させる。

 

文字通り氷の壁に左右から押し潰されたオルトロスが、マッカになって消えていく。

 

もうケンシロウはセイレーンを使っていない様子だが。

 

データは共有できる。

 

だから、こういうことも出来る、と言う事だ。

 

呼吸を整えながら、周囲に散らばっているマッカを集める。一緒に来ている他の二人。ブレアとアンソニーも、黙々と手を動かしていた。

 

アンソニーがぼやく。

 

「またふられちゃったよ……」

 

アンソニーは、腕は悪くない。

 

だが、悪魔召喚プログラムの交渉機能で、きれいどころの女悪魔に話しかけてナンパするのにはまってしまっているらしい。

 

元々ほれっぽい性格だったこともあったけれど。

 

多分、交渉が上手く行けば美しい女悪魔と一緒に戦える悪魔召喚プログラムの機能が、アンソニーの心の琴線に触れてしまったのだろう。

 

今では女悪魔に片っ端から交渉を賭けては。

 

派手に袖にされたり、往復びんたをされたりして。それでも懲りていない様子なのが、何というか哀愁を誘う。

 

ただ戦闘をさせれば腕は悪くない。

 

苛烈な戦闘が常に繰り広げられる二層で生き延びているだけのことはある。

 

ブレアは他人に対しては何も言わない。

 

戦歴で言えば唯野仁成やヒメネスと殆ど同格の人物だ。少し年齢が上で、それで衰えが来始めているが。その衰えをデモニカで補っている。

 

ブレアは手持ちに堅実な能力を持つ悪魔を揃えていて、その悪魔に大事にマッカを食わせて成長させている。

 

元々アグレッサー部隊に行って教官になりたいと言っていた人物だ。

 

何かを教える、と言う事に興味があるのかも知れなかった。

 

「マッカの回収完了」

 

「余力は」

 

「大丈夫です」

 

「此方も」

 

メイビーはたくましくなった。前は兎に角回復と支援しか考えていなかったが。最近は先達が捕まえた強い悪魔を、貯めていたマッカを使って呼び出し、手持ちに加えている。今もセイレーンがオルトロスを撃破したように。確実に戦歴を増やしている。肝も据わってきている。

 

何よりも、医療の専門家が戦闘チームにいるのが心強い。

 

デモニカに、通信が入る。ムッチーノからだった。

 

「もう少し奥に強めの反応がある。 前進して、電波中継器を撒いたら、一度戻って来て欲しい」

 

「了解」

 

「面倒じゃ。 倒してしまってもかまわぬだろうに」

 

「姫様、その。 三層に、強い看守がたくさんいるようなんだ。 三層への階段は見つけたが、そこに可能な限りの戦力を集めてから、二層の囚人と接触したい」

 

少し前に、デメテルが現れた。

 

その時の会話で、二層の囚人はイシュタルだと言う事がわかっている。

 

イシュタルについては唯野仁成も調べた。

 

バビロニアの女神にて、現在では信仰が受け入れられないような存在だ。

 

イシュタルの神殿はそのまま巨大な娼館であり。神殿では神事として性交が行われていた。特に重要なときには、神官長と王が性交を行って、イシュタルに信仰を示したという。

 

こういう信仰の内容から、特に一神教では邪神として扱われ。特に悪魔アスモデウスという存在に貶められたらしいのだが。

 

この嘆きの胎に監禁されている囚人イシュタルは。アスモデウスになれば混沌属性の悪魔として扱ってやるという申し出を断り。イシュタルであり続けることを選んだのだという。

 

現在の信仰と過去の信仰は違う。

 

アスラが言っていた通り、過去の信仰というものは基本的にギブアンドテイクだ。神に捧げ物をして、その代わり何かを下賜される。

 

多くの場合豊かな実り。

 

或いは戦における勝利。

 

そういった原始的な信仰の極北が、性と密接に結びついたイシュタル信仰であり。

 

他にも古くには、そういった性と結びついた信仰が珍しく無かったという。

 

今でこそ、邪教扱いされてはいるが。

 

古くは性のタブーはゆるゆるで。

 

神話にて頻繁に近親相姦が行われ。エジプト文明では、王家が近親相姦を延々と繰り返していた事からも分かるように。それは何も神話に限った話では無かった事が容易に読み取れる。

 

勿論、現在にそんな信仰を持ち込む訳にはいかない。

 

兄妹婚や親子婚を当たり前にやっていた古代には、科学は無かった。

 

経験的には分かってはいたのだろう。

 

それで、体が弱い人間や、体がおかしい人間が産まれやすくなることは。

 

だが人間が少なく。

 

他の土地に行く事が命がけだった時代には。

 

それらは、どうしようも無いことではあったのだろう。

 

いずれにしても、指示通り戻る。唯野仁成は一兵卒だ。一兵卒の現場判断で、好き勝手は許されない。

 

方舟に戻る。

 

八時間の休憩を命じられたので、チームを解散して、シャワーを浴びる。その後仮眠を取って。

 

それから起きだして、再度の作戦参加の間に、コーヒーを飲む。

 

手持ちの悪魔のコンディションを確認しておく。

 

イシュタルも古代神格だ。囚人として捕らわれているとしても、弱い訳がない。

 

攻略には恐らく唯野仁成やヒメネスが動員される。

 

看守の戦力を考えると、スペシャル達の内大半は三層から上がってくる看守を抑える事に専念しなければならず。

 

イシュタル戦に投入できる戦力は、唯野仁成達機動班クルーと。後はスペシャル一人が限界だろう。

 

PCで情報を確認。

 

皆の手持ちの悪魔をざっと見る。

 

見た感じ、かなり高レベルの悪魔を手持ちに加えているメンバーが増えてきている。この間、ついにヒメネスは目的としていた魔王バロールの召喚に成功した様子だ。

 

バロールはアイルランド神話に登場する魔王で、目を見ただけで相手を殺す能力を持っていたとされる存在である。

 

その目を撃ち抜かれて倒されるまで散々猛威を振るったとされ、最終的に孫であるルーに倒されるが。それは要するに、骨肉の争いを散々していたという事である。どこの歴史でもそれは同じ。神話の時代から、人間は親子兄弟で殺し合っていたのだ。

 

ともかくバロールは凶悪な魔眼で知られており。ヒメネスが呼び出したバロールも、屈強な肉体に一つ目を乗せている存在である様子だ。普段目を開けていると周囲を皆殺しにしてしまうため。目を閉じているらしい。神話では目の数は色々と説があるようだが、ヒメネスが呼び出したバロールは一つ目だった。

 

スペシャル達の悪魔は、シークレット扱いになっていて見る事が出来ない。ただ、ケンシロウは殆ど悪魔を呼び出すつもりがないらしく。余程相手の数が多く無い限りは、悪魔を使うつもりは無い様子だ。ただ、戦意を無くした相手に対して、時々交渉を持ちかけているのを見かける。

 

相手が非道の者で無い限り、降伏は受け入れる、ということなのだろう。無口な事から誤解を招きやすいケンシロウだが。不器用なだけで、悪に怒りを覚える素朴な人物なのだと言う事は何となく唯野仁成には分かっていた。

 

一方ストーム1は時々悪魔を使って、狙撃の邪魔をしようとする敵の行動を阻害させている。

 

知っているだけでもクーフーリンやジャンヌダルクを使っているが。

 

今後も似たような、英雄として知られる者を呼び出すつもりなのだろうか。

 

いずれにしても、唯野仁成にはまだ手が届かない。

 

時間だ。

 

物資搬入口に出向くと、丁度ヒメネスが戻って来た所だった。バロールの性能試験をしていた所なのだろう。

 

ムッチーノが艦橋から珍しく出て来ている。

 

そして、唯野仁成が来ると、人の良い笑顔を浮かべた。

 

「ヒトナリ、時間通りだな。 二層のマップが完成したから転送しておくよ」

 

「ありがとう」

 

「やはりこの間引き返して貰って正解だったよ。 どうやらイシュタルの戦力は相当に高い様子だ。 今、上の方で誰が行くか相談をしているところだよ」

 

誰が、というのは。

 

勿論、スペシャル達の誰が、と言う話だろう。

 

唯野仁成は出るかどうか分からない。ヒメネスは今出ていたばかりだから、恐らくは無いだろう。

 

また、三層への階段前には、野戦陣地が作られている。

 

装甲車と野戦砲としてのレールガン、それにこの間ストーム1が使っていた超大型の狙撃銃なども据え付けられている様子だ。

 

この様子だと、ストーム1は今回は陣地に貼り付きかな。

 

そう思ったが、意外な事になった。

 

スペシャル達が来る。既に野戦陣地にはサクナヒメが行っているようで、ライドウ氏、ストーム1、それにケンシロウである。

 

そのうちストーム1が、連れていくチームを点呼した。

 

「唯野仁成、メイビー、ミア、ブレア。 皆、俺に続け。 イシュタルに接触するのは、このメンバーと俺で行う」

 

「イエッサ!」

 

サクナヒメと行く事になるかと思ったのだが、今回はストーム1か。

 

ヒメネスは野戦陣地に行くらしい。あのバロールの強力な制圧能力を考えると、妥当とは言える。何が上がってくるか分からないのだ。

 

一方、クルーの内非戦闘員は方舟内で待機。

 

プラズマバリアを展開して、非常時に備える。

 

最悪の場合、方舟は無理矢理二層に機体をねじ込んで、クルーの救出を行うと言うことで。

 

幾つかのプランについて、出撃前に説明を受けた。

 

最後にゴア隊長が、通信で告げてくる。

 

「イシュタルの実力は想像以上のようだ。 また、三層で蠢いている看守が、一斉に攻め上がってくる可能性は否定出来ない。 此方も全力で支援するが、兎も角シュバルツバースの謎を解明するためにも、必ずやこのミッションを達成する」

 

敬礼すると、機動班がそれぞれ動き出す。

 

嘆きの胎二層の敵戦力は、デルファイナスにいる悪魔が子供に見えるほどで、文字通りの圧倒的だ。

 

機動班クルーは負傷者を出しながら、此処に元からいた看守をどうにか駆逐し。

 

そして今、三層から看守が上がってくるのを防ぎつつ、イシュタルへの道を確保する事にも成功した。

 

それだけでも充分に凄い。

 

自分にそう言い聞かせながら、二層を進む。

 

二層を突破しても、まだ四層残っている。

 

それを考えると気が重いが。兎も角やるしか無いのも事実である。

 

それに、アスラ戦と、此処での苛烈な戦闘で。マッカをかなり膨大に取得できたのも事実。

 

アスラ自体がマッカを蓄えていたのではなく、アスラが実体化のために見境無く呼び出した悪魔が大量にマッカを落としたのである。

 

此処でクルーが戦闘経験を積めば。それが更に皆に平行で蓄積される。

 

方舟全体の強化が更に行われ、この先に控えている更に強力な悪魔にも対応出来るようになるだろう。

 

ストーム1と一緒に唯野仁成は出る。他の班も、黙々と出撃を開始した。野戦陣地に貼り付く部隊が大半。更にバックアップとして、ドローンも複数を展開する。

 

可能な限りの万全を尽くしている皆を横目に、周囲をクリアリングしながら進む。一応既に出来ているマップには、悪魔の位置なども表示されているが。デモニカの能力を超えた隠密能力を持つ悪魔は珍しくもない。

 

それは、既にシュバルツバースに入った全員が。

 

思い知らされていた。

 

そして、またである。

 

不意に姿を見せる、悪童じみた姿。下半身は触手のようになっている。見覚えのある奴だ。

 

ストーム1は銃さえ向けない。唯野仁成以外のメンバーは一瞬銃を向けようとしたが、すぐに銃を下ろしていた。

 

悪魔シャイターン。

 

イスラム教における上位悪魔だ。以前、ちらりと姿を見せた事があった。以前も強い力を感じたが。今も相当に凄まじい。

 

「おー、たくさん人間が来ているなあ。 見覚えのある奴もいる」

 

「作戦行動中だ。 どいてくれないか?」

 

「情報を俺は持ってるぜ? どうだ、情報の代わりにちょっとマッカくれよ」

 

「……唯野仁成隊員」

 

ストーム1が顎をしゃくる。頷くと、前に出た。

 

此奴と会話したのは、以前も唯野仁成だった。そして此奴との戦闘で消耗しているヒマも余裕も無い。

 

「何が目的だ」

 

「前に此処で見かけた黒髪の女なあ。 何があったのか知らないが、今嘆きの胎総出で追い回してるぜ」

 

「……」

 

「こりゃあ流石にもう終わりだな。 この間は三層で追い回されてたけどよ。今は三層から逃げ出して別の場所にいるっぽい」

 

根拠はと言うと、肩をすくめるシャイターン。

 

ストーム1に頷いて、マッカを少し渡す。もう少し。更に上乗せすると、満足そうにシャイターンは頷いていた。

 

「まあこれならいいだろ。 なんでかっていうとな、看守がまだ殺気だって探し廻ってるんだよ。 三層に一杯強いのいるだろ。 あれ、少し前まではもっと多かったんだぜ」

 

「ふむ、図らずも好機だったという訳か」

 

「流石に時間の問題だろうけれどな。 急いだ方が良いんじゃないのか? どうせあの黒髪の女もそのうちなぶり殺しにされるだけだし、そうなったら骨の一本くらいは俺もかじれるかもな」

 

ケケケと笑いながら、シャイターンが消える。

 

舌打ちするブレア。

 

軽薄な言動を見て、自他共に厳しそうなこの歴戦の男が腹を立てるのは、無理からぬ事である。

 

ストーム1は司令部に何か報告していたが、それも短めに。

 

やがて、また先に進む。

 

今度は、戦いをせずに済ませられるかは分からない。いずれにしても、強大な悪魔が相手である。

 

少なくとも相手以上の力が無いと、話にならないだろう。

 

悪魔は力を基準にして動く。

 

それは、此処における絶対のルールなのだから。

 

「強力な悪魔の反応あり。 注意してください」

 

デモニカが警告してくる。

 

どうやら、囚人の居場所に到着したらしい。

 

巨大な木だ。地上には、こんな巨大なものはないだろう。それこそ、千メートルとかあるような、超巨大ビルクラスの大きさである。

 

うろも桁外れのサイズで、それこそ大型トラックが横に十台並んで入れそうな広さである。

 

内部に何があるのかは分からないが。兎も角、何もかもがスケール違いだ。

 

ストーム1が堂々と踏み込む。唯野仁成が続き、ブレアが少しだけ遅れてそれに続くと。メイビーとミアも、勇敢に足を進めた。

 

内部には光が満ちている。

 

それはどちらかというと日光と言うよりも、月光が近いかも知れない。そして、そこにいたのは。

 

薄い布服を着込んだ、巨大な女だった。

 

色白の肌に、美しい腰まである金髪。横になって寝ていたが、やがて気配に気付いたのだろう。

 

此方に振り向きながら、半身を起こす。

 

行動の全てがいちいち無駄に艶っぽく、まあイシュタルが此奴であるなら納得だなと思える動きだった。

 

「ああら、人間。 此処まで結構看守がいたでしょう。 どうしたの? まさか全部倒したの?」

 

「そうなるな。 時間がないから単刀直入に言う。 従って貰えるか」

 

ストーム1の言動はそのままずばりだ。

 

そして、いつでも戦闘に入れる態勢を取っている。

 

小さくあくびをすると、イシュタルは笑う。その頭の左右には、角があるのが見えた。恐らくは、悪魔化された影響なのだろうか。

 

「力を示せ、といいたいところだけれども。 此処までこられているだけで充分でしょうね。 それにアナーヒターの力も感じる。 私が現役で信仰されていたときにも、貴方ほどの英雄はいなかったし。 更には貴方以上とも思える可能性の星がそこにいる。 うふふ、気に入ったわ」

 

イシュタルは艶然と微笑むと、みるみる縮んでいった。

 

人間大にまで姿を小さくする。

 

そうして分かったが、着ているのは上着だけだ。下着は一切つけていないようで、ボディラインがモロに出ている。

 

それを見て、むしろ唯野仁成はげんなりした。

 

母子家庭で、女子が多い家で暮らしていたのだ。女に幻想なんて持っていない。目のやり場に困るという場合はあったが、それはむしろげんなりする感情と共にくるものだった。

 

イシュタルの場合も同じだ。無駄な色気の行き先が無くて、人間に向けている。そういう印象を受けた。

 

「うーん、英雄さんも其方のアナーヒターを従えている貴方にも、私の誘惑は効きそうに無いわねえ。 ちょっと張り合いが無いかしら」

 

「その様子だと、同じように「英雄」に袖にされたのでは無いのか」

 

「ふふ、その通り。 貴方、古代にいても必ず名前を残せたと思うわよ。 名前は?」

 

「訳あって本名は言えぬが、俺はストーム1。 其方は唯野仁成だ」

 

そう。寂しそうにイシュタルは言った。

 

確かバビロニア神話の最高神は暴風神であるマルドゥーク。ストーム1という名前を聞いて、思うところがあったのかも知れない。

 

いずれにしても、ただの色ボケ女神ではないようだ。

 

少し悩んだ後、裸足の女神は、無駄に脚線美を強調して歩きながら、唯野仁成の前で止まった。

 

「貴方にしましょうかしらね。 ほら、これがほしかったのでしょう」

 

ひょいと投げて寄越される情報集積体。恐らく、「実り」の一つだろう。

 

感謝の言葉を述べると、イシュタルは寂しそうに笑った。

 

「古代では当たり前だったことが、時代が経るにつれて当たり前じゃ無くなる。 人間は相変わらず欲望のまま邪悪なのに、いつの間にか我々が悪魔とされ、その邪悪の根元とされる。 信仰はなくなり、敵意へと代わる。 後世でも愛されているギリシャの神々と、我々は大して変わらない。 一体何処が問題だったのかしらね」

 

「……」

 

「デメテルには気を付けなさい。 あの子は何か目論んでいるわ。 それじゃあ、私を呼べるくらいにまでは頑張って力をつけなさい。 そうしないと、どの道生き残れないわ」

 

イシュタルは光になると消える。

 

悪魔か。

 

確かに淫売の神と言う風にも出来るが。古代では性が信仰と一体であることも多かったのだ。

 

イシュタルが言うように、残忍で悪辣な権力闘争を繰り広げたギリシャの神々と、バビロニアの神々は何が違うと言うのか。

 

色々と考えさせられる。

 

とにかく巨木を出る。ストーム1が手を横に。止まれというハンドサインだ。降りて来たのは、デメテルだった。

 

「イシュタルに実りを託されたようですわね。 実りの気配がしますわ」

 

「悪いが、これも解析させて貰う」

 

「ふふ、まあ良いでしょう。 収穫のコツは水とたっぷりの日光、栄養を与えることですのよ。 イシュタルと戦った形跡はありませんし……しかも其方の英雄ではなく唯野仁成、貴方が認められていると言う事は。 それだけ貴方が成長していると言う事ですわ」

 

ハーベストと、満面の笑顔で言うデメテルだが。

 

一方で、唯野仁成には、この神がますます怪しく見えていた。

 

イシュタルが気を付けろと警告してきたのも納得に思える。

 

この神格は、何を目論んでいる。

 

収穫とは具体的に何だ。どうにも、嫌な予感しかしなかった。

 

「三層へはイシュタルを呼び出せるくらいで無いと、入るのは自殺行為でしょう。 もう少し力をつけたら、また来るのですわ」

 

「ああ、そうさせてもらう」

 

可愛らしく手を振ると、消えるデメテル。

 

嘆息する。ブレアがぼやく。

 

「お前やヒメネスが怪しいと言うのも納得だな。 さっきのイシュタルよりも、余程悪意を感じたぞ」

 

「あー、おっさん、あんたもか。 俺もだ」

 

ミアがぼやく。

 

ミアが俺と言う一人称で男っぽく喋る事は知っているが。いつも聞くと驚かされる。

 

メイビーは無言で、デメテルの去った方を見ていた。

 

いずれにしても、三層から看守が大挙してくる前に引き上げるのが吉だ。無駄話をしている暇は無い。

 

ストーム1と共に、二層を急ぐ。

 

案の定、三層への階段では、複数の看守が上がって来ようとしているのを。野戦陣地が総力で迎撃中だった。

 

すぐに其所に加わる。装甲車の上で指揮を執っていたゴア隊長が、首尾は確認済みだと言ってくれるので、話が早い。

 

「メイビー隊員。 君は負傷者二名と共に、方舟に戻ってその情報集積体を真田技術長官に届けてくれ。 ストーム1、行動のグリーンライトを渡す。 他の隊員は……」

 

指示を受けて、すぐに野戦陣地の各地に散る。

 

唯野仁成はすぐにアリスとアナーヒターを召喚。

 

階段を這い上がるようにして、巨大な何か得体が知れない黒い影が上がって来ているが。それに全火力を叩き込む。

 

更に追加で召喚した朱雀が、強烈な炎の渦を叩き込み。黒い影を、階段の下に叩き落としていた。

 

アリスがぼやく。

 

「イシュタルと戦いたかったなー」

 

「相当に強かっただろうと思うぞ」

 

「強いもなにも、多分ヒトナリおじさんとストーム1しか生き残れなかったと思うよ」

 

「それほどか」

 

アリスは詠唱を開始。また這い上がってくる看守らしい巨大な悪魔に、巨大な雷撃を叩き込む。

 

雷撃が至近距離に炸裂すると、それはもはや雷の音には聞こえず、爆音にしか思えない。デモニカが緩和はしてくれるが、そんなのの直撃を貰ったら、それこそ流石にどうしようもない。

 

サクナヒメが多数の剣を空中に展開。階段下に一斉に投下。

 

力に釣られ、更には囚人を解放されて猛り狂っているらしい看守達は、押し合いへし合い上がって来ようとしていたが。

 

その度に綿密に構築された野戦陣地の攻撃で押し戻され。

 

何派かの波状攻撃を続けた後。

 

もう囚人が解放されたことを悟ったらしい。

 

やがて、距離を取り。忌々しそうに、階上を見上げるだけになった。

 

とはいっても、此方も弾薬には限りがあるし、一度でも突破されれば尋常では無い被害が出る。

 

ゴア隊長が指示を出し、順番に撤退を開始する。スペシャル達は皆最後衛に残ったが。唯野仁成も、アナーヒターとアリスを展開して、その場に残る。ヒメネスも残っていたが。これはヒメネス曰く、バロールの性能試験をしたいらしい。

 

装甲車が下がっていく。野戦砲も、誰かが召喚したらしい大型の悪魔が引っ張っていった。

 

頃合いか。

 

ゴア隊長が、撤退と指示。

 

同時に、皆が方舟に下がりはじめる。敵は追撃をかけてくる様子は無い。どうにも作為的だ。

 

あのクソガキじみた悪魔。シャイターンの言葉を思い出す。

 

あの話に出てきた女というのは、間違いなくアレックスだ。嘆きの胎の看守は、どうしてアレックスを優先した。アレックスを優先しなければ、まずはイシュタルを狙って来ると分かっているだろうに。

 

ただ、看守悪魔はどいつもこいつも様子がおかしい。

 

あの発狂しているかのような言動。

 

何か、変なものの影響を受けているとしか思えなかった。

 

一階階段に装甲車が到着。最後尾のケンシロウが、無言で先に行くようにと手を上げる。

 

そのまま後退を続ける。途中、悪魔が時々仕掛けてくるが、唯野仁成とヒメネスの手持ちで蹴散らす。

 

流石に一層の悪魔なら、もう大丈夫だ。バロールの姿を見て、逃げ出す者もいる。

 

一層の階段を上がっている途中、三層から看守が這いだしているという報告があった。電波中継器で、その存在を確認していると言う事だろう。

 

急げと、ゴア隊長は言うが。無理を部下にはさせない。そのまま、ゆっくり階段という狭い地形を利用して、下がっていく。

 

恐らくだが、やがて看守は追撃を諦めたらしい。

 

炸裂するような殺気は、停止した。

 

方舟に装甲車が入る。野戦陣地の物資はあらかた回収出来ているので、可とするべきだろう。

 

唯野仁成も、ケンシロウに促されて、方舟に。

 

冷や汗が出た。

 

ヒメネスが、デモニカのヘルメット部分を脱ぐと、大きく嘆息していた。

 

「バロールは強いが、大物相手には向かないな。 制圧力は高いが、多分あの目の力、雑魚にしかきかねえ」

 

「また違う悪魔を作るか?」

 

「ああ、そうするつもりだ」

 

とはいっても、現時点でヒメネスは二体の魔王を所持している。

 

大物相手が苦手とは言え、バロールとモラクスで大体の相手はどうにでもなるだろう。問題は、それらでは対処が難しい悪魔だが。恐らく現時点では、それぞれの空間のボスくらいしか考えられない。後は嘆きの胎の最深部看守くらいだろうか。

 

しばらく、方舟で休息を取る。

 

イシュタルが戦闘を選ばなかったのは有り難い。だが、三層の様子を少し確認したいと上層部が話し合っているようだ。

 

欲を掻くと碌な事にならないような気がするのだが。

 

いずれにしても、唯野仁成は一兵卒だ。

 

まだまだ隊を任されているわけでは無いし、勝手な判断をするわけにもいかない。

 

休むようにと言われたので、休む。

 

幸い、方舟の指揮官達は皆とても有能だ。安心して作戦に従える。無理な作戦を押しつけてくることも無い。危険な作戦はあるが、それも基本的に最前線に最良の戦力を出してもくれる。

 

だから、それでいい。

 

ベッドで横になっていると、アリスがPCの中から話しかけてくる。

 

「ヒトナリおじさん、三層に行くかも知れないんだって?」

 

「そのようだ。 まだ分からないが」

 

「止めた方が良いと思うけどな-。 ああ、でもなんか強い看守が散り始めてるみたいだったから、チャンスなのかな」

 

「分からない。 いずれにしても、俺は仕事をこなすだけだ」

 

後は、寝る。

 

寝るのも、大事な仕事の内だからだ。

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