ただ単純に助けてくれるわけではないのですが(笑)
アレックスは隙を見て嘆きの胎六層を脱出。手持ちの悪魔をかなり増やした。ただ、どうしてもここに来て問題が露呈した気がする。
三層に移動。
少し前に、あの巨大な次世代揚陸艦が撤収の準備を始めたことは確認している。そうなると、恐らくだがデメテルも活動を其方に向けて切り替えるはずだ。
しばらく三層に潜む。そして、反撃の機会を窺う。
まずこの嘆きの胎だが、今までに何度もシュバルツバースを潜ってきて分かってきている事は。
囚人を解放すればするほど、どうやらシュバルツバースの最深部にいる存在に影響がある、と言う事だ。
確かに囚人として捕らわれている悪魔は神話における錚々たる面子である。
第四層だけは別だが、これはどうやらトラップとして、囚人がいる位置に配置されている看守らしい。
まあともかくだ。
アレックスとしては、囚人を一匹でもいいから捕らえたい。
今までのシュバルツバースでは、看守の見張りが厳しすぎてどうしても無理だったが。今回こそは成し遂げなければならなかった。
呼吸を整える。
唯野仁成の成長は早い。もう少しでアレックスには手に負えなくなる。何度もシュバルツバースに潜って、奴が様々に変貌するのを見て来た。
手に負えなくなる頃には、奴は周囲からのストレスからか、様々に代わる。
秩序に傾いたときは、さながら洗脳されたような言動を見せるようになるし。
混沌に傾いたときは、にやにやと笑いながら、殺戮を楽しむ。そう、アレックスが知っている鬼畜のような奴になる。
中庸の時は、寡黙に淡々と敵を殺して行く殺戮マシーンとなっていく。
いずれにしても、もう次を考えなければいけない事は、アレックスも分かっている。
そして次のためには。
囚人を一匹でも、捕獲しておきたいのだ。
特に狙っているのは五層に監禁されている囚人、魔神ゼウスだ。言う間でも無く、オリンポス十二神の筆頭。ギリシャ神話における最高神である。
近くまでたどり着けたことはあるが、看守の警備が極めて厳重で。近付くのがやっと。
その上、ジョージが計測した奴の戦闘能力は、現状のアレックスでは勝率が二十%を切るというものだった。それもベストコンディションを保った状態で、である。
三層の隅にビバークポイントを作る。どうやらデメテルは既にいなくなったらしい。また、ジョージが告げてくる。
「次世代揚陸艦が嘆きの胎を去った。 恐らくだがエリダヌスに向かったと見て良いだろう」
「随分時間が掛かったわね。 あの船には常識外の技術者がいるようだったのに」
「……元々大母達の空間に入るには、相当なリスクが必要になる。 技術者が優秀だったからこそ、慎重なスキップドライブを選んだのだろう。 今までのデータによると、レッドスプライトは技術をアーサーによる解析に依存していて、かなり無茶な状態で航行をしていた様子だ」
「はあ。 優秀な技術者がいるから却って此処では時間が掛かったと。 逆に言えば、彼奴らが遭難して死んでいる可能性も無さそうね」
そんな可能性は最初からない。
なぜならそもそも、彼奴らは泳がされているからだ。
普段は少なくともそうだ。
ただ、今回はアスラを倒すまでの時間が。今までアレックスが知っている世界の半分以下程度である。
それを考えると、大母は目覚めたて。
泳がすために、あの次世代揚陸艦を自分の世界に招いた可能性は低い。要するに自力で奴らは乗り込んだ、と言う事だ。
今まで以上に厳しい状況だ。アレックスは、壁に背中を預けて、ジョージに装備の状態を聞く。
光の剣は問題なし。
メギドファイヤと言われる、偶然入手できた最強の拳銃もまた問題なし。
デモニカのダメージは現時点では大丈夫だが、そろそろオーバーホールをしたいらしい。
耐用年数は二万年とか言っているが。それでも余裕があるなら、オーバーホールをしたいのだとジョージは言う。
「アレックス。 危険が大きい三層では無く、二層に移動しないか。 其所でなら、いっそデモニカを脱いでのオーバーホールも出来る。 水も確保すれば、風呂を作る事だって可能だ」
「悪魔がいる所で服を脱げと」
「二層までの悪魔は極端に削られている。 徹底的にあの次世代揚陸艦のクルー達が駆除して行ったからだ。 勿論この嘆きの胎を面白がってどんどん次が来るだろうが、それまでには時間がある」
「そんな無駄をしている余裕は無いわ」
アレックスと、ジョージはたしなめるように言う。
AIのくせに、此奴は人間より人間らしくて。アレックスにとっては唯一の家族でもある。
だから、どうしてもその言葉には耳を傾けてしまう。
「オーバーホールが必要なのはバディ、君もだ。 如何にデモニカによる清潔化機能があるとは言え、ずっとロクに休んでもいないだろう。 風呂に入ると相当なリラックスが期待出来る。 今の君は普段より明らかに判断力の低下を起こしている。 オーバーホールが必要だ」
「……分かったわ。 一度二層に」
「待てアレックス」
腰を浮かしかけたアレックスだが。
ぞくりと背筋が凍るような感覚に襲われ、思わず光の剣に手を掛けていた。
足音が聞こえる。どういうわけか、この植物に覆われた土地で。デメテルか。敢えて威圧的にやっているのか。
生唾を飲み込む。あいつに散々追い回されてから、苦手意識が根付いてしまっているのかも知れない。
やがて、足音はビバークポイントの間近で止まった。
ひょいと植物の中を覗き込んできたのは、ぐるぐる眼鏡を掛けた小柄な人間のメイドのように見える奴だ。勿論そんなもの、シュバルツバースにいるわけが無い。というか、メイドなんてシュバルツバースに入る前にも見たことすら無かった。娯楽作品などに出てくるテンプレとしてのメイドは見た事があるが、それもあくまでファッションやアイコンとしてのもの。現物なんて、一度も見たことは無い。
「気を付けろアレックス。 相当な高レベルの堕天使だ」
「堕天使……姿を誤魔化す奴は確か何体かいたかと思うけれど」
仕掛けるか。
だが、気配を消していることに関しては自信があった。それを速攻で見破ってくるというのはどういうことか。
ジョージが言う通り、相当な高レベルの堕天使であるのは間違いない。いや、相当な高レベルどころか。
こんな、食ってくださいと言わんばかりの姿でうろつけると言う事は。少なくとも、デメテル以上の実力である事は確定だろう。
「あわわ、休憩のお時間でしたかぁ? だとしたらごめんなさいです」
「何……貴方……」
「私はさいふぁーと申すものです。 アレックスさん」
「!」
更に警戒が強まる。名前をどうしてしっている。さては此奴、斥候代わりにあの次世代揚陸艦のクルーが放った悪魔か。それとも、デメテル辺りの走狗か。
仕掛ける隙を探すが。のたのた動いている割りにまるで隙が無い。ジョージも即座に言う。
「想像を更に超えるレベルの堕天使のようだ。 撤退を推奨する」
「ああ、待ってください。 敵意はありませんよぉ」
「悪魔が言う事を信じるとでも思う!?」
「……その気になれば、貴方が気付く前に串刺しに出来たんですけど」
不意に口調が変わる。見ると、メイド姿の堕天使の手には、鋭い光の槍が握られていた。
ぞっとする。これは見覚えがある。確かケラウノス。遠くから見たことだけはある、魔神ゼウスのメインウェポン。
ギリシャ神話において雷霆とだけ言われる事が多いが。鍛冶の神としても知られるサイクロプス達が主神のために作り上げた究極の武器。文字通り全てを滅ぼす最強の雷である。
そんなものをどうして。
ふっと、ケラウノスがメイドの手から消える。あまりにも不釣り合いな武器だったが。メイドがどうにかなっている様子も無い。
身動きが取れなくなる。あまりにも強大な存在が目の前にいる。それをアレックスは理解出来ていた。
「とりあえず、話だけでも聞いて貰えませんかぁ?」
「……」
「まず貴方、凄く立場が悪いです。 このままだと、貴方を血眼になって追ってるデメテルさんや性悪天使にいずれ追い立てられて、死んでしまいますよ」
「全部蹴散らしてやるわ」
鼻で笑うメイド姿の堕天使。
いちいち頭に来るが、実際問題無理なのはアレックス自身が一番よく分かっているのである。デメテルもマンセマットも、アレックスが手に負える相手では無い。
だから、それについて行動は起こさない。
「ヒントを二つあげますね」
「……何よ」
「一つは実り。 この嘆きの胎でデメテルが探している……ああ、実際はともかくとして、探しているものです」
それについては知っている。
このシュバルツバース以外でも、デメテルはその実りとやらを求めていた。
だがおかしい。あいつの本気は、アレックスも知っている。格闘戦だけでもアレックスを圧倒するほどの実力で、銃弾なんか効きもしない。流石は最強格の豊穣神。
それに、嘆きの胎の看守を自由にしたりする所も見てしまった。
ひょっとしてあいつには、何か秘密があり。何かしらの目的があるのではないのだろうか。
「この実りは、六つで一つになるものです。 要するに一つを有しているだけでも、充分に戦略的な価値がある」
「……」
「そして今この第三階層はスカスカ。 今やるべき事は、唯野仁成やゼレーニン、ヒメネスを殺そうと躍起になる事ではないのでは?」
くつくつと笑う瓶底眼鏡メイド。
よく見ると可愛い顔立ちなのに、何処かぞっとする言動が時々入り込んでくる。
身動きできないアレックスに、更にメイド姿の堕天使は続ける。
「もう一つは、唯野仁成達を殺しても何も解決しないと言う事です。 だって貴方の実力じゃ、大母を仕留める事なんて不可能なんですし」
ずばりと事実を指摘され。
アレックスは、怒りの余り歯を噛んだが。確かにそうだ。今までどれだけ頑張っても、特にこのシュバルツバースの最深部にいる四人の大母の筆頭格。メムアレフにはとても勝てる気がしなかった。
近付いて呼吸の音を聞くだけで、全身が恐怖で震え上がったほどである。
ジョージも戦闘力は測定不能とまで言い切った。
逆に言うと、シュバルツバースで揉まれた唯野仁成は、そんなメムアレフすらも打倒すると言う事だ。
力が、何もかも足りない。
そんな事は、言われなくても分かっていた。
だから嘆きの胎を見つけたときは歓喜した。そして必死に力を蓄え続けているのだ。
だが、何度繰り返しても、唯野仁成を殺せる気がしない。今回も、心が折れかけていることを。既にアレックスは、何処かで自覚していた。
「唯野仁成と、本当にわかり合えないんですかぁ?」
「……っ!」
「貴方が何者かに興味はありますが、それはちょっと後回しです。 貴方が目の敵にしている唯野仁成は可能性の塊のような人間です。 それは逆に言えば、貴方が接触の方法を変えれば……」
光の剣にかけている手が震える。
斬り伏せてやりたいが、動けない。
ケラウノスを即座に具現化するようなバケモノだ。他の悪魔が必殺技にまで昇華している固有魔術も使いこなすかも知れない。
「あなた、本当に……何者、よ」
「私はさいふぁーと言ったでは無いですか。 堕天使さいふぁー、それ以上でも以下でもないですよぉ」
「ふ、巫山戯ないで。 そんな名前の高レベル堕天使、聞いた事もないわ」
「そりゃそうでしょ。 偽名なんだから」
さらりというと、いつの間にか至近から目を覗き込まれていた。
完全に血の気が全身から引く。腰を抜かさなかっただけでも、よく頑張ったと自分を褒めなければならないだろう。
「強い可能性の子。 それも一つや二つの可能性じゃない。 それに地獄を見て来た目でもある。 なるほど、何となく貴方の正体が見えてきた気がする。 英雄達を乗せた鉄船が来る事が出来たのも、ひょっとすると貴方が求めた助けの結果なのかも知れない」
「このっ!」
ようやく、呪縛から解放されたアレックスが光の剣で薙ぎ払うが。
既に、蜃気楼のようにさいふぁーだとかいう悪魔はいなくなっていた。
荒く肩を揺らして呼吸する。
ずっと呼吸をしていなかったような気さえした。
「バディ、大丈夫か。 気をしっかり持て」
「平気よ。 こんなの、おばあさまがあいつに殺された時に比べれば、何でも無いわ」
「そうか。 だが、此処は離れよう。 あの悪魔の推定戦闘能力は恐らくメムアレフすらも超えている。 とてもではないが相手に出来る存在では無い」
「……」
荷物をまとめ、後処理もして、ビバークポイントを出る。
少しずつ心が落ち着いてきたのを悟ったのだろう。
それにあわせて、ジョージが話をしてくる。
「アレックス。 君は嫌がるかも知れないが、あの悪魔が言っていた言葉は聞き逃したり無視するには惜しい。 実りというものをデメテルが求め、それが六つで一つというのは今までのデータからも裏付けが出来る。 嘘をついているにしても、あの悪魔はすべて嘘を言っているのではない」
「詐欺師は嘘を真実に混ぜるものよ」
「その通りだ。 だが、詐欺師の論法とも違った。 あれはどちらかというと……観察者に近かった」
観察者か。
確かに、隅から隅まで見られたような気がする。いずれにしても、第三層にはまだ強力な看守がいる。確かにジョージが言う通り、此処は離れ、少し休憩を取った方が良いだろう。
そして隙を見て、三層の囚人、魔神アモンを従える。
アモンは強大な悪魔だ。エジプト神話の主神格なのだから当然である。現在手持ちの一線級はパラスアテナとダゴンとインドラ。しかしながら、アモンはこれらの戦力を更に上回るだろう。
アモンを手に入れれば、また好機が巡ってくるかも知れない。それに実りとやらを手に入れれば。
デメテルに一矢報いる可能性が出てくる。
それだけじゃあない。
現状のアレックスの戦力では、恐らく何もこれから出来ない。何かしらのリスクを背負わなければいけない事は覚悟していた。例えば悪魔合体で、強力な悪魔と融合するとか。或いは、片道切符覚悟で、デモニカのスペックを本来以上に引きだして、シュバルツバースの主を打倒するとか。
だが、今までに何度も唯野仁成に。そう、シュバルツバースの主を打倒するあいつに挑んで、勝てた試しがあったか。
今回のように、殺せたまではいかないにしても。惜しい所まで追い込めたことは何回かあった。
だが奴は恐ろしい速度で成長し、やがてアレックスをいとも簡単に乗り越える。
奴に相手にされなくなるのは、大体この先の空間であるフォルナクスやホロロジウムに奴が辿りついた頃。
その頃には、奴に何をしても勝てなくなる。
今回はむしろ唯野仁成の成長は遅い。
だが、それでも周囲が異常過ぎる。だから、いつもの半分程度の時間で、犠牲もなく進んでいるのだ。
いずれにしても、今のままでは駄目だ。
それについては、アレックスも同意できる。
「まずは直近の目標として、デメテルの隙をうかがいながら、アモンを倒そう。 バディ、君の戦力ならアモンであれば倒せるはずだ。 問題はその先。 戦略的な選択肢が増えるから、或いは唯野仁成と接触するのも良いだろう」
「あいつと! いやよ!」
「感情論でものを語ってはいけない。 ましてやアレックス、君は何のためにシュバルツバースまできた」
「……そうね」
そうだ。分かっている。
可能性によって人は変わる。
唯野仁成は、今までの世界では救いようが無い外道だった。場合によっては人類が悉く殺戮されるのに手を貸し。場合によっては人類が悉く洗脳され、そして地獄のような管理社会が作り上げられるのに貢献し。
場合によっては英雄の名を恣にする独裁者となって、地球に君臨した。
だが、それら唯野仁成は。
今、シュバルツバースで相対している唯野仁成と、確かに違っていた気がする。
いや、今までの唯野仁成も、或いはだが。
全てを押しつけられて、急速に成長する過程で、何処かが壊れてしまったのではないのだろうか。
その結果、化け物になっていった。
だとすれば。さっきのあのよく分からない堕天使がいっていた事も、何となく納得は出来る。
後は、時間だろう。
いずれにしても、現時点では目標を変える。まずは、アモンを撃ち倒すことからだ。
「ジョージ。 最優先目標を一度変更。 魔神アモン攻略のためのプラン作成をお願い」
「OKバディ。 すぐに最高にクールなプランを作成する」
「はあ。 貴方のそういう所、何処で学んだのかしら」
「古いハリウッド映画だよ。 余裕があった頃の人類の文化は、今から見ても様々に興味深い」
ため息をつく。だが、ジョージが好きならば別に良い。アレックスに趣味を押しつけてくる訳でもないのだから。
しばらく、体力の温存に努める。
それにしても、あの堕天使は本当に何をしにきた。
アレックスをたきつけて、何をさせたい。
それだけは、ジョージが何を言おうとも。最大級の警戒をしなければならなかった。
三層が静かになった。
これまでも、随分と苦労はした。
何しろ、インドラの戦車を用いて、六層から三層まで暴れ回り、敵の注意を引きつけたからである。
やはりデメテルは網を張っているようで、時々遭遇した。はっきりいって勝てる相手ではないので、ジョージが最初から作成したプラン通りに逃げ回った。しかし逃げるだけではなく。その過程で、倒せる悪魔はしっかり倒した。
十を超える看守を仕留め。
更に手持ちを増やし。手持ちを合体させて扱える範囲での高レベル悪魔を備えて。
そして好機を待つ。
何度もそうやってゲリラ戦術で相手を引っかき回している内に、必然的に敵の強豪悪魔は分散。
特に四層に、敵が集中していった。
これは四層の囚人を狙っているように、陽動を仕掛けていったからである。
四層は囚人に見せかけて、実は看守が収監されている。これはどういうことかというと。以前別のシュバルツバースで活動していたときに調べたのだが。本来デメテルがこの四層に収監されており。それが脱走した事で、トラップとして敢えて看守を入れておくという事にしたらしい。
此処の支配をしているメムアレフはずっと眠っているらしいが。
看守は何となしのその意思を感じ取っては、ふらふらと動く。
問題はあまりにも急激に混沌にメムアレフの思考が傾いたため。看守達の頭がクラッシュした事で。
今ではどいつもこいつも、完全に狂ってしまっている事か。
時間を掛けて手持ちの戦力を増やし、なおかつ敵の戦力を遊兵化させながら、好機を狙う。
単純な強さで言うと、人間は悪魔にはかなわない。
なぜなら悪魔は、精神生命体であり。人間の精神をエサにして力に変えている存在だからである。
こんな時代には、それこそ悪魔の大好物である人間のエゴがそれこそ満ちに満ちており。
更に史上最大の個体数を人間が確保している。
ということは、それだけ上質なエサを持つ人間が大量にいるというわけで。
エサに困らない精神生命体が弱くなるわけが無いのだ。
だが、人間にも勝ち目がある分野はある。
一万年近くも蓄え続けた戦争の記憶だ。
ジョージはその全てを蓄えたデータベースを持っており。常にプランの策定を行ってくれる。
それに今まで、どれだけ助けられたか。
「そろそろ良いかしら」
「いや、デメテルが四層にて待機している。 奴が六層に行くまで、様子を見た方が良いだろう」
「……そうね。 ならばもう一回くらい、陽動が必要かしら」
「その通りだバディ。 看守はただでさえ狂っている。 そこに疑心暗鬼を生じさせていく。 その上、どういうわけか看守を操るのに成功しているデメテルを上手くおびき出せれば、アモンを撃ち倒すのに充分な時間を稼ぐ事が出来るだろう」
頷くと、アレックスは腰を上げる。
アモンを倒すのは今だ。
今までに訪れたシュバルツバースで、アモンを倒す事は出来なかった。看守が強力すぎて、どうにもならなかったからだ。
今回は皮肉な話で、唯野仁成以上の戦力を持つ次世代揚陸艦のアンノウンが複数いることで、普段は苦戦する看守が少なからず既に落ちている。
ただ、一番警戒しなければいけない極めて危険な看守がまだ無事なので。
それだけは注意しなければならなかったが。
闇に身を潜めて、待つ。
恐らく最大の好機は、次にあの次世代揚陸艦がこの嘆きの胎に来た時。それまでに、念入りに準備をしておくべきだろう。
ただでさえ、エリダヌスにて、奴らは散々なトラブルに見舞われる。
レッドスプライトに乗っている普段は、それで進退窮まる程だ。
今回は、レッドスプライトよりもあからさまに強力な、更に強大な次世代揚陸艦に乗っているから、どうなるかは分からないが。
今までのように半分の時間でエリダヌスを攻略するとしても。
それでも、アレックスには最大の好機がある筈だ。
デモニカが生成した栄養食を口にしながら、ぼんやりと待つ。
今は、ただ待つ事しか出来ない。
だが、勝つためのチャンスがあるのだったら。
アレックスは、どれだけでも泥を啜る覚悟は出来ていた。
待つ事なんて何でも無い。
今まで見てきた地獄に比べれば。ただ待つ事なんて、それこそ天国に等しかった。