エリダヌスの首魁が姿を見せますが、どうにもそこには違和感がありました。
序、無機の迷宮
庭園にあった四つの電池を起動。同時に、エリダヌス全体が揺れ始めたのが分かった。
すぐに戻るように指示が出る。唯野仁成はライドウ氏と連携して、調査班を護衛しながら帰途に就く。
エレベーターが起動する。
そういう話だったが、そもそもこれだけの大がかりな仕掛けである。何が起きても不思議では無い。
ライドウ氏が珍しく荒々しく声を上げた。
「機動班、全方位を警戒! 何がでても不思議では無いぞ!」
「イエッサ!」
この辺りは、訓練を受けた軍人である。しっかりと指示を受ければ、相応に対応する事が出来る。
既にサクナヒメが率いていた別班は方舟に辿りついた様子だ。ドローンなどで観測できない地点の調査をしていた班だが、方舟にはより近かったのである。迷宮が揺れると同時に、鳥形の巨大な悪魔などが飛び立っていくのが見える。天使らしいのもいる。堕天使かも知れない。
可能な限り急ぐ。最悪の場合、作業用の装備は放棄してかまわないとゴア隊長から指示は出ているが、今の時点では大丈夫そうだ。
石畳に光が走る。
走った光は、以前復旧したエレベーターの基点に集まっていく様子だ。やはり、真田さんの見立ては正しかったと言う事だろう。
途中で悪魔とたまに遭遇するが、逃げ惑っていて襲ってくる様子は無い。
問題は上空だなと冷静に唯野仁成は判断。
こう言うときは、上空からの攻撃が一番危ない。
常に警戒を続けるが、上空にいるアナーヒターとアリスは特に警告をしてくる様子は無い。
最悪の場合は、ライドウ氏が大きな悪魔を召喚し、全員抱えて一気に方舟に飛ぶということだったが。
最近分かったのだが、ライドウ氏の使う悪魔は、マッカの消費が尋常ではないらしい。
悪魔を出し惜しみしているのでは無いかと言う声が上がって、それでライドウ氏の代わりに春香が発表したのだ。
それを聞いて、納得はした。
アリスやヒメネスが使っている魔王達がマッカをどか食いするのは周知の事実で。
それを知らない機動班クルーはいない。
唯野仁成も納得出来た。
ライドウ氏が使っている最高位の悪魔達なら、それはもう消耗は凄まじかろうと。
揺れが更に激しくなる。
地震が無い国から来ているクルーは、悪態をつきながら必死にクリアリングしつつ、撤退を進める。
やっと庭園を飛び出して、そして見る。
庭園が、変形している。
元々ずっと拡がっている庭園だったが、それがより立体的に形を変えて行っている。また上空に、巨大な黒い穴が出現していた。
何となく分かる。あれが「エレベーター」の正体だ。
急いで方舟に逃げ込む。ライドウ氏が最後尾を守ってくれたので、調査班も装備を落とさずに済んだ。
方舟に逃げ込んだ後は、プラズマバリアを展開。プラントを回収しているヒマはない。もしも壊れなかったら、回収するくらいで良いだろう。
それにしても、凄まじい仕掛けだ。
物資搬入口で、艦外の画像を映すモニタを見やる。
やがて、砂時計のように。
せり上がった庭園と。
上空の黒い穴からこぼれ落ちるようにつながっている線が、一緒になっていた。
アーサーがアナウンスする。
「装置の起動を確認」
「此方春香です。 クルーの皆さん、落ち着いて聞いてください」
真田さんが速攻で原稿を仕上げたのだろう。
空気を緩和するために、春香が原稿を読んでくれる。
これでどれだけストレスが緩和されるか分からない。本物のプロを連れて来た意味があるというものだ。
「現在観測しているデータによると、上空に開いた穴はそのまま別の次元に通じている様子です。 アントリアのように、二つの世界がつながっている、と言う事で間違いないでしょう」
「彼処まで行って登るのか……!?」
誰かがぼやく。
だが、それを予想していたように、更に春香が言う。
「揺れと変動が収まり次第、プラントを回収。 レインボウノアで、直接あの空間の穴に乗り込みます。 この先には、この空間の主「大母」がいる可能性があります。 艦での戦闘、白兵戦、艦内への敵の侵入、あらゆる可能性が想定されます。 クルーの皆は、総力戦に備えてください」
通信が切れる。
ため息をつくと、唯野仁成は周囲を見回す。物資搬入口から、多分艦橋に向かったのだろう。もうライドウ氏の姿は無かった。
逆に、物資搬入口に来たのはサクナヒメとケンシロウである。
そういえば、シュバルツバースに突入したときも、この二人が物資搬入口を死守し、敵の屍の山を築いたとか。
合理的な判断である。
しばしして、揺れが収まる。
巨大な砂時計のようになった庭園は、もう中に入りたいと思えない程、立体的になっている。
中にいた悪魔達はどうしたのだろう。
時々凄まじい数が仕掛けて来たけれど。あの様子では、大軍としての悪魔がいられるとは思えない。
物資搬入口が開く。プラントの回収開始。機動班も外に出て、敵の攻撃に備える。
現時点で不足している物資はなし。
戦闘は、100%の完全な状態で行える、と言う事だ。しかもこのレインボウノアは、突入時よりあらゆる性能が上がっている。真田さんの苦労の賜だ。
だが、それでもなお。
この先に控えている悪魔の戦闘力に及ぶか、不安がある。
唯野仁成はデモニカに付随しているPCを見る。
少し前に、イシュタルを作れるか試してみたのである。DBにある悪魔をマッカで呼び出し、更に手持ちの悪魔数体と合体させることで作成は可能という結論は出ている。だが、今はマッカがどれだけあっても足りない状況だ。此処でいきなり新戦力を投入するのは避けたい。
そこまで、唯野仁成は大胆では無い。これから大一番になる可能性があるのに、そこに未知の戦力を投入して被害を出すようでは意味がないのだ。
少なくとも、まずは雑魚相手に試運転をしたいのである。
ムッチーノから通信が入る。
「唯野仁成、さっきの通信の通りだ。 何があるか分からないから、本当に頼むよ」
「分かっている。 頼りにしてくれ」
「ああ、ありがたい」
黙々と、体を固定する。不時着などに備えるのだ。
既に周囲のクルーも慣れたもので、不時着に備えて体の固定を始めていた。
ほどなくして、方舟が動き始める。
核融合の動力炉が出力を上げ、巨体が浮き上がる。向こうに、ライトニングが停泊しているのが見える。
飛んだり地面にいたり、落ち着きがない奴である。そうやって、攻撃を誘っているのか。苛立たせようとしているのか。
蠅と侮るのは危険だという会話をしているのを、ログで拾った。
確かに方舟から見るとだいぶ小さいし、戦闘力もぐっと低いようなのだが。なんでそんなのがこの地獄に突入してきているのかがそもそも分からない。
まだまだ、警戒はしなければならないだろう。
上昇し始めた方舟が、加速していく。
同じ空間内でスキップドライブをするという通信があって、大丈夫なのか心配になったが。
プラズマバリアを展開したので、恐らくはあの空間の穴の先に何があるか分からないし。そもそも砂時計のようになっている「エレベーター」で何が起きるかわからないからの処置だろうと判断。
深呼吸すると、状況を見守る。
やがて加速を更に強めたレインボウノアが。
一気に空間の穴を抜けて、新しい空間、ではない。エリダヌスの、上位空間とでもいうのか。
そんな場所に出ていた。
しばらくは、減速が続く。
凄まじい音が響いているが、プラズマバリアに何かぶつかっているのだろうか。
やがて、方舟が減速を終えて停止。
下降を開始していた。
着地する。揺れは殆ど無いが、それでも着地したことが分かるくらいには、がくんと音がした。
ただ初期のような不安感は無い。揺れについても、加速減速上昇下降時、いずれもが我慢できる範囲内だった。
「此方観測班マクリアリー。 外の状態をモニタに表示します」
「……っ!?」
誰もが声を上げる。
其所にあったのは。いや、あったと言うべきだろうか。
無機的な何か。巨大なブロック状の足場が、何処までも何処までも続いている。空はまるで宇宙である。
そんなへんてこな空間だ。庭園とは、全く違っている。機械的ですらない。
更に、中央部分には巨大な柱があり。その柱の周囲には、凄まじい雷雲が存在していて、近付かせまいとしているようだった。
「外の気温は……ー65℃、18気圧。 デモニカであれば活動可能な範囲内です」
「今度は極寒地獄かよ……」
多分、通路に控えているヒメネスのぼやきだろう。
いずれにしても、今真田さんが総力を挙げて調査をしてくれているはずだ。黙って状況の推移を待つ。
程なくして、春香の放送があった。
「周囲に敵影はありませんが、この空間は観測できるだけでも20数㎞四方に広がっている様子です。 また、二箇所に悪魔が陣地を構築しているのが確認できます」
「二箇所か……」
「これよりプラズマバリアを解除します。 機動班、調査班、データの収拾をお願いいたします」
通信が切れた。
同時に、物資搬入口が開き始める。最初に機動班が出る。唯野仁成も、勿論その一人である。
サクナヒメはでて、ケンシロウは残る。
船内に異常が出ていない事を確認した後だろう。ストーム1とライドウ氏も出て来た。周囲に一線級の機動班クルーが展開し、悪魔も召喚する。
今までの美しい庭園から一変して、何も無い殺風景な場所に来ていることで、困惑する機動班クルーも多いようだった。
電波中継器も、展開地点に撒く。
マッピングはしているようだが、何しろ周囲二十数㎞である。デモニカによる視界の補助をもっても、端がどうなっているのかは見えなかった。
足下は案外しっかりしている。
他のシュバルツバースの空間もそうだが、1Gの重力が掛かっているという点では変わりが無いらしい。
重力子を通信に使えるのも、その辺と無関係では恐らくはないのだろう。
機動班が展開後、調査班が出て来て、プラントの設営を開始する。
この地面、掘ることが出来るのか少し不安になったが、一応問題は無い様子だ。また、こちら側の「上位空間」に入るときに確認したようだが、相応の深さがあるらしい。プラントを展開している間に、通信が入って説明を受けた。
方舟が抜けてきた「穴」は、柱の近くにある。
恐らくだが、あの柱に「大母」とやらがいると見て良いだろう。
そしてバニシングポイントは、ほぼ間違いなく柱の上の方。あの異常な雷雲が発生している辺りだ。
一旦戻れるように退路を確保する。
それはとても重要な事だ。今は意味がないとしても、である。
更に言えば、大母とやらを全て撃退し、ロゼッタを回収出来れば。このシュバルツバースの謎が解ける可能性も高くなる。
ここからが、機動班の出番だろう。
装甲車に乗って、ゴア隊長が出てくる。
プラントに続いて、野戦陣地を構築し始めたので。その護衛のためだろう。ライドウ氏が大きめの悪魔を何体か召喚して、周囲に対する睨みを利かせ始める。
ストーム1は、専用らしいスコープを覗いて、真田さんと何か話をしていた。こっちに通信の内容は聞こえてこない。
やがて、野戦陣地の構築が完了。
一度調査班が方舟に戻る。機動班も、三隊に編成され。それぞれサクナヒメ、ライドウ氏、ストーム1の麾下に入って周囲の探索を開始した。他の機動班クルーは、野戦陣地の防衛である。
辺りの地面は硬質だ。
踏んでいると、少し跳ね返るような音がする。あまりいて気分が良い場所ではないなと思う。
恐らくだが、生物が住めそうにもない場所という違和感がそうさせているのだろう。
今までの空間でも、おかしな場所はあったが。人間の文明と何かしら関係がある光景が広がっていた。
此処はそうではない。
もはや、今までとは全く別の場所だ。
緊張する中、通信が入る。今唯野仁成は、ストーム1の麾下に入って移動しているが。ストーム1班全員に通信が入っている様子だ。
「真田だ。 これから3時方向にいる悪魔の陣地に接近して、様子を確認してほしい」
「イエッサ」
そのまま、皆動き出す。数㎞先にいる相手だ。まだ、戦う準備は必要ないだろう。だが念のため、アナーヒターとティターンを出しておく。
ストーム1は目立って無口になっていた。
ライトニングが突如姿を見せることを警戒しているのだろうか。それとも、他の理由だろうか。
いずれにしても、何も凹凸がなく、ただ無辺に拡がっている地面を踏んで進んでいくと。やがて、それが見えてきた。
此方もまた、無機的というか、原始的というか。
何やら神々しい防壁を展開した者達による陣地だ。飛び交っているのは、間違いなく天使だろう。
マンセマットの配下だろうかと思ったが。どうにも違う様子である。
通信が入る。ヒメネスからだ。
「此方サクナヒメ班。 其方の悪魔の陣地はどうだ」
「天使っぽい奴らがたくさんいるな」
「そうか。 此方はデカイおっさんがたくさんいるぜ。 東洋風だったり西洋風だったり、いろんな鎧をきてやがる。 ごつくておっかない陣地だな。 仕掛けるのはぞっとしないぜ」
「データを集め次第戻るぞ」
ストーム1が言うと、皆がこくこく頷いているのが分かった。
というのも、天使の数が尋常ではないのである。
今まで数百、場合によっては千を超える悪魔と交戦してきたが。彼処に展開している天使は、恐らくその何十倍という数だ。
この巨大な空間に、一つの巨大な城を作ろうとしている。
サクナヒメが偵察している方もそうなのだろう。
天使は秩序側だとして。もう片方の巨人達の陣地がそうだとは限らない。下手をすると、戦争が始まるのではあるまいか。
いずれにしても、ストーム1の判断は正しい。
すぐに渡されている装備である、大型の望遠鏡を設置。これはビデオ機能もついており、高精度で撮影することも出来る。大型といっても、昔の個人用天体望遠鏡程度のサイズで、別に持ち運びに苦労するほどでも無く、軍用装備を入れるバックパックに充分に収まる程度のものだ。
唯野仁成は周囲の監視に当たる。アリスも呼び出し、総力戦態勢で監視に入る。
メイビーも監視に回ることにしたらしい。
ストーム1は、その辺何も口にしない。あまりに動きが悪い者がいたらアドバイスはするが、それだけだ。
装置を組み立てたアンソニーが、覗きながらぼやく。
「天使ってきれいどころの女の子が多いのかと思ってたんだけどなあ。 見た感じ、鎧を着たおっさんばっかりだな」
「アンなんとかさんさー」
「……」
アリスが呆れきった声でアンソニーにいうので、アンソニーもげんなりした様子で顔を上げる。
アンソニーはほれっぽい男だが、自分にその気が無い相手に粘着するような事はない。
その辺りが、徹底的に嫌われない要因ではあるのだろう。アリスも、最近では嫌がっている様子は無く、毒舌は吐くもののアドバイスに留めているようだった。
「天使って実際には男性的な容姿をしていることが多いんだよ。 それに高位の天使になってくると、どんどん人間離れしていくんだよねえ」
「詳しいね」
「そりゃ、散々戦ったもん。 高位の天使は何でも物質世界にいる人間に姿を見せる必要がないとかで、どんどん化け物じみた姿になっていくんだよ。 綺麗な女の人を天使みたいとか言う表現があるけど、あれって一神教のプロパガンダだから」
「そ、そうなんだ……」
アリスが難しい単語を使ったので、アンソニーはちょっと面食らったようだが。
いずれにしても、その間も撮影は続いている。
ストーム1はずっと敵陣を自分用らしいスコープで伺っていたが、舌打ちする。
「恐らく様子見だろうが、数体来るな。 皆、戦闘に備えろ」
「えっ!?」
慌てた様子で、アンソニーが望遠鏡を片付ける。
それでも、ちゃんと女の子の悪魔ばかりで(しかもアンソニーにみんな生暖かい視線を向けている)構成された手持ちを展開するのは流石だ。伊達に機動班で揉まれて、一線級になっていない。
皆が警戒する中、何とも言い難い異形の天使と。炎の輪っかに入ったフードを来た男のような天使が数体、周囲を囲むようにして降り経っていた。
「ほう。 あの鉄船の人間ですか。 肉を持ったままこのような空間に来られるとは、人間の技術も上がってきているのですね」
「俺はストーム1。 貴様は」
「失礼しました。 私は大天使ハニエル。 七大天使の一角にて、神の寵愛を受ける者です」
慇懃に言うが、その姿は顔の周囲に無数の翼がある、と言うものだ。
一般的にイメージされる美しい天使とはかけ離れている。周囲にいる天使達は、ソロネというらしい。座天使と漢字で記載し、上級三位の位階に当たる。
ゼレーニンを護衛している中級三位のパワーから見て、三段階も上の位階にいる天使である。
ストーム1が構えていたアサルトを降ろす。
相手に戦意が無いと判断したのだろう。それを見て、周囲もならった。唯野仁成も、アリスに視線を送って、攻撃をやめさせる。
「大天使ハニエル、其方は何をしている」
「今、混沌の勢力がこの空間、貴方方は何と呼んでいるのかは分かりませんが、大母の空間の一つに巨大な拠点を構築しています。 我々は光の国の尖兵として、それを見逃すわけにはいきません。 偉大なる神のお言葉に従い、奴らの監視を始めている所です」
「そうか。 我等は大母とやらに用がある。 それは関係無いのか」
「大母に対しては、我等は利害関係がありません。 ただ、いつ混沌の勢力と戦いが始まっても不思議では無い……。 混沌の勢力は、強大な鬼神どもを主力にした、荒々しい者どもです。 巻き込まれないように注意なさい」
言うだけ言うと、ハニエルは陣地に戻っていく。
冷や汗を拭うアンソニー。勿論、実際に拭えるわけでは無いが。
「戻るぞ。 状況を整理する」
ストーム1は、戻っていく天使達を見送ると、皆に顎をしゃくる。
恐らくサクナヒメ班でも似たような事が起きていると判断して良い。柱の方を見にいったライドウ班がどうなっているかは気になるが、とにかく戻るのが最優先だろう。
此処も、一筋縄ではいかないな。
唯野仁成も、覚悟はもう決めていた。