サクナヒメ班が無事に戻って来たのを見て、少しだけ安心する。先にライドウ班が戻って来ていたのだが。サクナヒメ班は戻るのが遅れていたのだ。
いずれにしても、機動班が出来る事は一旦此処まで。
これからは調査班を護衛しながら、上層部の戦略に沿って動いていくことになる。
あくまで唯野仁成は一兵卒。
出撃のグリーンライトを持っているようなスペシャル達とは違う。
でも、それでいい。
唯野仁成は、それくらいの立場で丁度良いと思っているからである。
レクリエーションルームに入ると、アリスにアイスを作ってやる。アイスを作る装置は、多少のマッカを入れると動くようになっていて、ソフトクリームからカップアイスまで何でも作れる。
材料については分からないが、毒物は入ってはいないと思う。
アリスは意外に趣味がしぶく、幾つか試した後は抹茶のソフトクリームが好みになったようで。それをねだるようになっていた。
無邪気に抹茶のソフトクリームをなめているアリスを横目に、唯野仁成はコーヒーを淹れる。
丁度ヒメネスが来たので、コーヒーを淹れて手渡し。横に座ると、ヒメネスは大きくため息をついた。
「全く冗談じゃねえぜ」
「其方は大変だったのか?」
「大変も何も、いきなり四天王だのいうでっかいおっさん達が出て来てな」
四天王。漫画か何かのあれだろうか。
そう思ったが、違うらしい。
調べて見ると、持国天、広目天、増長天、毘沙門天という、仏教におけるいわゆる「護法神」であるらしい。
仏教においては、幾つかの神格が存在する。
基本的に仏陀などは、真理に到達して輪廻を超越した存在。この真理への到達の度合いによって、最上位から「如来」「菩薩」「羅漢」と階級が別れるらしい。
これらの他に、戦闘を担当する神格である「明王」。
印度の宗教の神々が元になっている「天」。
さらには例えば鬼子母神などの、夜叉などが帰依した存在なども存在しており。
仏教にも「神」と呼べる存在はいるのだ。
四天王は、その「天」の中でも有名な存在で。この四天王から、様々な優れた四人組を、「四天王」と呼ぶ習慣が出来たそうである。少なくとも、この習慣はずっと古くから存在していたようで、日本でも妖怪キラーとして知られる源頼光の配下に、「頼光四天王」が存在したり。また日本最大の鬼である酒呑童子の配下に、「酒呑童子四天王」が存在したり。
また戦国大名でも、龍造寺家には「龍造寺四天王」(実際には五人いる)などが存在するなど、呼び方としてはメジャーであった様子だ。
いずれにしても四天王の本家本物が出て来たというわけだ。
「それで姫様が其奴らと押し問答になってな。 軽く力比べをしたいとか相手が言いだしやがってな」
「荒々しい連中だな」
「天使が向こう側で陣地を張ってるからな。 姫様も元々武神だし、戦いは嫌いじゃないんだろ。 早速四人相手に大立ち回りだよ。 あっちこっちにクレーターが出来るような戦いしやがって……。 しかもその後意気投合して、俺たちまでつきあわされて宴会に呼ばれてよ」
げんなりした様子のヒメネス。
そもそもシュバルツバースでは、デモニカを脱げば死んでしまう。
だから、サクナヒメが鬼神達が用意してきたデカイ肉の塊とかを食べているのを横目に、憮然としているしかなかったそうである。
いずれにしても、情報は仕入れてきたので、まあ無駄ではなかったのだろう。
コーヒーに砂糖をいつも以上にどばどば入れると、ヤケになっている様子で飲むヒメネス。
怒っているのではなく、うんざりしているらしかった。
まあ気持ちは大いに分かる。
ずっと酒も何も無い生活をしているのだ。ヒメネスはどちらかというとかなり酒が好きらしいので、ずっと禁酒を強いられている現在の状況は嬉しくないだろう。しかも先の話からして、酒もでたのは多分確実。文字通り生殺しだろう。
「よっぱらうだけなら簡単だよヒメネス。 私がやってあげようか?」
「おっとアリスのお嬢さん、それは勘弁だぜ。 魔術によるものだろ?」
「そうだよ。 お酒と仕組みは同じ」
「残念だが、俺たち兵隊はいつでも戦闘に入れるようにコンディションを整えとかなきゃいけないんだよ。 酒を入れるとどんなベテランでも手元が狂う。 特に俺は……必死にならないといけないからな。 というわけですまないなお嬢さん。 酒は入れられないんだよ」
そっかーとアリスは言うが。ヒメネスは苦笑いしたものの、目は笑っていない。
少し前だが。もう少しで、唯野仁成とヒメネスは、アレックスに対応出来るようになれるという話をされた。
同時に、スペシャル達と同様に、チームを率いて作戦行動をするようにもなって貰う、とも。
ただ、二人ともまだ「何とかアレックスと戦ったらギリギリ生き残れる」程度の実力でしかなく。
「アレックスと戦っても、一緒にいるクルーを生還させられる」実力になるまでは、チームを預かる立場にまでは昇格させられ無いとも言われた。
それはまだ努力が足りないと言われているのと同じ。
ヒメネスは、今回の件を解決したら。豊かな生活をして、後は悠々自適に生きたいと思っている様子だ。
だったら、此処で手は抜けないと言う事なのだろう。
コーヒーを飲み干すと、ヒメネスは立ち上がる。
「俺はちょっと姫様に稽古をつけて貰ってくる。 ヒトナリ、お前は?」
「俺はこの間嘆きの胎で遭遇したイシュタルをこれから作る。 作るのは見送っていたんだが、すぐに強大な敵とのガチンコとはいかないようだからな」
「そうか。 俺もまた、手持ちの悪魔を増やさないとな。 丁度良さそうな魔王を見繕うか……」
ヒメネスがレクリエーションルームを後にする。
アリスが満腹したのか、PCに戻る。
唯野仁成はデモニカに電源を接続すると、早速イシュタルの作成に入る。大きい悪魔合体を始めると気付いたのか、周囲のクルーが距離を取り始めた。
今まで外で捕まえて、更に合体に同意した悪魔達。
データから呼び出した、作成に必要となる悪魔達。
それらを、支給されているマッカを使い果たす勢いで使い込み、イシュタルの作成に入る。
マッカについては、イシュタルを作る事を既に上層部に告げて、支給は受けている。
エリダヌス下層の迷宮で、何度か大規模な会戦をやって。膨大なマッカを入手しているので、多少は今全体にマッカの余裕はある。
だから許可は下りたのだと思う。
デモニカも根本的なバージョンアップがされているから、前ほど周囲に苛烈な反応は出ない。
だが、それでも。スパークが走り。デモニカの蓄積電力が、根こそぎ持って行かれるのが分かった。
電源と接続しておかなかったら、バッテリーが吹っ飛んだかも知れない。
また、唯野仁成自身も、一気に全身の力を引っこ抜かれるような感触を覚える。
二層とは言え、嘆きの胎の囚人悪魔だ。
強いのはまあ、当然と言えるか。
しばしして。ばちんと凄い電気が走って、合体が完了する。
唯野仁成は呼吸を整えると、デモニカを着直して、物資搬入口から出る。そして外で、イシュタルを召喚していた。
イシュタルは相変わらず強烈なボディラインと薄着で、頭に角が生えた色白ブロンドの美しい女性の姿をしている。
神殿が娼館になっていただけあって、無駄に凄まじい色気だ。
ただ、女に何の期待もしていない唯野仁成は、もう少しちゃんと服を着て欲しいと思うばかりだったが。
同じ事はアナーヒターにも言える。
古代神格、特に女神は、無駄に色気が先行する傾向がある。
母子家庭で育って、女性の良くない部分を嫌と言うほど見ている唯野仁成には。あまりこういうのは嬉しくは無い。
「あら、ようやく私を喚びだしてくれたのね、うふふ」
「戦力が整い、余裕が出来た。 これからよろしく頼む、イシュタル神」
「ええ、これからよろしく」
声も無駄に艶っぽく、周囲のクルーが羨ましそうに見ているので、何だかげんなりしてしまった。
無駄に色っぽい格好をしているが、別に男を誘う気も無さそうなアナーヒターはまだ目のやり場に困る程度で済むのだが。イシュタルは完全に男を籠絡する気満々である。戦力については問題は無さそうだから、それで良しとはするが。
少し接していて疲れそうだな、とも思う。
時計を確認。
上層部は随分と揉めているな、と感じる。
既にこのエリダヌス上位階層で、最初の偵察をしてからかなり時間が経過している。それなのに、調査班も出さずに機動班は最初の偵察以降待ちっぱなしである。
何かライドウ班で大きな問題があったのだろうか。
いずれにしても、おぞましい程巨大だったエリダヌス下層迷路と。
此処は同等以上に厄介な場所だと判断して、行動する他無いのかも知れなかった。
ライドウ班が撮影してきた大母の姿を見て、真田は腕組みし。ゴア隊長は無言になっていた。
ウロボロス。
ギリシャの古代神話に登場する概念。神ですらない。
尾を咥えた蛇の姿といえば、誰でも想像は出来るかもしれない。人格神ですらないかもしれないという予想は、ある意味当たっていたのだ。
ウロボロスは柱の中の巨大空間にいた。全長は恐らく百数十メートル。巨大な蛇は円環を作り。
ライドウ班に興味も見せなかったという。
周囲には尋常では無い力の渦があって、攻撃しても無駄なのは目に見えている、と言う事だった。
「あれは何かしらのバリアを展開している。 それに……あれは本来のウロボロスでは無いのかも知れない」
ライドウ氏は言う。
詳しく、と真田が意見を求めると。頷いて、幹部達を見回しながら説明をしてくれる。
「まず第一に、ウロボロスが大母などと呼ばれている事がおかしい。 ウロボロスには循環や永遠、輪廻などの概念はあるが、母という概念は存在していない。 ガイアなどの神がいるのではないかと俺は思っていた」
「本来あり得ない存在が此処にいると」
「そうなる」
サクナヒメが小首をかしげる。
サクナヒメも、どうやらこのシュバルツバースには違和感を感じている一人、いや一柱である様子なのだが。
今回、いっそのことそろそろ口にするべきだと判断したのだろう。
ライドウ氏に、疑問をずばりとぶつけてきた。
「わしはこのシュバルツバースとやらに入ってから何度も疑念を抱いたが、今回ので確信した形だ。 この世界はずれておる」
「姫様、ずれているとは」
ゴア隊長が聞く。これは、隊長としての役割である。
ケンシロウやストーム1は悪魔の専門家でも無いし、学者でもない。春香だってそれは同じだ。
そういう面々にも分かりやすいように、よりかみ砕いた説明が必要だ、という事である。
人間の何割かは、自分が分からない事を言っている人間を無条件で馬鹿と認識するような無能だが。まあこの場には幸いその手の無能は存在していない。中には説明が悪いと開き直る輩もいるが。それも此処にはいない。
サクナヒメは咳払いすると、続きを話す。
「そもそも混沌陣営の悪魔とやらは、本来己を絶対正義と考え、それに基づいて行動するのが基本だという話であったであろう。 それが此処にいる悪魔共は、強くなるために人間を観察し勉強し、間接的に自分より人間が優れていると認めてしまっておる。 それどころか、様々な悪魔は言動が明らかにおかしい。 更にはここに来て、母でもないのに大母と呼ばれる悪魔の登場じゃ。 ライドウよ、そなたはどう見る」
「姫様の言葉はもっともです。 この世界は魔界では無い事は確定はしていたのですが、嘆きの胎などの様子を見ると、出現する悪魔の様子がおかしすぎる。 ひょっとしてですが……此処は人間の精神が作り出した一種のシャドウなのかも知れない」
「シャドウの世界?」
「そうです。 だから此処にいる悪魔達は、人間世界を滅ぼすために人間世界そのものを勉強する。 そしてその最悪の部分が結集して、あの魔王達になっていた」
本来の精神生命体である悪魔や神と言うものは、人間の影響を強く受けることは受けるものの。
その一方で、其所には芯が存在しており。
今までアントリアからデルファイナスまでで戦って来たような魔王達と違って、それぞれの誇りを持っているという。
勿論残虐なものは残虐だし。人をゴミのように殺す奴もたくさんいるが。
それは人間の信仰とは、最初からそういうものだからだ。
此処にいる悪魔は、それすらでもない。
もはや人間の影そのものであって。本来の悪魔とは、別の存在なのでは無いのか。
そうライドウ氏は説明を終えた。
ゴア隊長は腕組みして、目を閉じる。ずっと考え込んでいるようだが。助け船を出すように、正太郎長官は言う。
「真田君、どう思う」
「仮説としてはあり得る話です」
真田はこの世界に来る前。二度の自殺同然の旅をした事がある。二度目の旅では、本物の神にも遭遇した。
その神は。明らかにこのシュバルツバースにいるものとは違っていた。
このシュバルツバースは、五万年前にも出現し。当時の文明を滅ぼした可能性が出て来ているが。
そもそもその時は、シュバルツバースとはどういう場所だったのか。
今いるような悪魔達など、存在などしていなかったのではあるまいか。
いずれにしても、仮説と言う言葉を強調する。
まだ、確信は持てないからだ。
ただ、真田の方でも。今の話を裏付けられるデータを既に幾つか集めている。例えば悪魔のデータだ。
ライドウ氏が持ち込んだ悪魔のデータと。シュバルツバースで捕獲したり仲魔にした悪魔のデータ。
比較してみると、データにズレが見られるのである。
情報集積体に関しても、おかしな点が幾つも見受けられる。
それにだ。
ヒメネスが魔王モラクスを今手持ちとして使っているが。アントリアで暴政を尽くしていたモラクスとは、だいぶ性格が違っている。
これは、このシュバルツバースにいる悪魔が、「本物」では無いことを示している。
力は、本物に遜色ないか、それ以上かも知れない。いずれにしても、この世界がシャドウの世界ではないのかという意見は、無視出来ない。
「ただ、今はデータを更に集めるのが先です。 それに、シュバルツバースそのものを解析し。 この世界をどうにかして、世界の破滅を食い止めるのが、更に優先度としては上になるでしょう」
「うむ、その通りだな」
「それでどうする。 ウロボロスとやらは、そなたらの言う最大火力。 核兵器だったかでもびくともしないような壁を張っているのだろう?」
サクナヒメの言葉に、真田は頷くと。
艦橋のスクリーンに図を出す。
それは、現在分かっている範囲の、このエリダヌス上層の地図である。なお、天使と鬼神の陣地は既に近付かない方が良い場所として、赤く表示してある。
「エリダヌスは下層もそうでしたが、この上層でも中央に集約する構造になっている事が見て取れます。 現時点で、ドローンなども用いて解析した限りは、その結論に間違いはありません」
「そうなるとまた電池探しか?」
「今回は電池を動かすのでは無く、止める方になるかと思いますが」
サクナヒメがため息をつく。
いずれにしても、調査班を守りながら、悪魔の軍勢に襲われる事を覚悟で動かなければならないのだから。
「もうクルーどもの休憩は充分であろう。 でるぞ」
「アーサー。 プランの策定を」
「分かりました」
ゴア隊長の指示を受けて、アーサーが人工知能らしい正確さでプランを作成していく。すぐに誰がどう動けば良いか、どう探せば良いかのプランが提案される。
問題は、ライトニングがこの上位エリダヌス空間に出現したことだ。
実は三時間ほど前。此方を追うようにして、ライトニングが出現している。丁度柱を挟んで向こう側に、である。
懸念事項は山ほどあるが、それでも何とかしなければならない。
今回はケンシロウに残って貰う。
そして、三班が機動班と調査班で組み、周囲を調査。
電池らしきものを発見し次第、停止させる。
それで、ウロボロスを守っている壁をこわす事が出来。大母に手を掛ける事が可能となる。
問題や懸念事項は他に幾つもあるが。とりあえず、現状では他に採る手段が無い。そして時間は無限では無い。
皆が動き出す。
唯野仁成は、少し前にイシュタルの作成に成功したらしい。そろそろ、嘆きの胎三層に入って、戦力の更なる強化を図るのもありかもしれない。
いずれにしても、予想以上に大母が強力だったのは事実だ。
真田としても、クルーを全員生還させるためにも。多少の無理は、しなければならなかった。