Sストレンジジャーニー   作:dwwyakata@2024

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2、何も無い空間から有を探す

巨大な空間を黙々と歩く。ドローンもあるだけ飛ばしているが、それでもとてもではないが手が足りない。

 

何とか、「電池」を探し出さなければならない。

 

広い広い場所を歩く。

 

デモニカの補助があるとは言っても、体力がない身には辛い行軍だった。

 

ゼレーニンはサクナヒメ班で、唯野仁成と一緒に行動している。

 

唯野仁成は周囲に複数の悪魔を浮かべているが、また強大な悪魔を手に入れたらしい。マッカの消耗が激しくて大変だとぼやいていたが。それにしても、強そうな悪魔だ。

 

イシュタルと言えば、ゼレーニンも聞いた事がある。淫売の権化として名高い女神だが。唯野仁成が着るようにと渡したコートを不本意そうに着込んでおり。アリスが、どう言葉を掛けて良いか分からないようだった。

 

「ゼレーニンよ」

 

「はいプリンセス」

 

サクナヒメが声を掛けて来る。

 

周囲に警戒を続けているサクナヒメは、イシュタルを手持ちに加えた唯野仁成がいても、この機動班クルー全員をまとめて畳めるほどの戦闘力を未だに保持している。

 

昔は兎に角苦手な相手だったが。

 

アスラに対しての毅然たる態度を見て、ゼレーニンも己の愚かさを思い知らされた。

 

今では、素直にプリンセスとして相手を敬えるようになっている。

 

流石に神と呼ぶのは抵抗があるが。アスラに指摘されたように、内心でデーモン呼ばわりしていたのはもうやめだ。

 

それですら、サクナヒメは許してくれた。

 

これ以上、誇り高い武神に対する侮辱は許されないとゼレーニンは思う。

 

モラルハザードで致命的な事になっている故国のことを思うとなおさらだ。

 

「そなたはエレーベーターを最初に見つけた功労者だ。 電池についてはどう思う」

 

「強大な力を供給している存在です。 近付けば嫌でも分かると思います」

 

「しかし、見た所ずっと平原が続いているようだが?」

 

「最悪の場合、天使や鬼神の陣地の中にあるのかも知れません」

 

それが最悪の場合、だ。

 

悪魔はマッカという食糧を必要とする。普通に物理的な肉も食べるようだが、それはそれとしてエネルギー源としてのマッカが必要なのだ。逆に言えば、それは強大なエネルギーを必要としているのであって、マッカで無くても良いのではないのだろうか。

 

例えばオーカスは、呼び出した悪魔をまるごと根こそぎに食べてしまった。

 

そのように、何かしらのエネルギー源があれば。其所に悪魔は居着くのではないのだろうか。

 

ひょいとサクナヒメが跳躍。

 

本当に身体能力だけしか使っていない様子なのに、三十メートルは跳んだ。着地した時も、特に体を痛めている様子は無い。

 

「この辺りには何もいないのう。 気配も特に感じぬわ」

 

「アーサーが探索のガイドラインを作成してくれています。 それにそって、可能性が高そうな場所から当たりましょう」

 

「それは分かっておるが、な。 アーサーは残念ながら所詮からくりだ。 賢いからくりではあるが……」

 

サクナヒメの言葉も的確である。

 

アーサーはあくまで確率を最重視している傾向があり、必ずしも常に最善手を選んでいるわけではない。

 

だから、人間の補助がいる。

 

もっと優れたAIだったら、それも必要なくなっていたかも知れないが。残念ながら、アーサーはそうではないのだ。

 

頷くと、気合いを入れ直す。

 

周囲には何も無い。悪魔も感じ取れていない。だが、本当にそうなのか。何か見落としは無いのか。

 

ゼレーニンは科学者だ。

 

悪魔が存在しているのは事実だ。真田技術長官がいったように、それならばやる事は一つ。

 

悪魔と言う存在を科学的客観的に分析し、論理的に解析することだ。

 

信仰は科学に必要ない。信仰は勿論心に必要かも知れない。だが実際に其所で起きている現象があるのなら。それに信仰を優先してはいけない。科学者なら当たり前の話だ。それを、ゼレーニンは今まで出来ていなかった。

 

取り戻そう。科学者としてのあり方を。

 

サクナヒメは、デーモンと侮辱されてもなお。それでもゼレーニンをあの凶悪なアスラから守ってくれた。

 

ならば、ここでゼレーニンがやる事は。このシュバルツバースを、完全に解析することだ。

 

周囲の地図をもう一度徹底的にチェック。

 

見渡す限り、本当に何も無い。

 

だが、それでも本当にそうなのかは分からない。今、ストーム1班が、端に到着した様子だ。ドローンが空撮している分も含めて、エリダヌス上層の地図が確実に着実に出来上がっていく。

 

これは。巨大なドーナツ状の構造なのか。

 

ドーナツの中心部には、いうまでもなくウロボロスのいる柱がある。そういえば、ロゼッタの形状も。

 

示唆的だ。周囲を徹底的に調べるにしても、何か他に利用できそうなデータがあるかも知れない。

 

サクナヒメが足を止める。

 

戦闘準備。声が掛かったので、ゼレーニンも天使パワー達を出す。パワー達はゼレーニンの周囲を、徹底的に固める。それほど強くない、雑兵としての天使達である事をわきまえ。最悪の場合は肉の壁になるつもりなのだ。

 

ゼレーニンは、パワー達が最近は自分を気遣ってくれているようになっているのを気付いている。好意には甘えろとも言われている。無機的だったパワー達が、人間味を帯び始めているのだ。それはとても良い事なのだと思う。だから、少しずつ仕事も手伝って貰うようになりはじめている。

 

ただ今回は、純粋な戦闘だ。

 

身だけ守ってくれれば、それでいい。幾ら死んでもマッカで蘇生できるとは言え、無理もしてほしくは無い。

 

戦闘にはとことん向いていない。

 

ゼレーニンは、それを自覚していた。

 

向こうから、ざわざわと音がする。近付いてくるのは、それこそ地面を埋め尽くすような小型悪魔の群れ。

 

間違いない。エリダヌス下層にも出現していたバシリスクだ。その数は、算定不能である。

 

最低でも数千はいると見て良い。しかもあいつは、間合いに入らせたらおしまいの悪魔なのである。

 

明らかに怯むクルー達だが、サクナヒメが声を張り上げた。

 

「氷の魔法を使って、周囲に壁を展開せよ! 敵が全方位から入り込めないように擬似的に要塞を構築するのじゃ!」

 

「イエッサ!」

 

機動班クルーも精神的に持ち直すと、すぐに指示通り氷の壁を作り始める。この辺りは、文字通り多数の戦いを勝利に導いてきた武神に対する圧倒的な信頼からだ。名将と呼ばれる存在に率いられる兵士達は時にこうなると聞いているが、サクナヒメは文字通りの武神として、既に崇拝を得始めている。それも盲目的な信仰では無く、実績に対する尊敬をだ。

 

サクナヒメは剣を大上段に振り上げると、全火力をぶっ放す。

 

この技も、前は使っているときに相当に消耗しているようだったが。

 

今は貯めからぶっ放すまで時間が相当短縮されていて。火力も増強され。更に消耗も減っている様子だ。

 

恐らくだが、連発も出来るのではあるまいか。

 

文字通り敵の前衛が消し飛ぶ。

 

しかし、それを意に介さないように、大量のバシリスクが突貫してくる。氷の壁を作るクルー達。唯野仁成が召喚したアリスが、詠唱を続けている。間に合うか。サクナヒメが敵の前衛に踊り込むと、間合いのギリギリで凄まじい武勇を振るい続け。敵の前衛を蹴散らし続ける。

 

だが数が多すぎる。

 

徐々に下がりはじめるサクナヒメ。冷や冷やするゼレーニンだが。

 

アリスの詠唱が終わる。

 

同時に、殺到したバシリスクが、サクナヒメにそれこそ山を作る勢いで飛びかかるが。サクナヒメは残像を作って、上空に逃れていた。

 

甲高い笑い声を上げながら。膨大な力を放つ黒い塊がぶっ放され。そのまま、バシリスクの群れを蹂躙する。

 

凄まじい面制圧能力。

 

大量のバシリスクがマッカになって消滅。

 

更に時間差を置いて、今度はアナーヒターが(イシュタルと同じようにコートを着せられている)、大規模な氷の魔術を撃ち放つ。その火力はとんでもなく、文字通り周囲を氷漬けにして。左右に展開しようとしていたバシリスクの群れを、数百まとめて氷漬けにした。

 

更に、である。

 

上空に、拳を固めたイシュタルが躍り上がる。

 

凄まじい風がその体には纏わり付いていて。

 

地面に向けて猛禽のように躍りかかると、拳を槌に叩き込む。

 

同時に、周囲に竜巻というかかまいたちというか。兎に角致命的な風の刃が吹きすさび。展開しながら囲もうと動いているバシリスク達をまとめて吹き飛ばしていた。

 

三連続の大技を見て、バシリスク達はそれでも怯まない。しかしながら、今の三連続の大技を受けて、それで数は減らした。

 

着地したサクナヒメが、氷を踏みしだきながら、腰を落とす。

 

居合いの構えである。

 

普通、居合いというのは軽装の相手に使う事を主眼に置いた武技だと聞くが。プリンセスくらいの腕力があれば話は別。

 

そのまま、ぐっと力を込めつつ、頭を下げ。更に力を収束させていく。

 

パワー達が、盾を音を立てて構え、ゼレーニンに身を守るように促してきたので。思わず顔を庇っていた。

 

抜き打ち一閃。

 

サクナヒメの放った居合いが、アナーヒターの作った氷の野を蹂躙するように。そのまま、四方へとバシリスクの群れを蹴散らす。

 

文字通り消滅していくバシリスクだが、それでもなお押し寄せてくる。どれだけの数がいるのか。

 

だが、今度はクルー達がそれに対応。

 

機動班クルー達はアサルトとショットガン、対物ライフルで集中砲火を浴びせ。

 

その麾下にいる悪魔達も、勢いづいて全火力を投射し続ける。

 

其所へ、歩みでたのは巨人。

 

ゼレーニンはどうしても巨人に良い印象を得られないのだが。この寡黙な巨人ティターンは。皆の前に立ちふさがると。火力の網を抜けてきたバシリスクを、巨大な剣を振るって淡々と屠って行く。

 

「第二射いけるか!?」

 

「少し掛かる!」

 

唯野仁成が、必死にマッカの調整をしているようだ。やはりあんな大技、何発も放てはしないということだ。

 

更にサクナヒメも、無言で淡々と高速で走り周りながら剣を振るい続けている。バシリスクがその度に消し飛びマッカになっているが、とにかくまだまだ相当な数が存在している。

 

後方に、ついに回り込まれる。

 

だが、氷の壁を作っている事もある。前方と後方だけに敵は集中していると言う事にもなる。氷の壁は文字通り触ったら凍り付くような温度だ。魔術で作った氷だから、である。故にバシリスクも避ける。

 

後方の対応はクルー達がしてくれるが、既に囲まれ退路が無くなったのも事実である。

 

バシリスクが、ついにその石化攻撃の間合いに入りそうになったその時。

 

上空から襲いかかってきたのは、大量の槍だった。

 

バシリスクの群れが消し飛ぶ。

 

「此方ストーム1班。 救援を開始する」

 

通信が入ると、わっと喚声が上がる。

 

同時に、包囲が崩れ。其所に、ストーム1が得意とする、見えもしない距離からの遠距離狙撃が次々に入る。

 

命を知らずに突貫してきたバシリスク達も、流石にどこから撃たれているのかも分からない状態には困惑している様子で、右往左往している所を次々撃ち抜かれる。其所に、サクナヒメが容赦なく追撃を掛け。クルー達もありったけの悪魔を出して、追撃を行っていった。

 

程なくして、バシリスクの姿は、周囲に見えなくなった。

 

クルー達が皆へたり込み、悪魔をPCに戻す。

 

サクナヒメも相当に消耗したようで、座り込む。

 

ストーム1がクルーを連れて来てくれたので、そのまま周囲の護衛を頼む。ゼレーニンは、一緒についてきた調査班と共に、バシリスクが集まっていた中心辺りを調べていくことにする。

 

皆が作ってくれた好機だ。

 

これを逃すわけにはいかないのである。

 

あらゆる計測装置を撒いて、データを確認していく。

 

データは取る事が出来るが、特に異常な数値は出ていない。だが、せっつくような声はない。

 

勿論内心では戦いもせずにと苛ついているクルーもいるかも知れない。

 

だが、ゼレーニンは雑念を捨て。

 

必死に、出来る事だけをしていく。

 

調査開始から一時間ほどだろうか。

 

おかしなデータの存在を、発見していた。出来るだけ急いで、対応をした方が良いかも知れない。

 

「プリンセス、ストーム1」

 

「おう」

 

「何か見つけたか」

 

「此処の地下の温度がおかしくなっています」

 

示した地点は、一見するとごく普通の石畳で。エリダヌス下層でも散々見た当たり前のものに見えた。

 

だが、その地下に熱源反応がある。

 

それも、無視出来ない温度だ。多分千℃くらいはあると見て良いだろう。

 

無言でサクナヒメが、休んでいるクルー達に視線を送ると。休憩はそこまでだと立ち上がる。

 

唯野仁成も、手持ちの仲魔達を展開して備える。

 

「掘り返せばいいのか?」

 

「はい。 しかしクラスター弾の攻撃も弾き返すような強度で、先ほどからの戦闘でも傷一つついていません……」

 

「わしを何の神だと思うておる」

 

サクナヒメはにいっと笑うと、武器を鋤に持ち変える。ストーム1はハンドサインを出して、皆を少し遠ざけた。

 

振りかぶると、サクナヒメは鋤を地面に叩き込む。

 

石畳に、光が走った。

 

そうか、耕すという行動が。そのまま、サクナヒメの神の力の一部になっているのか。

 

稲作のやり方は、あれから思うところあってゼレーニンも色々と調べた。

 

如何に土を耕すかは、稲作にとって最も重要なファクターだ。サクナヒメは、それを己の力の一部にまで昇華している。

 

本物の豊穣神という言葉が喉まで上がってくるが。

 

だがゼレーニンにとって、それは口にしてはいけないものに思える。

 

首を横に振る。

 

科学者だったら、起きている現象を客観的に調査して、分析するべきだ。真田技術長官に言われた。

 

今起きているのは、本来ならあり得ない事。

 

だが、あり得ないで思考停止していたら、それは科学者では無い。

 

どうしてあり得ない事が起きるのか。

 

解析するのが科学者なのだ。

 

情報を徹底的に集めて、分析する。

 

サクナヒメが何か歌いながら鋤を地面に入れる度に、石畳に走る光が大きくなり。そして、拡がっていく。

 

うめき声のようなものが聞こえる。

 

この石畳が、そのままこの空間の主であるウロボロスだとすれば。文字通り、大母の体は今耕されている事になる。

 

ストーム1が周囲を徹底的に警戒しているのも当然だ。

 

核でも貫通できそうにないシールドを展開している大母の体が、今傷つけられているのだから。

 

どんな反撃が飛んできても、おかしくないのである。

 

やがて、石畳が砕けた。

 

サクナヒメは今度は鋤をしまい、手で石をどけ始める。ゼレーニンはパワー達に頼んで、石を回収して貰う。数メートル四方の石畳が剥がされて、其所から剥き出しの地面が現れた。

 

サクナヒメが目を細める。

 

ゼレーニンが見ても分かる。おぞましい茶色の地面。毒物を満載に詰め込んでいるのは確定だ。

 

シュバルツバースの地面は、大量の毒素を基本的に含んでいるものだ。

 

大母の空間でも、それは同じ。

 

下層もそうだった。

 

周囲に延々と無機質な空間が拡がっている上層だって、それは同じであることは容易に想定された。

 

また鋤を出すと、掘り返し始めるサクナヒメ。

 

或いはこれを武技に変えているかも知れない。プリンセスは、武と豊穣を共に司っているのだ。

 

何度か掘り返している内に、地面の色が変わっていく。

 

今までこんな事が出来ることは知らなかった。地面が無害化されている、と言う事なのだろうか。

 

いや、恐らくだが。

 

サクナヒメの領土へと、変えて行っているのだ。

 

「こんなもんじゃろう。 調査班!」

 

「はい!」

 

ゼレーニンが、即座に立ち尽くしている調査班を促して前に出る。そのまま、幾つかの機材を使って地面を掘り返していく。

 

巨大な。今まで見たことも無い巨大な情報集積体が出てきたのは。二メートルほど掘った辺りだろうか。

 

調査班の非力なクルーを補助するように、パワーが手伝ってくれて助かった。

 

間違いない。熱源は、この情報集積体だ。ロゼッタほどでは無いが、とんでもない情報密度がある様子だ。

 

その間に、他のクルーは、数千にも達しただろうバシリスクの残骸から、マッカを集めてくれている。

 

一連の戦闘から収穫までは、方舟でも様子を見ていたらしい。

 

情報集積体をケッテンクラートに積み込んだ後に、通信が来た。真田技術長官によるものだ。

 

「よし、良くやってくれた。 ドローンによる解析により、他にも三箇所に似たような熱源反応を確認できた。 そのうち一箇所には、膨大な数の悪魔が集中している。 一箇所ずつ潰して行く。 一旦方舟に戻ってほしい」

 

「イエッサ!」

 

「その間に此方は情報の解析を進めておく。 多少は次の戦闘は、楽に出来るように手を打とう」

 

そう言ってくれると嬉しい。

 

そのまま、機動班の護衛を受けながら、方舟に戻る。

 

どうやらこの果てしなく広い空間。

 

悪魔がいないわけではなく。一部に、圧倒的な数が集中しているようだった。

 

 

 

巨大な情報集積体を真田技術長官に渡した後、半日ほど休憩を貰う。その間にライドウ氏のチームが偵察をすませて、戻って来ていた。

 

どうやら予想は当たりの様子だ。

 

大量の悪魔が確認されている一箇所の他。二箇所も、ドローンなどで調査した結果。今までの空間にいた支配者並みの悪魔の気配があるという。

 

厳しい戦いになるのは確定だ。

 

流石は大母とまで呼ばれる悪魔。

 

何よりも、シュバルツバースの入り口を守護している存在なのである。そう簡単に、突破させてくれる訳がない。

 

ゼレーニンは一眠りした後、起きだして。リラクゼーションルームに出向く。

 

唯野仁成とヒメネスがコーヒーを飲んでいたが。ゼレーニンを見ても拒絶するような事は無く、無言で唯野仁成がコーヒーか紅茶か聞いてくる。

 

紅茶を頼むと、無言で装置を操作して淹れてくれた。ジャムまでつけられるのだから、各地の軍艦のまずいレーションを食べている兵士達はうらやむだろう。材料が、まともなものではないとしても。

 

座って、話を聞く。

 

ライドウ氏と一緒に偵察に出ていたヒメネスが、軽くミーティング代わりなのか。見て来たものについて伝えてくる。

 

「俺が見たのは、無数の植物の悪魔だった。 人間型の奴だが、声がとても危険だとライドウのおっさんは話していたな。 妖樹マンドレイクというらしい」

 

「マンドレイク?」

 

「強力な毒素を有して、魔術や錬金術に使われることもあった実在の植物よ。 根が人型に似ていて、引き抜くときに悲鳴を上げて、それを聞くと死ぬという伝承もあるけれど、実際にはそんな事はないわ。 でも、悪魔としてマンドレイクが存在するのなら、聞くだけで相手を死に至らしめる悲鳴を上げるのかも」

 

唯野仁成に答える。

 

ゼレーニンも知識は日々増やしている。最近も忙しい中、誰かしらが遭遇した悪魔については、データベースを見るようにしているのだ。

 

「そうか、今度は石化じゃ無くて即死かよ。 結局近付くのは自殺行為じゃねーか」

 

「対物ライフルで遠距離から狙撃していくのは」

 

「声が届く範囲が分からないのが問題ね。 方舟のミサイルで遠距離から一網打尽といけるといいのだけれど」

 

「アレはしばらくは使えないって話だ」

 

少し前に、ヒメネスが参加していた部隊を支援砲撃したVLSだが。今はミサイルの調整中だとかで、すぐには撃てないそうである。

 

そうなると、やはり近付かれる前に射すくめるしかないのか。危険を冒すしかないというのは、良い気分はしない。

 

代わりは幾らでもいる。

 

近年に流行した邪悪な言葉だ。

 

多くの国で、労働者がこの言葉によって使い潰され。その結果、使い潰された分野では人材がいなくなった。

 

代わりは幾らでもいるとうそぶいていた連中は、代わりがいなくなってから慌てたが。既にその分野は死に絶えていることが殆どだった。

 

現在、この方舟の人員は、誰もが代わりが効かない。

 

一人だって、死なせる訳にはいかないのだ。

 

「作戦は上層部が考える、というのは無責任だな。 俺たちの方でも、少しシミュレーションはしておこう」

 

「ああ。 そういえばヒトナリ、俺ももう一体魔王を作れそうだぜ」

 

「それは良い事だな」

 

「ロキという魔王だ。 何でも北欧の邪悪な悪魔らしい」

 

ロキか。

 

知っているが、ゼレーニンは紅茶の礼を言うと、その場を離れる。

 

二人と普通に話が出来るようになって来ているのが分かって良かった。ヒメネスも、前のようにゼレーニンを拒否しなくなってきている。

 

研究室に顔を出すと、真田技術長官が冷や汗を流しながら、情報集積体を解析しているところだった。

 

「ゼレーニン君。 いいかね」

 

「はい、手伝いですか」

 

「いや、これから機動班を出す。 それに加わって、情報集積体を回収してきてほしい」

 

思わず背筋が伸びる。

 

そもそも最初に、さっき話にあった、聞くだけで即死する声をぶっ放してくるマンドレイクの群れをどうにかしなければならないだろう。

 

それを聞こうかと思ったが、真田さんは手を動かしながら、それについては答えてくれる。

 

「現在、総力戦の準備をゴア隊長が進めてくれている。 VLSから放ったクラスター弾による広域制圧は厳しそうだが、アウトレンジからの制圧戦なら出来そうだ。 装甲車三両、野戦砲全てをだし、クルーもあらかた出して、会戦を行う。 敵を一切近付かせず、アウトレンジから消滅させる。 その後は、君の出番だ」

 

頷く。

 

弾丸の消耗が心配だが。それも見越したように言われた。

 

「一度マンドレイクの群れを処理し、情報集積体を回収したら、嘆きの胎に移動して物資を補給しつつクルーの訓練を行う。 唯野仁成隊員がイシュタルを作った、と言う事もある。 そろそろ三層もいけるようになっている筈だ。 時間が経過したから、警戒体制も良い感じに緩んでいるだろうしな」

 

「何から何までお見通しなんですね」

 

「私は困難な旅を二回経験している。 いずれの旅でも、先の先まで読んで、あらゆる全てを事前に開発できる体制を作っておかなければいけない危険な旅だった」

 

ゼレーニンは、以前もその話を聞いている。

 

だから、真田さんはこうやって先手先手を打てる。

 

此処はかねてから開発していた、という必殺の言葉が出てくる。そしてその言葉通りに、事態を解決する新兵器も登場する。

 

頼んだぞと言われて、敬礼しその場を離れる。既に外ではインフラ班が、プラントの回収を開始。

 

更に、全クルーに戦闘準備の通達がでていた。

 

しばしして、方舟が動き出す。今のところウロボロスは動く気配がないが。それは他の勢力も同じだ。

 

天使達も鬼神達も、何もするようすはない。勿論、ライトニングもである。

 

どれかが介入して来たら、それだけで厄介な事になる。それは軍事には決して明るくないゼレーニンにも分かる。

 

天使が悪い意味で介入してくるとは思いたくない。

 

だが、人間味を得始めているパワー達が、前は極めて無機的だったことを考えると。

 

どうしても、神への絶対的な信仰が揺らいでいくのが分かるのである。

 

神は絶対ではない。

 

その原因は悪魔だと思っていた。

 

だが、それは本当にそうなのか。

 

マンセマットを疑いたくはない。何度も助けてくれたし、困っているときに優しい声も掛けてくれた。はげましてもくれた。

 

だが、プリンセスはマンセマットを一瞥して言ったのだ。野心に満ちていると。

 

もしもマンセマットが、何かしらの野心を秘めて行動しているのだとしたら。きっとそれは。あまり良くない理由からの筈だ。

 

方舟が停止。物資搬入口が開き、ありったけの兵器が出始める。

 

野戦陣地が構築される。これも何度目の光景だろう。野戦陣地にはレールガンだけではない。以前、アスラを転倒させた大火力砲が配置されていた。砲手は勿論ストーム1である。

 

精鋭の機動班は前衛に出る。

 

巨大な魔王モラクスとバロール。それに言及されていただろうロキが出現するのを見ると、クルーは意気が上がる。

 

ロキは軽薄そうな青年の姿をしていて。翼を持つ、レザー系の服装に身を固めた、ロックンローラーのような姿をしていた。

 

北欧神話におけるトリックスター。

 

自分の思うままに振る舞い、周囲を振り回すことを最大の喜びとする悪戯の神。神々の黄昏と呼ばれる最終戦争の時には魔的存在に味方し、最後にはヘイムダル神と相討ちになる邪悪の神。

 

魔王と言うよりは邪神に思えるのだが。その辺りはよく分からない。

 

更にライドウ氏が、以前アスラの動きを止めた巨大な蛇龍、ニーズヘッグを呼び出す。その巨体も、またクルー達を安心させるには充分だった。

 

重厚な陣地が構築されるが。この陣地に敵が食い込んできたらもうおしまいなのである。

 

ゼレーニンに、パワー達が話しかけてくる。

 

「ゼレーニン様」

 

「どうしたの」

 

「我々は、覚悟は既に出来ています。 貴方の力になれるのであれば、悪魔合体を受ける事は何とも思いません」

 

「その気持ちは嬉しいわ。 しかし自分の事をもっと大事にして」

 

役に立ちたいのですと、パワー達は言う。

 

今の彼らは、肉壁にしかなれない存在だ。どうしてもゼレーニンの力になる事は出来ないと。

 

それに、パワー達は悩みを口にするのだ。

 

「神の御心は絶対であり、それは今も揺らいでいない考えです。 しかしながら、神の御心という言葉を盾にして、思考停止することが正しいとは私達には思えなくなってきているのです」

 

「それは……」

 

「我々パワーが堕天しやすい存在であることは既に聞き及んでいるかと思います。 しかしながら、我々は他の天使に比べて柔軟性が高いという意味でもあると思うのです。 ゼレーニン様。 もしも天界の重鎮へと、悪魔合体を通じて代わる事が出来る様な事があれば望外の幸せです。 悪魔に対して忌避感があるのも分かります。 しかし、お考えください」

 

無言で、頷く。ゼレーニンにとって、その言葉は他人事では無かったからだ。

 

自分自身が青ざめているのが分かる。

 

パワー達は既に覚悟を決めているのだ。たとえ大天使となったとしても、パワーとしての存在ではなくなるのに。

 

それでも、怖れていない。狂信からでは無い。未来を作る為に、力を得るためだ。

 

ゼレーニンは違う。覚悟なんて、出来ていない。

 

ほどなくして、戦闘準備が整った。ゴア隊長が、装甲車に乗って、最前列で指揮を執っているのが見える。

 

方舟の周囲には、戦闘が可能なクルー四百名ほどと。更には、展開された雑多なものも含む悪魔およそ二千が展開しているのが分かった。

 

凄い数だ。ゼレーニンが展開しているパワー達なんて、この中では芥子粒くらいの力しかない。

 

力が全てを解決するなんて、愚かしい考えを持つつもりはない。

 

だけれども、確かにパワー達が願うのなら、それは必要な事なのだ。

 

ただ、マンセマットには話をしたい。

 

マンセマットの事を疑いたくないからである。姿を見せてくれないだろうか。そう、ゼレーニンは、会戦が始まる前に思った。

 

しかし、天使は姿を見せない。それもまた、やむを得ない話なのかも知れなかった。今は、鬼神の軍勢とにらみ合っている所なのだろうから。

 

「これより戦闘を開始します。 敵に接近されることはそのまま死を意味します。 支援は此方でいたします。 総員、攻撃を開始してください」

 

アーサーのアナウンスが入る。そして、方舟の速射砲が攻撃を開始。

 

野戦砲も火を噴き、大量の悪魔がいる地点への火力投射と制圧を開始した。直撃音が届くまで、少し時間が掛かる。

 

斉射が完了し、すぐにアナウンスが入る。

 

「敵陣へ着弾を確認。 雑多に散りながら、敵が接近を開始」

 

「一匹も逃すな!」

 

誰かが叫ぶと同時に、火力投射が続行される。斉射の三連目までは、敵の姿は見えなかったが。三連が終わった当たりで、煙の向こうに大量の人影が見え始める。

 

ゾンビ映画のようなおぞましい光景だ。人間の形をした植物が、非人間的な動きで迫ってきている。

 

野戦陣地からの本格的な火力投射が開始される。上空に浮かんでいる悪魔達も、魔術で敵を攻撃開始。これに、軽武装の小型ドローンも自動で攻撃を開始し加わる。

 

更に前衛にいる唯野仁成やヒメネスも、悪魔に攻撃を開始させたようだった。

 

凄まじい爆発が連鎖して巻き起こる中、それでも敵は突貫を止めない。雑多に散りながら、此方を包囲するように、確実に数の利を生かして迫ってくる。

 

ゼレーニンのデモニカにも、攻撃指示がアーサーから飛んでくる。

 

パワー達に指示を出して、攻撃魔術を放って貰う。唯野仁成やヒメネスが使っている悪魔に比べると、本当に微力だ。

 

それでも、一匹でも、二匹でも。

 

近付いただけで即死させられる悪魔は、近付かせてはいけないのだ。

 

確実に敵が迫ってきているが、逃げようとするクルーはいない。皆が猛烈な火力投射を続ける。

 

サクナヒメがでて、あの広域居合いで一気に大量の敵を薙ぎ払った。ストーム1も前に出ると、アサルトで確実に敵を仕留めに掛かる。

 

ライドウ氏が何か呼び出した。

 

前線で壁になっているニーズヘッグの代わりだろうか。何か禍々しい姿をした悪魔が前線に突っ込んでいく。マンドレイクの気を引いているが、接近しても即死しないと言う事は、何か死に耐性がある悪魔なのかも知れない。

 

味方は英雄ばかり。

 

だが、それを加味しても敵が多すぎる。

 

速射砲は焼き付きそうな勢いで連射を続けているが。それでも敵はまだまだいる。ゼレーニンの所にも、攻撃依頼がひっきりなしに飛んでくる。勿論応じるが、やはり悟る。戦いを主体にする必要はない。

 

だがこのままでは。最低限の身を守ることも、確かに出来ないと。

 

大暴れしているヒメネスの魔王達。だが、一番突出したモラクスが、膝から崩れ、消滅し始める。

 

マンドレイクの死の声にやられたのだろう。マッカをつぎ込んで修復させなければならない。

 

敵の群れはまだ怖気が走るほどいて、戦意も全く消えていない。

 

装甲車が前に出る。ゴア隊長が、更に指揮をする場所を前に進めているという事だ。

 

クルー達が、それを見て必死になる。

 

恐らくアリスだろうが。広域に魔術をぶっ放して、数百のマンドレイクをまとめて焼き人形に変えた。

 

そして、その直後。

 

切り札を、恐らくストーム1が切った。

 

味方の悪魔が下がる。それと同時に、吸い寄せられるようにニーズヘッグに集まっていたマンドレイクが、まとめて爆発に巻き込まれる。

 

きのこ雲が上がるほどの爆発で、文字通りマンドレイク達は消滅。悪魔達が慌てて壁を作らないと、味方に被害が出るほどだった。

 

あれは、アントリアでストーム1が使って見せた、C70爆弾か。

 

文字通り、完全に消滅した敵に、完全に空白地帯が出来る。

 

ゴア隊長が、総力を叩き込めと声を張り上げ。味方が残った全力をつぎ込む。悪魔達もどんどん前線に出て、差し違えようともマンドレイクを屠って行く。

 

「我々も行ってきます」

 

「そんな……」

 

「マッカをつぎ込んで回復させてくだされば結構です。 我等の命はゼレーニン様のために。 それに、このまま接近を許せば、マンドレイクの声に掛かって多くのクルーが命を落とすでしょう」

 

返事を聞かずに、パワー達が敵陣へ突貫。そして、マンドレイクを槍で串刺しにし、切り払い。

 

そして反撃の死の声を受けて、消えていった。

 

嗚呼。

 

思わず首を横に振る。

 

マッカで蘇生させることは出来る。だが、パワー達はそれこそ命をなげうって皆を助けてくれたのだ。

 

それに対して、ゼレーニンはどうだ。まだ覚悟が全く決まっていないではないか。

 

やがて、皆の奮戦もあって、マンドレイクの群れは消滅した。

 

目を乱暴に拭う。デモニカ越しだからどうにもならないが、どうしても手がそう動いてしまう。

 

真田技術長官に言われる前に、作業開始。文字通りの総力戦だったのだ。味方の残り弾薬も少ない。ヒメネスの魔王が倒されるような相手だったのである。皆、もたついている体力だってない。

 

調査班に声を掛けて、指定の地点に移動。

 

サクナヒメが既に神事を開始して、鋤で掘り返し始めてくれていた。

 

此方でも、情報集積体を回収するための準備をする。調査班のクルーが、ゼレーニンに聞いてきた。

 

「いつもの天使達はどうしたんだ?」

 

「今の会戦で……」

 

「驚いた。 あの天使達は、あの黒い天使のためだけに動いていると思っていたが」

 

周囲にも、そう思われていたのか。

 

だが、ゼレーニンは、寂しく笑って返す事しか出来なかった。

 

パワー達はマッカをつぎ込めば蘇生させられる。だが、今後もこのままでは、ずっと同じ事が繰り返されるだろう。

 

それでは駄目だ。彼らの献身を無駄にしない為にも、ゼレーニンは決断しなければならない。

 

やがて石畳が砕かれ、巨大な情報集積体が出現する。

 

引き取ると、ゼレーニンは調査班と共に、急いで方舟に戻る。

 

あと二つ。

 

強大だと分かりきっている悪魔を撃退しつつ。

 

情報集積体を回収しなければ、此処の主たる大母には、手が届くことはない。




明確な力不足になっている天使パワー達。

ゼレーニンは苦悩します。

サクナヒメに助けられた事で、決定的に何かが変わりつつあるのは分かっているのです。

一度大人になってしまうと、思考の根幹を変えるのはとても大変で。

それは学者になれるほどの知恵を持つゼレーニンでも同じ事なのです。
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