重傷を受けた機動班クルーが、医療室に運ばれて行く。やはりかなり手酷い重傷を受けているクルーが多く、すぐに一線級のクルーで動かせない者が出ていた。ブレアは左半身の肋骨をグチャグチャに潰され。ウルフは右足を粉砕骨折していた。他にもすぐに来た医療班が、ポリマーでデモニカを応急処置し、運んでいくクルーは多い。唯野仁成やヒメネスは比較的無傷だが、それでも手傷はかなり酷かった。
メイビーが、エジプト神話の女神らしい悪魔を使って、周囲に広域回復を掛け続けている。
ウロボロスが全力での制圧魔術をぶっ放した直後から、ずっとそうしていたらしい。
そうしなければ、恐らく死者が出ていたし。重傷者はもっと酷い傷を受けていただろうと、現場に駆けつけた医療班チーフのゾイに言われた。
すぐに方舟に戻る。サクナヒメは、さっきの全力での神剣の一撃で力を使い果たした様子で、ぐったりしたまま後から駆けつけた機動班クルーに運ばれて行く。ライドウ氏もケンシロウも、無傷とはとうていいかないようだった。
天使も鬼神も、最後まで介入してこなかった。それだけは救いだが。本当にこの空間の支配者には興味が無かったんだなと、唯野仁成は少し呆れてしまった。
ゼレーニンが来る。
そして、ウロボロスの残骸から。今まで「電池」として回収していた情報集積体よりも、更に桁外れに巨大なロゼッタを回収していた。
流石に「大母」のロゼッタだ。
ストーム1が来た。周囲を守るので、戻るようにと声を掛けて来る。あの最終局面における方舟による狙撃は正太郎長官によるものだが。その時にも、再生が速い箇所をストーム1が撃ち抜いていたことは、ログを見て知っている。
あれだけの状況でも冷静さを崩さない。流石ワンマンアーミー。安心して此処を任せられる。
医務室に入ると、デモニカを脱いで。治療を頼む。周囲は地獄絵図だが、医療班クルーは皆冷静で、着実に治療をしてくれていた。
重傷者は出ているが、致命的な傷を受けている者はいないと言う。ただ、やはりしばらく動けないクルーもいるそうだ。特にウルフは、精密検査をしてみたところ、複雑骨折の様子が思わしくないらしい。
此処の医療設備は、何処の大学病院でも舌を巻くほどのもので。クルーの腕前も、何処の病院でもエースを張れる程のものだが。それでも、当面は動かせないそうだ。
またメイビーも、左腕が完全に折れている状態でずっと前線にいたらしく。ゾイが珍しく静かに怒り狂って叱っていた。元々メイビーは医療班の出だ。無理が何を呼ぶか、知っているのにとった行動。まあゾイが怒るのも、無理はないと言える。
なお、医療室ではメイビーが召喚した悪魔数体が、ずっと回復の魔術をかけ続けてくれている。
それで痛みなどはかなり楽になっているが。
それでも医療班の負担がなくなるわけではない。魔術は万能では無い。それは、悪魔を使うようになってから、唯野仁成も思い知らされた。
やがて、クルーや物資の回収が完了したらしい。方舟は一旦プラズマバリアで船を守り、穴熊に入ると言う。
それはそうだ。今回の戦いでは、スペシャル達ですら負傷した。サクナヒメは消耗しすぎて目をまだ覚ましていないし、ケンシロウやライドウ氏も軽傷を受けている。無事なのはストーム1だけ。一線級の機動班クルーは壊滅状態。
戦力が四半減している、と言う事だ。
春香の通信が入る。
「ウロボロスの撃退、皆様お疲れ様でした。 幾つか、報告をしなければなりません」
春香が通信をしてくると言う事は。
あまり良い内容では無いのだろうなと、唯野仁成は直感を覚えたが。その直感は当たった。
「まずバニシングポイントですが、ウロボロスが完全消滅した後、その柱の上空に出現しているのを確認しました。 巨大な空間の穴で、外に通じているのは確定です。 しかし……」
しかし、なんだ。
恐らくだが、問題があるという事なのだろう。
「バニシングポイントの内部に、空間的な壁があるのを確認しました。 最初にアントリアで方舟が脱出を試みた時に防いで来たものと、同等のものです。 ただし出力は桁外れ……恐らくですが、無闇に脱出を測れば、即座に方舟といえども粉々になってしまうでしょう」
そうか。やはり簡単に脱出はさせてくれないか。
それに、確か大母は複数いると言う話だ。
それならば、いずれにしてもどうせまだまだシュバルツバースには留まらなければならなかったのだ。
やむを得ないと言える。
「これから、アントリアからボーティーズ、カリーナ、デルファイナスにそれぞれ渡ったように。 バニシングポイント内部から、同じ高位次元にある別空間に移動する事になるかと思います。 回収した巨大なロゼッタに、その量子のゆらぎのパターンがありました」
複数いる大母の中でも、バニシングポイントを守っていたのと同等のがまだまだいるというわけだ。
これは愉快な話である。
処置が終わったと言うことで、唯野仁成は自室で寝ると言って医務室を後にする。後は自分の治癒能力でどうにか出来る。唯野仁成を気に入ってくれているアリスに回復も頼む。
医務室は可能な限り開けておいた方が良い。医療班の負担は減らしたい。
ヒメネスはもう医務室にいない。まあ、同じように考えたのだろう。ヒメネスの場合は、恐らくだが、弱みを見せたくなかったから、だろうが。
「ただ、希望もあります。 ウロボロスのロゼッタには、今までに無い桁外れの情報が詰まっていました。 これと同等のものが更に見つかれば……恐らくですが、このシュバルツバースを破壊する方法を、確実に発見できるかと思います」
通信が終わった。
春香の通信は気休めでは無い。メンタルケアを兼ねていて。更に脚本ありきのものである。
彼女がいるから、この地獄の航海でのメンタルケアが適切に行われ。クルーの負担も減っている。
感謝しなければならない相手だ。
自室に戻ると、アリスを召喚。傷を見せて、回復して貰う。アリスは嫌がる事もなく、回復の魔術を使ってくれた。最初だったら、こうはいかなかっただろう。信頼してくれているのだ。
一通り回復が済んだので、後でアイスを奢ることを約束して、PCに戻って貰う。
珍しく、PC内からイシュタルが話しかけて来た。
「勝ったには勝ったけれど、戦略的には大惨敗という所かしら?」
「ああ、残念ながらしばらく動けない」
「そう。 それならば嘆きの胎に出向くと良いかも知れないわよ」
「あの危険地帯にか」
イシュタルはくつくつと笑う。
唯野仁成は、無言で先を促す。
何でも四層は、そもそもデメテルが収監されていた階層。だが、其所にはおかしな事だらけだという。
「そもそもあのデメテルが、四層の実りを求めているのがおかしいのよ。 あの子だって囚人だったのよ?」
「そういえば、あの実力なら、実りをどうして落としたのかが分からないな」
「四層には囚人の代わりに、罠として看守が待ち構えているはず。 それに私があの赤黒の子だったら、戦力が落ちた状態で探索をすれば確実に仕掛けるわね」
「危機を好機に変えろと言う事か」
イシュタルはにんまりと笑う。
確かに一利ある。上層部に上申してみると告げると、イシュタルはPCの中で黙った。
嘆息すると、手を見る。
大母。今までの空間の支配者とは桁外れの相手だった。あんなのがまだまだいる。そう思うと、手が震える。
だが、臆してはいられないし。
何よりこの船には英雄達が乗っている。
一緒に戦えば、絶対に倒せる。そう信じて、唯野仁成は震えを握りつぶしていた。
(続)
エリダヌスでの決戦で、「大母」の一角を撃破した英雄達。
しかしその圧倒的な力は、今後への不安を感じさせるものでした。
不可解な事ばかりが起きているシュバルツバース。
深淵はまだ先です。
そして、ライドウは既に気付いているのですが。
此処は単純な「魔界」ではないのです。