見覚えがある、あの悪魔でした。
リベンジマッチが始まります。
ただし、相手側の……
デモニカのアップデートを終え、方舟から出る。デモニカを着ていなければ即死するような環境だ。今までもそうだったが、更に過酷な状況である。正直、緊張は周囲からも感じ取ることが出来た。
先行偵察中のドローンによると、建物の中も環境は気圧が12気圧に減っているくらいで、他は大して変わらないらしい。
それにしても、ピラミッドそのものだ。最初にサクナヒメが堂々と足を踏み入れる。罠があっても対応出来る自信があるからだろう。
続けて足を踏み入れる。
仮に時限制のトラップがあっても。それでもサクナヒメなら対応出来る。そう判断したからだ。
内部は明るい。
灯りがあると言うよりも、建物の内部全域が発光している。
見ると壁には無数の彫刻があり。そこからキャンドルの光のように、淡い光が漏れている。
床はいずれもが相当な強度の石畳であるらしい。
一旦、サクナヒメ班の全員がピラミッドに入ったところで。ケンシロウ班が追いついてくる。
いつものように調査班を連れている。
ゼレーニンが、すぐに何かしらの装置を組み立てて、周囲に電波中継器を撒きはじめる。ドローンでも電波中継器の散布はやっているのだが、悪魔の存在が確認されているところにはいけない。
ドローンを敵だと悪魔は認識していて、破壊されてしまうからだ。
軽装備のドローンはそれなりの数積んで来ている方舟だが。
プラントを動かして新しいドローンを作るのには相応に手間暇が掛かるし、修理だって簡単ではない。
結局ある程度は、人力に頼らなければならないのが悲しい現実である。
周囲を警戒したまま、調査班の作業を見守る。機動班クルーは、少し面子が代わってはいるが。
それでも手慣れた様子に代わりは無い。
一線級クルーがスペシャルと一緒に行動していた間、二線級クルーは方舟を守ったり、プラントを守ったり、偵察任務をしたりしていたし。
何より演習で鍛えてもいたし、更にはデモニカで経験が配布もされて並列化もされていたのだ。
唯野仁成は、アリスを召喚する。
魔術的なトラップなどが無いかを確認して貰うためだ。今の時点では、他にも悪魔が出ているから、良いだろうと思ったのだが。
此処で誰も脱出できない死の罠とか出てこられると大変な事になる。
早めに対応はした方が良い。
サクナヒメなら対応出来るというのは確信としてあるが。
それはそれとして。人間である唯野仁成の側からも、サクナヒメを支えなければならないだろう。
昔、サクナヒメが流刑されたときのように、だ。
アリスはしばらく周囲を見回していた。
ピラミッドの中は殆どスカスカで、巨大な空間になっている。
柱などは存在せず、物理的にどうしてこの巨大な建物が成立しているのかよく分からない状態だ。
大量の壁画も、よく見るとエジプト文明のような神々が描かれたものではない。
幾何学的な模様だったり。人間の様々な姿を模していたり。
正直見ていて、不思議な気分になってくる。此処は一体、どういう世界なのか。
「んー、危なそうな罠はないと思うけれど」
「分かった、戻ってくれ」
「それよりもっとまずそうなんだよねあの辺り」
アリスが指さした先を、そういえばサクナヒメも見ている。やばそうとはどういうことかと聞くが。
アリスは小首をかしげるばかりだった。
いずれにしても、入り口付近の安全確認などを済ませる。罠が発動して、いきなりエースチーム全滅なんて事は避けなければならないからだ。
しばらく様子見をして、悪魔が仕掛けてこないことを確認。
そういえば、このピラミッドみたいな建物。
悪魔がほとんどいない。その外も、である。
余程内部の守りに此処の大母は自信があるのか、それとも別の理由からか。いずれにしても、油断は一切出来ない。
エリダヌスでの大苦戦を思い出すと、何とか震えを押し殺さなければいけない状態なのである。
程なくして、ストーム1のチームが来たので交代。一旦方舟に戻る。
ライドウ氏はピラミッド周辺を見て回ってきた様子だが。他にはこれといったものは存在しなかったそうである。
休憩を貰ったので、少し休む。
ベッドで眠るかと思ったが、レクリエーションルームに顔を出す。ストーム1のチームで今入り口付近を調査しているヒメネスがいないので、ぼんやりと一人でコーヒーを飲む。
そういえばこのコーヒーも味が向上しているな。
全部を真田さんがやっているのかは分からないが。
少しは体を労ってほしいものである。
ぼんやりとしている内に、通信が入る。ケンシロウ班で調査作業を続けている、ゼレーニンからだった。
「唯野仁成、良いかしら」
「何か問題か」
「今、艦橋にも情報を送ったのだけれど。 何だか様子がおかしいわ。 何かにずっと見られているようなの」
「君らしくも無く直感的な言葉だな」
ゼレーニンによると、視線というものはあくまで主観的なもので、実際には誰も見ていなくても感じるものであるらしい。
勿論視線を実際に感じ、視線の主を当てて見せる者もいるが。
それは勘というよりも、五感によって監視している者の存在を察知し。何処にいるか特定している事が殆どだとか。
実際唯野仁成も、デモニカで戦闘経験を恐ろしい程積み、身体能力を積み上げて来たから、それは分かる。
ストーム1のように第六感を働かせているケースもあるが。
それはそれ、ということなのだろう。
「ケンシロウさんやストーム1さんも同じ事を言っているわ。 プリンセスにも来て貰った方が良いと思う」
「……分かった。 いずれにしても艦橋に話が行っているなら、ゴア隊長なら対策してくれるはずだ」
ゴア隊長も、デモニカの性能や強さについては理解している筈。
だったら、今のゼレーニンの言葉を繰り言と笑い飛ばすことは無いだろう。
すぐに指示が入り、休憩中だったクルーがぞろぞろと物資搬入口に。唯野仁成もその中に混じる。
サクナヒメが渋い顔をしていた。おにぎり休憩の時間だったのだろう。
いずれにしても、意気が上がらない中、再びピラミッドへ赴く。
そういえば、だ。
アリスが言っていた様に、なんか妙なものがあるのだとしたら。
あのピラミッド入り口の地形、敵を迎え撃つに最適のものだ。確かに、何かがあってもおかしくはない。
無言でピラミッドに再侵入。
ケンシロウとストーム1が、何やら話し合いをしていた。
其所に、サクナヒメが加わる。
「奥の方の気配であろう。 何か仕掛けてくる様子があるのかのう」
「いや、今のところは」
「姫様……此方から仕掛けてみようと俺は思う」
ケンシロウがぼそぼそ言ったので、サクナヒメは頷いた後。調査班の作業が一段落した後で、と付け加え。
ケンシロウもそれに同意した。
まあ、当たり前の話だ。
そもそも調査班がしっかり周囲を調べて、罠が無い事を確認しないと、危なくて仕方が無い。
カリーナにあったオーカスのショッピングモールでさえ、あれほど内部は複雑に入り組み、要塞と言える造りだったのである。
大母の空間にあるこんな殺風景なピラミッド。
何があっても不思議では無いだろう。
調査班が作業を終えた後、一旦戻る。ケンシロウも護衛についていったので、サクナヒメとストーム1。唯野仁成とヒメネスが残る。他にも機動班クルーが10名ほど。本当なら二十名は来られるところだが。
まだ医務室にいるクルーは少なくないのだ。
サクナヒメが踏み出す。だが、殺気は強くなっている様子は無い。この殺気も、恐らく五感が何かしらの形で敵を察知しているものなのだろう。だが今では確実に感じる。ならば活用するだけだ。
ストーム1が無言で踏み出す。そして周囲を見回した後。
不意に、ライサンダーFを引き抜き。
そして発砲していた。
壁の一角が、それで崩れる。崩れた壁の間から、ぬっと巨大な手が出て来て、崩れた壁を押しのける。
その姿には、見覚えがある。
それはそうだ。
セクターアントリアで、最初に戦った空間の支配者であり。そしてヒメネスが今は行使している存在。
牛頭の巨大な人型悪魔。
手に杖を持ち。その巨大な黒々とした姿には、尋常では無い殺気が宿っていた。
「ふむ、奇襲を許してはくれないか……」
「モラクス!」
「言ったであろう。 必ず戻ってくるとな……!」
モラクスは、凄まじい殺気を放っている。これは、最初から油断など絶対にしてくれそうに無い。
更に、だ。ようやくデモニカのOSが警告を発してきた。
「強力な悪魔の存在を検知。 注意してください」
「今更だな……」
「いや、その偽りの霊は正しい。 今のこの姿の儂はお前達の敵にはもはやなりえないだろう。 だが!」
モラクスの全身が、凄まじい勢いで膨れあがる。肉が大量に、爆ぜ割れるようにして吹き散らされていた。
即座にアナーヒターを始め、他のクルーの悪魔も氷の壁を展開して肉の塊を防ぐ。
この間の、精密に狙撃をしてくる大量の蛆虫のこともある。
皆、不安が大きいのだろう。あんな肉であっても、絶対に近付かせないという強い意思を感じる。
それで、肉を内側から吹き飛ばしたモラクスは。
何だか原型が分からない、凄まじい力を渦巻かせながら。煌々と目だけを光らせて、更に膨れあがっていく。
「くくくくっ! 今度は油断もしない! 何よりも、この空間にいる限り我等には無限の生が存在している! 何しろ大母が幾らでも産み直してくれるからだ!」
勿論、変身完了を待つほど皆優しくない。
即座にストーム1がライサンダーFをたたき込み。それを嚆矢に、皆が悪魔に指示。攻撃魔術を叩き込ませる。
モラクスはダメージを受けていない、と言う事はなさそうだが。
やがて、高笑いしながら。黒い霧のように纏わり付いていた魔力を吹っ飛ばして、その姿を露わにしていた。
それは、巨大な釣り鐘のように見えた。
釣り鐘の各所には穴が開いており、其所からは青い高熱の炎が噴き上がっている。
それだけじゃない。
モラクスだったものは、原形を留めているのは牛頭の部分くらい。その部分さえも、金属製になっているようだった。
「そして見よ! これが一神教によって貶められる前の我が姿! 荒々しき原初の炎にて、。生け贄を炎に投じるもの! その代わりに人間に炎の力を約束し、豊穣と戦勝をもたらす者! 我の名は、魔王モロク!」
どん、と。熱波が周囲に拡がった。衝撃波を伴ったそれは、周囲のクルー達を明らかにたじろがせた。
二人、動じていない。
勿論、ストーム1とサクナヒメだ。
サクナヒメは体勢を低くすると、ストーム1と目配せする。
能力を暴くために、仕掛けてくれるというわけだろう。唯野仁成も、それに甘えてばかりではいけない。
すぐに支給されたばかりのライサンダー2を構え。
モロクが吠え猛ると同時に、仕掛けた。
ストーム1がライサンダーFを再びぶっ放し、弾丸が顔面に。がつんと音がして、弾丸がモロクの顔面に食い込むが。爆発後も、鋼鉄の鐘と化したモロクは平然とそれに耐え抜き。
せり上がるように、煙を吹っ飛ばして、こっちに突入してこようとした。
どう見ても炎の魔術は効きそうに無い。相手の全身がガチガチだとすると、近代兵器も効果が薄いか。
だが、その考えを吹き飛ばすように。
モロクの顔面に、サクナヒメが蹴りを叩き込む。
その結果、拉げた顔が更に凹み、反撃に振るわれたモロクの太い腕が、サクナヒメの残像を抉る。
モロクはいつの間にか腕も四本に増えていた。
サクナヒメが着地しつつ、頷く。
「硬いが、炎以外の攻撃は通じるとみた。 皆、攻撃を続行せよ!」
「イエッサ!」
「笑止! 前の儂とは力が根本的に違うぞ!」
モロクは、顔につけられた傷など気にする様子も無く、殆ど詠唱も無くピラミッド内を焼き尽くす勢いで大火力の炎の渦をぶっ放してきた。
だが、その炎の渦を、多数の悪魔が展開した氷の壁が防ぎ抜き。
更に、サクナヒメは剣を振るって、炎の渦を吹き飛ばしさえした。
サクナヒメは槌に持ち替える。
あの鉄の塊が相手では、剣よりも槌の方が効果が高そうだと判断したのだろう。まあ妥当だと思う。
唯野仁成は、早速召喚する。ティターンから生まれ変わったばかりの神格、イアペトスを、である。
イアペトスはモロクを見て目を細めた後、巨大な槍を手に、前に出る。
また、ヒメネスのモラクスも、前に出た。炎に対して、壁になるという考えなのだろう。
四本の手に火球を作り出したモロクは、それを滅多打ちに乱射してくる。
槍を振るって、悉くを迎撃し始めるイアペトス。更に、迎撃し損ねた分を喰らっても、特にダメージを受けている様子は無い。流石は鍛冶の神か。
モラクスは元々炎に極端に強い。
真の姿に変わったとはいえ、モロクの炎を耐え抜いている。モロクはにっと笑うと。四つの手を、胸の前でそれぞれ二対組み合わせ。
接近するサクナヒメには、炎の吐息を放って遠ざけ。
ストーム1の狙撃はそのまま無言で受ける。
アリスが、まずいと警告してくる。
唯野仁成も、それは感じた。
ヒメネスと目配せすると、前線に躍り出る。一気に、モロクとの距離を詰める。モロクは、四本の手を離すと。
頭上に、とんでも無く巨大な火球を出現させていた。
手を振るうと、それがまさしく隕石のように降り注ぐ。ヒメネスと一緒に。最前線に飛び出し、囮となる。一つ、火球を斬り伏せたが、凄まじい圧力だ。一発一発が尋常ではない火力である。
二人、息を合わせてモロクに斬り付ける。ヒメネスも剣については散々学んでいたのだ。
だが、弾かれるだけ。
モロクが鬱陶しそうに手で払ってくるが、それが狙い。
死角に潜り込んでいたサクナヒメが、大上段からの一撃で、モロクの毛むくじゃらな腕を一本、叩き落としていた。鮮血が噴き出し、周囲を朱に染める。
「ぬ、おおおおっ!」
「まずは一本……」
「おのれええっ!」
大きく息を吸い込み始めるモロク。さっきサクナヒメに浴びせた、炎の吐息をこの空間全域にぶちまけるつもりか。
だが、やらせはしない。
アリスとアナーヒターが、息を合わせてモロクの頭上から雷撃を叩き込む。
更に、ストーム1が立て続けに、さっきから弾丸を浴びせている箇所に、ピンホールショットを決め。
其所へ追撃とばかりに、イシュタルが風を纏った拳を叩き込んでいた。
ぐらりと揺れるモロク。
アサルトを浴びせながら、その至近を移動しつつ、唯野仁成は指示を出す。躍り出てきたイアペトス。
そして、地面から不意に出現し、モロクの体を掴む巨大な顔の魔王。
ヒメネスのアバドンである。
モロクは倒れそうになる所を、何とか物理法則を無視した動きで立ち上がろうとする。更に、無理矢理ブレスをぶっ放していた。
辺りが灼熱に包まれる中、唯野仁成は見る。
モロクが、他の悪魔を振り切れず。更に一発ストーム1の狙撃を喰らうのを。今こそ、好機だ。
突貫。ライサンダー2を引き抜く。炎によるデモニカへのダメージは深刻だが、そんなものは今は無視。
走りながら、照準を合わせる。
モロクは体勢を立て直そうとして、驚愕する。
何とか手を振るって、唯野仁成に炎を放とうとするが。その頭を、サクナヒメがフルスイングの槌で上から叩き潰していた。
ぐぎゃっと、悲鳴が上がる中。
唯野仁成は突進しつつ、一射を放つ。
吸い込まれるように、着弾するのが見えた。
それは、散々モロクの顔面にピンホールショットを入れていたストーム1がつけた傷に、見事に突き刺さる。
更に、意図を汲んだサクナヒメが、刺さっている弾丸をモロクの体内に蹴り込む。
完全に装甲を抜けた。モロクの体内で、弾丸が高速で反響し、滅茶苦茶に傷つけたのは一目で分かった。
絶叫するモロクに、氷の魔術が大量に浴びせかけられる。全身に罅が入っていくのが見えた。
其所にとどめとばかりに、ストーム1が一射を。更に、息を合わせてサクナヒメが槌での更なる頭部への一撃を。
ヒメネスと息を合わせて、唯野仁成も射撃を叩き込む。
凍りつきながらも、それでも無理矢理全身から炎を噴き出そうとするモロクだが。其所に突貫したのはモラクスである。
毛むくじゃらの拳が振るわれ。モロクの顔面に突き刺さっていた。
それが、多数の攻撃を浴び続けたモロクにとって、致命傷になった。
炎が、消えたのが分かった。
今まで必死に体勢を立て直し続けていたモロクが、後ろに倒れる。そして、恨み事を述べ始める。
「お、おのれ。 この空間に来たのだ、前より強くなっているだろうとは思ったが、まさかこれほどとは……」
「もう奇襲も必要なかったようだな」
ヒメネスが煽る。悔しそうに、モロクが呻いた。以前とは性格が違っている。貶められた姿から戻って、誇りを取り戻したのだろうか。
いや、違った。やはり、根は変わっていない。
「どうせ貴様らは大母には勝てぬ。 この世界の大母は、産み直しの大母だ。 貶められた神格を、本来の神格に作り直してくれる。 俺だけでは無いぞ。 昔とは比較にならぬ強さで、貴様らを皆が襲う! 覚悟しろ! 震えて待つが良いわ!」
「……」
モラクスも、サクナヒメも。モロクを哀れみの目で見ている。
その意味を、恐らく理解出来なかったのだろう。悔しそうに、怨嗟の声を上げながら。モロクは消滅していき。
後には、情報集積体と、大量のマッカが残っていた。
一旦モロクの情報集積体を持って方舟に戻る。
ブレスを散々浴びて、デモニカのダメージが深刻だった、という事もある。何より、報告が必要だとストーム1が判断したからだ。
モラクスは確かに一度殺したくらいで勝ったと思うなと言うような事を言っていた。
だが、まさか戻って来た上に強化されているとは。
この空間の大母は、本当に産みなおしとやらが出来るのだとなると。
その脅威は、ウロボロス以上かも知れない。
モラクスが出たのだ。ミトラスやオーカス、アスラが出ても不思議では無い。
いずれにしても、とてもではないが手など抜ける相手では無いのもまた、事実だった。
首脳部が艦橋で話をしている間。唯野仁成はデモニカを調査班に預けて、オーバーホールをして貰う。
あのモロクを相手に至近から戦闘を挑んだのだ。
散々炎を浴びていて、デモニカにどんな機能不全が起きていても不思議では無い。更に、ログを後で確認した所、モロクの至近では温度が四百度を超えていた。金星並みの環境である。
デモニカの耐久性に感心はするが。
それでも絶対は無いし、無理はさせられない。
久々に軍服に着替えて、レクリエーションルームで休む。いきなり空間のボスクラスが出現したのである。
更に、それが後最低でも四体。うち一体は更に桁外れ。
これは明らかに、その最後の一体は大母とやらであろうし。これから先、フォルナクスの攻略の厳しさが容易に伺える。
しばらくぼんやりしている。そういえば。こうやってぼんやりしている事って、あまり経験が無いな。
唯野仁成は母子家庭の出身だが、学費を稼ぐためにバイトはしたし。好成績を取って奨学金も得て、最終的には防衛大に入った。
その後は自衛隊の幹部コースに乗ったが。同時に、国際再建機構が、有名無実化した国連や各地でテロ相手に手を焼く米軍よりも鮮やかに紛争を解決していくのを見て。其方に移りたいと思った。
自衛隊の方でも、近年流行りの人材軽視の風潮は代わらず。第一空挺団に所属していた唯野仁成が、国際再建機構に移籍しても何も言うことは無かった。機密などの漏洩を避けるように文書は書かされたが、それだけだ。
妹も、唯野仁成が国際再建機構に入ったのを見て、思うところがあったのだろう。
元々頭は良かったのだ。一念発起して、勉強を開始。
学費は唯野仁成が出した。
唯野仁成は国際再建機構でも実績を上げて、すぐに給金をたくさん貰えるようになったから、妹は学費に困らず済んだ。奨学金の返済も終わっていた。
程なくして、妹は国際再建機構に直に就職。
それから殆ど時を置かずに、この人と結婚すると、米国籍の学者を連れて来たのだった。
その時には既に母はこの世にいなかった。正直な話、あまり他人に誇れる母ではなかったから、その方が良かったのかも知れない。
妹に婚約者も出来た。ろくでもない世の中だが、国際再建機構の手腕は確かで。各地の紛争を確実に解決もしてくれる。
此処でなら、全力を発揮できる。
そう思った唯野仁成は。己の全てを賭けて、水を得た魚のように活躍を続けたものだ。
本当に、そうか。
不意に変な声が割り込んでくる。
頭を振って、周囲を見る。視界が定まらない中。それだけはやたらくっきりと見えていた。
光の線だ。誘導するように、外に続いている。
またあのさいふぁーとやらの悪戯か。改良は重ねている筈なのに、どうして方舟に入れるのやら。
無視すると、光の線から直に声がした。
「少しばかり分かってきた事があります、唯野仁成」
「堕天使さいふぁーか。 どうしてこんな姿で現れた」
「ああ、この方舟のセキュリティがいよいよ侵入不可能なレベルになったのですよ。 それで声だけ届けています」
「そうか」
呆れたが、それでもまあ良いだろう。兎も角話だけは聞いてやる。
さいふぁーは相変わらず、突拍子も無い事を言う。
「この世界、おかしいと感じません?」
「事実は小説より奇なり。 昔からある言葉だ」
「ふふ、博識ですね。 あーおほんおほん。 では貴方が、もしも国際再建機構に所属しておらず。 それでシュバルツバースが出現したとしたら?」
「!」
そんな事になったら、さぞや大変だっただろう。
例えば真田さんが国際再建機構で辣腕を振るったから、この方舟が完成した。この方舟のおかげで、どれだけのクルーが命を拾ったか分からない。
そもそも最初は、四隻の次世代揚陸艦で突入する計画だったと聞いている。もしそれを実施していたら。アントリアの段階で、どれだけの被害が出ていたか想像も出来ない。
いや、まて。何だか妙な感触だ。
何か、パズルのピースが組み合わさっていくような。
「この世界が、がん細胞を排除しようとしてシュバルツバースを出現させた。 それを真とする。 だが、そもそもこの世界は、あまりにも過敏にシュバルツバースを出現させている。 例えば君達でももう知っているように、五万年ほど前にもシュバルツバースが、この地球の環境を一度文明発生前に初期化している。 それは、本当に正しい星の活動なのか」
「地球に意思があるとして、何を考えているかなんか俺には分からない」
「その考え方は謙虚でよろしい。 しかしながら今君は、既に充分な力を持っているから、当事者なのだ。 だからこう言うときは謙虚ではいけない。 もしも、星が問題を解決するために、更なる手を打っていたら?」
「……それが、ライドウ氏やサクナヒメの到来か?」
さいふぁーは無言。つまり、肯定しているようなものだ。
それに、そもそも戦後の混乱期を抜けた後、設立された国際再建機構そのものが奇跡的なものだったとも聞いている。
金田正太郎という鉄人28号を駆った生ける伝説が設立したこの組織は、以降どんどん実績を上げ巨大化し。各地の紛争や問題、独裁国家や邪悪な企業を叩き潰してきた。しかしこんなに上手く行っている国際調停組織は普通存在し得ないとも言える。歴史上は、少なくとも国際再建機構が初の筈だ。
それすらも、星の打った手によるものなのか。
不意に、意識が戻る。もうさいふぁーはいない。首を振ると、唯野仁成は手を見る。疲れているのだと分かった。
だが同時に、今のが幻覚だとも思えない。
少し考えた後、真田さんに連絡を入れる。デモニカを着ていなくても、連絡を取る手段はある。
さいふぁーが妙なアクセスをして来たことを聞いて、真田さんはやはりなと呟いた。多分、散々侵入されたから、対策をしたのだろう。この人なら、ついに対策を完成させてもおかしくない。更に、無理矢理アクセスをして来たのなら、それを察知しても。
そして、可能性世界や。地球が打った手の話をすると。不意に黙り込んだ。
何か、思い当たる節があるのか。だが、真田さんは答えてくれなかった。次の任務に注力するように。今はまだ、確信を持って答えられない。それが、真田さんの寄越した、どうにも普段の真田さんらしくもない、曖昧な答えだった。
唯野仁成は一兵卒だ。言われた通りに働く。
デモニカが戻って来て、着込んでいると辞令を受け取る。
これから、偵察任務などに限り、小隊の部隊長として働いて貰う。同じように、ヒメネスも部隊長に昇格とする。
そして、この部隊は、最前線ではない限り独立行動を許される、ともある。
ついに、挙がっていた部隊設立の話が来たか。だが、嬉しいとは感じなかった。
何だか嫌な予感がしてならない。今後は幹部としての責任が求められると同時に、何か嫌なものを見るような気がしてならなかった。