見せつけられるのは、人の業の究極でした……
モロクを倒した後、フォルナクスの探索を進める。モロクは広い場所で戦えたから、スペシャル二人を同時にぶつけて、それほど苦労せずに倒す事が出来た。それが首脳部の考えだったらしい。
だが問題はすぐに来た。
ピラミッドの地下に潜り込んだ所、内部が想像を絶する複雑な迷宮になっている事が分かったのである。
最低でも地下六階はある。
それも、地下の方が地上部分よりも遙かに広い。
更に言えば、入り口から三叉に別れていて。以降地下部分が合流している様子も無い。
この辺りは、調査班が色々調べた結果。電波測定などで分かった事だった。
いずれにしても、入り口から地下一階に入る階段は三つあり。その先にそれぞれ強力な悪魔の気配が存在している。恐らくは最深部に、だ。
そしてこの地下一階から、多数の悪魔の出現も確認された。
それも、明らかにエリダヌスにいた悪魔より格上の者ばかりだ。危険な能力を持つ悪魔も多数いるのがはっきりしている。
唯野仁成は、ヒメネスと一緒に艦橋に呼ばれる。ゼレーニンも来ていた。
スペシャルは全員揃っている。
これから、こういう会議に参加する、と言う事だ。
ウィリアムズという、褐色の肌を持つアジア系米国人の女性クルーが来た。時々会議などで資料を整理しているのは見た事がある。
艦橋の要員の一人で、今までは殆ど縁がない相手だったが。
今後はそうも言っていられなくなるだろう。スペシャル達の補欠くらいの扱いではあるが、部隊を任される事になったのだ。
仲良くやっていかなければならない。
「調査によると、このフォルナクスの地下部分の広さは、エリダヌスの庭園部分の十倍に達することが分かっています。 迷路そのものも複雑で、電波や重力子などあらゆる手段で探索を試みましたが、地下二階程度までしか詳細を確認できず、更にそれぞれ三つの迷宮が完全に構造的に分離しています」
「一箇所ずつ調査するのが良いのだろうが、どれだけ時間が掛かるか分からないな」
「そこで、今回から部隊長を任せる唯野仁成隊員と、ヒメネス隊員に期待する」
ゴア隊長がデータを出す。モロクの戦闘データである。
それによると、モロクの実力はスペシャル一人でどうにか対応出来るレベルだが、かなりギリギリであったらしい。
つまるところ、プラスアルファがほしい。
そこで、戦力を分ける。
本来敵地で戦力を分散するのは好ましい行動では無いのだが。そもそもこのフォルナクスの地下迷宮。大戦力を投入しても混乱するだけの場所だ。少数精鋭を募って行くしか無い。
危険性も当然跳ね上がる。だが、最小限の戦力でどうにか突破するには、これしかないとゴア隊長は言う。
「姫様、唯野仁成と組んでください」
「うむ」
「ストーム1はヒメネスとだ」
「ああ」
ストーム1は頷く。サクナヒメも異存は無さそうだ。
更にケンシロウが方舟に残り。ライドウ氏が調査班を連れ、2チームの探索した場所を後から調べる。
これで、三つある迷宮の内二つを同時に調べる事が出来るが。
しかしながら、それはスペシャル達が分断されることを意味する。敵は手ぐすね引いて待っていれば良いのである。
かなり困難なミッションだと言えるだろう。
分かっているが、どの世界でも楽に攻略はさせてもらえない。
エリダヌスも厳しかったが、此処も相当だ。唯野仁成はげんなりしたが、それでもやらなければならないだろう。
不意に、しかしながら水が差される。
発言したのはアーサーだった。
「お待ちください。 解決を優先すべき問題が発生しました」
「どういうことだ」
「ライトニング号がおかしな事をしています。 どうやらスキップドライブを独自の空間に行った後、其所を占拠して何かしていたらしいことは分かっているのですが。 無視出来ない重力子反応を検出しました」
「詳しく話して欲しい」
アーサーによると。ライトニングはどうやら、何か良く分からない空間で、大規模な悪魔に関する何かをしているらしい。
悪魔召喚プログラムを大規模に使っているときに放出される重力子が検出されたと言う事で。
それも、各世界のボスクラスか、それ以上の悪魔を量産している雰囲気だという。
「其方の調査を優先すべきと提案します」
「元々このフォルナクスの地下迷宮は生半可な覚悟で探索は出来まい。 確かにアーサーが言う通り、不可解な動きをしているジャック部隊を調査するのが良いとは俺も思う」
ストーム1はそう言うが。
実際には、好機だから潰したいのだろう。
残念ながら方舟は一つしか無い。
そして現在、方舟の支援無しに別の空間にて活動するのはリスクが大きすぎる。やむを得ない話だ。
正太郎長官が咳払い。この人は、もっとも重要な所で後見人をしてくれる。
だから、皆が視線を集める。
「ライトニングは明らかに良くない目的でこのシュバルツバースに入り込んで来ているのが確実だ。 少なくとも目的を押さえ、場合によっては鎮圧を視野に入れなければならないだろうな」
「……分かりました。 その通りでしょう」
大きく嘆息するゴア隊長。
恐らくだが。こんな所でまで、人間同士の殺し合いはしたくはなかったのだろう。
この先は、人間同士の殺し合いに発展する可能性が非常に大きい。ジャック部隊が、無抵抗で監査を受け入れるとは思えないからだ。
戦力が此方の12%程度だとしても、悪魔合体で強大な悪魔を作り出せば話だって代わってくる。
更に率いているのが狡猾だという話のジャックである事を考えると(どうにも妙な点が目立つが)。看過は出来なかった。
すぐにプラントの回収が行われる。全クルーの搭乗を確認し次第、方舟はスキップドライブを開始する。
情報集積体がまだ足りないが、少なくともフォルナクスから別の空間に行く事は難しくはない。
更には、ジャック部隊はやりたい放題に重力子をばらまいているので、居場所もすぐに分かる。
到着もあっと言う間だ。一旦、その空間に着陸。マクリアリーが、周囲を確認してくれる。
「これは……目立って狭い世界ですね。 映像を回します」
「何だこれは……」
誰もがぼやく。
まあそれもそうだ。周囲は何というか、アントリアの前半部のような洞窟になっている。環境も、デモニカ無しで人間がギリギリ生きていけるレベル。
この空間は、ロゼッタがあるのだろうか。
ちょっとそれすら分からない程、目に見えて狭い。そしてライトニングが停泊しており、側には大きな工場が作られていた。
ゴア隊長は渋面を作っていた。嫌な予感しかしないのだろう。唯野仁成もそれは同じである。
「アーサー、まずは呼びかけをしてくれ」
「分かりました。 ライトニング、応答してください。 此方はレインボウノア。 この空間で、悪魔合体を大規模に行っている重力子を検出しました。 何をしているか答えてください。 答えない場合は、鎮圧も視野に入れて行動します」
アーサーの発言にしては高圧的だが。
正直な話、ジャックのような輩につけいる隙を作ることは許されない。
だからこれくらいでいいのである。
しばしして、通信の返答がある。ライトニングに搭載されているAIからの応答のようだった。
「此方ライトニング。 本艦は現在、発見したこの主無き空間にて、実験を行っている最中です」
「実験とは具体的に何か回答してください」
「シュバルツバースで捕獲した悪魔を合体させ、強大な悪魔を作り出し、シュバルツバースの悪魔に対抗しうる存在を作り出す実験です」
何を馬鹿な。
思わず唯野仁成はぼやいていた。
確かにこのままシュバルツバースが拡がれば、恐らくモラクスやミトラスのような連中が、シュバルツバースを出て人間に襲いかかるだろう。想像を絶する被害が確定で出る。
だが、そんな悪魔に対抗する手段を作るよりも先に。
まずはシュバルツバースを潰すなり、どうにかするべきだ。
そんな事は別に唯野仁成でも分かる。まさかビジネスというのはこれのことなのか。
シュバルツバースの悪魔を怖れた金持ち達に売りつけるための、ボディーガードの作成。
更にはこの問題が解決しようがしまいが使える、生物兵器の製造。
いずれにしても、シュバルツバースが拡がり続ければ、一年と地球がもたないかも知れない状況でやることではない。
愚かしすぎる。社会の上層にいる人間は頭も良くて能力も高いなどと言う言説が、ただの阿呆の寝言である事がよく分かる。
「その実験は不毛な上に無意味です。 すぐに止めなさい」
「此方は貴方方に迷惑を掛けるつもりはありません」
通信が切られる。苦虫を噛み潰すように、ゴア隊長がぼやくのが聞こえた。
これはアーサーの提案を聞いておいて正解だったな、と。
すぐに物資搬入口を開ける。
三班が編制されている。ライドウ氏以外のスペシャル達だ。これに加えて、唯野仁成とヒメネスは行動のグリーンライトを貰った。こういうイレギュラー任務で、いきなり小隊を率いるのは難しいと判断されたのだ。
即座に突入開始。これは鎮圧をせざるを得ない。はっきり言って、今までの挑発的行為だけでは話は済まされない。もはや、ジャック部隊は完全な害悪と化した。
しかも実験を放置しておけば、ジャック部隊は方舟を後ろから撃とうとするかも知れない。
鎮圧は、やむを得ない事だった。ゴア隊長以外でも、同じ判断をするだろう。
「可能な限り殺すな」
そんな指示が出たが、相手は近代兵器で武装している。しかもそれだけではなかった。
基地に近付くと、わんさか悪魔が姿を見せる。しかもどいつもこいつも、様子がおかしい。
体が崩れている者が多数存在している
まるでこれは。悪魔召喚プログラムという結果が分かっているシステムを使っているのでは無く。ただ総当たりで、悪魔を合成して結果を見ているかのようだ。
うめき声を上げながら、迫ってくる悪魔達。
この空間で捕獲されたのか。それともエリダヌスで捕獲された者なのかは分からない。いずれにしても無茶苦茶に悪魔合体した結果なのは、誰が見ても明らかだ。
悪魔達は怨嗟の声を上げながら迫ってくる。
「人間、我等が何をした……」
「お前達に何もしていない……」
「どうしてこのような事をする……」
「体を返せ……」
怯む者も多い。
今までの悪魔は、敵意と殺意を剥き出しに向かってきた。だが、今現れている悪魔は、どう見ても違う。
アントリアなどにも人間に敵意を示さない悪魔は多かったが。そういう連中を捕獲して、無茶苦茶に体を弄った。それが一目で分かる。
無言で唯野仁成は前に出ると、戦えないでいる者達の代わりに、アサルトをぶっ放して敵を殺す。
いや。犠牲者を楽にしてやる。
これではもはや助かるまい。ヒメネスは無言で剣を抜くと(悩んだ末に、大剣にしたようだ)、右に左に切り裂く。
召喚された悪魔達さえ、この崩れた悪魔と戦うのは躊躇っているのだ。誰かがやるしかない。
進み出たサクナヒメが、剣を一閃。
それだけで、まるではじけ飛ぶようにして悪魔の群れが消し飛んでいた。サクナヒメの顔が見られない。
本気で怒っているのは確定だ。
武神の怒りがどれほど凄まじいものか、気配だけで唯野仁成にも分かる。
これは、あのミトラスと同レベルの凶行だ。
奴の事を、人間は何も言えない。歴史的に見て、確かに奴と同レベルかそれ以上の凶行を人間は働いてきた。そもそもミトラスは、そんな人間から学習したのだ。
だが、その現実をまたこうやって目の前で見せられると。
凄まじい怒りに、臓腑が焼き付きそうである。
ストーム1も、ケンシロウも、無言で敵の群れを蹴散らしていく。二人とも、完全にキレているのが、顔を見なくても分かる程だ。
やがて工場の周囲は制圧。
ロキに大火力の魔術を指示しようとするヒメネスを唯野仁成は止める。
「ヒトナリ、止めるな、止めるなよ……!」
「証拠を押さえる必要がある。 財団の指示で来ているなら、財団にとどめを刺せる」
「そんなに冷静でどうしていられる!」
「冷静なわけがないだろう!」
ヒメネスに怒鳴り返して、それから気まずい沈黙が流れた。
ヒメネスが先にすまんといい。唯野仁成も、それに答えて謝る。
困惑しているクルー達に先んじて、唯野仁成が内部に。内部には、待ち伏せしている悪魔はいなかった。
ただ、大量の硝子シリンダが配置されていて。
中には崩れた悪魔が大量に詰まっていた。
それだけじゃあない。
「調査班を連れてくる」
ケンシロウがそれだけ言い残して戻る。その間に、ストーム1はライトニングを抑えに出向く。
ヒメネスは、此処に残りたいようだ。
今のヒメネスを一人で放置は出来ない。唯野仁成も、周囲を見て回る。サクナヒメが、舌打ちしていた。
「この気配は、悪魔だけではないぞ」
「姫様も気付きましたか」
「……ああ。 人間の業は嫌になる程見てきたが、これはその中でも最上級のものだな」
唯野仁成にも分かる。
此処にいる悪魔は、殆どが人間と合成されている。しかも、である。悪魔合体プログラムを利用して合成している様子だ。
彼方此方に、大がかりな装置がある。どうみても、悪魔合体を行う装置である。
恐らく重力子はこれから出ていたのだ。プラントで基礎部分の構築は行い、こう言う装置はライトニングから持ち込んだのだろう。
現地で隊員を使って実験したのだろうか。
いや、そうは思えない。
財団には黒い噂がいくらでもある。これらのおぞましい実験結果は、外から持ち込まれた可能性が極めて高い。
吐いている隊員がいる。勿論デモニカの中に吐いてしまうので、後処理が最悪になるが。それを責められない。
吐いている隊員だって、歴戦の戦士なのだ。少なくとも、この地獄のシュバルツバースで鍛え抜かれてきた一線級のクルーだ。
それなのに、吐き戻すのは避けられない。
それほど、悪魔と人間を無理矢理融合させたこの工場の状態は、異常だとしか言えなかった。
「此方ストーム1。 ライトニングはプラズマバリアで身を守っている。 どうやらプラズマバリアだけに全出力をまわしている様子だ」
「此方アーサー。 確認しましたが、ライトニングはこの空間そのものからエネルギーを抽出しています」
「どういうことだ……?」
「空間の量子のゆらぎを利用して、空間の位相エネルギーをプラズマバリアのエネルギー源にしている様子です。 もしもプラズマバリアを無理矢理突破すれば、この小さな空間そのものが崩壊するでしょう」
舌打ちするストーム1。
そうなると、乗り込んでいって破壊はできない。
更に、周囲を回っていたクルー達が報告をしてくる。ライトニングのクルーらしき存在は見当たらないと。
「捕まえたら生きている事を後悔するくらいの目にあわせてやったんだがな……」
「ヒメネス、落ち着け。 どうも妙だ。 空間の位相エネルギーからのプラズマバリア強化なんて、何処の技術だ。 真田さんにも多分出来ないぞ。 何かある」
「分かっている! すまん、ちょっと今は冷静でいられそうにない」
「それは俺も同じだ」
唯野仁成は、周囲の犠牲者をみる。
悪魔だけでは無い。多分、悪魔合体に無理矢理使われたのは、途上国で簡単に手に入れられる人間だ。
すなわち途上国の貧困層の親に売り飛ばされた子供である。
財団の連中はもはや死すらも生ぬるいが。問題はそんな存在があることを許した、現在社会ではないのだろうか。
そもそも秩序陣営の悪魔が財団には関わっていたらしいが。
神とやらは何をしていた。
昼寝でもしていたというのか。今秩序陣営の親玉とやらが出て来たら、問答無用で鉛玉を叩き込む自信がある。
程なくして、ゼレーニンと調査班が来る。
周囲の安全は確認済みだ。すぐにPCにアクセスして、情報を抽出し始める。調査班の者達は更に状況が悪く、工場内部の硝子シリンダを見るだけで吐く者が続出していた。彼ら彼女らだって、シュバルツバースで鍛えられてきたはずなのに。
ゼレーニンが口を押さえている。データを抽出して、それをどんどん回収している様子だが。
はっきりいって、詳細は唯野仁成も知りたくもない。
「いたぞ!」
不意に声が響く。
工場の奥から引っ張り出されてきたのは、ジャックだ。ストーム1に話を聞かされてから、顔写真などを覚えた。間違いない。ジャック本人である。
ジャックは青ざめていて、既に死人のような顔色をしていた。ストーム1が話を聞かされたらしく、戻ってくる。
無言で即座にアサルトを引き抜いて、ジャックの頭を撃ち抜こうとするストーム1に、サクナヒメが叫ぶ。
「やめよストーム1!」
「……」
「此奴には吐かせることがあろう。 此奴の頭を叩き潰すのはその後じゃ」
「……そうだな」
ジャックを縛り上げる。サクナヒメが目を細める。どうも様子がおかしい。
離れろ。
サクナヒメが叫ぶのと、唯野仁成がアナーヒターを召喚するのは殆ど同時。アナーヒターがジャックを瞬間的に氷漬けにして、爆発の威力を押さえ込むのには成功したが。ストーム1は逃れたものの、ジャックを取り押さえていたクルー達は吹っ飛ばされ、意識を失っていた。
自爆しやがった。誰かが呟いたが、本当にそうか。サクナヒメが目を細めて、臭うと呟く。
「何もかもがおかしい。 真田や正太郎と話をした方が良かろう。 この工場のデータを全て回収するのにどれくらい後掛かる、ゼレーニンよ」
「後三時間ほど待ってください」
「そうか。 では三時間後に、この工場を粉々に爆破できる訳だな。 このような有様では、もはや亡骸も残るまい。 全て消し去ってやるのが慈悲というものだ」
言葉も無い。サクナヒメはそもそも、武神として多くの人間の業を見てきている。こんな物は、恐らく初めて見る訳では無いはずだ。
それでも此処まで怒るのは。サクナヒメが人間を諦めていないからに他ならない。
調査班が吐き気を堪えながら工場を探り、更に機動班も悪魔を展開して周囲を調べる。
アリスが小首をかしげた。
「おかしいなここ」
「そんなことは……」
「いや、そうじゃない。 何だか此処……最初から生きた人間が関わった雰囲気がしないんだよ。 いや、違う。 多分これを作ったのは生きた人間だけれど、此処で組み立てたのは違う気が……」
「何を訳わからねえ事ほざいていやがる」
ヒメネスの機嫌が悪いのを察しても、アリスは空気を読まない。
アリスは腕組みして、ずっと考え続けている。
少し気になったので、唯野仁成は他の悪魔も呼びだして、意見を聞いてみる。
悪趣味だとイシュタルは言う。娼婦の神たる彼女が言う程だ。まあその通りなので、何も言えない。
ただ、その後の言葉が、予想と違った。
「これ、恐らくだけれども人間が組み立てていないわよ」
「ああ、それは同感ね」
アナーヒターもそういう。どちらも高位の悪魔である。魔術に関する知識は、人間なんかとは比べものになるまい。
詳しく聞かせてほしいと唯野仁成が言うと、イシュタルは少し考え込む。
「アリスちゃんが言っていた通り。 ちょっと何とも言えないわね。 それにジャックとやらが、どうして此処に一人で放置されていたのかしら」
「それも不可解ではある。 そういえばジャックを差し出して良いとも、ライトニングは最初に接触したときに言っていたな」
「……嫌な感じがするわ。 桁外れの悪意の臭いよ」
桁外れの悪意か。
人間が作り出したものである事は確定として。こんなものを一体どうして誰が此処に作った。
更にシュバルツバースで、人間に敵対的でもない悪魔を捕獲して、更に実験をしていたというのなら。
それは文字通り、許しがたい行いだ。
ゼレーニンが頷く。データを全て回収し終えたらしい。全クルー、工場の外に出ると、黙祷する。
勿論此処で凶行のエジキにあった者達に対する黙祷である。
その後、サクナヒメが頷いて。全クルーが、手持ちの最強の悪魔を出す。そして、全火力を工場に叩き込み、消し去っていた。
工場は完全に消滅。
また、ストーム1がライトニングの周囲にC70爆弾を設置してきた。もしもライトニングから誰かが出て来たら、その時点で木っ端みじんに出来る。
その行為を、過剰だと誰も止めなかった。
一度方舟に残る。鎮圧作戦は、戦力差がある事もあってあっと言う間だったが。機動班クルーの何名か、調査班の何名かが、即座に医務室に呼ばれていた。
全員デモニカを通じて、PTSDが検知されていたらしい。ヒメネスも呼ばれた一人だ。まあ、無理もない。
戦場でも、此処まで非人道的な施設はそうそう見ない。
勿論歴史的に、こういった非人道的行為は幾らでも行われてきた。そんな事は分かっている。
だが、此処までの煮こごりは。正直、幾多の戦場を渡り歩いた唯野仁成でも冷静ではいられなかった。
一旦この空間から離れ、フォルナクスに戻る。ライトニングについては、話をするべき事がいくらでもある。
まずフォルナクスに戻った後、国際再建機構本部に連絡を入れる。
真田さんが既にその時には、回収したデータをまとめてくれていた。米国大統領は、文字通り顔を蒼白にさせていた。
ライトニングを財団に売ったほどである。
財団と米国に強いパイプがあるのは確定なのだ。
とはいっても、先進諸国で財団とパイプがない国なんて存在しないだろう。文字通り、唾棄すべきこの世の有様だった。
「直ちに財団の主要施設の鎮圧を。 現在なら間に合います」
「し、しかし今これ以上国際情勢を混乱させるわけには……」
「手を打たれるより先に動く必要があります。 特に財団の首脳部は確実に抑えてください」
「……動きづらいというなら、国際再建機構で潰しますが?」
助け船を、居残り組の国際再建機構高官が出すと。
流石にそれはまずいと判断したのだろう。それはそうだ。パイプがあるという事は、外に出るとまずい情報が幾らでもあるという事なのだから。
米国が動くと、他の先進国も一斉に動いた。
皮肉な話だが。南極から侵攻してくる悪魔に備えて、各地に軍が既に臨戦態勢で配備されていたのだ。
それらの軍による制圧作戦が、最初に人間の最悪の組織に向けられたのは、滑稽極まりない。
時間が出来た。いずれにしても、このまま動くわけにはいかない。経過を見守るしかない。
時間の流れが違う事もあって、比較的すぐに結果が来た。どうやら、財団の首脳部は既に全員殺されている状態で発見されたという。誰が殺したかは不明。また、財団関連のデータセンターやデータベースは、既に完全破壊され。データは消去されていたと言う事だった。
真田さんが小首をかしげる。
「おかしいですね、正太郎長官」
「ああ。 ライトニングと方舟の戦力差は歴然。 しかもあんな行動をすれば、此方がどう動くか何て分かりきっていたはずだ。 財団の非人道的行為なんて、そもそも各国でも掴んでいた筈。 財団側の動きがおかしすぎる」
唯野仁成は、話を聞いていることしか出来ない。
いずれにしても、ライトニングは無力化され。そして、何が行われていたか、情報が世界的に公開出来る範囲で公開された。
財団は主に発展途上国から拉致した子供や浮浪者など、換金しやすい人間を数百人ほどライトニングに積み込み。生きたままシュバルツバースに運び込んだ。
その後、シュバルツバースで捕獲した悪魔と合体させ。あのような無数の不自然に崩れた悪魔を作り出したのだ。
どうやら実験の途中だったらしく、成功例はまだ出ていなかったらしい。
いずれにしても、いきがいい人間を使って強力な悪魔と合体させ、従順で強力な生体兵器としての悪魔を作る。それが目的であったようなのだが。
それにしてはやはりおかしな点が目立つ。
行動がずさんすぎる。
ただ、確定で分かった事もある。
どうやら財団は、シュバルツバースが出来る前から、ずっとこの計画を続けていたらしいのである。
それに関しては、複数のデータが、証拠として挙がっていた。
要するに、財団は悪魔合体プログラムを古くから有しており。それを兵器利用することを最初から想定していた。
或いは各地の紛争で、実際に兵器にされた悪魔が暗躍したのかも知れない。
唯野仁成は見た事がない。ケンシロウやストーム1からもそんな話は聞いていない。そうなると、紛争では無くもっとダーティーな仕事で。例えば暗殺などで使われたのかもしれないが。
いずれにしても、財団ほどの規模がある組織がやるには、ずさんすぎる行動だ。
ただ、それらの行動を実際にやっていたのは事実。破壊を免れた施設の一部から、実際に悪魔合体プログラムを実行するためのスパコンや、大がかりな装置が発見もされていた。なお、これらの実験に使われた生け贄の数は、ゆうに数万を超えると試算が出ている。一体何が背後で行われていたのか。
「少し休憩が必要だろう。 まだ副動力炉の調子も良くない。 一日、休みをクルーに許可する」
ゴア隊長が皆にそう言うと、救われた気持ちだった。
いずれにしても、ゴア隊長や正太郎長官はこれから米国らの首脳と、嫌になるようなやりとりをしなければならないだろうが。唯野仁成は休憩して良いと言う事だった。
レクリエーションルームに行く。
ヒメネスがいた。バガブーが出ていて、ヒメネスをしきりに慰めている。
「ヒメネス、俺、面白いこという。 だから、笑ってほしい」
「ありがとうよブラザー。 だが、ちょっとばかり今回は何言われても笑える気分じゃないんだ」
「ヒメネス、心に罅入ってる。 このままだと、きっと良くない」
「ああ、分かってるぜブラザー」
こんなに落ち込んでいるヒメネスを見るのは初めてだ。
隣に座ると、コーヒーを淹れる。コーヒーを渡すと、バガブーが興味を示した様子だったが。あまり与えない方が良いだろう。
ヒメネスがいつも以上に砂糖をたくさんコーヒーに入れる。
唯野仁成は、下を向いたまま言う。
「被害者は数万人に達するそうだ。 財団は外でも悪魔合体の実験をしていたらしい」
「……」
「不可解な事も多い。 シュバルツバースの方が悪魔を入手しやすいというのも分かるが、それ以上にそんな規模の悪魔合体で、何を作り出していたのか」
「……すまんヒトナリ。 お前の冷静で理屈に満ちた言葉が、今はすげえ聞き苦しいんだ」
気持ちは分かる。
だから、黙ることにする。
財団は非人道的な実験を行っていたことが公開され、一気に株が紙屑になった。各国の軍が鎮圧を行い、各地の財団関係企業や施設で、非人道的労働が行われていた事も確認された。
だが、財団の首脳部は既に殺された状況で発見され。
捕まったのは、末端の木っ端幹部ばかり。
明らかに指示を受けていただけで、財団が何をしていたか把握していた者すらいないだろう。
「……俺は何を今までしていたんだろうな」
ヒメネスが呟く。
それには答えない方が良い。唯野仁成は、そう知っていた。
流石のヒメネスもこれにはこたえます。
ヒメネスは合理主義者ですが、決して冷血なだけの男ではないのです。
特に本作では、ヒメネスには理解者が複数存在しているので、余計に……