Sストレンジジャーニー   作:dwwyakata@2024

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1、邪悪再び

一度、方舟に戻った唯野仁成は、艦橋に呼び出される。目立って無口になったヒメネスは、レクリエーションルームでバガブーと話している事が多くなり。また周囲との会話が極端に減っていた。

 

心配だ。

 

ヒメネスは銭ゲバめいた言動を以前はしていた。

 

だが、金こそ力、力こそ全ての財団が、どのような凶行を働いていたのか目の前にして。それで何処か心に罅が入ってしまったらしい。

 

元々、ヒメネス自身スラム出身で、ろくでもない人生を送ってきたと聞いている。

 

その渇いた心は、恐らくはその経験が故なのだろうが。

 

しかしながら、彼が憎んで止まない連中の極北とも言える財団が。力と金にまかせて何をしたかを目にしてしまって。恐らく価値観がクラッシュしてしまったのだろう。

 

気持ちは分かる。

 

今は、一番ヒメネスが心を許しているバガブーに任せるしか無い。

 

そう、唯野仁成は思っていた。

 

艦橋にヒメネスと共に出向くと、真田さんがいて。ウィリアムズともう一人、艦橋のクルーが何か準備をしていた。

 

サブの小隊長として認識されてから、唯野仁成は艦橋メンバーと関わる事になった。かなり厳しい顔をした男性のクルーである。カトーという名前であるらしい事が、デモニカの付属PCで分かった。

 

二人が準備を終えて、真田さんが咳払いをする。

 

スペシャル達が揃うと同時に、プレゼンが始まった。

 

「フォルナクスにいつつ存在していた強力な悪魔の反応の内、三つまでを撃破してわかったことがある。 此方を見て欲しい」

 

情報集積体を並べた様子だが、膨大な文字列が展開されている。

 

その一部は悪魔の情報の様子だ。

 

要するに、その情報をベースに、今まで倒した者達。モロク、オルクス、アシェラトを呼び出すことが可能と言う事だ。

 

だが、それ以外のデータがどうも様子がおかしいという。

 

「これらは恐らくだが、鍵になっている」

 

「鍵、とな」

 

「姫様、ヤナトには魔術的だったり呪術的だったりするような鍵がありませんでしたかな」

 

「ああ、呪術によって姿を隠す方法や、その隠された空間を暴くための専用の呪術などはあったな。 鍵と言えば鍵であろう。 わしはそれほど詳しくはなかったが……」

 

そういうものだという。

 

現在三叉路のうち二箇所の探索が終わっている。これから、最後の一つの道を探す事になるらしいのだが。

 

どうも反応がおかしいというのだ。

 

ひょっとするとだが、大母は三叉路の先の何処にもいないかも知れない、ということだった。

 

そこで、鍵か。

 

「ならばさっさと最後の一つも回収してくれば良い。 今、皆の戦力は特に墜ちてはいないだろう」

 

この間の一件。ライトニングが凶行を見せつけた事件以降、何だか多少気性が荒くなったらしいストーム1が言うが。

 

真田さんは、それを静かに受ける。

 

「もう一つ問題がある」

 

「聞かせてほしい」

 

「アスラがアシェラトに変化したという情報は此方でも確認した。 そして調べて見たのだが。 アシェラトとアスラには何ら関係がない」

 

やはり、か。

 

ヒメネスの言葉通りだった、というわけだ。

 

アシェラトというのは、超古代の神話であるウガリット神話などに登場する古代神格で、その中でも特に高位の女神だという。

 

神々の中でも最高神の伴侶だったりと、その地位は非常に高く。

 

しかしながら、そもそもアスラとは起源が異なっているのも確定だそうである。

 

「アスラの起源は諸説あるものの、少なくともアシェラトとは神格の方向性が違う」

 

ライドウ氏が真田さんの隣で解説の補助をする。

 

悪魔の専門家であるライドウ氏だ。その説明には説得力がある。

 

皆が聞く中、アシェラトがアスラから出現する事の不可解さを幾つかの例を挙げてライドウ氏が説明をしてくれて。

 

それで、真田さんはまた説明に戻った。

 

「やはりこれでも仮説が裏付けられたと思う。 この世界にいる悪魔は、神話に登場する悪魔ではない、と言う事だ」

 

「いずれにしても、ブッ倒す対象であることには代わりは無いだろうさ」

 

「ああ、そうだな」

 

真田さんは、ヒメネスのどこか投げやりな言葉に頷くが。

 

しかし、という。

 

「倒すだけでは恐らく問題は解決しない。 勿論今まで、空間の支配者の中に、我々との対話が可能な存在はいなかった。 全ての空間支配者、特に大母を撃ち倒すことは当面の目標として。 だが、どこかで折り合いをつける必要があるのやも知れない。 相手が「悪魔」ではないのなら、出来る可能性もある。 事実悪魔召喚プログラムで、配下に加える事が出来た悪魔は良き相棒となってくれているだろう」

 

「……」

 

ヒメネスが黙る。

 

バガブーのことを持ち出されると苦しいのだろう。その気持ちは分かる。

 

唯野仁成は挙手。

 

真田さんは、発言を許してくれた。

 

「まず当面の目標としては、やはり鍵の完成ですか」

 

「うむ。 だが、もう一つの情報集積体を回収したら、嘆きの胎に向かおうと考えている」

 

「?」

 

「例えばこれが一種の電子鍵だと考えると、恐らくだがそう簡単に話はいかない。 この方舟にも強力なスパコンは搭載しているが、その能力を使っても解析に少し掛かる」

 

それならば、なおさら早めに探しに行くべきでは無いかと思ったが。

 

いやまて。そうだ、思い出した。

 

今この方舟は、副動力がやられているのだ。その回復を急がなければならないだろう。

 

いずれにしても、時間が必要、と言う事か。

 

ケンシロウが挙手する。

 

「……恐らくだが、大母を除いた四体の内、まだ打倒していない最後の一体はミトラスだろう。 奴が何者に姿を変えるかはしらないが、俺が叩き伏せないと気が済まない。 俺が行く」

 

「分かった。 迷宮の中ではどうせ大人数は動けない。 唯野仁成隊員、ケンシロウと組んで動いてほしい」

 

「イエッサ!」

 

そこで、会議は終了となる。

 

真田さんも副動力炉の復旧などで非常に忙しいだろうが、それでも時間を割いて現状分かっている事を説明してくれたのだ。

 

感謝しなければならないだろう。

 

ヒメネスが声を掛けて来る。

 

「ヒトナリ。 ちょっといいか」

 

「何かあったのか」

 

「いや、俺は少し医務室で休憩を取る。 ゾイに色々言われてな、健康診断を受けて休まなければならなくなった。 メンタルケアが必要だとかで、次の嘆きの胎での作戦には、前線任務には参加出来ないかも知れない」

 

「ああ、それが良いと思う。 いつでも復帰を待っている」

 

ヒメネスは明らかにPTSDを受けていた。

 

あの工場の有様では仕方が無い。そして機動班クルーの中にも、精神的に不安定になっている者が他にもいる。

 

この様子では仕方が無い。

 

そして真田さんが、敢えて時間が必要だと口にしたのは。

 

戦力を回復させるために、時間を取るべきだという意味も暗に含んでいたのだろう。

 

ライドウ氏は既に前線復帰が可能らしいのだが。それでもスペシャルは真田さんと一緒に、基本的に殆ど休まずで活動を続けている。

 

そしてこの間、ウロボロス戦でサクナヒメが負傷して、決定的にバランスが崩れた雰囲気がある。

 

四人いる戦闘におけるスペシャルが一人欠けたことで、負担が激増したのだ。

 

サクナヒメが戻って来た今も、その余波は続いていると言える。

 

この状況は良くない。いずれにしても、ケンシロウとともにさっさと残り一体の強力な悪魔を撃破し。

 

鍵を作れるようにしなければならないだろう。

 

ただ、気になる事もある。

 

此処の大母は産み直しが出来ると言っていた。

 

さほど手強いとはもはや感じなかったが。モロクやオルクス、更にアシェラトが群れになって現れたら、それはそれで苦労すると思う。

 

しかしながら、そもそも大母の迷宮には、それほど悪魔がみっちりいるわけではなかったのだ。

 

それを考えると、大母という存在は、強力な悪魔をドバドバ生み出せる訳では無いのかも知れない。

 

装備を点検すると、すぐに物資搬入口に。ぼーっと突っ立っているケンシロウの他に、ゴア隊長が選抜した五人がいる。

 

今回は唯野仁成が副隊長としてこの部隊を回す事になるが。ケンシロウは例の如くの人なので、事実上指揮は唯野仁成が執らなければならない。

 

多少大変だが、まあケンシロウの戦闘力に関しては、インファイト限定ならあのサクナヒメをも凌ぐし。

 

何よりこういう迷宮では。ケンシロウの圧倒的な殺傷力が最大の猛威を振るうだろう。

 

だから問題はさほど感じない。

 

一人知らない機動班クルーがいる。名前を調べると、タイラーと言うらしい。唯野仁成とはあまり関わってこなかったが、主に別チームで活躍していたそうだ。今までも同一チーム内にいたことは何度かあったようだ。

 

今回は、負傷から回復していないウルフや。この間の工場での戦いでPTSDを喰らった隊員が何人もいる事もあって、無事だった隊員が少ない。

 

そのため、いつもはあまり組まない顔ぶれと作戦を共にする。

 

そういう事でもあるのだろう。

 

更に、ゼレーニンが来た。ゼレーニンも作戦に参加するというのか。

 

ケンシロウが眉をひそめる。

 

「止めた方が良い……。 高確率で、ミトラスが姿を見せる」

 

「いいえ。 だからこそ行きます」

 

ゼレーニンは、ラジエルを呼び出す。

 

ラジエルは、強い力を持つ大天使だ。何度か見たが、回復も出来るし、何より守りにも長けている。

 

今メンバーの中には回復特化編成のメイビーもいる。

 

ゼレーニンが戦力になっている今。

 

確かにいてくれれば、更に回復が手篤くなって心強い。だが、ケンシロウが言う通り、ミトラスが高確率で姿を見せるのだ。

 

ボーティーズでミトラスがゼレーニンに何をしたかは、今でもよく覚えている。その時ゼレーニンを庇ったノリスは、今でも正気が戻っていない。

 

それを考えると、ケンシロウの言葉は当然とも言える。

 

唯野仁成は、だが。だからこそ、顔を上げた。

 

「ケンシロウさん」

 

「……」

 

「行かせてあげましょう。 今こそ、乗り越えるときです」

 

「……自分の身は、自分で守れ」

 

はいと、ゼレーニンはあまり大きくは無いが、確実にケンシロウに答えた。

 

乗り越えようとしている。それはとても立派で尊い事だ。

 

一度心が折れてしまうと、簡単に人間はそれを修復する事が出来ない。そんな事は、唯野仁成だって分かっている。

 

母子家庭出身の唯野仁成は、母が酒に狂っていく過程を見てよく覚えているし。

 

幼少期はキッチンドリンカーになった母の代わりに妹の世話をして、場合によっては通報もして支援を求めなければならなかった。

 

父親は既に死んでいる。これについては、高校の頃に知った。

 

元々反社の人間だったらしく、くだらない死に方をしたようだったが、それこそどうでもいい。

 

縁を切っているし、金を無心に来る事もなかった。ただ酒の酩酊の中で、母がまだ父に未練があるような事を口走っていて、それで反吐が出るとは思ったが。

 

ただ、今は母を許せないとは思っても。狂気からの回復が如何に難しいかはよく分かっているつもりだ。

 

今、ヒメネスは心の罅をどうにかしようとしている。

 

ゼレーニンは、心の罅を乗り越えようとしている。

 

それを唯野仁成は、邪魔することは出来ない。

 

出撃。方舟から出て、すぐに建物に入る。内部の悪魔の数は、ぐっと減っているのが分かる。

 

ブレアが今回来てくれているのは頼もしい。歴戦の傭兵であり。従えているケルベロスが実に頼りになる。

 

まだ攻略していない三叉路の最後の一つに侵入開始。

 

前後左右から、ざわざわと決して弱くない悪魔の群れが出現する。

 

「今回も……四回以内の攻略で片付けるぞ」

 

「はい」

 

ドンと、凄い音がした。

 

いわゆる縮地とも瞬歩とも呼ばれる技を使って、ケンシロウが悪魔との間合いをつめたのだ。

 

何だか奇怪な悲鳴を上げて、悪魔が爆裂する。

 

すぐに周囲から悪魔が殺到してくるので、皆で対応。ゼレーニンも、手慣れた様子でラジエルに指示を出して、周囲の支援を的確に行っている。

 

ケンシロウは。

 

あれは大丈夫だろう。一人で、一方向の敵を全部蹂躙し尽くす勢いだ。

 

ならば、唯野仁成は。

 

アリスとイアペトスを呼び出すと、一方向の敵を食い止めるように任せる。イアペトスが前衛になって、アリスが後衛に。理想的なバディを組んで、閉所でも戦う事が出来る。

 

唯野仁成は剣を抜くと、更に一方向に突貫。アサルトでの味方の支援を受けつつも、近接戦の技術を磨くべく、敢えて剣で敵を切り伏せに行く。

 

勿論味方の仲魔が魔術でも支援してくれるから、それは助かるが。

 

それ以上に、今まで以上に剣技を磨かなければならない。

 

そうしなければ、恐らくだが。

 

万全状態のアレックスに勝てない。

 

相手を取り押さえるというのは、余程の技量差が無いと出来ない。力量差が拮抗しているほど、相手を捕縛することは至難の業だ。

 

アレックスについては、聞かなければならないことがいくらでもある。

 

そして現状の戦力では、アレックスを撃退することは出来ても、生かして捕まえることは難しいだろう。

 

そう考えると、更に技量が必要になる。

 

無数の触手が伸びてくる。髑髏のような悪魔から伸びてきた触手だが。それを秒で全て斬り伏せる。

 

邪神ロアと記載されている。ヴードゥー教にて使われる一種の精霊らしい。いずれにしても、相当数がいて。唯野仁成を狙ってきているが。丁度良い。

 

驟雨のような攻撃を全て斬り伏せながら、少しずつ進んでいく。一体目を、払いのけるように斬り伏せる。二体目。三体目。五体目を斬り伏せた辺りで、体勢を沈める。相手が逃げ腰になったのが分かったからだ。

 

突貫し、破れかぶれになったロアの群れが放ってきた大量の触手を、渦を巻くようにして一瞬で全て微塵に切り裂く。

 

そして、縦横無尽に切り裂いて、敵陣を半壊させた。

 

呼吸を整えながら、一旦下がって様子を見る。アリスとイアペトスは、余裕を持って敵を食い止めている。

 

ケンシロウは圧勝。流石だ。唯野仁成を遙かに超えるインファイトの技量で、敵を全部輪切りにするか破裂させ終えていた。更にもう一路に向かい、敵の殲滅を開始している。

 

しばしして、無数に押し寄せてきていた敵が静かになる。

 

回復を頼むと、唯野仁成はゼレーニンが無言のまま電波中継器を撒く様子を見守る。

 

ゼレーニンが乗り越えようとしている姿は尊い。

 

ならば、自分も。

 

周囲の仲間に負けないように、更にこの世界を乗り越えるべく強くならなければならない。

 

 

 

ケンシロウの予定通り、四回目の探索で地下六階に到達。この迷宮はやはり地下六階で統一されているらしく。三叉路の先全てが同じ構造になっている様子だった。

 

よく分からないが、何か魔術的な意図とかがあるのかも知れない。

 

ゼレーニンは壁を撮影して、データを取っている。

 

ただの模様にしか見えないが、例えばルーン文字とか、そういう魔術的な意味がある記号である可能性もある。

 

いずれにしても唯野仁成は専門家では無い。その辺りは、専門家に任せる他無い。

 

アーサーから通信が入る。

 

「唯野仁成隊員。 周囲の警戒をしてください」

 

「!」

 

ケンシロウが立ち上がる。それを見て、周囲の隊員も気付いたようだった。ラジエルも、ゼレーニンの肩を掴む。

 

ゼレーニンが息を呑む。醜悪な笑みを浮かべた其奴は、浮き上がるようにして出現していた。

 

下半身が球体の石。上半身が半裸の男性で。古代ローマの戦士のような姿をした者、魔王ミトラス。

 

その邪悪な心は、今でもよく覚えている。

 

ケンシロウが凄まじい闘気を全身から放つのが分かった。

 

「良くも姿を見せたわねえ! アタシに与えてくれた屈辱、十倍にして返してやろうと思っていた所よ!」

 

「黙れ外道。 何度現れようと、俺がお前の全身を打ち砕いてやる」

 

ケンシロウが前に出る。唯野仁成も、剣を抜いて前に出ていた。

 

ゼレーニンは頷くと、待ってと声を掛けて来た。

 

そして、ミトラスに問いかける。

 

「ミトラス。 私の事は覚えているわね」

 

「ええ覚えているわ。 逃がしてしまった実験材料!」

 

「そう。 そんな風にしか人間をやはり考えられないのね」

 

「貴方達人間だって、動物を実験材料にして、散々色々な事をしているでしょうが! この地球を人間の手から開放するためには、人間を材料にした実験が必須なのよ!」

 

それは違う。

 

ゼレーニンが、ぞっとするほど低い声で言う。ミトラスが、思わず黙り込んでいた。

 

ゼレーニンが前に出る。ラジエルも、ゼレーニンを守るべく、前に出ていた。

 

「貴方はただ遊んでいただけ。 動物実験は、多くの場合難病の治療研究や他にどうしようも無い場合に行われるの。 それによってどれだけの人が悲惨な病気から助かってきたか分からない。 人間が業に満ちたどうしようもない生き物だというのはある程度同意できるわ。 でも命を弄んでいた貴方は、その最低の人間と同類よ」

 

「お、おのれ、おのれええええっ! このアタシを人間と同類呼ばわりするかあああっ!」

 

やはり此奴も精神性は一切変わっていないか。

 

里が知れるというか。此奴を産み直した大母とやらも、どうせろくでもない事はこの時点でもう分かった。

 

だから、遠慮する必要も、容赦する必要もないだろう。

 

ミトラスの全身が膨れあがり、内側から吹き飛ぶ。

 

そして、巨大な獅子の上半身と、蛇の下半身を持つ、威圧的な存在が其所に出現していた。

 

「これが我が貶められる前の姿だ……! こうなったが最後、貴様ら楽に死ねるとは思うなよ……!」

 

「あの時の蛇はそういうことだったか」

 

「ああ、そうだ。 我が名は司法神ミトラ! 戦神でもある我が力、その身で知れ!」

 

「その臭い口を今すぐ閉じさせてやる」

 

ケンシロウの尋常では無い怒りが伝わる。

 

ケンシロウも感じたのだろう。ミトラが己の邪悪を恥じるどころか、人間の非を批難するばかりだったことを。

 

要するに此奴は、面白がって人体実験をしていたときとまったく変わっていない。

 

少なくとも、誇り高い司法の神ミトラでは無い。

 

言われてはいたことだが、はっきりと身で確信できた。

 

こいつらは、偽物だ。何か別の存在だ。神話に登場する、誇り高い神々では無い。似て非なる存在だ。

 

仮説に聞いた中に、人間のシャドウではないのかというものがあったが。そうなのかもしれない。

 

だとすれば皮肉極まりない話である。

 

こんな醜くどうしようも無い心の持ち主が、人間のシャドウで。それを利用して、地球が人間を排除しようとしているのだから。

 

まず、唯野仁成が仕掛ける。同時に他のクルー達も展開すると、アサルトでの弾丸の雨を降らせる。

 

何か魔術を展開したミトラ。ミトラの周囲に光の壁が展開し、それが弾丸を一斉に跳ね返した。

 

やはりな。

 

対策を練っていると思っていたのだ。

 

凄まじい動きで手を動かし、戻って来た弾丸を全て掴み取るケンシロウ。そして、握りつぶして、ばらばらと地面に落とした。

 

ミトラは吠え猛ると、突貫してくる。

 

イアペトスが前に出て。その突撃を受け止める。がっぷり四つ。だが、流石にイアペトスがぐっと押し込まれる。

 

阿呆でも、カスでも。力だけはそれなりだと言う事だ。

 

「ハハハハ! イアペトスだな貴様! タイタン神族も墜ちたもの……」

 

どんと、音がして。

 

調子に乗っていたミトラの側頭部に大穴が開く。

 

激突の瞬間、側面に回り込んだ唯野仁成が、ライサンダー2をゼロ距離でぶっ放したのだ。

 

最初の銃撃反射で、以降銃の使用は控えると思ったのだろう。

 

馬鹿が。肉体同士でのぶつかり合いをしてくると言うときは、その間は都合良く反射能力など展開出来るものか。

 

ぐらりと揺れるミトラをイアペトスが放り投げ、一瞬にして無数の刺突を叩き込む。全身が穴だらけになるミトラが絶叫。

 

だが。獅子の頭部が消し飛び、其所から巨大な蛇が出現する。

 

これも前と同じパターンか。蛇が大量の霧を吐き、周囲の視界を塞ごうとするが。ケンシロウが動く。

 

霧など、どうやら北斗神拳には関係無いらしい。

 

霧の中で、ドゴ、ボゴ、ドガンともの凄い音がする。やがて、霧が消し飛ぶ。霧を展開していた魔術が、強制的に排除されたと言う事だ。

 

地面で口を開けて大量の血を流しているミトラを、ケンシロウが踏みつけている。だが、どうにも脆すぎる。オルクスもアシェラトも、もう少し硬かった。

 

次の瞬間、ケンシロウに、正確にはその残像に無数の槍が突き刺さっていた。迷宮の前後左右から突きだしたものだった。

 

ケンシロウは一瞬速く瞬歩で抜けていたが、デモニカに多少傷がついていた。すぐに駆け寄ったゼレーニンがポリマーで応急処置。高笑いしながら、無数の棘が蛇に収束していく。

 

なるほど、爆散した獅子の頭部が、ああやってトラップにも代わるのか。

 

要するに奴は恐らくだが。

 

解析が出来た。

 

ならば、その特性を逆利用して潰す。正直ミトラスには今でも怒りしか沸かないし、ミトラも腐った性根が変わっていないのなら同じだ。容赦なくぶっ潰す。

 

アナーヒターを呼び出す。そして、指示。頷くアナーヒター。

 

応急処置が終わったケンシロウにも、他のクルーにも、通信で伝える。唯野仁成は、ケンシロウが突貫するのに続いて、突貫。

 

アサルトの支援を受けながら、再び獅子頭の蛇になったミトラに迫る。ミトラは高笑いしながら、今度は黒い霧を吹き付けてくる。

 

その霧を拳圧だけでケンシロウがぶっ飛ばしたときは流石にミトラも顔色を変えたが、しかしながら蛇の下半身を上手に利用して下がりつつ、大量の魔術を投擲してくる。その全てを、今度は前に出た唯野仁成が切る。数で攻めてきた分、一発一発の威力は小さめである。充分今の技量なら切れる。

 

周囲に拡がっていく液体。

 

予想通りだ。奴の能力は、全身の液体化。既にそれは読んでいるし。読んでいるから、もはや終わりだ。

 

「ハハハッ! 今度こそ、防ぎ切れまい!」

 

勝ち誇ったミトラが吠える。

 

壁に沿って液体が拡がっていくのは此方からもさっきの時点で見えていた。

 

だから、アナーヒターに手を打って貰っていたのだ。

 

北斗神拳対策のつもりだったのだろうが、それが逆に墓穴を掘ることとなったのである。

 

ミトラの高笑いが止まる。見る間に蒼白になっていくミトラ。文字通りの意味である。全身が凍り付いていっている。

 

氷魔術のスペシャリストであるアナーヒターに。液体を。

 

そう、本来全身が全て液体で構成されていて、それを自在に操るミトラを、凍らせて貰ったのだ。

 

そしてわざわざ体を液体化させたのが運の尽きとなった。

 

突貫するケンシロウ。凍り付きつつも、必死に防ごうとするミトラだったが。

 

その前に出たゼレーニンが、きっとミトラをにらみつけると。不慣れな手つきで、アサルトの弾丸を顔に叩き込んでいた。

 

もう、顔を見るのも嫌だ。

 

そう口を引き結びながら、アサルトの弾が尽きるまで撃ち込み続ける。ミトラは反撃に出ようとしたが。

 

一番目を離してはいけない相手から、一瞬でも注意を離した。

 

それが終わりの切っ掛けとなった。

 

どずんと音がして、ケンシロウが指を地面に突き刺していた。というか、地面をぶち抜いていた。

 

呆然としていたミトラが。やがて砕け、溶け集まりながら絶叫していた。

 

もう獅子の頭も、蛇の体も、残らず。ただわめき続ける、汚らしい塊が其所にあるだけだった。

 

「な、なな、何をしたああああああっ!」

 

「……醒鋭孔。 お前は今、全ての痛覚が剥き出しになっている」

 

「!!!!!!!」

 

絶叫するミトラ。

 

それはそうだろう。肉体があるならともかく、全身が液体という状態で。全ての痛覚が剥き出しにでもなったらどうなるか。

 

そんなのは、唯野仁成もこう言うしかない。想像したくない、と。

 

唯野仁成が見ている先で、何をされても全身に気絶級の痛みが走り。それから解放されもせず、ただもがいているミトラだったものがばたんばたんと暴れている。ゼレーニンも、その有様を見て、何も言わなかった。

 

北斗神拳は恐ろしいな。

 

そうは思った。ただ、ミトラに同情はしない。人間の中にも、これくらいの罰を受けるべき輩は幾らでもいる。だが、殆どの場合、罰を受けずに高笑いしながら好き勝手に生きている。

 

此奴は罰を受けた。

 

そして、この罰は非人道的でも何でも無く、ごく適正な内容だ。

 

「こ、ころ、ころしてくれ、ころして……」

 

「お前の魂に、その痛みは永久に刻まれ続ける。 産み直しとやらを、何度でも受けてみるがいい。 生まれ落ちた瞬間から、その痛みは貴様を貪り続け、治る事もないだろう」

 

「ひっ……!」

 

妙な能力を使ったばかりに。

 

そして、ミトラはついに限界を迎えたのだろう。完全に全身が壊れ、崩壊していく。もはや形を為していなかったが。全てが崩壊しながらマッカになっていく。

 

同情には一切値しない。

 

一つ、はっきりしたことがある。

 

他の連中は、産み直しとやらでまた立ちはだかってくるかも知れない。だが、ミトラスおよびミトラは。

 

二度と戻ってくる事はないだろう。

 

北斗神拳を喰らって死んだもの特有の、面白い悲鳴を上げることすら無かった。ミトラスは、もはや意味すらなく、音すら無く。崩壊して完全に死んだ。

 

後には、情報集積体が残っていた。

 

ミトラスとミトラのデータは崩壊しているかも知れないが、別にどうでも良い。あんなもの、作る気にもなれないし。

 

何よりも、必要なのは別の部分のデータなのだから。

 

ケンシロウがゆらりと立ち上がると、ゼレーニンは吹っ切れたように、てきぱきと周囲を探し始める。

 

この三叉路の隅々まで調べて、ようやく一旦は終わりだ。

 

まだこの空間に潜む大母が何処にいるかは分からない状態だが。

 

それでも、一段落はついた。

 

そろそろ、副動力炉が回復の目処が立つ頃だろう。

 

それに、四つの情報集積体から、鍵を解析しなければならない。それでまた時間が取られる。

 

どちらにしても、すぐには動けないのである。

 

敵の残存勢力も少しは残っていたが。ミトラの凄まじい死に様を見たからか、

 

すぐに降参して、仲魔になることを申し出た。他のクルーに、そういう戦意が無い相手は譲る。

 

勿論油断すれば襲いかかってくるだろう。ただ、側でケンシロウがじっと見ているので、恐ろしくてそれどころでは無いかも知れないが。

 

程なくして、全てが終わる。

 

ゼレーニンが、何も言わずに目の辺りを擦っていた。デモニカだから、涙を拭うことは出来ない。

 

今は、何も声を掛けない方が良い。

 

唯野仁成は、経験的にそれを知っていた。ケンシロウもそれは何となく分かっている様子で、じっと最悪の敵に打ち克ったゼレーニンの背中を見つめていたのだった。




文字通りの滅殺。

自業自得のミトラの末路です。
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