唯野仁成が方舟に戻る。すぐにゼレーニンは研究室に。休まなくても大丈夫なのかと聞いたが、へっちゃらだと答えられたので。そうかとしか言えなかった。
ケンシロウは相変わらずふらっと消えてしまう。
作戦に参加したクルーは、主に雑魚戦で体力を消耗したこともあったが。ただ。やはり彼らから見ても、ミトラの末路はぞっとするものだったようだ。すぐに休憩をしに戻っていった。
唯野仁成は殆ど負傷をしていないが。
一応、艦橋に出向いて報告だけはする。
ゴア隊長が出迎えてくれる。
既にプラントも回収し弾薬も補充が済み。副動力炉も、もう少しで復旧出来るところまで来ていると言う。
怪我が長引いていたウルフもようやく戦闘復帰が出来る状態になり。
他の一線級メンバーも、どうにか戦えるようになったと言うことだった。
ケンシロウと唯野仁成で頑張った成果が出たのである。
ただ、ヒメネスだけはまだ万全の状態とは思えない。
艦橋に集まったスペシャル達の少し後ろに控えているヒメネスは、鬱屈した様子だったので。
少しだけ心配になった。
ゼレーニンは、越えるべき壁を越えた。これで、余程の事が無い限りはもう大丈夫だろうと思う。
色々と裏で糸を引いている奴がいる気がする。
あのライトニングが持ち込んだ工場と言い。ライトニングが見せつけてきたこの世の邪悪の塊と言い。
どうにも悪意を感じるのだ。
だが、その悪意にも、今のゼレーニンなら打ち勝てる気がする。
勿論ゼレーニンはそれほど心が強靭な方ではないだろうけれども。それでも、今なら心配はしていない。
「真田技術長官は、今研究室で情報集積体を解析中だ。 鍵の解析が出来そうだという報告を聞いている」
「それで、迷宮の奥には何も無かったが……」
「それだ。 それについても、解析をしてくれるそうだ」
ゴア隊長は、ストーム1の疑問にもきちんと答えてくれる。
サクナヒメは回復に専念していたこともあって、もう本調子に戻り。それどころか、神田で収穫も済ませた様子で。更に力が上がっているのが感じ取れる。
これならば、次の大母との戦いも何とかこなせそうだ。
そして時間を無駄にしない為にも。
嘆きの胎四層を、先に攻略してしまうと。
無駄の無いプランである。唯野仁成としても、多少忙しいとは感じるが、それで良いと思う。
どうせ鍵の解析には、スパコンや真田さんの頭脳を総動員したところで、数日はかかるのである。
それならば、今の強化された戦力で、さっさと嘆きの胎四層を叩いて「実り」とやらを回収した方が良い。
実りとやらがなんなのか、デメテルの目的が何なのかは分からないが。
いずれにしても実りとやらが規格外の情報集積体で。
それがシュバルツバースの謎を解き明かす鍵の一端となっているのであれば。それは回収して損は無いはずだ。
既に二つが回収されている。嘆きの胎は入り口に辺る浅層を除けば、六層まで。実りは六分割されているらしいので、恐らく後三つ。もう一つがアレックスの手にあるが、どうせ嘆きの胎に出向けば仕掛けてくる。いずれ回収の機会はあるはずだ。
「予定通り、これより嘆きの胎四層に向かい、一気に攻略する。 四層は入り口付近を調査したところ、やはり空間が歪みに歪んだ複雑な構造をしている様子で、三層よりも更に強大な看守が彷徨いている。 そして恐らくだが、混乱に乗じてアレックスが仕掛けてくる可能性が高い。 しかし、既にアレックスを皆が上回っていると私は信じている」
ゴア隊長の言葉通りだ。
勿論万全の状態でアレックスが仕掛けて来たら、唯野仁成だけなら対応は厳しいだろう。
だが。唯野仁成と誰かスペシャルが組めば。ヒメネスでもいい。それで恐らく撃退は可能である。
「これより嘆きの胎に向かう。 少しスケジュールは押すが、シュバルツバースが今も拡大を続けている状況で、これ以上時間を無駄にはしたくない。 皆の奮闘を期待する」
敬礼をされたので、此方も敬礼を返す。
すぐに方舟が動き出し、スキップドライブを開始。
量子のゆらぎが分かっていれば、スキップドライブの航路そのものはアーサーがすぐに導き出してくれる。
フォルナクスに入るとき攻撃してきた飛翔体も、それ以降は姿を見せることは無い。
スムーズに嘆きの胎に移動する事に成功。
すぐに降りるべく、動こうとしたが。ヒメネスが先んじるように挙手する。
「ゴア隊長」
「どうした、ヒメネス隊員」
「今回俺は正直あまりコンディションが良くない。 いつもライドウの旦那に頼んでいる二線級クルーの演習、俺が引き受けたいんだが、良いだろうか」
「……駄目だ。 アレックスが君を狙ってきたとき、二線級のクルー達を守れない」
ゴア隊長の分析はもっともだ。
しばし俯いていたヒメネスだが、了解と答えて、ゴア隊長の判断に従う。
ライドウ氏は元々マッカをどか食いする悪魔を多数抱えている事もある。こう言う任務や、偵察任務、或いは総力戦時の方が向いている。
今回は多少戦力に余裕がある。
ヒメネスには、前線に出て貰って。更に力をつけて貰う方が良い。ただ、決戦時のメンバーからはゾイからの要請もあって外す。ゴア隊長は、その辺りを丁寧に説明し。ヒメネスも分かっていると言った。
結局ライドウ氏が二線級のクルーの演習を引き受け。
インフラ班と調査班が、連携してプラントを設置し始める。
物資はあるという事だが。一応予備を作っておくつもりなのだろう。
サクナヒメと唯野仁成が。ストーム1とヒメネスが組む。そしてケンシロウは、調査班数名を連れて、後方から行く。
四層入り口に設置したタレットなどは無事だ。
元々悪魔にとっては、生体エネルギーの探知などは得意なようだが。逆に全て機械で出来ていて、自動反応で攻撃してくるタレットのような兵器はむしろ苦手らしい。
大火力の弾丸、それもシュバルツバースに来てから開発された対悪魔用の弾丸を撃ち込める重機関銃を搭載したタレットである。
既にそれに引っ掛かった間抜けの残骸が階段にマッカとなって散らばっていて。
味方の最後を見て、二の足を踏んだのだろう。わざわざ四層を超えて此方に様子を見に来ようとする悪魔もいないようだった。
インフラ班が、タレットの更なる補充と、弾丸の補給をしている。
どうやら全ての階層の入り口にタレットの設置を行い、それぞれの階層を悪魔が好き勝手行き来できないようにするらしい。
また恐らくだが、監視カメラ付きでの自動迎撃陣地を作る事で、アレックスの動きもある程度封じるつもりなのだろう。
ただアレックスは、魔神インドラを駆使し、その神の武具である空飛ぶ戦車を有している。
わざわざ階段なんて使って階層を行き来はしまい。
しかしながらアレックスは、嘆きの胎を徘徊しているデメテルと対立しており、目もつけられている。
目立つ事も、あまりする気は無いだろう。
怪我から復帰した一線級の機動班クルー二十名ほどが、四層に降り立つ。これに機動班五名を連れたケンシロウが続く事になる。
まだ負傷中の機動班クルーはいるが。
その回復を待つ意味も当然ある。四層は、さっさと今回で攻略してしまいたいものである。
四層に入ると、やはり周囲から感じる殺意と敵意が強い。
六層の看守ほどでは無いが、やはり相当に危険なのがうようよいる。
更に空間が彼方此方歪みまくっていて。無数の植物で覆われた不思議な土地である嘆きの胎も。
空間が乱れに乱れて、何が何やら分からない光景になっていた。
「あー、此方ムッチーノ。 僕から姫様班のみんなはサポートするよ。 調査班も支援するけれど、移動しながら渡してある電波中継器は撒いていってね」
「了解だ」
唯野仁成が応じる。サクナヒメは、じっと周囲に目を配っている。
この様子からして、サクナヒメでも油断出来ないレベルの相手がいるということだろう。
デモニカを通じて聞こえるが、どうもストーム1班は春香がサポートをしているらしい。まあ、ヒメネスの調子が良くないから、という理由もあるのだろうが。
うらやましがっている機動班クルーも散見されたので、苦笑いするしか無かった。
そのまま、周囲を探索して行く。
植物は浅層から比べて、太く逞しくなっていく一方だ。一部では花が咲き、実がついている場所もある。
その一方で得体が知れない色の泉が湧いていたり。
その周囲には、息絶えたらしい悪魔の残骸が、マッカになって散らばっていたり。
或いはそのマッカを栄養分にしたのか、見た事も無い奇怪な植物が、大輪の花を咲かせたりもしていた。
地面も全て植物。うねっている状態だ。
周囲を見回すが、今日はデメテルはちょっかいを出してこない。何を目論んでいるか分からないから、ひやりとする。
前回、三層を突破する時に遭遇したときは、接近にすら気付けなかった。
デメテルの実力は、まだまだ唯野仁成などでは及ぶところでは無い。
更に力をつけないと。大母の一柱目を下し。フォルナクスで戻って来た空間の主達を仕留めたくらいで、調子になど乗っていられない。
のそりと、姿を見せる悪魔。
下半身は痩せ果てた人間のようだが。上半身はざっと十体以上の人間が無理矢理融合したような姿をしていて。
無数にある手には、さび付いた包丁を大量に持っている。
顔も全てが狂気に歪んでいて、その有様を見るだけで悲鳴を零す隊員もいた。
凄まじい姿だが、姿だけでは無い。感じる圧迫感も尋常では無い。意味不明の言葉を多数ある口から垂れ流しながら、跳躍する看守らしき悪魔。
上空から、無数の斬撃が降り注いでくる。
アナーヒターが氷の壁でそれを防いでいる間に散開。
氷の壁がぶち抜かれるが、その時は既に包囲網を完成させ、一斉に周囲からアサルトを浴びせかける。
更に唯野仁成はイアペトスと共に接近戦を敢行。イアペトスが人間部分を立て続けに数人分貫き、唯野仁成は駆け抜け様に一人分を切りおとす。
だが、斬り飛ばした人間部分は、見る間に再生していく。
魔術もその間に悪魔にどんどん着弾しているが。枯れ細ったように見える下半身部分に突き刺さった魔術も、相手の動きを止められていない。
また生えてきた手が、武器ごとミサイルのように射出される。速さも重さも尋常では無く、撃ち出される度に衝撃波が迸るのが見えた。誰かの手持ち悪魔が、その度に一体ずつやられていく。
流石に四層の看守悪魔だ。油断出来る相手では無い。
サクナヒメが動く。悪魔では無く、クルーを狙った一撃を、踏み込みと同時に弾き飛ばす。
そして一呼吸で、悪魔の至近を抜け。
胴体を、一閃。上半身を丸ごと切りおとしていた。
地面に落ちた悪魔の上半身が消えていく中、真っ二つになった下半身も消滅していく。剣を鞘に収めたサクナヒメが、飛び退く。
まだ終わりでは無いと判断しているのか。唯野仁成も、アリスに魔術の指示。
アリスも小首をかしげながら、詠唱を続けていく。
悪魔の死体があった場所から、猛烈な勢いで何かが飛び出してくる。それは恐らくだが、寄生虫か何かのように見えた。
人型の悪魔にあれが寄生して、あのような姿にしていたと言う事か。超巨大なギョウ虫のように見えるそれは、凄まじい蠕動をしながら、次の寄生先を見定めようとしている様子だ。
そこに、狙い澄ましたアリスの大威力火焔魔術が直撃し。文字通り炎の塔になる悪魔の寄生虫。
だが、脱皮して無理矢理その炎を体から引きはがす。
しかし、そのまだ柔らかい体に。追加で呼び出したイシュタルが拳を叩き込み。イアペトスが無数の槍での乱打を叩き込み。更にアナーヒターが、冷気の魔術を思う存分叩き込む。
動きを止めた寄生虫は、更に脱皮。
いや、違う。
体内が全部卵になっていて、それを周囲にばらまこうとしたのか。
だが、其所でサクナヒメが動く。
跳躍し、着地。
卵らしきものは、全て粉々になり。空中でマッカになって消えていった。
「悪魔を全てPCに戻せ! 寄生されていないか気を付けるんだ!」
唯野仁成が呼びかける。サクナヒメは大丈夫か少し不安になったが、見ると青いオーラで全身を覆っている。
毒や熱などを防ぐ事が出来ることは知っていたが。
恐らく、力を取り戻す過程でまた使えるようになった本来の力なのだろう。
サクナヒメは鬱陶しそうに、切り損ねた卵の一つを手で掴み取ると、握りつぶしている。
青い光は、サクナヒメに害を為すものを全て遮断できるらしい。ただ、恐らくは弱い相手限定で使える力なのだろうが。
デモニカで解析し、そして卵を全て破壊し尽くした後。通信を入れて、他の隊員に注意を促す。
この悪魔は非常に危険だ。データが後から出てくる。サンニヤカーとある。
何でもスリランカの悪魔で、疫病を司る「ヤカー」の上位存在に当たるらしい。
だとしても、このような悪趣味な能力にしなくてもいいのにとちょっとだけ唯野仁成はげんなりした。
スリランカにおける夜叉の姿という説もあるらしいが。
悪魔は基本的に、国境を跨ぐと姿をがらりと変える。
いずれにしても病魔がベースになった悪魔なのだとすれば、どれだけ恐ろしい存在でも不思議では無い。
後は調査班に引き継いで、先に進む。
やはり四層は相当に空間が複雑に入り組んでいて、途中で何度か看守と遭遇戦にもなる。いずれ劣らぬ強者ばかりで、どうしても消耗は避けられない。
クルーの消耗を見て、一度サクナヒメが撤退を指示。無言で皆、それに従う。
いずれ数日は此処を探索し、実りを回収する予定なのである。
ならば、休息はしっかりとらないといけないだろう。
入り口でサクナヒメが、念入りに体のチェック。サンニヤカーの卵がまだ付着していないか、確認しているのだろう。
流石にサクナヒメくらいになると、寄生されれば自力で気付けるだろうが。寄生されるのは良い気分がしないのだろう。
クルー達の方も確認して、卵が付着していないか調べてくれる。
デモニカの機能は優秀で、寄生を受けたクルーはいなかった。すぐにデータを真田さんの方に回し、寄生に対するチェック機能を有するパッチを配布して貰う。デモニカは無限に等しい拡張性が特徴だ。パッチを当てて、どんどん機能を強化していくことが出来る。
流石にギョウ虫の親玉や、更に悪趣味の極みみたいな悪魔を見て、食欲が無いのか。自室に直行するクルーが多い中。
唯野仁成は、レクリエーションルームに移動して、其所でコーヒーを飲む。
しばらく休んでいると、ストーム1のチームも戻って来た。2チームで手分けして探索して、今丁度マップの進捗が三割くらいだそうである。次の探索ではまた人員を入れ替えて、調査をする事になる。
ヒメネスが来るかなと思ったのだが。やはり相当に参っているのだろう。ヒメネスは来なかった。ならば少し休んでおくかと思って、自室に移動する。途中、ぽんとPCから出て来たアリスに聞かれる。
「ヒトナリおじさん、ヒメネス待ってたの?」
「ああ。 様子がおかしいからな」
「友情?」
「そんなところだ」
ほーと、嬉しそうにいうアリス。
なんか変な勘違いをされてそうなので咳払いをする。アリスは興味津々の様子である。
まあ理由は分からないでもない。
アリスは保護者があんなだし、本人の性格もこんなだ。
魔界にいたとして。周囲に対等な立場の友達がいたとも思えない。魔界以外でも、それは同じだろう。
アリスがちょっと力加減を間違えたら壊れてしまうような相手しか周囲にいなかったことは想像に難くなく。
その辺り、ベリアルとネビロスだったか。
過保護な親達が、気を揉むのも分かる気がする。
「友情ってどんな感じ?」
「アリスも同年代の友達がほしいか?」
「うん。 年が違う友達はいるんだけどなー」
「そうだろうな。 同じくらいの年の悪魔で、強力なのはいないのか?」
首を横に振るアリス。
子供の姿をしていても、中身はそうではなかったり。力がかなり違ったりで、相当に厄介だという。
何より保護者が保護者なので、混沌陣営の重鎮でも中々条件が合う友達はいないし。
秩序陣営の悪魔は論外。
たまに人間世界にふらりと足を運んだりもするけれど。
やっぱり力が違いすぎるか、もしくは年がかなり離れているかで。同年代の友達はできないという。
此処で言う年というのは、精神年齢の話だ。
まあ、アリスのような極大の力を持っている子供がいるかというと、それはノーだろう。
或いはあのぐるぐる眼鏡の堕天使だったら、子供の姿くらいは持っていそうだが。立場が恐らく違う。
難しいものだなと、唯野仁成は思う。
自室でベッドで横になると、アリスをPCに戻す。アリスが友情の話を聞きたがるので、高校時代や、第一空挺団にいた頃の話をする。国際再建機構に入ってからは、唯野仁成はぐんぐんエースとして頭角を伸ばしたので。アリスと似たような状態になっていった。要するに同格の友達は殆どいなくなってしまった。
それは寂しい状態では確かにあったが。
唯野仁成は既にその時にはとっくに成人していたし。
何よりも、別に孤独を苦にするタイプでは無かったので。別に、問題だと感じる事はなかった。
「ドライなんだねヒトナリおじさん」
「そうだな。 そうでなければ、やっていけなかったのだろうな」
「色々めんどうくさーい」
「その通りだ。 だけれども、その辺りの仕組みは悪魔の世界だって同じだろう?」
アリスもそれで納得したのだろう。頷くと、静かになった。
後は唯野仁成も目を閉じて、少しの時間休む事にする。
後二回の探索で、恐らくは囚人の所にまで行ける。アレックスは恐らく仕掛けてくるとみた。
今度こそ、取り押さえたい。相手の力を上回り始めた今なら。
捕縛は不可能では無い筈だった。
アレックスは四層にて、遭遇した看守を片付けながら。囚人が収監されている牢の前にて待ち伏せていた。
唯野仁成が来ている。
そして、通信を傍受(かなりジョージも苦労していたが)する限り。もう唯野仁成達は、フォルナクスの攻略を半ば完了させている状態だ。
驚異的な速度である。
普通の世界線だったら、まだ連中はデルファイナスで苦労している頃だ。良くてエリダヌスに入ったばかり。
フォルナクスに入った頃には、既に南極を覆い尽くしたシュバルツバースが、南米とアフリカに到達。
解き放たれた悪魔が、無差別虐殺を開始している頃である。
核によるシュバルツバース破壊作戦も実施され、それも一切合切効果が無く。
第三諸国の軍など悪魔には手も足も出ない状態で。
国連軍も腐敗し弱体化した結果、文字通り指をくわえて虐殺を見ているしかない。
そんな地獄絵図が展開されている頃だというのに。
まだシュバルツバースが南極を覆い尽くしてもいないタイミングで、フォルナクスの攻略に王手を掛けているのか。
いつもは、だいたいこの辺りで戦いを諦めて、次の世界線に行く事をアレックスはジョージに提案され。それを受け入れている。
理由は簡単で。唯野仁成に勝てなくなるからだ。
そしてこの世界でも。この間の戦いで、アモンとの激戦の直後とは言え、唯野仁成に遅れを取ってしまった。
異様にハイスピードで進んでいても、唯野仁成の成長速度はまるで変わっていない。
それどころか、普段の世界線だったら絶対に死んでいるゴアがずっと生きて、皆の支柱になっていたり。
他にも訳が分からない強さの奴が何人も紛れていたりと。
この世界線は、今までアレックスが経験してきたどれとも違う。だからなのか。ジョージは次に行こうとは、提案してこない。
異常に強いデメテルなど、不安になる要素も確かにあるのだが。
ジョージは極めて合理的にものを考える、頼りになるバディだ。昔のAIと違ってジョークも言えるし、アレックスの心にも配慮してくれる。
何かジョージには考えがある。それが分かるから、アレックスも信頼して、こうやって戦いに備えているのだ。
「ようアレックス。 今回は囚人を狙わないのか」
「……」
うんざりして苦虫を噛み潰す。
潜んでいるアレックスに話しかけてくるのは、下半身が触手になっている悪童という雰囲気の悪魔、シャイターンである。
一神教でもイスラム教における高位悪魔で、実力は非常に高い。本来なら好意的に接してきてくるのは良いことだと思うのだが、愛情表現がストレートすぎてうんざりである。はっきりいってセクハラにしかなっていない。
ジョージが代わりに答えている。
「シャイターン。 この階層の囚人は、既に看守に入れ替わっていることを知っているか」
「ああ、罠だろ。 中から感じる雰囲気がちげえもん。 ただ、それでもその高い力を秘めたものはあの中にあるぜ」
「実りのことか」
「そうそう実り。 デメテルがそう呼んでる奴な。 それ、スゲーパワーがあるぜ。 俺にくれたら、彼奴らみんなまとめて倒してやる。 ただ俺の子供を産むのと条件は引き替えだけどな」
苛ついているアレックスに気付いているのだろう。
ジョージは、シャイターンが機嫌を損ねないようにも配慮しながら対応してくれる。
「提案としては悪くないが、その実りというものの解析がまだ此方では済んでいない上に、そもそも唯野仁成を滅ぼすだけでは問題は解決しない。 故に申し訳ないがその提案は受けられない」
「何だよ、簡単に終わるのに。 それに俺様だったら、人間の男なんかより何百倍も強い快感与えてやれるんだけどなー」
「結構よ!」
「ハハハ、恥ずかしがるなって。 だいたいお前の肉体年齢、子供を産むのに最も適してるじゃないか。 生物としては子供を作るのが普通だし、何より俺様みたいな高位悪魔の子供産んでおけば、多分後で楽できるぜ? どんな世界でも子供達と一緒にやっていけるし、何より俺様も守ってやるよ」
頭を抱えたくなるが、シャイターンには本気で悪気は無いらしい。
いずれにしても邪魔をしないように念を押すと、しばらく潜んで様子を見る。ジョージが警告をしてきたのは、しばし後だった。
「やはり来たぞ。 サクナヒメというアンノウン。 ストーム1というアンノウン。 これに加えて、唯野仁成とヒメネスがいる。 ヒメネスとケンシロウというアンノウンは距離が離れているな。 今回ヒメネスは最前線に出ることを控えているようだ」
「あの巨大な次世代揚陸艦が来ている事から言っても、恐らくは来るとは思っていたのだけれども。 やはり来たようね」
「仕掛けるか」
「この間の戦闘の結果を見る限り、敵の戦力は更に増していると見て良いわ。 恐らく敵は罠を力尽くで喰い破りに来る筈。 消耗したところを叩くわよ」
OKバディ。そう答えると、ジョージは黙り込む。
シャイターンは空気を読んだのか、静かになる。
やがて、囚人の周囲にいる看守達も動き出す。
かなりの数の看守が集まっていたのだが。それが悉く、迎撃に向かったようだった。
激しい戦いの音が響きはじめる。ジョージが、それで分析がやりやすくなったと言っている。
「ふむ。 あの中には囚人の代わりに現在看守が五体いる。 ……堕天使フォルネウス、堕天使アガレス、魔王ラーヴァナ、魔王インドラジット、破壊神アレスだな」
「いずれ劣らぬ面子ばかりね」
「ああ。 元々中にいたデメテルを上回る戦力をと言う事でかき集めたのだろう。 だが、解せないことも多い。 ラーヴァナとインドラジットの親子を除くといずれもが神話において別に仲が良いわけでもない連中だ。 混沌属性という事以外に共通点がない」
堕天使フォルネウスとアガレスは、それぞれソロモン王が行使したことで伝説になっている魔神である。いわゆるソロモン王72柱のうち二柱だ。そのうちアガレスは序列一位。とはいっても、別に序列が高いからといって強い訳でも偉いわけでも無いのだが。この辺りは、元々の神話がいい加減と言う事である。勿論この二柱は別に仲良くもない。
魔王ラーヴァナはインド神話における悪魔的存在の一角である羅刹(ラクシャーサ)(同じく夜叉がいるが、羅刹は夜叉とは別物である)の王であり。インド古代神話の重要な物語である「ラーマーヤナ」における最大の魔王である。インドラジットはその息子で実際の名前はメーガナーダといい、ラーヴァナをも凌ぐ力を持ち、神々の王インドラを破ったことから「インドラを破った者」を意味するインドラジットの名前を、最高位の神であるブラフマーから貰った逸話がある。なおこの時インドラの戦車も奪っている。
インド神話では面白い事に神も悪魔も修行を行って強くなるのだが。インドラジットは修行を失敗して弱体化して、その結果討ち取られてしまうと言うインド神話らしい不思議な負け方をしている。
アレスはギリシャ神話の支配者階級オリンポス神族の一角である。軍神ではあるが、同じく軍神である女神パラスアテナの噛ませ犬として当てがわれており、性格も悪い。ただしツラだけは当時の基準で美しいという事にされている存在だ。
これはアレスがギリシャという民族共同体文化圏の中では、マイナーで立場が弱い民族が信仰していた神だった事が要因である。ギリシャ神話では噛ませ犬に常にされている挙げ句、性格も最悪の最低な神であるアレスだが。ローマ神話でマルスになると、お行儀がよいローマ神話の中で信仰を集め、知恵の神ミネルヴァへと代わっていったパラスアテナと上手に棲み分けを行う事に成功。クリーンで性格もいい軍神へと変わっている。
いずれにしてもどいつもこいつも相当に手強い神格ばかりだ。
五層にはあのゼウスが収監されていることが分かっているが。
それを差し引いても、過剰戦力と言わざるを得ないだろう。
戦闘が徐々に近付いてくるとジョージが言うので、アレックスは身を潜めて待つ。
途中、悲鳴が何度も聞こえる。いずれも悪魔の悲鳴ばかりだった。
「ほー。 ここに来ようとしている連中、相変わらずすげーなあ。 此処の看守、強い奴ばっかりなのに殆ど苦にしてないぜ」
「既に大母の空間にまで侵入している連中よ。 しかも見た所、殆ど被害も出していない」
「ハハ、それじゃあ大魔王様も形無しかもな。 アレックス、いっそのこと相手についちまえよ。 そうするのが俺様から見れば一番合理的だと思うけどな」
「……」
けらけら笑うシャイターン。複雑な気分だ。
唯野仁成は、明らかに今まで見てきた唯野仁成と違う。
シュバルツバースの外で見た唯野仁成は、外道、人でなし、悪魔、それらの言葉を全てぶつけても足りないほどの相手だったし。
シュバルツバースの内部で遭遇した唯野仁成だって。最初の内は、相手を観察して違うかも知れないと思ったが。
いずれの世界でも、辿る結末は。狂った戦闘狂か。いかれた狂信者か。殺戮マシーンかの三択でしか無かった。
今回は様子が違う。確認しようとジョージは言っている。確かにアレックスと会話をしようと試みてきてもいる。
ぐっと身を伏せて、様子を窺う。やがて、奴らが姿を見せた。
囚人の存在を確認したらしい。だが。その場で待っている。まさか、戦力を増やすつもりか。
そのまさかであった。サクナヒメとストーム1がいる上、更にケンシロウが来る。ゼレーニンの姿もあるが。ゼレーニンは普段、連れることがない筈の悪魔を連れていた。
あれは大天使のように見えるが。
ジョージがサポートしてくれる。ラジエルという大天使で、神の知識を詰め込んだラジエルの書という一神教における重要な道具を管理している存在だそうだ。
驚愕を隠せない。ラジエルなんてどうでもいい。ゼレーニンの行動にである。
今まで幾つものシュバルツバースを渡って、ゼレーニンについて研究してきた。一神教に都合が良い、心の根幹に「神の絶対」をおいている科学者で。悪魔を嫌悪する、典型的な西洋圏の人間だった。だからこそマンセマットにつけ込まれたし、最悪の事態を引き起こしたのだが。
「あの悪魔召喚プログラム嫌いのゼレーニンが、悪魔召喚プログラムで大天使とはいえ悪魔を作っているというの!?」
「そういう事になる。 やはりこの世界は、今までとは違うとみるべきだろう」
「……やっぱり、信じられない。 何か幻を見せられているのではないでしょうね」
「アレックス、やはり君は柔軟性を失っているんだ。 素直に彼らに接触しよう。 どうも今の彼らは、我々が知る鬼畜外道の代名詞だった唯野仁成と、その関係者だとは思えない」
ジョージはついに戦闘の放棄まで提案してきたが。やはり納得いかない。
ただし、ジョージに対する信頼もある。それは当然消えるわけが無い。事実上の家族なのだ。
ジョージはAIだ。だが実体が無かろうがあろうが関係無い。
ジョージがいなければ、アレックスは此処まで生きてくることさえ出来なかったのだから。間違いなくジョージはアレックスの家族である。
「予定通り連中の消耗を待つ……いや見て」
「!」
見ると、唯野仁成以外の全員が、あの囚人が待つ罠の中に入っていく。そして、唯野仁成は剣を抜くと、此方に呼びかけてきていた。
「アレックス! いるな。 此方は逃げも隠れもしない。 話をしよう」
すぐに罠の中では戦闘が始まった様子だ。要するにあの化け物じみた連中は、内部で強大な悪魔五柱と激戦の真っ最中。小細工を此方に仕掛けてくる余裕は無いはずだ。
ジョージは。何も言わない。
アレックスに任せると言うことだ。
実際問題、唯野仁成は、手持ちの悪魔だけを展開して此方を待っている状態である。
アレックスの方にも問題はある。
アモンがまだ不調で。全力を出すどころか、出せない。これはマッカ不足もある。
しかしながら、唯野仁成一人だけなら。今のアレックスで。
しばしの葛藤の後、ついにアレックスは決断した。
隠れていた茂みから姿を見せる。同時に、手持ちの悪魔達を召喚する。唯野仁成も悪魔を召喚済だから、条件は五分だ。
「アモンは出さなくてもいいのか」
「ハンデよ。 あんたなんか、アモン無しで充分だわ」
「違うな。 君の性格上、アモンを出せないというのはマッカが足りていないと言うことだろう。 アモンほどの悪魔だ。 単独行動を続けている君が、嘆きの胎で充分にマッカを集められるとも思えない。 復活に必要な分のマッカが足りないのだろう」
「知った風な口を……!」
苛立ちながら、光の剣を起動する。
プラズマによって一瞬で敵を焼き切る必殺の剣だ。だがこいつは。唯野仁成は、合金製の剣でこれと渡り合ってくる。
もう、油断はしない。
そして今回は、アモン戦の消耗もない。アモンはいないが、条件は此方が有利だ。
構えを取ると、唯野仁成も構えを取る。戦いを受けて立つと言う事だ。
話し合いを望んでいたようだが、頭の切り替えも速い。まあいい。どうせ殺すんだから関係無い。
殺意一色で頭を塗りつぶすと。
アレックスは、地面を蹴って。雄叫びと共に、恨み重なる相手に躍りかかっていた。
アレックスと唯野仁成の第二ラウンド。
今度はアレックスに有利な条件での戦闘です。
しかし……