そしてその最深部にいたのは、最古文明の原初の存在でした。
真女神転生5Vでは大出世する事になった、あの存在です。
序、乾いた者は彷徨う
ヒメネスは昔どうしようもない程に荒れていた。国際再建機構に入ってからも同じだった。兎に角乾いていた。世界が腐りきっている事を知っていたからだ。
そんなヒメネスだったが美点が一つあった。強い相手は素直に凄いと認められる事だ。
だからストーム1に自分を認めて貰って。
唯野仁成という、互角以上の相手を見つけて。そして、やっと少し乾きは癒やされた。少しずつ、丸くなっても行った。
だけれども、ヒメネスは見てしまった。
自分と同じような、力絶対至上主義の行く先を。
あのおぞましい工場が、地上で「財団」がやっていた事をそのまま持ち込んだことくらい、ヒメネスにはすぐに分かった。
地上で財団は弱者に文字通りやりたい放題をやっていた事も。
それは、ヒメネスと同じ。
ヒメネスも、弱者には徹底的に冷たかった。ゴミのように弟を殺され。国際再建機構で力を得るまで、弟を惨殺した下手人に鉛玉も叩き込めなかった自分が嫌いだったからだろう。そう、ヒメネスは自分を徹底的に嫌悪していた。弱い自分をだ。
故に、弟の雰囲気が何処かにある弱々しい悪魔バガブーには心を許していた。
そんなバガブーでもどうにも出来ない程に。
今、ヒメネスは心に闇を抱えてしまっていた。
どうにもならない。
自分の映し鏡を、最悪の形で見せられてしまったのだから。
弟だって、あのマフィアのクズ野郎に殺されなければ。財団に売り飛ばされて、あんな風に悪魔と融合させられていたかも知れない。
それだけじゃない。
自分だって、何か切っ掛けがあれば。クソ野郎に雇われて、墜ちるところまで墜ちていたかも知れないし。
強さを求めて、あんな風に悪魔と融合を目論んでいたかも知れない。
分かっている。
そもそもいい年になってから勉強して、読み書きを覚えたヒメネスだ。周囲に知恵でマウントを取られるのが嫌で、散々色々な知識をつけた。今ではサラブレッドの始祖や、スポーツカーの歴史など、知る必要がない雑学まで知っている。
皮肉な話で、中華の歴史の関羽も、知識層を毛嫌いしていた様子で。そういった連中にマウントを取るために、当時の教養書である春秋左氏伝という書物を丸暗記までしていた、という説がある。
有名な英雄でさえそうなのだ。ヒメネスはそういう話を聞いて、ますます知識を増やして、弱者ではない存在であろうとしていて。
そして打ちのめされたのだ。自分の行き着く先がどうなるか、見てしまったのである。
ため息をつくと、コーヒーに明らかに体に良くない量の砂糖を入れる。唯野仁成が隣に座ったが、会話はしない。
砂糖を入れすぎてまずい。
だが、頭を少しでも、今は働かせたかった。
「ヒメネス、大事な話がある。 今は話をしたくないかも知れないが、聞いてほしい」
「……」
「ヒメネス! 話聞く! ヒトナリ、良い奴!」
隣にいるバガブーが言うので。やむを得ない。
ヒメネスも、バガブーの言葉には弱い。やはりどうしても、死んだ弟を思い出してしまうのだ。
「何だ、ヒトナリ。 これからフォルナクスの大母をぶっ潰しにいくとかいう話は俺も把握はしているぜ」
「……アレックスと戦ってきた。 これは話して良いと言われているから伝えるが、アレックスは間違いなく別世界から来た人間だ。 そして恐らくだが、時間遡航もしてきていると見て良い」
「未来人の上に異世界人か。 それがどうしてまた、お前や俺を狙うんだろうな」
「恐らく、俺たちが世界の滅亡に関わるんだろう」
ぴたりと手を止める。
唯野仁成は、こういう所で冗談を言う奴じゃ無い。
咳払いすると、唯野仁成は続けた。
「アレックスのAIであるジョージは、俺がまだこの程度の立場と発言権しか無い事に明確に驚いていた。 アレックスが今まで見てきた世界では、俺はもっとずっと厳しい環境にいたらしい。 多分ヒメネス、お前もだ。 恐らくはゼレーニンもな」
「どういう……事だ」
「それらの世界では、姫様をはじめとしたスペシャルは誰もいなかったんだろう。 アレックスはケンシロウさんをアンノウンと言っていた。 それは、つまりそういうことだ」
ぐっと、コップを強く握る。
何となく分かってきたからだ。
ヒメネスは、自分が馬鹿では無いことを知っている。馬鹿だったら、幼少期に身につけられなかった読み書きを、いい年になってから身につけるのは無理だ。ましてや今、ヒメネスは読み書きだけで二カ国語、聞き取りだけなら五カ国語ほど出来る。英語と母国語、更に英語に近い言語だけだが。
それでも、この言語を聞きこなすことが出来る人間は多く無い。
スラム出身と言う事で舐められるのが兎に角むかついたので、ひたすら勉強して覚えた知識だ。
だからこそ、分かってしまう。
「ヒトナリ、お前は、俺から見れば理想的な軍人に見える。 ストーム1でさえ、ブチ切れると歯止めが利かなくなるのに、お前はキレても冷静だ。 そんなお前でも、あの赤黒が外道って呼ぶような奴に条件次第ではなるってのか」
「そうなんだろう。 俺も少し考えてみた。 誰も周囲にいない時の事を。 姫様もストーム1も、ケンシロウもライドウ氏も。 真田さんも、正太郎長官も、ゴア隊長も、春香も。 そんな風になったら、きっと俺たちに激甚な負担が掛かっていただろう。 このシュバルツバースでだ。 まだ南極を覆い尽くしていないシュバルツバースだが、それもどうだったか分からない。 フォルナクスまで、俺とヒメネスだけが実質的な戦力だけの状態だったら、もっと何倍も時間が掛かっていたはずだ。 死人だって、たくさんたくさん出ていただろう。 そんな状況で、俺は心を保てたのか。 あまり自信が無い」
「……」
ヒメネスもだ。
この船には理解者がいる。ストーム1は、ヒメネスを後継者にしたいとまでいってくれている。
言う事は厳しいが、あの人は正論を言っているし、何よりも的確に指導をしてくれる。そして諦めない。そして本当に強い。文字通り伝説の英雄としか言いようが無い。
戦術について聞きに行くと、歴戦の猛者であるヒメネスも思わず膝を打つような話をしてくれる。本物の英雄である事は、ヒメネスも認めている。
唯野仁成もそうだ。同格の戦士として、とにかく頼りになる。少しだけ唯野仁成が強いが、追いつけない背中じゃ無い。
そういった環境が、どれだけヒメネスを救ってくれているか。
確かに、そういうものがなければ。
ヒメネスはもっと力を求めて、壊れてしまっていた可能性が高い。
更に言えば、もっと無茶をしていただろう。
それこそ、一歩間違えば終わるような。
その結果、とんでも無い事になってしまっていた可能性も高い。
今、軽度のPTSDを発症しているヒメネスだが。
こんな程度では済まなかった可能性が極めて大きい。
もしも、アレックスが、別可能性の世界から来たのだとすれば。
何となく、ヒメネスを狙うのも分かる気がする。
頬を叩いて、考えを変える。
「分かった。 少し本気で休憩を入れてくる。 頭を切り換えてくる」
「それでどうにかなるのか」
「何とかするさ。 元々こんな状態になるのは初めてだからな。 弟が殺された頃とかは、行き場が無い怒りをものにぶつけるくらいで、大人になってからだってあのクソマフィアに鉛玉をぶち込んだとき位にしか本気で怒ったことはなかった。 俺はどういうことをすれば殺されるか、分かっていたんだ。 だから最後の一歩も踏み出し方が分からなかった」
故に、アレックスのいた世界では。
取り返しがつかない間違い方をしたのだろうとも思う。
「休息用のカプセルあるだろ。 あれで深度睡眠モードを使って眠ってくる。 確か二日くらいで、一ヶ月分くらいのリフレッシュが出来る筈だ。 それに加えて、リラクゼーション系のプログラムも全部組んでもらう。 無理矢理にでも頭をはっきりさせる」
「ヒメネス! 大丈夫か! 大丈夫なのか!」
「ブラザー、心配するな。 どっかで進まなければならなかったんだ。 俺は此処でいつまでも腐ってるわけにはいかねえ。 多分心療内科に掛かるくらい悪化していたなら、こういう方法ではどうにもならなかっただろう。 だけれどもな、ブラザー。 俺はこれくらいすれば、治る位置にまだいる。 だから治す」
立ち上がると、唯野仁成に一度バガブーを預ける。
本来こう言う悪魔の譲渡は出来ないのだが、面倒な契約をすれば出来る。唯野仁成は、その面倒な契約を、悪魔召喚プログラムの力を借りたとは言え、受けてくれた。
バガブーも、ヒメネスが最も信頼する相手に預けられたと言う事は分かったのだろう。素直に受け入れてくれた。
「それで、大母とかいうババアとやりあうのはいつだ」
「四層の囚人との戦闘で皆かなり疲弊したからな。 恐らくだが、三日後くらいになると思う」
「なら充分だ。 二日眠って、それでどうにか復帰してみせる」
「分かった。 待っている」
バガブーを残すと、医療室に出向く。
奥ではまだノリスが眠っている。軟弱だとか惰弱だとかいうつもりはない。ノリスは守るべくして守った。
己の心を致命的に壊されてしまったが、それでも己の信念にしたがって守りきったのだ。
昔のヒメネスだったら、多分自分の命が最優先だろとか言っていただろう。だが、今なら違う。
ノリスがやった事は尊敬できると判断している。軍人として理想的に動いた結果だ。
勿論、無意味に英雄的行為をするつもりはない。
だが、ヒメネスはそもそも兵士だ。
だから、兵士として、できる限りの事をして。そもそも戦えない者のために戦う。そのつもりではある。
ゾイに説明をする。難しい顔をしたゾイだが、準備はしてくれた。
デモニカを脱ぐと、薄着になって、後は色々と事前準備をする。二日も眠るのだから、それは代謝など色々あるのだ。
人工呼吸器もつけて、カプセルに入る。
カプセルが閉じると、一気に眠くなってきた。
こんな世界だが。
それでもヒメネスにも、守りたい者が出来た。
国際再建機構なら大丈夫だ。シュバルツバースを出た後も、バガブーと引きはがされるような事は無いだろう。
そもそも悪魔の存在が実際に確認されたのだ。
今後対悪魔の部隊は創設されるだろうし、経験豊富な方舟のクルー、特に機動班は多数がそれに選抜されるのは確定である。
ヒメネスは引退して楽隠居、といけるかは分からないが。
少なくとも未来は保証されている。
ただし、シュバルツバースをどうにかする必要がある。
分かっている。
バガブーは25パーセントも組成に異常がある。悪魔だろうが関係無く、恐らくは長くは生きられないだろう。
だが、生きている間だけでも。
バガブーには楽しくいて欲しい。
そのためには、勝たなければならないのである。
何が大母だか知らないが、人間の悪い真似ばかりするアホ悪魔どもを甘やかす上位空間の支配者。充分以上に軽蔑に値する。
スペシャル達や、唯野仁成だけに任せてはおけない。
ヒメネスも、戦いに必ず赴く。
そして、頭をたたき割ってやる。
徐々に眠くなってきた。そして、ヒメネスは深い睡りの中で、何か強い力を感じていた。
「ふむ、力を求める乾いた魂よ。 面白い可能性に行き着こうとしているのですね」
「なんだてめーは……」
夢だが、夢では無い。
何となく察しがつく。
唯野仁成に話しかけてきている奴に、話しかけられている。さいふぁーとか言ったか。メイドなんて巫山戯た格好をしている奴。それでいながら、方舟のセキュリティを突破してくる化け物堕天使。
「私はさいふぁー。 可能性を求めるもの。 何かの可能性を見て、その背中を後押しするもの」
「あいにくだが、俺は自分の可能性は自分でどうにかするんでね」
「それでいい。 君は混沌に極めて性質が近い。 だったらそれが理想的な答えだ」
「ちっ。 いけすかねえ野郎だ」
聞こえてきている声は女だが、その性質は男に近いとヒメネスは見抜いていた。
勘については自信があるのだ。
「……君は恐らく、本来だったらシュバルツバースの凶暴な自己責任論至上主義に飲み込まれた挙げ句、取り返しがつかない過ちを犯して、代わりに強大な力を手に入れていたはずだ。 だが君はその可能性を振り払い、しかしながら別の強い可能性を手にしようとしている。 とても興味深い」
「そうかよ、ありがとうな。 それでなんだ、景品でもくれるのか」
「バガブーと君が呼んでいる、壊された悪魔。 その体にある死に到る要素を私が治療しておくよ」
「……っ!」
意識が覚醒するかと思った。
夢の中だと言う事は分かっている。だが、話しかけて来ている此奴が、恐らく現実に存在する事も分かる。
そうか、夢の中に入り込んでくるような奴だ。
それくらいは、出来ても不思議では無いか。
「素晴らしい可能性を見せてくれた礼だ。 だが、私が君を助けるのはこれが最初で最後だ。 後はバガブーとともに、いや他のクルーともともに、此処を生き残るために頑張りなさい」
「……そうか、助かる。 ありがとうよ」
「……」
それ以上、声は聞こえなくなった。
ヒメネスは、すっと全身が楽になるのを感じた。きっと、これならばいける。これならば戦える。
今まで以上に。
そして、今までどうしようもなかった、力に溺れ力を求める自分からも脱却できる。そうヒメネスは信じていた。
さいふぁーは小さくあくびをする。今、眠っていたからである。
眠る事によって、深層意識世界を渡り。其所を通じて、丁度眠りに入ったヒメネスにアクセスしてきたのだ。
あの人間達の鉄船。人間がレインボウノアと呼ぶ船が、兎に角セキュリティが硬くなってきたので、こうでもしないと接触できなくなってきた。
それで、こうやって接触したのである。
裏技中の裏技だ。
なおバガブーについては、実の所とっくの昔に修復してある。ヒメネスが船の外を歩いているタイミングで、ちょちょいと済ませておいた。
まあ、そういう時間的な因果関係はどうでもいい。
それはそれ、これはこれである。
ベッドから降りると、小さな体。借りているメイドの体で伸びをして、ぐるぐる眼鏡を掛ける。
体の一部になっているメイド服を、パンパンとはたいて伸ばすと。
部屋から出た。
此処は人間達が恐らく次に到達する大母の空間。
天使達が、人間達がセクターエリダヌスと呼んでいた空間よりも更に巨大な拠点を作っている場所。
さいふぁーもまた、此処に拠点を作っていた。
とはいっても、此処で人間に関わるつもりはない。
此処にはちょっと面倒くさいものが存在していて、此処の管理者である大母が監視しているので。
万が一のために、此処に潜伏しているのだ。
幹部達は、それぞれ別の場所に潜伏させている。
さいふぁーだけなら兎も角、他の幹部達までいると、流石に気配が大きくなりすぎて天使とぶつかり合う事になる可能性がある。
それは、また面倒だからだ。
外に出ると、悪魔達がぎょっとした様子でさいふぁーを見て。力がある程度以上あるものはそのまま傅く。
天使達に追われた悪魔が作った一種のスラム。それが此処だ。
何しろ空間の性質状、ある程度集まっているだけでそこは要塞のように頑強な拠点になる。
天使が集まったのも。
悪魔達が身を寄せ合って潜んでいるのも。
それが理由である。
彼らに時々小さい手を振って笑顔を向けながら、さいふぁーは思考を巡らせる。
あと一つ、問題がある。
マンセマットが粉を掛けようとしている人間だ。
最近はかなり精神が落ち着いてきていて、簡単に秩序の陣営の手駒に転がり落ちるような事は無いとは思うが。
それはそれとして、あの狡猾で野心的なマンセマットが、準備を怠っているとも考えにくい。
この間も、わざわざ仲魔共を連れ込むために使った鉄船の設備を、まるごと人間達の心を揺らすためだけに放り捨てたような奴だ。
文字通り蜘蛛の如く、無数の糸を張り巡らせて。獲物を待っているのは間違いない。
悪巧みでだけで言えば、さいふぁーをも凌ぐかも知れないマンセマットである。伊達に長い間天界の掃除屋をやっていない。
腕組みして考え込みながら、歩いていると。やがて、悪魔達が身を寄せている空間の最深部に来ていた。
グレンデルという、欧州の古い伝説に出てくる大きな悪鬼が姿を見せる。実はグレンデルよりもその母の方が強力なのだが、名前が格好良いからか。グレンデルの方が知名度が高い。
「これは偉大なるお方。 如何なさいましたか」
「少しだけ此処で考え事をしたいのですが、もう少しいてもいいですかぁ?」
「それは勿論。 あなた様がいるだけで、天使の脅威からどれだけ我等が守られるか……」
「分かりました。 それでは有り難く場所をお借りさせていただきますぅ」
スカートをちょこんと摘んで礼をすると。
また考え込みながら歩く。
マンセマットがちょっかいを出そうとしている人間に対しては、恐らくだがさいふぁーが直接手を貸すのは悪手だ。武神サクナヒメに心を許す等柔軟性は増してきているようだが、それでも一神教の最大の悪魔たるさいふぁーが直接話をすれば、態度を硬化させるだけだろう。
いずれにしても、中々に難しい問題だ。
しばらく歩き回りながら、弱い悪魔を見ては何か助けられる事がないか聞いて回る。体を欠損したまま回復出来ていない悪魔もいるので、そういう場合は回復の魔術で癒やしてやるが。腹が減っているとか、そういう事まではどうにもできない。
マッカは膨大にあるといっても、限りはある。それに悪魔はマッカを理論上幾らでも喰らう。
聞いてやれる願いだけ聞いてやりながら、歩き回る。
まだ、少しばかり。マンセマットの悪辣な策謀に対してどうするべきかの対策が、さいふぁーの中で練りきれているとは思えなかった。