余り顔色が良くない。
真田はそうそのままサクナヒメに指摘されて、苦笑い。今も半日ほど、回復用のカプセルで休んで無理矢理体力を戻してきた所だ。ゾイにも色々良くない結果が健康診断で出ていると言われている。だが、それも仕方が無い。
無理を続けているのだから。
研究室に戻ると、現状の方舟の様子を確認する。
物資については問題ない。現在嘆きの胎に停泊している方舟だが、弾薬や燃料については大丈夫だ。
後は副動力炉だが、ようやく復旧した。
これで多少は無理が出来る。会戦も可能だろう。
そして、切り札になる幾つかの道具だが。寝ている間に開発が終わるほど、世の中は甘くない。
ラボにいるアーヴィンとチェンからそれぞれ報告書が上がって来ているので見る。
真田が要求する水準があまりにも高いせいか、二人とも泣き言を言っているが。
それぞれ、真田の方でやり方を示して。それで設計を何とかしてもらう。
事実上23世紀からきたのと同じの真田だ。しかもその23世紀は、この世界がそのまま進んだ23世紀よりも遙かに技術も文明も進んでいた。
とはいっても、真田もそのテクノロジーの全てを頭に入れているわけではない。
今できる事を、今ある物資でやっていくしかない。
それは分かっているから、色々とほろ苦い。
そのままレポートを見ていく。
まずは鍵。フォルナクスで見つけた四つの情報集積体の情報を組み合わせ、鍵を作った。だが、まだ使い方が分からない。
情報を見る限り、鍵そのものはこれであっている。
だが、どう使って良いのかがよく分からないのである。
これについては、研究室の全員から仮説を出させているが、どれも真田を納得させるものでは無かった。
もう一つ問題がある。
三つ目の「実り」を回収してきた。これを色々調べていて、分からない事が幾つも出て来た。
この実りというもの、それぞれにぎっしりとんでもない情報が詰まっているのだが。どうやら調べて見る限り、それだけではないようなのだ。
ひょっとすると、これ自体が小さな宇宙に匹敵する代物では無いのかとさえ思えてくる。
だとすると、危険すぎてデメテルのような輩には渡すわけにはいかない。
デメテルの戦闘力は、スペシャル達でもかなり危ないと言わしめる程のものだ。
方舟に強襲を掛けられたときに守る方法は、今のうちに考えておかなければならないだろう。
そして、アレックスについて。
唯野仁成との会話を解析して確定した。
アレックスは平行世界から来た人間だ。しかも、その平行世界の未来から来た人間と言う事で間違いない。
そもそもあの二世代は先を行っているデモニカの時点で、おかしいと思ってはいたのだが。
あのアレックス自身が、今後取るべき行動について、大きな指針を示したとも言える。
必要な情報を頭に入れると、研究室のメンバーにレポートを作るように指示。自身は、艦橋に向かう。
艦橋では、既にスペシャル達が揃っていた。
サクナヒメはもぐもぐとおにぎりを食べているが。姫様はこの間精鋭看守悪魔五体と戦闘した時、真っ先に敵の頭数を減らすために突貫して堕天使フォルネウスを斬り捨て。他の看守悪魔の集中攻撃を受けながら、堕天使アガレスとも最前線で戦ったのだ。
一番回復が遅れているのは仕方が無い事で。食事をサクナヒメがしている事に対して、文句を言う者は誰もいなかった。
唯野仁成は休憩中。ヒメネスは気合いを入れて精神的なダメージを回復すると言う事で、今回復用カプセルで休んでいる。今回の話し合いには加わっていない。まあ、これは仕方が無い。二人とも、最近は負担が大きかったのだから。
真田の方から、軽く説明を終える。
まず鍵について。既に情報化してそれぞれのデモニカに共有している。マッカさえあれば何時でも具現化できる。
それを話すと、ゴア隊長は頷いていた。
「アレックスが問題だ。 何とか話し合いの場を持ちたい所だが……」
「今までの話を総合する限り、恐らくだが……アレックスは四隻の次世代揚陸艦で、シュバルツバースに突入した世界の未来から来ているのだろう」
正太郎長官が言い。真田もそれに同意していた。
最初に計画として持ち上がったそれだが。真田が待ったを掛けたのだ。
確かにダメージコントロールの観点では、四隻に戦力を分散させるのはありだ。戦略的には悪くない判断である。
だが、未知の世界に乗り込むのに、それでは危険が大きすぎる。
だから、真田が主導してこのレインボウノアを作り上げ。そして更に各地からスペシャルを集めた。
結果、現時点においてもクルーの死者は出していない。
これは誇るべき成果であるが。逆にそれが故に、四隻の次世代揚陸艦でシュバルツバースに突入した世界とは、結果があまりにも違っているのかも知れない。
「儂はこう見る。 恐らくだが、アレックスがいた世界では、ゴア君も死亡し、唯野仁成やヒメネスなどのわずかなクルーに絶大な負担が掛かったのだろう。 クルーは毎回大勢の死者を出し、唯野仁成の心はどんどんすり切れていってしまった」
唯野仁成は真田から見ても優秀な軍人だが、妹を大事に思う一人の人間でもある。
心に負担を際限なく掛けていけば、そのうち壊れてしまうのは自明の理だ。
そうなれば、悪魔の誘惑に耳を傾けてしまうかも知れない。
天使の言う通り、秩序のために自我を犠牲にするような世界に荷担してしまうかも知れない。
或いは全てをはねのけるために、あらゆる何もかもを殺して回るような奴になるかも知れない。
真田も幾らでも、人がおかしくなる瞬間は見ていた。PTSDは人間を壊す。心が壊れると、人間はあり得ないような行動を取る。
昔は、男が泣き言を言うのは許されないとか、そういう風潮はあった。
だが、PTSDの存在が周知されるようになって来てから、それらの風潮が如何に問題だらけかは皆分かるようになっていった。
確かに、此処にいるスペシャルが誰もいない状態で、唯野仁成に全責任が押しつけられた世界があったのなら。
アレックスがあれほどヒステリックに殺す事にこだわる、怪物が誕生してしまうのかも知れない。
それは悪魔よりも恐ろしい存在だろう。
何しろ、このシュバルツバースも、恐らく単身でどうにかしてしまうのだろうから。
春香が挙手。
正太郎長官が頷いていた。発言をしてほしい、という意図だ。
「私は思います。 このシュバルツバースでは、人の醜い部分がとにかくこれでもかと人に見せつけられています。 私は、実の所こういうものは幾らでも見て来ました。 私がいた芸能界は、そういう場所だったんです」
真田もそれは知っている。たまたま、春香のいた事務所が良かっただけだ。
だが、芸能界が反社会的勢力とつながりがあるのは古い時代からの悪しき習慣だ。国際再建機構が直に関わるほどの案件では無いが。芸能事務所に別の国の工作資金が流れ込んでいたり。政治家の票田にするための工作資金が流れ込んでいたケースは、真田も幾つか聞いた事がある。
プロのアイドルですらこれだ。
いわゆるインディーズアイドルになってくると更に状態は悲惨で。ちやほやされるために、それこそ何もかもをむしり取られることを容認するような人間まで出て来てしまう。そういう場所には、いわゆる悪い大人が集まり、徹底的に搾取する。
それはシュバルツバースのような悪魔のいる世界と何も違わない。
暴走した自己責任論が、際限なく弱者を食い荒らす最悪の世界だ。
「私は心が壊れてしまった元アイドルだった人を何人も見ています。 悪い仕事をしている人の愛人になったり、薬漬けになって病院から出られなくなったり。 私だって、違う事務所に入るとか……一歩間違えばそうなっていました。 そして……皆さんはこういうと反発すると思いますけれど、この世界にいる悪魔達もそう私には見えています」
「共通点は確かにある」
ストーム1が同意すると、ライドウ氏も頷いた。
ストーム1が言う所によると、精神の箍が外れてしまった兵士は、薬物に依存するようになったり、倫理観念が完全に壊れてしまう。
そういう部下を何人も見てきたという。
人によっては、戦場で一人殺しただけでそうなるとも。
そして、確かにシュバルツバースの空間支配悪魔は。それと似た傾向が見られるという。
勿論同情はしない。連中は進んで、クズに墜ちたのだから。
その辺りの物言いは、ストーム1らしい苛烈さだが。サクナヒメも、それに同意していた。
「次の好機は恐らくだが、五層の囚人を確保するときだろう。 その時、わしを出撃させよ」
「姫様?」
「アレックスの力は既に完全に見きった。 どのような手を使ってでも捕らえてみせる」
サクナヒメ曰く。アレックスとは、しっかり話をする必要がある、と言う事だった。
此処で意外な人物が挙手する。
ウィリアムズだった。
彼女は艦橋のメンバーであるが、いつもは基本的に裏方に徹して発言すると言う事はしない。
珍しいなと思いながら、発言を聞く。
「少し心配になったのですが、タイムパラドックスは大丈夫なのでしょうか」
「ああ、それなら問題ない」
「?」
「いや、既に実験済だと言っておこう」
真田がそう言うと、ウィリアムズは引き下がる。
まあ、真田の「かねてから開発していた」が絶大な信頼を得ているように。真田の知識や技術はもはやクルーにとって崇拝の域に達している。ウィリアムズの行動は別に不思議では無い。
なお簡単に種明かしをすると、そもそも23世紀の地球に相当する場所から、この世界に来ている真田が、どんどん新技術を開発しているのだ。
それでタイムパラドックスが起きていないのである。
要するにタイムパラドックスは理論上で提唱されてはいたが、正しい理論では無かった。それだけの話である。
恐らくだが、平行世界に分岐した時点で、未来はどんどん変わるのだろう。過去に転移したという時点で、平行世界が発生していて。それによって、タイムパラドックスは回避されているのだ。
それにアレックスが活動していて、介入もどんどんしてきている状況もある。
タイムパラドックスについては、懸念する必要はなかろう。
ゴア隊長が皆を見回した後発言する。
まとめに入ったのだ。
「それでは、これからするべき事についてまとめよう。 まずはアレックスは、今後敵対勢力ではあるが、重要な証人としても扱う。 勿論簡単に取り押さえられる相手ではないが、何とか確保を試みてほしい。 無為に殺すのは避ける方向でいこう」
「イエッサ」
ストーム1が敬礼する。
デモニカで超強化をされているストーム1。近代戦の専門家だが、毛色が違う他のスペシャル達と総合力ではまるで劣らない。
ぐんぐん唯野仁成が追い上げてきている今でも、それは全く同じである。
要はストーム1から見ても、アレックスはもはや以前のような、絶対的脅威ではないという事だ。
「嘆きの胎五層については、しばらく攻略は控えよう。 更に強力な悪魔が彷徨き、看守悪魔もいる事は確定だ。 まずはセクターフォルナクスを攻略し、大母を下して道を確保してからでも遅くない。 実りという物質の謎もまだ深い。 調べても分かる状態にもないから、これについては後回しだ」
これについても真田は同意できる。
そもそもフォルナクスでどう鍵を使うかに関しては、現地で色々調べなければならない。
ウロボロスの戦闘力を考えると、フォルナクスの大母は更に強大である可能性が決して低くは無い。
要するに会戦も想定されるわけで。
その場合は文字通りの総力戦となるだろう。
全員のコンディションは、万全か。それについては、後でゾイにレポートを出して貰う事になる。
「それでは、これよりフォルナクスに再度侵入する。 大母攻略作戦の再開だ」
すぐに皆が持ち場につく。
真田も今回の戦いのために幾つか切り札を用意してきてある。
更に。副動力炉を復元するのにあわせて、主動力炉の強化と、副動力炉のアップデートも済ませた。
流石に以前真田が乗っていたヤマトに積んでいる波動エンジンに比べると玩具に等しい代物だが。あれはそもそも根本的なテクノロジーが違うのだから仕方が無い。それに現状では、どうやっても再現が不可能だ。
比較対象としてはガミラスに蹂躙されていた22世紀後半の地球連邦の艦艇が積んでいた核融合炉だが。これならば良い勝負が出来る。現時点で出力はその80パーセント程度である。シュバルツバースを出る事には、恐らく同等の出力にまで持って行けるはずだ。
兵器類のチェックを済ませる。
これらについても、全て戦うためだけに作ったのではない。
シュバルツバースを出た後、真田は幾つかの事を構想している。
まず地球から人間の文明圏を広げなければならない。
同時に、ガミラス戦役のような、愚かしい異文明との無策な衝突も避けなければならない。
困難な道であるのは確かだが。
シュバルツバースが地球の怒りなのだとすれば。
地球の怒りをこれ以上買わないように、地球によってはぐくまれた命である人間は、相応の行動を取らなければならないのだ。
アーサーが、全システムのチェックを終えた。
「システムオールグリーン」
「素晴らしい。 真田くんの苦労の賜だな」
「いえ、アーサーの自動メンテナンスシステムがそれだけ進歩しているのですよ」
「ありがとうございます。 それでは、予定通りフォルナクスにスキップドライブします」
方舟が浮き上がり始める。
嘆きの胎は全六層である事が分かっている。後二回の到来で済ませたいものだが、はてさて。
どうも真田には、此処には巨大な秘密があるように思えてならない。
全く揺れない状態で、スキップドライブを始める方舟。
敵悪魔達の言葉を鑑みるに、大母はまたあの悪魔達を再生しているかも知れない。
その場合、決戦になったときが多少厄介だが。
その時は、また奴らを倒して、削り直すしかないだろう。
時間がないのは確かだが。焦ってクルーを失う事は、それ以上にあってはならないのである。
そうこうするうちに、スキップドライブが終わり。
暗黒の空の下、雷が瞬いているフォルナクスにまた出る。
さあ、勝負の時だ。
船が着地する。ピラミッドのような建物はまだ存在している。
観測班のマクリアリーが報告してくる。
「……ピラミッド状の建造物に変更無し」
「此方でも確認しました。 強力な悪魔の反応は増えていません。 大母は自分の力の分散を防ぐために、産み直しを控えたのだと推察されます」
「随分勝手な母親であるな。 子供を己の盾として使い捨てたか」
サクナヒメが苛立ちの声を上げるが、流石に真田はそれには同意できなかった。勿論波風を立てるつもりは無いから何も言わない。
戦略的に見れば、戦力を削るために用意していた壁を、こうもあっさり突破された大母である。戦力を一点集中するのが合理的である。
神であるサクナヒメとしては。神としての視点から、「産み直し」という責務を果たさない事に憤っているのだろうが。
彼女は武神なのだから、戦としての概念から状況を考えてほしいなとも思う。
ただ、それは敢えて言わない。
いずれにしても、まずは鍵をどうするか。そこからである。
クルーが展開を開始する。また、野戦陣地を構築。プラントも構築を始めた。
アスラの時のように。あのピラミッドが、そのまま巨大な悪魔と化しても不思議ではないのである。
シュバルツバースでは何が起きてもおかしくない。
真田は様々な計器に目を通しながら、状況の確認を続ける。
スペシャル達が全員下船した。唯野仁成も降りる。ヒメネスも、休憩から復帰した様子である。
まず悪魔達を召喚して、魔術の知識がある者を呼び出す。
トートが有望だが、それ以外にも魔術の知識がある者は豊富にいる。伊達にこの人数が、悪魔合体を試していないのだ。
知恵の神も多い。
勿論マッカは大量に消耗するが、それは仕方がない話である。
ゼレーニンが、真田の所に通信を入れてくる。
「真田技術長官。 大天使ラジエルが話をしたいそうです」
「うむ、通信を回してくれ」
「わかりました」
わずかな間の後、ラジエルの声が聞こえる。
PCを通じて、船の内外で会話をしているのだ。
「大いなる賢者真田よ。 この鍵は恐らくだが、この空間そのものに作用するようにできている」
「空間そのものに」
「そうだ。 何処か特定の場所に差す鍵ではない。 この空間の、真の姿を現すために必要なものだ」
何となく、それで分かってきた。
鍵のデータをアーサーにも回し、計算を始める。鍵を実体化させるという事そのものが間違いだったのかも知れない。
外に展開しているクルー達にも、一旦悪魔を戦闘用のもの以外は引っ込めさせる。
また、いつでも乗船できるように警告を促した。
エリダヌスでも、上位空間と下位空間が根本的に異なっていたのである。此処フォルナクスでも、その可能性は否定出来ない。
ましてや、今までのシュバルツバースで起きた事を考えると。文字通り、どんな無茶が発生しても不思議では無いのだ。
アーサーが報告してくる。
「建造物内の構造体を確認し、結論が出ました」
「うむ、聞かせてくれ」
「この鍵のデータは、恐らくですが一階中央にある祭壇にデータを投入する事で起動します」
やり方については。アーサーが簡単に説明してくれる。というか理論的には簡単である。
小型のPCを使い、データを祭壇に送り込めば良いという。
なお祭壇にどうデータを送り込むかだが。
ここシュバルツバースで、大量の情報集積体を今まで入手している。それらから、ノウハウは得られる。
すぐに小型のPCを用意させる。更にはデータをそのPCにコピーし、マクロで自動的に送り込むようにセット。
問題はプロトコル(PCでデータをやりとりするために使う規格のようなもの)だが、これは今まで取得したモロクらの情報集積体から解析する。
いずれにしても、相当な技術をあらゆる点で要求してくるが。
それだけ、守りが堅いのだ。
崩したときには、恐らく流石の大母も、姿を見せざるを得ないだろう。
「プロトコル準備できました。 悪魔召喚プログラムで使っているものと同じものが使えると判断したので、そうします」
「相手へデータを送り込む方式は」
「有線式で行います。 現在端子をラボで作成中」
「うむ……」
よし、順調だ。
二時間ほどで、端子の成形が完成。PCを祭壇に置きに行くのはヒメネスが志願したので、やってもらう。
やり方については、此処で真田がサポートする。
「セットしてから一時間でデータのやりとりを始めるようにPC内のマクロに設定してある。 時間は充分にあるから、余裕を持って撤退してくるように」
「了解でさ」
「時に体調はどうだね」
「ああ、快調ですよ」
ヒメネスは確かにそれほど不調なようには見えない。
ライトニングの停泊していた空間で、凶行の跡を見てから。明らかに精神的な体調を崩していたが。もうすっかり大丈夫そうだ。
ピラミッドのような建造物に入ったヒメネスは、油断無く悪魔達を召喚。そして、指定された祭壇。とはいってもそう言われなければ分からなかっただろうが。ともかく、小さなくぼみに迷いなく歩み行くと。PCをセット。端子も接続。
端子は人間が使っているUSB等の端子とは似ても似つかず、何というか手形を押し込むような形になっている。セットの仕方も、かなり独特で。ただ置くだけである。
安定性とかとは無縁に見えるが、まあこれでデータのやりとりは出来る。
すぐに引き上げるようにヒメネスに指示。
あのピラミッド状のものが、そのまま大母に代わる可能性がある。頷くと、すぐヒメネスは戻って来た。
総力戦準備。ゴア隊長が声を張り上げる。
状況がいつどう変わるか全く分からないのである。
当然、何があっても対応出来るように備えるのが当たり前である。方舟のクルー達も、それは理解している。
さて、どうなるか。歴戦に歴戦を重ねてきた真田も、流石に此処まで未知の状況だと冷や汗が出る。
時間が来る。
鍵のデータは、1TBほどもあったが。それでも、流し込まれるまでにそう時間は掛からないはずだ。
やがて、ピラミッドが揺れ始めていた。いや、空間そのものが異常をきたし始めているのだ。
ゴア隊長が、アーサーに向けて叫ぶ。
「アーサー! 状況は!」
「強大な悪魔の気配は現時点で感知できません」
「此方マクリアリー! 上空を見てください!」
慌てきった声。カメラを変えて確認。流石の真田も絶句していた。
ピラミッドらしき建物の上空が裂けている。そこには真っ黒な空が拡がっていたのだが、文字通り空間が裂けたのだ。
そしてその空間を左右に、内側から出て来た無数の手が引き裂き始める。
動揺の声がクルーから上がり始めた。
「強大な悪魔の気配……今感知しました! あれは恐らくはイメージ的なもので、実際に空間を引き裂いている訳では無いと思われます!」
「いずれにしても、どうやらスペシャル達とこの船で、総力戦をしなければならないようだな」
正太郎長官がいい、スペシャル達はそれぞれジープに乗るよう指示。すぐにアーサーが人員を選抜し。スペシャル四名と、唯野仁成とヒメネスのため六両のジープが用意された。更に二十名ほどの人員がジープに分乗。ゼレーニンは、サクナヒメのジープに乗り込んだ。
他のクルーは全員方舟に戻らせる。
方舟の操縦は、正太郎長官が実施。
空間を引き裂き現れ来る巨大な影は、まだ全身を見せていない。あれがイメージ映像だというのが幸いだ。もしも本当にあの大きさだったら、全長一キロどころでは無いだろう。大きければ強いという訳では無いが、はっきりいって殺しきれる気がしない。
凄まじい雄叫びと共に、ピラミッドが崩壊した。そして、空間の切れ目が、一瞬にして、世界を切り替えていた。
其所は青黒い世界で。何もない。
ただずっと遠くまで、水面のような静かで凹凸のない地面が拡がっている。
これは、凪の海のような地面だ。
そしてピラミッドがあった場所には、多数の女体を無茶苦茶に重ね合わせたような、巨大な何かが存在していた。文字通り女体の山という雰囲気であるが、一応の人型を保っている。胸には多数の乳房が連続していて。腰から下は一体の巨大な女体に見えるが、上半身は何というか、ムカデのように女性の上半身が多数連結し。最後に一つの頭が乗っているように見えた。
ライドウ氏が通信を入れてくる。
「真田技術長官。 あれは邪龍ティアマトだ」
「聞いた事がある。 バビロニア神話の原初の神だな。 ギリシャ神話のガイアや北欧神話のユミルに相当する……」
「そうだ。 世界中に原初の巨人の伝承はある。 日本にもダイダラボッチの伝承があるし、米国ではポールバニヤンという存在が都市伝説として近年出現している。 人間の頭の中にあるアーキタイプとして、原初の巨人というものは存在しているのだろう。 それの一柱があのティアマトだ」
だとすれば、その戦闘力は絶大なはず。
大きさは全長六十メートルほどと、ウロボロスよりは小さいが。それでも恐らくだが、姿を見せたと言う事は本気でやり合うつもりになった、と言う事だ。
四つん這いに近い格好のまま、ティアマトは喋り始める。それは雄叫びとしか思えない。少なくとも、知性体が発する言語とはとても思えなかった。
「我が子らを良くも殺してくれたな人間共……! 挙げ句我が空間に土足で踏みいるとは、万死に値するぞ! 極刑をこれより下す! 滅びよ!」
「総員散開! これより、フォルナクスの大母ティアマトとの総力戦に入る!」
ゴア隊長が言うと同時に、全力で方舟がバック開始。
そういえば、ティアマトは確か原初の海の女神。となると、この原始地球に似た環境や。今のこの青黒い何処までも拡がる空間は。ティアマトにとって極めて都合が良い場所という事になる。
或いは、ウロボロスにとっても。あの宇宙のような空間は、自分にとってとても便利にカスタマイズされた空間だったのかも知れない。
こんな悪魔だらけの空間で、大母と名乗るくらいだ。
空間を己に都合良く調整するくらいは思いのままと言う事なのだろう。
だが、勿論負けるつもりは無い。何が相手だろうと、負ける訳にはいかないのだ。
全火砲が解放され、ティアマトに攻撃を開始する。とっておきのVLSもこの会戦に全て投入する。
巨大な悪魔に対して、真っ正面から叩き込まれる近代火力。
怪獣映画だったら通用しないところだが、残念ながら此方はシュバルツバースでデータを採り続けているのだ。
ティアマトが絶叫し、全身に炸裂した弾頭の痛みにもがく中。
真田は準備をさせる。
この間ストーム1に試運転させた兵器の、大型版。
この方舟に搭載できる兵器としては、理論上最強となる兵器を、である。
核では無い。核弾頭は持ち込んできてはいるが、使うのは本当に最後の最後である。
核では無く使える、しかしながら方舟の全戦力を使い果たすつもりで使う兵器をかねてから開発していたのだ。
ティアマトの足を止めただけで充分。六チームに分散した機動班が、ティアマトに接近成功。
戦闘を開始している。
支援砲撃をアーサーに任せながら、真田は例の兵器の調整を進め。ゴア隊長に頷く。そして、正太郎長官に、撃つタイミングと照準は任せた。