Sストレンジジャーニー   作:dwwyakata@2024

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3、大母半減

戦闘の様子を確認した天使達が戻って来て、マンセマットは頷いていた。ライトニングから持ち出した機械類を使って、天使達は言われた通り戦闘のデータを採れるだけ採って来ていたが。内容はあまり喜ばしいものではなかった。

 

ゼレーニンが、積極的になりすぎている。

 

ラジエルの防御で身を守っているアドバンテージは確かにある。だが、ティアマトの弱点を解析し皆に伝え。それを皆が信頼して、ティアマトの力の核となっていた上空の魔力集積体を粉砕するのに一役買った。

 

許しがたい。マンセマットは、その戦闘データを見て、怒りが噴き上がるのを抑えられなかった。

 

マンセマットの機嫌が悪いことを察していない天使達が、跪いたままなので。苛立ち紛れに下がらせる。

 

こんな事なら、ライトニングの人間共を生かしておけば良かったか。

 

ライトニングそのものはこの後使い路があるのだが。

 

それはそれとして、この結果はマンセマットにとって許せる、満足出来るものとは言い難かった。

 

カマエルが来る。

 

「何度目かのアタック」に失敗したらしい。集まって来ている天使の内、かなりの数を失ったようだった。

 

カマエル自身もかなりダメージを受けている。

 

この辺りは流石は大母の長。トラップの性能は流石としか言いようが無い。

 

「全くもって不愉快な話だ。 封印が強力すぎる」

 

「封印が強力なのは分かっていました。 それを混沌勢力の悪魔が更に守っているだろう事もね」

 

「……其方も上手く行かなかったのか」

 

「いや、予想よりも余計な知恵を身につけ始めていましてね」

 

鼻を鳴らすカマエル。

 

いやはや、本当に不愉快な話である。

 

マンセマットに言わせれば、人間に自主性など必要ない。元々愚かしい生物なのだから、神がいうままに道具として動いていれば良いのである。

 

神にとって、信仰心を捧げるだけの生きた道具。それが人間であるべきだ。

 

一神教とはそもそもそういう思想だ。唯一絶対の神が存在しているのだから、その唯一絶対を疑わず、ただ忠実であればいい。

 

そう考えるノアを神は生き残らせたし。自分の子を生け贄に捧げよと命じ、躊躇無く従ったアブラハムを激賞した。

 

人間など、神の指示の元動いていれば良い。

 

そして神に絶対忠誠を誓うマンセマットら大天使の思うように、ただ肉人形としてあればいいのである。

 

そうしない人間が。今どれだけ醜悪な文明を築いているか。

 

現状の、地球を食い尽くし食い荒らそうとしている人間が、どれだけ愚かな自滅の道を辿っているか。

 

マンセマットにしてみれば、今の人間の醜態こそが、人間に思考力が必要ない良い証拠である。

 

勿論反論など認めない。マンセマットは大天使であり。神の代行者なのだから。

 

「まったく、寵愛を受けうる立場にありながら、自分でものを考えようとするなどとは、本当に度し難い。 少しばかりゼレーニンには仕置きが必要かも知れませんね……」

 

「相変わらず貴様は悪趣味なことだ」

 

「子供に対する大事な躾ですよ。 我々大天使にとっては、人間は守るべき子のような存在なのですからね」

 

そう、躾が足りなかった。

 

いずれにしてもはっきりしている事がある。準備は整っているのだから、次で勝負を決めてしまう方が良いだろう。

 

恐らく介入があるはずだ。だが、それに対しても勿論対策を講じてある。

 

混沌勢力の悪魔達は、サリエルが抑えられる。

 

今人間がエリダヌスと呼んでいる空間で行われている会戦は、双方互角の戦況だが。

 

この三つ目の大母の空間では、秩序陣営の悪魔が遙かに有利に戦いが進んでいる。

 

この空間の支配者である大母は、そもそもそれらに興味が無いようで。空間の奥に引きこもっており。

 

それもまた、マンセマットにとっては好都合。

 

仮にあの明けの明星だろうが、マンセマットの邪魔をする事は出来ない。

 

ここシュバルツバースとは、そういう場所なのだ。

 

天使を何名か呼ぶ。

 

合図と同時に、ライトニングとか言うあの鉄船を、最後に活用するためである。

 

それでゼレーニンが墜ちないようなら。

 

強制的に再教育だ。

 

人間が、自主的に思考すればどれだけ愚かしい存在になるか見せつけてやったのに。ゼレーニンは、あろうことかミトラスから転じたミトラに、自分の思考から反論していた。

 

その一連の様子は配下の天使が画像に納めていたが。

 

到底許せるものではない。

 

許してはならないのだ。神の御名の下に、全てが美しい秩序によって支配される世界では。自主的思考などと言うものは。

 

苛立ちあまりに、マンセマットはつい爪を噛み切ってしまっていた。

 

回復の魔術ですぐに治すと。

 

鼻を鳴らして、マンセマットは人間達が都合の良い所まで動くまで、しばし休む事とした。

 

 

 

何とか身を潜めて、動けるようになったアレックスは。嘆きの胎で雑魚悪魔を狩ってマッカを集め、手持ちの悪魔の復活をさせるべく、必死に苦労を重ねていた。

 

唯野仁成との戦闘で、出力が60パーセントまで墜ちたデモニカは何とか持ち直して修復が終わったが。

 

今の時点では、手持ちの戦力は半減以下である。

 

雑魚悪魔では、当然マッカも落とす量が知れているし。

 

そもそもあの巨大な次世代揚陸艦。唯野仁成は確かレインボウノアと呼んでいたあの巨船にのる化け物のように強い連中が、四層より上の看守はあらかた狩ってしまった。

 

今まで何度もシュバルツバースには潜ってきた。いろんなシュバルツバースを見て来た。

 

だが、此処まで安全な嘆きの胎は初めてである。

 

勿論デメテルが徘徊してアレックスを狙っている今、油断は出来ないが。それでも、平穏な場所だなと思ってしまう事が時々ある。

 

「よーう。 だいぶ回復したじゃねえか」

 

鬱陶しいのが来た。シャイターンだ。

 

シャイターンは唯野仁成との戦いの後、俺の女になれだの子供を産めだのは言わなくなった。

 

唯野仁成が何か言ったのだろう事は容易に想像がつく。

 

ただ、鬱陶しいことは変わらない。それでいて、此奴がいて助かるのも事実なのが腹立たしい。

 

「ほら、食えるもの持ってきたぜ。 後、悪魔の群れも見つけてきた。 恐らく外の世界から、この黒の世界に興味を持ってきた連中だ。 勝手が分かってないからすぐに狩れると思うぜ」

 

「コレは一体何?」

 

「外では見た事がない植物の実だ。 データベースに存在しない」

 

「ああ、これはこのシュバルツバース産の石榴だ」

 

流石に絶句する。

 

アレックスも知っている。神話にはあの世を訪れた者が、あの世の食べ物を口にして帰れなくなる話が幾つもある。

 

神でさえその定めからは逃れられない。

 

日本神話では伊弉冉がそれによって黄泉の国から帰ることが出来なくなった。

 

そしてギリシャ神話では、女神ペルセポネが同じようにしてあの世から帰る事が出来なくなった。

 

その時口にしたのが石榴である。この石榴、恐らくはそれと同等のものだろう。

 

「食べ物は有り難いけれど、流石にこれは食べられないわ。 貴方で食べなさい」

 

「なんだよ。 もう覚悟決めろよ。 それ食べれば、シュバルツバースの悪魔と同等の力が得られるぜ。 体もシュバルツバースに馴染んで、その服に頼りっきりでなくても平気になるし、服だって脱げる。 なんか体を綺麗にする機能があるらしいが、それでもずっとその服着てるのいやだろ?」

 

「シャイターン!」

 

「おっと、これセクハラとかになるんだったな。 OK、分かったよ。 俺様も惚れた相手には嫌われたくないからな」

 

シャイターンに悪気は無い。悪魔らしく気を遣ってくれただけだ。ため息をつくと、とりあえず悪魔の狩りには出向く。

 

流石に同類を殺すつもりにはなれないのか、ニヤニヤしながらシャイターンは見ているだけだった。

 

三層で彷徨いていた悪魔の群れ。恐らくインド神話系の神々だろうが。下級の者達だろう。

 

不意を打って、殆ど抵抗も出来ないところを一掃する。マッカを集めて、嘆息。

 

これでインドラに続いてパラスアテナが呼び戻せる。

 

もう少しマッカを集めたら、ダゴン、ランダ、そしてアモンの順番に呼び出していき。そして五層の囚人、ゼウスを撃ち倒したい。

 

ゼウスを仮に従える事が出来れば、その戦闘力は絶大。ただし、ゼウスはアモンより二回りは強いと言う話が出ている。現状の戦力では厳しい。

 

実は、基本的に何回か今まで潜ったシュバルツバースでは、この辺りで既に見切りをつけてしまう。

 

唯野仁成の戦闘力が上がりきって、どうしても勝てなくなるからだ。

 

今回、此処に残っているのは、ジョージによる進言があるという理由もあるのだが。

 

唯野仁成がいつもと違うと感じているのは、アレックスも同じ。それが一番大きかった。

 

ビバークポイントに戻ると、膝を抱えて座る。シャイターンが何処に行っていたのか知らないが。情報を仕入れてきた。

 

「アレックス、凄い情報手に入れてきたぞー!」

 

「何よ」

 

「ティアマト様が倒された」

 

「!」

 

セクターフォルナクスの主。ティアマト。大母を名乗る四体の悪魔の中でも、産み直しという貶められた悪魔を元の姿にする能力を持つ巨大な邪龍だ。

 

バビロニア神話における原初の巨人でもあり。北欧神話のユミルやギリシャ神話のガイア、日本のダイダラボッチなどと共通する要素を持つ存在でもある。それをついに撃ち倒したのか。

 

ジョージが聞き直す。

 

「その情報源はどこだ、シャイターン」

 

「俺様は俺様で、世界を渡ることが出来るんだよ。 まあそもそもこのシュバルツバースにも、外から来たくらいだしなヘヘヘ。 それに、感じ取ることも出来る。 今、大母は一柱が眠っていて、一柱が起きているんだが。 それに加えてティアマト神の気配が今まではあった。 それが消えた。 誰が消したのか何て、言わなくても分かるだろ?」

 

「分かった、参考にして後で調査する」

 

「何だ、まだ信用してくれねえのか?」

 

ジョージは信用している、と答えた。確かにアレックスの体目当てとは言え、シャイターンは強引な手は使ってこないし。何よりも今まで嘘を一度も言っていない。

 

その辺りは、アレックスも信じるに値すると思っている。

 

それにしても、もうティアマトを倒すなんて。普段の半分以下の時間での攻略だ。あの化け物じみた連中の力もあるだろうが。唯野仁成の普段の成長を考えると、正直空恐ろしい。

 

少し休憩をしてから、すぐに嘆きの胎を周り、更に雑魚悪魔を倒して回る。たまに降伏を申し出てくるので、受け入れる。マッカを使って悪魔を作り出すよりも、実はこうして交渉して捕獲した悪魔を素材にする方が安くつく。今はマッカが幾らでも必要な状況だから、多少は節約しなければならない。

 

デメテルの姿は幸い見かけないが。

 

現時点の戦力では、奴には勝てない。奴の実力はティアマトを更に超えている。ゼウスを凌ぐかも知れない。

 

デモニカの様子を確認。出力はほぼ回復した。自動回復機能があるこのデモニカは、本当の意味での一品モノだ。

 

文字通り世界の命運を背負って作り出された最後の一つ。

 

だから、アレックスはどんな手を使ってでも、勝たなければならない。そして破滅の運命を変えなければならないのだ。

 

数日掛けて、手持ちの悪魔達を蘇生させる。アモンだけはまだ蘇生できない。それだけ桁外れにマッカを食うのだ。

 

それに、である。

 

アモンがいても、唯野仁成に勝てるだろうか。

 

この間の戦いで、唯野仁成はアレックスと戦いながら悪魔同士の乱戦に介入。均衡が崩れるのは一瞬で、仲魔を失ったアレックスは袋だたきにあった。

 

あの時よりも更に唯野仁成は強くなっていると考えるべきで。アモンほどの悪魔を従えていても、それでも勝てるかは分からない。

 

危険承知で、五層を探すべきか。

 

手持ちのデータベースを確認する。二軍として捕獲だけしてある悪魔を全て合体させたとしても、アレックスの現状の手助けになるような悪魔を作り出す事は出来ない。また、今回のシュバルツバースはいつも潜伏する場所とかなり違っている。ゼウスの戦力も、今までは間近では確認できていなかった。どうにか近くでデータを取りたい。

 

勿論五層の看守の戦闘力を考えると、下手に五層に踏み込むのは危険だ。消耗したところにデメテルに遭遇でもしたら目も当てられない。更に最近は姿を見せていないが、マンセマットが介入してくる可能性もある。

 

いずれにしても行動は慎重にせざるを得ない。

 

シャイターンはその間にも情報を集めてくる。何でもあの巨大な次世代揚陸艦は、フォルナクスから動いていないそうだ。流石にティアマトとの死闘で、相当なダメージを受け、物資を消耗したらしい。

 

普段だったら、ダメージはある程度妥協して先に進んでいるほど追い詰められているのだが。

 

今回の唯野仁成らは、普段の半分以下の時間でシュバルツバースを攻略している。じっくり強化や補給をしながら進む余裕があるのだろう。

 

手札が足りない。いつもの唯野仁成だったら、まだ好機があったかも知れない。だが、今はゼウスが手札にいても足りないかも知れないとさえ感じる。焦るのは負けにつながる。それは分かっている。アレックスは、どんな人間よりも修羅場をくぐってきているのだから。それでもどうにもならないと感じてしまう。

 

五層に足を踏み入れる。此処にはあまり足を踏み入れたことがない。全容は殆ど分かっていない。

 

ジョージが油断しないように警告してくる。分かっていると答えながら、身を潜め進む。

 

やはり彷徨いている看守悪魔が強い。

 

伏せている目の前を通って行ったのは、見た事も無い巨体の悪魔だ。体はアンバランスで、上半身が異常に肥大化していて。下半身を引きずるように、巨大な腕で這いずりながら進んでいた。

 

そんな悪魔は体中に目と口があり。放っている魔力も凄まじく。何かずっと繰り言を呟いていた。

 

はっきり言って、まともに見たら普通の人間だったらそれだけで発狂しかねない姿だった。

 

データを確認するが、アンノウンとある。もう此処にいる悪魔は、知られている悪魔ばかりではないと判断した方が良いだろう。更に六層になると、神話で地獄の深層にいるような奴が、ヘカトンケイレスをはじめとして姿を見せる事になる。正直、今の手持ちでは、看守悪魔にさえ勝てるかどうか。

 

それでも、可能性を探らなければならない。

 

ジョージに警告を受ける。

 

「アレックス、これ以上は進むな」

 

「!」

 

「恐らくゼウスだ。 予想より更に実力が上だと判断して良いだろう」

 

「何てこと……」

 

アレックスも少し遅れて気付く。

 

五層の囚人だ。弱い訳がない。ましてやゼウスと言えば、今でも高い知名度を持つギリシャ神話の主神である。

 

そんなゼウスの気配が、確かにびりびりと伝わってくる。

 

この階層の看守悪魔が強いのも納得だ。脱出をゼウスが謀った場合、弱い看守悪魔ではそれこそ十把一絡げに黒焦げにされてしまうからなのだろう。

 

アモンより二回りは強い事を覚悟していたが。

 

常に予想の最悪を越えて来るのが現実だ。それについては、アレックスは散々経験しているから今更ではあるが。

 

それにしても、現在ジョージが計測しているゼウスの力はどれほどか。

 

「断片的にしか計測できていないが、それでもとんでもない実力だ。 アモンが完全な状態であったとしても、現在戦闘して勝てる確率は4パーセントを切る」

 

「4……!」

 

「しかも、これは最も楽観的な数字だ。 バディ、一旦引くぞ。 この階層の看守悪魔の実力とデメテルの脅威を考えると、とてもゼウスを倒せる見込みは無い。 4パーセントに賭けるようなことがあってはならない」

 

「もう少し近くで調べて、可能性が変動する事は?」

 

ありえないとジョージは一蹴。

 

確率は勿論変動するだろうが、勝率が20パーセントを超えることは確定でないだろうということだった。

 

ゼウスはしかも、この様子だとその気になれば何時でも脱獄できるのでは無いかとジョージは言う。

 

それは、そうかもしれない。

 

これほどの強力な悪魔の気配、アレックスも初めて感じた。悪魔だらけになった世界で生き抜いた事もあるが、それでもこれほどの悪魔の気配は初めてである。高位の魔王を倒した事もあるアレックスだが、はっきりいって其奴が子供に思えるほどの気配をゼウスは放っている。

 

この有様では、六層の囚人は更に力が上だろう。

 

一体何が六層には収監されているのか。

 

いずれにしても、現状で戦って勝てる見込みは無い。

 

慎重に撤退を開始。五層を抜けて、四層に戻る。四層に入ると、もう看守悪魔はいないが。

 

それでも此方をデメテルが捕捉していたら、一気に襲いかかってくる可能性があるし。五層から看守悪魔が上がってくる可能性もある。

 

ビバークポイントまで戻って、そこでやっと一息をつく。

 

何度か深呼吸して、気付く。手汗どころか、全身にびっしり冷や汗を掻いていた。

 

「アレックス。 これから新しくプランを策定する」

 

「まだ、何かできる事があるの?」

 

「弱気になるなバディ。 我々の目的を忘れてはならない。 我々の目的を、もう一度思い出してみるんだアレックス」

 

「……最悪の未来を、どうにかする事よ」

 

そうだと、ジョージは言う。

 

いつも厳しいAIだ。AIなのに、アレックスの心理をしっかり把握している。昔のAIは人間心理をロクに理解出来ない代物だったらしいのだけれども。アレックスが物心ついた頃には、もうジョージくらいの性能のAIは、裕福な家ではどこでも使っていた。

 

とはいっても、その裕福は、邪悪な力によって担保されたものだったが。

 

どうしても、納得がいかない。

 

唯野仁成は、アレックスは何度も見てきた。今回の唯野仁成は、あまりにも違いすぎるのだ。

 

本当にあれが唯野仁成なのか。

 

どうしても、認める事が出来ない。

 

「嘆きの胎五層の単独攻略は不可能だと結論する」

 

「ジョージ!」

 

「現状の戦力を加味する限り、どのように事を進めても攻略は不可能だ。 魔神ゼウスはあの怪物じみた現状の巨大な次世代揚陸艦のクルー達をぶつけて、やっと倒せるかどうかと言うレベルの相手であることがさっき計測できた。 君はあの連中とまともにやりあって、正面から打倒出来る自信があるか、アレックス」

 

そう言われると、言葉も無い。

 

そしてジョージはAIらしく、もっとも実現性が高い実行可能なプランを提案してくれている。

 

「第一に、唯野仁成ら次世代揚陸艦のクルー達が魔神ゼウスと戦闘し、互いに消耗したところを突く作戦が上げられる。 だがこの作戦は成功率が低く推奨できない」

 

「理由は」

 

「一つは、ティアマトをも短時間で沈めた者達だと言う事だ。 魔神ゼウスを倒した後でも、我々の戦力を上回っている可能性が極めて高い。 それも、不意打ちを確定で警戒しているだろう。 人質を取るなどの作戦をとれば或いは勝機は出るかも知れないが、そんな隙を見せてくれる筈が無い。 第一君に、そんな真似は出来ない」

 

「……」

 

その通りだ。そんな事をしたら、アレックスが知る最悪の唯野仁成と同じになってしまう。

 

それだけは、死んでも嫌だ。

 

「第二の策だ。 次世代揚陸艦に対して、共闘を持ちかける。 魔神ゼウスを倒すのに彼らの力を借りる」

 

「……」

 

「これに関しても成功率は高くない。 なぜなら、もはや彼らは我々の戦力を凌駕しているからだ」

 

悔しいが、その通りだ。

 

実際前回の交戦では、唯野仁成一人さえ打倒することが出来なかった。そして奴らには、唯野仁成以上の実力者が最低四人確認されている。

 

はっきり言って、此処にアレックスが加わった所で、漁夫の利を得る事なんて出来ないだろう。

 

「第三の策だが、事情を話して彼らに合流し、彼らと共に事態の打開を図る」

 

「……」

 

「此方だけしか持っていない情報はまだいくらでもある。 交渉の余地はある。 そしてこの世界の唯野仁成は、あの……君の祖母を惨殺した唯野仁成とは違う。 今までシュバルツバースで見てきた、獣以下に墜ちた唯野仁成とも違う。 人間としての理性をきちんと保っている人物だ。 降伏すれば、受け入れてくれる可能性は高い。 現状、一番可能性が高いのが、このプランだ」

 

そのプランだけは受け入れられない。

 

少なくとも、今はまだ無理だ。

 

少し時間をおいて、ジョージが第四の策について話し始める。

 

「勧めることは出来ないのだが、もう一つプランがある。 これは、絶対に止めるべきだと判断したが。 最後の切り札として、理解しておいてほしい」

 

「まだ、打つ手が存在しているの?」

 

「……実りについて解析した。 これは高密度の情報集積体というだけではない。 圧縮した小さな宇宙ともいうべき存在だ」

 

何だそれは。圧縮した宇宙だって。

 

流石に驚いたアレックスに、更にジョージは続ける。

 

「正確にはその一部だ。 どうやらこの嘆きの胎は、宇宙を作り出すために作り上げられたものを、牢獄に改装したものらしい。 シュバルツバースの内部でも、地球に対して何かできないか色々模索しているらしいことは分かっていた。 人類を抹殺する事だけを考えているのでは無く、例えば地球の環境を根本的に変えるとか、或いは別の次元から力を吸い上げるとか。 そんな中の一つが、シュバルツバースの力を凝縮することで生み出される新しい宇宙の卵というわけだ。 恐らくこれは、その卵の分割された一部だ」

 

とんでもない代物だ。

 

これを実りと呼んでいたのも、何となく分かる。

 

そして、ジョージは言う。

 

「理論の解析は完了している。 この実りの力を、デモニカの機能と引き替えに引き出し、君を超人に変えることが可能だ。 実りは崩壊するが、その代わり君はゼウスどころか、かの明けの明星をも超える力を手に入れる事が可能だろう」

 

「待ちなさいジョージ、そんな事をしたら」

 

「ああ。 私は消滅する。 そして君も、間違いなく短時間で命を落とす事になるだろう」

 

だから勧められないと、ジョージは言うのだ。

 

第四の策は、文字通り最後の特攻策だとも。

 

「どうしても、あの唯野仁成を殺す方法というのであれば。 魔神ゼウスを倒すよりも、この実りの力を取り込んで超越存在となり、それで正面から戦った方がまだ可能性が高いといえる。 だが分かっているなアレックス。 今あの唯野仁成とその周囲にいる者達は、それでも勝てない可能性がある。 それも決して低くない可能性だ」

 

「……」

 

「何よりそんな事を君にさせたら、私は君の祖母に顔向けができない。 君を守るように頼まれた身だ。 私は君を絶対に守る。 故に、この策を君が採用するようならば、機能停止してでも止めるつもりだ」

 

「ならばどうして教えたの」

 

ジョージは即答する。

 

完全に希望を失っているアレックスには、どんなものであっても希望が必要だからだ、と。

 

そうか、こんなものでも、希望と呼べるのか。

 

確かに唯野仁成は殺す事が出来るかも知れない。だがその先にあるのは、恐らく深淵の虚無そのものだ。

 

何一つなせない。

 

少なくともこの世界を救うことは出来ないだろう。

 

実りを取りだし、見つめる。

 

例えば。シュバルツバースの支配者であるメムアレフを打倒するために、この実りの力を使うというのはありかも知れない。だが、それにしても。メムアレフを倒した所で、世界が救われる保証は無い。

 

シュバルツバースはそもそも、地球が発動させた自衛機能だ。

 

メムアレフは地球の意思ではあるが。生命体とは微妙に違う。例えどれほどの犠牲を払って倒したとしても。またいずれ復活する可能性もあると、ジョージに言われている。

 

地球をこれだけ人類が汚染した今。

 

メムアレフを倒して、シュバルツバースを破壊する事に成功したところで、それが何だというのか。

 

多分100年と掛からず、また次のシュバルツバースが出現する。

 

たったの100年では、時間稼ぎにすらならない。それは、アレックスが一番良く知っていた。

 

「第五の策は」

 

「ない。 別のシュバルツバースに転移して、またやり直すという手もあるが……そこの状況が、此処より良いという保証も無い。 それとも、シュバルツバースが出現し得ない地球に転移を謀る手もある。 文字通りの逃げだが……このコンディションでは、逃げを選択するのは一つの手だ。 このまま作戦を遂行しても、アレックス。 君を死なせるだけになる」

 

ジョージはいつもアレックスのことを気遣ってくれている。

 

だからこそ、その言葉は重い。

 

その言葉は苦しい。

 

立ち上がると、アレックスは決める。このシュバルツバースからは逃げない。だが、今まで上げられたプランでも納得出来ない。

 

「もう少し戦力の拡充を図るわ。 それにティアマトのいるフォルナクスの次の空間で、唯野仁成がどう動くかがデータとしてしか残っていない。 これだけ戦力が違うと、全く違う状況になる可能性も低くない」

 

「多くの場合グルースと呼ばれるセクターで、様子を見ると言うことか」

 

「そういう事になるわね」

 

グルースについては、シュバルツバースへの突入を決めたときに。データを収拾済である。シュバルツバースを攻略した唯野仁成がいた世界で。唯野仁成がシュバルツバースから持ち帰ったデータを、決死の覚悟で入手したのだ。

 

其所では混沌勢力と秩序勢力の大規模戦闘があり。

 

そして秩序勢力の主戦力である天使は強大な切り札を守るように布陣していたはず。

 

ただ、その切り札が切られることは無かったようだが。

 

もしも、その大規模戦闘にあの巨大な次世代揚陸艦が巻き込まれた場合、或いは好機が巡ってくるかも知れない。

 

でも、何の好機だろう。

 

いずれにしても、この嘆きの胎にもういる必要性は無い。ゼウスを倒せる可能性が限りなく低い事が分かったのだ。

 

だったら、次世代揚陸艦の側について、隙をうかがう方が良い。

 

それに、心の底では何となく分かっているのだ。

 

あの唯野仁成だったら、ひょっとしたら会話が成立するかも知れないと。

 

だったら、話をするべきなのではないかと。

 

アレックスが知る、たくさんの世界。どの世界でも、唯野仁成はシュバルツバースから生還した。

 

シュバルツバース内で平然と生き抜いた。

 

だが、そのどの唯野仁成も。

 

地球を本当の意味で救う事は出来なかったのだ。

 

もしも、その全てのデータを保有しているアレックスが接触すれば、未来を変えられるかも知れない。

 

理屈としては分かる。分かるが。

 

ただ二人の家族だった、ジョージと祖母。そのうち祖母を、血縁者にもかかわらず眉一つ動かさず惨殺した唯野仁成の事が、どうしても記憶の隅にちらつくのだ。

 

昔は悲鳴と共に飛び起きることだってあった。今は、流石にそれもなくなってきているが。それでもどうしても、信じ切ることは出来ずにいる。

 

折り合いをつけなければならない。それは分かっているが。

 

やはり、どうしても。その折り合いをつけるのは、厳しいように思えてならなかった。




苦悩するアレックス。そこに提案を順番にしていくジョージ。

その姿は、人間と非生命ではありますが。

間違いなく信頼で結びついた家族なのです。
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