神も悪魔も修行して力をつけて、それで色々な事を為します。悪魔も修行して強くなると言うのは面白いですね。そして強くなりすぎた悪魔は、だいたいビシュヌにとんちで倒されてしまいます(笑)
その修行に噛んでいる神々の力そのものを「マーヤー」(幻力)と呼びます。
セクターグルースの大母「マーヤー」を、本作では「幻力」の権化と扱っています。
デモニカのアップデートを終えて、ようやく船外活動の許可が出る。この様子だと、まだあるだろう大母の空間では、足を踏み入れる度にこういうアップデートが必要になるのかも知れない。
破壊神アレスを含めた手持ちの仲魔を全て出す。イアペトスとアレスは互いを見てぎょっとしたようだが、苦笑いしてそれだけである。
やはりイアペトスもアレスがオリンポス神族の鼻つまみ者であることは知っているのだろう。
アレスも昔戦った相手の実力は知っているし。別に権力闘争の過程で相手が敗れただけなので、恨む理由も無いのかも知れない。
これがクロノスだったら話は別だったのかも知れないが。
ヒメネスも魔王達を展開する。新しく加わった羅刹王ラーヴァナが、妙なことを言い出した。
「この土地はマーヤーに満ちておるな」
「何だラーヴァナのおっさん。 マーヤー?」
「余の住まう土地において幻力とでも訳すべき言葉だ。 神々が使う力そのもので、幻も引き起こす。 余の住まう土地では、神々も我等羅刹も、人間を含む他の存在も等しく修行を行うのだが。 それら全てにマーヤーが関係しておる」
「それを統べる存在はいるのか?」
この空間の大母がマーヤーを満たしているとして、もしいるのなら非常に重要な話になってくる。
それに、幻を引き起こすというのなら。
確かにこの異常な空間も納得出来るというものである。
空はずっと渦巻いている。真田さんがデモニカを調整してくれたおかげで、原色の異常な光景が渦を巻くような、正気度をどんどん削られるような光景は見えなくなってはいるのだが。
これから空間の歪みだらけの場所に入り込むと聞いている。
少しでも、事前情報は欲しい。
「普通は神々の中の神々、例えば創造神ブラフマーが管理をしていたりするものだが……ブラフマーには母の属性はない。 ヒンドゥーの神々のうち、三柱の最高神。 シヴァとヴィシュヌ、ブラフマー全てが男性神格だ。 一応化身や異説によっては両性具有のケースがあるが、それでも男性としての要素が強い」
「なるほど……」
「幸いだったな。 この三柱が出て来たら、この鉄船と英雄達でもそう簡単には対応出来なかっただろう」
冗談めかしてラーヴァナが言う。
苦笑すると、まずは降りて来たゴア隊長の指示を受けて、周囲の巡回から開始した。また、プラントを設営する。
周囲には悪魔の気配はあるが、仕掛けてくる様子は無い。
現時点では、機動班クルーの一線級メンバーには、高位の悪魔を使う者は珍しく無くなっている。
魔王を使うクルーも、ヒメネス以外に出始めている。
向こうにいるブレアは、今ツイツイミトルという南米の魔王を召喚して使っている。下半身が星の海になっていて、頭から無数の手が生えているという異形の女性の姿をした神格である。
魔王としてはそれほど強い存在では無いが、或いはこのシュバルツバースの何処かの空間を支配しているかもしれない。
下位空間はそれこそ星の数ほどあってもおかしくない。
皮肉な話で、ツイツイミトルは星に関係する魔王だそうである。
「唯野仁成班、移動を開始してくれ。 目的地点は……」
「イエッサ」
唯野仁成は、数名のクルーを連れ、ゴア隊長の指示通り移動を開始。野戦陣地の構築が始まっている。
邪魔が入らないように、悪魔との接触があるようならば早めに対応出来るように、船の周囲の前線を押し上げるのだ。
他のスペシャル達も方舟周辺に展開して、野戦陣地とプラントをインフラ班が構築しているのを横目に、襲撃に備える。
今の時点で悪魔は仕掛けては来ないが。
ただ、時々ちらちらと見えるのは、編隊を組んで飛んでいる天使達だ。それも百や二百ではない。
展開している悪魔達が、じっと見つめている。
天使の群れは、あまり気持ちが良い存在では無いのかも知れない。
一神教における天使と言っても、色々いる事を唯野仁成は知った。ゼレーニンの麾下に入ったパワー達は、ゼレーニンに感化されていって。やがて大天使ラジエルになってゼレーニンを守る道を選んだ。
それに対して大天使マンセマットは、何とも野心的で此方を利用してやろうという意思を隠せもしていない。
人間を侮りまくっているのが見え見えである。
そして、その大天使マンセマットが、堂々と姿を見せる。いきなり至近に出現したので、恐らく空間の歪みを利用して現れたのだろう。
銃を構えるクルー達を手で制する。マンセマットは強力な大天使だが、まだ戦う意思は見せていない。
「これは久しぶりですね唯野仁成。 こんな奥地にまで来るとは、素晴らしい。 しかも欠員がいないのではありませんか?」
「おかげさまでな。 皆優れた英雄豪傑ばかりだ。 いつも俺も助けられている」
「ふふふ、まるでギリシャ神話に登場するアルゴー号ですね」
「そうかも知れないな」
アルゴー号。
ある目的から、ヘラクレスをはじめとする名うての英雄達が乗り込んだ、ギリシャ神話に登場する巨大な船である。
結局なんだかんだで内ゲバが起きたりと色々ろくでもない展開になるのだが、それはいつものギリシャ神話なので別に問題は無い。
残念ながら。この方舟では。
アルゴー号のような内ゲバは起こさせない。
或いは、誰もスペシャル達がいなかったら。そして四隻の、方舟よりもずっと小さな次世代揚陸艦でシュバルツバースに乗り込んでいたら。結果は変わっていたかも知れない。だが、現時点では、誰もクルーに死者は出していない。
「時にゼレーニンはどうしました」
「これほど危険な空間に入るとなると準備がいる。 連日の徹夜作業で疲れきって今は休んでいる。 我々が橋頭堡を確保した後、調査班が本格的に動き始める予定だ」
「なるほど、慎重で結構。 それでは、伝言をお願い出来ますか?」
にやりと、黒い翼の大天使は笑う。
勿論感じの良い笑顔を作ろうとしているように見えるが。
残念ながら、唯野仁成にも分かるくらい、下心が透けて見えてしまっていた。
「我々は光の拠点を作って、悪魔達との決戦に備えています。 天の国から呼び寄せた天使達と、それにこのシュバルツバースの各所から集った天使達。 それらが一大拠点を作っているのです。 特に調べなくても、すぐに場所は分かるでしょう。 何しろこの拠点は、天界における要塞にも匹敵する規模なのですから」
「それは凄いな」
「そうでしょう。 何かあったら、すぐに頼ってくるようにゼレーニンに伝えておいてください。 勿論貴方たちも、無礼を働かない限りは歓迎しますよ」
慇懃に礼をすると、マンセマットは戻っていく。
通信が即座に入った。
「予想通り来たな。 ゼレーニンを最初に出さなくて正解だった」
通信を入れて来たのはゴア隊長だ。
側にサクナヒメが、クルー達を連れて歩いて来る。
「あのペ天使めが、言いたいことを言っておったな。 そしてあの様子では、何か悪巧みを近いうちに始めるのであろう」
「俺もそう考えています」
「前線基地の構築を急ぐ。 巡回はそのまま続けてくれ。 くれぐれも、悪魔の攻撃を受けても深追いは避けるように」
「イエッサ!」
ゴア隊長に答えると、巡回に戻る。サクナヒメは、一応念のために、マンセマットが出現した地点を見張る。
マンセマットの気配は分かるようになってきた。はっきりいってかなり強いが、今なら勝てる。
多分デメテルの方が実力は上だろう。
問題はマンセマットと同格の大天使が更に二体いる可能性が高い事で。これらと戦うと、エリダヌスにいる天使も敵に回すかも知れない、と言う事だ。
それは出来れば回避したいところだ。エリダヌスのバニシングポイントは極めて重要な戦略拠点。
あの近くに大量にいる天使が仕掛けて来たら、厄介な事になるのは確定だからである。
巡回をしている内に、ユニット化されているプラントの設置が完了する。また、野戦陣地も構築が終わった。
一度、方舟に戻る。方舟がプラズマバリアを展開。
外からの覗きを防ぐためだろう。マンセマットがしびれを切らして姿を見せたくらいである。何があるか分かったものではない。
また、周囲にかなりの数のドローンが飛び交っている。
殆どが自衛能力がない小型の情報収集用ドローンだが、空間の歪みの場所と、行き先を丁寧に調査している様子だ。
ドローンなら、空間の歪みの調査にうってつけだ。足を踏み入れると致命的な空間の歪みであっても躊躇なく突入させ使い捨てる事が出来る。
勿論それなりに高級な装備ではあるが。
此処で生き延びてきたクルーの人命に比べれば、それこそ塵芥も同然。
このドローンを使い潰す事によって、一人でもクルーを救えるのであれば、それは安い話である。
一旦クルーが方舟に戻る。野戦陣地も最初の頃使っていたものから改良が加えられて、非常に強力なものとなっている。
設置されている兵器の中には、このシュバルツバースで実戦投入された強力なものを自動化したものが多く。
それらには、強力な悪魔でも迂闊に近付くことは出来ない。
とりあえず一旦の準備は完了。
本格的にグルースの奥に踏み込むのは、これからである。勿論、これからを考えると、簡単にはいかない。
故に、しっかり事前に準備をしておく必要がある。
それだけの、簡単な話だ。
艦橋に呼ばれたので、出向く。艦橋では、既に相当数のドローンを使って、周辺の大まかな地図を作っていた。
ウィリアムズが咳払いをする。最近は簡単な説明は、真田さんがわざわざするまでもないと判断したのだろう。
負荷分担のために、どんどんクルーがスペシャル達がやっていた仕事を代行するようになって来ていた。
「まずグルースですが。全体的に見るとそれほど複雑な構造にはなっていないようなのです。 ただ、とてつもなく広大な事が分かりました」
「広大……この間のピラミッド地下以上か?」
「あんなものではありません。 ドローンが空間の歪みに入って調査をして来ましたが、最低でも日本列島全部くらいの広さはあります」
それは、広い。
世界的に見て日本は国土が狭いかのように思われているが、実はそれは大きな勘違いである。
海洋国家としての存在感もあるのだが。
実際には日本の国土はそこそこに広い方で、少なくとも上位三分の一には食い込んできている。
要するに空間がグチャグチャに混じり合っていて、その広い世界をデタラメにつないでいるということだ。
「これからインフラ班と連携して多数のドローンを生産し、地図を作ります。 恐らくこの世界の最深部に大母がいるとは思われますので、ナビに従って機動班は更に地図の充実と拡大を協力してください」
まあ、異存は無い。ただその場合、どれだけ歩けば大母の所にまでたどり着けるのかが分からない。
いずれにしても、何か嫌な予感はする。
挙手したのはライドウ氏である。
頷くと、真田さんが立ち上がった。専門的な質問は受けると言う事だろう。
「悪魔の集落は発見されていないだろうか」
「現時点では二つ。 一つはマンセマットが口にしていた恐らく天使達の拠点となりますが、守りが堅くて大体の位置しか分かっていません。 もう一つは混沌勢力の悪魔達の拠点ですが……」
「?」
「此方は悪魔の数は少ないのですが、妙にやはり守りが堅い。 話にあるマーヤーという力を上手に利用して、守りを固めていると言う事でしょう」
そうか。戦いになると厄介そうだ。
混沌勢力の悪魔も、話が分からない訳では無い。実際エリダヌスでは、サクナヒメが力勝負を挑まれ。
力勝負に勝った後は気に入られて、酒盛りになったという。
混沌勢力の悪魔は、価値基準がとにかく単純だ。天使達もそれは同じだろう。マンセマットのようなくせ者もいるが、それは上層部の一部だけと見て良い。
混沌勢力の悪魔が展開している陣地がとても弱々しいとなると。
ひょっとしてだが、或いは。
此処では、エリダヌスのように。秩序勢力と混沌勢力は、そもそも争っていないのかも知れない。
いずれにしても直接本人達と接触しないと話にならない。
これからはそれを優先するべきか。
不意にアラームが鳴る。アーサーからだった。
「警告します。 放置されていたライトニングが、妙な動きを見せています」
「周囲にC70爆弾を撒いてある。 面倒なら爆破してしまうが」
ストーム1が汚物かのように言うが。
アーサーは、それどころでは無いと答える。
「ライトニングの内部にある原子炉が暴走を開始している様子です。 元々ライトニングが入り込んだ空間と、ライトニングは連携して動いていました。 空間を制圧したときに、原子炉の停止も確認したのですが……何故か不意に動き出しています。 このまま暴走を続けた場合、空間そのものを爆破し、その影響がどのような形でレインボウノアに及ぶか計測できません」
ストーム1が口をつぐむ。
そんな状況では、流石にC70爆弾で吹き飛ばすとは行かない。どんな風に原子炉が暴発するか分からないからだ。
「どうしてそんな事になった」
「通信が入っています」
「!」
アーサーが、通信をメインモニタに出す。
そこには、音声だけだが。人間の声らしきものが入っていた。
「よくも……こんな地獄に閉じ込めてくれたな……。 このままでは死んでも死にきれない……。 せめて貴様らも、道連れにしてやる……」
それだけだ。
音声通信がきれた。
妙だなと唯野仁成は思う。もしもそんな風に考えて自爆を謀るにしても、だ。そもそもあの船の中に生存者がいたとして、どうしてそんな結論に至った。
降伏を申し出るとか、色々他にやる事はあっただろうに。
それにあのライトニング、おかしな事だらけだ。恐らくだが、これこそが。マンセマットの罠ではあるまいか。
「原子炉の暴走を止める方法は」
「本来核融合炉は簡単に暴走するものではありません。 原子炉はあの空間そのものからエネルギーを吸い上げていたようですので、その接続を切る必要があります」
「それではわからん」
正太郎長官が、アーサーに対して困惑した声を上げる。この人自身も確か世界的な科学者の筈だが、専門分野以外では駄目か。
挙手するゼレーニン。彼女は、青ざめていた。
「一つ提案があります」
「……うむ」
サクナヒメが先を言うように促す。
皆の視線が集中する中、ゼレーニンは言う。
「恐らくこれがマンセマットの仕掛けた罠でしょう。 でも、私としては何度も私を助けてくれたマンセマットを疑いたくありません。 其所で、マンセマットと話をしたいと思います」
「そんな暇は……」
「黙っておれ」
サクナヒメが、不安を口にしようとしたクルーを黙らせる。まあサクナヒメの人望を考えると、黙らざるを得ない。
ゼレーニンは、真田さんを見る。
「真田技術長官。 ライトニングの暴発を止める具体的な手段はありますか」
「ある。 まずライトニングのある空間に行く。 プラズマバリアの状態を確認後、本船のプラズマバリアで相殺する。 その後内部に入り込んで、私が直接確認する。 そこから方法は別れるが、暴発する前にライトニングを消滅させるか、原子炉を切り離すかのどちらかになるだろう」
「猶予時間はどれくらいです」
「後三時間もないだろう」
頷くと、ゼレーニンは唯野仁成を見る。
意図は分かった。頷く。
ヒメネスも立ち上がろうとしたが、ゼレーニンは首を横に振った。
「ヒメネス、気持ちは有り難いけれど、マンセマットは貴方を警戒しているわ。 恐らく私も疑われているでしょうね」
「唯野仁成と二人だけで行くってのか!」
「ええ。 私と唯野仁成がマンセマットと話を始めたら、即座に方舟はライトニングのいる空間にスキップドライブしてください。 どんな罠があるか分かりませんから、くれぐれも慎重に……」
「よし。 唯野仁成、天使の大軍を相手にする可能性が出て来ている。 くれぐれも気を付けてくれ」
ゴア隊長に敬礼。
そして、サクナヒメが立ち上がる。
「わしも残る。 気配を消して、だがな」
「良いのですか姫様」
「今の唯野仁成はわしが認める程に強い。 ゼレーニンの連れているラジエルも相当な使い手よ。 だがそれでも、マンセマット含む大天使三体と天使の大軍を敵にすれば生き残れぬわ。 わしが守らなければならぬだろうよ。 真田よ。 以前作っていた光学迷彩とやらを寄越せ。 気配を消しつつそれを着れば、恐らく察知されぬ」
「分かりました。 すぐに用意させます」
全員が動き出す。
さて、マンセマットが仕掛けていた罠は予想よりもずっとシンプルなものだった。後は、此処からどうするか、だ。
ゼレーニンはさっき、マンセマットを信じたいと言った。
その言葉は恐らく嘘では無いと思う。
だが、ゼレーニンは見て来ているはずだ。この世界のような地獄であっても。これだけの英傑が結集すれば変えられるという現実を。
或いは、この世界でなかったら。
とっくに全てに絶望していたゼレーニンは、あっさりとマンセマットの罠に落ちてしまったのかも知れないが。
そうはさせない。
二人、方舟を下りる。サクナヒメも、光学迷彩を着込むと、気配を完全に消して基地に潜んだ。
凄いなと呟く。光学迷彩というが、熱や電波、音、更にはいわゆる魔力まで全て遮断している。勿論サクナヒメが気配を消しているから遮断できている部分もあるのだろうが。それにしても凄まじい。
頷くと、すぐにゼレーニンと共に進む。悪魔達はまだ展開しない。予想通り、すぐに天使が出迎えに来た。
天使パワーだ。だが、ゼレーニンを献身的に守っていたパワー達とは違い。赤い鎧を着た威圧的な姿はそのままだが。無機的という言葉そのままだった。
「ゼレーニン様ですね。 唯野仁成様も。 此方にお越しください」
「ええ。 マンセマット様に会わせてくれるのかしら」
「お二人であれば大歓迎であるとの事です」
「……分かったわ」
一秒が惜しい。
すぐに天使についていく。もしも戦いになった場合、手持ちを全展開してもサクナヒメが救援に来るまで数分は耐えなければならない。そしてサクナヒメだって、如何に気配を消しているとは言え、相手はマンセマット。基地からは動けないだろう。
他のクルーは降りてこない。天使達を警戒させないためである。
ゼレーニンは、武装もしていない。唯野仁成は武装を取りあげられなかったが。これは相手の驕りが故だろう。
いずれにしても、ゼレーニンは元々殆ど戦えない。デモニカによる強化はあるものの、敵に向けて銃の引き金を引けるかは別の問題だ。
一応フォルナクスでの戦闘ではゼレーニンも戦えたが。あれは相手が相手だったからである。
あれ以降も、それ以前も。今もゼレーニンは、自身では殆ど戦わないし戦えない。それに関しては変わっていない。
戦いに決定的に向いていない事を自身も理解しているのだろう。
一方、ティアマト戦での敵の決定的弱点を見抜いた所は見事だった。戦場にいて邪魔にならないだけの自衛力はラジエルが担保してくれているし。何より最近はクルーも、それにサクナヒメも信頼してくれている。
それだけで、唯野仁成には凄く努力していると分かるし。何より一神教の思想を持った人間が、別宗教圏の神であるサクナヒメを信頼出来る事が凄いとも思う。
空間の歪みを抜けると、大量の天使が空を覆うように飛ぶ空間が出た。
周囲には生活空間らしきものは見当たらない。
ただ無機的にものが積み上げられ、それらに腰掛けて天使が休んだり。或いは悪魔を殺して得たらしいマッカを貪り喰らっていた。
天使もここシュバルツバースではマッカを食らう事で力を増す。
その点では、他の悪魔と同じである。
周囲を脳天気に観察している余裕は無いが、デモニカを通じて出来るだけデータを採っておく。
デモニカのOSがマッピングはしてくれているし。
何より大母では無い天使達には、空間の歪みを操作する事は出来ないだろう。
退路を確保するためにも必要な事だ。
ほどなくして、荘厳な神殿のような場所に出る。威圧的な、他よりも明らかに強い大天使がいる。
「俺の名前は大天使カマエル。 其方が唯野仁成、其方がゼレーニンだな」
「ああ。 通して貰えるだろうか」
「好きに通るが良い。 マンセマットは俺の同志ではあるが上司ではない」
「そうか。 では通して貰う」
通信をゼレーニンが入れてくる。
カマエルはどちらかというとダークサイドに位置する大天使で、マンセマットとその点は同じだという。
なるほど、同じ穴の狢同士で組んでいるという訳か。
一神教の天使については唯野仁成も調べた。そもそも一神教では、天使として聖書に記載されているものを、必ずしもそうとは扱っていない。汚れ仕事をする者や、魔術に関する天使をどんどん堕天使として扱っていったという歴史的経緯があるという。
あの四大天使の一角であるウリエルも一時期は堕天使扱いされていた事があると言う話で、馬鹿馬鹿しい事である。
そんな不安定な信仰に振り回されたという点では、マンセマットにも同情の余地はあるのかも知れないが。
今、とんでもない事をやろうとしていることや。ゼレーニンを駒にしようとしていることは擁護できない。
なお会話については、いつもとチャンネルを変えて方舟と通信している。今までの電波帯域では、傍受される可能性があったからだ。
重力子通信も使っていない。今まで誰も使うことが無かったものをつかった通信である。真田さんも、思考を読まれる事を危惧して何を使っているかは教えてはくれなかったが。少なくとも傍受はされないと見て良い。
神殿の中に入ると、其所にはマンセマットがいた。となりには、鎌を持った屈強な男性の大天使がいる。
大天使サリエルと名乗られる。やはりゼレーニンによると、汚れ役をしている天使らしい。
そして、マンセマットが、満面の笑みで立ち上がっていた。
「久しぶりですねゼレーニン。 それと唯野仁成も」
「お久しぶりですマンセマット様。 急いでいます。 此方に来た理由は、分かっているかと思います」
「ええ、勿論です。 緊急事態のようですね。 あのもう一つの鉄船から強烈な負の波動を感じます。 このままでは、どんな事が起きても不思議では無いでしょう」
何を白々しいと思ったが。唯野仁成は無言を貫く。
此処は、まだ迷っているだろうが。
それでも、ゼレーニンを信じると決めたのである。
ついに、来るべき時が来ました。
パワー達の願いを入れて、大天使ラジエルを悪魔合体で作り出したゼレーニン。
籠から出ようとしているゼレーニンに。
最悪の誘惑が、ついに突きつけられます……