Sストレンジジャーニー   作:dwwyakata@2024

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2、牙を剥く黒の天使

ゼレーニンは周囲を見回して、既に気付いていた。

 

シュバルツバースで得られるはずがないものが、いくつもある。

 

主に調度品の類で。

 

どれもが、デモニカの分析で本物だと判明していた。

 

勿論、外の世界から天使が持ち込んだという好意的な解釈も出来る。だが、いちいち手で持ち込んだのか。

 

ライトニングを使った。

 

それが一番合理的だろう。

 

それでも、まだ一抹の希望が残っている。マンセマットを、最初から疑って掛かる訳にはいかない。

 

ゼレーニンはそれほど熱心ではないとしても、一神教の信者だ。

 

いや、少なくとも昔は。自分が思っているよりも、遙かに真面目に一神教の信者をしていたのだと思う。

 

周りは違った。

 

一神教の関係者による性暴行事件なんて数えることが出来ない程発生している。

 

ましてやモラルが完全に崩壊した故郷では、その有様はもはや地獄だ。

 

そうなりたくはない。

 

その思考が、必然的に信仰を強め。そして己を潔癖症にしていたのだろう。

 

ただ一つ、分かっている事がある。

 

唯一絶対の神は。唯一の神であるかも知れないが、絶対などでは無い。

 

それについてはもはやはっきりと分かる。

 

悪魔に人間をためさせるため、と言う割りには。余りにも悪魔の管理がずさんすぎる。人間を殺すような悪魔を大量に放っておいて、何が試しだ。

 

より弱き者は救われているか。

 

少なくとも、ゼレーニンを命がけで守った誇り高いノリスは報われたか。

 

唯一絶対だというのなら、どうしてノリスを未だに助けてくれない。

 

世界中に、困っている、苦しんでいる弱者がいる。

 

そんな人達をどうして救わない。

 

挙げ句の果てに、どんな環境にいても心の持ちようなどという外道の言葉まで人間社会では蔓延っている。

 

何より一神教がこれほど世界で受け入れられたのは。都合良く正義を担保してくれるからだ。

 

神ですらこれだ。

 

何度も助けてくれたマンセマットを信じたいと言う気持ちはある。だけれども、確認しなければならなかった。

 

「マンセマット様。 貴方が言う鉄船……ライトニングでは何が起きているのです」

 

「どうやら閉じ込められた人間達に、悪魔が余計な知恵を吹き込んだようですね。 それによって、全てを巻き添えに滅ぶつもりなのでしょう」

 

「そんな……」

 

「愚かしい話です。 人間は主の御心のままにあればそれでいい。 人の心を、主の御心のままにする方法があります」

 

マンセマットは、そんな事を笑顔のままで言った。

 

まだだ。内容を聞くまでは、疑ってはいけない。あるものを、客観的に分析しろ。それが科学者のあり方だ。

 

真田技術長官はそう言った。

 

今では、ゼレーニンもそう思う。

 

マンセマットは、どうしてゼレーニンにこだわる。

 

グリゴリの天使達のように、ゼレーニンの体が目当てか。それとも。

 

不安に心が押し潰されそうになるが、サクナヒメが控えてくれている。それに、唯野仁成もいる。

 

マンセマットの発言次第では、即座に方舟の皆が対処に当たってくれる。

 

そして真田技術長官なら、確実に対応を成功させてくれるはずだ。

 

「ゼレーニン。 貴方を歌唱機と変える事が出来ます。 貴方のように徳が高くそして汚れを知らない気高い乙女は、現在の世界では希です。 貴方ならば、天の力を受け入れる事により、人々に声だけでその心を神の御心のままにする存在へと代わる事が出来るでしょう」

 

「!」

 

「ライトニングと言いましたか。 あの鉄船の人間達が何をしでかしたかは貴方も見ましたね。 アレが人間です。 人間は、神の御心のままにいればいいのです。 人間は己で考える必要などないのです。 少なくとも、一部の選ばれた人間以外は」

 

そうか。悲しくて涙が零れそうになる。

 

もしも、唯野仁成に聞いた話が本当だったとしたら。

 

アレックスが、滅びの未来を食い止めるために来たのだとしたら。

 

そして、滅びの未来の世界では、誰もスペシャル達がいなかったのだとしたら。

 

きっとこのグルースに来た頃には、ゼレーニンはすっかり心がすり切れてしまっていただろう。

 

そして今のマンセマットの言葉にも、あっさり心を許してしまい。

 

人間を洗脳する存在。歌唱機とやらになってしまったことだろう。

 

だけれども、ゼレーニンはその選択肢を選ばない。すぐに、あらかじめ決めていた合い言葉を口にする。

 

「それは本当に神の御心のままに?」

 

「ゼレーニン。 貴方ほどの徳人が、神の御心を疑うのですか?」

 

「いいえ。 神の愛は存在しているとまだ私は考えています。 しかしマンセマット様、歌唱機になって人々を支配するとします。 その支配は、本当に唯一絶対の主が願う事なのですか?」

 

「ああゼレーニン。 賢い貴方の事だ。 鵜呑みにせず、きちんと確認をするのは良いことですよ。 しかしながらゼレーニン。 天の代理たるこの私の言う言葉は本当です」

 

即座にPCを操作。

 

出現したラジエルを見て、マンセマットは眉をひそめたようだった。

 

勿論ラジエルは、全て話を聞いていた。

 

「マンセマットよ。 久しぶりであるな」

 

「貴方も壮健なようで何よりです」

 

「この体の中にはパワー達がいる。 そして、パワー達は願った。 ゼレーニンの力になりたいと」

 

マンセマットが露骨に表情を歪める。

 

なお、合い言葉によって、とっくに方舟は飛び立った後だ。

 

既に事は動き出している。

 

マンセマットからは、一秒でも目を離すことは出来ない。遠隔で空間を飛び越えて操作はできないだろうにしても。

 

手下の天使を飛ばして、合図をさせることは出来るのだろうから。

 

「パワー達にはただゼレーニンを守るようにだけ伝えたはずですが。 何を勝手な行動を取ったのだと思いませんかラジエル」

 

「特にそうは思わない。 パワー達は、地獄のような戦いの中で、何度もゼレーニンを守って倒れた。 そしてゼレーニンを守るための力がほしいと願った。 だから、ゼレーニンも、恐怖の対象でしかない悪魔合体プログラムを使った。 本当は嫌で仕方が無かっただろうにな」

 

ゼレーニンを、少しだけラジエルは見た。

 

既に、カマエルとサリエルは戦闘態勢に入っている。

 

露骨過ぎて、悲しくなってくる。

 

「ラジエル、確認させてください。 何の意思も無く、ただもののようになって神の意思に従う。 それが本当に唯一絶対の御心なのですか」

 

「……」

 

「ラジエル!」

 

「残念ながら、元々一神教というものは、砂漠の多い国々の中で、厳しい生活をしていた民が作り出したものだ。 だからその思想は苛烈で、排他的で、独善的で復讐の思想に塗れていた。 それを神の子と呼ばれる予言者が、隣人愛の思想へと変えようとしたが失敗した。 あまりにもタチが悪い者達につけ込まれたのだ。 更に後の時代には、砂漠の国々の中で苛烈な争いに苦しんだ予言者が、また別の一神教を作り出しもしたが。 それも結局は、正義を担保する排他思想に過ぎなかった」

 

ラジエルは大きくため息をついた。

 

基本的に一神教の思想は、現時点では排他の思想であり。他の思想を排撃するものであり。

 

神の愛よりも。神の与える罰による恐怖と人が抱える原罪によって人を縛るものとなっていると。

 

だからこそに、人の手で変えなければならないのだとも。

 

「卵が先か鶏が先かで言うならば、この場合は卵を変えなければならない。 人々は安易に正義にすがりたがる。 そして唯一絶対の神であっても、人が想像した神話の存在である以上、どうしても信仰の影響を受けてしまうのだ」

 

「おのれラジエル! 良くもそのような不敬を!」

 

「マンセマット、そなたも哀れだな。 ゼレーニンは、そなたを信じようとずっと努力を続けていたのだ。 ボロを出し続けた結果、ゼレーニンについに愛想を尽かされたことが理解出来ないのか」

 

絶句するマンセマット。

 

ラジエルの言う通りだ。もしもマンセマットの言う通りに行動したら、ゼレーニンは人々を洗脳するためだけの生体装置「歌唱機」になるだろう。

 

歌唱機は天使の一種かも知れないが。同時に人間という生物をただの群体機械でありついでにいえば神にとって都合が良い信仰だけに頭を塗りつぶしたデク人形に変えてしまう。

 

それを残念ながら今の神が望むというのであれば。

 

信仰そのものを変えなければならない。そして神も。

 

ゼレーニンも見て来た。他者に対する不寛容が、どれだけの災禍を産むか。

 

サクナヒメは異教の神だが、他者に対してあれだけの慈悲を掛ける事が出来る。残念ながら、現在の一神教では、他の宗教の神は全て「悪魔」だ。そんな思想は、間違っている。今ならば、ゼレーニンは。そう断言することが出来る。

 

「マンセマット様。 いや、大天使マンセマット。 何度も助けてくれた事は礼を言います。 しかしながら分かりました。 貴方は私を、自分が、いやそこにいる同志達二人も含めた天界において立場が悪い天使達が復権するための道具にするつもりだったのですね」

 

「……」

 

「そして権力を得て、四大天使や七大天使を上回る寵愛を得たかった。 違いますか?」

 

「余計な知恵を付けてしまいましたねゼレーニン。 貴方は賢く美しかったというのに、知恵の実を口にしてしまいましたか」

 

本性を現すマンセマット。本当に悲しかった。

 

唯野仁成が、悪魔達を召喚する。更には、ラジエルも、ゼレーニンを庇う構えに入った。

 

「そうだとも。 人間達の愚かしい信仰によって振り回され、時に堕天使にされた我々が復権するために、お前を此処まで育て上げたのだゼレーニン! お前を光の御子として育て上げ、このシュバルツバースの仕組みを利用してその力を全世界に波及させれば、人間は皆等しく唯一たる絶対の神のしもべとなる! その時信仰心は全て唯一たる主のものとなり、悪魔どもなどは塵芥のように蹴散らすことが出来ただろう! その時、私達貶められた天使達は、神の側に侍ることが出来るのだ!」

 

マンセマットはわめき立てる。

 

現れた本性は、あまりにも醜かった。ゼレーニンは、顔を覆いたい気分だった。最初から、全て計算尽くだったのだとしたら。

 

本当に、何も分かっていなかったのだから。

 

サクナヒメは最初から、マンセマットは野心の塊だと指摘していた。

 

どこかでそれを信じたくなかった。

 

一神教の基本思想である、他の宗教の神は全て悪魔であるというものが、心に染みついていた事もあるのだろう。

 

だがそれにしても、あれだけ勇敢で、そして寛容なサクナヒメがずばりと指摘していたことだ。

 

どうして今まで信じる事が出来なかったのか。

 

全てを、ゼレーニンは。今、振り払うことが出来た。

 

「マンセマット。 貴方はもはや堕天使以外の何者でもありません」

 

「な……っ!」

 

「不敬だろう、人間が!」

 

「我等は貶められたとは言え大天使! 不安定な信仰の中で堕天使にされる事もあるが、それでも神の忠実なる僕ぞ!」

 

カマエルとサリエルが口々に言うが。

 

もはや、そのような言葉など、何ら意味を成さない。

 

既にゼレーニンは、退路を算出し終えている。

 

そして、別離の言葉を口にした。

 

「私は歌唱機になどなりません。 どの道、今のままでは人間が駄目である事なんて分かりきっています。 ですが、故に人間を変えるためには洗脳ではだめなのです。 マンセマット、人間を道具としか見る事が出来ず、ましてや全ての人間に届くとも思えない方法を提案し実行し、己の野心と出世のために私を利用しようとする貴方には、もはや従う事も、心を許すことも出来ません。 ただ、何度も助けてくれた事については、此処で礼を言います。 ありがとう。 そして、さようなら」

 

「おのれ雌豚に墜ちたか肉人形がっ!」

 

あまりにも聞き苦しい言葉を吐き散らすマンセマット。

 

嗚呼。これは、故郷で聞いたような言葉だ。モラルハザードが極限まで進行した故郷で。こんな故郷では駄目だと判断したから、両親は米国への移住を決意した。その移住先の米国もまた地獄だった。

 

更に、天使達でさえこうだということがわかった。

 

都合が良い天国なんて、何処にも無い。

 

それについては分かった。

 

だが、腐っていても仕方が無い。

 

道は、自分で切り開かなければならないのだ。

 

ラジエルが、ゼレーニンの肩に手を置く。

 

そうか、ラジエルもそうしてくれるか。サクナヒメがそうしたように。

 

唯野仁成が、ライサンダーを不意に撃ち放つ。至近で、本来だったら音だけで気絶しそうだけれども。

 

サリエルが不意打ちを食らって、ブッ飛ぶのが見えた。仮にも大天使。一発で落ちるようなことは無いだろうが。

 

それでも、宣戦布告である。

 

そのまま、走って逃走を図る。案の定、ワラワラと、そらを真っ黒に染めるほどの数の天使が現れるが。

 

ラジエルが何か聞き取れない言語で喋ると、困惑した様子で動きを止めた。だが、全てが、ではない。

 

相当数の天使が、追いすがって来る。

 

真田技術長官が戻ってくるまで、最低でも数時間は耐える必要がある。殿軍になった唯野仁成に迷惑は掛けられない。サクナヒメがこっちに突貫してきてくれているはずだが、合流までは持ち堪えなければならない。

 

パワーが何隊か、此方に飛んでくる。体ではなく隊だ。もの凄い数である。そして、ゼレーニンを守って何度も献身的に動いたパワー達と違って、目には「神の敵を抹殺する」という狂気だけがあった。

 

後ろから、マンセマットの声が聞こえる。

 

「ゼレーニンは捕らえなさい! 後は皆殺しにするのです!」

 

「し、しかしラジエル様は動くなと……」

 

「天界での席次は……っ」

 

恐らく、ラジエルよりマンセマットの方が天界での席次は上なのだろう。だがラジエルは、神の秘書のようなことをしている天使だ。その寵愛がどちらに向いているかは、言う間でもない。

 

更に言えば、見て分かった。

 

天使達は、自分でものを考えられるほど頭が良くない。

 

神のデク人形として、思考する事を放棄してしまった弊害だ。ゼレーニンが歌唱機とやらになっていたら。

 

人間全てがこうなってしまっていたのだろう。

 

アサルトを取りだすと、デモニカの支援を受けながら、明確な害意を持って向かってくる天使だけを打ち据える。

 

シュバルツバースに入ったばかりの頃に支給されたアサルトだったら役に立たなかっただろうが。

 

今支給されているアサルトは、大型の悪魔にも有効打を入れられる。その上、装填出来る弾丸の数も尋常では無い。

 

唯野仁成が、下がりながら追いついてくる。激戦で天使を薙ぎ払いながら、マンセマットとサリエル、カマエルを同時に相手にしているから、どうしても分が悪い。少なくとも、足は引っ張れない。

 

ゼレーニンはアサルトで路を塞ごうとする天使を撃つ。

 

マンセマットに従った天使達だ。もはや堕天使に等しい。撃つしか無い。何よりも、思考力をなくしている様子が痛々しい。

 

必死に少しずつ退路を行くが、文字通り空を埋め尽くすような天使の数である。

 

通信は沈黙したまま。

 

真田技術長官が、爆弾と化したライトニングを止めに行ってくれているのだ。だから、ゼレーニンもできる事をしなければならない。

 

数体の天使を撃ちおとし、マガジンを必死に変える。

 

繰り出された槍。

 

ラジエルが、魔術の防御で防いでくれる。

 

礼を言いながら、退路を塞ぐ天使達を撃ち抜く。大半の天使が困惑して傍観している状況とは言え、もとの数が多すぎるのだ。

 

ラジエルの防御魔術も、ひっきりなしに飛んでくる槍や矢で、常に消耗しているのが見える。

 

数があまりにも違いすぎる。せめて他のクルー達もいれば、話は違うのだけれども。そうもいかない。

 

次の瞬間。

 

世界に雷鳴が閃いていた。

 

群がっていた天使達が、全て一瞬で両断され、マッカになって消えていく。着地したのは、サクナヒメだった。

 

剣を振るって立ち上がるサクナヒメ。目には静かな怒りが宿っていた。

 

「通信装置を通じて全てを聞いていた。 何が神の御心か。 そのような事を望む神など、害悪でしかないわ」

 

「姫様……」

 

「その様子では立っているのさえ辛かろう。 一度後退するぞ。 唯野仁成、わしが殿軍を引き受けた! ゼレーニンを守って、野戦陣地まで退け!」

 

「イエッサ!」

 

ゼレーニンをアレスが担ぐ。唯野仁成は剣を振るって、片っ端から路を塞ぐ天使を斬り伏せる。

 

確かにもう立っているのも限界に近かった。

 

天使を撃つなんて、そんな事。本当に辛かったのだ。

 

後ろでは、サクナヒメが押し寄せる天使とマンセマットら大天使三体を相手に、互角以上に戦っている。

 

凄まじい形相のマンセマットが、吠え猛るのが見えた。

 

「このあばずれの娼婦めが! 神に楯突いた事、後悔しろ! 目を掛けてやったのに、この私を裏切ったな! 地獄に落ちて永遠にコキュートスで氷漬けになるがいいわ!」

 

「馬脚が現れておるなマンセマット!」

 

サクナヒメの一撃を、マンセマットとの間に割り込んだカマエルが防ぐ。流石は大天使の中でも相当な武闘派に位置している存在だ。

 

だが、サクナヒメの剣撃は、それで終わりでは無かった。

 

羽衣を展開して、サクナヒメがカマエルの四肢を絡め取る。流石に青ざめたカマエルだが。次の瞬間には、文字通り頭から唐竹にたたき割られていた。

 

着地するサクナヒメと、消えていくカマエル。

 

あの様子では、サクナヒメが倒されることは無いだろう。

 

ナビをしながら、ゼレーニンは撤退を支援。やがて天使の支配空間を抜けて、野戦陣地のある所にまで来た。

 

かなり唯野仁成自身も、悪魔達も傷ついている。

 

だが、追撃を仕掛けて来ている天使はいない。降ろして貰うと、ゼレーニンは野戦陣地の機能を解放。

 

野戦陣地が動き出す。

 

一瞬遅れて、サクナヒメが空間の裂け目から飛び出してきた。かなり傷ついている様子だが、それでも無事である。

 

さあ、ここからが本番だ。

 

 

 

唯野仁成も野戦陣地の中で体勢を立て直す。まずは姫様の無事を確認。消耗はしているが、継戦力は残している。まずは上々である。

 

最初に突貫してきたのはサリエルだが。そのサリエルを迎え撃ったのは、驟雨の如き鉛玉だった。野戦陣地の全砲門が一斉解放され、真っ先に突貫してきた月の大天使を襲ったのである。

 

魔術で防御しようとしたサリエルだが。その背後には、既にサクナヒメが回っていた。

 

「頭でっかちの域を超えぬな。 どうせ悪巧みばかりして手を動かしていなかったのだろう」

 

「こ、この悪魔めがっ!」

 

「悪魔で上等! 貴様らのような外道に、神と認定されたくなどないわ!」

 

サクナヒメの一撃が、容赦なくサリエルの背中を貫く。

 

絶叫しながら、サリエルは光になって消えていく。呼吸を整えているサクナヒメは、すぐに跳躍して野戦陣地の中に再び戻る。

 

分かってはいたが、相当にサクナヒメのダメージが酷い。ラジエルが回復をする暇も無い。

 

カマエルもサリエルも、真っ向勝負を好むサクナヒメが、殆ど不意打ちに近い形で倒していたのである。普段なら真っ向勝負で倒すだろうサクナヒメがだ。どれだけ戦況が悪かったからかは、言う間でもなかった。

 

少しだけ、間を置いて。どっと、天使の群れが空間の穴をくぐって殺到してくる。だが、既に野戦陣地はゼレーニンの手でプラントと接続し。

 

その全火力を解放していた。

 

マンセマットの本性を見た以上、戦わざるを得ない。唯野仁成は最初から覚悟を決めていた。だが、ゼレーニンは、最後まで迷っていた。その迷いも晴れた様子だ。無数の火砲が、大量に現れる天使を片っ端から叩き落とす。更に唯野仁成が展開している悪魔達が、それを支援。

 

アナーヒターとアリスの魔術が、文字通り驟雨の如く天使の群れを薙ぎ払い。

 

敵中に突貫したイアペトスとイシュタルが、暴威の如く力を振るう。

 

唯野仁成も、狙撃銃で確実に敵を倒していく。ただ、敵が多すぎる。マンセマットは姿を見せないが、理由は何だ。天使を捨て駒に、消耗しきった所を叩きに来るのだろうか。ゼレーニンの側では、ずっとラジエルがいる。それでいい。ラジエルには守りだけを担当して貰いたい。

 

激しい戦いが続く中、その時は不意に訪れた。

 

サクナヒメが反応。ラジエルも反応するが、一瞬だけ遅かった。

 

ゼレーニンを庇ったラジエルが、抜き手で貫かれていた。消滅していくラジエル。手を血に染めたマンセマットは、狂気の笑みを浮かべていた。どうやったのか、いきなり野戦陣地内に現れたのだ。

 

流石は最高位の大天使の一人か。実際に戦うとなると、油断出来ない相手だ。

 

「やはり人間に思考する必要などない! これからじっくり調教し、無理にでも歌唱機に仕立て上げてくれるわ」

 

「下がっておれゼレーニン。 マンセマットよ、わしが相手だ」

 

「異教のデーモン風情が……!」

 

「先に名乗っておこうか。 わしはヤナトの武神にて豊穣神サクナヒメ。 これより異教の大天使マンセマットとの勝負を望む」

 

今まで、サクナヒメに名乗られて、名乗り返さなかった悪魔はいなかった。だが、マンセマットは違った。

 

完全に化けの皮が剥がれたマンセマットは、醜悪な笑みを浮かべるだけだった。

 

「異教のデーモンに興味など無い! カマエルもサリエルも良くも殺してくれたな! これから八つ裂きにしてその肉も魂も喰らってやる! あの鉄船に乗っていた人間共をそうしたようにな!」

 

「語るに落ちたな……」

 

「あの船に乗っていたのは罪人ばかりだった! 人殺し、嘘つき、詐欺師、人身売買業者ども! そもそも最初から栄養にするためだけに罪人を詰め込んだのだ!」

 

「そやつらが地獄に落ちるべき連中だった事に異論はない。 だが、貴様もそれは同じだこの愚かものが!」

 

消耗しているサクナヒメが、マンセマットの間合いに入ると、上空に蹴り上げる。一瞬の早業だった。

 

更に空中で追いつくと、まるで鞠を突くように前後左右に吹き飛ばす。羽衣を使った空中機動と体術の合わせ技だ。

 

だが、体勢を立て直したマンセマットが、両腕を交差してサクナヒメの蹴りを受け止めると、弾き返した。

 

更にマンセマットはノータイムで大量の稲妻の魔術を展開して、サクナヒメに飽和攻撃を浴びせる。サクナヒメは剣の一振りでそれを切り裂くが。今度はサクナヒメに、マンセマットが蹴りを叩き込んでいた。

 

サクナヒメは消耗が激しい。本来なら一対一で遅れを取る相手とも思えない。

 

更に、追撃してきている大量の天使達も、マンセマットに加勢している。

 

此方もアレスを含めた残りの悪魔を全て召喚し、支援させているが。野戦陣地の火力を加味しても、戦力が明らかに足りていない。

 

へたり込んで、どうにかラジエルを蘇生できないかPCを操作しているゼレーニンを一瞥。

 

やむを得ない。アレスに指示をして、ゼレーニンを守らせる。

 

唯野仁成は、時々突っかかって来る天使を斬り伏せながら、好機を狙う。サクナヒメを相手に押し気味に戦っているマンセマットだが。サクナヒメが消耗していなければ、もう斬り捨てられていただろう。

 

横やりを入れられれば。

 

強烈な雷撃の球体。プラズマ球とでもいうべきか。それを数十ほど一瞬で作り出すマンセマット。

 

そして、一斉に、野戦陣地に向けて落下させる。

 

サクナヒメが防ぎに入る事を想定しての動きだろう。

 

案の定、サクナヒメは剣を一薙ぎして、魔術の雷を根こそぎに吹き飛ばすが。

 

その時には背後に回ったマンセマットが。抜き手でサクナヒメの背中を貫こうとしていた。

 

ライサンダー2の弾丸が、マンセマットの顔面を張り倒したのはその瞬間。

 

本性を現したマンセマットである。そう動くのは、大体見当がついていた。流石にライサンダー2の弾丸をモロに喰らって一瞬動きを止めたマンセマット。後ろ回し蹴りで、吹き飛ばすサクナヒメ。更に吹っ飛んだ後方に回り込むと、拳を固めて地面に叩き込んでいた。

 

地面に突き刺さり、爆裂し。更に地面を抉りながら吹っ飛ぶマンセマット。

 

跳び上がって、追撃のサクナヒメの剣を必死にかわす。

 

盾になれ。そう叫んで、高位の天使達をけしかけるが、文字通り秒も持たない。形勢逆転である。

 

さっきから凄まじい形相のままのマンセマットだが。不意に、忌々しそうに動きを止めていた。

 

レインボウノアが、上空に姿を現したのである。

 

そして、スキップドライブを終えると同時に。大量の速射砲がつるべ打ちを開始。更に物資搬入口を開くと、其所からクルーが数名狙撃を開始した。多分ストーム1も混じっている。またたくまに天使の群れが落とされていく。更に空を飛ぶ悪魔に跨がって、ライドウ氏が来る。ケンシロウはパラシュートなんぞいらないようで、そのまま飛び降りてくる始末だ。

 

流石に形勢不利を悟ったのだろう。ぎりぎりと歯ぎしりしていたマンセマットは、防げと指示し、背中を向けて逃げ出す。

 

サクナヒメに追撃する余裕は無い。マンセマットを守ろうと退路を塞ぐ天使達は、ケンシロウが一瞬でバラバラにしていた。ただ、マンセマットにも追いつけなかったが。

 

着地するレインボウノア。天使達は、もう残存する戦力がいなかった。

 

ヒメネスが降りて来て、周囲を忌々しそうに見る。

 

「何があったかは、後で話す。 今は手当が先だな」

 

「ああ、頼む」

 

「私は平気よ」

 

ゼレーニンは、自力で立ち上がる。

 

唇をきゅっと噛んでいた。

 

「みなが守ってくれたわ。 あの墜ちた天使から」

 

それだけで、皆察したらしい。

 

既に、マンセマットはもはや味方でも何でも無い。確定で敵になった。その瞬間であった。




カマエルおよびサリエル……消滅。シュバルツバースでの再生不可能。

ラジエル……致命傷。データ破損。
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