極めて過酷なグルースの探索。
英雄達は総力を挙げることとなります。
序、先に進めず戻る事も出来ず
唯野仁成は方舟に戻ってくると、小隊長としての責務を果たす。一緒に来てくれたクルー達に休憩の指示を出し、自身はデモニカの機能を使ってレポートを自動作成。すぐに艦橋に提出した。
艦橋に自身が顔を出すと、サクナヒメが座り込んだまま、目を閉じて集中している。恐らく瞑想することで、回復を早めているのだろう。
艦橋にはサクナヒメ以外のスペシャルは正太郎長官だけがいた。春香も何処かに出ているらしい。艦内なのか、それとも艦外なのかは分からない。春香は外でも、国際再建機構の戦地に慰撫で来る事があった。クルーのストレスが増大している今、外に出ていても不思議では無い。
敬礼をすると、正太郎長官は頷く。
「データは見せてもらった。 弱い悪魔達が群れている集落が最低でも四つ存在していると」
「はい。 最初に接触した集落と同様で、基本的にどの混沌勢力の集落も、戦う気はないようです。 極限まで傷ついたときに背後を襲われるとどうなるかは少しばかり分かりませんが……」
「了解した。 それよりこの地図を見て欲しい」
正太郎長官が、さっと機械を操作して。艦橋のモニタに画像を出す。
まるで複雑に絡み合った意味不明のコードだ。
サーバの裏側がこんな風になっている事が多いが。はっきりいって、人間の頭で理解出来る代物では無い。
今もドローンが多数展開して、更に地図を拡げている様子だが。
ぽっかりと、一部空白になっている場所がある。
かなりの広さを誇るが。
彼方此方無作為に飛んでいるドローンも、その場所にはたどり着けない様子だった。
「恐らく、この空白の何処かにこのグルースの大母が存在していると思われる」
「アーサーの試算ですか?」
「ああ。 それに強力な力も感じ取れる様子だ」
「……」
なるほど。ならば、今後はその空間を目指すことになるのか。
いずれにしても、この空間、長時間は歩くことが出来ない。
ころころと変わる異常な景色。しかもそれは光景としては見えていても、誰もが同じに見えるとは限らない。
幻の力とは良く言ったもので。
何が本当で何が嘘なのか、全く見当がつかない厄介な場所である。
「それでは君も休憩してくれ。 休憩後、すぐに次の任務がある。 厳しい状況だが、頼む」
「イエッサ!」
敬礼すると、艦橋を後にする。
自室で横になって眠る事にする。しばらく無心に眠っていると、ばたばた廊下を走っている音が聞こえた。
起きだして様子を見てみるが、別に殺気立っている雰囲気は無い。
恐らくだが、これは戦闘が発生したわけではないのだろう。
小さくあくびをすると、また眠りに入る。
休息カプセルを使う手もあるが。あれはいざという時、本当に必要な人間のためにあるものだ。
普通に眠れるのだから。
普通に休んでおいた方が良い。
しばしして、通信が入る。
次の出撃をするように、ということだった。
準備をしてから、出る。食事も済ませて、コンディションも充分。物資搬入口で、クルー達と合流した。
グルースという空間を探索開始してから一週間ほど。
天使と最初に激しくやり合った事を除くと、驚くくらい静かに事が進んでいる。今までは三チームほどで連携して動いていたのだが。今は一チームの人数を増やしているとは言え、それぞれ独立行動をしつつ、地図の空白部分を埋める作業を行っている。
マンセマットが仕掛けてこないことは気になるが。
いずれにしても、仕掛けて来ても対応は可能だ。
クルーと共に、船外に。今回は大げさなくらいに、野戦陣地を拡げている。話によると、プラントから得られる物資がとんでもないレアメタルなどの貴重な物資ばかりだそうであり。
野戦陣地に関しても、いつ天使が総攻撃を仕掛けてくるか分からないと言う事もあって、厳重にしているとか。
クルーの中には天使と戦いたくないと本音を漏らす者もいる。
そういったクルーは休憩をさせてはいるが。いずれ復帰をしてもらわないと困る。
ここまで来たのだ。
覚悟は決めて貰わないとまずい。
マンセマットの凶行は、誰もが分かるように記録に納めたのである。
それでも信仰故に納得出来ないというクルーはいるようだが。いずれは。現実に対応して貰わなければならない。
野戦陣地を出て、探索を開始。
アーサーのナビを受けながら、移動を行う。複数のドローンがついてきているが。
いずれも空間の歪みを調査するための使い捨てだ。周囲の警戒は、唯野仁成達が出来るだけ行わなければならない。
ドローンが空間の歪みに消える。
データを見て、連れてきているクルーの一人が舌打ちする。
「既知の空間か……外れだ」
「何かの時にショートカットできるかも知れない。 そう前向きに考えよう」
「分かった、そうさせてもらう」
唯野仁成は頷くと、次の地点の調査に向かう。
途中、頻繁に通信が入る。ヒメネスの班が、かなり頻繁に悪魔に攻撃を受けている様子だ。
救援要請は無いが、少しだけ不安になる。
何故ヒメネスの所が集中攻撃を受けているのか。
通信を聞いていると、ストーム1が支援にいったらしい。間もなく、片付いたようだった。
通信を緊密に取り合いながら、周囲を探索する。
どうやら大母がいるらしい巨大空間まで辿りつくには、まだ時間が掛かると見て良い。
周囲を徹底的に探していき。
未探索地域を消していく。
だが、デモニカの機能から、地図を呼び出すとうんざりする。意味不明につながった空間を考えると、此処をどうやって進んだものか分からなくなる。アーサーのナビは的確だが。それでも悪態をつきたくなるクルーの気持ちは分かる。
かなりクルーのストレスが増大してきたため、一度方舟に戻る。
ゼレーニンが出て来て、作業をしていた。声は掛けなくても良いだろう。忙しそうだし、何よりラジエルを失った事もある。
心の整理をする時間が必要だ。
方舟に入ると、ケンシロウが調査班を連れて出る所だった。敬礼して、すれ違う。
物資搬入口で解散。
唯野仁成をリーダーとして行動する事に、機動班のクルー達は疑問を持っていないようで何よりだ。
もっと反発される可能性を想定していたのだ。
だけれども、今までの戦いで戦果を上げてきたのを見てくれているのだろう。
それもあって、驚くほど皆丁寧に従ってくれている。
唯野仁成としても、行動しやすい。
勿論、誰も目の届く範囲内で死なせるつもりは無い。
目の届かない範囲では、他のクルーやスペシャルがどうにかしてくれる。
その信頼があるからこそ。
唯野仁成は、ぐっと気持ちを楽に持っていられる。
一旦艦橋に顔を出し、状況を報告する。
真田さんはいない。ゴア隊長は、忙しそうに指示を出し続けていたが。唯野仁成が来ると、報告を受けてくれた。
「分かった。 少し休憩してくれ。 出る場合には指示を出す」
「イエッサ」
敬礼して、その場を離れ。
ベッドで横になって、軽く休む。
アリスがぽんとPCから出て来て、聞いてくる。
「ヒトナリおじさん、アイス食べたい」
「……分かった、少し待ってくれ」
「うん」
だだをこねることはなく、きちんと待ってくれている。元々我が儘なアリスだ。だだをこねないというのは、要するにそれだけ信頼関係が構築できた事を意味している。また、アリスの魔力も増大し続けていて、本来神話の重鎮級である他の仲魔達にまるで引けを取っていない。
マッカをどか食いするとはいえ。
そのどか食いに相応しい力を発揮してくれるのだ。
マッカを惜しむ理由は無い。
少し目を閉じてリフレッシュした後、レクリエーションルームに出向く。アイスを作ってアリスに渡し、自身は周囲を確認。
ひそひそと話し合っているクルーがいる。
「天使はいいよまだ別に。 実際あのマンセマットって、出エジプトに出てくるダーティーワーカーだろ? だけどさ、もしも神が出て来たら……」
「神だったら一杯いるじゃないかよ。 仲魔にも、姫様だって」
「ちげえよ! そうじゃなくて、唯一絶対の……」
「もういい加減覚悟決めろよ。 その神様が、世界の貧困を救ってくれたか? 誰か困ってる人に施しでもしてくれたのかよ。 何よりこんなにわんさかいる悪魔を、どうにかしてくれたのか」
そう言われると、マンセマットとの戦いでまだ心を引きずっているらしいクルーは、黙るしかない。
ゼレーニンを庇って倒れたラジエルの言葉がまだ耳に残っている。
信仰によって神は変わる。
今の神が、人々を救わないというのなら。
それは要するに、それだけ人間という存在が浅ましいと言う事ではないのか。
ラジエルは卵と鶏なら、まずは卵を変えなければならないとも言っていた。
神と言う精神生命体がいるのなら。
その存在をより素晴らしいものにするには。
洗脳などと言う手段ではなく、人間という生物そのものを変えなければならないのだろう。
だが、そんな風に人間を変える方法が思いつかない。
今まで歴史上の偉人達が皆挑戦してきて、誰も出来なかった事である。
どうすればそんな事が出来るのか、唯野仁成には分からない。
他のスペシャルには分かるのだろうか。
嘆息すると、自身もアイスを食べる。
たまには良いだろうと思って、ストロベリーのアイスを食べる。甘い。無言で黙々と食べていると、アリスに言われる。
「マンセマットの奴の事考えてるの?」
「いや、あんな奴はどうでもいい。 皆が心配だ」
「人間って心が弱いね。 だから悪魔はみんな喜ぶんだけれど。 秩序陣営も混沌陣営も関係なくね」
「ああ、何となく分かる気がするよ」
アリスの言葉は皮肉まみれだが、実際問題そうなのだろう。
都合良く救って貰いたいと考え、更には正義を担保してほしいと考える。
だから宗教というのは攻撃的だ。
色々と宗教哲学というのは見た事があるが。問題は、それらの宗教哲学を、宗教家が実践など出来てはいないという事だ。
どの時代も、宗教は様々な国で腐敗し。金を蓄え。そして多くの人間を不幸に叩き落としてきた。
どれだけ立派な哲学をくみ上げても、後世の人間がねじ曲げたり。
或いは都合の良いところだけ抜き出して、自分のために利用してしまうのだから意味がないのである。
一神教にしても、隣人愛の思想なんてどれだけの人間が守っている事か。
自分の所の宗教を信仰していないから、不幸になるんだよ。
そう災害が起きた地域の人間を指さして嘲笑うような輩は大勢いて。そんな連中に神は鉄槌を下さない。
要するに、そんな程度の存在だと言う事だ。
神が実在するのは別に良いとしても。唯野仁成は、現時点の神には何も期待していない。
姫様のような存在はいる。サクナヒメは本当に人のために寄り添い一緒に戦ってくれる神だ。だが、それは例外中の例外だろう。
実際問題、今仲魔にしている悪魔達に話も聞いているが。サクナヒメは本当に色々と例外的だと言われる。
あれだけの求心力があるのなら、クルーを信者にして己の傀儡にしないのが不思議だと、ストレートにイシュタルは口にしたし。
アレスはクルーをもっと鼓舞して戦士として前線で盾に使えば良いのにとさえ言いきった。
価値観が違うのだから、それらに対して腹を立てるつもりは無いが。
いずれにしても、神と言うのはそういう風に考えるものだと思って諦めるしかないだろう。
そしてラジエルが言っていた様に。
人間を変えなければ。精神生命体である神も、変わらない。
それだけの話なのだろう。
問題は変える方法だが。それが分からない。洗脳は論外としても、何か良い方法はあるのだろうか。
あるとしても、多分何万年も掛かる。
その間に地球は資源を食い潰されて終わってしまうだろうし。何度でもシュバルツバースが湧くだろう。
唯野仁成はその時には生きていない。
その時に対応出来るかは、極めて微妙な所だ。
通信がある。外の警護をしてほしい、と言う事だった。どうも悪魔の斥候がそれなりの数接近しているらしい。
それほど強い悪魔はいないようだが。それでも守りを増やした方が良いと言う判断なのだろう。
すぐに唯野仁成は、物資搬入口に向かう。点呼をしてから外に。プラントの調整を、真田さんがしていて。ゼレーニンが黙々と手を動かしていた。
視線が一瞬だけ真田さんとあう。
頷かれたので、此方も目礼した。
恐らく真田さんとしては、ゼレーニンのために黙々と仕事を課しているのだろう。今のゼレーニンは、何も考えずに手を動かした方が良い。
ゼレーニンが立ち直るまで、まだ少し掛かる。
立ち直った後、復活させられそうにないラジエルの事を、どうにか考えれば良いのである。
決して心が強くないのに、ゼレーニンはマンセマットの悪しき誘いをはねのけることが出来た。
それだけで、充分過ぎる程だ。
唯野仁成は素直に凄いと思う。
一神教を熱心に信仰していた人間が、高位天使から持ちかけられた誘いを、自分の意思ではねのけたのだ。
それだけで充分に凄い事なのだろうから。
周囲の警戒に当たる。悪魔達も呼び出す。
同時にマップを展開するが。今方舟が停泊している周辺ですら、既に訳が分からない有様になっている。
広域にマップを展開すると、文字通り首都圏の地下鉄のように入り組んでいて、どこが何にどうつながっているかすらも分からない。
こんな場所で探索とか、はっきりいって冗談では無いが。
大量に展開しているドローンがかなり助けになってくれてはいる。
そのドローンも消耗が激しいから、プラントを止めるわけにはいかない。
こんな過酷な環境で、フル活動させているプラントだ。しっかりメンテナンスしないと、すぐに壊れてしまうだろう。
威圧的に並んでいる唯野仁成の展開した悪魔や。クルー達が並べている悪魔達を見て、流石に不利と判断したのだろう。
様子を見に来た雑魚悪魔達は引き返していく。
そうこうする内に、ヒメネスが戻って来た。散々だと顔に書いていたが、唯野仁成を見ると苦笑。
そのまま、方舟に戻っていった。
ストーム1が声を掛けて来る。
「どうやらここの大母がようやく重い腰を上げたようでな」
「ヒメネスが攻撃を受けていたのはそれが理由と言う事ですか?」
「どうも間違いなさそうだ。 指揮官級の悪魔を捕まえて尋問したのだが、回りくどいながらどうも人間に対して波状攻撃を仕掛けるようにと指示を受けたらしい。 それもどこから分からない場所からふんわりと声が聞こえただけだそうだ」
「厄介ですね」
ストーム1も頷く。
このグルースという世界は、文字通り滅茶苦茶に入り組んでいて、はっきりいってまともに探索できるような場所では無い。現在地ですら、ナビがなければ全く分からないと言う程なのである。
そんな状態で、敵は好きなように潜み、いつでも襲撃を行う事が出来る。
目の前にある空間から、いきなり敵が飛び出してくる場合もある。
実際問題、そうやってラジエルは倒されたのだ。
アレはマンセマットの特殊能力かもしれないが、いずれにしても秒も油断が出来ないのは事実。
こんな状態では、大母とやらを探し当てるまで、どれだけ時間が掛かることか。
ストーム1は咳払いすると、ケンシロウの話題を出す。
「今、ケンシロウがフラフラ彼方此方をふらついている。 調査班の護衛はライドウ氏に任せてな」
「何か心当たりがあるのですか?」
「寡黙な男だからな、何とも言えない。 だが、幻力といったか。 この世界を満たしている力については、何となく分かるそうだ。 北斗神拳の一派に北斗孫家拳というのがあるらしく、それで「気」を扱うらしい。 その気にかなり性質が近いとか言っていた」
何となく分かる気がする。
それに、確か以前ぼそりと言っているのを聞いたのだが。
北斗神拳はインドから中央アジアを通って、中華に到達してから完成した拳法だと聞いている。
源流がインド。
恐らくは全ての武術の始祖とまで言われるカラリパヤットにまで至るのであれば。
インドの羅刹王、魔王ラーヴァナが口にしていた幻力と共通する力を感じ取れるのも納得出来る。
ただ、ケンシロウに任せっきりというわけにもいかないだろう。
此方は此方で、調査をしなければならない。
ゴア隊長が出てくる。かなり疲労が激しそうだが、この入り組んだ空間では仕方が無いと言える。
丁度此方に歩いて来る。やはり、まあそういう事なのだろう。
「唯野仁成隊員、ストーム1」
「はい」
敬礼をすると、ゴア隊長は咳払いして、プラントの方を見た。
ゼレーニンの事は心配なのだろう。
「これからライドウ氏を呼び戻し、この周辺の警備に当たって貰う。 その代わり二人は、クルーを増員して、悪魔の集落を全て回ってほしい。 この空間の大母の情報を足で集めてほしい」
「分かりました。 準備が整い次第、すぐにも」
「先ほど、五つ目の集落が発見された。 どの集落もあまり強い悪魔がおらず、弱い悪魔が身を寄せ合って生活をしている様子だ。 仲魔に出来るようなら仲魔にしてしまってかまわない。 現場判断をしてくれ」
「イエッサ!」
ゴア隊長はすぐに戻っていく。
あの様子だと、真田さん同様に無理をしすぎないか心配だ。
少しして、ライドウ氏が戻ってくる。兎に角巨大な悪魔を引き連れていた。アレスが露骨に怯む。
「また、随分と凄まじい悪魔ですね……」
「邪神テューポーンだ。 マッカを膨大に食うからあまり出したくなかったが、まあこの状態ではやむを得まい」
苦笑いするライドウ氏。そうか、これがテューポーンか。アレスが怯むのも当然だ。
台風、つまりタイフーンの語源となったギリシャ神話最強の大邪神。オリンポス神族に誅伐を加えるためにガイア神が作り出した最強最悪の怪物。その姿は、巨人から多数の蛇が生えているような感じであり。顔にも多数の目があった。
時代によって描写は違うようだが、ギリシャ神話の主神ゼウスを一度は完敗に追い込んでいる文字通り最凶の邪神である。リターンマッチで弱体化を受けた上で倒されているが、それでもとんでも無い大神格だ。
ライドウ氏はやはり、まだまだ相当な切り札を手持ちに隠しているらしい。
今までは、マッカの量などもあって安易に使えなかったのだろう。
方舟周辺の警備を任せると、人員も揃ったので幻に満ちた土地の探査に出向く。
何、ストーム1もいるのだ。不安は無い。
もしも不安があるとしたら。
恐らくこの土地にて起きようとしている、大きな悪魔同士の争いに巻き込まれることだった。