Sストレンジジャーニー   作:dwwyakata@2024

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3、幻力の渦の先

それはとんでもない巨人だった。身長二百メートルは軽くあっただろう。

 

戦闘も激烈を極めたが、残念な事にケンシロウが最初から本気モードだった。故に、デカイというだけではどうにもならなかった。

 

ケンシロウの凄まじい雄叫びと共に、経絡秘孔とかいうのに拳が叩き込まれる。

 

数百発の拳を喰らった巨人は、数歩蹈鞴を踏んで下がると。

 

全身が膨れあがり、そして爆裂し始める。

 

ケンシロウが振り返り、何か技名を呟く。巨人は、面白い悲鳴を上げて、全身爆発四散。後は膨大なマッカと、情報集積体が落ちてくる。

 

とはいっても、巨人にケンシロウが接近するまでに、相当な苦労があった。皆の疲弊も決して小さくない。

 

ケンシロウはぼーっと突っ立っているが。恐らく。重要な情報を収集しているのだろう。気だか幻力だかを読んでいる可能性もある。

 

何よりあの超ド級の巨人にとどめを刺したのはケンシロウだ。どうこういう資格は、唯野仁成にはなかった。

 

手分けして動く。

 

メイビーが点呼をした後、怪我人の負傷を回復させるべく、多数の悪魔を使って回復魔術を使っていく。

 

広域の回復魔術だけでは無い。

 

今ではメイビーは、十体以上の回復専門の悪魔を手持ちにおいていて。いつでもすぐに回復が出来るように特化した編成をしている。勿論それだけではまずいと判断しているのか、ストーム1の所に足繁く通っては、銃撃戦の手ほどきを受けているらしい。デモニカで補助されるとは言え、やはり世界最高の専門家のアドバイスを受けるのは大きな力になる。

 

周囲は巨人との戦闘で何もかも消し飛んでしまったが、その前は密林のようになっていた。

 

本当にこのグルースは、何が何だか分からない場所だ。

 

一通り、負傷者の手当は終わった。なにしろ相手がとんでもない大巨人だったから、此方の被害も大きかった。

 

戦闘の時も、兎に角大きい事を利用して、滅茶苦茶な範囲攻撃を繰り出しまくってきたので、相手の情報を見ている余裕が無かった。

 

それでも、ティアマトに比べたらだいぶ楽な相手だった事は否めない。

 

データを確認する。

 

あの巨人は、魔王マハーバリ。

 

神話によると、善政を敷き世界に光と喜びを溢れさせた存在だという。

 

なんでそれが魔王なのか小首をかしげてしまったが、どうやらビシュヌに倒される逸話があるらしく。結局の所、インド神話においてやられ役であるアスラ神族の一角に位置する存在であるが故に魔王とされているらしかった。

 

悪魔と言うのはこういうものだ。

 

悪魔を兎に角邪悪に描く一神教でも、古い時代の悪魔は必ずしも悪の権化という訳では無い。インド神話出身のこのマハーバリは、善政を敷いて世界に光と喜びをもたらしたというにも関わらず、インド神話における支配者であるディーヴァ神族に逆らったという理由で魔王にされてしまっている。何だかやるせない話だ。

 

そしてこのシュバルツバースにいる悪魔は、人間のシャドウだという話がある。

 

である以上、本来の善政を敷いた悲劇の王としてのマハーバリでは無く。神話でヴィシュヌの噛ませ犬として扱われたマハーバリが出現したのだろう。

 

それもまた、やるせない話だ。

 

ケンシロウが、ぶきっちょにPCを操作すると、方舟と何やら連絡を入れている。周囲を警戒していた唯野仁成は、それを横目に見ていたが。

 

やがてストーム1が戻ってくる。

 

「戦えるものは集まれ」

 

「イエッサ」

 

すぐに唯野仁成、それにヒメネス。他にも今回の戦いでは最前線で奮戦したウルフや、それにブレアが集まる。

 

他のクルーは、悪魔が殆どやられてしまっている。他数人しか集まらなかった。

 

「ケンシロウの話によると、どうやら複数の幻力の渦とやらが、この地点に集まっていた、と言う事で間違いないらしい。 要するに、この辺りで決戦が行われる事になりそうだ」

 

「!」

 

「勿論現時点で強大な悪魔の気配はない。 だが相手の実力は恐らくティアマト以上と判断して良いだろう。 それに何より、敵を実体化させる方法どころか、視認する方法もないのが現状だ」

 

「確かに、更地になったジャングルの跡地ですねここ」

 

ヒメネスがぼやく。

 

頷くと、ストーム1はケンシロウがふらふらと帰っていくのを横目に続ける。

 

「警戒するべきは、マンセマットら天使の介入。 他にも誰かしらの横やりが入るかどうかだ。 特に厳しい戦いになった後、アレックスに奇襲を仕掛けられるとまずい。 もうアレックスは俺たちが複数掛かりで対処しなければならないほどの相手ではなくなっているが、それでもデモニカを着ている。 一気に成長してまた姿を見せる可能性も否定出来ない」

 

その通りだ。

 

そこで、とストーム1は皆を見回した。

 

「この地点に大母を出現させる事になるだろうが、それには恐らく真田技術長官が、何かしらの装置を作って、その力で行うしかない。 更に言うならば、ティアマト戦同様に方舟も活用しての総力戦になるだろう。 しかしながら、戦闘での負担は少しでも減らしておきたい」

 

それはそうだ。

 

ストーム1は咳払いすると、幾つかの指示を出してきた。

 

この地点にトラップを仕掛ける、と言う事だ。

 

大母はいずれも今まで共通していたが。いや、大母だけではなく、空間支配悪魔も皆そうだったが。

 

実際に戦闘になると、今まで実体化していなかったものも、実体化した。

 

つまり物理的な攻撃が効くようになる、と言う事だ。

 

そこで、幾つもの物資を此処に運び込んで、それを設置しておく。事前にダメージを可能な限り与えるためである。

 

幸いプラントからの報告によると、グルースの土壌には凄まじい量のレアメタルが含まれているらしく。ほぼ何でも作れるという。

 

此処の面子を使って、ピストン輸送で物資をこの決戦予定地に運び込む。勿論調査次第では少しずれるかも知れないが。いずれにしても、今までグルースの要所にいた悪魔の戦闘力を考えると。

 

このグルースの大母とは、出来ればまともにやり合いたくないというのが、ストーム1の本音だそうだ。

 

これほどの人が其処まで言うのだ。

 

皆が戦慄しているのが、唯野仁成にも分かった。

 

そして、勝つためにはあらゆる努力を事前にしておく。まあそれが戦略というものなのだから、当然とは言えば当然ではあるか。

 

問題はジープが使えない事で、輸送にはもっと小型の装備を使わなければならない。此処に運び込める物資も限られてくる。

 

また、此処の大母が形を表した場合、空間の歪みがどうなるかも分からない。

 

それについては、真田技術長官が何かしらしてくれるらしいが。

 

いずれにしても、先に手は打つべきだと言うことだった。

 

作業が開始される。

 

調査班が色々と作業をしているので、それを護衛するチームと、輸送するチームに別れる。

 

唯野仁成は護衛班。ヒメネスは輸送班だ。

 

ナビに従って、どんどん物資が運び込まれてくる。ヒメネスはこういう労働を苦にしないようで、黙々と運び続けているが。

 

流石に参っている様子のクルーも目立った。

 

時々人員を交代しながら、物資を運び込む。勿論、大母が現れた瞬間爆殺できるほど甘い話ではないだろう。

 

其所で、様々な物資を使って、準備をしておくのである。

 

分かりきっている事が一つある。大母は此方を舐めきっている。

 

もしも本気で潰すつもりなのだったら、でんと構えていないで。空間の歪みを操作しまくって攪乱するとか。移動中の部隊をそれぞれ孤立させて、部下に襲撃させるとか、すればいいのだ。

 

それを自分にたどり着けないと思っているのか、ただ構えているだけ。

 

この油断はティアマトにも共通していたから、上位空間を支配しているという驕りから生じるのかも知れない。

 

三日掛けて、物資を運び込む。

 

大量のC70爆弾があるのを見て、ああなるほどとも思ったが。ストーム1が指定している物資には、よく分からないものもたくさんある。

 

いずれにしても、グルースの大母がティアマト同様訳が分からない能力を持っている可能性も極めて高く、それを考えると前衛として壊れること前提の機械の部隊を配置しておくのは悪くないのだろう。

 

物資の搬入が一段落する。

 

その頃には、真田さん自身が此処に足を運んで、ケンシロウと話をしながら何か大きな機械を組み立てていた。

 

アレが恐らくだが、幻力とやらをどうにかする装置なのだろう。

 

ケンシロウは質問にはよどみなく答えていて。真田さんは時々メモを取りながら、ゼレーニンをはじめとする研究室のメンバーと話をしていた。そしてどんどん部品を追加して、機械を組み立てているようだ。

 

見張りを続けている内に、視線を時々感じる。

 

多くの場合、こそこそこっちを覗いている天使のもののようだったが。たまに覚えがある視線を感じる。

 

視線の主は、ほぼ間違いなくあいつだ。堕天使さいふぁー。

 

面白がって、此方がやっている事を見ているのだろう。

 

まあ勝手に可能性とやらを追求して、此方を見ているが良い。有害なことをしないのなら、此方としても何もしない。

 

それにしても、恐らくは明けの明星と呼ばれる存在だろうに。その気配を察知できるようになってきたか。

 

勿論唯野仁成が強くなっただけではなく、相手がある程度分かるように気配を漏らしているのもあるのだろうが。

 

それにしても、個人が持つには過剰すぎる力を持ち始めていることになる。

 

しかしながら、ありのままの人間が如何に愚かしいかは。この人間の影とも言えるシュバルツバースで散々思い知った。

 

このままではいけない。それは確かにある。故に、唯野仁成は、この力と今後もつきあって行かなければならない。

 

「そろそろ戦略会議をする。 唯野仁成隊員、一度方舟に戻ってほしい」

 

「イエッサ」

 

答えると、周囲を見回す。

 

周囲は野戦陣地もびっくりの有様だ。実際、悪魔が興味を持って近づいて来た瞬間、ゴミのように撃墜されるのを何度か見た。それも弱い悪魔ではなく、そこそこに強い悪魔だったのに、である。

 

全自動での迎撃システムが組まれているので、問題は無い。大母との戦闘で全壊しても惜しくない。材料は全部グルースで自給したものだからだ。

 

皆と一緒に、方舟に戻る。

 

決戦まで、時間が掛かるのか、すぐなのかは分からない。

 

いずれにしてもはっきりしているのは、まだ超えなければならないハードルが幾つもあるという事だった。

 

 

 

方舟に戻る。サクナヒメは既にすっかり回復しているようで、いつでも出られる準備万端という雰囲気である。

 

正太郎長官も含めて、艦橋に幹部が全員集まる。

 

まず咳払いした真田技術長官が、説明を開始した。

 

「まずグルースに満ちている幻力だが、ついに観測に成功した」

 

「おお……」

 

声が上がる。流石だというのもある。やはりというのもある。

 

ケンシロウと真田さんが相談しながら、何かよく分からない機械で観測をしていたのは唯野仁成も見ていた。その状況で皆呼び出された。まあ、観測に成功したと言う事だと判断は誰でもする。

 

図が示される。

 

それによると、本来は空気中に存在し得ないものが幻力の正体だという。古くは不可思議な力の源泉として「霊的エーテル」というものの存在が考えられたが、これについては存在が既に否定されている。

 

だが、シュバルツバースは不可思議の世界だ。重力子も含めてあらゆる観測を行った結果、ある結論が出たという。

 

「悪魔が人間の思念に影響を受けているという話は、悪魔達から聞いていると思う。 そして幻力とは、幻を作り出し、そして神々の力そのものでもある。 つまりは、人間の思念そのものではないかと私は考えた」

 

そして、人間の思念とされる電気信号や脳内物質などから様々なデータを確認。大気中の量子のゆらぎなどとも照らし合わせ。更には今まで回収してきたロゼッタや情報集積体も全て確認した所。

 

以下のような結論が出たそうだ。

 

「そもそも精神生命体というのは、人間が脳内から発する特殊な電波そのものをエサにし、影響を受けている存在だと私は結論した。 これは恐らく人間に限らず、ある程度脳が発達した全ての生物の思考そのものをエサにしていると言っても良いと思う」

 

分かりにくい話だが、真田さんは更に説明をしてくれる。

 

観測されたのは、脳内から出る微弱な電磁波。特に際立ったものではないが、これがシュバルツバースでは、あり得ないほどに集まっているという。

 

理由としては、このシュバルツバースが恣意的に集めているから。

 

昔から普遍的無意識などと言う言葉が存在した。それについてはオカルトの域を出ていないが。

 

シュバルツバースはそもそも空間を歪曲させるほどの強力な力が働いている。

 

人間の微弱な思念を引き寄せて集める事くらいは、難しくは無いだろう。

 

その思念に強烈な指向性を持たせたものが気。そして、幻力だという。

 

データを具体的に見せてくれる。確かに脳内の電波波長にそっくりなものが大気中に渦となって満ちていて。それはケンシロウが書いた図に酷似している。

 

更に、その渦は多数が存在して。最終的に、あのマハーバリが存在していた空間へと収束していた。

 

要するに、このセクターグルースは、人間の雑多な思念を束ね。

 

その結果、訳が分からない、見ているだけで発狂しそうな空間と光景を作り出している訳だ。

 

今まで通って来たシュバルツバースの下位空間は、いずれもが人間の業そのものだったが。上位空間に入ると毛色が変わった。

 

それは、恐らくだが、人間の表面的な欲望が下位空間、深層にあるもっと奥深い闇が形になったものが上位空間。上位空間と下位空間でだからあらゆる意味で異なっていたのだ。

 

恐らくその中でもグルースは、雑多な表面的欲望を下位空間から集めつつ。深奥の深奥にある強烈な抑圧や、本人にも意味が分からない思念。

 

古くは薬などを使って祭で引きだしていた、いわゆる「神懸かり」の状態の精神を集めた場所。

 

そういうことなのだろう。

 

そう、真田さんは、データを出しながら、順番に説明をしていく。

 

なるほど、納得がいく。

 

此処にいる悪魔がどいつもこいつも極めて凶悪だったのも。そして大母が姿を見せないのも、それならば確かに分かる。

 

いわゆるトランス状態と言うのは、正気のままでは作り出せないのだから。

 

「なるほど、原理は理解した。 それで真田くん。 大母を引っ張り出すには、どうすればいいのかね」

 

「エサを断ちます」

 

「ほう」

 

「この空間に渦巻いている思念の渦……まあ単なる電波波長ですが、これが大母を支える餌になっているとそのまま推察できます。 そこで、カウンターとなる電波波長を流して、打ち消します。 手元にいる悪魔達には影響はありません。 ただ、思念そのものとなって漂っている大母には、それこそ己の体を引き裂かれるのと同じダメージが入る筈です」

 

えげつないが、確かにそれなら大母を引っ張り出すことが出来そうである。

 

ただし、と真田さんが言う。その装置を作るのに、数日かかるそうである。

 

グルース全域にその装置を配置するのは一日ほど。配置が終われば、一斉に装置を起動して、大母を一気に上手く行けば粉砕できる。

 

勿論そこまで上手くは行かないだろうが、文字通り触る事も出来ない状態から、無理矢理実体化させて、人間が戦える次元にまで引きずり下ろすことが可能になると言う。

 

サクナヒメが頷く。

 

「わしらに害はないのだな」

 

「既に実験を受けて貰ったと思います」

 

「ああ、あれか。 確かに害は無い。 なるほどな、空間に拡散している大母そのものにがつんと一撃をくれてやるわけだ。 痛快であるな」

 

真田さんが実際に作る装置の数と、それに掛かる時間を具体的に図で提示。そして、ゴア隊長が咳払いした。

 

「数日空くことになる。 幸い現時点で、稼働不可能なクルーもいない。 この時間を、勿論有効活用する」

 

それだけで分かる。嘆きの胎の調査時間というわけだ。

 

次は五層。

 

五層となると、以前恐怖を感じるほどの戦闘力を見せつけていた六層の看守悪魔と、大して変わらない実力の看守悪魔がいる筈だ。

 

四層では、五体の強力な看守悪魔が罠を張っていたが。

 

その代わり、五層ではそれ以上に強い囚人悪魔がいる可能性が高い。

 

ティアマトと同等か、それ以上か。

 

兎も角分からないが、近付いて調べて見るしか無い。危険な場所である可能性は極めて高いと判断した方が良いだろう。

 

いずれにしても、真田さんの負担を少しでも減らすためにも、嘆きの胎の攻略に注力し。

 

一気に五層を安全圏にしておきたい。

 

一線級の機動班クルーはかなり増えてきているが、そもそも四層までの安全は確保出来ているので。これで更に一線級で戦えるクルーを増やす事が出来るだろう。

 

すぐにゴア隊長が指示を出し、方舟は動き始める。

 

グルースには自動機械をかなりたくさんばらまいたが。野戦陣地には自衛機能もあるし、プラントには修復機能もある。

 

そして真田さんが作る装置に関しては、そもそもそれほど貴重な物資を必要とするようなものではなく。

 

むしろジャンクになっていたような物資を再利用できるものすらあるそうだ。

 

全クルーが方舟に乗ったことを確認。スキップドライブ開始。

 

嘆きの胎に到着まですぐである。

 

浅層には、そのまま野戦陣地とプラントが残されている。物資がコンテナに詰められ、その場に用意されているのが見えた。

 

方舟から降り立つと、すぐにクルーごとに別れて行動を開始する。今まで以上に強い悪魔が大勢現れるのはほぼ確定だ。

 

まずは、サクナヒメとストーム1を先頭に、五層に潜る。

 

五層は、その恐ろしい気配と裏腹に。随分と華やかな階層になっていた。

 

文字通りの意味である。

 

唯野仁成も一チームを率いて降りたのだが。周囲を見て、思わず目を細めたほどである。

 

元々巨大な植物の内側、という雰囲気がある嘆きの胎だが。

 

大量の花が咲いている。

 

どれもこれもがとても色彩鮮やかである。勿論こんな場所に咲いている花だ。迂闊に手を伸ばすのは危険すぎる。

 

調べるのは調査班と、その護衛の悪魔に任せる。周囲をまずは調べて、看守悪魔を探して狩っていく。

 

どうせ向こうから出てくるのである。

 

後は、アレックスに対する警戒がいる。今の時点で、アレックスは少なくともグルースには来ていない。

 

一方、五層に降りた直後に通信が来たのだが。

 

プラントが生産した食糧を人間が漁った形跡があったという。

 

間違いなくアレックスの仕業だろう。相当に苦労している様子が窺えて、少し寂しい笑みが浮かんでしまう。

 

負けたと判断した時の、アレックスのあの鬼相。

 

唯野仁成には、とてもではないが、理不尽な怒りをぶつけられているようには思えなかった。

 

相当な地獄を見て来た目だ。

 

そして今も、苦しんでいる。

 

アレックスには一度殺された。デメテルの手で蘇生は出来たが、肺をやられた以上本来は助からなかっただろう。

 

色んな思惑が交錯していたあの事件だが。それでも、アレックスを憎む選択肢は不思議とない。

 

不意に、大きなナメクジのような悪魔が現れたので。出会い頭にアサルトを叩き込み。更にアリスが火焔の魔術をぶっ放す。

 

ナメクジだから炎に弱いかと思えばそんな事もなく、炎を吸い込み始める始末である。手をかざして、アリスがおーと呟く。

 

「炎効きそうに無いね」

 

「冷気! 雷撃! 風撃! 順番に試してくれ!」

 

「おっけ!」

 

アリスが動く前に、アナーヒターが冷気の塊を叩き付ける。だが、柔軟な。そう、元々巻き貝の一種であるナメクジである。殻こそ失ったが、その代わり柔軟な体で狭い所にも時間さえ掛ければ幾らでも潜り込めるようになった生き物だ。氷の一撃を受けても、それほど効いている様子が無い。

 

口の中には鋭い牙がたくさん見えていて、クルーが悲鳴を押し殺す。

 

一斉にアサルトの弾丸を浴びせているが、聞いている様子が無い。

 

雷撃も叩き込まれるが、駄目だ。更にイシュタルが、拳に風を纏って上空から叩き込むが、それでも効いていない。

 

幻か何かかと一瞬疑ったが、よく見ると弾丸そのものはきちんと当たっている。AS99を操作して、グレネードを叩き込む。炎が効かないのは承知の上。爆圧ならどうだと思ったのだが、それも駄目だ。

 

動きも思った以上に速い。

 

イアペトスが突貫し、槍を連続して叩き込むが、五月蠅そうにしているだけである。更にアレスが、大上段から剣撃を浴びせるが、それも効いている様子は無い。

 

アリスが詠唱を開始。

 

皆が、さっと離れた。

 

ナメクジも首を伸ばしてアリスを見て、続けて何か吐き出す。

 

アナーヒターが氷の壁を展開して、その吐き出したものを防ぐが。とんでもない高濃度の酸らしく、一瞬で壁が溶解した。しかも、この様子からして高熱でもあるらしい。冗談じゃあない。

 

アリスが、周囲を呪いで圧殺する。

 

びたんびたんと、初めて苦しみながらナメクジがもがき回る。見る間に体が小さくなっていき。

 

アリスが呼吸を整えながら、面制圧の呪殺魔術を展開し終えた後には、何も残っていなかった。

 

まあ、マッカと情報集積体は残っていたが。全てがベタベタだった。

 

渋面で調査班に連絡を入れる。

 

他の班も、かなり手強い悪魔と遭遇している様子である。ヒメネスの班が救援を求めていて、場所も近い。

 

皆を叱咤して、ナビに従ってヒメネスの所に行く。

 

不思議と花は壁に咲いていて、走るときも踏みにじる事はなかった。

 

花は、いうまでもないが。

 

植物にとっては、いずれ実になるものだ。

 

そして実になった後は、種をまくことになる。

 

動物とは多少営みの仕組みが違うが、子孫を残すために重要な存在なのである。それに動物を媒介することがあるから、色鮮やかになる事が多い。

 

嘆きの胎に以前来た時は、こんなに五層は鮮やかではなかった。入り口付近を少し覗いたが、此処までの鮮やかさはなかった。

 

何が短時間で起きたのだろう。

 

それについては、ちょっとばかりよく分からないが。ともかく、今はヒメネスの救援が優先だ。

 

ヒメネスの所には、大きな虫が現れていた。肉食昆虫ではなく、揚羽蝶の幼虫に見える。強烈な臭いを出す臭角と呼ばれる器官を既に突きだしていた。この臭角、柑橘系を煮詰めたような強烈な臭いがするものだが。

 

この芋虫悪魔は、どうも魔術媒介として使っているらしい。

 

ヒメネス班は必死に応戦しているが、魔王含む強力な悪魔が、皆へたり込んで動けずにいる。

 

今も、誰かが展開した悪魔を、巨大芋虫はバリバリ囓っていた。

 

「ヒトナリ、来てくれたか! 悪魔が無力化される! 気を付けろ!」

 

「弾は効かないのか」

 

「効いてはいるが、火力がたりねえ!」

 

「よし、あの頭にあるオレンジ色に集中攻撃だ」

 

オレンジ色とは。そのまま臭角の事である。どう見てもアレが、悪魔を動けなくしている元凶だ。

 

全員でライサンダーとアサルトを交互にぶっ放して、集中攻撃を浴びせる。特に唯野仁成は、今回の任務からライサンダーFを受け取っている。ヒメネスもである。二人が渡されている次世代ライサンダーを使って、猛射を浴びせかける。火力がさっきは足りなかったが、頭数が単純に倍になったのだ。更に、ライサンダーの火力もあって、ついに臭角が破損するのが見えた。

 

芋虫が悲鳴を上げながら、もがき、びたんびたんと巨体を周囲に叩き付ける。

 

へたり込んでいた悪魔達が動き出す。

 

やはり、アレを潰すのが最優先だったか。

 

「よし、今までの借りを倍にして返してやれっ!」

 

ヒメネスの魔王達が率先して躍りかかり、芋虫の巨体を押さえつけると、一斉に武器を突き刺す。

 

他のクルーの悪魔達も、接近戦組が一斉に躍りかかり。やがて、巨大芋虫は、全身に武器を突き刺され、解体され。

 

無念そうにもがきながら、マッカと情報集積体になって消えていった。

 

周囲に不愉快な臭いは無い。

 

呼吸を整えているヒメネスに、あれが揚羽蝶の幼虫に似ていた事、更には臭角の話をすると。

 

頭を掻いて困惑した。

 

「くわしいなお前。 だが面白い情報だな。 後で調べて覚えておく」

 

「妹と一緒に虫の図鑑を見ていた頃があってな。 俺の親は問題があって、絵本をロクに妹に買ってやらなかった。 妹は俺に図鑑を読むことを寝る前にせがんでいた時期があって、その頃古い図鑑を引っ張り出して読んだものだ。 後で自衛隊の任務の時に現物を見て、嗚呼図鑑で見たなと懐かしかったよ」

 

「なるほどな。 そういう事があったのなら、覚えているのも納得だ」

 

「ヒメネス! あれ、あれ!」

 

不意にバガブーがPCから出てくると、ヒメネスに促す。

 

火線が閃いている。位置的に見て、ストーム1のチームか。すぐに皆を再編成して、ナビを確認。

 

空間の歪みはあるにはあるが、回避していけそうだ。

 

すぐに救援に向かう。

 

どうもこの第五層。変な悪魔ばかりのようだ。ひょっとすると、ストーム1でも苦戦するかも知れない。

 

ストーム1の所にはすぐに辿りつく。

 

クルー達が、かなり苦しそうにしている中、ストーム1だけが一人立って敵と戦っていた。

 

相対しているのは、何だ。

 

巨大な甲虫か。カナブン、いや違う。ハナムグリに見える。カナブンよりも小型だが、名前の通り花の中にいる事が多い甲虫で、花粉の媒介を行う大人しい生物だ。

 

ナメクジにしても揚羽蝶の幼虫にしても、凶暴化しているのはどういうことかよく分からないが。

 

ともかくハナムグリもそうだと言う事か。

 

ストーム1が通信をすぐに入れてくる。かなり声が荒々しい。余裕が無いと言う事なのだろう。

 

「距離を取ったまま狙撃銃で攻撃を。 悪魔には遠距離魔法を使わせろ」

 

「イエッサ。 しかし、他のクルー達は」

 

「どうやらあの忌々しいハナムグリは、いるだけで人間の体力を奪っていく様子だ」

 

なるほど、それは近づけないか。ストーム1が苦戦しているのも無理はない。

 

サクナヒメだったら一刀両断で片付けていたかも知れないが、いや、それも楽観的観測か。

 

距離を保ったまま、一斉にヒメネス班と一緒に狙撃を開始する。ライサンダーの弾は、生半可な狙撃銃とは破壊力が違う。

 

一般的な対物ライフルは、いわゆるハンヴィーなどの軽装甲車両なら貫通することがある。装甲車くらいになると、当たり所が良ければひょっとすれば効くかも知れないと言うレベルである。

 

だが。そもそも携行用艦砲と呼ばれているライサンダーシリーズは、それらとは根本的に違い。MBTの装甲を最も分厚い真正面から余裕を持って貫通する。通常版のライサンダーですらそれで、今唯野仁成とヒメネスが使っているF型は、恐らくだが大型戦闘用艦船の装甲も貫通すると試算されている。

 

他の皆も、ライサンダー2が既に支給されている状態だ。距離を保ったまま、ハナムグリを一方的に打ち据え続ける。

 

鬱陶しそうに此方を見るハナムグリ。甲虫の分厚い装甲も、流石に彼方此方凹み始めている。

 

ストーム1が、短く通信を入れて来た。

 

一箇所、攻撃が集中して、かなりへこみが大きくなっている場所がある。映像でピックアップしてきた。

 

「狙え」

 

「イエッサ!」

 

ヒメネスと声を合わせて、ストーム1のライサンダーZと同時に、ライサンダーFの射撃を重ねて、トリプルピンホールショットを決める。

 

これには文字通り要塞のような悪魔だったハナムグリの怪物も、ひとたまりもない。

 

装甲をぶち抜かれれば、後は脆い。

 

内部で弾丸が凄まじい反響をしたのだろう。一瞬にして、ハナムグリは体を引きつらせると、その場で動かなくなり。マッカと情報集積体に変わっていった。

 

ストーム1が片膝を突く。

 

流石に、他のクルーを守るためとは言え、相当に無理をしていたのだ。

 

すぐに駆け寄り、他のクルーも担いで、方舟に戻る。やはり五層はそう簡単には進ませては貰えないか。

 

途中、三層でライドウ氏が演習をしているのが見えた。二線級のクルーの実力もかなり上がって来ている。

 

今五層は姫様のチームだけか。ケンシロウが護衛している調査班は、戦闘に関しては期待してはいけないだろう。

 

少し不安だが、兎も角負傷者は届けなければならない。

 

大量のドローンが、五層に飛んで行くのが見えた。

 

戦闘用のものには見えない。グルース同様、ドローンを使って一気に周囲の地図や、空間の歪みを調査していくのだろう。

 

正しいドローンの使い方だ。

 

方舟に到着。衰弱しきっているクルーを医療室に。ストーム1も流石に今回は参った様子で、礼だけ軽く言うと、回復用のカプセルに自分から入った。ゾイから話を聞いたが、どうやら人間の体内にもあるらしいライドウ氏が言及していた「生体マグネタイト」を直接吸収されていたらしい。

 

これに関しては。生体マグネタイトとは言うが、実際は血肉そのものや、脂肪などに蓄えられているカロリーそのもので。

 

魔術によってそれらカロリー(早い話が単なる熱量)を固定化したものが、生体マグネタイトだという。

 

正体が割れるとぶっちゃけ夢も何もないが。実際問題、そんなものなのかもしれない。

 

兎も角皆が非常な栄養不足に陥っているのは事実。休息を挟んだ後、皆にはご飯を食べて貰って、それで回復して貰う事になるそうだ。

 

唯野仁成とヒメネスはまだいける。

 

ゴア隊長に軽く状況を報告した後、プラントの護衛などに当たっていたクルーから動ける人物を回して貰い。負傷者や、悪魔をかなり消耗させているクルーと交代させる。

 

唯野仁成とヒメネスの班が、スペシャル達ほどではないにしても、その補助として動けるようになった今。

 

手数が増え。こういった危険地帯の探索も、かなりはかどるようになっている事は、事実だった。

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