それでも。
負ける訳にはいかないのです。
まず、グルースの意味不明な景色が混ざり合った世界に、罅が入った。
そう。動いたのである。
調査班を護衛して、各地に設置した装置が十六個同時に。何故十六個なのか。それは、グルースの地形を総合的に配置し。装置が稼働することで、全ての効果を最大のパフォーマンスで発揮するためにその数、その位置に配置したからだと事前に報告を受けている。
真田さんは、嘆きの胎でゼウスとやり合っている間にも、対グルースの大母との戦略を練ってくれていたのだ。
ここまでお膳立てしてくれたのだ。
後の戦術は、唯野仁成達で処理しなければならない。
世界に、強烈な衝撃が走ったのが分かった。アーサーから、通信が入る。
「外からの音を遮断します」
「!」
どんと、強烈な揺れが入った。恐らくだが、音だけで、これだけの衝撃波が来たのだろう。
軍の演習などで、戦車砲をぶっ放す所などを見ると分かるが。ある程度以上になると、音というのはそれそのものが凶器になる。
音そのものが物理的な破壊力を有するようになるのだ。
今、プラズマバリアを展開はしなかったが。モロに音を聞かせると、クルーにダメージになるとアーサーが判断したのだろう。
この強靭な方舟が揺れるほどだ。
とんでも無い音……恐らく大母の悲鳴が迸ったのは、確定だった。
空に無数のひびが入り、外の光景がめまぐるしく変わっていく。見ているだけで、発狂しそうな勢いで原色の光景がめまぐるしく変わっていく。
恐ろしくも美しいが。やがて虹色の、荒野だけが周囲に拡がり始めた。
そして、上空から、何かの人型が落ちてくる。
大きさはティアマトくらいだろうか。ティアマトよりもずっと人間型をしている。全身が真っ黒の、顔がない女体だ。正確には目が存在しない。額に第三の目が存在するが、あれは確かチャクラとかインド神話でいうのだったか。
それが、地面に落ちていく。
ストーム1が予想し、様々な装備を配置した場所だ。
すぐに、作戦行動を進める。
まず、ゼレーニンが頷くと。ガブリエルに、指示を出して貰った。
ガブリエルが、船外へ声を出すスピーカーに、穏やかだがしかし威厳のある声で呼びかける。
「天使達よ。 マンセマットは既に天界より見放されし者。 許されぬ外道の行いに手を染めし存在です。 大天使ガブリエルの名によって命じます。 マンセマットの麾下から離脱し、別世界で指揮を執っている大天使の元に合流しなさい」
世界が虹色の気味が悪い荒野に切り替わっても、まだ天使達は半分蹂躙され気味の戦闘を続けていたようだが。
その言葉が決定的になったのだろう。
わっと散って行くのが見えた。これは、さぞやマンセマットは悔しそうに顔を歪めているだろう。
それに、今の声を聞いて、ゼレーニンがガブリエルを従えたことも知ったはずだ。
恐らくは、もはやグルースでの悪巧みは考えないだろう。
これで、邪魔が一つ消えた。
方舟が一気に降下を開始する。同時に、とんでも無い爆発が起きるのが、この位置からも見えた。
ストーム1が専用で使用を任されている超火力爆弾C70。いわゆるC4プラスティック爆弾の超々強化版だが。
この爆弾が、大母が落ちてくると推定される場所に大量に配置され。落ちてくる大母に向けて、一斉に射出され、ストーム1がスイッチを押すことで起爆するようにセットされていたのである。
はっきりいってあの数のC70を喰らったら、世界最大の原子力空母でも一瞬で船体が消滅するレベルのダメージを受ける。
更に、周囲に最初から配置されていた野戦砲が、一斉に火を噴きはじめる。
グルースの大母が、悲鳴を上げてもがいているのが見えた。人型が劫火に焼かれているのは少しばかり痛々しい光景だが。
奴が今までやっていたことを考えると、同情する気にはとてもなれなかった。
急ぎ気味で方舟が降下していく中、ゴア隊長が声を張り上げた。
「機動班六つが出次第、戦えるクルーは全員展開! 総力戦だ! 気合いを入れて行け!」
「イエッサ!」
方舟自体はいつものように正太郎長官が操船を全て任されるのだろう。あの超火力フュージョンブラスターが配置されているのが大きい。
当然前回に比べ改良も加えられているだろう。一発で砲身融解とはいかないはずだ。火力そのものまで挙がっているかは分からないが。
着地。
物資搬入口が開くと同時に、ケンシロウとサクナヒメがほぼ同時に飛び出す。春香からのアナウンスが入る。
「空間の歪み、調査完了。 歪みは全て消えています!」
「良い方向に進んでいる!」
「これより空間の歪みはないものと判断して戦ってください!」
戦闘時まで春香のアナウンスが入るのは珍しい。ティアマト戦での苦戦を鑑みて、それだけ今回は綿密に戦略を練り、全力で戦う事が事前に決まっていたのだろう。
唯野仁成も、ストーム1、ライドウ氏、ヒメネスと一緒に飛び出す。機動班の一線級クルー全員が続き、遅れて装甲車が出るのが見えた。装甲車といえど、既にライサンダーZFをそれぞれが搭載している。
更に、バギーも全台飛び出す。野戦砲をそれぞれ乗せている様子だった。
砲撃を最初に開始したのは方舟だ。速射砲とVLSを連射して、一斉にまだ立ち上がれずにいる大母に飽和攻撃を浴びせかける。
凄まじい火力で全身を焼かれながらも、大母の真っ黒な全身は崩壊していない。それどころか、凶悪な声が聞こえてきた。
空間そのものを揺らすような声だ。
「おのれ人間共。 この幻力の権化たるマーヤーに、これほどの傷をつけるとは! 神々ですらこのマーヤーにはひれ伏し、力を得るために修行をするのだぞ! それなのにこの愚かしい振る舞い、許されると思うな!」
手を振るって、近場の無人野戦砲を吹き飛ばすマーヤー。
だが、C70爆弾の飽和攻撃でのダメージがあるのか、立ち上がれずにいる。好機だ。まだ攻撃に気を惹かれている間に、接近する。
一気に突貫する。デモニカによる強化が凄まじく、唯野仁成ももう時速120キロ以上で走れるようになっている。多分本気で走ればもっとずっと速度が出るだろう。ジープより小回りが聞く分、足で走る方が速い。
サクナヒメは既に接敵したようだ。閃光がきらめいているが、何だかよく分からない光の壁が出現して、サクナヒメの出会い頭の一撃が防がれているのが見えた。ケンシロウも、その光の壁に弾き飛ばされたようである。
ティアマトも似たような光壁を展開したが、アレは攻撃を浴びせれば普通に壊れた。
何だ今のは。ちょっと違うような気がする。
「今の光の壁、解析をお願いします!」
「分かった、真田さんに回すよ!」
通信班のムッチーノが応じた。多分この総力戦状態でも、ムッチーノは船内に居残りなのだろう。
それでいい。戦えそうにもないし、外で武器を振り回すよりも、オペレーションに専念してくれた方が役立てる。
展開した味方クルーの一斉攻撃が開始される。
マーヤーの右側にストーム1とヒメネスが。左側にライドウ氏と唯野仁成が回り込み、射撃によるフレンドリファイヤを避ける。
既に展開している悪魔達は、もう攻撃射程に入った。
一斉に効力射を開始させる。
それで何となく分かってきた。
マーヤーは、全身を常に再生しつつ、更には致命的な攻撃を確実に防いできているように見える。
接近しながら、その様子を見る。
やはりサクナヒメの手数で防ぐ攻撃は体に受けているが、大きな攻撃は確実に光の壁で防いでいる。
更にその状態で、どんどん傷が回復して行っている。
飛び退いてきたサクナヒメが、忌々しげに呟いた。
「唯野仁成、もう気付いておろう」
「はい、超回復に加えて、一定以上の火力を全部遮断しているように見えます」
「その通りよ。 ただ、ある程度以上は回復出来ない様子じゃ。 このまま攻めるしかあるまいな」
再び突貫するサクナヒメ。
不意に、マーヤーの姿が変わる。危険な相手が増えたから、だろうか。
首が増え始め、腕もまた増え始める。
下半身は寝そべったままだが、無作為に頭と腕が体中から生えてきた。
今までの人型だったのが、完全にホラー映画の合成ゾンビのような姿になっていく。真っ黒なままの体が、却って不気味だ。また、顔もないまま。不気味の谷が、恐怖感を加速させる。
それだけではない。
上空から、何か落ちてくる。
防げ。
全員にヒメネスが叫ぶ。同時に、それが落ちてきたのでは無いと分かった。
重力操作だ。体がもの凄く重くなった。それでも顔を上げて、ライサンダーをぶち込むが、狙いがはずれる。重力が滅茶苦茶になって、弾道がずれたのだ。
更に、叫ぶマーヤー。今度は、押される。これは恐らくだが、斥力だろうか。文字通り、排斥する力だ。
ぐっと押されて、思わず歯を食いしばる。
空間そのものに攻撃を干渉してきている。恐らくだが、まだ生きている十六個の装置がある限り、マーヤーは全力を出しきれない筈だ。だがそれにしても、この圧倒的な火力。装置もいつまでももつかどうか。
無数の手が振られる。これは、まずい。
周囲が、一斉に噴火したように炎を巻き上げた。
ガブリエルが全力で防御魔術を展開したが、クルーは兎も角悪魔までは守りきれない。アリスが困惑気味に言う。
「これじゃ近寄れないよっ! 大きい攻撃も通らない!」
「今真田さんが解析しているはずだ!」
「分かった! じゃあ耐える!」
アリスもアイス製造器の事で、真田さんには一目置いている様子である。まあ、そういうものだ子供は。
周囲を見る。まだ唯野仁成の悪魔達は一人もやられていないが、他のクルーは少しずつ確実に消耗している。
またマーヤーが手を動かし始める。
今度は雷撃か。
周囲に、猛烈な。まるで砲撃のような音と共に雷撃が降り注ぐ。間髪入れずに、雹が飛んできた。
広域を徹底的に叩き、近付く相手を排除するつもりか。野戦陣の攻撃も当たっているはずだが、回復力を上回れていない。
呼吸を整えつつ、防御を固めるように指示。
勝機を探る。
あの光の壁。あれさえどうにか出来れば、突破は出来る筈。真田さんも、解析はしているはずだ。
ストーム1がスタンピードをぶっ放すが、やはり光の壁で防いでくる。大量のグレネードをまともにくらうとまずいと判断するだけの判断力はあるのだろう。相手がマーヤーそのものだとすると、インド神話の三柱の最高神を全てあわせたよりも強いかも知れない。それでも、引けない。
ライサンダーの弾を浴びせながら、味方野戦陣地の砲撃の射線に入らないよう気を付けつつ走る。
ケンシロウが悪魔を召喚。珍しい光景だ。
出現したのは、以前も姿を見せたキュベレ。それだけではなくイシスもいる。他にも何体かの看守悪魔。
ケンシロウの実力ならば、従えるのは難しくもないのだろう。
マーヤーが放った炎を、キュベレが弾き返す。マーヤーが苛立ち紛れに、今度は雷撃を叩き込もうとするが、別の看守悪魔が防ぐ。
ケンシロウに接近されるとまずいと判断しているらしいマーヤーだ。看守悪魔の影を縫うように瞬歩を使っているケンシロウに苛立つのだろう。動きは速いがまだ見えるサクナヒメよりも、対応の優先順位をあげていると言う事だ。
解析は、まだか。
今、ケンシロウが時間を稼いでくれている。あの如何にもマッカをどか食いしそうな悪魔達である。長い時間はもたないだろう。
それに、虹色の大地が、少しずつ揺らいでいるように見える。
十六置いてきた装置に、ダメージが入っているのかも知れない。だが、慌てない。真田さんなら、どうにかしてくれる。そう信じる。
次の瞬間。
待ちに待った、真田さんの言葉が来た。
「解析完了。 光の壁が展開した瞬間、マーヤーのチャクラを貫いてほしい」
「どういうことですか」
「光の壁が展開する瞬間、マーヤーの額の第三の目に強力な悪魔の反応が集まることが分かった。 誰かが大威力の攻撃を入れ、光の壁を出現させた瞬間、チャクラを貫く。 出来るだろうか」
「姫様!」
サクナヒメが来たので、事情を話す。頷くと、サクナヒメは剣を鞘に収める。マーヤーは、目なんて関係無いのだろう。サクナヒメの方に頭の一つを向けた。勿論、あの頭にあるチャクラかどうかは分からない。
サクナヒメが踏み込むと同時に、超音速での抜き打ちを叩き込む。
だが、光の壁が防ぐ。
その瞬間、唯野仁成は、ヒメネスとストーム1とあわせて、それぞれ別の頭にあるチャクラを貫いていた。
絶叫するマーヤー。また斥力か。
だが、今の攻撃、モロに通った。頭が三つ、それぞれはじけ飛んでいる。
なるほど、分かってきた。
マーヤーは即座にまた首を再生している。今あるマーヤーの首は五つ。
ちらりと見る。ドローンで輸送されているライサンダーZF。これに唯野仁成、ヒメネス、何よりストーム1で四人。
もう一人、狙撃を完璧に成功させる人員がいる。
ライドウ氏は手持ちが拳銃だ。狙撃には向かない。悪魔達は大火力攻撃には向いているが、針の穴を通すような狙撃は難しいだろう。
ブレアが声を掛けて来る。
「狙撃だな。 俺がやる」
「……頼めるか?」
「ふっ。 戦歴ならお前らより上だ。 今のお前達の実力は認めるが、俺の力、侮って貰っては困るな」
多分、好機はもう一度。
また手を動かし始めているマーヤー。野戦陣を狙っている。あれが何の攻撃か分からないが、直撃したら被害は計り知れない。
だから、ここで勝負を付ける。
そもそも、もう周囲の光景がおかしくなりはじめている事から考えて、装置がもたないと見て良い。
次が、最後の好機。
そしてブレアだって、膨大な経験を並列でデモニカによって蓄積しているのだ。
ライサンダーFを渡されているクルーの一人でもある。
やれる。
姫様が頷くと、あの光の剣。全力でぶっ放すあの剣を手に、跳躍する。
マーヤーはそれを見て、流石にまずいと判断したのだろう。全力で光の壁を展開。サクナヒメも、それに対して、フルパワーらしい一撃を叩き込んでいた。
力が、拮抗する。
同時に、突貫するドローンで輸送されているライサンダーZF。一つだけは、正面から撃たなければならない。ならば、自爆特攻しかない。
正太郎長官なら、自壊しつつあるライサンダーZFの狙撃を当ててくれるはずだ。
そう信じて、唯野仁成は、狙いを絞り。
そして、引き金を引いていた。
同時に、マーヤーの五つ生えていた頭のチャクラが吹っ飛び、消し飛ぶ。
頭もないのに、絶叫するマーヤー。どういう仕組みかはよく分からない。
サクナヒメは光の壁で弾き飛ばされたが、次の瞬間。飛び退く。
方舟から、最大出力での主砲。フュージョンブラスターがぶっ放されたからである。
頭を全て失ったマーヤーが、声も無く焼き尽くされていくが、肉片が四方八方に飛び散る。そして、空間の異常化は収まっていない。
悪魔達に指示。全て破壊しろ。
一斉に魔術をぶっ放す悪魔達。肉塊が、片っ端から消し飛ばされていく。
そんな中、上空に一つだけ、飛んで行く大きな塊を確認。
ケンシロウが看守悪魔達の手を借りて、高々と跳躍。拳を固めると、地面に向けて叩き返した。
見える。凄まじい速度で再生しつつある。他の肉塊とあれは違う。あれは、潰さないとまずい。
唯野仁成は、味方の射線に飛び込む事も気にせず突貫する。
そして、再生しつつある、恐らくはマーヤーの心臓部だろう肉塊を。真っ正面から、叩き斬っていた。
今までで一番凄まじい絶叫が周囲に轟くと同時に、空間の異常が収まっていく。
唯野仁成は、羽衣に守られていた。野戦陣の総力砲撃の射線上に入ってしまっていたのだ。それは覚悟の上だったが、とっさに姫様が動いてくれていた。
「お、おのれ、神への敬意を忘れ、己を高めることをも忘れ、ただ惰眠と快楽を貪るだけの獣以下に墜ち果てた人間どもめ……このような辱めを、神の力そのものであるこのマーヤーに行うとは……」
崩れ果てながら、肉塊が恨み事を口にする。
唯野仁成は呼吸を整えながら。近付いてくる皆の前で、剣を振るい。そして、逆手に持ち替え、肉塊に突き立てていた。
断末魔の悲鳴が上がった。
「貴方はそんな愚かな人間の誰よりも、愚かな人間の思念を吸い取って力に変えていただろう。 貴方は愚かな人間の同類だ」
「神すらも求める力そのものに説法するつもりか……!」
「貴方は尊敬に値しない。 ましてやインドの地にカースト制度をもたらし未だに害を及ぼし続けている罪は重い」
「其所までの愚弄をするか……! まあいい……! どうせ最後の大母メムアレフには到底貴様ら程度では及ばぬ……! メムアレフは地球そのものの意思を体現する大母! それに敵視されたことの意味を知りながら、地獄の業火に灼かれるがいい……!」
肉塊が崩壊し、消滅していく。
同時に、周囲の歪みきった光景も落ち着いていく。
デモニカを通じて見ても発狂しかねないような状況でもなく。主を失い、幻力の吸引も止めたその空間は。
ただの巨大な荒野に変わり果てようとしていた。
膨大なマッカが小山のようになっている。更には、その中にはやはりロゼッタもある様子だ。
最後の大母と、マーヤーは言っていた。
その力は、此方では及びもつかないと。
周囲では歓喜の声が湧いているが。今のマーヤーの言葉、とても嘘だとは唯野仁成には思えない。
幻力という概念は、そもそも人間が作り出した程度の存在に過ぎない。もしも地球そのものの怒りが先に話に出たメムアレフという存在なのであれば。
それはもはや、人知が及ぶ存在ではない。
姫様が咳払いをする。
周囲が撤収を始めていた。それに、天使達の動向も気になる所である。考え事にふけるのは、後にした方が良いだろう。
「唯野仁成よ。 マーヤーという大母の言葉は恐らく嘘ではないぞ」
「俺もそう感じました。 相手がこの星の意思だというのなら、その力はこの英雄達をもってしても超えられるかどうか……」
「いずれにしても相談が必要であろう。 それにそのようなものを迂闊に倒しでもしたら、この星がどうなるかも分からぬわ」
頷く。その通りだ。
サクナヒメは昔は自分は馬鹿だったと自嘲しているが。多分昔から戦闘に頭を全て割り振っているタイプだったのだろう。
今は、鋭いことを普通に口にするし、最前線で戦う事を全く厭うことがない。
空間の歪みもなくなったのだ。すぐに方舟が飛んできて、物資の回収などを開始する。唯野仁成ら方舟幹部は艦橋に招かれる。
真田さんが、ほろ苦い笑みを浮かべていた。
「これを見て欲しい」
「……」
戦闘中、撮影されたもののようだ。艦橋のメインスクリーンに映し出されている。
小柄な影が、天使達が作った城塞に何度となく攻撃を仕掛けている。そもそもガブリエルの呼びかけで、大半の天使が離散した後だ。その防御は、紙のように脆くなっていたのだろう。
程なくして、小柄な影が天使達の守りを打ち砕く。
影の隣を、また別の影が去って行ったが。小柄な影は、一顧だにしなかった。
あの小柄な影。間違いない。堕天使さいふぁーだ。
そうなると、さいふぁーは何かしらの理由でこの天使達の拠点を攻撃していたことになる。
奴の正体が恐らくは明けの明星である事を考えれば、絶対神の走狗である天使共を処理しに掛かるのは無理もない話ではあるだろうが。
しかしながら。何が起きていたのかは、本人にでも聞かないと分からないだろう。
いずれにしても、守りを砕かれた後は蹂躙だった様子だ。影が映っている。
間違いない。マンセマットだ。
部下達を盾に、一人逃げ出したようである。
嘆きが漏れるほどの情けない姿だが、それは別にどうでも良い。問題は、天使を駆逐した後の堕天使さいふぁーの動向だ。
しばらく地面の一点を見つめていたが、鼻を鳴らすと飛び去っている。
何かを確認した後、去った雰囲気だった。
何だったのだろう。天使を蹂躙するのはついでの目的に見えた。だとすると、天使達は何かが目的でグルースに布陣していたのか。
グルースでゼレーニンを勧誘したのは、何か理由があったのか。
あの狡猾なマンセマットだ。その可能性は、決して低いとは言えないだろう。
「マーヤーが倒されるとほとんど同時に、強力な悪魔の気配はグルースからほぼなくなった。 後は次の空間にロゼッタを解析して行く事になるだろうが……」
「聞いていたかと思いますが、マーヤーが次の大母と口にしていました。 名はメムアレフと」
「うむ、それについては確認している。 それにしてもメムアレフ……そんな神格はデータベースには存在しないが」
「恐らくですが、ヘブライ語で「始まりの水」という言葉を意味しているかと思います」
「アーサー、それは本当か」
正太郎長官に、アーサーはよどみなく答える。
こういう知識を引っ張り出す作業は、やはりAIが有利だ。余程の神話マニアでも、すぐには思いつかないだろう。
「恐らくは。 もしも大母最強の存在が、原初の地球の意思だとすれば、この言葉が一番相応しいかと思われますので」
「やれやれ、始まりの水ねえ。 水の惑星である地球の始まりの存在を敵に回しちまったって事か」
「仕方が無いわヒメネス。 地球人類の蛮行を考えると……」
「ああ、そうだな。 俺も正直擁護はしきれねえ。 シュバルツバースでは嫌になる程その蛮行が見せられたからな。 もっとも、無抵抗でやられてやるつもりもないが」
ゼレーニンに、ヒメネスが応じる。
咳払いをしたのは、ライドウ氏だった。
「星の意思をまともに相手になるとすると、それは神よりも更にランクが上の相手だと判断して良いと思う。 マーヤーが言っていた様に、そもそも此方の戦力では倒せないし、倒してもいけないだろう。 何か対策を考えなければならない」
「……俺に考えがあります」
唯野仁成が言う。皆が、視線を集める。
鍵は、恐らくはアレックスだ。
アレックスは破滅の未来から来た。それはほぼ確定だ。そしてその破滅には、唯野仁成と、ヒメネス、それにゼレーニンが大きく関わっていたのだろう。
恐らくだが、この英雄達と共に行動しなかった唯野仁成は、圧倒的な経験を収束した結果。
単独でそのメムアレフを無理矢理倒してしまったのだと思う。
その結果、何もかも全てがおかしくなってしまったのではあるまいか。
だとすれば、鍵となるのはアレックスだ。アレックスを見つけ出す必要がある。いるとしたら、恐らくは嘆きの胎。
もう唯野仁成達に関わろうとしてこないと言う事は。別の世界に行ってしまった可能性もあるが。
ただ、この世界ではまだ可能性があるとアレックスは考えているかもしれない。主にアレックスのデモニカAIのジョージの言動を鑑みた結果の考察だ。
アレックスに接触し、話を聞けば。
或いは解決の糸口が見つけ出せる可能性がある。それに、どの道このままでは情報が足りないのだ。
嘆きの胎をしっかり調べて、更に情報を集めなければならないだろう。デメテルの動向も気になる所だ。
「正太郎長官」
「ふむ……」
ゴア隊長が正太郎長官に決断を仰ぐ。元々後見役としてこの方舟に乗ってくれているような人だ。
こう言うときは、やはり判断を仰ぎたいのだろう。
それに戦後の混乱期から、様々な悪の組織と渡り合い、鉄人28号を駆って来た人の蓄積経験は次元が違う。
「まずは真田技術長官。 君は予定通りロゼッタを解析してほしい。 マーヤーのロゼッタはどれほどの解析時間が必要だろうか」
「三日ほどかと」
「それならば、その間に皆を休ませよう。 一旦方舟は嘆きの胎に移動し、六層を調べるべきだ」
皆が頷く。
それは、唯野仁成も賛成できる。そもそもあそこでデメテルが目論んでいる事が非常に気になる。
はっきりいって嫌な予感しかしない。放置しておくと、非常に危険な事態が待っているようにしか思えないのだ。
真田技術長官が、回収されてきた巨大なロゼッタを持って研究室に消える。どんどん大型化しているロゼッタだが、あれが全部情報を最高効率で詰め込んでいると思うとぞっとしない話だ。
機動班クルーは大半が休憩を命じられたが、後片付けがある。
プラントや野戦陣地の回収がそれだ。インフラ班と調査班が連携して当たっているが、やはりかなり時間が掛かるらしい。
唯野仁成は、一日だけ休憩した後、ヒメネスとサクナヒメとライドウ氏とともに、天使が陣を張っていた場所に赴く。
滅茶苦茶に破壊されていた。周囲には、外から持ち込んだらしい高級家具の残骸らしいものが散らばっている。
ライドウ氏はしばらく考え込んでいたが、サクナヒメと一言二言話す。
サクナヒメはじっと周囲を見つめていたが、やがて一点に向け歩き出した。
天使達が玉座のようにおいていた椅子と、神殿のような建物は。恐らくさいふぁーとの戦闘で完全に破壊されていたが。
その一箇所に、明らかに地下通路らしきものがある。
何度か槌を大ぶりして瓦礫をどかし、姫様がそれを露出させるが。ライドウ氏は、近付かないように言った。
「これは、出来れば触らない方が良いだろう」
「同感じゃな」
「姫様、どういうことで?」
「この先にはもの凄く強い力を感じる。 恐らくマーヤーの比ではあるまい。 わしの推察だが、マーヤーは恐らくただ此処を守るためだけに配置されていたのだろう。 大母達は同格などでは無い。 話にあったメムアレフとやらがあまりにも圧倒的過ぎて、他は単なる使い走りだったのだろう。 のう、さいふぁーとやら」
振り向くヒメネス。唯野仁成も振り向く。ライドウ氏は、既に気付いていたようだった。サクナヒメは、余裕を持って不敵に笑いながら。そこにいる小柄なメイド姿のぐるぐる眼鏡を掛けた堕天使に話しかける。
そう。そこにいたのは、堕天使さいふぁーだった。
「正解です、うふふ。 其所に眠っているのは、人の世界の影たるこの世界が混沌に傾いたときに、最も最初に封印されし存在。 まあ、そのままの形で封じられたわけではないようですけれど」
「てめー……何しに出て来やがった」
「バガブーを助けてあげた事に対する礼は?」
「……それに関しては感謝する」
素直に謝るヒメネス。サクナヒメが呆れたようにため息をついた。
ライドウ氏は恐らく旧知なのだろう。さいふぁーに臆する様子も無かった。
「毎度色々な姿で現れるが、また随分と可愛らしい姿を選んだものだな、明けの明星」
「その名前はあまり口にしてはいけないですよ最強の退魔師。 流石に本気になった貴方を敵に回すにはちょっとリスクが高すぎるから、あまり此方も強引な手には出られませんですけど」
やはり知り合いか。
そしてついに認めた。こいつは一神教における最大の堕天使。後の時代に勘違いから作り出された存在でありながら、しかしながら今は闇のカリスマとして知られる者。
堕天使ルシファーだ。
「その先に行くのなら、リスクは承知でやり合わなければなりません」
「……このシュバルツバースを消すとき、此処に影響がないというのなら何もするつもりは無い」
「影響はおそらく無いでしょう。 だってこのシュバルツバースは、もう気付いていると思いますけれど。 数万年前にも出現して、当時の知的生命体を地球から駆逐したんですもの」
まあ、知ってはいたことだが。
それにしても、堕天使ルシファーか。方舟のセキュリティを無視して入り込んでくるのも納得である。
不意に、さいふぁーが唯野仁成を見た。柔らかい、穏やかそうな女の子の口調から変わっていた。たまに此奴は、口調が変わっていたなと思い直すが。この至近距離だ。いざとなったら、覚悟を決めなければならないだろう。
「可能性の子唯野仁成。 私は最後の地で待っている。 嘆きの胎にて、「囚人」をどうにかするつもりなのだろう? デメテルが何をするつもりかは分からない。 それに私にもする事がある。 嘆きの胎の事は私も調べたが分からずじまいでな。 其方は君達に一任するよ」
「貴方は何が目的なんだ」
「大した事ではないさ。 私は可能性というものが見たい。 唯一絶対を自称するあの神から離反した時から、ずっと私は唯一絶対ではないものを探し求めてきた。 可能性を見せてくれた者には礼をしてきた。 私は別に、神を今すぐ撃ち倒したい等とは思ってはいない。 ただ、神が否定してやまない絶対ではないものを見届けたいだけなのさ」
「嘘は言っていない」
サクナヒメが側で言う。手を剣にかけてはいるが、それだけだ。
戦うつもりはないと判断した。ライドウ氏が本気になったら危ないとさいふぁーは言っていた。
と言う事は、ほぼ同格まで力を上げているサクナヒメがライドウ氏とともに掛かって来たら、勝てないという事である。
スカートを摘んで礼をすると、さいふぁーは消える。
ヒメネスが、大きくため息をついた。
「至近だととんでもねえ気配を感じたぜ。 あれが、堕天使ルシファーなのか? 俺は無神論者だが、そんな俺でも聞いた事がある程の奴だよな……」
「ああ、間違いない。 そしてそんなルシファーでも、この先にいる奴には躊躇していた」
「……可能性は二つ。 バアルか唯一神の写し身だろうな」
ライドウ氏が自説を述べる。
神々の中でも、もっとも古く、もっとも世界に影響を与えた神格。それこそがバアル。そして此処が影の世界である以上、恐らくは唯一絶対の神の写し身も此処にいるはず。そして、少し考えた後、ライドウ氏は後者だと特定した。
「バアルは恐らく此処では中庸陣営に属する魔神の筈だ。 混沌属性に傾いた大母としても、争うことを考えなければそれでいい。 むしろ警戒するべきは、秩序陣営において現在最強の神格……そういうことだろう。 だから、此処に使い走りを置いてまで封じたというわけだ」
「近寄らない方が良さそうですね」
「ああ。 一神教を信仰するクルーも方舟には多いだろうが、正直な話人間に都合良くなど動いてはくれないだろう。 彼らには知らせない方が良い」
行くぞと、サクナヒメが促す。
もう此処には用は無いというわけだ。唯野仁成も、それは同感だった。
通信を艦橋に入れる。話は聞いていたはずだ。しっかり話をあわせておかなければならない。
正太郎長官に今の話を聞いていたか、確認を取る。唯野仁成が話をして良いかと皆に確認をとる。ライドウ氏も、サクナヒメも、ヒメネスも賛同してくれた。
頷いてから、正太郎長官に連絡すると、やはり聞いていたようだった。
「蠢動している者の存在は知っていたが、やはり明けの明星であったか」
「正体については知らせない方が良いと思います。 天使の軍勢との戦闘になっただけであれだけのもめ事が起きました。 ましてや堕天使ルシファーが此方に好意的に接していると知ったら、どれだけのクルーが動揺するか分かりません」
「君の意見の通りだな」
「箝口令をお願いいたします」
「分かった。 ただ、ゼレーニン君は知る権利があるだろう。 彼女には、真田技術長官から話すように言っておく」
通信を切る。サクナヒメが、鼻を鳴らしていた。
この世界の一神教の醜さに呆れ果てたのか。いや、違うだろう。この世界の一神教をこんな風にしたのは人間だ。
神が先にあるのでは無い。
神が創造主などでは無い。それは、様々な歴史的発見物が証明している。化石なども全てが証明している。
人間の信仰が神を作ったのだ。ひょっとしたらヤナトでは違うのかも知れないが、少なくともこの世界ではそうだ。
だから、この世界の神々が醜いのだとしたら。それは、好き勝手なことを神に願い。好き勝手に欲望の充足を求め。敵となった人間を否定し。自分を肯定してくれる神を作り上げた。
つまり、人間に問題があるのだ。
「くだらぬ茶番だな。 この世界が人間の心の影だとして、それをまともに受け入れられもしないというのは……」
「それでも、方舟のクルーは良くやっている方です。 悪魔召喚プログラムにも比較的早めに順応しました。 ただ、やはり産まれ育った文化圏は、人の心を蝕みます。 一神教徒の文化圏では、信仰の多様化は著しく阻まれますし。 インドでは悪しきカースト制度が未だに現存しています。 更に古い信仰が存在している地域では、生け贄の風習が未だに残っている場所さえあります」
「……何かをよりどころにしなければ生きられぬ人間は多い。 それはわしも理解はしておる。 だからわしらが率先して見本を見せなければならぬと思っているのだがな」
「姫様の行動は正しいかと思います」
何度も思うのだ。
この姫様が、本当にこの世界の神だったらどれだけよかっただろうかと。
残念ながらサクナヒメは異世界の神で有り、そのあり方はこの世界の神々とは違っている。
それはシュバルツバースの旅を通じて理解出来た。
サクナヒメは人と共にあり、人に支えられつつも、人の先頭に立って見本を示しながら戦う。
自分をデーモンと内心で考えていたゼレーニンにも手をさしのべ。
一神教を信仰しているクルー達でさえ、サクナヒメに対しては敬意を払っているのが現状だ。
方舟に戻る。そろそろ、出立の準備は出来ていた。
ゼレーニンには、既に正太郎長官から話が行っている様子だ。
この後に及んで、まだ方舟内には火種がある。恐らく今までで最大最強の存在が控えていて、それを打倒しなければならないのに、だ。
更に言えば嘆きの胎六層に何が隠されているかも分からない。
それらを暴かない限り、シュバルツバースを真の意味で止める事など出来はしないだろう。
休憩を一日貰ったので、無心に休む。休憩が終わって、目を覚ましてすぐに物資搬入口が閉じる。
点呼が開始された。点呼に応じながら、唯野仁成は悟る。
物資の回収などが完了したのである。つまり、このグルースを旅立つ準備が出来たと言う事だ。
グルースは、シュバルツバースで旅してきた世界でも。最低最悪の人間の業を見せつけられた場所だったかも知れない。
そう思うと、色々複雑だ。
またロゼッタの解析や。更にデモニカの強化を行う必要もある。ついでに情報が知らされたのだが。
件の最強狙撃銃、ライサンダーZFの小型化もどうにか行う予定だそうだ。
ストーム1が振るっているライサンダーZの火力は超越的だが。それを更に越えて来る訳である。
これは、負けてはいられない。
そろそろ、唯野仁成は、ゼウスの召喚に挑戦したい。素材としては、幸いオリンポス系のアレスと、タイタン神族のイアペトスがいる。更に膨大な悪魔の情報があるから、それらからゼウスを作り出せる可能性がある。ただ、まだギリギリだろう。
方舟が動き出した。
まずは、嘆きの胎へ。
横腹を突かれる恐れがある。デメテルの問題を、どうにかしなければならないし。何よりも、出来ればこの侵入で、アレックスとの接触を果たしたかった。