地球を滅亡させた上位存在に激重感情を向けられるお話 作:こんねこ
ごうごう、と音を立てて燃え上がる街。
ビルや住宅は燃え盛る炎に包まれていて、道端には木炭のように黒ずんだ誰かの遺体が転がっている。
何かから逃げるように、両腕を伸ばしたまま事切れたそれは炎に炙られ、端の方から灰になっていく。
空は黒煙と火の粉で、恐ろしいほど鮮烈な赤黒い色彩に染め上がっていた。
そんな街のど真ん中に、俺は佇んでいた。
全身の細胞が沸騰するような熱気と黒煙が頬を撫でる。
すぐ目の前まで火の手が迫ってきている。
今すぐ逃げなければ。本能はそう叫んでいるのに、身体はピクリとも動かない。
まるで地面に両足が縫い止められているかのように。
『逃げろ、――! 俺たちはもう駄目だ! お前だけでも逃げてくれ!』
誰かの切迫した声が頭の中で響く。
聞き慣れた声だ。だが、それは果たして誰の物だったか。思い出せない。
『――ちゃん! 私のことはいいから、早く逃げてぇ!』
また声だ。顔も名前も知らない誰かの声。
『――くん、助けて! 助け……あっ』
『――、先に逃げてろ。へへ、大丈夫だっての。後ですぐ俺たちも合流するからよ』
彼らが、彼女らが誰なのかは分からない。
思い出そうとするだけで頭がぐちゃぐちゃになってくる。心が搔き乱される。
激しい頭痛に見舞われ、胸の奥から吐き気がせり上がってくる。
咄嗟に右手で口元を覆おうとして――気付く。
手首がすっぱりと切れている。まるで鋭利な刃物で一閃したような傷口は骨にまで達していそうなほど深く、赤黒い鮮血が滝のように溢れ出ている。
だが、不思議と痛みは感じなかった。
これは、なんだ。一体何なんだ。
夢なのか。幻なのか。それとも現実なのか。
分からない。分からない。何も分からない。
――これは一体、誰の記憶なんだ。
脳がシェイクされているかのような不快感と違和感に思わず身体がぐらついた。
『なんでお前が追われてるんだ! 何かやったのか!?』
快活そうな短髪の青年が鬼気迫る顔で詰め寄ってくる映像。
『なんか、――を探してるみたいなこと言ってたよな? あぁ、クソッ、分かんねえ……』
長い金髪にピアスを付けた軽薄そうな青年が頭を抱えている映像。
「う、うぁ、ぁぁ……!!」
頭が痛い、割れそうだ。
炎で埋め尽くされた視界に、まるでサブリミナルのように映像がフラッシュバックする。
これは誰の記憶なんだ。俺なのか? 俺の記憶なのか?
激痛のあまり遠のきつつある意識を必死に手繰り寄せて、なんとか正気を保とうとする。
全身から力が抜けて、がくんと膝から地面に崩れ落ちた。立ち上がろうとしたが、駄目だった、足に力が入らない。
俺は一体誰なんだ。この記憶は、この傷は、本当に俺のものなのか。
何も思い出せない。それに関する記憶だけがすっぽりと抜け落ちてしまっているかのようだ。
忘れてはいけない人。忘れてはいけない記憶。忘れてはいけない痛み。
空っぽの頭の中で、不可解だけが奔流のように激しく駆け回っている。
俺は地面に膝を着いたまま、両手両足を畳み込んで小さく蹲った。
その時だった。
「やっと見つけたわ、私の運命の人」
炎の帳の向こうから、誰かの声が聞こえてきた。
今度は幻聴ではない。はっきりとした輪郭を持った声。
「…………あ」
それを思い出した瞬間、ふっ、と身体が冷たくなった。手首の切創から流れ落ちていた出血がピタリと止まり、脳を締め付けていた頭痛が和らぐ。
俺はゆっくりと顔を上げた。
炎の中から、誰かが歩いてくる。
どこまでも優雅で、怜悧な歩調で。
「ほら、鬼ごっこは終わり。私たちのお家に帰りましょう?」
脳髄が蕩けそうになるほど甘い声。それが耳に流れ込んできた瞬間、段々意識が薄れていく。
「……ぅぅ、ぁ……」
深い暗闇へと遠ざかっていく意識の中。
俺が最後に見たのは、どこまでも透き通るような空色の閃光だった。
「っ!!」
最悪な夢を見た後の寝起きというのは最悪だと相場は決まっている。
ベッドから飛び起きた俺は一瞬の沈黙の後、周囲を見渡した。
簡素なタンスとテーブル、椅子が置かれただけの部屋。暮らすには充分過ぎるほど広いその空間に、窓はない。
無機質な壁と天井に覆われただけの閉鎖的な部屋。だがそれも、今ではとっくに見慣れた光景だ。
その景色を前に、今まで見ていたのが夢だと悟った。
頭では分かってる。だが、身体はそうはいかない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!!」
心臓の鼓動はやけに早く、耐え切れそうにもない虚脱感と衝撃が襲い来る。
激しく高鳴る胸を抑えながら、俺は過呼吸気味の息を整えようと努めた。
だが駄目だった。全身は滝のような汗でびしょ濡れで、頭は張り裂けんばかりにズキズキと痛んでいる。
ああ、また駄目だったのか。
どうにもならないほど滅茶苦茶になった頭の片隅で、俺は自分の思惑が失敗したのを理解した。
「……クソッ」
潰れた喉は枯れた声を奏でる。
「クソッ、クソッ、クソッ、クソォッ!!」
何度も何度も声を荒げ、その単語を紡ぐ。
喉が張り裂けんばかりに痛んでも、酸欠で意識が薄れても、喉の渇きが加速しても。
俺は声を出し続ける。慟哭を止めない。
「クソォ……ッ」
そうしていなければ、自分が壊れてしまうと思っていたから。
例えその行為が、犬の遠吠えのように何の意味もない行為だとしてもだ。
叫び続け、哭き続け、やがて疲れて声が掠れ消えそうになった、その時だった。
「…………っ」
部屋の出入口の扉がゆっくりと開かれる。
「大丈夫かしら?」
部屋に入ってきたのは、ぞっとするほど綺麗な女性だった。
すらりと伸びた肢体を白い装束で覆い隠し、ウェーブがかった長い銀髪が揺れている。空色の瞳は穏やかな色を帯びていて、吸い込まれそうなほど透き通っていた。
一周回って不気味に思えるほど緻密で、完璧な美貌。
まるで神話で語られる女神や現人神がそのまま飛び出してきたかのような出で立ち。
だが、俺にとってその姿は恐怖の対象でしかない。
「部屋の外からでも声が聞こえてきたわよ。具合でも悪いの?」
「寄る、な……バケモノォ……!」
「もう、あんまり騒がないでちょうだい。明け方とはいえ、まだ家臣たちは眠っているのだから」
「テメェらの都合なんて知るかっ! それよりさっさとこっから出しやがれっ!」
「こーら、騒がないの。いい子だから、ね?」
鈴の鳴る音のような、玲瓏な声だった。思わず聞き惚れてしまいそうになる。
だが、慌てて思い直した。俺は嫌というほど彼女の正体を知っているからだ。
この女こそが俺をこの部屋に監禁している張本人であり――俺の家族や友人を皆殺しにした化け物たちの首魁なのである。
ある日突然姿を現した化け物たちは、自分を異世界からやってきた上位存在であると名乗った。
そして、自身たちがあらゆる平行世界を破壊し回っている侵略者であるとも。
彼らは世界中に向けて宣戦布告すると、あらゆる国家への総攻撃を開始した。
異世界から侵攻してきた化け物たちの軍勢は、瞬く間に世界各地の都市を陥没させていった。
マシンガンも戦車も核ミサイルも、その圧倒的な数と力の前には無意味で、どんなに屈強な軍隊もなすすべもなく壊滅していく。
誰もが絶望し、諦めかけていたその時、この女は俺の前に姿を現したのだ。
そして、家族や友人たちと共に避難しようとしていた俺を奪い去ろうとしたのだ。
勿論、抵抗した。
俺は彼女を真っ向から拒絶した。
そして、痺れを切らした彼女によって――大虐殺が始まった。
両親は得体の知れない怪物に頭から食われて殺された。
妹は異形の小鬼たちに凌辱の限りを尽くされて殺された。
恋人は腹から臓物を引きずり出されて殺された。
親友はつま先から少しずつ肉と骨を削られて殺された。
誰もが想像を絶するほどの苦痛と恐怖の中で殺された。
みんな、みんなコイツの手で殺されたのだ。
彼女は俺の元まで歩み寄ってきて、やがて異変に気付いた。
その冷たい視線の先にあるのは、薄汚れたシーツ。
俺が寝ているベッドに敷かれたそれは、身の毛もよだつような鮮明な赤褐色に染まっていた。
「……ひょっとして、また死のうとしたの?」
咎めるような口調。それはまるで勉強をしない子どもを説教する母親のようで――。
「もう、そんなの無駄だって言ったでしょ? 何回言えば分かるのかしら」
「……俺は諦めないぞ」
「聞き飽きたわよ、そんな台詞」
彼女は手を伸ばすと、俺の右手首をがっしりと掴んだ。
咄嗟に抵抗しようとしたが、その圧倒的な膂力にまったく太刀打ち出来ず、ひょいと右手を持ち上げられる。
「貴方が握っているコレは……皿の破片かしら? へぇ、今日はこれで手首を切ったのね。どうだった? 痛かったかしら?」
「…………」
「貴方が死のうとしたのはこれで何回目かしら。確か前回はフォークを首筋に突き刺したわよね? この前観た映画に出てた負傷兵みたいに。何回も、何十回も。沢山血液が噴き出しても止めなかった」
そう言って、彼女は自分の白い首筋を人差し指でトントンと叩く。心底楽しそうな微笑を浮かべながら。
「痛かったでしょう? 苦しかったでしょう? 辛かったでしょう? でも、貴方は死ねなかった。こぉんなに沢山血が出たのに」
女は俺が寝ているベッドに腰掛けると、至近距離から俺の顔を覗き込んでくる。
深淵のように暗く、深く、澱んだ、それでいて炎のように激しく燃え上がる感情を秘めた瞳で。
「もう諦めなさいな。前回もその前も失敗したでしょう?」
「…………俺は、絶対に死んでやる」
俺は怨嗟のこもった視線を向けるが、彼女は涼しい表情を崩さない。
きっと、彼女は分かっているのだ。
無論、俺自身も。
最早、俺がどうあがいても死ねないことに。
「もし死ねないっていうなら……もういっそのこと殺してくれ」
「駄目よ」
か細い声で紡いだ懇願を、彼女は即座に否定する。喉奥で音が鳴った。
「頼むよ、お願いだから……もう、辛いんだ。こんな狭い部屋で監禁されるのも、毎日毎日死ぬことだけを考えても生き続けるのも……もう嫌なんだ。だから……頼むよ、なぁ……!」
泣きそうになりながら、嗚咽混じりに言葉を紡ぐ。
そんな顔を見られたくなくて、俺は彼女から顔を背けた。
もうこれ以上、何も見たくなかったし、見られたくもなかった。
「俺は……に、人間なんだよ……だからどうか、人間らしく死なせてくれ……!」
固く目を閉じて、搾り出すように吐き捨てる。
「……どうしてそんなにこだわるの? この惑星に、もう貴方以外の人間は残っていないのよ?」
「…………」
「それに、もう貴方は普通の人間じゃないのよ。分からないの?」
耳を塞いでしまいたい。鼓膜を破ってしまいたい。死んでしまいたい。
直視したくない現実を、彼女は淡々とした口調で諭してくる。
「普通の人間が、こんなシーツ全体が赤黒く染まるくらい出血しても平気だと本気で思ってるの?」
「…………」
俺はもう、何も答えられなかった。
膝元に視線を落とし、がくりと項垂れる。彼女が強く握っていた手首を手放すと、俺の右腕は重力に従ってだらんと垂れ下がった。
「ほら、ちょっと早いけど朝食にしましょうか」
「……っ」
「もう、そんな顔しないの。貴方はまだ『なりかけ』なんだから。きちんと食べないと、中途半端になっちゃうわよ?」
「……中途半端でいいよ。だからもう――」
「駄目。そんなの絶対に許さないわ」
彼女は毅然とした声で言い放つと、ベッドの傍に屈み込んで俺の顔を覗き込んでくる。
「……お願い。貴方にはずっと私の傍にいてほしいの。これからもずっとずっと、一緒にいたいから……」
「…………」
「それに、もう外は人間が住めるような環境じゃないのよ? 外に出れるようになるには、ちゃんと食べないと」
悲しそうな表情を浮かべる彼女。
一瞬、心が揺れかける。やはりこの女は黙っていれば美人なのだ。
その本性さえ知らなければ、俺はどれだけ幸せでいられただろうか。
「まぁ、いいわ。貴方もお腹減ってるだろうし、早速始めるわね」
そう言うと、彼女はそっと右手の袖を捲った。白樺の枝のような、華奢な上腕が露わになる。
「見ててちょうだい。私、頑張るから」
彼女はにやりと悪戯っぽく笑うと、口を大きく開き、そのまま勢いよく自分の腕に嚙み付いた。
鋭い八重歯が白い肌を突き破り、すぐに鮮やかな血液が溢れ出す。
食っているのだ。この女は。自分の腕を。
「…………ふふぅ」
啞然とする俺の顔を、彼女は眼だけを動かして見ると楽しげに微笑んだ。
そしてその行為を見せびらかすように、ゆっくりと顎に力を込めていく。
ぷちり、と肉の千切れる音がして、辺りに濃い鉄の臭いが充満する。
「……ん」
そのまま静かに口から腕を引き剝がしていくと、みちみち、という音と共に肉が引っ張られ、皮膚が千切れていく。
やがて松の木から表皮を捲り取るかのように、彼女の腕から肉が嚙みちぎれた。
彼女の口の端から唾液と血液が混ざった液体が垂れて、形のよい顎まで伝っていく。
「……お前」
彼女は今しがた嚙みちぎった肉片と皮膚を口の中に運ぶと、ぐちゃぐちゃと咀嚼する。
口から溢れ出した唾液混じりのものと、右腕にぽっかりと空いた穴から垂れ落ちるもので彼女の身体は痛々しい赤に染まり切っていた。
その姿はおぞましく、そして息を飲むほど淫靡だった。
そこで異変は起こる。
嚙みちぎられたはずの右腕。流れていたはずの血液が、いつの間にかぴたりと止まっていた。
一瞬遅れて、ごぼごぼとまるで沸騰するように傷口が膨れ上がる。
肉が盛り上がり、皮膜が張り、やがて白い肌が現れる。
気付いた時には。そこにあったはずの傷は綺麗さっぱり無くなっていた。
「…………やっぱり、人間じゃないよな」
何度見ても、度肝を抜かれそうになる。
やはり、どんなに姿を取り繕っても、所詮化け物は化け物なのだ。
彼女は手を伸ばすと、俺の頬に手を添えてきた。
壊れやすいものに触れるかのような優しい手付き。だが実際は万力のような力が掛けられており、どんなに抵抗しようとも、この拘束からは絶対に抜け出せない。
こうなってしまったら最後、俺に残された運命はただ一つ。
「くたばれ、化けも――」
悪態を吐こうとした唇は、彼女の唇によって覆い隠された。
「っ、~~~~~~~!!!!」
にゅるん、と彼女の口からペースト状になった肉塊がねじ込まれてくる。
すぐさま鉄錆の味が口いっぱいに広がった。
俺は彼女の肩を突き飛ばそうと必死に力を込めるが、覆い被さってきた彼女の力には敵わない。
彼女は俺の首に両手を回し、力強く抱き締めてくる。これでもう逃げられない。
「んー、ん、んんんぅぅ!!」
せめてもの抵抗と、舌を動かして必死に吐き出そうとしたが、彼女の蛇のような長い舌に押し込まれて――。
ごくん。
何か生暖かいものが喉を通り過ぎ、胃へと流れ落ちていく。
ああ、やらかした。また化け物に近づいちまった、とぼんやり考えた。
「……ふふっ」
俺が肉片を嚥下しきったのを確認した彼女は、ゆっくりと顔を離す。
つぅ、と赤と銀が混じった色合いのか細い橋が唇に掛かった。
「よく食べきれました。いい子ね」
薄い微笑みを浮かべながら、彼女は俺の頭を撫でてくる。ぞっとするほど冷たい手だ。
「今日は嚙んでこなかったわね、舌」
「……どうせ舌を嚙み切っても止めないだろうが、お前は」
「あら、よく分かってるじゃない」
彼女は愛おしそうに俺を見つめてくる。
その瞳はまるで俺の心を隈なく見透かすかのような、異様な光を帯びていた。
「これで何度目かしらね、貴方が私の血肉を食べたのは」
「……無理矢理口にねじ込んだ、の間違いだろうが」
「道程はどうであれ、結果は同じよ。貴方は私の、上位存在の血肉を摂食したの」
「……」
「もうそろそろ、貴方も気付いているんじゃないかしら? 自分の肉体が少しずつ変わっていることに」
「…………っ」
彼女の言う通りだった。
ここ数週間――とはいっても、この部屋に閉じ込められてから時間感覚は無くなったが――自分の身体になんとなく違和感を抱きつつあった。
まるで自分の腕が、足が、顔が、思考が、他人のものにすり替わっていくかのような感覚。
いや、そもそもこれは違和感と呼べるものなのだろうか。
なんとなく、ただただなんとなく、どこかが違うという感覚がある。それだけだ。
だが確かに、確かに俺の肉体は変化しつつある。
それはなんだか、俺という存在自体が端から薄れて消えていくかのように思えて。
気が狂いそうになるほど、恐ろしかった。
「人間はね、とても弱い生き物なのよ。虚弱で矮小で、空気が無ければ生きることすら叶わない。他の人間が死んでもどうでもいいけど、貴方だけは別。私はね、貴方に『一目惚れ』してしまったの」
彼女は真っ直ぐ俺の目を見つめながら、静かに語る。
その声色は重く、噓やデタラメを言っているようには思えなかった。
この状況が単なる悪戯やこの女の気まぐれの産物だったなら、どれだけよかっただろう。
「愛する人に死んでほしくない。そう思うのは、人間だって同じでしょう?」
「……知るかよ」
「ごまかさなくていいのに」
「……言ってろ、化け物が」
虚勢を張っても、状況は何も変わらない。だが、悪態を吐かずにはいられない。
どんなに重い愛を受けようとも、俺は絶対に愛を返さない。
この化け物は俺の家族と友人の命を奪ったのだ。
……絶対に、こいつの思惑通りになってたまるか……!
今一度、俺は強く決意する。
肉体は変わろうとも、心だけは変わってたまるか。
俺は人間なんだ。誰がどう言おうと、正真正銘人間だ。化け物なんかになってたまるか。
絶望に支配されつつあった心を奮い立たせる。
希望だ。希望を持ち続けるんだ。
この部屋に沈殿する薄闇に、心が折れてしまわないように。
「…………愛しているわ」
耳元で囁かれる言葉と、彼女が見せる狂気的な笑み。
「…………くたばれ、化け物が」
一体いつまで逃げ続けていれば救われるのか。
それはきっと、誰にも分からないことだ。