運命を見つけた少年の話。 作:ざるそば
森の中を彷徨っていた。ふと気が付くと見知らぬ場所にいて、今の自分が知っている背丈よりも体が大分縮んでしまっている。そんな訳の分からない事だらけで混乱する中、ただ走り続けていた。
そうして気が付けば、白い花園の中にいて。一人の人物と出会った。
「小僧」
女がいた。腰まで伸ばした白髪は雪のよう。陶器を思わせる白い肌に、宝玉を連想させる赤い瞳。まるで目の前に星が落ちてきたかのような錯覚に陥る。
けれど手には血の付いた剣が、容赦なく現実へと引き戻す。。
殺されるのか――そんな未来が脳裏をよぎる。
「……戯れだ。剣を教えてやろう、私が飽きるまでの間だが」
そんな予想すらしてない言葉に思わず、言葉を失って。
「生きたいのなら、着いてくるがいい」
のちに、師となる一人の女との出会い。
けれど彼にとっては忘れがたい始まりの記憶だった。
俺、望月ユウは剣士である。厳密には異世界で剣士として戦い、今の世界に帰還した――筈であった。
けれど、今こうしてみると改めて自分の周りは知らない事で溢れていたのだなと気づかされる。
「……ダンジョンって何だよ」
スマホを片手に調べると出てくるわ出てくるわ。
魔物と呼ばれるモンスターを狩り、ダンジョンを攻略する探索者達。そんな彼らへ注目の目が集まる、配信なる行動。名声を高めるべく、今日も彼らは日々邁進している。
――その悉く、今の俺にはどうでもよかった。
魔物? 興味ない。脅かされなければどうでもいい。
探索者? 惹かれる要素が無い。注目などされたいとも思わないし、徒党を組みたいとも考えない。
それらに携わる人達を別段、どうとは思わない。彼らの行いを嫌っている訳ではない。
ただ俺と言う人間に残ってしまったモノが、余りにも大きすぎただけの話。
「……」
脳裏をよぎるのはただ一つの後悔。色褪せる筈もない景色。
それを良しとしておきながら、それでもどこかで受け入れられずにいるモノ。
思うはただ一つ。
“知りたければ、着いてくるがいい”
あの剣を。永遠でありながら刹那に感じられた剣戟を。
そして願うならばもう一度あの人に、会いたい。
俺に剣を教えてくれた運命に。
「兄さん、どうしたんですか。そんな魚が死んだような目と顔をしてから。珍しくも無いですけど」
「……ホント良い性格してるよなお前」
「イヤですね、褒めても何も出ませんよ、お世辞ぐらいしか」
「言ってねぇし、世辞にもなってねぇよ」
リビングで焼き魚をつつく少女。見た目だけならば清楚であり男が思う美少女を体現しているのが、我が妹である。
中身が外見と正反対であるのは言うまでも無く。コイツ程、猫を被るのが上手い人間を見た事無い。
「ここ最近、土色の顔色をしている人がさらに地の底としか言えない表情になってるんです。そりゃ、家族として文句の一つも言いたくなります」
「なんだかんだで心配してくれるのな」
「……」
言い返す言葉が無いのか、黙って焼き魚を口にする妹。こういう所は憎めない。
それに強ち言っている事も間違いでは無いのだ。
俺は引きずっている、忘れられずにいる。彼女とあの剣に。別れと後悔を、振り払えないまま。
「……全く、私も端くれとはいえ一端の有名人なんですから」
「そういえばそうだった。えーと、配信探索、だっけか」
「えぇ、そうですよ。大手……なんて言えませんがそれでも、中堅以上の会社です。何だかんだで福利厚生もしっかりしてますからね」
探索者の配信――何でも非日常感をライブ体験出来ると評判のソレは、有名どころならばそれだけで食べていけるぐらいの冨をもたらす。
彼女曰く中堅と言ってはいるがそれでも我が家の家計に大きな助けとなっているのだから、侮れない。
元々彼女は何でも人並み以上にこなせる才能はあった。それに加え陰で努力する事を惜しまない。
やろうと思えば時間はかかるが、相応の結果を出せる。――あれ、こう考えたら妹凄くね。
「……それで帰りが遅くなってたのか」
「さすがに週末しかダンジョンは行きません。学業の方も疎かにするつもりもないので。
選択肢が多いにこしたことはありませんし」
「全国模試一位が言うと、説得力が違うな」
「アンタ達、早く食べて行きなさい!」
母の声に兄妹揃って「はーい」と、気の抜けた返事を返した。
「何してんだ、ユウ?」
「ああ、いや別にどうも」
登校途中の友人に肩を組まれる。付き合いも長くなった腐れ縁。
ふとその足取りに、違和感を覚えた。
「? 何か武術でも習ってるのか?」
「お、分かるか? 俺も探索者になってさー。昨日ダンジョンにアタックしてきたんだよな」
どうやらこの世界ではダンジョンに挑む事と探索者になる敷居はそこまで高く無いらしい。
「そうか、その顔を見るに成果はあったみたいだな」
「おうよ、大活躍さ大活躍!」
そんな他愛もない話をしながら、学校へ向かう。
やがて校舎が見えてきた辺りで、首の裏が寒気を感じた。
「……」
殺意、暴走、本能――それは言い換えるなら獣とも呼べるであろう冷たさ。
それは路肩に止めてあった大型トラックからであった。
「あれは、何だ?」
「ああ、そういえばダンジョン実習とかで実際の魔物を捕獲して見学するらしいぜ。
まあスタンピードとか起きかねない今だしな。魔物がどういうものなのかを知っておこうって意味合いもあるそうだ」
「……一応聞くけど、それ弱ってるのか」
「手練れの探索者が弱らせて捕獲してるらしい。見ろよ、あの周辺に武装してる人達がいるだろ。大丈夫だって、あれAランクのクランだから」
「Aランクか……なら大丈夫なのか」
途端、殺意が膨れ上がった。
本能的に友人の肩を掴み、地面へ伏せさせる。
「伏せろ!」
「うおっ」
大型トラックのコンテナが爆発し、周囲へ衝撃が走る。
立っていた者は吹き飛ばされ、道路を通行していた車は横転してしまっている。
「あれは……」
トラックのいたところから、人型の影が一つ。
大の大人が三人分程の身長、片手には鋭利な剣が握られていた。見た目は鎧武者のよう。所々には生傷があり、弱らせたと言う話は嘘では無さそうだった。
「な、なんだあれ……!」
「知らん、変異か? 或いは復讐だろうさ。余程、人に恨みを持っていたらしい」
「でも大丈夫だ、Aランクの人達だぞ! そんな簡単に……」
探索者達が武器を手に、魔物へ向かっていく。
剣を持った男が一人――体を両断され、瞬殺された。
その光景を見ていた友人から声が漏れる。
「……えっ」
もう一人は仲間の死に動けず、胴と頭が別れた。
最後の一人は手にしていた銃―魔銃と言うらしくかなり強力らしい―を撃ったが、一つも効く様子はなく、頭部を握りつぶされて即死した。
「お、え」
友人が、嗚咽する。目の前で人が瞬きの間に殺されたのだ。
俺とて、勇者の経験が無ければ多分同じことになっていた。
続けて魔物が雄叫びを上げる。その衝撃は車が横転する程で、傍にいた人々は皆気を失ってしまう程。友人も例外ではない。
「……」
惨劇の場に、悲鳴が轟く。
あの魔物は今から、無辜の人々を殺すのだろう。
復讐の感情に身を任せ、報復の正義に酔い、数多の流血を為す。
子どもが死ぬ、母が死ぬ、父が死ぬ――虐殺がこれから起きようとしている。
であるのならば、止めなければならない。
『ユウ、剣を振るうのであれば理由を持て。お前の理由を見つけろ』
師の言葉が過ぎる。
俺が剣を振るう理由。
「貴方から教わった剣で、俺は善を為します」
だから俺は悪とされた魔王を斬った。故に止まる訳にはいかない。
体に溶け込ませていた魔力から、一本の剣を顕現させる。
何の飾りも無い、武骨な剣。幾度となく振るってきたその重みを握った時、自分の中の何かが切り替わる。
魔物へ向けて、刃先を構えた。
「一意専心。我、剣を以て安寧を守らん」
こちらの動きを見られる前に決定打を差す。
凡そ二十メートルあった彼我の間合いを、四歩で詰める。
暴力的な嵐のように、その連撃を振るう。
一刀目、防がれる。それを見切れる相手である事は分かった。問題ない。
二刀目、肩を斬った。どうやら反応し続けられるわけでは無いらしい。
三刀目、右目を斬った。これで視界はある程度潰した。
「■■■!!!!!」
防げる手は無いと判断したのか、斬られ続ける事に構わず剣を振るう。
そんな苦し紛れの剣なんぞに当たってやるものか。
「遅い」
そんなモノ、俺の師に比べれば止まっているも同然だ。
あの三人を殺そうとした時は本気だったのだろう。俺に対して、同様の覚悟であればもう少しの延命とて出来ただろうに。
「――隙を見せたな」
腕を両断し、返す刃で両断する。さらに頭部と心臓の二ヵ所を仕留めておく。
師の言葉だ。致命傷を斬り、完全に死ぬまで気を抜くなと。
「……やっぱりな、一度じゃ死なないタイプかお前」
斬った体から紫色の煙が噴き出す。溶解と新生を繰り返しながら、肉体が生み出されていく。
脳裏に過ぎったのは、かつて戦った強敵の魔物達。彼らは皆、一筋縄ではいかない相手ばかりだった。
剣を握る力は緩めず。されど全身の無駄な力みは全て抜く。
幸い人々は逃げ切れたか、或いはこの怪異の影響か周辺に人影はいない。
これならば迷う事無く剣を触れる。
「正しく死ねないと言うのなら、ちゃんとした怪物だな」
怪物が跳躍する。手にした得物は人一人を容易く磨り潰せる程の大斧へ変貌していた。
地面を蹴り、横に跳ぶ。先ほどまで立っていた地面は破裂音を立てながら砕け散る。
着地の勢いを殺さずに地面を滑るように移動し、懐へ。
『振るうのであれば躊躇を失くせ。迷えば敗れる』
脳裏をよぎる師の言葉。苛烈な修行の日々を唐突に思い出してしまう。
剣を振るう四度の斬撃。その全てが一切の過ちなく急所を捉えていた。
何故だろう、とふと思う。
いつになく心が透き通っているように感じる。この剣を握っている時だけは、まるで自由のよう。
「おまけだ、貰っていけ」
さらに追加の斬撃。
それらとて例外なく、弱点を刻んでいた。
「――」
魔物は煙となって消えていく。
あれほどの惨劇を広げた怪物は、まるで存在が嘘であったかのように。この世界から消えていった。
最早俺の意識はそこにない。あるのは、たった一人の女性の事。
「……師匠」
剣を教えてくれた人。俺の運命を狂わせてしまった人。
例え死が別ったのだとしても俺は、貴方に会いたい。
玲瓏寺――この国の剣術における最高組織。玲瓏寺流と呼ばれる剣術は、探索者達にとって基礎に等しく、その命を守り続けている。
当主は代々、剣術において最強である者が受け継ぐとされていた。
現当主は、末の女でありながら次々と兄弟達を薙ぎ倒し瞬く間に最強の座へ上り詰めた者。
腰まで伸びた銀の髪、見た者を虜にしてしまう程に輝いた赤い瞳。相応しい所へ出れば、たちまち話題をさらっていくであろう美貌。それらはここ数日、世間へ出る事も無く。ただ静かに、日々を過ごしていた。
彼女は椅子に腰かけたまま、静かに目を閉じていた。振り子時計の音が時と共に揺れていく。
「お嬢様、任務終わったわよ」
黒いコートを羽織った、赤い髪の女が一人。
玲瓏寺が秘密裏に所有する組織――言うなれば暗部。その中枢とも呼べる人物。
振り返る事もせず、玲瓏寺当主である女は言葉を紡いだ。
「そうか、面倒をかけたな。何か手がかりはあったか」
「ええ、面白い情報が一つ。街中で変異体が暴走した一件を、たまたまその場に居合わせた民間人の少年が討伐したみたいよ。Aランクのクラン所属者三人が瞬殺される獲物を相手に、剣一つね」
「……」
「……?」
彼女にしては珍しく沈黙が流れる。
興味無い、どうでもいいと言いたげな反応があると言うのに今日はそれが見られない。
「……その少年は」
「?」
「剣を構える時、何かを語っていたか」
その声はまるで何かに縋るようで。
「生憎、聞き取れなかったみたいよ。でもそうね……何の飾りも無い剣を持って、魔物に刃先を向けていたと聞いたわ」
「……そうか、ご苦労だった」
彼女の反応がいつになく珍しい物だった故に。
自然と言葉にしてしまっていた。ただ純粋な疑問として。
「彼って貴方が言っていた、生涯ただ一人の弟子?」
その言葉に、彼女は目線を寄越す。血の如く赤い瞳が、仄暗い光を灯していた。
「……私とあやつは、簡単な関係ではない。言葉一つで終わるような、容易い存在ではない。何より――いや、よそう。
もう良い。一人にしてくれ」
「貴方がそう言うなら。それじゃあね、お嬢様。いつも通り面倒ごとは先代のお爺様方に投げておくわ」
女が足音を鳴らしながら去っていく。
「……ユウ、お前はどこにいる。私を斬ったお前の剣は、今どこにある」
得物である剣を手に取り、鞘から抜く。この手の重みだけが、今の師弟を繋いでいるのだと。
そう思っていなければ、狂ってしまいそうだったから。